76G.ルインライダー スターティングリッド

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 はじまりは、旗艦『フォルテッツァ』内で発生した騒動からだ。


 キングダム船団はローグ船団側の人員が特定の船に入り込まないよう、その立ち入りを厳しく制限していた。

 ところが、いつのまにかフォルテッツァにローグの人間が乗り込んでおり、あまつさえ設備や場所の専有、リソースの無断使用、それらを取り締まろうとした保安要員セキュリティーとの間で小競り合いまではじめたのだ。


 当然、船団の運営部や事務局は事態の鎮静化に動き出す。

 保安要員セキュリティーヒト型戦闘機械コンバットボットが派遣され、艦内用のヒト型機動兵器『マシンヘッド』までが支援として差し向けられていた。

 今のキングダム船団において、その要となる超高性能規格外戦闘艦クレイモア級フォルテッツァが何より重要な存在であるのは、誰にでも分かる事。

 故に普段から、その警備は最も厳重なモノとなっている、はずだった。


「それがどうしてローグのろくでなしどもにガレリアまで入り込まれているんだ。乗艦チェックとエリア認証はどうなってる」


「認証……クリアしています! 恐らくパラサイトIDです!」


 船団長の若白髪、ディラン=ボルゾイが足早に入って来ると、間も無く艦隊司令艦橋ゼネラルコントロールの大扉が4重に閉鎖される。

 手引書マニュアルにある最大警戒態勢だ。艦橋ブリッジなど最重要区画バイタルパートは完全に閉鎖されていた。


 しかし艦橋ブリッジオペレーターのひとりが確認する限り、ローグ船団の乗員クルーは既に閉鎖の内側、フォルテッツァの中心部にまで入り込んでいるようである。

 船団長がいぶかしむように、これは本来あり得ない事だった。


 宇宙空間という極限状況下において、宇宙船というのは命を繋ぐ重要な乗り物だ。

 当然ながら、船内に破壊工作などを目的とする外敵を入れるのは致命的にマズい事態であり、それを防止する為の安全保障手段は何重にも念を入れて用意される。

 これに関しては、船団旗艦のフォルテッツァに限った話でもない。どんな宇宙船でも、大なり小なり行っている備えだった。


 その手段として最も一般的かつ基本的に用いられるのが、個人ID認証だ。

 あらゆるヒトと物は船内に入る時点で、顔や体型といった外見のほか、身に着けた情報機器インフォギア等デバイスの持つ識別コードを機械センサーにより読み取られている。

 区画を跨ぐ際もチェックポイントが設けられ、個人認証を行う場合があった。


 当然キングダム船団でも、重要な船では特に高度な個人認証行っている。初期改修の折には、旧式の機材を一流の物と入れ替える力の入れようだ。

 とはいえ、所詮機械が自動で行う事なので、回避手段も皆無ではない。オペレーターの言う『パラサイトID』などもそのひとつだった。

 それを見越しても、考えうる限り高性能なシステムを導入している。


 それが、ローグ船団のように意識も能力も低い人間の集団に破られるというのは、異常な上にも異常だった。


(ローグの連中だけで出来る事じゃない。別の何者か……情報システムに関してそれなりの腕を持ったプロがいる。だとすれば、いつからだ?

 入り込んだタイミングは恐らくワーム騒ぎだとして……それも仕込みか。

 そもそもローグがこっちに強引に合流しようとしたのも、航法に長けたヤツが誘導したと考えるのが自然……こいつら連携して……いやローグが使われているだけか!?)


 ローグ船団の乗員クルーにしては手際が良過ぎる。ならばローグを後ろから操っている何者かがいると考えるべき。

 その目的が何かを考えた時、船団長が導き出せる答えはひとつだった。


「全船団に臨戦態勢を取らせろ! エマー1発令! セキュリティーはフル装備で警戒配置――――――――!!」


 後手に回った、と判断するや、船団長は即座に船団全体へ迎撃の準備をさせようと、する。


 しかし、同時に分かってはいたのだ。


「いや、その必要は無いな」


「――――――――チッ、やはりもう入ってたか」


 ローグ船団の乗員クルーを暴れさせた時点で、既に艦隊司令艦橋を押さえる目途は立っていたであろう事は。


 舌打ちする船団長は、戦闘用EVAスーツで身を固めた相手に銃口を向けられていた。他の艦橋要員ブリッジクルーも同様に制圧されている。

 そして最後に、可視光オプティカル擬態機能ステルスを解除し何も無い空間から姿を現した、顔に大きな傷を持つ男。


 キングダム船団旗艦『フォルテッツァ』は私的艦隊組織PFC『スカーフェイス』により、その中枢を制圧された。


              ◇


 オペレーターのフィスに話を聞いた直後、赤毛の少女、村瀬唯理むらせゆいりは間髪入れずエイム部隊ラビットファイアを率いて出撃しようとした。

 旗艦フォルテッツァ奪還へ殴り込みである。


 なんと言っても、フォルテッツァはキングダム船団の中心にして船団防衛の要となる、規格外高性能戦闘艦だ。単艦で星系艦隊に匹敵するその価値は計り知れない。

 共和国艦隊などは早速この騒ぎに下心を出したか、船団の配置を外れてフォルテッツァを取り囲みにかかる始末だ。

 名目は飽くまでも占拠された旗艦の解放である、と言うが、あまりにも見え透いている。

 旗艦に急接近する複数の私的艦隊組織PFCの船も、同じような事を宣言している。


  そうして今まさに、全長10キロメートルにも及ぶ大戦剣クレイモアの如き超戦艦の争奪戦が始まろうとしてた、かに思われたが、



 フォルテッツァの火器管制システムが起動した途端、クモの子を散らすようにあらゆる船が一斉に反転して逃げ出した。



「フィスちゃん、スノーちゃん」

「おいおいおいマジか!? シールドジェネレーター出力最大!」

「左舷マニューバブースター点火、メインブースター点火。右35度転舵、30Gまで加速……フィス、障害物の軌道データ出して」


 射撃指揮装置イルミネーターのセンサーに捉まった、という警告音が、フォルテッツァを取り巻く宇宙船の船橋――――――または艦橋――――――に激しく鳴り響く。

 マリーン船長の指示により、高速貨物船『パンナコッタ』は速度を上げてフォルテッツァから距離を取った。

 同じ様に、圧倒的な力を持つ旗艦に背を向けて、何百隻もの宇宙船が加速をかけている。

 キングダム船団の中央付近は、乱れ飛ぶ船により右往左往の大混乱となっていた。


「…………単なる脅しだったみたいね。まぁこの短時間でブリッジコントロールを完全に抑えるのは無理があるわよね」


「んでも焦ったわー……。あの火力がこっち向くとかマジ洒落になんねー。んぁ? 『サイト・リファレンスにエラー』?」


 フォルテッツァの周囲約130キロが、僅か30秒で空白地帯となる。

 しかし、レーダーロック後の一斉射撃は実行されなかった。マリーン船長の予測通り、襲撃者側が旗艦の火器管制システムFCSを扱えていない為と思われる。

 そうでなくても、フォルテッツァをはじめとする26隻の超高性能戦闘艦は厳格な権限者クリアランス設定を必要とし、登録の無い者には使用できないようになっていた。

 艦隊司令艦橋を制圧した者たちが、完全に船をコントロール下に置いたとは考え辛い。


 だとしても、幾度か目にした絶大な火力を持つ戦艦のセンサーで睨まれるというのは寿命が縮んだ。


 冷や汗をかいたオペ娘が、ディスプレイの見慣れないシステム表示を見て眉をひそめている。

 そのメッセージの内容を確認しようとしたところに、問題の旗艦フォルテッツァから通信が入ってきた。船団全体に向けられたモノだ。


 犯行声明というヤツである。


『キングダム船団、及び共和国艦隊に通告する。現在、旗艦フォルテッツァの全機能は我々の制御下にある。

 現時点から本艦の100キロ以内に進入した船に対しては、本艦に搭載された攻撃火器を用いる事になるだろう。我々の目的はこの戦艦のみだ。それ以上の要求は行わない。

 このまま傍観しているのをお勧めする』


 自分が何者かも名乗らない顔も見せない音声のみの通信だったが、フォルテッツァは未だに全方位へセンサーを向けており、その意志は明確に伝わっていた。

 落ち着き払った相手の声に、赤毛の少女は過去の記憶と経験が妙に刺激される思いだ。


「鮮やかなものだわ……。旗艦のセキュリティーなら、どれだけ対策しても侵入して間もなく見つかったでしょうに。それまでの極短かい時間でブリッジを抑えて船団の動きも止めて見せる。プロ中のプロね」

『艦内のセキュリティー要員は対応できないのか!? 外から接近できないぞ、これじゃ!!』

『ここまで周到に用意したヤツ等が、その辺を考えてないなんてあるもんか』

『あの戦艦をむざむざ奪わせる事など出来ん! クレイモアの準級となる戦闘艦でプレッシャーをかけるべきだ! 指揮は我々ターミナス星系艦隊が執る!!』

『船の使い方はキングダム船団で決める! 口出しは無用に願いたい!!』


 間も無くキングダム船団の序列に基づき、船団長の代行が立ち対応の協議となるが、議論は全く纏まらない。

 乗っ取られた船が問題、乗っ取った相手は恐らく相当手馴れた玄人プロ、あまり立場の強くない船団長代行に、声を大にして存在感を主張してくる共和国艦隊サイド、と。

 良くない条件が揃っていたのだ。


『マリーン船長、私はアクセス権限についての詳細は聞いていませんが、実際のところテログループがフォルテッツァのフルコントロールを握る可能性はあるのですか?』


 マリーン船長は共有通信の船長会議から、プライベートな通信の映像に視線を移す。

 そちらは、超高性能艦の一隻であるイージス級『アレンベルト』のソロモン船長の他、ハルバード級『バウンサー』のウォーダン船長やジャベリン級『トゥーフィンガーズ』のリード船長といった、比較的事情に通じた面子が揃っていた。


「まず無い・・と思って良いわ。認証を破る方法も、データ形式が通常の物と違い過ぎて偽装不可能だそうよ」


 それでも、村瀬唯理が最高権限Lv.10を持つのを知るのは、パンナコッタの皆と船団長だけだ。

 以前、フィスもこのあたりをウェイブネット・レイダーとして調べた事はあるのだが、システムの根幹が既存の物と違い過ぎた為、解析できず断念している。

 主要演算機メインフレームが認証に使う『リップルパターン』という個人データが何を指しているのか、それすら分からなかった。


『それなら結構な事だが……だとすると船団長がいよいよ危ないわな。どう脅したところで艦長の権限は奪えんという事だろう。殺しても船は手に入らんワケだ。船だけ持って行ってもコントロール出来んじゃなぁ』


 同じく謎の認証技術で高性能砲艦バウンサーを預かるウォーダン船長としても、クレイモア級を乗っ取られるかどうかは他人事ではない。

 その可能性は低いと聞き懸念がひとつ減ったにしても、それを知るのは現在この場にオンラインで繋がっている者だけだ。

 フォルテッツァの指令艦橋ブリッジを抑えた者はそんな事を知る由もなく、飽くまでもコントロール権限を奪いにくるだろう事は想像に難くなかった。

 これだけの手並みを見せる者達。手段も相応の物となるだろう。


『まぁ船団長の坊やを死なせるワケにもいかんだろうけど、どうするねマリーン? それとも、連中に打つ手が無くなるまで閉じ込めておくかい?』


「バカを言わないでリード船長、フォルテッツァには子供もいるのよ。コントロール奪取に利用でもされたら事だわ」


『船の入手が不可能だと知れば、破壊に目的を変える可能性もありますね。最終的なコントロールの奪取は免れるにしても、時間の余裕はそれほどありませんか』


 いずれにせよ船団長やその他船員クルーを見捨てるという選択肢も無い。

 またフォルテッツァには託児施設なども存在する為、船員以外の者も多く搭乗している。

 本来は最も守りが固い船なのだ。

 そんな鉄壁な船が自分たちの障害と化し、これから乗り込まなければならないのという難儀な状況。

 25隻の同種艦へは『標的サイト参照機能リファレンス』により攻撃できないというが、人質を取られている状態では近づけない事に違いもなかった。


「……となると、隠密裏に潜入、強襲して制圧するしかないんだろうけど、船団側は交渉とか考えているのかな?」


 格納庫から船外活動EVAスーツを着て来た唯理は、もはや強行突入の方針は決まっていると考えていた。

 問題は方法となるが、場合によっては船団の意向の方も問題になる。

 もしも対話による解決を考えているなら、唯理も勝手に動くワケにはいかないだろう。船団の一員として、身内に迷惑をかけるような事も出来なかった。


「いや交渉とか無理だろ、相手のプロ具合から見て。キャッシュが目当てとも思えねーし。

 フォルテッツァのセキュリティー認証だって一応アレ最高級品入れてたんだぜ? しかもオレがシステム弄ったヤツ。

 それを抜いて来るって事は、少なくともIDの偽装や光学センサーを妨害する軍用レベルのツールを使ってるだろうしな。

 自前の船も持ってないチンケなPFCじゃない、ヤバい連中だ」


 しかし、仮に船団が穏便に事を済ませようとしても、フォルテッツァを占拠した集団は応じないだろう、というのがオペ娘の予測だ。

 人数も素性も不明だが、資源採取のワーム騒動に乗じてローグ船団の乗員クルーと同時に乗り込み、恐らく軍の特殊部隊などが用いるツールで艦内の個人認証IDチェックシステムを無力化する技量を持ったテログループ。

 連邦軍などの特殊部隊ともやり方が異なる為、雇われたその道の専門家プロフェッショナルと予測できた。

 つまり、依頼に忠実かつ有能である可能性が高い。


「一流のシステムの上を行く超一流ってヤツだなチクショウめ。こっちの動きは当然予想しているだろうし、実際問題どうすんだコレ」


「もちょっと情報がほしいな……。こっちからフォルテッツァにアクセスできないの?」


「さっきのデータコムからラインが切断されてら、ノーコンタクト。ターミナルノードもロックされてるからアクセスできねー」


「ダーククラウドネットワークも?」


「…………お?」


 渋い顔で通信状況を監視モニターしていたオペ娘が、赤毛娘の科白セリフに小首を傾げた。


 唯理が言うところの『ダーククラウド・ネットワーク』とは、フォルテッツァやパンナコッタⅡなど規格外の超高性能戦闘艦からアクセスできる、これまた通信プロトコル不明の情報通信網ネットワークだ。

 詳細が良く分からず信頼性にもとり、また通常の通信プロトコルと合わないので滅多に使用しないのだが。


「えーとちょっと待て……バレずにメインフレームアクセス出来るかコレは? 出来るわ。

 ターミナルは……当然監視されてるわな、と。テレメトリにダミー被せて端末乗っ取るか」


 フィスの目の前に、幾つもの立体映像ホログラムのウィンドウが表示される。

 それぞれネットワークの通信状況とデータ内容、アクセス監視、ツールの操作パネル、フォルテッツァのメインフレーム画面に個人の情報機器インフォギアへの接続状態、


 そして艦隊司令艦橋内の映像だ。


 電子戦を嘲笑うかのような裏道の存在に、その道の専門家は心中複雑そうに顔をしかめていた。


そのネット・・・・・ワークの事も・・・・・・テログループは把握していないようね。気付かれない内に主導権を取れるかしら?」


 表示されたリアルタイムの映像を見るマリーンは、頬に手をあて微笑んでいるように見えるが目だけが笑っていない。

 艦隊司令艦橋には船団長ら艦橋要員ブリッジクルーほか、十数名の武装したテログループの姿があった。


「戦闘用のEVAスーツ、可視光ヴィジビリティー妨害装備ジャマー装備、完全に特殊戦仕様じゃねーか。エリアごとにロックダウンもされてるし。完璧だなコイツら」


「やっぱり連邦軍のやり方じゃない。連中なら堂々と正義面して正面から来るからな。これだけやるPFCなら名が通っているだろう。フィス、顔から正体が割れないか」


「プロだと星の数ほどフェイク情報バラ撒かれてると思うけど……まーやってみる」


 メカニックの姐御に言われ、オペ娘がテログループを顔認証にかける。一致する顔がデータベース上にあれば相手の正体も分かるだろうが、高度な組織ほど情報の隠蔽にも長けるものだ。

 あまりやる気が出ないフィスだったが、かと言ってやらないワケにもいかない。


 そして、オペ娘が膨大な作業量にうめいている後ろで、沈黙していた赤毛娘はというと、


「見つけた…………」


 映像の中で明らかに格が違う傷面の男スカーフェイスに目を付け、凶暴な視線を向けていた。


              ◇


 キングダム船団旗艦『フォルテッツァ』の艦隊司令艦橋が制圧されて、2時間後。

 艦内の各区画は閉鎖され、一般船員は隔離された状態に。

 そして船団長など主要な船員は、制圧直後から艦隊司令艦橋に留め置かたままになっている。


 私的艦隊組織PFC『スカーフェイス』が、最終的なフォルテッツァの指揮権限を掌握出来ていない為だ。


『あなたのアクセス権限はレベル7です。

 本艦のメインフレーム及び火器管制FCS射撃指揮装置イルミネーター、ジェネレーターコントロール、生命維持及び緊急災害対応セーフガードシステム、セキュリティーシステム、クルーコンフィグ、等へのフルアクセスはレベル10及びレベル9権限者によるクリアランスに該当します。

 あなたにはシステムへのアクセスが許可されていません』


 艦の管制人工知能AIがアクセスを拒否し、頭部を専用の機械ヘルムで覆ったシステムオペレーターがお手上げ状態となった。

 その横では、浅黒い肌に白髪の船団長、ディラン=ボルゾイが側頭部をディスプレイに押し付けられている。

 押し付けているのは、全身を黒く分厚い装甲で覆った戦闘用EVAスーツの男だ。

 当然だが、船団長は現状がこの上なく不本意そうである。視線でヒトが殺せそうになっていた。


「ダメですね、コードを合成しても認証が回避できない。バイオメトリクスやアペアレンスとか主なところもコピッたんですが、アクセスの時点で弾かれてそもそも照会してないようです」


「随分レベルの高いアクセス認証を使っているようだ。コントロールを握る手段は残されていそうかな?」


「そうですね……恐らく通常の手段じゃ全部試しても無駄です。システムを一から解析する必要があると思います」


 システムオペレーターの後ろに立つ傷面の男が、空中投影されているデータを見て場違いなほど静かに語りかけている。

 機械で固定されているかのように動けない船団長は、目だけで傷面を凝視していた。


 その傷が物語るように、荒事慣れしていそうな顔付きをしながら、物腰穏やかで言葉には強くヒトを惹き付けるモノがある。

 年齢は30代中盤くらいか。

 鈍い色の金髪をオールバックにしており、テログループの首魁とは思えないほどの品位とカリスマ性があった。


「骨董品のAIオペレーションじゃなかったのかい? バカAIなんざ騙くらかして、こっちを艦長だと誤認させる事は出来ないのかい」


「少なくとも大昔にあったAIオペレーターとは全く別物ですよ、こいつは。支援システムなんてチャチな代物じゃない。たぶんクリアランスのゲートウェイも兼ねてます。つまり、このAIはメインフレームその物で、これの回避なんかはあり得ない、と考えられますね」


 戦闘用EVAスーツのヘルメットを展開した熟年の女性が、歩み寄りながらオペレーターに問う。

 ネザーインターフェイスによる機械と脳の同調が一般的となった現代、人工知能AIによる支援サポートは時代遅れのシステムと、されていた。

 しかし、そんな物とは次元が違うと機械頭のオペレーターは言う。


「そうなると、正攻法でコントロール権限を得るしか手段は無いワケだ」


 傷面の男の視線が、相変わらずオペレーター席のディスプレイにへばり付く船団長へ向けられる。

 この時点で、船団長のレベル9権限以外は粗方テログループに奪われていた。その権限を持つ船団長が、テログループの構成員にレベル8以下を振り分けたのだ。

 無論、進んで献上したはずもない。部下の太腿をレーザーで焼かれた為、仕方なくである。


 しかし、肝心なレベル9、艦長の権限だけは奪えていなかった。


「どうにもならんと言ったはずだぞ……! 俺も船を預かっているに過ぎないんだからな。雇い主から何を聞いてきた!?」


「だからそれを吐けっつってんだよ船団長殿、レベル10っていうのはどこの誰だ。あんた以外の船長の誰かじゃないのか」


「レベル10は艦長を指定するメインフレーム側に便宜上設定されているクリアランスだ。そっちに聞け。俺は知らん……」


「だがキミが認証を受けたのは、この船がハイスペリオンからターミナスに移動してきた後だろう。キミ自身、レベル9に設定された経緯があるはずだ。それを聞きたい」


「だからそれは俺を艦長にしたメインフレームの管制AIに聞け。俺にはどうにもならん事だ。

 船が欲しいなら俺ごと連邦の・・・クライアントの所に持って行くがいい……! 他のヤツは降ろせ!」


 船団長と周囲の部下は、既に拷問紛いの取り調べである程度の情報を吐かされていた。

 しかし、船団長は最も重要な部分をスッとぼけて明かしていない。こればかりは部下が何人殺されようが自分が殺されようが、教える気は無かった。

 100億隻もの超高性能戦艦が、何者かの手に渡るという最悪の事態は断固として避けなければならないのだから。


 ディランには『スカーフェイス』がどういう性質の私的艦隊組織PFCか、そして誰に雇われているか、概ね推測が立っている。

 自分ごと船を持って行けばいい、というのもある程度の成算がある故の科白セリフだ。


 そんな様子の船団長を、スカーフェイスの傷面の長は計りかねていた。

 放浪民ノマドの船団長など単なる一般人かと思えば、ガサツな振りをして腹の底を見せない喰わせ者のようだ。

 艦橋の主要人物ごと権限を持つ者全てを拘束するよう依頼を受けていたが、それでも船の全権を握る事は出来ていない。

 どちらも、仕事前に渡された情報からでは想定出来なかった事だ。

 依頼主の態度を見ていれば、必要以上の事を知らせないようにした、という意図は容易に読める。

 

 依頼内容自体は、既に達成していた。船は手に入れ、航行も可能だ。

 ただし、船団長が犠牲をいとわなければ、今すぐにでもひっくり返される状況でもある。

 やはり全てのコントロール権限を確保していなければ、本当の意味で船を手に入れたとは言えない。

 雇い主からそんな事は説明されていないので、そこのところを指摘されても突っぱねる事は出来るだろうが。

 それでも、気難しい連邦軍の仕官からの依頼。言い掛かりを付けられるような余地は残したくないし、何より自分たちの身の安全を確保する意味でも主導権は握っておきたい、というのが率直なところだ。


 時間をかけて全ての情報を吐き出させるか、共和国艦隊の動きを警戒して今すぐ船を動かすべきか。

 そのような思案をしているスカーフェイスの長だが、一方でノマドに対してはほとんど警戒感を持っていなかった。



 そんなところに突如降り始める豪雨。



 真空の宇宙に漂う巨大戦艦の全域に、ズドドド――――――! という音さえ立てて、膨大な量の水が降り注いだ。

 無論、天然の降雨ではない。全艦に設置された環境調整装置を兼ねるスプリンクラーだ。撒かれているのは単なる水ではなく、人体に影響が出ない薬剤を含む液体である。


 立ち込める水煙に、パニック状態になる艦内。

 その中で、スカーフェイスの長と周囲の兵士だけは取り乱していなかった。


「セーフガード……!? 誰が起動した!? すぐ止めるんだよ!!」

「ここじゃありません! 『レベル10:プライマリオーダー』!? 最優先クリアランスの操作コマンド!!」


 スカーフェイスの機械頭が、奪い取ったレベル7の権限で以って災害対応システムセーフガードを止めようとする。

 ところが、スプリンクラーの起動は上位権限者レベル10からの命令だとして、オペレーターの操作コマンド却下キャンセルされた。


 傷面の長は、雨を降らせ続ける艦隊司令艦橋の天井を見上げ、暫し考える。

 このタイミングでの最上位権限による消火液散布。いったいそれに何の意味があるのか、また何者がそれを実行させたのか。

 あるいは、本当にレベル10を持つ主要演算装置メインフレームの管制人工知能AIが、自主的に判断したとでも言うのか。


 そして、もしこれが嫌がらせや誤作動ではなく、明確な目的がある行動なのだとしたら。


「カナン、警戒を――――――――」


 スカーフェイスの撹乱が狙いか。

 そう思い至った傷面の男が、腹心に警戒態勢を取らせようと、した。



 直後に、艦隊司令艦橋に突入する大型自動二輪車モーターヴィークル



 閉鎖したはずの艦隊司令艦橋の大扉が一瞬で全開したアンロックされたか思うと、ズシャァアアア!! と水飛沫を巻き上げ大型バイクが横滑りして来る。

 その乗り手ライダーは車体を横倒しにして強引に制動をかけつつ、真っ正面に目標を捉え肩のホルスターからハンドガンを引き抜いた。


 そして勢いのまま銃口を横薙ぎにし、ギギギンッ! というノイズと共に発砲する。


 突入から、僅か1秒の出来事。

 ハンドガン型6.72ミリ口径電磁レールガンは、傷面の男と周囲にいた兵士を薙ぎ払って見せた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・パラサイトID

 システムによる自動個人認証を誤魔化す手段、及びそのツール名。

 他者の持つ正規のIDを共有するというのが基本原理。同時に2箇所で同じIDが使われるなどすれば通常は直ちに異常として検出されるが、高性能なツールになるとシステムの監視を逆に監視しつつ、その時点でID参照を受けていない乗員を自動で渡り歩くなどの高度な回避機能を持っている。

 どれほど発達した個人認証システムが開発されても、それを回避する技術とのイタチごっこになってるのはどの時代も変わらない。




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