72G.ジャックナイフ インサイド
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天の川銀河、サージェンタラス・
高速貨物船『パンナコッタ』格納庫。
6機のヒト型機動兵器がそれぞれの整備ステーションに収まり、半自動での整備を受けていた。
その作業の大半は整備システムが自動で行うが、細かな部分や改修箇所などはメカニックの手と目で微に入り細に入りチェックをされていた。
「『ハウンド』『タワー』は『プロミネンス』と同様の部品に変更している箇所がある。接合を含めて消耗と負荷の確認は念入りに頼むぞ。『ビータ』は一度電子戦モジュールを外して総点検だ。その他はファストチェックで問題が出ないようなら燃焼触媒と弾体の補給を最優先で。バカが何か起こせば再出撃もあるからな!」
「うぃーっス!」
高身長のグラマラス美女、メカニックのダナが他のメカニックに指示を出している。自身も機体のステータスを目の前に表示させながら難しい顔で作業をしており、忙しそうだ。
ちなみに、格納庫にいる15人のメカニックは船団本体からの借者である。
所属不明の勢力、ドミネイター艦隊を退けてから1時間が経っていた。
21世紀出身の赤毛娘、
ドミネイターの再襲来を警戒する為でもあったが、それとはまた別に厄介な連中がキングダム船団と接触したのが大きな理由だ。
ノマド『ローグ』船団。
悪名高い飽くなき自由の宇宙船団が、ついにキングダム船団との合流を果たしたのである。
「船団長はドミネイターに足を止められたのが痛恨って感じだったけどな。まーそうじゃなくても実際時間の問題だったわ……。こっちは数が多い分メチャ鈍足だし」
と、しかめっ面でいうのは、ツリ目がジト目になりかかってるオペレーターのフィスだ。
何せ、ローグ船団がワープしてきたタイミングを見れば、キングダム船団がドミネイターを追い返した直後を狙ってきたのは明白。
応援に来ないどころか身動きが取れない戦闘直後にノコノコやって来たのだから、その根性に船団長としても業腹であろう。フィスも概ね同感だったが。
「ローグの連中と合流なんかしたくねーけど、自由船団の協定もあるしなー……。面倒が起こる未来しか見えねぇぞ、マジで。
てかよく連中協定の条件をクリアしたな。そこんところがまず信じらんねぇ」
「レギュレーションの……優先度? は船団ごとで変わらないんじゃなかったっけ? それならある程度は制限できるんじゃないか…………とは思うけど、現実には違うのかね」
隣にいる赤毛娘は、目の前の物体を眺めながらフィスへ相槌を返していた。
その
船団長からも、有事に際して『ラビットファイア』へ緊急出撃を要請する事もありえる、と警戒を促されていた。
「そりゃそういう事になっちゃいるけど、そもそもそーいうルールが絶対遵守されんならローグみたいな自己中船団は生まれねーだろ、って話な…………。
で、エイミー
先行きを思うとひたすら憂鬱なフィスであるが、だからと言ってただ管を巻きに
その本題は、お下げ髪のエンジニアお嬢様、エイミーが検分している全長5メートル程の
ドミネイターとの戦闘終了の間際、敵機にそれでぶん殴られそうになった赤毛娘が、逆に蹴り倒して分捕ってきた代物である。
全く想像だにしない実体の有る打撃武器との遭遇には、唯理もビックリさせられた。
「うん、多分これシールドブリーチャーだと思う。ロッド型のは初めて見るけど」
「『シールドブリーチャー』?」
シールドブリーチャーとは文字通り、エネルギーシールドに対して
理屈としては、エネルギーシールドへ持続的な圧力を与える事で、シールドジェネレーターに高負荷をかける事を目的としている。
軍の特殊部隊や工作部隊が、同様の装備を採用しているケースもあった。
また基本的に攻性の兵器である為、キングダム船団には配備されていない。
しかしだ。
機械マニアの気があり勉強家でもあるエイミー先生が『初めて見る』と言うのにはワケがある。
基本的に既存のシールドブリーチャーは、キネティック弾のような
それも、対施設、対艦といった半固定目標に用いるのが通常の運用方法だった。
加えて、エイム自体が本体の推力と慣性質量を利用できる対シールド特性に優れた兵器である。更にシールドへ負荷をかけたければ、通常の重火器を応用すれば良いだけの事だろう。
わざわざ専用の装備を作るより、嵩張らないし搭載スペースも取らない。
以上2点から、シールドブリーチャーを打撃武器にする理由がいまいち不明だ、とエイミーは唸っていた。
「本体のジェネレーター出力を活かせたり、通常火器を使うより効果が高い、とかじゃなくて?」
「うーんどうだろう……? ドミネイターの運用思想はよく分からないけど、今あるシールドブリーチャーも小型リアクター内臓だからそこそこ出力はあるし。
フィス、ドミネイターがこんな兵器を装備してた、なんて今まで聞いたことある?」
「んー……いや、データ上はねーな。っても一番詳細な記録が500年前の連合……当時の連邦のもんだから、単に非公開なだけかも知れねーけど。
それにしたって、オープンネット上にも高確度な情報がないってのはなぁ……」
フィスとエイミーは謎の兵器に首を傾げていたが、唯理は何となく用途に見当が付いた。
問題のシールドブリーチャーロッドを装備していた重装型は、一種の支援機だったのではないかと思う。
後から来る主力の為に露払いを行い、獲物を丸裸にするのが役割の部隊だ。
狩りの際に、追い立て役は自ら獲物を傷付けたりはしない。主人である貴族の為に、追い立て棒を振り獲物を狩り場に追い込むのだ。
考えてみると交戦したドミネイター部隊の中に、他とは違い洗練されたヒト型機動兵器がいた気がする。
レールガンでシールド剥がした後で味方に落とさせたが。
しかし唯理は、今はその辺の事情より別の事が気になっていた。
思い出すのは、ターミナス星系におけるメナス自律兵器群との戦闘の折。
エイムとは比べ物にならない高性能なメナス特機と接近戦になった時、かなり際どい場面があったのだ。
ビームブレイドが完全に敵メナスを捉えたと思ったら、相手の装甲を溶断し切れなかったのである。
あの時は逆に大きな隙を作ってしまい、唯理も冷や汗をかいた。
「これはー……わたしにも使えるのかな?」
「んあ?」
「はい?」
そんな赤毛娘が、問題の兵器を足の爪先でつつきながら言う。
それにオペ娘は「また変な事言いだした」と怪訝な顔になり、エンジニア嬢は不思議そうに首を傾げていた。
「えーと、使えない事はないと思うけど……。でも白兵戦にしてもシールド対策にしてもビームブレイドの方がいいと思うよ? 見た通り携行性に優れているとは言えないし、本体保護とシールド圧力の為に多少の斥力発生機能はあるけど、基本的に叩き付けて押し付けるのが使い方になるから。武器としてはどうかなぁ、って思う……」
「オマエはこれ以上武器増やすのか…………。そもそも必要か? シールドブリーチャー」
「ビームブレイド悪くないけど、メナス相手には出力負けしたし……。この際斬れ味より堅牢性を優先したい、んだけど、どうだろう?」
原理を聞いてみれば、シールドブリーチャーもシールド発生機と同じ物だ。エネルギーシールド同士の相互干渉で高い負荷をかけるのが用途となる。
そして唯理は、これを更に攻撃能力に寄った物に出来ないかと考えた。
技術畑の少女ふたりは、呆れるような困ったような顔をしていたが。
「同じ物は作れると思うけど、破壊力はほとんどないと思うよ? それならジョーさんのエイム用に作った『イグニスバンパー』の方が、まだ威力はあるけど」
シールドロッドもエネルギーシールドを発生させはするが、武器として用いた場合、その威力は
暴れん坊女子のエイムに取り付けた
かようなエンジニアの意見に、赤毛娘も少し考え込んだ。
50G以上の加速状態から叩き付ければ割と効きそう、とか言うと怒られそうなので口には出さなかった。
エネルギーシールドは斥力場なので熱量を持たない。ただし触れると弾き飛ばされる。
これは、一定の周期で外に押し出す力を発生させている為だ。
『シールド』とは言うが、厳密には『フィールド』の方が近いかもしれない。慣例的に今後もシールドの略称を用いるが。
エネルギーシールドの仕組みは、モジュールから一定の距離に斥力を発生させるというモノになっていた。どの宇宙船も装甲の下に仕込んである。高価な船になると、外付けで大出力のモジュールを装備している事もあった。戦闘艦などに多い。
エイムも基本的に同様の仕組みを持つが、
「シールドの形状ってのは、どれも同じなのかな?」
付け焼き刃な宇宙船技術の一般教養を思い返していた、赤毛女子高生の独り言。
非常にいまさらな質問なのだが、唯理大好きなエンジニア少女は面倒くさがらず律儀に応える。
「斥力ベクトルならある程度変えられるよ? 斥力場の展開方向と斥力方向は別にできるしね。ディフレクターモードだと、着弾の方向に対して角度を付けて弾くようになるでしょ?」
「力場の展開範囲も絞り込める?」
「え? えーと……まぁ可能、かな? ユイリが何をしたいのかよく分からないけど」
「力場の発生サイクルとかはどうなってるの?」
「汎用宇宙船のシールドで、下は500メガくらいから上は500ギガヘルツのリアクティブ変換が一般的かな。防御対象が多いとオートのランダム変換に切り替える事もあるけど。ね? フィス」
「そっちはメインフレームの解析能力次第じゃね? 敵の攻撃を解析して、一番固いパターンを選ぶんだよ。エネルギーで壁作ってるんじゃねーから擦り抜ける事だってあるし」
エイミーから更に専門的な説明を受けているうちに、唯理の頭の中でも考えが纏まってきた。
そこで、またひとつ大変なお願いをする事に。
それを聞いて、専門家のメガネ少女は目を丸くして固まり、オペ娘さんは諦めた顔で格納庫の天井を仰いでいた。
◇
キングダム船団旗艦(仮)『フォルテッツァ』。
艦橋区画、艦長室。
礼儀上必要だったとはいえ、浅黒い肌に白髪の若中年、ディラン船団長はその相手を部屋に招きたくなかった。
一時的な滞在場所、という事になってはいるが、設備も電源容量も豊富で空間を贅沢に使っているフォルテッツァの艦長室は、非常に快適で気に入っているのだ。
「
その全く歓迎できない客が、図々しくもバーカウンターに
バーカウンター。
宇宙を望む大きな舷窓の前で、かつてのこの船の艦長はアルコールポーションを嗜んだとか。実に良い趣味だとディランは心から同意したい。
今は台無しにされていたが。
「船の事は船団の安全保障上話す事はできない。今この船は全船団の防衛戦略の要だ。他船団どころかキングダム船団の乗員すら乗艦には制限が付く。ローグ船団のクルーには無縁だぞ」
「おやおやおや、もう仕事の話をするんで? まぁまぁもうちょっと自由船団同士、相互理解を深める話でもしやしませんかね」
「なるほど結構だな。それなら是非、互いに船団のレギュレーションも尊重していきたいものだ。ローグは合流した船団を我が物顔で扱うと専らの評判だからな。
キングダムは甘くないぞ。適切な運営上、障害になると判断すれば容赦なく排除する」
ソファに踏ん反り返り、歯に衣着せぬストレートな物言いで先手を取って釘をぶっ刺す船団長。友好などという単語は、はじめから宇宙の彼方に投げ捨てている。
ローグ船団から来た代表者、黒髪と黒いアゴヒゲに威圧的な目をした男は、苛立ちを隠すような皮肉げな微笑を浮かべていた。
「ハッ……戦闘艦など持っていると強気ですなぁ。それに、『我が物顔』などと、我々がよそ様の船団を荒らして回るかのような事を仰る。
こちらは自由船団の互助協定にある権利を求めたに過ぎんのですがね? 何せ老朽化も著しいボロ船団なもんで、使えるも物は何でも使わんと立ち行かんのですわ。
幸い、他の船団はローグ船団にも同情的で、快く受け入れられてきましたよ」
なのでキングダム船団にも支援を願いたい、と黒アゴヒゲの男はニヤニヤと見え透いた事を口にする。
船団長がローグ船団の実態を知っており、「相互協力」などと言うのが言葉の上だけの物に過ぎないとしても、その言葉を蔑ろに出来ないのが大人の世界だというのも知っているからだ。
「ついてはキングダム船団の全設備の解放と自由な使用、それに無制限の乗船許可を願いたい。当然、こちらの所属船及び設備も必要ならば制限無しで開放する」
「問題外だ。先ほどの話を聞いていなかったのか。保守と生命維持リソースの提供は行うが、本艦を含めた全ての無制限開放などありえない。それに、こちらが必要とする物をローグ側が持っているとは思えないな。そもそもまともに稼動する設備など残っているのか」
「いいかげん立場が逆ならどうするかを考えてほしいもんだな、ディラン船団長様よ。明日は我が身と思えば、ここであまり
ふざけた要求をする相手を睨み付ける船団長だが、ローグ船団の代表は首を
両船団の全開放を却下された後も、黒アゴヒゲの男は船の共同使用や運行権限の半分の委譲、と図々しい上に土台受け入れられない提案を出し続ける。
どんな要求にせよ、元からたいした船や装備を持っていないローグからすれば失う物がなく、キングダムばかりが負担を受ける内容だ。
終いには、ディラン船団長がローグ船団への退去を勧告し、黒アゴヒゲがキングダム船団に付き纏うような事を仄めかしてディラン船長がブチ切れ戦闘に突入しそうになった。
直後にローグ船団側が譲歩したので事なきを得たが。
「しかし、キングダムがどこぞの艦隊に足止めされていたのは、こう言っちゃ何ですが合流を急いだ
「ドミネイターと結託していたようなタイミングだったな。連中がこっちを襲ってきた理由も分かっていない。それに、そっちは我々の動きが読めるかのような見事な航路設定だった」
「褒め言葉と受け取っておきましょうかね。ま、こっちも必死という事ですわ」
当面のローグ船団に認める権利の範囲を確認した後、代表として来た黒アゴヒゲは艦長室を出るのだが、最後までヒトを食ったような口調は変わらなかった。
多少皮肉を込めてみたところで、船団長には腹の足しになりやしない。
今後どれだけの間付き合う事になるのか。
最終的に相互防衛協力と船団の保守リソースの供与というところで落ち着いたが、山ほど問題が起こる事は確実だ。今から頭が痛い。
が、ここでフと船団長の痛めた頭に疑問が浮かぶ。
最後の一滴まで生き血を啜る寄生虫、とまで言われるローグ船団。
それが、最後の最後で妙に大人しく引き下がってはいなかっただろうか、と。
◇
キングダム船団の長、ディラン=ボルゾイとの会談を終えた黒アゴヒゲは、旗船『ローグ』に戻った。
整然として小奇麗なキングダム船団の船に比べると、改めてローグ船団内の無秩序と荒廃ぶりが目に付く。ゴミ溜めだ。
「分かっちゃいたがガードが固過ぎらぁ。肝心な戦艦どころかキングダム船団の本体には指一本触れさせやしねぇ勢いだぜ。ま、無駄だがね。やりようはある。
アンタらはどうする? こっちはじっくり腰を据えてやらせてもらうつもりだが」
そんなゴミ溜めの一画、ある主要通路の袋小路で、黒アゴヒゲは傷面の男と会っていた。照明が半分壊れているので薄暗い。
近くには、相変わらず剣呑な雰囲気を纏わり付かせた中年の女と、これまた只者ではない様子な数名の男たちがいる。全員ローグ船団外の他所者だ。
ローグ船団の人間もいるのだが、気圧されて遠巻きに見ているような有様だった。身内の事ながら、その根性のなさに情けなくなる。所詮は宇宙のチンピラだ、と黒アゴヒゲも自嘲気味だった。
「キミたちの仕事は我々をキングダム船団に連れて来た時点で完了している。ご苦労だった。報酬はマテリアルの実物以外なら今すぐ支払えるだろう」
至って穏やかな労いの
その感覚を不気味だとしか思えない黒アゴヒゲだが、高貴な血筋の人間を見た事があれば、そこに類似する何かを覚えていただろう。
「…………それで? アンタらはすぐ動くのか? 深入りする気は無いが、巻き添え食ってデブリになるのはゴメンだからな。
邪魔にならんよう引っ込んでるから、そこだけ教えて欲しいもんだぜ」
後半部分を強調し、睨みを効かせる中年女へ聞こえるように言う黒アゴヒゲ。男の矜持として睨み返したいが、怖いので無視だ。
問われた傷面の男はというと、やや間を置いてから黒アゴヒゲを見据えて言う。
「ふむ……キミも知っての通り、ローグ船団としてキングダム船団の旗艦に接触するのは難しいようだ。こちらも少し手を考えなくてはな。
キミ達にはもう少し協力してほしいと思っているが、どうかな?」
強制や威圧するような響きは無い。脅すような文言も含まれていない。
それでも、黒アゴヒゲの男には分かっていた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・キネティック弾
いわゆるミサイル兵器。自律した運動能力を持ち自ら攻撃目標に衝突する兵器全般をキネティックウェポンと呼称する。
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