75G.エフェクティブな新体制考察

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 環境播種防衛艦『アルプス』での生物脅威汚染バイオハザード事故から、数日後。

 依然として最終目的地が定まらないキングダム船団は、爆発的に膨張した必要リソースを補充すべく小惑星帯に接近していた。

 大まかな船団の位置としては、共和国本星系のある銀河中心方面へ徐々に近付いている事になる。

 資源補充の為に立ち寄るのは、生存可能域ハピタブルゾーンの存在しない小さな恒星系だ。太陽系よりも規模が小さい。


 小惑星帯は、この恒星の重力に引かれて星系の外環を形成していた。


「つっても、ハピタブルゾーンから完璧外れている惑星なんかに住む例も全く無いでもないけどな。極端な話、ジェネレーターと生命維持システムさえあればコロニーが作れるワケだし。デカい小惑星なんか海賊のねぐらの定番だわ」


 と言うのは、高速貨物船『パンナコッタ』の通信及びシステムオペレーターのツリ目少女、フィスである。

 ある件の後遺症でここ数日ほど情緒不安定だったが、今は持ち前のクレバーさを取り戻していた。

 食の趣味の違い程度で長年付き合った仲間への信頼を失う事などなかったのだ良かった良かった。


「難民の方も受け入れ先が決まらなければ、このままどこかの星系をテラフォームという話になるかもしれないわねぇ……。そうなればビッグ3か近場の星系国家が支援に乗り出すのが普通なんでしょうけど、今はどうかしらね…………」


 憂いを含む微笑を舷窓の外に向けるのは、パンナコッタの長女と言うべきお姉さん、マリーン船長である。


 文字通り星の数ほど宇宙には惑星が存在するが、惑星改良テラフォームの設備さえ用意できれば、大抵の惑星には入植が可能だった。重力制御システムさえあれば地面すら必要ない。

 人口の増加や資源開発といった理由での移民が行われる例も稀にあり、そういった場合は開拓事業として国家から資本が投入され、惑星改良テラフォームが行われるのが通例だ。


 が、現在は事情が違った。


 正体不明の自律兵器群、『メナス』の大侵攻で、天の川銀河は全域が臨戦態勢にあると言っても過言ではない。

 どこの惑星国家も自分の事で手一杯だとすれば、とても他所の惑星開発に構っている余裕はないと予想できる。

 となれば、入植するしないにかかわらず、面倒が廻り廻ってどこに回されて来るのか。

 その先を予想すれば、船長が憂鬱になるのも止むを得ない話だった。


「フィス、フォルテッツァコントロールからカウント来てるけど、これオートに同期させるの? マニュアルじゃダメ?」


「ん? ダメってこたないけど……緊急じゃない限りタイミング合わせる為にもオートパイロットで同期させておいた方がいいぞ? どうしてもってんならゲンロックを10秒のディレイにしてオートをセカンダリに、プライマリをマニュアルコントロールにしとけよ」


 船首船橋ブリッジの操舵手席では、赤毛の少女、村瀬唯理むらせゆいり操舵桿コントロールスティックを握っていた。

 持ち回り当番という事もあるが、どちらかと言うと操船の習熟が目的である。

 今は船団とタイミングを合わせて最終減速の準備中だ。


 その赤毛娘だが、自動操縦オートパイロットに任せず手動マニュアル制動用リバースブースターを制御したいと言う。オートが使えない場合への備えだ。

 オペ娘の方は特に反対もせず、必要な手順を唯理に説明していた。自動操縦のタイミングをわざと遅らせ、手動操縦に問題があった際の保険にするのだ。


「りょーかーい。船団のカウントダウンに同期。ゲンロックを10秒に遅延設定。操舵はマニュアル優先で。

 先生、カウント0で相対速度合わせるね」


「了解……ゲンロックのディレイ設定10秒確認。フルマニュアルだと、ブースターのタイムラグから減速が微妙に遅れるから気をつけて…………」


「そこを頭に入れて早めに点火って事ね。了解です」


 唯理の着く操舵席オペレーターシートの後ろには、ひと繋がりとなったもうひとつ座席が設置されている。サブシートという事だが、特にどちらが副操舵コ・パイ側という決まりもない。

 今は、青白いショートヘアの子供操舵手、スノーが操舵桿コントロールスティックを握っていた。唯理の言う『先生』というのが、この少女の事だ。常に無表情な少女だが、密かにその気になっていたりする。


 30万隻を超える宇宙船が一斉に逆噴射リバースをかけ、小惑星帯の端から約100キロメートルの地点に静止する。パンナコッタも僅かに早く減速をはじめたが、機械の誤差と大差ない程度だ。

 オートパイロットを用いたとしても、細々とした問題は発生するもの。

 30万隻もいるので、接近し過ぎてエネルギーシールドを接触させて過負荷でジェネレーター落とす、といった事故も日常茶飯事だった。


 全船団が停止すると、すぐに各船のシステムチェックが最優先で行われる。通常の手順である。

 一部を除きあらゆる宇宙船の乗員が、自分が命を預ける船の保守管理に動いていた。

 特に忙しくなるのが技術畑の人員であるのは言うまでもない。

 次点で、保安要員となる。


「自己診断開始すんぞー。管制AI、チーフエンジニアとチーフメカニックにデータ送れ」


『メインオペレーターの命令を確認』


「それじゃ船長、行ってきまーす」


「はーい、気を付けてねユイリちゃん」


『ユイリ、アームズのテストはどうする?』


 オペ娘が船のメインフレームに自己診断プログラムを走らせ、エンジニアの少女とメカニックの姐御がそれぞれシステムを点検に行った。

 操舵を終えた赤毛娘には、また次の仕事がある。

 船首船橋ブリッジから小走りで出ていく唯理は、自室で軽装甲の気密スーツを着込むと、船体下部の格納庫へ向かっていた。


               ◇


 密集する宇宙船の中から、何機ものヒト型重機械、『エイム』が真空中へと進み出て来る。

 その姿形は、潜水服のような丸い頭部の機体、内骨格のフレームや共有結合バルブシリンダーといった構造が剥き出しの機体、頭が無い細い四肢の機体、など。

 民間機は統一感なく様々な機種がいるが、実に10倍近い数を保有している共和国艦隊の軍用機は、複数の同一機種で纏められていた。

 その割合は、民間から約34,500機、共和国艦隊から約315,000機となっている。


 各船のエイムが出て来たのは、船団の維持リソースとする小惑星の採取作業の為だ。

 必要な構成物質の内容は問わないが、理想となるのはH2O摂氏0度0℃以下の真空中では氷となる。

 原子核ひとつに、電子ひとつ。

 最も単純な構造の原子であり、元素変換融合機T.F.Mで組み替えるのにも非常に都合が良い。


 ブースターの排気口ノズルから淡い光を発し、無数のヒト型重機が小惑星帯へと飛んでいた。

 無重力に漂う岩や金属、または氷や二酸化炭素ドライアイスの塊に取り付くと、腕部マニピュレーターに装備したビーム式の溶断機で5メートルの立方体に切り分ける。

 小惑星本体は、物によっては直径100キロを超えていた。無限とも思える資源量だ。


 宇宙船を小惑星に隣接させ作業を行う事もあるが、安全管理上の問題で、母船と小惑星はやや離して作業する場合の方が多い。

 切り分けられた資源は、そのままエイムが押して行くか、小型船ボートの類が引っ張っていく。

 そのようにして、砂糖菓子に集るアリのように、ヒト型の重機械は小惑星を見る見るうちに切り崩していった。


 そんな作業の途中である。

 切り出している岩の塊から、細長い蠕虫型の生物が飛び出して来たのは。


『デブリワーム!?』

『ちくしょうスキャナーには出なかったぞ!!?』

『作業中止! 作業中止! 小惑星から離れろ! ワームの巣だ!!』

『「ホットプレートダンサー」! 「キングダム」! ヴィジランテを寄越してくれ! 緊急事態だ!!』

『CP! バグ種現出! 「スネークテールシュート」は距離を取る!』


 共有通信の周波数帯に乗せられ、一斉に表示される非常事態警報エマージェンシー

 ズングリとした形状の黄色いエイムや、鋭利な腕や脚の軍用エイムが一目散に小惑星から離れていった。

 しかし、何十と沸いて出たエイムほどもある大型蠕虫に、逃げ遅れる者も多数。


『クソ!? ヤバい捕まった!!』

『喰い付かれた!? 助けてくれ!!』

『ダメだ撃てない! 近過ぎる!!』


 腕部マニピュレーターが一際大きな機種が、細かな黒いゴム紐を隙間隙間に押し込まれたかのようになっていた。蠕虫型生物が、長い胴体の半ばから分裂した物だ。

 作業機を救おうと軍用エイムが火器を向けるが、蠕虫生物と密着している状態では迂闊に攻撃できない。

 その蠕虫の先端には細かく短い牙が円形に生え揃っており、あたかもシールドマシンのようにエイムの外装をゴリゴリと削り、



 急行した灰白色に青のエイムが、居合いのように腰のビームブレイドを一閃した。



「各機至近のワームから駆除! 間合いに留意! 取り付かれるなよ!!」


 作業機に巻き付いていた一匹を削ぎ斬ると、唯理はエイムの胸部ブースターを吹かして急速後退しつつレーザー砲を発振。細切れになった残りを焼き尽くす。

 深青の電子戦機は手首のレーザーガンでワームを焼き、黒と紫の大型機も高出力レーザー砲で一帯を薙ぎ払った。


 唯理たち即応展開部隊『ラビットファイア』は、そこから立て続けにエイムを襲う巨大ワームを排除していく。

 間も無く態勢を立て直した共和国艦隊のエイム部隊も加わり、蠕虫生物は大事になる前に駆逐された。

 最大の被害といえば、止むを得ず赤毛娘が諸共バラバラにした作業用エイムくらいのものであった。


「あービックリした。話には聞いていたけど、ホントにこんなのが出るとは……」


 大型蠕虫の駆逐後、資源の採集作業は一時中断。徹底した小惑星帯の走査スキャンが実施される。

 ラビットファイアは警戒にあたるが、灰白色のエイムの中では赤毛娘が胸を撫で下ろしていた。


 エイムを襲った10メートルを超える大型蠕虫は、通称『デブリワーム』と呼ばれている。どこぞの船団ノマドへの蔑称と違い、こちらは本物の寄生生物だ。

 全体は黒く柔軟、半群体とも言うべき生物で、一体が更に細い蠕虫生物の集合体となっている。同化していても分裂しても生存可能であり、個としての境界は曖昧だとか。

 寄生する小惑星のケイ素や水だけではなく、エイムの構造材である重金属でも何でも食べ、熱、電磁波、放射線も吸収して活動エネルギーに変えられるという非常に強靭な生命力を持っていた。

 宇宙船にすら寄生する恐れがあり、小惑星から離れて作業する規則を作った原因のひとつでもある。

 しかも、宇宙では割と良く見られる種の生物らしい。


「っかしーな……光合成する種類が恒星からこんな離れた所にいるワケねーんだけど。数も少ねーし。どこから来たんだコイツら?」


 しかし、オペ娘のフィスにとっては首を傾げる事態だとか。

 デブリに寄生する寄生生物は何種類かいるが、今回の種は特に恒星に近い岩石惑星の周囲に生息するのが普通だという。

 加えて、通常ならひとつの小惑星いっぱいに繁殖する寄生生物が、何故か少数が潜り込んでいただけ。事前の広域走査スキャンをすり抜ける程だ。

 まるで昨日今日棲み付いたかのような、中途半端な数だった。


「…………どこかから流れて来たばかりのワームに、たまたまわたし達が当たってしまったか。それとも、ここに放されたのかもね」


「はぁ? 『放す』って誰が? なんでまた??」


 マリーン船長は考え込み、フィスの疑問には応えない。

 こういう時は頭の中が忙しくなっていると付き合いの長いオペ娘も知っているので、この上言い縋るような事もしなかった。


『R101からパンナコッタコントロール、フィス、ラビットファイアは訓練に戻るよ?』


「あ? あーと……了解。ワームの処理は共和国側とヴィジランテが継続しているから問題ねーわ」


 通信ウィンドウが開き、エイムのコクピットにいる赤毛娘の映像が表示された。戦闘状況が終わったので船外活動EVAスーツの頭部ヘルムも開放し、美麗な素顔がそのまま出ている。

 うっすら汗が浮いている赤毛の美少女に、思わずスクショ保存してしまうオペ娘であった。マナー違反の上に個人端末インフォギアのランナーウェアの改造により撮影中表示無しである。本職の技。


 短い通信を終えると、灰白色のエイム以下『即応展開部隊ラビットファイア』の5機は小惑星帯の側面に飛んで行く。

 蠕虫生物が出てくるまで、警戒態勢を兼ねる訓練の途中だったのだ。まさに想定通りの仕事をしたワケだが。


 しかし、先のドミネイター艦隊との遭遇といい、ローグ船団の勝手な行動といい、今回のデブリワームの件といい。

 訓練に出る度に実動となってしまい中断の憂き目に遭う、と。

 赤毛の隊長もボヤきを抑えきれない思いだ。


 なお、エイムすらシールドごと押さえ込んでしまうデブリワームであるが、大半が真空でのみ生きる嫌気性で繁殖力は強くなく、距離を取れば民間人にも対処は難しくない生物でもある。


                ◇


 高速貨物船『パンナコッタ』の格納庫には、仕事を終えた『ラビットファイア』の6機が戻っていた。

 外の真空中では、未だに小惑星から資源を採取する作業が続いている。

 デブリワームという蠕虫寄生生物との遭遇以降、これといったトラブルは起こっていない。

 ローグ船団も静かなものだ。作業効率は最低だったが。


「ラビットファイアばかり忙しいな、発足したてだって言うのに。訓練スケジュールは遅れているのか?」


 と、コクピットから出る唯理に言うのは、機体が戻る度に忙しい思いをしているメカニックのダナだ。

 機体の調子を気にするのは当然だが、例によって暴れて帰ってきた赤毛娘の体調も気になる姐御である。


「今は個人技でどうにかなってますけど、連携となると今一ですか……。分かってはいた事なんですけどね。

 ジョーはとにかく先行するしファンは遅れ気味だし、サラさんもチームを分けて指揮する余裕がまだ無いみたいで」


 今のところ、即応展開部隊『ラビットファイア』は船団において誰よりも活躍していた。自警団ヴィジランテは無論の事、共和国艦隊のエイム部隊よりもだ。

 が、部隊の練度としては、唯理が予定する水準に全く達していない。

 本人達の得意分野を活かしてはいるが、そもそも基本的な戦闘機動が出来ているとは言えない段階だった。

 元軍属の保母さんしか正規の訓練を受けた経験がないので、仕方がない事ではあるが。

 それに、唯理自身偉そうに言える程ではない。一番個人技に頼っているので。


「まぁ……のんびり訓練していられる状況でもありませんかね。共和国艦隊はともかく、船団全体をフォローできるのは今のところウチの部隊だけですし」


 脱いだ船外活動EVAスーツをコクピットに放り、宙を見上げてため息をつく赤毛の少女。


 そもそも唯理と『ラビットファイア』がこんなに忙しいのは、戦闘能力のない船が多過ぎる上に、キングダム船団本体の防衛も連携や相互の支援を行わず、各船所属のエイムがバラバラに戦闘している為だ。

 攻撃を受けていない船に張り付き、意味の無い所を守っているようなエイムも多く見受けられる。


「ヴィジランテがもう少し組織的に運用されれば有り難いんですけど…………。

 と言ってもヴィジランテ自体が自発的な警備要員でしかないって話ですし、船団にも指揮権がないんじゃどうしようもないですね」


「船団のスタンスが基本的に自由と共生だからな……。命令と軍規で縛る軍隊なんかノマドの主旨と真逆だ。作りようもない」


 戦闘に耐えるエイム乗りの数が少ないのは仕方がないとしても、防衛戦略を明確にし訓練を重ねれば、今より遥かに低リスクで対応力の高い防衛戦が可能となるはずである。

 要するに現状が非効率的なのだが、表向きはいち・・エイム部隊長でしかない唯理に、船団の防衛に関して抜本的な制度変更を申し入れる筋合いがあるはずもなかった。

 なにやら以前にもこういうしがらみで四苦八苦していた気がする。


「……部隊とアームズが形になれば、少しは楽になるか? 機体の方はどうなんだ? 例の新型関節を中心にしたアクチュエイター回り、性能向上と言うよりは機体への負荷を減らす方向のマイナーチェンジになるだろうが」


「そうですね、実際ブレイドの振りがスムーズになったように感じます。操作の追従性も増したというか……」


 多少の慰めにはなるか、と話を変えるダナ姐さん。出来るのは機械屋としてエイムオペレーターを助けるだけである。


 灰白色と青のエイム、唯理の搭乗機には新たな改修が加えられていた。

 腕部マニピュレーターの関節部を、エンジニアのエイミーが独自に開発した4重構造の関節に換装してあるのだ。

 スーパープロミネンスMk.53が本来想定していない白兵戦を多用する赤毛オペレーターの為に、より稼動範囲が大きく、かつ衝撃吸収能力に優れた構造となっている。

 凹凸に折り畳まれた関節は、通常用いる2点の関節の稼動範囲を超える際にのみ用いられる補助的な関節だ。

 これは稼動範囲のみならず、前述の衝撃吸収力と、人体のような伸縮性という副次的な機能ももたらしていた。


「メイさんとラヴさんの感想は?」


 赤毛娘が首を傾げて話を振るのは、桃色髪の気風美人と黒髪の冷製美女、メイフライ=オーソンとハニービーマイ=ラヴだ。担当メカニックへの申し送りを終えてきたらしい。

 ふたりの機体はテールターミナス宙域での戦闘後にあり物・・・のパーツで修理を行っていたが、唯理のエイムを改修するにあたり同様の物に交換している。


「あー? そうねー、集弾制御がやり易くなった? FCSでも補正しきれないから普段は勝手にバラけさすんだけど、改造してから弾道が素直になったような気がするわ」


「私の機はレーザー主体ですからあまり射撃制御に影響は……。ですがマニピュレーターの柔軟性が上がってレーザー砲の取り回しが早くなりましたね。共通部品にしていただいたのも有難いですが、そちらは予想外の利点だったと思います」


 近接戦闘を主体としない近距離支援機、それに中長距離攻撃機を用いるふたりだが、それでも新型パーツの恩恵は感じているようだった。

 開発者のエイミー女史は、今も離れたところで機械のパラメータ相手に睨めっこをしている。

 唯理のエイムの為に新型装備の開発中だ。

 全く頭が上がらないとはこの事か。風呂やベッドではややスキンシップ過剰とは思うが。


「エイミーは姉はいても妹はいないと言ってたしな。せいぜい甘えてやればいい、喜ぶから」

「んひッッ!!?」


 と、ここで素っ頓狂な悲鳴が喉の奥から飛び出す赤毛の少女。ダナの姐御からビンタ喰らったのである。

 お尻に。

 またこれか、としゃがみ込んでうめく唯理だが、ここは自分に油断があったと反省。

 エイミーを見下ろすのに、手摺に体重を預け無防備にお尻を突き出していた自分が全て悪いのであるチクショウ。


「アハハハハすっごい音した! いいもん持ってるなぁダナさん!」


「こいつの尻は弾力が良くてクセになるから」


 爆笑の桃色髪メイは、したり顔で言うダナの科白セリフに腹を抱えるほど。

 若干腹が立った事に加えて良い位置にお尻があったので、唯理はメイにムエタイキックをお見舞いした。


「キャー!!?」


「ほう、良い声で鳴きよる」


 ワニの尾のようにしなり、虎のように喰らい付くまさにムエタイの奥義。手加減を入れ船外活動EVAスーツの上からの打撃であっても慰めにならない威力。

 そんな罰ゲームキックに桃色髪の美人は背を逸らして悲鳴を上げ、赤毛娘は誰も見た事がない邪悪な笑みを浮かべていた。


「痛ったー!? 痛い!! タイチョーこれ洒落にならない!!」


「我が尻の無念を思い知るがいい」


「何のキャラなのさ!?」


 手の平を正面と腰の位置に置く抜き手の構え(蹴り狙い)で徐々に後ろへ回り込もうとする赤毛の修羅。

 その殺気に震え上がる桃色髪の負け犬は、手で尻をガードし手摺を背にジリジリと後退するが、


「ワハハハハー! そんなザコと遊んでんなー!!」

「ちょ!? 誰がザコだ誰が!!?」


 そこへ、背は低いが年上な猛獣女が飛び蹴りで参戦する。最近は隙あらば赤毛に不意打ちを仕掛けて来る、コリー・ジョー=スパルディアだ。

 唯理も24時間臨戦態勢なので、文句も言わず迎撃していた。尻には直撃を喰らったが。

 敵味方識別IFFでメカニックの姐御に味方判定が出ているので、赤毛の危機管理センサーがスルーしやがる為だ。


 ひたすら前に出て手数を繰り出すバイオレンスチビッ子に、中払いパーリングで全弾迎撃する赤毛の達人マスター。弟をして「やってらんねぇ」と言わしめる迎撃性能である。

 更に、唯理が掌底でジョーの拳を左右に跳ね飛ばすと、がら空きになった胸のど真ん中に螺旋を加えた一撃。

 面白い悲鳴を上げノックバックするジョーに、唯理は追撃の飛び込み右打ち下ろしを叩き込もうとするが、


「たー!!」

「なにぃ!!?」

「エイミー!!!?」


 ここで、着膨れしたような戦闘用船外活動EVAスーツを装着したエンジニア嬢が乱入。

 まさかの相手に思わず声も裏返る赤毛とメカニックの姐御であるが、後から本人に問い質したところによると、何やら仲良さそうにジャレている――――――エイミー主観――――――のが羨ましかったからとか。

 危ないから真似しちゃいけません、と船長とメカニックの姐御と赤毛娘で説教しておいた。


 水落に掌底を喰らって息が出来なかったジョーは、装甲強化スーツの女力士に轢かれて軽快に飛んで行った。因果応報としか言えないので同情も出来ない。

 白兵戦や格闘戦の心得がないので突っ込んで来るだけだが、かといってまさか唯理もエイミーをぶん殴るワケにもいかず。

 そんなワケでやさしく足払いをかけ倒した後に、唯理は丸い装甲EVAスーツごとエイミーを玉転がしの如くコロコロ転がして反撃した。

 桃色髪とチビッ子姉さんも一緒になって転がして泣かせてしまったので、赤毛はエンジニアお嬢様に全力土下座だった。

 先ほどまでの感謝はどこへ行ってしまったのかと。


 そのような愉快な混乱の最中である。


『ユイリ! フォルテッツァのブリッジが制圧された! 状況が不明だけどウチの船は距離とって警戒態勢に入るぞ!!』


 洒落にならない緊急事態の知らせが、船首船橋ブリッジのフィスから入ったのは。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・テラフォーム

 惑星改良。人類の生存できる環境へ惑星を作り替える事を言う。

 基本的には、大気や土壌の改造を行うテラフォームマシンを惑星に下ろし、長期的に生存に向く環境を整える。



・ゲンロック

 同期信号。複数の船、ないし機械で同一の信号を利用する事で、行動タイミングのズレやタイムラグを抑える目的で用いられる。



・スクショ

 スクリーンショットの略。個人情報端末インフォギアの基本機能。

 通常は撮影中であるのを告げるアイコンが他人からも分かるように表示される。



・EVAスーツ

 船外活動用気密保持スーツ。21世紀で言う宇宙服だが、身体にフィットしたスマートな物が大半となっている。

 真空のゼロ気圧で変形しないよう硬質な素材が多く用いられている為、軽装甲服に近い耐久性を持つ。

 戦闘を目的とし重装甲を施されたスーツもEVAスーツと呼称される。




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