ExG.トリック・オア・トリート

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 騒乱が続く天の川銀河を旅する宇宙船団のひとつ。

 ノマド、キングダム船団。

 同船団は共和国の支配企業グループビッグブラザーから招かれ、その中央本星への航行を続けている。


 そんな現在30万隻まで数を増やしたキングダム船団を構成する一隻。

 高速貨物船『パンナコッタ2nd』200メートルクラス。

 事あるごとに大立ち回りを要求される同船と乗員クルーであるが、今は比較的穏やかな時間を過ごしていた。


「ウマウマー!!」

「ザクザクしてムニュムニュして鼻にフワーンと咽の奥が楽しくてもうワケがわからないー!!」


 客室キャビンで双子の幼女が吠えていたが、平和なのである。


 擬音ばかりで的を射ない双子の妹、リリアの発言であるが、これには仕方がない事情もあった。

 何せ、たった今食べた物は、現代において主な栄養補給手段となっているフードレーションと、あらゆる点で違い過ぎたのだから。

 退化した食に関する語彙が、その食べ物の食感と味を表現するのを許さなかったのである。


 パンナコッタのお手伝い担当、双子の少女、リリスとリリアが食べているのは、アップルパイだった。

 21世紀においてはコンビニにだって売っている代物だが、この時代においてその実在は大きな意味合いを持つ。

 小麦、砂糖、ミルク、卵黄、料理酒、バター、そしてリンゴ。材料となるこれらは、元素を合成し必要栄養素のみを食事として得る現代では、いずれも手に入らない原材料であった。


「うん……悪くないですね。まずまずの出来だと思います」


 当然、シェフ、ないしパティシエのような作り手も、この時代は不在だ。

 料理という技術など、何百年も前に廃れている。

 そこを再現ならしめたのは、21世紀出身の天然赤毛女子高生、村瀬唯理むらせゆいりだった。


「んふー……! これとっても素敵!! 口の中で溢れる甘さと香りが芸術的だわ! 前に食べたタルトとも甲乙付け難いわ―」


 アップルパイを頬張り悶えているのは、パンナコッタの船長にして乗員女子たちのお姉さん、マリーン船長である。

 落ち着きがあり穏やかな女性なのだが、21世紀産赤毛JKの作る菓子類を食べると素が出るようだ。


「『悪くない』て……これ『パナせん』なんかと桁ふたつみっつ違う出来だってオレにすら分かるんだが……。お前の評価はそんなか」


 驚愕、あるいは変なモノを見る目で唯理を見ていたのは、ツリ目気味のシステムオペレーター、フィスだった。

 表情こそアレだが、このオペ娘をしてアップルパイとの出会いは人生観変わるレベルの驚きがある。この数か月内にも何度かあったが。

 だというのに、それをもたらした肝心な赤毛の美少女は、何やらアップルパイを見て神妙な顔をしていた。

 つまり、口で言うほど満足できる結果ではなかったのだろう。


 26隻の規格外宇宙船艦のひとつ、ヴィーンゴールヴ級『アルプス』が内包する種の保全システムにより、キングダム船団は21世紀の地球が持っていた生態系を手に入れる事となった。

 食料となる動植物の復活はその恩恵のひとつであり、唯理はさっそく生産出来たサンプルを用いて試作品アップルパイを作ってみたのである。


 とはいえ、遺伝子とバイオの技術を用いて再現したばかりの種。食料として最適ではない育成。調理器具など環境の不整備。何より原材料不足により最初のオリジナル以外は通常の元素変換トランスフュージョン融合機・マテリアライザーによる人工素材を用いねばならず、そのアップルパイの味が大分落ちる、など。

 山積する課題に、唯理の表情も難しいモノとならざるを得なかった。


「お嬢さま、ワンモア!」

「この卑しいニンフォにお情けをぉ!!」


 そんなこれからの課題をぼんやり考えていた赤毛だが、足下に傅く小麦色の肌の少女二名の存在により、さっさと現実に復帰。

 リリスとリリアは甘味の為にプライドを捨てたらしく、既にパイ生地の欠片も無い皿を掲げ、涙目でお代りを哀願していた。

 別にそんな必死にならずとも、合成素材でよければ原材料はいくらでも手に入るのだ。唯理が手間をかければ、それなりの物はすぐに手に入る。

 なので脚に抱き付くのはやめて欲しい、と唯理は思った。くすぐったいので。


 なお、双子のターゲットがアップルパイの入手から赤毛娘のフトモモに変わりつつあるのを察し、オペ娘のツリ目は段々とその角度を上げていたりする。


                ◇


 貨物船パンナコッタⅡの船尾中央。メインブースターの間に挟まれるようにして、船体の最も後方まで伸びている部分に宙域観測室がある。


 本来は船後方の状況を観測する為の設備室なのだが、2,500年前と違い現在はセンサー類の発達も著しいので、今までは使っていなかった場所だ。

 しかし、透過素材により船外が透けて見える外郭と、天井と床と壁面の全面がディスプレイとなっている贅沢な仕様に、使わないのも勿体無いので改修しようという運びになったのが、一週間前の事。


 今は設備が整ったオープンキッチンも新設され、広大な宇宙が見渡せる洒落たダイニングのようになっていた。

 赤毛の少女も部下を持ってヒトの出入りも増え、『アルプス』内において動植物の育成が更に活発になり、食料となる素材も多く得られるなら料理と食事の機会も増えると予想される。

 ミーティングルームも兼ねた、皆の憩いの場となる事が期待された。


「これ前と違うよ!? 進化した!!?」

「なにそれご主人さま全く油断ならないよ!?」


 そんなダイニングのカウンター席でスイーツ類を貪る、姦しい双子さん。

 アップルパイをくれ、と言われた赤毛パティシエであるが、そんな同じ物ばかりではすぐに飽きるだろうし、材料も多く試作してあるので、この際色々作ってみようと思ったのだ。

 その作業はケミカルな風味のマテリアルしか作れなかった頃とはまるで異なり、唯理も調子に乗って少々やり過ぎた感を覚えんでもない。

 カウンターテーブルの上には、グレードアップしたクッキーやタルト、カラメルソースのかかったプリン、スポンジケーキ、和風の練り菓子、塩味のあるパナせんVer.2といった物が統一感無く無秩序に並んでいる。


 それらを一心不乱に食べている双子を見ていて、唯理は何となく頭に浮かんだ単語を口にしていた。


「ハロウィンみたいだな…………」


 そんな事を思ったのは、双子の格好が普段のメイド服と違った為である。

 言うなればそれは、ライケン種のコスプレ、といったところか。

 リリスとリリアは、頭の上に突き出る耳や腰から伸びるシッポ、体毛の濃さなど原始哺乳類の特徴を今に伝える種族に扮していた。

 しかも環境EVRスーツを身に着けておらず、小麦色の艶々お肌も露わな面積が非常に大きい。

 それだけなら単にチャレンジブルなコスプレであるが、これに多数のお菓子が加わると、地球における10月31日のイベントの如しであった。

 日本では最終的にお菓子とかどうでもいい事になっていたようだが。


「ユイリちゃん、その『ハロウィン』というのは?」


 ここで赤毛娘のつぶやきに喰い付いたのが、マドレーヌのしっとり感に感動していた船長だった。

 そして、問われるまま特に何も考えずハロウィンに関する情報を口にしてしまう赤毛。元は収穫のお祭りで、悪霊を追い出す風習が転じて子供が幽霊のコスプレで家々を回りお菓子など貰い歩くイベントですよ、などと。

 唯理自信それほど詳しくない上に、記憶の正確さなども怪しい事この上ないので、うろ覚えだと言っボカしておいた。

 なお、後年においては単にコスプレして騒ぐだけのイベントと化した点も添えておく。


 それら唯理の証言は、その場で船長の指示を受けたオペ娘によってレポートにまとめられ、数分以内にキングダム船団上層部へと送信されていた。


                 ◇


 キングダム船団事務局から、妙な通知が一斉送信されてきたのが翌週の事だ。

 曰く、『ヴィーンゴールヴ級「アルプス」の正式稼働と、新開発のナチュラルレーションのプロモーションを目的としたフェスティバルを企画する』との事である。

 その、事務局から発表された、叩き台となる内容。

 成年向けとなる様々な仮装を身に着けてのパーティーイベントに、少年向けとなるスナックレーションの獲得ラリー、と。

 どこかで見たような奇妙に改変されているかのようなフェスティバルの内容に、赤毛の少女も暫し眉を寄せ背中を丸めていた。


「こ……コレはいったい…………??」


「ユイリちゃんの言ってたイベントが楽しそうだったから、船団長に投げちゃった♪」


「『投げちゃった』!?」


 やっぱり出所はこのヒトだったか、ていうか自分だったか。と素っ頓狂な声を出す赤毛。だいたいいつも不意打ちは味方から来る。

 なんでも、一時的にせよ急拡大した船団内におけるストレス緩和策として、何かしら催し物が出来ないかとディラン船団長からも相談を受けていたらしい。


 そんな所に、カモがネギ背負って鍋の中でひとっぷろ浴びていた、という話で。


 別に自分のアイディアでもなし好きにしてくれて良いとは思う唯理であるが、そうと言ってくれればもっと真面目に思い出したのに、と少々申し訳なく思った。


 赤毛娘は、まだ気付かない。

 何故船長が、既成事実を作ってから話をしたのか、という事を。

 唯理の視線が外れていたその時、面倒見の良いマリーンお姉さんの顔は、そこには無かった。

 一緒に船首船橋ブリッジにいたオペ娘だけは、獲物を弄るような船長の貌を垣間見て、生唾を飲んでいた。


                ◇


 かように不本意な言い出しっぺとなった唯理であるが、事が始まってしまった以上は、協力的に動く以外の選択肢も無く。

 具体的には、『ハロウィン・フェスティバル(仮)』中に子供たちに配布、あるいは販売されるお菓子スナック類の開発と製造態勢の確立に関わる事となった。

 なにせこの時代では、食べ物というと個人がフードディスペンサーを用いて自分用に調整されたフードレーションを作るのが一般常識。

 万人に向けた味の食べ物を、個人で調理する文化も消費者に提供する生産ラインと流通販路も存在しやしないのである。

 その為、少し前に船団内でクッキーが流行った折も、個々人が自力で作るしかなく資源と生産システム群に大きな負荷をかけた、という経緯があった。


「といっても、アセンブラシステムが柔軟だから機材さえ確保すれば割と何でも作れるみたいだね。どうしても味が平均化するけど、それはこの際仕方がないか…………」


「AIに任せても上手くいかなかったね……。食べ物作りって不思議」


 そんな会話をしているのは、ひたすら料理のレシピを編纂している赤毛娘と、組み立て製造アセンブラシステムに専用ラインを構築するプログラムを作っていた工学系メガネの少女、エイミーだ。


 この少し前に、ふたりは全自動のお菓子製造を試みていたのだが、いまいち思うような結果を出せなかった。

 単純に元素合成変換機T.F.Mから製造機アセンブラを通して作ると、ほぼ100%面白味の無い可食的食品サンプルが出来上がり、プログラムにランダム値を加えたら味自体が食べ物から離れてしまったのだ。

 人間の舌というのが、いかに繊細なセンサー感度を有しているか思い知るだけの結果となった。

 エイミーは何やら感心しているが、唯理としては妥協に次ぐ妥協で諦観の顔色だ。


 よって、ある程度似たような味になるのは許容するしかなく、ヒト型作業機ワーカーボットによる手作りというやや微妙な手段を用い、ある程度の差異を出すという力技でこの難局を乗り切る事とする。


 一方でフェスティバルに供するメニューに関しては、仕様と候補を絞り込んでいる最中だった。

 製造システムの構築もその絞込みの一環で、製造過程的に難しい物などは選択肢より外されていた。

 後は、現代における一般常識コモンセンス的に受け入れられるか否か、という話になる。

 特に肉類は受け入れられるまで敷居が高く、最終的には5分5分になるだろうという意見から、基本的に合成素材を使う事に決まっていた。

 天然肉も一部から強烈な需要はあるのだが、いかんせんハイコストだという事もあった。


「この『ハンバーガー』っていうのは内包物でバリエーションがあるのね。フェスティバル中だけじゃなくて、普段からも好まれそう」


「コレあんまり味が無いけど……パナせんみたいなもんなのか? いやまぁ嫌いじゃないけどなぁ…………」


「フワフワ……フワフワするよー」

「フワフワ……ふわわぁ」


 お菓子類だけではなく、船尾展望室のテーブル上には様々な試作品が並んでいた。

 ハンバーガーやホットドッグ、サンドイッチというファストフード類。

 パスタ、焼き鳥串、ソーセージ、ホットケーキ、フレンチトーストなどの一品物。

 ポップコーン、ポテトチップス、チーズフレークなどジャンクフード類。

 ベーコンチップ、ジャーキー、海鮮スモークなどおつまみ類。

 コーラ、コーヒー、紅茶、緑茶、スープ等ドリンク類。


 試食に呼ばれた者は、想像を絶して種類が多く目移りしていたが、とりあえず興味を引かれた物を手に取ってみる。

 マリーン船長は丸パンバンズの間に合成パテ肉とベーコンとチーズの入ったバーガーに目を細め、フィスはパナせんに似た合成ジャガイモのフライスティックを端から齧り、双子はマシュマロをげっ歯類の如く頬に詰め込む。


 もう唯理も、積年の恨みを晴さんばかりに作りまくった。

 付き合わされた『アルプス』の生物化学ラボと責任者のメレディス船長は鬼のような忙しさだったろう。本人は喜んでいたが。

 それに、多様なサンプルを試食できる者達も、単純に喜んでいる。パンナコッタの女性陣だけではなく、船団長や関わりの深い船の乗員も試食会に加わっていた。

 もっとも、一番喜んでいるのは他でもない21世紀出身の少女だろう。念願の悪夢のような食生活からの脱出である。


「すごいバリエーションだなオイ……………。これら全てが不特定多数の相手に向けたレーションなのか? そんな全員に受け入れられるものか??」


「個人で必要栄養素も違うでしょう。これほとんど偏ってますよね?」


「まぁ流石に好き嫌いは出てきますけどね。栄養素も本人が考えて摂り入れないとなりませんし」


 船団長とメガネをかけた痩せ型の事務局長は、彩りも味も既存のフードレーションと全く異なる料理の数々に目を白黒させている。先のニワトリレックスの焼き鳥などを含め、試食品もせいぜい10種程度だと思っていたのだ。

 それらは、栄養素は偏り、食べる量も質も個人任せ、そして味は個人の方が料理に合わせるという、文化が違い過ぎる上に欠点も無駄も多過ぎた。


 ところがそんな奇抜なレーションが、どうにも舌と胃と心を捉えて放さないという。


「本当にこれを全てフリーで公開するのか? データの使用料を取れば莫大な利益が出るだろうに」


「別にわたしが考えて作った物でもありませんし……。その権利を持っているのも既にヒストリカル・アーカイブ中の人物ですから。問題ないんじゃないですか?」


 船団長はこれら新たなレーションが、どれだけ人々に影響を与えるか今の時点である程度想像出来ていた。

 レシピデータの使用料を取れば、惑星だって買えるだけの利益が上がるだろう、とも。

 しかし唯理にしてみれば、どれも21世紀では誰もが自由に作る事ができた代物だ。

 自分が発明したワケでもあるまいし、特許使用料的なモノを取る気など毛頭無かった。


 ただ、丸ごと全ての権利を放棄するのは事務局長側が強固に待ったをかけた為、当面は船団内での利用に限り無料でデータが使用可能、という事になった。

 権利関係は船団預かりだ。


「これフェスティバル中は大騒ぎになるんじゃね? 供給ライン考えねーと、リソースのプールが偏ったりアセンブラが詰まると思うわ」


 フライドポテトを次々口に運びながら、その後の展開を想像してオペ娘が微妙な半笑いになっていた。

 パンナコッタ内のパナせん争奪戦や、前に船団で起こったクッキーインパクト以上の騒動になる気がする。


「そうかな? ……ちょっとやり過ぎた?」


「いや……まぁイイんじゃねーかとは思うけどさ。たまにこういう変化がねーと、船団自体が老けて硬直してい――――――」

 

 その原因を作った赤毛娘はというと、あまり固有の文化に干渉するのは良くないと思いながらも、後の判断は船団の人間自身に任せる事とした。

 少々刺激が強過ぎるが、こういう変化も必要だと言うオペ娘さんのお言葉にも甘えさせていただこう。



 などと考えていた赤毛の少女は、オペ娘の口の端を人差し指で撫でると、その指先をペロリ、と。



「――――――お゛!?」


「ああ、ごめん。ケチャップ付いてたから」


 ビックリし過ぎて思考停止するフィスは、ツリ目をまん丸に変えそれを凝視していた。

 赤毛の美少女が、自分の指先に付いた赤い雫を桃色の舌で舐め取り、今度はその舌がふっくらとした唇を艶かしく舐めている。

 いったい何をされたのか理解できない。


 いや実際には自分の口に付いていたケチャップを赤毛のこんちくしょうが舐めてしまった事など分かっており、問題の本質はフィスがその感情を処理するルーチンを持たない部分にあったので、


「な、なななな!? なんて事すんだこのエロ娘がぁあああ!!」

「ごめんなさい!? ていうか後半部分承服できなングゥ!!」

「黙れ! そして洗い流せ!!」


 とりあえず唯理をとっ捕まえると、夜叉と化したフィスは相手の口にフルーツジュースを流し込み、自分の唇からの上書きを図った。

 ついでに風評被害を主張する抗議も封じ込めた。この赤毛にその資格は無いと確信するものである。


 ちなみに、船団長や事務局長など部外者は何が起こっているのか分からず怪訝な顔をしていたが、良い笑みのマリーン船長はその全てを目撃していた。

 エイミーは口惜しさを満面に湛えたぐぬぬ顔だった。


              ◇


 試食会から、約半月後。


 キングダム船団内の共通タイムカウントが、24時間の終わりと始まりを告げた。基本的に船団の時刻表示は、銀河標準のカウントに準拠している。

 宇宙には昼も夜も無いので日の出なども無く、何かがはじまるとすれば、それは一日24hがスタートした直後からだ。


 この日、船団事務局から告知されたイベント、『ハロウィン・フェスティバル』を心待ちにしていた船団の乗員達は、開催時刻と同時に一斉に動き出した。

 イベント開催場所は、船団内のある程度大きな船が指定されている。全長10キロメートルのクレイモア級『フォルテッツァ』に、全長50キロメートルのヴィーンゴールヴ級『アルプス』、それに全長2.5キロメートルのゴンドア型『キングダム』の3隻にも、イベント開始から多くの人間が詰め掛けていた。

 現在、キングダム船団はターミナス星系の難民船団を抱える為に、総人口は10億人を超えている。

 しかしその全員が一度に休暇を取れるワケも無く、非番の割合は1割といったところだろう。

 オフとなった1割の乗員が順次フェスティバルを楽しむという事になり、開催期間も1週間と長丁場になっている。


 今回のイベント、『ハロウィン・フェスティバル』は2週間の準備期間を置いて全船団への周知と広報を行っていた。

 その内容は、個々人それぞれのセンスと工夫を活かした仮装コスプレを身に着け、船団各所で行われるパーティーなどのイベントや、新開発されたフードレーションの食べ歩きを楽しむ事。

 なお、フードレーションは一定年齢以下を対象として、あるキーワードを用いる事で全て無料で提供される。


 旗艦フォルテッツァ内、艦後部中央にあるガレリア・ハブの賑わいは、普段の比ではなった。

 人々の装いも宇宙生活の基本である環境EVRスーツだけではない、ある惑星圏の民族衣装やフィクションメディアのキャラクターの衣装、古い時代のファッション、ゲームのキャラクターを模した服や実在のクリーチャーの着ぐるみ、など。


 奇抜な格好も平時では単なる変わり者の扱いだが、お祭りの最中で周囲に似たような恰好の仲間が大勢いるなら抵抗感も無い。

 乗客は思い思いの仮装を楽しみながら、各所のライブイベントやゲームイベント、またはパーティー会場へと向かっていた。どこも大盛り上がりである。


 そして、もうひとつのフェスティバルの目玉、新開発スナックレーションに対する反応は、ある意味で異常、あるいは事前の予想通りではあった。


「これってレーションなの? 味覚調整はどうなってんのさ?」

「面白いレーションだなー……。グッズみたいだ」

「食べられるのかコレ」

「かわいいー!」


 店先で売られている変わった物体を見て、足を止めた人々が疑問や感想を口にしている。

 日常的に栄養素ペーストを食べている現代人には、紐の集合や複層構造の円筒形や焼けた動物性タンパク質などを食べ物レーションとは認識出来なかったのだ。


 とはいえそこも前述通り織り込み済みだったので、コマーシャルムービーを空中に投影して、スナックレーションの内容を解説している。

 そうして、いざ食べてみれば割と受け入れられるという前例・・も多かったので、ハロウィン・フェスティバル二日目には予測通り大勢の客がスナックレーションを求め、取り扱い店舗に押し寄せる事態となっていた。


              ◇


「というワケで納品に来ましたー」


 そんなワケで、このハロウィンの最中、貨物船パンナコッタには急な仕事が舞い込む事となる。

 スナックレーションの生産は船団各所の製造システムアセンブラで行われているが、レシピデータの理解不足や製造システムアセンブラの調整不良で、レーションが上手く作られないケースが複数の船で確認されたのだ。

 そういう船へ、応援としてパンナコッタが差し向けられていた。

 やはり唯理のレシピはデータさえあれば簡単に再現できるという物でもないようで。


 ホテル船『ディープマーブル』にスナックレーションを収めに来たのは、生気を吸い取るという古の淫魔、サキュバスであった。


 華奢な肩や、たわわに実り今にもこぼれそうな胸元、滑らかな背中を大胆に出した、ワンピースの水着のような衣装。

 その、腰のくびれまでに切り上がった、危険なまでのハイレグの角度。

 強調される腰からお尻への急カーブと、そこから絶妙な曲線を描いて降りていく太もも。引き締まった脚線を妖しく飾るガーターストッキング。

 これに加え、ワンピースの淵を天使の羽で飾りながら、腰からは禍々しい悪魔の羽根を広げている。

 鮮やかな赤毛をツーテールに纏めながら、そこにも捻じ曲がったツノと羽根をあしらった情報機器インフォギアを装備するという徹底振り。

 

 無論、本物のサキュバスではない。

 パンナコッタの双子およびエンジニアのメガネが無駄に総力を結集して作ったハイクオリティーなコスチュームと、それを着るハメになった赤毛娘である。

 萌え狂ったエイミーを前にしては、唯理に拒否権など無かった。同時に用意された死神のカマデスサイズは流石に置いてきたが。


 なお、赤毛サキュバスと一緒に物資のコンテナを運んできたメカニックの姐御は、溶接工のようなフルフェイスのヘルメットに分厚い前掛け、血糊風ペイントというシリアルキラー風コスプレ。

 パンナコッタの船橋ブリッジにいる船長は、あるお嬢様学園の伝統的制服のブレザー+メガネ。歳の事を言うと真空中に放り出される。

 色々と心労が重なっているオペ娘は、レトロな四角いロボットキャラの頭を被っていた。遠い目をしていても気付かれない。

 エンジニア嬢は白衣に怪しいヘッドセットの、某ゲームに出てくるマッドドクタースタイル。普段とそんなに変わらないとか言ってはならない。

 双子は露出度皆無な動物の着ぐるみだった。今回はセクシーよりネタに走ったようだ。

 淡雪の操舵手は、ゲームに出て来る海賊キャラのコートを纏っている。無表情ながら気に入ったのか鼻息が荒く、このまま航海に乗り出しやしないか危ぶまれた。

 船医は白衣のみ。つまりコスプレでもなんでもない普段着だった。


 スナックレーションの生産が上手くいっていない船を回り、品物を納めて製造システムの調整をしていくパンナコッタ勢だが、行く先々で多くの人々の目を惹いていた。

 特に、倫理規制が過剰に厳しい惑星国家辺りでは一発で捕まりそうなサキュバススタイルの赤毛娘が、である。

 何せ元がハイエンドな美少女である上に、やたら気合の入った出来のセクシーコスプレを着ているのだから、これで注目されないワケがない。

 ある船では乗員の引き抜きに遭い、別の船ではナンパされ、無断で際どい角度から撮影されそうにもなるという。

 そういう手合いはサイコキラーの姐御が『コーホー』とか言いながら物理的に排除し、撮影関連はロボヘッドオペ娘が電子妨害ECMで対処した。


 もっとも、目が覚める程の美少女である故に、記憶に残ってしまうのはどうしようもないと思われるが。

 また、スクショの無断撮影などの下手人は、むしろ身内の方に何人かいたりする。


                ◇


 ハロウィン・フェスティバルも4日目になると、スナックレーションの増産やコスプレイヤーの動きにも慣れが出て来る。

 この頃には1,000年以上継続した個別調整レーション文化を人類の本能があっさり引っ繰り返し、スナックレーションの認知度も爆発的に上がって来ていた。フィスの予測は当たっていた。

 新鮮な味覚を求めて解放された船を回るコスプレ乗員は、非常に多くなっている。


 と同時に増えて来たお客さんが、子供のコスプレイヤーだ。


お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうトリーック、オア、トリート!」


「ハーイハイお疲れさまー」


 魔法の言葉、トリック・オア・トリート。

 プロメテウスが人間に火を与えたが如く、赤毛の少女がこの時代の人間に伝えた秘密の言葉である。プロメテウスはその後めっちゃ怒られていたが。

 要するに、ハロウィンにおける定型文である。

 この呪文を用いる事で、12歳以下の少年少女は船団内のあらゆるチェックポイントにて無料でお菓子レーションを得る事が出来るのだ。

 なお、12歳より上の年齢の方は有料にてお買い求めいただけるが、前述の通り右肩爆上げで好調に売り上げを伸ばし続けている。


 船団内の生産態勢が落ち付いたところで、赤毛の少女とパンナコッタの女性陣は、旗艦フォルテッツァのガレリア・ハブ内にあるゼネラルストアにいた。

 店舗の大きさは、21世紀の中規模のコンビニ程度。

 いわゆる生活雑貨を扱うこのストアも、スナックレーションを販売するチェックポイントだ。


 赤毛サキュバスが、昆虫キャラクターに扮した幼児たちを笑顔で送り出していた。

 フェスティバルの残り4日は、お菓子などスナックレーション作りに精を出す予定になっている。

 唯理たちは、他の船へ遊びに行く予定などは無い。前半3日が仕事で潰れて非番が後回しになった事もあるが、ストアでレーションを作ってコスプレの客さん相手に販売しているだけで十分面白かったのだ。


 VRゲームイベントやトランスパーティーなどもあったらしいが、そこを体験したければ別にハロウィン・フェスティバル中でなくても良いというのが、ロボヘッドオペ娘の言である。


 よって、唯理は原材料が届く端からバックヤードでヒト型作業機ワーカーボット組み立て製造機アセンブラを使いスナックレーションを作り、フロアに出ては老若男女のコスプレ相手に売るという事を忙しく繰り返していたワケだが、


 その裏で、ある陰謀が進められていた事など赤毛娘は知る由も無い。


「と、とりっく……とり…………」


 そしてまた、チビッこいお客さんがストアにやって来た。その仮装は、なんと全身鎧フルプレート

 時々こういった騎士風のコスプレの客が来る事から、どこかの星かゲームかでそんな文化も生き残っているらしい。小さいが本格的な出来だ。


 しかしそのチビ騎士、今にも泣きそうである。

 ヘタすると存在自体が成年閲覧指定に引っ掛かりそうな赤毛サキュバスにビビったのではなく、単に引っ込み思案でヒトと話すのが苦手なだけと思われた。

 周囲を見ても、友人や親御さんらしき人物も見られない。


 成年対象サキュバスは、屈んでチビ騎士に目線を合わせた。膝で巨乳が押し潰されて谷間が大変な事になっていたが、相手はその辺に興味を持つお年頃ではなかったようだ。そもそも女の子である。

 後ろから唯理のお尻をがん見している女の子もいたが。


「何をお求めですか? 合言葉を言ってくれるとマシュマロやマカロン、キャンディー、チョコレートなどお好きな物を差し上げますよ?」


「ふえ…………」


 ニッコリと笑顔を見せるド美人な赤毛淫魔(処女)に、茹で上がったような赤い顔になるチビ騎士様。

 後ろの方で『わたしにはあんな風に笑ってくれた事ないよ!』と声無き悲鳴を上げるマッドドクターがいたが、『子供と張り合うなよ…………』とロボ頭にどこかへ連れて行かれた。


 子供なら何でも無料で販売――――――規則上プレゼントではなく――――――するが、ハロウィンである以上キーワードは必須条件。

 チビ騎士ちゃんは、両手に何も持っていなかった。性格的に見て、どこかで既に消費したのではなく、まだ何ももらえていないのだろう。

 別に唯理も意地悪をしているのではない。騎士様に勇気を見せて欲しいだけである。


 微笑んだまま首を傾げて待ちに入る赤毛サキュバスに、視線を彷徨わせて口籠る騎士ちゃん。

 やがて蚊の鳴くような声で、


「と……とりっく、おあ……とりー…………」


 と、唯理を見ながら確かにつぶやいたので、持てるだけのお菓子をチビ騎士様に持たせてあげた。

 何が欲しいとまでは聞けなかったが、そこはもうサキュバスが勝手に選んだ。ご褒美である。販売規則とか知らん。

 両手いっぱいに見た事も無いお菓子を貰ったチビ騎士は、はにかんだ笑顔になると声を出さずに「ありがとう」と言って、ストアから足早に出ていった。

 何度か振り返ったので、赤毛サキュバスのお姉ちゃんは都度手を振って送り出していた。


 将来チビ騎士ちゃんの性癖が歪まないか、多少心配になる一部始終を見ていたサイコキラーの姐御である。


               ◇


 ハロウィン・フェスティバルも、大好評のまま最終日を迎えた。


 イベントも終盤になれば落ち付いて来るか、と予測していたキングダム船団事務局であるが、5日目からは共和国本星宙域からの客まで入って来たので、全然そんな事もなく。

 むしろバックオフィスは、新発売スナックレーションの商用取引で鬼のように忙しかったとか。

 その辺の裏事情を赤毛娘が知ったのは、ハロウィンが終わって少し経ってからの事となる。


 最終日となってもパンナコッタの受け持ちストアはお客さんが引きも切らず。

 何故かというと、リピーターが非常に多かった為だ。

 実は、唯理がレシピを書いたスナックレーション、作られた場所で味などに相当差が出ている。

 生産工程を変える事によって、製造の難易度と料理の出来が変わって来るのだ。


 例えば一から十まで全てを機械任せにすると、とりあえずレシピデータ通りの仕様の物が出て来る。全て同じ味、同じ食感の、同一個体の中でもほぼ構造や味にむらが無い状態でだ。

 まぁ早々に飽きる。

 原材料の配合や調理過程にランダム値を持ち込み微妙な差異を作ろうと試みた事もあるが、今のところそれが良い方に出た例は無い。


 ところが、ここにヒト型作業機ワーカーボットによる手作り・・・工程を挟むだけで大分違っていた。

 理屈の上では製造機アセンブラを用いるのもヒト型作業機ワーカーボットを用いるのもさして変わらない。唯理だってそう思っていた。

 ところが現実には、後者による製造は個体によって微妙な差が出て来るのだ。

 この差が、思いのほかバカに出来ないらしい。


 そして、慣れた人間が手作りするスナックレーションは、調理ミスというリスクは抱えるが多くの場合機械任せにするより美味しくなる。

 差が大きくなるほど味わいに深みも加わり、また唯理には馴染みが無い価値観だが、個人の手による調理というのは非常に高い付加価値が付くという事だった。

 共和国の難民の中にアイドルがいたらしく、この少女が手作りしたスナックレーションで事件が起こっている。


 スナックレーションのオリジナルを知る唯理は、この製造過程に独自の工夫を加えていた。機械による自動処理の間に手を入れているのだ。

 21世紀でも相当な料理上手だった赤毛娘は、機械で作業を効率化しながら手作りの美味しさを出す事を可能にしている。

 食べ比べればその差は一舌瞭然であり、最終日が近くなるほどお客は増えるという現象が起こっていた。


「ホットケーキ5セット!? おひとりひとつでお願いしまーす!」

「悪いがピザはひとり一枚だ。サイズは問わないからヒュージサイズをマルチにしておけ」

「フライドチキンをワンセット承りましたー」


 フロアのカウンターでは、売り子さんのマッドドクター、サイコパスキラー、年齢詐称女学生が注文を捌いている。その前には順番待ちの列が。21世紀ならともかく、この時代では通常あり得ない光景だ。

 一方バックヤードでは、赤毛サキュバスがヒト型作業機ワーカーボットを操り多数の調理を併行している。情報端末インフォギアからのコントロールも地味に上達していた。


「やれやれあと1時間だなー……これ材料足りんの? もう一回くらいオーダーしておいた方が良くね?」


 と言いながら唯理を手伝っているのは、相変わらずロボヘッドなフィスだだ。ロボの頭も単なる箱に見えて、実は情報端末インフォギア内蔵らしい。この時代の物はどれも無駄にハイテクだ。


「フィスが需要曲線出してくれてたから、材料は多めに仕入れてあるよ。後で来る子たちの分も別にしてあるしね」


 合成骨付きチキンが油に放り込まれると、その中で大量の気泡が発せられる。

 広い鉄板の上で丸い生地が焼き上がると、ヒト型作業機ワーカーボットがヘラで引っ繰り返していた。

 唯理の役割は、主に目視と判断だ。センサーに任せれば常に特定のタイミングが計れるのだが、どの程度火を入れ食感を決めるかの判断は、人工知能AIに任せられる部分ではなかった。

 また、食材の状況を瞬時に見抜く洞察力と、多数のタスクを同時に処理する能力は、修業で鍛えた唯理ならではのモノ。

 これだけの注文へ同時に応えられる者など、21世紀にも稀だった。


 そうして、ハロウィン・フェスティバルも残り2時間を切る事となり、パンナコッタの担当していた臨時ストアも惜しまれながら閉店する時間となった。

 パーティーなどひたすら騒ぐイベント会場は24時間いっぱいに開いているだろうが、スナックレーションの提供場所は最終日を迎える前に力尽きた所も多い。

 後始末などもあり、定刻前の店仕舞いとなった。

 パンナコッタには、また別の仕事もある。


「リリリリちゃん来たよー!」

「リリリリねえちゃーん!!」

「いらっしゃーい!」

「待ったー!!」


 パンナコッタはハロウィンの最後に、リリスとリリアに関わりの深い託児施設の子供たちを招いてお菓子を配る事になっていたのだ。

 以前にも見た元気の良い子供たちがストア内を走り回っている。あまり良い事ではないが、既に店は閉めたので大目に見る。

 ちなみに、保母さんである女子大生風金髪女性のサンドラも、引率で付いて来ていた。


 ラビットファイアのメンバーも、この7日間を思い思いに過ごしたようだ。

 見た目だけチビッ子のショーファイターは、ハロウィン限定スプラッターファイトとかいう格闘バトリングイベントに出場していたらしい。どんな内容かは聞いていない。

 電子戦担当のロリ巨乳はトランスパーティーを主催する知人に呼ばれ手伝いに行き、桃色髪の喧嘩屋はレーション食い倒れ行で本当に倒れて、ミステリアスなクール女性はプライベートもミステリアスだった。


イタズラするかお菓子かトリックオアトリート!!」


 の大合唱により、パンナコッタストアは在庫を一斉放出する。

 原材料も残っているので、注文があれば唯理が裏で作る事に。


「ユイリちゃん、材料の残りは大丈夫?」


「多分大丈夫です。これなら取り寄せるまでもないと思いますよ」


「そう」


 ハンバーガーとポテトのセットを御所望な子供たちの為に、丸パンバンズや合成肉パテを作りはじめる赤毛サキュバス。

 それを見て微笑んでいる制服船長だったが、その目は草食動物を狙う肉食獣のそれだった。

 

「残ってもマテリアライザーに還元するだけだから、いっぱい作って使い切っちゃいましょうね」


「そうですね。船長も何か食べますか?」


「そうねー…………後で・・いいわ」


 奇妙な間が空いたマリーンの科白セリフだが、唯理は特に気に留める事もなく。

 戦闘以外は極端にセンサー精度が落ちる赤毛娘である。


               ◇


 ハロウィン・フェスティバルも、残り1時間を切った。

 既に全船団も終了モードに入っており、コスプレをやめて普通の環境EVRスーツに着替えている乗員も多い。

 散々散らかされた場所も、ヒト型作業機ワーカーボット清掃作業機クリーンボットが片付けを行っている。


 パンナコッタの皆も、ストア内に持ち込んだ道具を纏めて船に戻る準備をしていた。

 託児施設の子供は、とっくに帰った。リリスとリリアは一緒に施設に行き、これからパーティーらしい。ほぼ全てのお菓子の在庫を持って行ったのは、このふたりだ。


「いやー、ヤバいイベントだったな。これ明日からも相当荒れるんじゃねーの?」


「何の事?」


「だってこの160時間、船団の人間はユイリの作ったレーション食いまくっただろ。それで今まで通りの個人用レーションだけで我慢出来ると思うか?」


「あー…………」


 整列するヒト型作業機ワーカーボットの設定を弄っているオペ娘は、ハロウィンが始まる前から船団に大きな変化が生まれると予想していた。

 フェスティバルが終わった今、その予想は確信に変わっている。

 手作りの機械をハイテク荷車に載せていたエンジニア嬢も、フィスの言わんとした所が想像出来た。

 明日から、あるいは既に起こっているであろう混乱を思うと、身体も自然に斜めに傾こうというものだ。


 なにせ、食事など単なる栄養補給だったのに、どこぞの赤毛が美味しさと楽しみを復活させてしまったのである。

 エイミー自身、明日からまたケミカルレーションのみの食事と言われたら、それに耐えられるか少々自信がない。


 なお、オペ娘とエンジニア嬢、ふたりの服装は通常のブレザーとブラウスに戻っている。

 先に船に戻ったメカニックの姐御も、シリアルキラーから足を洗っていた。

 だというのに、唯理の方は未だにサキュバスである。エイミーがギリギリまでその格好でいてくれと土下座したからだ。

 皆が普通の格好に戻っているのに、自分ひとり正気を疑うコスプレのままというのは、唯理をして流石に恥ずかしいものがあるのだが。


「そんなに深刻に考えなくても、食べる物が美味しくなるのは良い事よ。船団にとっても、多分ね。

 ユイリちゃんもこれから食事が摂り易くなるでしょう? 新しいレシピもたくさんありそうだし。楽しみね」


 その赤毛サキュバスの肩にポンっと手を置き、不安を払拭してくれるマリーン船長。

 苦労していた食事の事を気遣われ、唯理は少し胸の中が温かくなる。チョーカーからぶら下がるカボチャのアクセサリーは、谷間の中で物理的に温かくなっていたが。


 フィスとエイミーは、それぞれ機材をあるべき場所に収めに行った。

 ストア内の清掃もほぼ終わっている。

 ガレリア・ハブに複数あるストアスペースは、必要に応じていつでも誰でも店舗が展開できる部屋ハコだ。

 今回は臨時にパンナコッタが店を広げたが、明日からはスナックレーションの店が常設させる事も考えられた。

 あるいは、21世紀で友達と行ったようなレストランが出来るかもしれない。


 カウンターに塵でも残していないかと指を滑らせ、そんなボヤけた記憶を思い起こさせる唯理だったが、


「ユイリちゃんお疲れ様。ところでー…………トリーク、オア、トリーィト♪」


「…………は?」


 振り返ると、そこには良い笑顔の船長が目と鼻の先まで迫っていた。

 百戦錬磨の村瀬唯理をして、気付けなかった程の気配遮蔽能力である。

 奇妙な迫力に、無意識に後退る赤毛サキュバス。

 しかしすぐに、背中がカウンターにぶつかってしまう。退路が無い。


「な、なんです船長?」


「だからね、お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ?」


「お菓子ですか? いや船長も知っての通りさっき全部使い――――――――」


 ここで唯理もようやく気付いた。

 ふたりっきりの状況、使い切った料理の原材料、あるいはこのハロウィンイベントを企画した時から、さもなくば自分が双子相手に余計な事を言った、その時から。


 ここまでの流れは全て、このキレ者船長の画策した通りという事か。


「お菓子をくれなきゃー……イタズラしても良いのよね?」


「いや!? そ、その辺は21世紀じゃ定型句みたいなもんで実際にイタズラしたとかそんな話は――――――――な、なかったですよ?」


 ここしばらく何も無かったから油断したが、マリーン船長は女の子のカラダで遊ぶ、危ない趣味がある様子。

 以前にそれでエライ目に遭い唯理も気を付けてはいたのだが、イベントの忙しさや遠い昔へのノスタルジーで、致命的な隙を生んでしまったらしい。

 そこまでが船長の計算の内なら、もはや唯理はこのお姉さんに勝てる気がしなかった。


「ウフフフフ……お菓子と、イタズラ、どっちにする?」


「だ、だってお菓子なんてどこにも…………!?」


「それじゃー代わりにえっちなサキュバスちゃんをいただきまーす♪」


「それイタズラと同じ――――――――!!?」


 出来もしない事を求められても、選択肢などありはしないのだ。


 カウンターの上に押し倒される赤毛サキュバスは、ただでさえ布面積が少ないコスチュームの危険過ぎる部分を次々と剥かれるハメに。

 たっぷりとしたふたつの柔肉を弄ばれるわ、ガーターストッキングを脱がされ肉付きの良いモモ肉を味見されるわ。


 この後めちゃくちゃ性的悪戯トリックされた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】



・ハロウィン

 21世紀に存在したイベント。

 子供が幽霊の仮装をして家々を回り「お菓子をくれなきゃイタズラするよ?」と言いお菓子を貰って退散する。

 というのが一般的な認識。

 後に大人もコスプレするイベントへと発展する。






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