EXG.クリムゾンオーガ インカミン

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 高速貨物船パンナコッタの赤毛娘こと村瀬唯理むらせゆいりが、ローグ船団のチンピラ集団を纏めて絞めて戦闘部隊を結成してから、少し経った頃の話である。


 晴れて船団長からも「好きにしていい」というお言葉をいただいた赤毛の鬼大隊長は、ローグ大隊(仮)を船団を守るに足る戦力として教導する事を主な目的とした。

 以前から、キングダム船団に常設の防衛部隊が存在しない事を問題だと考えていたのだ。


 船団の自警団ヴィジランテは、基本的に有志による義勇兵のような存在である。

 しかし、軍のように指揮官からの命令に服従する義務や、命を懸けて戦わねばならないというような責務は存在しない。

 戦闘訓練や軍事教練、演習や基礎トレーニングなども個々人の努力に任されており、集団としての戦闘レベルの平均化も戦術の連携もあったものではなかった。


 かといって、船団の方針的に自警団ヴィジランテの軍事組織化や徴兵のような事もさせられない。

 そこで、ローグ船団という拾ったガラクタを再利用し、その中から使える物を組み立ててみようと、こういう話である。


 控え目に言って、ローグ船団はゴミ溜めであった。

 束縛や義務を嫌い、他の船団に寄生しサービスとリソースを摘み食いしてひたすら怠惰な自由をむさぼる、デブリワームにも劣るウジムシの群れだ。

 これをキングダム船団から切り離したところで、誰からも文句は出ないだろう。宇宙で生きる力を持たない者は、宇宙の深遠に消えていくのみなのだから。

 とはいえ、ひと悶着あった末に全てを唯理が掌握する事となった以上、ひとつ有効に活用しようと思う。

 ダメならその時廃棄処分とすればいいのだ。


 そしてそこからは、ローグ船団のチンピラ集団には、人生始まって以来の受難が降りかかる事となる。


「よく聞けクズどもぉ! 貴様らローグのクズにはあらゆる権利が存在しない! この宇宙では貴重な酸素を呼吸するにも上官である私の許可が必要である事をその8ビット以下の処理能力しか持たない脳ミソをフルに使い記憶領域に刻み込んでおけ!

 貴様らケツから出る浄化槽にへばり付くブツにも劣る微生物には知性ある言葉を放つ口など無用の長物である!

 その口からクソ以下の情報を垂れ流す前と後にハイ上官殿サーを付けろ! それが貴様らが智恵ある下等生物へ成り上がる最初の一歩である!

 分かったかダストシュートにポイ捨てされるゴミ以下ども!!」


 赤毛の上官殿サーの最初のお言葉が、これだった。

 当然、命令や強制というものが何より嫌いなチンピラどもが、ここまで言われてハイそうですかと服従するワケもない。


「ああ!? テメェ舐めた口きいてんじゃねーぞメスガキがぁ!!」

「そこまで大層な言い方だなお利口さんがよぉ!? 痛い目見た後にも同じ事言えるか試してみるかぁ!? おい!!!」

「何が『サー』だワケわかんねぇ事並べやがって! ぶっ潰すぞ!!」


 『群王の儀式』では散々殴り――――――あるいは蹴り――――――飛ばされたローグの連中だったが、喉もと過ぎれば何とやら。

 手も足も出ず叩きのめされた過去など綺麗さっぱり忘れるという、ある意味優秀な記憶能力により、赤毛の少女を全く恐れる事無く詰め寄っていった。


 全員まとめて、大変痛い目と共に自分の立場を思い知らされる結果となったが。


 所詮、ひとりでは何も出来ない臆病者ローグの群である。キャンキャンほえてみたところで、本物のオオカミには敵わない。

 力を見せ付けられ、集団丸ごと負け犬に落とされ、またキングダム船団からも切り捨てか条件付きの残留という2択を突き付けられた時点で、ゴネるしか能のない集団に選択肢などありはしなかったのだ。


                ◇


 廃品利用なので、赤毛娘も容赦や遠慮は全くしなかった。

 この時代ではハラスメントや非合理的非効率的とされる訓練を、お構い無しにブチ込んでやったのである。

 個人のペースや適正や相性や人権など知った事か。21世紀式に軍と兵士の何たるかを物理的に細胞の隅々までインストールしてやるのだ。


「走れ走れお嬢さんどもーレディース! ケツに詰まったクソが重いなら垂れ流してでも走り続けろぉ!!!」

「ふざけんなー!! 何の意味があるんだコレ!!?」

「これエイムの操縦関係ないだろ!!」

「イジめかコレは!? 船団のコンプライアンスに尊厳の侵害を――――――――」

「がッ……ハァ!? わ、脇腹が……!!」


 大型自動二輪バイク型ヴィークルに跨った赤毛娘が、『アルプス』という巨大戦艦内の自然環境の中、ローグ大隊のうち1小隊を追い回していた。

 要するにランニングである。

 いずれはヒト型機動兵器に乗り船団の防衛任務に就く予定となっているローグ大隊だが、だからといって生身でのトレーニングが無駄という事は決してない。


 ヒト型機動兵器『エイム』の操縦は、体力勝負なところがあるのだ。

 戦闘のプレッシャーに耐える事、エイムの高機動で生じる慣性質量に耐える事、集中力を保つ事、不利な状況でも思考を止めない事。

 体力が尽きれば何も出来ない。


 ところが、この辺を重視した人物をエイム乗りか否かに関わらず、唯理はお目にかかった事がない。

 基本的に、身体に負荷をかけるような事はしない。そのような事は可能な限りテクノロジーに任せてしまうのが、この時代の人間全般に共通した特徴であった。

 エイムの加速度にしても、オペレーターが体感する慣性質量をほぼゼロに抑えられる25G以内の運用が基本となっているのが、その証左でもあるだろう。

 よっぽど追い詰められない限り、例えエイム乗りであっても身体に負担をかけるほどの高機動をする事はない。


 21世紀で10G以上の慣性質量に耐えてきた赤毛にしてみれば、なんとも甘ったるい話である。


「ギャァアア!? 撃ってきた! ホントに撃ってきた! 信じられねぇこのアマ!!?」

「ケツに新たなブースターノズル開けられたくなかったら走れノロマどもがぁ! 今度は貴様らを家畜の餌にするぞ!!」


 顎を上げフラフラと走り出したローグの兵士(予定)どものすぐ間近へ、ハンドレールガンをブッ放す赤毛の鬼。

 更に、最後尾の兵士の尻を直接蹴飛ばし、足元へ立て続けに弾体を撃ち込み新兵へ鞭を入れた。


               ◇


 基礎体力の向上、身体機能の増強、継続戦闘能力の延長。

 これらは、全ての訓練を行う下地作りに過ぎない。

 訓練ですらない。実戦以前の問題だ。

 享楽と刹那的な生き方しかしていないチンピラには、訓練をこなす体力すら無かったのだから。


 とはいえ、今すぐにでも実働の防衛部隊が必要な状況にあっては、のんびり三ヶ月も新兵訓練ブートキャンプをやっている暇は無い。


「おべぇ!!?」

「ガードを解くな! 考えるな! 貴様ら三等兵に考える脳など期待しない! 言われた事すら出来ない貴様らはゴミ以下だ!!」


 アームブロックを勝手に下ろしたモヒカンの横っ面に、赤毛娘の芸術的なフックが抉り込まれた。

 それなりに体格だけは立派な男が、空中で派手に側転し地面に落ちる。


「お!? おい待て待て待て!! まっぶべら!!?」

「手を出し続けろと言ったぞ! ここで生き残る選択肢は攻撃して制圧する以外に与えていない!!」


 体力が尽きるまで牽制の打撃を出す事を要求された顔半分の刺青男は、手数が減ったところでカウンターのストレート喰らい吹っ飛んだ。


「野郎目にもの見せて……! は!? あごッ…………!!?」

「攻めるなら無闇に突っ込むな! 死ぬまで冷静でいろ! さもなきゃ死ぬぞ!!」


 果敢に、あるいは無謀にも殴りかかって来る者もいたが、拳を振るったところで赤毛娘を見失い、真横の死角から顎下を打ち抜かれて他と同様に地べたに倒れた。


 赤毛娘の生家の流派、『叢雲ムラクモ』は実戦本位の古流の一門だ。

 その鍛錬は組み打ち至上主義。筋トレより、とにかく殴り合え、というヤツだ。昭和初期までは、鍛錬より実戦、という指導方針であったとか。

 実戦に勝る経験無し、という事だろう。


 ゴミとはいえ資源ゴミ、唯理もイタズラにコレを浪費する気は無い。

 実戦投入前に、とことん追い込むつもりである。


「アニキー……俺らこれ、これからズッとこんな拷問にかけられ続けるんすかねぇ……。こんなのフォーサーより酷ぇ」

「…………グルル」


 そんな時代錯誤も甚だしい地獄の訓練を目の当たりにし、次第に語気も小さくなっていくローグのチンピラ集団。

 ヒト型機械の頭部に乗る小さな人間も、リーダー的な存在であったライオン顔のライケンに嘆いてみせる。

 しかし、ライオン顔の『ケニス』にも事情ってものがあり、何も言えずに唸るしかなかった。


               ◇


 その後も、村瀬唯理の21世紀式即席新兵訓練講座ブートキャンプは、この時代の非常に進んだテクノロジーの恩恵もあって、効果的に押し進められた。

 時間短縮のシワ寄せがローグ大隊の新兵FNGどもに向かう事になったが、そんなのは赤毛の鬼上官の関知するところではない。

 疲れや怪我は医療システムにより一時間もせず回復し、高度なシミュレーターが必要な知識を仮想体験により覚え込ませてくれる。

 怠惰なローグのチンピラたちに、気の休まる暇など無い。 


 とはいえ、唯理はあまりシミュレーターというヤツを信頼していなかった。

 この時代ではあらゆる分野で用いられる、全感覚バーチャルシミュレーションシステム、『オムニ』。

 脳や精神と機械を同調させるシステムにより、主観的には現実と全く変わらない体験と訓練が出来る


 という事になってはいるが、どうしても唯理には現実とのズレのようなモノが感じられたのだ。


 故に、赤毛娘は仮想よりも現実主義。

 訓練も、実際に身体を使って経験する事の方に重きを置いていた。


「貴様らが最も恐れるものは何だ!?」


「上官殿でありますサー!!」


「貴様らが何より恐れるものは何だ!?」


「命令の遂行不能でありますサー!!」


「貴様らが恐れるべきものは何だ!?」


「自分の無能でありますサー!!」


 直立不動で整列する小隊員たちの前を歩く、鋭い目をして声を張り上げる赤毛の指揮官。

 この頃になると、上っ面ばかりの付け焼刃とはいえ、軍組織としての体裁も整ってくる。

 絶対服従とは言わないが、命令に服すという事が自分たちの存在意義においてどういう意味を持つのか、という事も多少は理解が追い付いてくるというものだ。

 ゴミにも、捨て置くモノと利用するに値するモノの二種類がある。

 少なくとも、手間をかけて鍛え上げられるのは、後者だという事だ。


「今は二桁の計算すら怪しい貴様らだが、いずれは任務を帯びた一個の兵器として完成されなければならない!

 貴様らの任務とはなんだ!? ボーンズ!!」


「ボスの命令に従う事でありますサー!!」


「貴様らドローンと母親の区別も付かない欠陥天然知能にそれが理解できているのか怪しいものだ!

 心得ろ! 今の貴様らはクソを吐き出すトイレにも劣る欠陥品でしかない! 貴様らに求められるのは即ち、戦闘である!

 二言目が出てこないでとりあえずぶん殴るしか思考ルーチンに無かったお前らチンピラにはおあつらえ向きの仕事というワケだ!

 どうだ嬉しいか! 貴様らには過ぎた仕事だ! 嬉しかったら『はい上官殿サーイエッサー』と言えウスノロども!!」


「サー! イエッサー!!」


 一見して綺麗な顔から吐き出される、信じられないほど覇気がこもった怒鳴り声が辺り一帯を震わせる。

 温い返事などしようものなら即ペナルティだと分かっており、大柄な男たちも負けじと腹の底から声を出していた。

 差し挟む疑問も、文句を言う意思も、二の次。

 まず、『イエッサー』が頭の部分に来るのだ。


 しかし、ここまではまだ下準備に過ぎず、ゴミを資源に整えたに過ぎない。

 この資源を再び使えないゴミとして廃棄するか、あるいは有用な道具、ないし武器として仕立て上げられるかどうかは、これからの話だった。


「貴様らは兵器だ! 兵士ではない! 兵士とは戦闘において最適の行動を取れるプロフェッショナルである! 貴様らのふたつ以上のコマンドを記憶できない頭では土台不可能な事だ!

 貴様らは攻撃を命じられた場合、どうするグース!?」


「敵をぶっ潰しますサー!」


「違う! 貴様らまだ自分が敵や攻撃の判断が出来る上等な演算装置を搭載していると勘違いしているのか!?

 私が右を攻撃しろと命じたら、左でも上でも下でもない、右を攻撃しろ! それだけだ! それだけの事さえ出来ないのが貴様らロースペックのガラクタどもだ! 理解したか!?」


「サー! イエッサー!!」


「グース、分隊は腕立て1,000回! 分隊長!!」


「イエッサー!!」


 青い肌に入れ墨を入れたグロリア人や、ヒト型機械の頭部に乗るディウォル人を含む10人の分隊が連帯責任という事で腕立て伏せをはじめた

 誰が悪いという事ではない。軍が家、隊が家族であるという事を徹底して叩き込む。それだけだった。


 100人近くが直立不動の中、うち10人が地面に手を突き腕立てをしている。

 それを一瞥する事も無く、赤毛の指揮官は訓示を続けた。


「もう一度言う! 貴様ら低スペックのガラクタに多くを望む事はしない!

 貴様らは私が攻撃を命じた時に攻撃しろ!

 私がヒトを攻撃しろと言ったら!?」


「ヒトを攻撃します! サー!!」


「私がエイムを攻撃しろと言ったら!?」


「エイムを攻撃します! サー!!」


「私が戦艦を攻撃しろと言ったら!?」


「戦艦を攻撃します! サー!!」


「私がメナスを攻撃しろと言ったら!?」


「メナスを攻撃します! サー!!」


「私は出来ない事は命令しない! つまり貴様らにはそれしか出来ない!

 だが果たして貴様らは攻撃すら満足に出来るのか、私には甚だ疑問である!

 貴様らが宇宙が収縮に転じる前に高度な作戦行動を理解するのは絶望的だろう! よって私は貴様らのその限られたリソースを有効に活用する方法を取るしかない!!

 貴様らのねぐらであるキングダム船団を守り、そして貴様らの10バリューほども価値が無い命を守るには、攻めと守りなどというバイナリな処理に費やす時間さえ惜しい!

 攻撃は最大の防御である! 船団と貴様らを攻撃するヤツは誰であろうと構わん叩き潰せ!!」


「サー! イエッサー!!」

「サー! イエッサー!!!!」

「サー! イエッサー!!!!!!」


 こうして、かつて『ノマドの寄生虫』、『自由船団の廃棄物』、『放浪する病原菌』などと言われてきたローグ船団の乗員たちは、21世紀の軍用赤毛娘の手により、戦争の道具として急拵きゅうごしらえされつつあった。

 精神と肉体を徹底して叩き、鍛え上げるという前時代的な手法により、戦闘群として機能するに至った、キングダム船団の防衛部隊。


 ローグ大隊である。

 

 赤毛娘が保護者たちに呼び出しを喰らったのが、この辺の事だ。


               ◇


 言ってしまえば、ローグ船団のろくでなしどもは、唯理に与えられた玩具のようなモノである。

 私的艦隊組織PFC『スカーフェイス』に利用されキングダム船団へ潜り込む隠れ蓑に使われ、その後も船団内で散々迷惑をかけてくれた厄介者どもの集団。

 宇宙を旅する自由船団、『ノマド』には相互補助の原則があるとはいえ、キングダム船団自体の存続を優先するならば、切り捨てても文句の出ない連中だっただろう。


 これをローグ船団の、特にチンピラグループたちを大人しくさせる過程で唯理がリーダーシップを執る事となり、そのままキングダム船団の防衛部隊として編成する事を思い付いたのであるが、


「やりすぎだと思うの、ユイリちゃん」


「それは、なんともはや…………」


 柔らかな面立ちを困ったような表情にして小首を傾げるのは

、今現在赤毛娘が家としている高速貨物船『パンナコッタ』の船長、マリーンであった。

 どうやら、見目麗しい赤毛の美少女が、一般解放されている超巨大船『アルプス』の自然環境ブロックの中で、むさ苦しい野郎どもに罵声を浴びせながらド突き倒すという絵が相当に問題となったらしい。


 確かに、ローグ船団にはローグ大隊をはじめとして規律が生まれ、キングダム船団内を荒らすような事もなくなった。

 だが、それ以上に何が始まったのか、と不安がっている者も多いのだとか。

 責任者として、赤毛娘も申し訳ない話で。


「ユイリのやろうとしている事は理解できるしキングダム船団のブリッジも了解してはいたが…………本当にあのやり方でいいのか?

 目撃者の話では、何かの処刑か暴行にしか見えなかったという話だが」


 乾いた目で赤毛の少女を見下ろすメカニックの姐御、ダナ。

 元特殊戦の兵士であり唯理のやる事に一番理解がありそうだった。

 ところが、むしろ自身の軍隊生活に照らしても、あの訓練はありえない、という事で、妙な勘繰りをせざるを得ないというところであるとか。


「なんか託児室の子供で、ローグの野郎ども殴り倒してるユイリを見て泣き出したのがいるってよ」


 地味に致命的な事を仰るのは、心底呆れたようなツリ目の眼差しを向けるオペレーターのフィスだ。

 託児施設の子供たちには非常に懐かれていたのに。怖い思いをさせた子にはすまないと思っている。


「ジーンさんが、一度カウンセリング受けに来るようにってユイリに…………」


 本気で精神状態を心配しているらしいエンジニア嬢のエイミーは、若干涙目だった。

 赤毛娘の変貌に心を痛めているようだが、残念な事に唯理の本質はどっちかというとあちら側だ。


 しかしこうやって思い返すと、確かに唯理は公衆の面前で、かなり熱を入れてローグ大隊の連中を叩き直していた気がする。

 その風評被害と影響に、我に返った赤毛の美少女は頭を抱えた。非常に残念であった。なんか21stにもこんな失敗をした事があるような。


 さりとて、特にコレといって名誉挽回の方策というのも思いつかない。

 唯理は必要な事をやっているに過ぎないのだ。何事もスマートにこなすこの時代の人間のやり方とは合わないのも分かってはいたのだが。


 何にせよ、訓練に広い運動スペースを用いる為とはいえ、『アルプス』の中を使うのはマズかったかもしれない。避難民は少なくなってはいるが、観光や休息に来る人間は逆に増えているというのに。

 今後はトレーニングは労働者船『ローグ』などの船内で、または好き嫌い言わずシミュレーターを活用し、本格的なエイムによる模擬戦を前倒しでやっていくべきか。

 後は、ほとぼりが冷めるのを、待とう。


 そんな後ろ暗い日陰者な心境で、今後の訓練計画の見直しを考えるローグ大隊隊長の赤毛であったが、


「隠してしまうのは逆に問題じゃないかしら? ユイリちゃんがやっている事はキングダム船団の守りには有益な事だし、隠すと不安が増すばかりだと思うの。

 これは船団の広報問題でもあると思うわ」


「むぅ…………」


 対処療法的な事を言う赤毛の意見に、船長のお姉さんは否定的な見解を示した。

 言われてみれば確かに、ローグ大隊を組織しての船団防衛計画は、むしろ当事者であるキングダム船団の皆が知っておかなければならない事だ。

 唯理としても、いずれは自警団ヴィジランテのような中途半端な志願兵ではない、船団と自分たちを守る実行力のある戦闘集団の必要性を理解して欲しいと考えていた。

 そこを踏まえると、隠してしまうのは下策であろう。


 21世紀でも赤毛娘が嫌がった、人々を過剰に保護する行為ともなりかねないのだ。


「それに、今はローグ船団はキングダムのブリッジサイドとユイリちゃんの預かりになっているけど、以前の行為が全て許されているワケじゃないでしょう?

 キングダム船団の乗員の大半にとっては、まだローグ船団の人間は危険な因子なのよ」


「ま、ケジメ付けてねぇってこったな。だってのにまたオマエが妙な事始めてるから…………」


 では、ローグと唯理の活動を船団の艦橋ブリッジを通してアナウンスすれば良いかというと、そういう単純な話でもないとマリーン船長は言う。

 前述のとおり、ローグ船団は利用されたとはいえ危険な集団PFCスカーフェイスを引き込むのに一役買い、その後もキングダム船団内を散々に荒らし回った。

 最終的にブチ切れた赤毛がローグの指導者のところに乗り込んでカタを付けたものの、オペ娘の言う通り、やった事の責任を取ったとは言えない状態である。


 そう遠くない将来に身体を張ってキングダム船団を守らせる予定とはいえ、よそ者が船団を守るという状態は健全ではない。

 自分の家を守るのは、その家に住む自身でなければならないのだ。

 いずれはキングダム船団とローグ船団を完全にひとつにするのも、唯理の計画の内だ。


 では、どのするのか。


「キングダム船団の刑事司法的には、どんな処分となっているんですか?」


「ウチの場合はそうね、パブリックオーダーへの抵触は自動的にペナルティが加算されているけど、そのリストを見る限りやっぱりテログループの引き入れが大きいわね。

 他は、船団のリソースの割り当て外の無断使用に、船長命令を無視した不等占拠、ウシさん……実験試料の窃盗っていうのが主なところかしら。

 処分内容としては、長期の無報酬労働、危険作業への従事、罰金、船団からの追放処分、ていうのが量刑相応だけど、今はブリッジが介入しているから執行停止になっているわね」 


 宇宙船はその性質上、船長が司法権を握っている。

 しかしそれは最終的な決定権を持つのが船長だという事であり、ほとんどの司法判断は船の主要演算装置メインフレームが行い船長が判決を出す、という形になっていた。

 ローグ船団の人間が犯した罪に対しても、客観的な証拠やデータから旗艦『フォルテッツァ』の主要演算装置メインフレームが事実認定と量刑を判断し、詳細がリスト化されていた。

 マリーン船長が空中に立体投影させているデータがそれだ。


 つまり、ローグ船団のチンピラどもというのは小悪党ではあるが、要領が悪く大問題を引き起こしたと。

 こういう集団でもあるのだ。

 唯理が刑の執行を代行しているという部分もあるので、多少乱暴に扱っても問題無いという事であるが、船団内部に対してはまた別問題である。


 21世紀なら刑務所ムショにぶち込んで終わりかもしれないが、この時代ではその代わりに宇宙への追放となりかねない。

 ようやく目処のたった防衛部隊を、ここまできて投げ捨てる事も出来ない。


 この際、ローグ船団のやらかした事へのペナルティはどうでもいい。ここでの問題は、キングダム船団の乗員がローグ船団に良くない感情を持っているという事だ。

 赤毛娘がそれに拍車をかけたという説もあるが、それはともかく。


 単にごめんなさいと謝らせればいい、というものでもない。

 ローグ大隊は、キングダム船団を守る同砲として、その身の証を立てなければならないのだ。

 ただ、その方法がさっぱり思いつかない赤毛の責任者。


 いっそフォルテッツァのレガリア・ハブでハダカ踊りでもさせるか、と頭を抱えてしょうもない事を思い付くままつぶやく唯理であったが、


「それもいいかもしれないわねー」


「…………え? マジですか??」


 ニッコリと笑顔で言うマリーン船長に、赤毛娘はなぜか自分が追い詰められる思いだったという。


 後から思えば、恐らくは経験則だったのだろう。


               ◇


 何もマリーン船長だって、本気でローグ大隊の野郎どもに懺悔のハダカ踊りをやらせようと言ったのではない。

 ただ、考え方コンセプトが悪くない、という話だ。

 要するに、ハロウィンに続いて再びイベントをぶち上げようと、そういう事になったのである。


 フリートウィーク、というモノがあった。

 21世紀はアメリカ、ニューヨークで開催されていた海軍、海兵隊、及び沿岸警備隊の一般市民との交流イベントだ。

 ウィークの題名どおり、5月1日から一週間にわたり開催される。


 これを参考として、ローグ大隊とキングダム船団の一般船員との交流を図り、得体の知れない存在という印象を払拭しようというのが基本的な計画であるが、


「火器の使用、及びあらゆる攻撃はこれを一切禁止する! 貴様らは敵火砲を突破、セーブポイントにて回収を受けろ!

 繰り返すが火器の使用、及び攻撃はこれを一切禁止! 敵は数は多いが素人である! しかし戦略上これを攻撃するのは致命的な問題を引き起こす為に許可できない!

 まさか素人の攻撃にやられるワケではないだろうなゴブリンども!

 落とされた者はいちから再訓練だ、覚悟しておけ!!」


「サー! イエッサー!!」


 今日も今日とて赤毛の鬼司令官が、ローグ大隊のろくでなしどもに有難い訓示を怒鳴っていた。

 誰もがいつもどおり直立不動。目線は前へ。決して大隊長と目を合わせる事はないし、その格好を見て何かを言う事もありえなかった。


 赤毛娘は、どこかで見たようなトラ縞マイクロビキニだった。

 大隊の野郎どもは、ほぼトランクス一丁だった。

 何故こんな事に、という疑問を差し挟む事は許されない。

 隊長が飛べと命令したら、どの高さまで、と質問するのがローグ大隊なのである。


 今回のイベント、『ゴブリンシーカー』の内容、及びその作戦概要を説明する。


 本イベントは、ローグ大隊約1,000名の環境播種防衛艦『アルプス』内侵攻を阻止する事にある。

 防衛要員、即ち一般船員からのイベント参加者約105万人は、特殊な武装を以ってローグ大隊の兵士、別名『ゴブリン』を攻撃。

 その撃破数を競い、最終的な得点数が最も高いイベント参加者が、旗艦フォルテッツァ内のガレリア・ハブにあるレストラン『パンナコッタ2号店』の期間内無料クーポンを入手する事ができるのだ。

 なお、2位以下にも景品が用意されているので、どなた様も奮って参加されたい。


 そしてローグ大隊の内部的には、上層ブロックから下層ブロックの海洋エリアにある砂浜のビーチフラッグまで生身で突破せよ、との命令がマイクロビキニの赤毛から下っていた。

 前述の通り、イベント参加者への攻撃行為は一切禁止。

 ローグ大隊の兵士は、開放されたエリアをただ走って突破しろという、絶望的な命令であった。

 つまり、はじめから任務達成など不可能なのである。

 諦めて撃たれて来い、という無慈悲な命令であり、それが本作戦におけるローグ大隊の本当の役割なのだ。


 こんな愉快なイベントと化したのは、様々な経緯を辿った末の事であった。

 唯理がハダカ踊りが云々と言ったのに大きな意味は無い。罰ゲームというと何となくそんなイメージがあり、得てして裸という無防備な格好が見る者に警戒感を与え辛いという印象からだ。別の意味で警戒するかもしれないが。


 ニューヨークに部屋を借りていた時に、何となく見に行ったフリートウィークで迷彩スーツを着た海兵と子供たちがかくれんぼをしていたのも、着想に一役買った。


 そして、このイベント『ゴブリンシーカー』を構成する要素となった21世紀の年中行事が、もうひとつ。


『作戦開始1分前です』


「1分だ! スタンバイ!!」


「1分!」

「1分!!」


 アルプス管制からローグ大隊にカウントダウンの通知が来た。

 赤毛の大隊長が号令をかけると、中隊長以下、小隊長たちが次々とそれを復唱する。

 一般参加者たちには全く異なるアナウンスがされており、水鉄砲のようなカラフルな素材のライフルを持って、期待と緊張の笑みを浮かべ開始時刻を待ち構えていた。


 イベントの開始地点は、アルプス上層ブロック、中央平野区画ミッドサイドプレーン試験牧場脇。

 遺伝子から再生された牛が放牧され、鶏がコケッ、コケッと断続的に鳴く長閑のどかな場所だった。

 ローグ大隊の野郎どもとイベント参加者たちは、数十メートルを挟んでヘッドオンした状態でイベントを開始する事となり、


『船団基準時間1200です。アルプス内レクリエーション「ゴブリンシーカー」を開催いたします』


「中隊前進! 壁になるぞ!!」

「201、205は左右に散開! 以降各自でセーブポイントに向かえ! ひとりでもいい辿りつけぇ!!」 

「いでででででで!? 結構痛!」


 イベント開始時間と同時に、周囲から一斉射撃を受け約半数のローグの兵士が倒れた。

 とはいえ、伊達に赤毛の鬼からシゴかれてはいない。兵士たちは撃たれるのを承知でイベント参加者に向かい前進し、その射線を大きく遮り味方が脱出する活路を開こうとしていた。

 別に唯理はこんな戦術的行動を教えてないが。


 芸も細かく地面に倒れる半裸のローグ兵士に、パラパラと何か小さな物が降り注いでいた。

 直系5.5ミリ程度の歪んだ球体の形をした、植物の種子。

 大豆である。


 当初、仮想敵としてのローグ大隊を阻止する武器は、低出力レーザーでもインフォギアを用いた拡張現実ARのグラフィック表示でも何でも良いと考えられていた。

 しかし、敵侵攻の阻止という対テロ訓練か厄払いのような様相を呈してきた時、意外な事に『節分』という行事を持ち出してきたのはマリーン船長である。

 いったいどうして2,500年も前の日本の習わしを船長のお姉さんが知っているのか。

 明確な答えを得る事はできなかったが、祓われる鬼のコスプレとして赤毛娘が再びマイクロビキニを着ける羽目となったその時に、情報を掘り出したツリ目オペ娘は全てを黙っている事に決めた。


 そのような経緯で、武器には悪い縁気モノを追い払い地面に落ちれば土に還るか芽を出すだけという、大豆の発射機が作成される事となった。


 なお、イベントの『ゴブリンシーカー』という名称は、節分の主旨から唯理が当て字したモノである。


 かように複雑な経緯を経て、厄介者だったローグ船団のチンピラ連中を小鬼に見立てた4,500年度版の節分イベントゴブリンシーカーが開催決定となった。

 企画書をマリーンから受け取った若白髪のディラン船団長は、何かを諦めた顔で実行許可ゴーサインを出す。

 そこから1週間ほどの準備期間を置き、アルプス内の準備や鬼退治兵器の製造と量産、実行スタッフの仕事の割り振り、大豆の育成、等を行い、イベント当日に臨んだのだ。


「チクショウなんだよこのふざけたイベントは!? 俺ら晒しもんじゃねーか!?」

「絶対やられたくねぇ!!」


 パンツ一丁のローグ大隊の兵士は、至って大真面目であった。大人しくポイントになってやる気など皆無だ。

 赤毛の鬼大隊長には逆らえないが、だからといって命令全てに納得できるものではない。

 唯理からローグ大隊の兵士には、キングダム船団に対するみそぎ云々の事は何も伝えられていなかった。

 命令はただひとつ。

 下層ブロックの砂浜にある、フラッグ周辺に設定されたセーブポイントへの到達である。

 生身で四方八方から撃たれるのを回避する訓練など受けていないが、命令は絶対であった。


「いでぇええ! クソッ! クソッ!!」

「ジューク!? あばぁ!?」


 命令にどれだけ強制力があろうと、物理的にムリなものはムリなのだが。


「いよっし! 1ポイントゲットー!!」

「あと5ポイントでトップだよ! クーポン貰ったら全メニュー制覇するよー」


 仲間は見捨てない、という刷り込まれた習性により、逃げる事も出来ず諸共に撃たれるローグ大隊の兵士ふたり。

 力尽きて倒れっ放しの野郎どもをその場に残し、弾んだ声色の少女ふたりが、次なる獲物ポイントを求めて階層下へと走っていった。


 広いフィールドならまだ逃げ場もあったかも知れないが、中央通路などそれほど広くも無い閉鎖空間の場合、集団に撃たれても逃げ隠れする場が無い。

 上層ブロックで半数を倒されたローグ大隊は、中層、下層へと続くルートを制限された事で、更に多くの脱落者を出していた。

 エレベーターへのルート上に固まっている参加者たち、エレベーターの中で待ち構えている少女ども、エレベーターの前で出待ちをしているご老体たち。

 非常階段など、引っ切り無しに参加者が出入りしている。こんなのどうしろというのか。

 味方の犠牲で突破する者、参加者の振りをしてあっさり個人識別システムに見破られる者、どうにか下層の海洋ブロックまで到達したら待ち伏せにあって蜂の巣状態という者、と。

 ローグ大隊は、必死な足掻きも虚しく今にも全滅しようとしていた。


              ◇


 そんな大隊の部下たちをほったらかしで、赤毛の大隊長はひとりアルプスの中層を見つからないように進んでいた。

 今の唯理は、ローグ大隊の隊長。即ち、この娘もイベント参加者のポイント対象となっているのだ。

 しかも、一部の人間にしか知らされていないが、この赤毛を見事討ち取ると特別なご褒美が用意されていたりする。


 それ自体は別に構わないのだが、唯理も部下の手前簡単に倒されるワケにはいかなかった。


(仲間を消費して下層まで強行突破したヤツもいたか。隊の仲間を犠牲にするなんざ問題外だけど、まぁ今回は仕方ないか。実戦ならこの手でぶっ殺すが)


 などと部下のやられっぷりを横目で見つつ、巧妙に視線を避けて進む赤毛のマイクロビキニ娘。

 唯理の仕事はローグ大隊をこのイベントに放り込んだ時点で達成されているので、せいぜいムリゲーを楽しめばそれでよいのだ。

 あとは自分ひとりが砂浜のフラッグを確保し、大隊長としての面目を保てると良いな。


 などと思っていたならば、


「はっけーん! お嬢様発見!!」

「お菓子製造機確保ー!!」

「ぬぅ!? こいつぁ予想外!!?」


 後方から駆けてきた褐色肌の双子の少女に赤毛娘が発見されてしまった。

 ここまでヒトの視線方向を見極め、あるいは歩いている人間を遮蔽物に使うという暗殺者のようなテクニックで見つからずに来たが、やはりワイルドビキニは目立ち過ぎたようである。

 何せ唯理が着ると喰い込んで締め上げてそのスタイルが大変な事になる服装なので、むしろよくもここまで見つからずに来られたものだと。

 不参加につきパンナコッタの船首船橋ブリッジにいたツリ目オペ娘などは唸っていた。


「ご主人様かくごー!」

「1ヶ月わたしたちの為にお菓子を作ってもらうよー」

「え!? ここにもポイントが!!?」

「もらったわ!!」


 赤毛娘が視認されるや、一斉に周囲を通行中だったイベント参加者がターゲットを狙う。

 躊躇なく発射される豆鉄砲だが、唯理はこの弾道を全て見極めて回避。一気に下層目指して中層エリアを走る。


「ウソ!? なに今の!!?」

「当たってないの!?」

「って早!!」


 赤毛を流してサイドスウェーする唯理には、どれだけ撃っても弾は当たらなかった。

 豆鉄砲の速度は、せいぜい150から200キロメートル/時。

 例え目の前で撃たれても、唯理が避けきれないようなモノではなかったのだ。


 唯理は宇宙空間が見える居住区に出ると、そこの階段を下へ。

 艦の外には、アルプスの周辺にいる無数の宇宙船の姿が確認できる。この居住区はキングダム船団の中でも、一番の入居希望スポットだ。

 建物が乗る何層ものプレートに沿った九十九折の階段を降りきると、そこはもう下層ブロック手前だった。あとひとつ階層を隔てる構造体を跨ぐと、そこは海洋エリアとなる。

 直接は降りられずメンテナンスルートを通らなければならないが、今回のイベントでは立ち入り禁止となっており、唯理は艦中央か艦尾側のエレベーターや階段を使わなければならなかった。


 その前に立ち塞がる、同じエイム部隊ラビットファイアの仲間たちの存在があったが。


「ハハハハハ! 食いもんに興味は無いが、ここでおまえを仕留めるってのも面白そうだ!!」

「行きますよ隊長! わたしはとりあえず毎日シュークリーム尽くしを希望します!!」


 ピンクのショットガンを持った金髪ツインテの猛獣女、コリー=ジョー・スパルディアと、二挺拳銃スタイルな童顔巨乳のファンクション=テクニカだ。


 ドパンッ! とショットガンが豆の弾丸をバラ撒くのを、赤毛の少女は辛うじてバックステップで回避。一発でも当たればアウトだというのに、その拡散範囲はヤバい。

 そこから飛び上がり、壁を蹴って宙返りしたところで、ロリ巨乳少女の二挺拳銃が豆を吹く。

 こちらは弾道が甘く避けるのは容易だったが、壁際に追い詰められたところで次の散弾が放たれ、赤毛娘は床を転がりギリギリでわしていた。


「待てやコラぁ!!」

「あーんエイムじゃないのに全然追えないー!!」


 ルール上、ローグ大隊側の唯理には攻撃手段というモノが無い。ひたすら逃げるだけである。

 しかし、ただでさえ脚力が尋常ではないのにボロ布のようなマイクロビキニで更に身軽な赤毛の速度には、身体能力に定評があるロアド人のジョーすら追い付けないほどだ。

 運動能力に難のあるロリ巨乳のシステムオペレーターでは、一度突き放されたら追いつくのは絶望的だっただろう。


 さらば、と軽く敬礼して見せた唯理は、あえてヒトの目の多い艦体中央のメインエレベーターに乗る。

 逃げ場の無い袋のネズミと思いきや、その天井の端に四肢の力でお尻を押し込むようにしてコンパクトに隠れる。

 イベント参加者が無人の・・・エレベーターの中を不思議そうに見に来たが、入れ替わるように赤毛娘は扉の天井側からスルりと脱出。

 音も無く床に着地すると、エレベーターのある管理棟から一目散に海洋エリアの中へと出た。


「よっしゃもらったー!」

「ごめんねユイリー!!」


 途端に、鬼のような豆弾掃射で薙ぎ払われそうになり、空中前転の赤毛娘。

 管理棟正面口の屋根に陣取っていたのは、ラビットファイア部隊の桃色髪の女性、メイフライ=オーソンとパンナコッタのエンジニア嬢、エイミーだった。

 意外な組み合わせと、移動先を読まれていた事に唯理もビックリ目がまん丸である。


「タイチョーこの前の天然ミートのステーキ食わせてー!」

「わ、わたしはユイリとふたりっきりで食べられれば何でもいいかなー!!」


 見下ろす位置からの機関銃による射撃も少しマズかったが、その上にエイミーが情報端末インフォギアでコマンドを飛ばすと、近くの砂地から2台の自動機銃タレットが飛び出してきた。


「コレありなの!?」


 と赤毛が裏返った悲鳴を上げるが、そもそも今回のイベントの豆鉄砲製造を担当したのはこのメガネの少女である。

 照れながらいったい何を仕込んでいるのか。


 雨のようにバラ撒かれる節分の豆と、自動機銃タレットから横薙ぎにされる、鬼は外、赤毛娘は内の豆。

 若干意地になった唯理は、3つの射線を読み切り空中側転からバック宙の連続技でどうにかわし切る。

 そのまま連続バック転で距離を取ると、途中で180度ターンをきめ全力疾走でその場から逃げた。


「チッ……今のをわすのか。やっぱ生身でもバケモンだなタイチョーは」


 などと言いながらも、あまり残念そうではない桃色髪の喧嘩屋姉さん。ステーキは合成で我慢する事とする。


「あーん……ユイリのイジワルー」


 一方でがっくりと肩を落とすエンジニア嬢であったが、それでも自動機銃タレットのガンカメラにドエロい水着を揺らしまくる赤毛娘がカッコよく映っていたので、コレはコレで良しとした。


               ◇


 後はもう、砂浜に刺さったセーブポイントのフラッグまで僅かな距離だ。

 ローグ大隊が全滅し、仲間を全員わしてひとりだけクリアするのは大人気ない気がしなくもないが、本当に自分は何をやっているんだろう。

 フと、そんな疑問が脳裏を過ぎってしまうエロビキニの赤毛だが、まぁここまで来て撃たれるのも実力不足みたいで気分が良くないな、と。


 砂浜の中央に刺さったフラッグと、その奥の波打ち際にいる金髪の美人保母さんを見ても油断せず、一気にセーブポイントに飛び込むべしと唯理が砂を蹴る足を強めた。


「いまだ撃てー!」

「撃っちゃえー!!」

「きゃー!!!」

「なにぃ!!?」


 その直前に、砂の中からゲリラ戦術のように身を起こす十数人の小さな人影。

 それは、金髪保母さんのサラが勤める託児施設の子供たちであった。

 コレには流石に唯理も度肝を抜かれる。子供たちが来てくれてちょっと嬉しい。

 そして悟る。これ見よがしに美人保母がニコニコ微笑んで立っていたのは、潜伏する子供らに気付かせない為のミスリードか。

 誰だこんなすっからい戦術を子供なんかに仕込んだのは。

 ウチの船長しか思いつかない。


「よっ! お!?」


 しかし舐めてもらっては困る。子供の射撃などロクに狙いも付けず、そうでなくても当たるものではない。

 赤毛娘は砂浜に足を滑らせるような後方移動で、目の前の豆弾をやり過ごしてみせる。

 ここは当たってあげるのが年長者として正しい姿勢な気がしなくもなかったが、裏に船長がいるのであれば負けてしまうのには抵抗があった。今まで何度もえらい目に遭ってきたので。


(セーブポイントは子供らの後ろ! 飛び越えれば終わり!!)


 赤毛の少女は一歩二歩と踏み切ると、常人離れした跳躍力で一気にセーブポイント手前に陣取る子供らの頭上へ飛び上がった。

 チビたん達には悪いが、これで終わらせてもらう。お菓子か何かはまた今度差し入れさせてもらおうではないか。


 そんな事を考える唯理だが、跳躍が頂点に来たところで少し気になる事が。

 金髪美人保母さんは、結局単なる注意を惹く囮だったのだろうか、と。


 その答えは、砂浜に立つフラッグごと、ズドンッと落とし穴に落ちたところで理解できてしまった。


 ゴール地点であるフラッグを隠したり細工をしたりすれば、当然勝負は無効である。

 だが、フラッグをもう一本用意する分には、ゴールであるフラッグに何かするワケではないのだから反則にはならない。


 本当のフラッグは、美人保母さんのサラの後ろ。

 その身体で隠していたのだ。


「さ、三段構え…………」


「ごめんなさい隊長。でもみんながどうしてもモカロールケーキが食べたいって言うので」


 んなもん、こんな大仕掛けしなくてもいくらでも作ってあげるがな。

 そんな事を言う気力も無い赤毛の少女は、ご丁寧にトリモチのような粘着物にベッタリ全身取り付かれたところを、穴の上から幼女にペシペシ豆鉄砲を撃たれていた。


               ◇


 ローグ大隊交流イベント、『ゴブリンシーカー』の12時間後である。


 赤毛の大隊長が子供に撃たれるという無様を晒したので、ローグ大隊は砂浜の10キロ走で許される事となった。

 もっとも、流石にローグの野郎どもも今回のイベントがチャリティーのようなモノだと理解はしており、本気で赤毛が幼女相手に不覚を取ったと思っているものはいなかった。


 相手はともかく不覚は取ったのだが。


 イベントの最多ポイント獲得賞は、上位500名の接戦の末に、ラビットファイア部隊のクール美女、ハニービーマイ=ラヴが掻っ攫っていた。狙撃で地道に稼いだらしい。


 それとは別に、旗艦フォルテッツァの託児施設にある愛くるしい幼女が、唯理に一ヶ月お菓子を貢がせる権利を手に入れた。

 もっとも、そのお菓子が施設全体の子供に回る事になるであろう事は間違いあるまい。微笑ましいので別に構わないが。


「ローグ船団……いえ、ローグ大隊の暴走みたいな事も無かったし、今回のイベントでローグへの見方も多少変わってくるんじゃないかしらね?」


「そですね」


 パンナコッタの船首船橋ブリッジにて、コリコリと煎り大豆など食べながら、遠い目で船長に相槌を打つ赤毛。

 今になって思うと、ここまでやる必要があったのだろうか、と思わなくもない。

 特に、ローグ大隊全滅後から、唯理の全力逃走のあたり。

 何やら無駄に自分の性能をさらけ出しただけのような気も。

 いや決して船長の戦術にやられたのが悔しいワケではなく。


「それに、みんなはユイリちゃんと一緒に遊べて楽しかったと思うわよ?」


 そんな赤毛娘の内心を見透かしたように、船長のお姉さんはにこやかな笑顔を向けて言う。

 何やら意味ありげな科白セリフだと唯理は思う。


「ユイリちゃんはエイムで実戦に出るとヒトが変わるけど、ローグ船団の防衛隊を任されてからは常にそんな感じになっちゃったから。

 ちゃんと元のユイリちゃんに戻るのかって、気にしている娘たちもいたしね」


「あー……アレは、仕事用ですし…………」


 チラッとオペレーターシートに目を向けると、ちょうど正面のディスプレイに向き直るオペ娘さんの姿が見えた。

 エンジニア嬢は船首船橋ブリッジに近い自室で休んでいるようだ。収穫がどうとか嬉しそうにつぶやいていたが、詳細は不明だ。


 戦闘に関わる仕事をしている時は、唯理にもハッキリ自分を切り替えているという自覚はある。

 『仕事用』の顔とは言うが、どちらかと言うとそちらの方が唯理の素に近い。普通の女の子達には、見せ辛い顔だ。


 昔から、クラスメイトの少女や同世代の娘には、どう接して良いか分からない。正直苦手とさえ思う。

 嫌いなワケではないのだ。恐らく、鬼のような自分の素顔を恐れられるのを、忌避しているのだろう。


 軍務に没頭している時は、ただその最善を尽くす事にのみ集中出来る。それを言い訳に出来るのだ。


 ところが、今はその焼けた鉄のような没入感を感じる事は出来ない。

 気が抜けたワケではないが、ローグ大隊の事も一歩引いて考える事が出来る。

 まるで何やら、憑き物が落ちたかのようにも思えた。だとしたら、いつから自分は取り憑かれていたのだろうか。


(って……何かに憑かれているならわたしが分からないはずないわな。ローグが一応形になりそうだから、一息吐いて感傷的になっただけか)


 ガリッと勢いよく煎り大豆を噛み砕き、益体も無い考えも一緒に噛み砕く赤毛の少女。

 豆が自分の憑き物を払ったとでも言うのか。出来過ぎである。仲間たちと暴れてストレス解消にでもなったのだろう。


 だいたい節分の豆で憑き物が落とせるなら、他にも必要なヒトがいるではないか。

 例えば、船団が共和国に向かうと決まってから、時々薄暗い目で遠くを睨み付けるようにしている船長のお姉さんとか。


「――――――は~外~、と…………」


 何となく思い付きで、手にした煎り豆を親指で弾きマリーン船長にソフト直撃させる唯理。

 ところが、当たり所が良くなかった。

 船長の袖から膝の上に落ち、煎り豆がコロコロと転がり反対側に落ちてしまったのだ。


「…………ユイリちゃん?」


 船長の笑みには、何かが憑いていた。つまりいつも通りだ。落とすモノなど、何もありはしなかったのである。

 そして、唯理は逃げた。危険を察知して一目散に船首船橋ブリッジから逃げ出した。

 何も豆をぶつけた事に船長が怒っているのではあるまい。だが何かを気取られていた。何というかこう赤毛の小娘の失礼な考えを。


 唯理が飛び込んだ先は、エイミーの部屋だ。唯理の個人認証が通るので自由に入れるのだ。

 ところが、入った途端に悲鳴が上がった。取り込み中だったらしい。唯理の顔を視て、この上なく真っ赤になっていた。


「ご、ごめんなさい……お取り込み中だった?」


 女の子にも色々と事情があるのだろう。ひとりじゃないと、出来ない事もある。

 そんないらん配慮を唯理が見せていると、少しの間戸惑っていたエイミーは、やがてそれ以上の勢いでもって取り乱していた。


「ちが……! 違うよユイリ! 何か大きな勘違いをしている! わたしは決して部屋で変な事してたワケじゃ―――――――」


「わたしは何も見なかった…………共同生活の配慮は分かっているつもり、だから…………この事は二度と口に出さないよ」


「こらー!!」


 この部屋の中でエイミーのような可愛い娘が密かな楽しみを、と思うと、唯理とて頭に血が上ってしまう。

 エイミーは別の意味で頭に血が上っていたが。


 そうして隣の自室に逃げ込む唯理だったが、直後に180度ターンして脱出しようとしていた。

 船長に先回りされていたのだ。ホラー展開で普通に心臓が止まりかけた。

 しかも、部屋のドアが開くと目の前に涙目のお怒りエイミーがいた。


「ユイリちゃんは何を思ってわたしの憑き物カーズを落とそうとしてくれたのかしら? お姉さんに聞かせてくれる?」


「違うって言ってるでしょユイリ! さっきはユイリの~~~~~~ユイリの昨日の~~~~~~とにかく変な事は何もしてないんだから!!」


 何故かガッと胸を鷲掴みにされ、背後からは腰にやさしくガッチリと腕を回されてしまう赤毛娘。

 豆ぶつけてどうにかならんかなぁ、と現実逃避したくなる唯理だったが、こちらの鬼さんは達は取って食うまで諦めてくれそうにない。

 やっぱり年頃の女の子らってどう扱っていいか分からんと、揉みくちゃにされながら赤毛娘が情けない悲鳴を上げていた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・サーイエッサー。

 軍隊の上官に対する返事。

 通常、女性に対してサーは使わないが、国連平和維持派遣軍ではサーで統一していた。


・群王の儀式

 ローグ船団の中心人物チンピラたちを纏めていた儀式。

 ライケン種族発祥の伝統で、巫女が統括していた。

 弱肉強食。




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