74G.赤提灯パーティーグリル

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 全長13メートルのニワトリレックスが物言わぬ鶏肉と化して間もなく、環境播種防衛艦『アルプス』の警備要員セキュリティーとセキュリティーボットが駆け付けて来た。

 どうやら研究の事故で生まれたイレギュラーチキンは、村瀬唯理むらせゆいりと出喰わす前にも相当暴れたのだとか。

 ワーカーボットを何体もガラクタに変えたクリーチャーを赤毛の少女が膝蹴りで倒したと聞き、警備要員セキュリティーは半ば呆然としながら問題の鶏肉を回収していった。

 パンナコッタ勢は唯理の人間兵器ぶりにも大分慣れてきたが、ラビットファイアの新人達には刺激が強過ぎた模様。

 ロリ巨乳がドン引いたり、バイオレンスちびっ子がハシャいだりと忙しかった。


 しかし、本当に問題となったのは、この後の展開である。

 特に、潔癖症の気があるツリ目のオペ娘にとって。

 今回の動物再生実験のイレギュラーは、今後の銀河を席巻する、ある重要な事象へ連鎖する引き金となったのだ。



 そのはじまりとして、まず何が起こったかというと、唯理の我慢が効かなくなった。



                ◇


 環境播種防衛艦『アルプス』上層ブロック、中央平野区画ミッドサイドプレーンの艦尾寄り。

 そこは、人工山区画の麓にある上層ブロックの管理小屋だった。草木が生い茂る、のどかな田舎にポツンと立っているような建物だ。

 だが、『小屋』と言っても内部はハイテクの監視センターか研究所のようになっており、大きさも21世紀でいう区役所並である。


「しかし初っ端からコレなのか。先が思いやられるな…………大丈夫かこの研究?」


「遺伝子情報のキャプション深度が少しズレただけでしょう。DNAコードからのゼロベース再生は大変なんだから。クローニング自体は既に成功しているけど、遺伝子プールが存在しないとどこまで行っても同一個体の複製でしかないし自然交配もない。今回のは複数の既存のアベス種と遺伝子を組み合わせた環境適応種のバリエーションと変異体胚の作成実験だったのよね」


 その倉庫内に横たわる怪物を見て、メカニックの姐御が殺伐とした目をしていた。妹分達が危うく喰われかけたのだから、むべなるかな。

 一方で責任の一端がある生物学者、メレディス船長が事のあらましを説明してくれるが、あまり興味を持って聞く者もいなかった。


 特に唯理は他の事が気になって仕方がなく、大真面目な顔でニワトリレックスにハンディスキャナーなど向けている。


「どーしたユイリ? こいつに何かあるんか??」


「DNAコード上では確実に起源惑星の種を再現しているわ。ただ進化年代が多少ズレたけど。アナタから見てどうかしら??」


「…………ちょっと解体してみましょうか」


 かと思えば、深刻な様子で恐ろしい事を言い出す赤毛。これにはオペ娘をはじめ、その場にいた全員の息が止まった。

 この生物に対して、常に先頭で戦って来た少女には何か気になるところでもあるのだろうか、と思う。養鶏竜は存在からして気になるところだらけだが。

 問題は、生物を解剖するとなれば、どうしたって凄惨極まる有様となるのが避けられない点だろう。

 そういう汚れ仕事は、この時代ではもっぱら機械任せだ。


 生物学者としてその手の作業にも縁があるメレディス船長は、助手としても用いるヒト型医療機械メディカルボットに指示を出そうとした。

 その工程に、唯理が少しばかり口を挟む。

 結果、解剖検査の検体であるニワトリレックスは、綺麗に羽根を毟られ鳥肌を晒し、血液も完全に抜かれて骨を外され、筋肉と内臓を部位ごとに切り分けられていた。


「あの巨体の割りに砂嚢は小さいのね。それほど高い機能は持たないのかしら?」


「砂肝…………」


「顎は旧来のラプティリア種に近かったけど、消化器系を見る限り多くのアべス種と同じ4輪構造が見て取れるわ。腎臓が3つにわかれているのも同じ」


「セギモ…………」


「心臓部ね。あの巨体と運動量を支えるだけはあるわ。非常に発達している」


「ハツ…………」


 レーザーにより損傷なく完璧に摘出され、検査台の上に並ぶ内臓器と筋組織。

 ひとつひとつ部位ごとに既存の種や古生物との特徴を比較し考察を述べる生物学者だが、パンナコッタからはオペ娘とエンジニア嬢が先んじて逃げ出し、ラビットファイアの面子では乱暴少女と保母さん以外が離脱していた。赤毛娘は俯き加減で何やらブツブツ呟いていたが。


 この時代の普通の乙女たちに、その光景は相当キツいと思われる。汚いモノ、気持ち悪いモノ、見るに耐えないモノ、そういったモノはテクノロジーによりスマートに、オートメーションで処理してしまえる時代なのだ。

 生物の内臓を直で見るなど、ヘタすると一生涯ないという者もザラにいた。



 だというのに、この場面でキュルルルル……とお腹を鳴らす21世紀原産の赤毛女子高生が一匹。



「モモ肉美味しそう…………」


「…………んん?」


 その科白セリフの意味が理解できず、思わず声を漏らしたのはいったい誰だったか。

 誰ともなく赤毛娘の方を見ると、本人は涙目でヨダレを垂らしているという残念なお顔に。

 普段のクールさはどこにやってしまったんだろう、という有様だった。


「ど…………どうしたユイリ? お腹でも痛くなったか??」


 あえて今の猟奇的な科白セリフを無視する気遣いの姐御、ダナ。

 何か恐ろしいモノに触れるかのようで、内心では大分緊張が走っていた。腫れ物、さもなくば爆発物の如しである。


「あ……そっか、起源惑星じゃ他の生き物を直接食べていたのね」


 そんな精神的に追い詰められるメカニック姐さんの一方、船長のマリーンは唯理の奇行の原因に心当たりがあった。

 少し前に、元素組み換えT.F.Mによるフードレーション普及以前の食習慣がどこかに残ってないのかと、そんな話をした事があるのだ。

 まさか目の前の怪獣が捕食ゴハンの対象になり得るとは流石に想像の外だったが。

 そして、その言い方じゃ走っている生き物へダイレクトに咬み付いているみたいじゃないか、というツッコミをする者は赤毛娘を含め誰もいなかった。


 限界。


 今の唯理にこれほど相応しい言葉があるだろうか。

 ある日気が付いたら死ぬほど未来で目を覚ます事になり、ヒト型機動兵器で宇宙戦争するのはまぁいいとしても、問題は無駄にSFな食糧事情である。

 手軽さとローコストさを優先し、人類は有史以来一万年以上連綿と受け継いできた『料理』という文化をあっさり捨てやがった。

 科学という神魔陰陽の側面を持つ信仰に魂を売ったのだ。

 おかげで、ご飯は栄養素のみを固めたペーストに飽きない為だけの味付けをした化学物質フードレーションである。科学ご飯とでも言ってやろうか。


 この時代の宇宙で唯理が生活をはじめて数ヶ月。

 食材すら手に入りやしない状況でも騙し騙しやってきて、最近ようやくクリームシチューやら煮込みカツやらホットサンドや以下略の夢も見なくなったと思ったのに。

 こんなの酷い。

 だってレーザーで焼ける鶏肉の匂いが焼き鳥なんだもの。

 この時代の少女たちには見慣れなくとも、料理経験の有る唯理には赤や桃色の鮮やかな肉の色は食欲に直結してしまうのだ。

 もう他に何も考えられない。


「ドクター、これ一部貰っていいですか?」


「……本気で食べるつもりか」


「うっはマジか……」


「やめろバカそんなもん喰ったら死ぬぞ!?」


 切羽詰まった様子で許可を求める唯理。しかし今の狙いはボンジリだ。

 この時代、動物の肉を食べるなど、常識的に言ってあり得ない行為。

 赤毛娘の極まった奇行に、メカマンの姐御が苦渋に満ちた顔となり、バイオレンス娘も笑みを引き攣らせている。

 ダッシュで戻って来たオペ娘も、心配からか切羽詰ったように吼えていた。


「…………まぁ、いいんじゃないかしら? でもメレディス船長、この体細胞組織は食べても健康に害はないの? 育成の段階で人体に影響の有る薬剤も使っているんじゃないかしら?」


 ここで大方の予想を裏切りまさかの肯定に回ったのが、船長のお姉さんだ。

 ただし健康に害がなければ、という話。

 マリーンは元共和国企業カンパニーの上級幹部だが、実はまだ小さな頃に成分分解処理もされていない素のままの肉を食べた事がある。

 誰にも話した事のない楽しくもない過去の話だが、ご執心な唯理の様子を見て興味が湧いたのだった。


「古代の人々と同じように最低限の加工処理で他の生物のタンパク質を取り込むという事ね。とても興味深いわ!」


 そして、生物学者のおばさんも常識がヒトとは少し違っていた。無論、科学的知識と良心が先に来るが。

 唯理としては『古代』とか言われるのがやや複雑である。


 その生物学者メレディス船長に曰く、ニワトリレックスの誕生と飼育に用いた薬剤や飼料に、特に人体に悪い物は含まれていないとか。

 シミュレーターにもかけたが、全て胃液で分解されてしまうようだ。21世紀の遺伝子組み換え食品より安全かも知れない。

 何せ元々生き物を生かし育てる成分ばかり。害があったらそれこそ本末転倒という事なのだろう。


 そんなワケで、唯理はレーザーガンで鶏肉を一口大に切り分けると、元素変換融合機T.F.Mで作った似非食物繊維の串にその肉をブッ刺し、同じく作った塩化ナトリウムを肉に振って、実験機材の赤外線ライトで炙った。


「へん…………不思議な匂いがするね。これで正しいの?」


 ジリジリと、肉から脂が染み出し弾ける音がする。

 ちなみに焼いているのは建物の外でだ。バーベキューのようになっていた。

 焼き加減を間違えぬよう鶏肉の串を凝視している赤毛に、その隣で同じようにしゃがんで眺めているエンジニア嬢。

 他の皆は、何とも言えない光景に無言だった。

 ひとりを除き。


「やめろってー! 死体の体組織なんて食べられるもんじゃねーだろ!!」


 オペ娘は青い顔で説得を続けていたが、餓えた赤毛狼は無論のこと、船長と科学者も思い留まる気は全くないようだ。

 そうして十分に熱が通ったのをセンサーでも確認させられ、金属トレイの上に並んだ焼き鳥串が20本ばかり。

 実際のところ、肉質から味付けから調理機材から、唯理に満足できる物はひとつもなかった。

 が、それでも紛う事なきお肉である。

 いざ実食。


「成分分解されたタンパク質と脂質のレーションではない、形状を維持した筋肉部位……。貴重な体験だわ」


「えーと……ドクターメレディスは連邦にいた時に自然素材のレーションを?」


「ああ、ハイソサエティーズ向けにそういうお店もあったけど、フードマイスターの――――――――」


 メレディス船長とマリーン船長が、手に取った焼き鳥の串を恐る恐るめつすがめつしていた。

 興味はあるのだが、やはり30分前まで生きていた生物の肉を食べるのは抵抗があるのか、口に近付けるまでは行かないようだ。

 世間話をしながら、先に食べさせようと微妙に牽制しあっている。


「ユイリ!?」


 かと思えば、その横で唯理が泣いていた。エイミーはものすごくビックリしていた。


「ぅう…………美味しい……本物だぁ」


 どれだけフードディスペンサーを駆使しても再現できなかった肉類。

 体感で数ヶ月ぶり、実時間で約2,500年ぶりの鶏肉は、尋常ではなく美味かった。

 冷静沈着にして泰然自若、滅多に感情を表に出さない赤毛の美少女高校生をして、人目憚らず本気で涙を流すほどである。

 別に腹ペコキャラでも食いしんぼうというワケでもない。


 ポロポロ泣きながら一心不乱に焼き鳥をモキュモキュする唯理の姿に、見ていた皆は一様に沈黙せざるを得なかった。

 特に事情を知るパンナコッタ組は、これほど辛い思いをしていたのかと思い知らされている。フィスはそれでも引いていたが。


「…………そんなに美味しい物?」


「うぉぉう……ライケンなんかはちょっと昔まで狩って食べるみたいな習慣があったって言うけどなー」


 皆と同じく死体の肉を食べる事には忌避感を持つエイミーだが、なんと言っても好きな娘のやる事なので、自分も試してみようという気にもなる。

 小型暴力娘のジョーも、好奇心の方が勝りつつあるのか緊張しながら焼き鳥を手にしていた。

 踏ん切りがつかなかったマリーン船長とメレディス船長も一緒に、ほぼ同時に串から焼き鳥を取って食べる。


「うッ…………ん? んん??」


「あら、意外と…………」


「変な味だな……。でも、そんな悪くねーかな?」


 少し躊躇しつつも思い切って噛み切り、咀嚼し味わえばなんとも言えず表現する言葉に迷う。

 長年、それも数十世代に渡り、個人向けに調整される半固形食糧フードレーションに慣れてきたのだ。

 まったく異なる食文化。過去の地球においても、既知にはない味覚に対し身体が拒否反応を起こしたという例は多く存在した。


 とはいえ、たかが千と数百年ばかり食物連鎖から離れていたところで、地球における生命誕生から40億年と続いてきた動物的本能に関しては、いささかも揺るがなかったものと思われる。


 それは、アッという間に消えた焼き鳥串20本が物語っていた。


               ◇


 環境播種防衛艦ヴィーンゴールヴ級『アルプス』における、実験試作生物の暴走事故。

 意外過ぎる収束の仕方をしたこの件だが、これにより今後のアルプス運営方針に幾つかの変更点が加えられた。


 ひとつは、食物連鎖環境構築の一環としての、食用畜産生物の試験開発。これにはニワトリ以外も含まれる。

 もうひとつは、食用生物を用いた起源惑星に存在した食文化の再現事業だ。


 哀れニワトリレックスは、当初のサンプルだけではなくその全体の9割が食肉へと姿を変えた。彼が何か悪い事をしたのだろうか。

 しかしこれも家畜としての宿命だと諦めてもらうしかない。せめて現代に復活した映えある第一号としての栄誉に浴して欲しい。


「ウマー! 食べれば食べるほどウマー!!」


「なにかに目覚めちゃいそうだよお姉ちゃん……がるるる」


 高速貨物船『パンナコッタ』の客室キャビンにて。

 小麦色肌の双子、リリスとリリアが両手に持った焼き鳥を貪り喰っていた。何やら捕食者としての本能に目覚めようとしているらしい。

 食に関しては、最も多く唯理の作った物を食べている双子姉妹。今回も特に抵抗なく、その舌は肉の持つ旨味を理解したようだった。

 ちなみに、増産分の焼き鳥は塩ダレだけではなく、砂糖と塩ででっち上げた甘ダレもあった。


「ネイティブのライケンもこんな感じなのかなー……」


「数十年前まで、他の生物を食べる習慣が密かに残っていると噂があったそうですよ」


 客室キャビンのソファーには、ラビットファイアの面々も座っている。

 遠い目で完食済みの串だけを咥えている桃色髪のメイ、口元を押さえてモグモグしている美人保母さんのサラ、その他の皆も、躊躇ったのは最初だけ。

 今は鶏肉の味を噛み締めていた。


 少し前に船団長と他数名も同様に鶏肉を試食しており、その結果自然環境素材によるフードレーションの試作をやってみようという話になったのだ。反応も悪くなかった。

 もっとも、合成フードレーションの方が遥かに低コストである事実に変わりはなく、この点でも一計を案じる事となる。


                  ◇


 パンナコッタとラビットファイアのほぼ全員が死肉を貪りだした事で、ツリ目のオペ娘は自室に引き籠ってしまった。

 潔癖症気味のフィスにとって、動物の死骸に直接咬み付き、力に任せて引き千切り、咀嚼し歯で磨り潰し飲み込むなどクリーチャーの所業以外の何ものでもない。

 それは他の皆も同じ認識だろう、と思っていたのに、現実には自分以外の全員が肉食獣のようになってしまった、と。


「こえーよ……他の生きもんの肉食うとかねーよ、マジで…………」


 ディスプレイの明かりだけが光源となっている暗い部屋で、オペ娘が怨嗟の声を垂れ流していた。

 自分の知らない仲間たちの一面を見てしまったというか、とにかく今までとは見方も変わってしまう。

 身内がいきなり怪物にでもなってしまったかのようで、ショックや恐怖で涙目になり、膝とパナせんの袋を抱えて部屋の隅でプルプル震えていた。



 そんなオペ娘の部屋に、そっとステルスで忍び寄る赤毛が一匹。



「な、なんだユイリ……!? オレはたぶん食っても美味くないと思うぞ!!?」


「食べませんよ……。わたし女の子食べる趣味はないからね? そんなもったいない」


 訪れた赤毛の肉食娘を、部屋の隅に追い詰められた格好で精一杯威嚇するオペ娘。

 手負いの獣、ではなくペットの犬などにビビる子供状態であった。

 赤毛はよくしつけられているので、噛み付いたりはしません。でも狩になれば話は別だ。


 部屋に引き篭もっていたフィスであるが、その扉の権限クリアランスは唯理にも開放されているので、簡単に侵入されていたりする。唯理の部屋が何故か出入り自由のようにされていたので、同じ条件になっていたというワケだ。

 もっとも唯理は、ある種の船に関してはオールフリーで出入りできてしまうのだが。


 所詮フィスも本気で引き篭もり、ないし締め出そうと本心から思ってはいないのだろう。こんな事で仲間を切る事など出来ないのだから、自分が折り合いを付ける他ないというのは分かっている。


 一方で赤毛娘も、ここ数時間ばかり我を忘れていた事を、落ち着いた今になり反省すべきと思っていた。

 主にオペ娘さんの事についてである。


「いまさらだけど、フィスに悪いとは思ってたんだ……。今のヒトの感覚だと直接生き物の肉を調理するのは気持ち悪い事だ、って分かってはいたんだけど、ちょっと我慢が出来なくなって…………」


 対面で正座する赤毛娘はしょんぼりしていた。自分の抑えが効かなかったばっかりに、オペ娘の感情を無視してしまった、と。

 生肉を前に理性がぶっ飛んだのも大分ショックであった。自分そんなキャラだった?


「あーそう……? いや、でもまぁそれは仕方ないんじゃねーの? とは、オレも思ったけどさ…………。

 実際ユイリはフードレーション食うのしんどそうだったもんな」


 何とも言えない複雑な表情で、21世紀生まれの赤毛JKに同情するオペ娘さん。

 肉食獣が草食動物を食べるショッキング映像的なものであったのに違いはないが、さりとて生存の為には必要な行為であるのは理解している。

 ゾンビが身内だった時のショックにも近かった気がするが。


 しかし唯理は現在進行形で生きているし、生きていくには栄養素が必要だ。フィスはここ最近の唯理が栄養錠剤サプリメントだけで食事を済ませているのを知っている。

 唯理にしても、水で流し込む方がまだフードレーションよりマシ・・、と思っているワケだ。


「アレだよ……ユイリが食べられるもんがあって良かったんじゃねーの? 多少ビビったけど。

 んで、ユイリに食えるって事はマリーン姉さんたちにも食えるって事だわな。受けも悪くなかったみたいだし…………そこが信じらんねぇ」


 などと言いつつ、薄暗い笑みを浮かべるフィス。メリットを見ようとしても、デメリットから目を逸らし切れなかったらしい。

 今後も生き物をバラして食べるのかと思うと、関連する諸々がどうしても頭をチラつく。

 細菌、有毒素、殺傷、生物嗜食、生体組織、熱変性、などなど。

 それを家族とでも言うべき者たちがやるのだから、止めたくても止められないフィスには、どうにも辛いところであった。


 ところがである。


「いや、食べるにしても今後はコレが基本になるんじゃないかな」


「んあ? …………なんじゃコレ??」


 唯理が差し出した平皿プレート、その上に乗っている縦横5センチ厚さ1センチほどのベージュの物体の正体が分からず、片眉を上げるフィス。

 それは、唯理が作った合成鶏肉のミートローフだった。


 合成肉。


 文字通り、元素変換融合機T.F.Mを用いて作りだした擬似的な鶏肉である。

 ゼロから人工の鶏肉を作る事は難しかったが、実在のサンプルがある以上、それを走査スキャンして同一のタンパク質構造と筋繊維構造を再現するのは難しくなかったのだ。


 前述の通り、自然素材のレーションはフードレーションに比して非常に高コストとなっていた。

 また、前述の通りこの時代では食べる為に殺すというのが一般常識ではなく、よってヴィーンゴールヴ級に敷地面積的余裕があるとはいえ、公然と畜産業をはじめるワケにもいかないだろう。

 よって、今後の研究としては食用に耐える家畜生物を再現し、それを走査スキャンしてレーションに応用するという流れになる。


 鶏肉で食べ比べる限り、合成の方は元の食材に比べ平坦な食感と味になってしまうようだが、これには既存のフードレーションと同じく変化を付ける工夫をするしかない。

 少なくとも、サイケな味付けをした栄養素の塊を食べるよりは、遥かにマシになると思われる。赤毛娘にとっても。あるいはオペ娘にとっても。


「フィスの他にも気にするヒトはいると思うし、大っぴらに生き物を獲って食べるのも船団内の印象的にもよろしくない、という話にもなったしね。まさか『アルプス』だからって畜産場にも出来ないし…………。

 という事で作ってみた。これなら食べるのも見るのも抵抗ないんじゃないか、と思うんだけど、どうかな?」


「はー……なるほどなー。でもそれって結局フードレーションと同じもんになるんじゃね?」


「食べてみる? 100%合成元素だけど」


 合成レーションを勧めながらも、どことなく不安そうな上目遣いの赤毛娘。そんな今まで見せた事のない唯理の表情に、フィスがドキッとさせられていた。

 焼き鳥の件でこの娘はやや壊れ気味だったが、まだ直ってないのだろうかと失礼な事を思う。

 そして次に合成ミートローフに視線を向けるが、こちらは走査スキャン元となった物体のイメージがよろしくなく、オペ娘さんも難しい顔だ。


 完全合成なら、例え元の素材マテリアルが重金属だろうと食べる分には問題無い。どうせ元素レベルで分解してしまっているからだ。

 とはいえ、どこまで科学が発達しても人間は感情の動物である。ぶっちゃけてしまえば理屈も技術も感情を満足させる道具に過ぎないのだろう。

 そもそも「ミート」とは何ぞや。タンパク質を動物から摂る必要なんてあるのか。その上フードレーションを肉に偽装する意味とは。


 合成レーションのミートローフを前に、思考をグルグルさせる現代っ子オペ娘。

 独特の熱変性後の肉の色、過熱による成分揮発で生じる匂い、これらの要素も生肉を連想させて口に運び辛かった。


「無理に食べなくてもいいよ? 個人調整のレーションとはやっぱり別物だし」


「あ、いやッ! …………食べる。T.F.Mの合成だもんな……うん」

 

 気まずそうに平皿プレートを引っ込めようとした唯理を速攻で制するフィス。

 が、やはり手を出せない。


 ツリ目を険しくさせ、オペ娘さんが合成ミートローフをジッと見ていた。口元が波打っているあたり葛藤を感じさせる。

 食べようという努力はしてくれているんだろうな、と申し訳なく思う唯理は、ミートローフを下げる前にひとつ試してみる事とした。


「フィス、あーん、して?」


「あ? ああ??」


 粗挽き肉の蒸し焼きをフォークで一欠片切り取ると、オペ娘の前に差し出す赤毛娘。

 唯理が何をしたいのか少しの間理解できないフィスだったが、間もなく己の雑学的知識から該当の行為を検索完了せり。


「ふおッ!?」


 いわゆる非常に親しいラブラブな者同士でやるアクションだと分かり、オペ娘の喉から変な声出た。


 創作の中でしか見ないシチュエイションが、まさか自分に降りかかってくるとは。

 一瞬現実逃避しそうになるが、目の前の現実は変わらない。

 赤毛娘が真剣な顔で、正面からオペ娘を見つめている。相変わらず見惚れるほど綺麗な少女で、この状況だとそれが辛い。


(な、なんだコレ!? どうしたらいいんだ!!?)


 しかし逡巡する時間はあまりなかった。

 赤毛娘の性格上、無理に押したりはせず相手が嫌がると分かれば即座に引くだろう。戦闘と違って日常では控えめな少女である。

 故に、食べるとなればフィスは今すぐ決断しなければならないのだ。


 が、ヒトに食べさせてもらうとかオペ娘だってはじめての経験。

 しかも、赤毛の少女手づから。

 唯理が本気で来ているのなら、自分も本気で行かねばなるまいか。

 そんなよく分からない漢気を出したフィスは、覚悟を決めて口を開いた。


 一方の赤毛は赤毛で、カワイイ娘が小さく舌を出し自分に向けて口を開いている姿に心臓が爆動中。何かやらしい。なにやら選択を間違えた気もする。


 そこに決して他意などなかった唯理とフィスだが、ふたりして自業自得的に恥ずかしい思いをさせられていた。

 かと言ってお互いにいまさら退く事もできず、状況に引き摺られていくように急接近を余儀なくされる。


 目を瞑っているオペ娘の口に、赤毛娘は相手の舌へ乗せるように匙の上の食べ物を送り出した。指先に伝わる軟らかい感触がヤバい。

 閉じた目蓋を震わせていたフィスは、舌に触れたそれを思い切って、パクリと。


「んあ……んむ……ん…………んー?」


 ムグムグと小さく咀嚼していた潔癖症オペ娘だが、気恥ずかしくて味が良く分からない。そんなの気にしていられないのだ。

 しかし、身を乗り出して来る赤毛娘を直視できずに気を逸らすと、必然的に感覚は口腔内に振り分けられる事となる。

 既存のレーションペーストとは明らかに違う、またパナせんのような連続気泡構造が咬合力で崩壊するザクザク感とも違う、食感のムラ。

 脂分に満ち弾力もあるランダムな粒状物は、噛み締めるとまた大きく味覚を変える。

 味わいの複雑さはスナック菓子の比ではなかったが、


「飲み込めないようなら出しちゃって構わないけど……」


「いや、これは……食えなくも、ない? てーか……悪くないかな…………??」


 勇気を以って味わってみるが、決して嫌悪感などもなく、自然に飲み込む事が出来た。

 それは、赤毛が差し出した次のひと匙をどうするかと迷わなかったほど。

 そこからも、平皿プレートの上から合成ミートローフが無くなるまでノンストップで食べ進めてしまう。

 気が付けば赤毛娘は子供のようにニンマリしており、赤い顔のオペ娘はそっぽ向いた。


 その後、フィスは自分のシフト時間となりビクビクしながら肉食獣のたむろする船首船橋ブリッジへ戻るのだが、特に仲間たちに異常な恐怖を感じる事もなかった。自分もまた間接的ながら肉の味を知った為か、と雑食系オペ娘は思う。実際美味かったし。


 なお、事の顛末を赤毛が素直に報告してしまったが故に、オペ娘は船長と双子にニヨニヨされ、エンジニア嬢にはヤンデレ気味に凝視された。

 この様にして肉食には折り合いをつけたフィスであるが、同時に新たな問題も抱える事となってしまう。

 例によって赤毛娘に関してである。


                ◇


 この様な経緯により、『アルプス』の運用方針は完全に固まる事となった。

 食文化復興の中心となる巨大戦闘艦は、キングダム船団の持つ圧倒的な軍事力とはまた別に、銀河の各星系から大きな注目を集める事になるのだ。


 が、そう平和な話だけで終われないのが、この宇宙。


 唯理が養鶏恐竜を返り討ちにして逆に食べていたその時にも、他の捕食者が虎視眈々と、キングダム船団という大きな獲物を狙っていたのである。





【ヒストリカルアーカイヴ】


・ニワトリレックス

 和名、養鶏竜。

 隕石衝突による大絶滅が起こらなければ辿ったかも知れない恐竜から鳥類へ進化する過渡期の姿。焼き鳥の食用部位は全てフォローしている。



・ハンディスキャナー

 手の平サイズの調査機器。ロッド型やハンドガン型など様々な形状の物がある。

 向けた先の物体の素材や構造、成分を解析する。



・パナせん

 唯理の作った合成小麦粉ベースのスナック菓子。合成パンを試作しようとした副産物。

 フィスの好物。




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