73G.ジュラシックチキンユニバース

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 自由船団ノマド『キングダム』を中心とした約30万隻は、ローグ船団115隻を加えて三大国法圏外エクストラテリトリーの宙域を航行中だった。

 暗黒の真空中を、大小様々な宇宙船が長い船列を形作り無言のまま進んでいる。

 恒星は遠く光は届かず、船団の全貌はセンサー類が捉えるのみだ。


 そんな中、赤毛の高校生オペレーター村瀬唯理むらせゆいりと即応展開部隊『ラビットファイア』は、ここ24時間で3度目の出撃中だった。


『「フォルテッツァ」コントロールよりNMCGS-U8008「ジェットライリー」へ警告、貴船はキングダム船団所属「アルプス」への着艦を許可されていない。直ちに「アルプス」100キロ圏内より退去せよ。繰り返す、NMCGS-U8008「ジェットライリー」へ警告――――――――』


 船団の共有通信帯域では、旗艦『フォルテッツァ』から繰り返し警告音声が発信されている。

 灰白色に青のヒト型機動兵器が向かう先には、全長50キロメートルという破格に巨大な宇宙船と、それに横付けしている約70メートルの宇宙船があった。

 環境播種防衛艦『アルプス』と、ローグ船団に所属する貨客船である。


 貨客船、などと言ってもそれはとりあえずの船種を示すカテゴリー名でしかなく、その青と赤の派手なカラーリングの船も怪しさ溢れる改造船だった。船体上部の取って付けた感があるブースターエンジンが、前のめりな船体構成に拍車をかけている。


 ローグ船団の船は、キングダム船団本体の船との接触を禁止されていた。特に『フォルテッツァ』、『アルプス』等26隻の超高性能戦闘艦とは。

 無論、乗艦などもありえない。ローグ船団に対する支援は、防衛協力と船団の維持リソースの提供だ。ローグ船団側が装備の不備と練度不足を理由に戦闘行為を免除されているのだから、コレでも十分過ぎると言える。


 そのような約束となっていたにもかかわらず、ローグの船がキングダムの船に異常接近する例は後を絶たなかった。言い分としては、設備の利用や観光や散策目的だとか。

 船団の、特に旗船などに用いられる大型の宇宙船は、中央通路が商業エリアとなっている場合が多い。

 実際に輸送船『キングダム』や『フォルテッツァ』ではそうなっており、船団で生きる者には数少ない娯楽のひとつでもある。

 だからと言って無条件に開放される事などありえない。


 隙あらば接舷を試みて来るローグの船ではあるが、そんなもの船団長以下主だった船長なら誰でも想定していた事だ。エネルギーシールドは出力を上げるし、強引に来るようなら火器を持ち出すしエイムも繰り出す。

 そこまで徹底させるほど、ローグ船団の評判は悪かった。


『ユイリ、ちょっくらシールド叩いて脅かしてやれ。舐められてる』


「R101了解、示威行動に移る。102、203は援護」


『R102、了解……』

『R203了解!』


 灰白色のエイムがブースターを吹かして船首船橋ブリッジの前に出ると、ローグの船はすぐさま『アルプス』のシールド圏外に出ていったが。


 レースカーのような派手派手しい見た目なこの船は、どうやら他の船の資材搬入に紛れて『アルプス』のシールド圏内に侵入したらしい。

 船団からの退去勧告も全く無視し、相互協定における生存権やら安全保証やらを持ち出し駄々を捏ねていたとか。


 その点、灰白色に青のエイムの姿は、既にローグの船に一発喰らわせブースターを吹っ飛ばした実績があるので、威嚇効果は覿面てきめんであったようだ。

 その後で唯理は、船団長と船長に褒められながら怒られたが。


『どーせ今回も警告と抗議で終いだと思ってんだろ。いっそ撃ち落としてやりゃイイんだ実際に』


 と通信で愚痴っているのは、吊り目105パーセントなパンナコッタのシステムオペレーター、フィスだ。

 顔が見える通信画面なので、怒りに任せスティック菓子『パナせん』を噛み砕いている姿も丸見えだった。


『コレが続くようなら船長会議でも強制退去勧告って事になりやすいし、それが嫌ならローグ船団も少しは大人しくなるんじゃないかしらね……。あ、ユイリちゃんはお疲れ様ね。みんな早く帰ってらっしゃい』


 困ったような笑みで労うのは、癒し系船長のマリーンである。

 若い娘の憤りは分かるし自分も気持ちは同じだが、大人の世界で生きるお姉さんとしては楽観論で宥めるしかなく。

 マリーン自身、自分の言葉を信じられないのが痛かった。

 あっさり排除できるものなら、ローグも自由船団の寄生生物などと呼ばれてはいないだろう。


「りょーかい、R101ラビットファイア、RTB。フィス…………食べ過ぎると太るから気をつけて」


『ンぐぉ!?』


 なんにしても唯理と部隊ラビットファイアの仕事は終わっているので、オペレーターに帰還の旨を告げヒト型機動兵器を反転させた。

 そして、あまりにガリガリやっているフィスにイタズラ心を出した唯理が急所への一撃を。

 ムセるオペ娘は、赤毛娘へ通信を返せなかった。後で復讐が待っているものと思われる。


 が、そのイベント前に別のアクシデントが発生。


『こちら「アルプス」より「フォルテッツァ」コントロールへ緊急連絡。

 現在上層ブロック、フロントサイドプレーンでバイオハザード警報発令中。上層ブロックは全域が閉鎖。全艦封鎖中』


 船団の共有通信帯で流れる警告内容に、比較的関わりの深いパンナコッタの船内にも緊張が走る。

 『アルプス』では一億人以上のターミナス星系避難民を収容し、さらに起源惑星『地球』の自然環境を構築している真っ最中だ。

 そんな中で『生物脅威災害バイオハザード』などという事態が発生したならば、大惨事に繋がりかねないと思われた。


               ◇


 そして、赤毛娘とパンナコッタ及びラビットファイアの面々は、想像を絶するモノを目にする事となる。


「これは古代ラプティリアから現代見られる多くのアベス種やラティン種への進化過程の生物ね。双方の特徴を有しているとても興味深い個体だわ」

「いやドクターそれどころじゃありませんからね?」

「ちょ!? おまッ!!? コレ!!!?」


 名指しで呼ばれたという事もあり、パンナコッタとラビットファイアの女性陣は、封鎖された『アルプス』に比較的容易に乗り込む事が出来た。被害拡大への警戒から、出て行くのは大変なのだが。

 生物脅威汚染バイオハザードと言っても色々ある。空気感染型微生物による汚染から、変な匂いの充満といった気分的なモノまで。

 何にしても、宇宙船という閉鎖環境においては慎重に対応しなければならない問題であった。


 して今回の警報の原因は、唯理たちの目の前にいる生物だ。

 全長は約13メートルと、ヒト型機動兵器並み。

 前傾姿勢の二足歩行で、前脚は小さく、後ろ脚は非常に筋肉が付いており野太い。全身は白い羽毛に覆われ、大きな頭部に大顎を備え赤い鶏冠を立てている。


 より端的に表現するならば、それは古生物の恐竜とニワトリを足して2で割らなかった生き物であった。


 確か『アルプス』に保管されていた遺伝子情報から比較的小さな家畜であるニワトリを再現するという話だったのに、一体何をどうすればこんな事になるのか。

 格納庫から上層ブロックに移動中、通路でバッタリそれと出喰わした唯理は、唖然として見上げる他なかった。

 どうやら上層でドローンやらセキュリティーボットに追い立てられた末に、よりにもよって赤毛娘たちの方に突っ走ってきたらしい。

 オペ娘が急接近に気付いた時には、既に遅く。

 興奮しきったニワトリレックスと、エンカウント待った無しな状況と相なったのである。


「おいユイリ……昔の『地球』はこんなクリーチャーが放し飼いだったのか」


「……少なくともわたしの知ってるニワトリは全長60センチくらい、だと思ってたんですけど」


「ならベースセルへ転写された遺伝子コードが古い世代の部分を読み取ってしまったのね。誘導因子の液体濃度が微妙に変わっていたのだと思うわ。もしかしたら成長促進剤とも何らかの作用が起こっているかも――――――――」


「いやだからドクター今はそういう話ではなくてですね」


 猫の前のネズミ状態であるにもかかわらず、『アルプス』責任者であり主任科学者でもあるおばさん船長、ドクターメレディスの考察が止まらない。

 もはや科学馬鹿には何も期待しない用心棒のダナ姐さんは、追い詰められた面持ちでレーザーハンドガンをニワトリレックスに向けていた。

 赤毛娘も、おばさん科学者の厚手ジャケットの裾を掴んで引き摺り、脇に吊ったホルスターから静かにハンドガンを抜き取る。


 その他の娘たちも、誰が示し合わせるでもなくジリジリと後ろに退がっていた。鼻息荒い怪獣を前に、緊張して声も出ない。

 マリーン船長は笑顔が引き攣り、エンジニア嬢が汗だくでテンパり、ロリ巨乳の電子戦担当が泣きそうになっている。

 比較的冷静だったのが元祖猛獣娘と元軍属の保母さんで、先んじて隔壁の後ろまで退がり、皆が通り過ぎるタイミングで下ろそうと待ち構えていたが、


 それより早く、ニワトリレックスのすぐ後の隔壁がゴグン……と音を立て下りていた。


「コケェエエエエエエエ!!!?」

「あ、そこはニワトリなんだ」


 巨大クリーチャーの封じ込めに動かされた隔壁が、いまさら役割を果たしたのである。役に立つどころか見事にサバイバー達の足を引っ張ってくれているが。


 大きな物音に驚いてトキの声を上げる養鶏。

 堪らないのは怪獣の正面にいる女性陣で、あまりにもあんまりな事態に、赤毛も現実逃避気味なコメントをしてしまった。

 しかし根が戦闘民族なので、身体の方は自動的に臨戦態勢へ移っている。


 前爪で床面を引っ掻き、ロケットスタートをキメるニワトリレックス。

 赤毛の少女は怪獣の鳴き声に感動する生物学者を突き飛ばし、反動を使い自身もその場を飛び退いた。

 すぐさま、先に退がっていた美人保母のサラと小型格闘娘のジョーがレーザーガンを発砲。

 赤い光線が空間を奔り、白い羽毛に包まれた巨体にタイムラグ無しで直撃する。

 ところが、


「クケッ!? クァアアアアアア!!」

「うわ効いてねぇ!?」

「パルスモードじゃダメージありません! 3秒ブーストに切り替えます!!」


 対人レーザーの出力では羽毛を何層か焼き切っただけで、分厚い鶏肉にはほとんどダメージが入っていなかった。

 唯理も最大出力でレーザーを発振させるが、首に一文字の焦げ跡を付けるに留まる。

 相手が動いているのも問題だ。熱エネルギーを集中できていない。


(これホント全然ストッピングパワー無いな!? 威嚇用か!!?)


 怒れるニワトリが邪魔者を打ち払おうと長い尾を振った。

 赤毛娘は内心で悪態をつきながらも宙返りでこれを回避。更に空中で横回転しつつレーザー攻撃を見舞う。

 頭部に熱線を喰らうニワトリレックスは、これを嫌がり向きを反転。一目散に逃げ出した。


「ひぇ――――――――!?」

「こっち来んなバカ!!?」


 これまたりにも選って、パンナコッタのインドア派少女たちの方へと。


「サラ! 隔壁閉鎖!!」

「はい! ですが――――――――――!!」


 唯理が声を張り上げるや、すぐに保母さんが隔壁の制御システムに命令を出す。

 しかし、縦横20メートル以上ある大通路を閉鎖する可動壁は、思いのほか動きが遅かった。

 決して素早い方ではないフィスとエイミーが、豪快に重金属の床面を蹴る闘鶏モンスターから逃げられるはずもなく。


 乙女ふたりの背後から、怪物が大顎を開けて喰らい付く寸前、


「ッ――――――! かはァアアアアア!!」

「ゴゲッッ――――――――!!!?」


 その真横から壁を蹴って飛び掛る赤毛娘は、ニワトリレックスのアゴひだを掴むと逆上がりのように半回転し、遠心力と速度を十二分に乗せた船外活動EVAスーツの固い膝を叩き込む。


 メシャッ、という乾いた何かの潰れる音が鳴り響いた。

 唯理がへし折ったのは、ニワトリレックス頭部のすぐ後ろにあたる、脛骨。

 神経束を一撃で切断されたお化け養鶏は、トドメの必要もなくそのまま頭から倒れ落ちる。


 膝蹴りの反動で宙を回転する赤毛娘は、ニワトリレックスが倒れたワンテンポ後に、膝で衝撃を殺し足から着地。

 誰かが喰われる前に片付いて良かった、と心底から思いながら、怪物退治の余韻を妙に懐かしく感じていた。

 エイム戦とはまた違う手応えである。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・RTB

 Return to baseの略。航空機が所属基地に戻る際の定型文。この時代では基地だけではなく母船や母艦へ帰還の際にも同様に用いる。




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