70G.エクステンションかつハイテンションなスタイル

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 謎の猛獣娘による襲撃から約30分後、旗艦フォルテッツァ格納庫エリアに併設された医療施設にて。


 頑丈なロアド人が呼吸困難なチアノーゼ状態よりどうにか復帰し、ようやく事の成り行きを襲撃犯本人の口から聞く事が出来た。

 なお、唯理の方も相手の肋骨をへし折っていたが、それだって自業自得だ。それにどうせこの時代の医療技術なら24時間以内に治る。


 して、問題のロアド人の女性・・が厳重警戒の下、悪びれもせずに語った所によると。


「言ったろ。メナスと殴り合えるエイム乗りなんてこの宇宙に何人いると思ってるんだよ。バトラーとしてはそんなの放っておけないだろ」


 という、他人に理解させる努力が全く感じられない自己完結したモノだった。

 お手製の雷撃兵器を構えたエイミーや、大量のコンバットボットを制御下に置くフィスが不届き者に天誅を食らわせようとしていたが、そこは話が進まないので船長のマリーンが抑えている。解き放たれる寸前の猟犬と飼い主の構図に近い。


 ちなみにダナから注釈が入ったところによると、『バトラー』とはエイムやマシンヘッド、稀に生身同士で戦う競技、『バトルリング』――――――またはバトリング――――――の競技者を指すという。

 その対戦方法というのが、つまるところ交差距離クロスレンジにおける打撃戦殴り合い

 これは一般的には暴力的で野蛮な行為とされ、星によっては非合法なアンダーグラウンドの大衆娯楽だった。キングダム船団でも原則禁止だ。


 ただし、どこの星やコミュニティーにしても熱狂的なファンは必ず一定数いると言われ、潜在的な人気と知名度では『グラップリング・メテオ』に劣らないと見られている。

 用いられるエイムにしても軍用とは異なり、攻撃火器を装備せず重装甲でエネルギーシールドも無し。攻撃は素手のみ、という物だった。当然、戦争では役に立たない。


 唯理に殴りかかったロアドの女性は、そのバトリングの競技者バトラーだ。

 名は、コリー=ジョー・スパルディア。

 ショーファイターとして宇宙を渡り歩き、その力を存分に振るえる場所を探し求めているという。

 そうやって流れ流れて銀河辺境のターミナス星系に辿り着いたら、メナスの大侵攻に巻き込まれたというワケだ。

 まさかそんな場末の極みで、求め続けていた相手に廻り合うとは想像もしなかったらしい。


「どんな理由があっても、いきなり殴りかかるのは完全に船団のパブリックオーダーに触れているのだけれども。ましてや貴女、アスリートを自称するならエキスパートペナルティの加算があるわよね? キングダム船団はそういうところ厳しいわよ?」


 しかし、そんな暴れん坊少女の都合など知った事ではないマリーン船長。

 かわいい末娘が傷付けられたとあって、その笑みも真空中の絶対零度とタメを張るが如く。

 コリー=ジョー・スパルディアの方はというと、危険人物扱いで医療用クレイドルに縛り付けられながらも、自分の道を遮る邪魔者を険のある目で睨み付け、


「…………何でもするんで見逃してくれー」


 その場で前屈するかのような、柔軟かつ器用な土下座を見せていた。文字通り屈している。


「コイツさては今までもこれで切り抜けてきたな」


 あまりにも手馴れた謝罪を目にして出た、呆れ混じりなオペ娘のつぶやき。形勢不利と見るや躊躇なく白旗を上げるそのスタイルは、いっそ潔いとさえ思えた。恐らく錯覚であるが。

 他のメンバーも、オペ娘とほぼ同意見である。


 そこへ、ヒト型医療ロボットメディカルボットに手の甲の怪我を処置され、被害者の赤毛娘が戻って来た。付き添いのメカニック姐さんも一緒にいる。

 唯理の怪我は中手骨の骨折、筋肉の損傷だ。衝撃を逃がしたからこの程度で済んだが、延髄に直で入ったら拙い事になっていただろう。

 だと言うのに、やらかした本人にあまり罪悪感は無い様子だった。


 唯理の方も息の根を止めるつもりで殺し技を使ったのだが。手加減できる状況ではなかったので。


「なぁオマエ! なぁバトリングのバトラーにならないか!? お前くらい本気で殴り合えるヤツなんて、今どきライケンにだっていやしないぞ!」


「ウチの子を変な事に誘わないでほしいんですけどー…………今でさえ放置すると何するか分からないのに」


「やっぱコイツ真空中に放り出すべか」


 殊勝な態度もやはりその場凌ぎだったようで、自分を心停止に追い込んだ相手を見るや大騒ぎする野獣娘である。

 姉ポジションのエンジニアとオペ娘は、危険物を宇宙に投棄する事を検討し始めていた。


「悪いけど仕事があるので。誘ってもらえるのは光栄だ、と言っておきましょうか」


「何もヴィジランテ辞めろって言ってんじゃないぞ? 副業でもバトリングやれば、オマエならかなり儲かるだろうさ。私は主な星系のアリーナなら大抵知っている。今度はそっちでオマエと戦ってみたい!」


「懲りてないんかい。さっきテメー無様に負けたろうが」


「……やっぱり外に放棄しちゃうおっか?」


 医療用ベッドクレイドルに張り付けにされたまま、熱心にそっちの道へ赤毛を誘う脳筋娘。この時代にもこういうのっているんだなぁ、と唯理は感心させられていた。素手の戦いなど絶滅したかと思っていたのだが。

 そして、コリー=ジョーは背中が危うし。フィスとエイミーが本気で抹殺の準備に入っている。


 どうも話を聞く限り、このバトリングというのも狭い業界らしい。競技者、またはショーファイターが極端に少ないのだ。

 なお、あえて唯理は彼ら彼女らを『武人』とは表現しない。

 痛い事危険な事は、基本的に避けて通るのが人間。ましてや、この時代にはその代替え手段がいくらでも溢れている。己の身体を暴力の手段に用いるのは、野蛮人か未開文明人のする事なのだ。つまり今のところ赤毛娘がその筆頭という事になる。


 ところがその一方で、のめり込む人間はトコトンまでのめり込むのが、バトリングという禁じられた残酷なショー。大物対戦ビッグカードが組まれた日には、仕事休んで生で見に行く為に銀河の反対側まで行く者が出る始末だ。

 表のグラップリング・メテオ、裏のバトリングというワケである。

 荒っぽさではどっちもどっちだが、グラップリングの方は飽くまでもスポーツという体裁を取っているので、市民権を得ているのだとか。


 もっとも、どう取り繕ってもド突き合いという実態は変わらないと思われる。

 そして、生存競争が種の保存に根ざす本能である以上、どれほど禁じたところで見たいと願う者は必ず出るのだろう。


 コリー=ジョー・スパルディアという名前に、マリーン船長やダナは聞き覚えがあった。バトリングと言えば必ず名が挙がる競技者だとか。

 暴力沙汰に関わる者としては非常に小柄だが、華のある見た目と実力を兼ね備えた有名バトラー。

 生粋の戦闘狂で、名声もギャラも二の次と言って憚らないロアド人種の女競技者。


 ブチかまし屋コリジョナー・スパルディア。


 そんな一線級競技者の慢性的な悩みが、好敵手の不在であった。

 前述の通り、コリー=ジョーにとってバトリングとは息をする事に等しい。無いと生きていけない。

 ところが、星系クラスのバトラーである殴り娘が満足できる敵は、同じく星系代表格の競技者のみ。

 そんな相手は、普段は出資者や所属組織に囲われ、そこら辺にある非合法アングラアリーナなどでは対戦できないのである。

 優れた競技者は、グレード-1の生存環境ハピタブルゾーン惑星より希少だ。大金を生むし、大金がかかっている。

 唯理など、コリー=ジョーから見れば天然の宝石が転がっているようにしか見えないだろう。


「うー、もったいねー…………。てかオマエとバトリングしたいのにアリーナが無い……。もういっそイリーガルでもいい…………」


「ホントに宇宙に放り出すわよ?」


「オマエ今まさにセキュリティーに睨まれてる状態でよくそれを言えるな」


 弱々しく遠吠える猛獣娘に、きらめく笑顔で最終警告を発する船長。メカニックの姐御が振り返る先には、船団長から緊急で送り込まれた船外活動EVAスーツ姿の保安要員セキュリティーヒト型警備ロボットコンバットボットの集団が待機中スタンバイだ。

 次に暴れたら、即座にテイザーガンが飛んでくる事になるだろう。


 だが、唯理は少々相手が哀れになっていた。気持ちが少しわかるのだ。


 21世紀の時点で、既に本物の『武人』たる者達が生きる場所は、ほとんど無くなっていた。戦う場所を求め、手段と目的を取り違えた者も多くいた。格闘技という概念自体が消えかけている現代ではなおさらだろう。この野獣娘など、まさに四十数分前に取り違えていたし。

 その点、自分や弟はある意味で恵まれた立場にいたと思う。戦場には事欠かなかったので。

 もっとも、唯理にとって戦闘など単なる処理の対象でしかなかったが。


「バトリング……バトラーって事は、エイムも使える?」


「うん? そりゃーバトラーの中には生身専門みたいな奴もいるけど、私はエイムバトリングも両方やるな。ていうか生身のバトリングは余興みたいなもんだし」


「じゃ、わたしの仕事を手伝いませんか? 白兵戦の訓練と実戦を同時にこなせるヒトがいると、ありがたかったり」


「はぁッ!?」

「ユイリ!?」


 ここで、赤毛娘の言い出した事に、一名を除きほか全員が驚かされた。

 どうしてこの流れでそうなるのか、と誰でも思うが、唯理にもそれなりに考えがあっての事。


「ユイリはコイツを6人目にするって言うのか? エイム乗りと言ってもバトリングは実戦とは違うぞ。バトラーは決められたルール内でしか戦えない」


「おっとぉ……? お前さんもバトリングなんかお遊びだって言う手合いか? デカいの。

 こちとら皇国のカミカゼエイムなんか目じゃない突っ込みが売りなんだ。言っておくがバトリング外のエイム戦だって負けた事はねぇ」


 飽くまでも競技者バトラーはショーマンであって兵士ではない、というダナに、不穏な笑みを滲ませジョーが異議申し立てる。

 そこのところは、文字通り拳を交えた唯理も分かっているつもりだ。自分と同じ生粋の実戦派。この時代ではじめて逢った、まともな潰し合いが出来る相手である。

 実力の方は、あまり心配していない。


「ちょうど足りてないのはフォワードですし。同じ部隊ならスパーする機会はいくらでもあります。訓練なら船団の治安規定にも引っかからないんじゃないです?」


「ん……まぁ、黙認という形だろうな。アスリートのレギュレーションと同じ扱いになるはずだ。普通なら暴力行為はパブリックオーダーに反するが、レギュレーションの除外項目に限り咎められる事はない」


 暴力娘が殴り合いを望むなら、唯理としても付き合うにやぶさかではなく。自分の格闘術の調整にも良いと思う。

 また、船団内の治安維持的に暴力行為は厳しく処罰されるが、特定のルールが認められていれば、その範囲内で処罰の対象とはならないとダナも言った。

 グレーゾーンではあるが、自警団員ヴィジランテの戦闘訓練だと申請すれば、内部に限りどんな行為に及ぼうが問題無いという事だ。

 唯理の部隊は正確には自警団ヴィジランテではないのだが、そこは説明が面倒なので後に回す。


「私にこの船団のヴィジランテになれっていうのか? 長距離の移動で船に便乗する時、用心棒の真似事をする事は今までもあったけど。

 でも私はどこかの専属になる気はないぞ。相手がいれば銀河のどこにだって行くからな、一箇所に留まってなんかいられないし。

 おまえといつでもバトリング出来るってのは楽しそうだけど」


「それなら、とりあえずの数合わせでも構わないですよ。時間が合う時に敵襲があったら参加してもらえると」


「オンゲーかよ」


 どうせ部隊の枠が空いている現実に変わりも無い。戦力としては有用そうだし時間が合ったら参戦してもらおう、という柔軟過ぎる赤毛のオファーである。

 ゲーマーでもあるオペ娘はオンラインの多人数同時参加型ゲームを連想していた。仕事持ちプレイヤーのイベント参加がこんな感じ。


「それに、旅をしているならノマドにいるのは好都合じゃなですか? 乗り継ぎ便が頻繁に出るから移動の選択肢も多いし。

 もっとも…………今安全に自由に動けるのは、キングダム船団くらいのものだろうけど」


 そして、次いで出た赤毛の科白セリフには、少し場の空気が固くなる。


 今までは乱暴女子をはじめ多くの人間が比較的自由に宇宙を旅する事が出来ただろうが、これからはどうなるか分からない。

 何故なら、広大過ぎる銀河の状況は、180時間ほど前に一変してしまったのだから。

 それは、さすらい人のコリー=ジョーも、今まさに実感しているところである。


               ◇


 どうやら末娘ユイリは本気で猛獣女コリー=ジョーを引き込もうとしているらしいが、パンナコッタのお姉さん方としては実際問題受け入れ難いものがあった。人格、能力、共に甚だ疑問だ。ここまでの経緯を振り返れば、至極当然な話ではある。

 ところが、その後も有用な前衛エイム乗りは見つからず、また乱暴娘も予定が無く暇だったという事で、暫定的にエイムチームへ加入する運びとなった。

 訓練時のスパーリングはお互い殺さない程度に留める、というワケの分からない条件も付け加えられた。


 ちなみに、子供に見える暴れん坊娘であるが、実はマリーン船長やメカニックのダナと同世代。背が低いだけで胸も結構大きい。

 伊達に有名ショーバトラーでもないようで、大人としての判断も出来る女性だった。赤毛との初回エンカウント時だけは例外だった、とは本人の弁である。


 コリー=ジョー・スパルディアの加入を以って、唯理の率いるエイムチームは正式にキングダム船団における即応展開部隊として発足。

 名は、パンナコッタ勢と部隊員全員の激しい議論の末、『突撃ウサギ部隊ラビットファイア』に決定される。

 唯理の提案した『群狼特殊戦ウルフパック』は、可愛くないという意見多数に付き却下された。


 なお、初見時にコリーが言っていた『深紅の斬撃ルージュブレイド』とは何ぞや? と唯理が後から質問したところ、巷で噂される『オマエの渾名のひとつだ』と教えられた。

 そのセンスはこの時代特有の物なのか、それともやはり恥ずかしいと思う唯理の感性と乖離していない物なのか。

 いずれにせよ、その後発覚した数々のエッジの利いた『ふたつ名』諸共、宇宙の深淵に永遠に葬って欲しいと願わずにはいられない赤毛JKだった。


                 ◇


 連邦中央軍統合戦略部、特務部隊旗艦『ドラガニックシアCVB』1,000メートルクラス。

 同戦艦は指揮下にある約6,000隻の特務艦隊と共に、ターミナス星系から連邦中央本星へ帰還していた。


 その本星の軌道を回る衛星上の基地は、平時の100倍近い人員が詰まっていた。当然、艦艇や機動兵器類も同じ割合で基地内に待機している。

 シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦で実に500年ぶりとなる、全連邦圏の最上級非常警戒態勢に入っている為だ。


 要するに、政府としてメナス自律兵器群の存在を無視できない事態となったのである。


 直毛ヒゲの艦長、オーディー準一等佐は、指令部への報告を終え自分の船ドラガニックシアに戻ろうとしていた。

 先の作戦行動は、ノマドのキングダム船団が手に入れた特別な宇宙船を奪取する為、艦長の独断で共和国圏のターミナス星系に侵攻した、という事になっている。

 しかし、結果としてはキングダム船団の想定を超える抵抗に遭い、また連邦政府からの最優先命令により撤退した事で、目標達成はならず。

 何の成果も無く、損害は大きく、他国の宙域への侵犯も取るに足らない・・・・・・・とはいえ問題といえば問題。

 よって、実際には指令部の意向を受けたある三等佐・・・・・からの指示だったとはいえ、艦長も何らかの責任を取らされる事になると思っていた。


 ところが、実際には何も無かった。


 報告を終えると、オーディー艦長は同席したお偉方から無味乾燥な労いの言葉をかけられ、そのまま乗艦での待機を命じられた。

 お咎め無しというのは、その作戦ないし件の宇宙船の存在には蓋をするという事か、それとも銀河の状況的にそれどころではない為か。


 なんにしても、命令された以上オーディー準一等佐に出来る事は何も無く。

 区切りも何もないスッキリとしない中途半端な気持ちのまま、本部施設を出た直毛ヒゲの艦長は、軍港へ戻るクルマに乗り込もうとしていた。


「おー、準一佐どのー。これは偶然。船へお戻りですか? ちょうど良かった乗せていってくださいよ」


 そこへ現れる、ヤケに馴れ馴れしい士官服の男。

 ニヤニヤと愛想笑いを浮かべながら、返事も聞かず勝手にクルマへ乗ってくる肥満体。

 この図々しさと親しみを履き違えている手合いは、統合作戦部の外郭組織である戦術史調査編纂局の局長、サイーギ=ホーリー三等佐であった。


 オーディー艦長からは溜息しか出ない。これが、先の作戦時に散々勝手気ままに振舞い、二階級上の上官に暴言を吐きまくった軍人の姿だ。

 本来ならば即譴責で軍法会議レベルの行為なのだが、実際にはホーリーにもお咎めらしきモノは与えられていない。

 それは、所属組織と命令系統が厳密には異なるという逃げ口上がある為か、または非常時故に放っておかれているのか、あるいはまだ利用価値のある駒だからか。

 これも上層部の決定を覆せない以上、オーディー艦長は考えるだけ無駄だと思っていた。


 そんな煮ても焼いても食えない面倒臭い輩に絡まれる己の境遇に、直毛ヒゲの老艦長は心底辟易する。いっそ今すぐ退役したいくらいに。

 このホーリーという男、こうやって愛想良く擦り寄り艦長との仲を修復しているつもり・・・なのだ。ターミナス星系の帰りから、既にこのような調子だった。自分の意に沿わない行動を取る艦長に暴言を吐いた直後に、普通の感覚では信じられない手の平返しである。


 これが、ホーリーのいつもの手だ。

 厚顔無恥で小狡く、散々不利益を押し付けたかと思ったら、上辺だけの好意的態度を相手に押し付け自分に対する友好を求める、恥知らずの行為。国家なども時々やる。

 そんな幼稚な行いを平然と出来るからこそ、この肥満男は強い。


 無論、オーディー艦長にはホーリーの考えなど透けて見える。怒られた子供、叱られた犬のリアクションと同じだ。肥満男の程度も、まさにちょうどそのくらいだろう。

 とはいえ、突き放せばそれはそれで面倒な事になるというのも予想できた。癇癪持ちでヒステリックなこの男、途端に罵詈雑言の限りを尽くして唾を飛ばし喚き散らしはじめるのが目に見えるようだ。


 だからこそ艦長も極力触れない方向で態度を決めているが、そういう相手の心理も見透かしているのだとしたら、ホーリーというデブはいよいよ本物の天である。

 他人に大人になる事を求め、自分は子供っぽく我侭に振る舞い、それを自覚的にやる。

 大人である事を求められる立場では、うらやましい限りだ。


「…………今後しばらく連邦は君の遊びに付き合ってはいられないだろうな。無論、私も同様だがね」


 今回の作戦への感謝だとか迅速な仕事への尊敬だとか、心にも無いホーリーのおべっかに晒されていた艦長は、その流れを寸断する為に不本意ながら自ら話を振る。

 隣にいる暑苦しい肥満体が極力目に入らないよう、クルマの窓から外を見ながらだ。


 基地周辺の宙域には、連邦中央に属する艦隊が集結して宇宙の漆黒を覆い隠さんばかりだった。

 中央星系の防衛体制は、ここ500年で最高のレベルだとか。実に800万隻という、100個艦隊相当の戦力が抽出されてきていた。


 それも、天の川銀河における全知的生命体の天敵、メナス自律兵器群がかつてない程活性化している為だ。


 ターミナス恒星系グループだけではない、今やメナスの大艦隊は、あらゆる宙域に出現している。

 もはや臭い物に蓋をしていられる段階ではない。銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーかエクストラ・テリトリーかに関わらず、圧倒的な数と性能を以って正体不明の大艦隊は攻撃を仕掛けてきているのだから。

 連邦と同様に、共和国と皇国、その他多くの独立惑星国家は、持てる戦力の全てを迎撃に繰り出していた。


 それでも、連邦の星系方面艦隊は一方的に攻撃を受け、甚大な被害を被っているのが実情だ。既に壊滅した艦隊や見捨てられた星系も複数存在する。

 効果的な対応策が見つからずに本星の中央大議会は大荒れ、防衛を放棄された星系の大使は訴え出る前に不審死、連邦市民は何も出来ず恐慌状態で右往左往していた。

 もっとも、連邦は他と比べて大分マシな事も間違いないだろうが。


 メナスとは戦う以外に道が無い。交渉も和平も無い脅威メナスである。それが空前の規模で攻めて来た。誰も口には出せないが、存亡がかかっているのは誰の目にも明らかだ。

 そんな状況で、軍の主流から外れた軍人の道楽――――――非公式作戦――――――に戦力を裂く道理も無い。

 艦長が言っているのは、そういう事だ。ちょっとした意趣返しも含む。


 ところが、現代科学を以ってしても絶対に痩せないデブ軍人は、直毛ヒゲの艦長の皮肉に不気味な忍び笑いを返していた。


「逆、じゃぁないんですかねぇ? 上のお方々は何だかんだと言い繕ってらっしゃいましたが、あの船のデータを見たんです、今の状況なら喉から手を出して取りに行きたいところでしょうよ」


 ホーリーはキングダム船団への追撃を司令部から止められたらしい。オーディー艦長が、自分の聴聞会の際に上役から聞いた話だ。

 それで、さぞかし内心のご機嫌は斜めだろうと思えば、このリアクション。

 こいつは何を知っているのだろう、と少々気になるが、ヒゲジイ艦長はあえて黙ったままでいた。


「上は私に動くなとは言いましたが、何もするな、とはお言いにならなかったんですよ。まぁわざわざ窓際部署作ってそんな所に私を放り込んだんですから、命令を聞いてやる筋合いも無いんですがね。

 動くなと言うなら別に結構、この件は外注に出す事にしましたんでね。命令通り私は・・動いてません。残念でしたー」


 案の定、聞いてもいないのにくっちゃべる肥満。そして見事な自己都合解釈と屁理屈の数々。

 とはいえ、それでオーディー艦長もこの男の意図するところを察する。


「PFCを使うのかね?」


「気になりますか? ええまぁ使えそうなチェイサーをね…………。連邦の防衛戦略にも組み込まれないチンケなPFCですが、ちょうどその道の専門家が暇していたもので、使ってやる事にしたんですよ」


 もったいぶった物言いの、閑職組織のデブ局長。

 PFC、つまり私的Private艦隊Fleet企業Company――――――または私的艦隊Private Fleet組織Organization――――――のほとんどは、この非常動員態勢にあって連邦政府に雇用されていた。

 その編成に外れるという事は、戦力として計算出来ないほど小規模な組織という意味だ。

 にもかかわらず、ホーリーが余裕を見せる『その道の専門家チェイサー』とは。


「ま、艦長にはまた上を通してお骨折りをお願いする事もあるかと思いますがね、その時はひとつよろしく」


 疑問を抱えた老艦長へ嘲るように言い、ホーリーはクルマを停止させ降りていった。

 すぐにまた運転手はクルマを発進させるが、その後オーディー艦長はムッツリと黙りこくったまま。

 言い様のない感情が、艦長の胸の内で募る。


「行き先を変更する。艦隊特務の情報……いや調査部の方へ」


 直毛ヒゲに覆われる口が開いたのは、港の船ドラガニックシアを目前にした所だった。

 上層部がコソコソやっている事に深入りするつもりはなかったのだが、彼の艦隊をあの俗物ホーリーの好きにさせるのは、考えていて楽しい可能性ではない。

 何よりあのデブが得意満面になる事など、想像するに虫唾が走る。

 よって、多少は情報を集めるなど予防措置を取っておこうと考えたのだ。

 とりあえずの目星は、中央艦隊司令部付の特務艦隊本部。

 そこの調査部は、伝統的にノマドにアンダーカバーを送り込んでいるとオーディー艦長は噂話に・・・聞いている。


 巨大な港湾施設内の道路を走っていた黒塗りの公用車は、その場で180度ターン。タイヤが無いヴィークルだから出来る芸当だ。

 そのまま逆方向へ走り出すクルマの横では、実戦任務を帯びた艦隊が空間を震わせ急上昇するところであった。









【ヒストリカル・アーカイヴ】


・パブリックオーダー

 コロニー共同体やノマドといったコミュニティーが独自に定める条例。銀河航宙法条約など大枠の法でカバー出来ないその環境に応じたルールとして作られる。



・エキスパートペナルティ

 職業上の特別禁止事項。21世紀の格闘家が暴力事件を起こした場合に罪が重くなるようなもの。

 医者の殺人、警官の不正、音楽家の殺人音波など職業倫理に反した場合の追加罰則。



・ショーファイター/競技者

 唯理が彼ら彼女らを格闘家や武人と称さないのは、到底そのレベルにないから。徐々にその認識も修正されていくが。

 バトルリングにおける対戦は、技の競い合いなどではなく、ひたすら殴り合いぶつかり合うのみ。技巧らしきものはほぼ存在しない。

 故に非常に野蛮さが際立つが、これにより忘れかけていた生物としての本能を呼び覚まされるものも多いとか。




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