65G.ハイエンドボディに関連した開発及び整備点検

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 個人用端末、インフォギアが超光速航行ワープドライブの完了を通知していた。

 頭の中に直接メッセージが表示され、赤毛の少女、村瀬唯理むらせゆいりの意識が覚醒し始める。目覚ましとして設定しておいたのだ。


「ん~~~~むぅ…………」


 とはいえ、唸るばかりで唯理の目はなかなか覚めない。もともと低血圧なのである。

 普段、何かに備えている時などは眠りを浅くしていたが、ここ暫く忙しかった為か爆睡してしまったのだ。

 おかげで頭が働いてくれない、と。

 唯理の致命的な弱点だ。


(シャワー…………だな)


 動作圧の上がらない身体をノロノロと動かす赤毛娘。正確には、動かそうとしていた。

 ところが、寝起きであるのを差し引いても、何やら身体がやたら重い。

 まるで誰かに抱き付かれているようだ、と思ったら、実際に背後から抱き付かれていた。

 うつ伏せの唯理を抱き枕にしていたのは、菫色の長い髪を持つ少女、エンジニアのエイミーだ。

 先日から唯理の生活やら体調を管理するという名目で、同じ船室に同居しているのである。


 ちなみに、ベッドはエイミーの物を別に用意してあった。

 にもかかわらず自分のベッドに入ってくる少女を、唯理としても阻止しようがなく。あまり阻止する気も起きなかったのだが。


 下着に内蔵された情報機器インフォギアから現在時刻と配置シフト表を呼び出す。ついでにメッセージの類も確認すると、緊急ではないものの結構な件数が溜まっていた。忙しくなりそうである。

 空中の表示ウィンドウを消すと、背中に顔をくっつけて眠る女の子を起こさないように、その下から微速で脱出。

 仕事に備えて頭をスッキリさせるべく、シャツとパンツだけを着けた少女は自室のバスルームへ入っていった。


「うにゅ…………ユイリー?」


 それから間も無く、抱き枕の不在で目を覚ましたエンジニア嬢。

 寝ぼけまなこで室内を見回していたが、ふとスチームシャワーの音に気が付くと、イタズラ心を出してバスルームを強襲する。

 そして数秒後に、間延びした悲鳴が外の通路にまで響く事となった。


               ◇


 宇宙を旅する自由船団、ノマド。

 そのひとつであるキングダム船団は、数十回に分けたワープ航行で1万光年という距離を飛び越えていた。

 現在位置は、天の川銀河を構成する巨大な星の流れのひとつ、サージェンタラス・ライン流域に入ったところである。

 少し前までいたペルシス・ラインから見て、銀河の内側。

 そこから最寄りの共和国圏星系を目指していた。


 ペルシス・ライン、ターミナス星系を発ってから、約160時間が経過している。

 正体不明の自律兵器群、全知的生命体の脅威たる『メナス』。

 その一千万隻から成る大艦隊の侵攻により、90億人――――――最終的に1~2割が残る――――――もの住民は星系を脱出せざるを得なかった。

 しかし、予測を超えた侵攻速度、また脱出民の収容に時間がかかった事で、止むを得ず脱出前にメナスと交戦。

 その後に連邦艦隊ともぶつかる事態となったが、星系脱出船団約30万隻――――――――キングダム船団約100隻、共和国艦隊約7万隻を含む――――――――、約10億人は、銀河中央方面へと移動を開始した。


 ターミナス星系の避難民を満載した船団は、共和国圏内にて受け入れ先を探す事になっている。

 それらの交渉は元ターミナス星系行政府や星系方面艦隊が行っているが、全銀河の情勢が変化している事もあり、具体的な目途は今のところ全く立っていない。

 そして、10億という人々が無秩序に集まっている大船団もまた、未だに混乱が収まっていなかった。


                ◇


 全長10,000メートルにも及ぶ超巨大戦艦、クレイモアクラス

 仮称、『フォルテッツァ』。つい先日、船団内での識別艦名・・が決められた。

 なお、船団の名を冠する象徴的な船が、『キングダム』という大型の改造輸送船である事に変わりは無い。

 クレイモア級フォルテッツァは、飽くまでも仮の旗艦という位置付けだ。


 高速貨物船『パンナコッタⅡ』は、そのフォルテッツァ中央格納庫の一画に他の船と並んで駐機していた。

 本来ならば足の速い船として船列の一翼を担うところだが、今は故あって待機中なのである。


「それはこちらが気にかける事じゃないわ。甘い顔を見せていると、何もかも持って行かれちゃうわよ? 知ってるでしょう?」


『もちろん承知している……。基本的に避難民の事は共和国側の問題だからな。キングダム船団も共和国に従属するワケじゃない。

 しかし向こう……ビッグブラザーが避難民の頭越しにこちらへの譲歩を迫ってきた場合、受け入れ先が全く動かなくなる可能性はある。その場合、船団内の共和国民の不満が一気にこちらに向くが――――――――』


 パンナコッタの船首船橋ブリッジにて。

 普段はほんわかした笑みも愛らしいマリーン船長だが、今はその笑みも大分冷たかった。

 何も通信相手に思うところがあるワケではない。

 共和国というモノに関わる時、マリーンは自然と警戒感を滲ませるのである。あるいは前職の事でも思い出しているのかもしれない。

 そんなマリーンを相手に割を喰っている感があるのは、浅黒い肌に若白髪の男、キングダム船団を仕切る船団長のディラン=ボルゾイだ。

 美人からの当たりが強いからか、または船団内部の折衝やら仲裁やらで最近特に苦労している為か、少々やさぐれている。


「おはようございまーす」


「おーう……おはよーさん」


 赤毛娘の唯理が船橋ブリッジに入って来たのが、そんな時だ。

 吊り眼なオペレーターの少女、フィスが時間を確認すると、唯理のシフトが始まる10分前。相変わらず律儀な事だと思う。

 パンナコッタの格納庫入りもこの娘を休ませる為だったのに、思い返すといつも何かしら働いていたような気が。

 本当に休息になっていたのか、効果の程が疑問だった。


 通常、ワープ航行の前後は警戒態勢シフトに入る為、基本的に船員は全員いつでも動けるよう待機が命じられる。休暇オフとは違う。

 例外は、大型船などに格納され自走状態にない宇宙船くらいのものだろう。

 キングダム船団がターミナス星系に入ってから、テロ攻撃に巻き込まれたりハイスペリオン星系内の紛争宙域を強行突破したり地下都市を走り回ったり巨大戦艦を引き上げてターミナスにとんぼ返りしてメナスと戦って連邦艦隊と戦って、それから膨張した船団内を走り回って八面六臂の大活躍、と。

 本当にメチャクチャ忙しかったのだ、特に赤毛娘が。

 当然、倒れる前に休ませようという話になるだろう。


 結局はエイムによる刀傷沙汰や艦の人事で問題が起こる度に呼び出されていたのだが、それでも唯理の顔色は一時に比べて大分良くなっていた。

 美麗でキレのある容貌に、濡れているミディアムロングの赤毛。少し高めの身長で、メリハリのある引き締まったスタイル、と。

 相変わらず目が離せない美少女ぶりだが、フィスは他にどうしても気になってしまう事が。

 それは、唯理がここ最近着ている服、恐らくセーターであろう物体についてである。


 この時代では、身体保護に優れて活動するのにも支障が無い環境EVRスーツを着用するのが宇宙船乗りの常識だ。首から下の全体を覆うウェットスーツのような物である。

 しかし、薄手のスーツなどの場合身体の線がくっきりと出てしまう為、その上に何かしら着込む者が多い。それで個性を出したりお洒落したりするのだそうな。例えると、マリーン船長のエプロン、フィスのブレザーなどがそれにあたる。


 して赤毛娘の格好だが、一見してセーターしか着ていなかった。

 下に環境EVRスーツも着けていない。何故それが分かるのかというと、セーターの背中と脇の部分が大きく開いて肌が見えているからである。

 バックレスという代物らしい。名前のまんまだ。

 タートルネックの首元で保持し、腰回りはギリギリお尻が隠れる幅しかない。むしろちょっと見えている。

 唯理のように凹凸の激しいカラダだと、横からはみ出したりくびれを際立たせたりとマズイ事になっていた。


 エイミーの趣味らしいが、素直に着てしまう唯理もどうなのか。

 目のやり場に困るので普通の・・・環境EVRスーツを着て欲しい。

 そう思いながら、個人端末インフォギアでこっそり撮影記録フォトショットしまくるオペ娘には何も言えなかった。

 もともと唯理は環境EVRスーツの圧迫感が落ち付かないと言い、趣味全振りのセーターの方が比較的マシだと思っている。見られる事にもあまり頓着しない。

 エイミーは単純に喜んでいる。

 残念な事に誰も損をしていのだから仕方が無い。言い訳ではないぞ。


「――――――――んクシッ! ……おあよー」


 他方、赤毛娘にエロい格好をさせるのに命をかけている節のあるエンジニア嬢は、事が成っても何故か元気が無い様子。背中を丸めてクシャミなどしていた。なお、こちらは普段通りお嬢様風のブラウスを着ている。


「エイミー、おまえコンディション悪いの? ユージンのとこ行けよ、めんどくせーから」


「そーゆーワケじゃないけど……ちょっとユイリにイジめられただけで」


「何言ってんのさ人聞きの悪い」


 どれほど科学が発達しても、ウィルス感染による体調不良というのは未だ存在していた。だからこそ船医がいるのだ。

 やろうと思えば船内の完全滅菌も不可能ではないが、生物進化の上で免疫系の抵抗力を失いかねないとされ、推奨されていない。


 だからと言って船内で感染症が流行するとか堪らん、とオペ娘はクシャミをしたエンジニアに注意を促すが、何故か責任問題が赤毛の方に流れ弾してきた。

 眠気覚ましに冷水の・・・ミストシャワーを浴びていたところへエイミーが乱入して来たのは、唯理のせいではないと思われる。

 胡乱な目でそんな主張をする赤毛だが、自爆したエンジニア嬢は変わらず不満気だった。


『――――――――ローグの方も、一度ユイリと話しておきたいが』


「ちょっと船団長、ウチの子を何だと思っているのかしら? ユイリちゃんひとりに負担をかけ過ぎよ。

 ただでさえ今は船団の内も外も大変な時期なのに、不安要素しかない船団との合流なんて問題外でしょうに」


『俺だってあんなロクでなしどもを抱える気なんざ無い。が、向こうはお構いなしに距離を詰めて来るし、接触距離に入ったら無視を決め込むワケにもいかん。船団内からの異論も出るだろう。

 どのみち保安体制の見直しは必須になる。そこまでユイリにやらせる気は無いが、万が一という事もあるからな…………』


 通信中だった船長とモニター越しの船団長が、同時に赤毛の少女を見る。

 そのリアクションは、それぞれ異なった。

 マリーン船長はここ最近の癒しエロかわ系少女に、荒んでいた目を輝かせる。エンジニア嬢が実行犯なら、このお姉さんは主犯だ。

 対照的に、ディラン船団長は目を見開いて何か拙いモノを見たような顔に。魅力を感じないではないが、立場や年齢的に微妙な気持ちなのだとか。

 ここでハッとしたオペ娘は、送信映像の唯理の部分にマスクをかけて自主規制を実行。

 慣れというのは恐ろしい。唯理の格好が半ば当たり前のような意識になっていた。


『んんッ……アレだ、なんだったか? ……そうだユイリ、今日は「アルプス」の下見だったか?』


 やや言葉に迷った様子だが、咳払いする船団長は思い出したかのように直近の課題を口にする。


「はい、今のところ避難民を放り込んでいるだけですし、テラリウムシステムが実際に機能するならその方が良いか、って話ですから。

 メレディス船長には?」


『もう伝えてある。というか、本人の方が乗り気だな。既に「アルプス」に乗り込んで勝手に調査しているはずだ』


「適性があるようなら『アルプス』の艦長、決めていいかも知れませんね」


『そちらも頭が痛いな。まだ20隻は暫定的に艦長を据えているだけだが、自分に回せという要請が尽きない…………。またひとり決まったとなれば、いったいどんな反応をする事やら。

 まぁ、それはこちらに一任してもらったんだから、ユイリに愚痴るのは筋違いってものだがな』


「御苦労お察しします」


 ウンザリな様子の船団長に、見えてはいないが唯理も困ったような苦笑だった。

 20隻の船、つまり唯理とパンナコッタの皆が持ち帰った超高性能戦艦は、船団内で取り合いとなっている。

 キングダム船団所属の者に限定、また先の戦闘で船を失った者優先、としているにも関わらず、特に共和国艦隊勢からの配備要請が激しい。

 乗り逃げされる可能性を考えれば、誰に艦を預けるかは当然熟慮しなくてはならない。


 唯理が絶対権限レベル10を持つとはいえ、実際に艦長権限レベル9を剥奪する事態となると面倒なのだ。専用ダーククラウドネットワークからの命令では不可ダメで、直接艦に乗り込む必要があった。

 総旗艦である『ヴァルハラ』クラスならば、遠隔操作でそれらの処理が行える。艦隊登録とデータリンク設定した後に限り、プライオリティが上の『エインフェリア』級からでも限定的に可能ではあるようだが。


 また、船に乗る者にとって自分の乗船は命を預ける存在に他ならない。そのコントロールを強引に奪うというのは船に対する信頼性の喪失に他ならないので、最後の手段という事になっていた。


 もっとも、その辺の事情はごく限られた者にしか知らされない。

 故に、表向き艦長の任命権限を持つ船団長への突き上げは、大変な事になっているとか。

 8時間前まで唯理も裏方仕事で苦労させられていたので、他人事どころか同志に近かったが。


 そして、今からまた件の艦絡みのお仕事である。


「とにかく、共和国の人質交渉には毅然とした態度を維持して対処してくださいな、船団長。わたし達は『アルプス』に入るわよ」


『そちらは頼んだ。場合によっては避難民の下船も時間がかかるかも知れない。「アルプス」の避難民のストレスを軽減できれば有難い』


 船団長との通信が切れると、マリーン船長はオペレーターと操舵手の少女に出港を指示。といっても、目的地は近場だ。

 同じ船団内の、最も巨大な宇宙船へ向かう事となる。


 剣のような形状のホワイトグレイの船、パンナコッタはフォルテッツァの格納庫下部扉カーゴドアから出ると、無数の船が引く光の航跡ウェーキーの中へ飛び込んでいった。


                ◇


 一万光年を3日で飛び越える事があれば、すぐ隣の惑星まで1週間を要する事もある。

 宇宙の旅は重力波、空間密度、デブリ、エネルギー線量、その他驚異となる要因との戦いの連続だ。そして、それらは一瞬たりとも同じ顔を見せないのである。

 つまり、正確な予定なんか立たない。

 不確定要素が多過ぎて、かつて世界一の正確さを誇った日本の鉄道会社でも分単位の定期運航など不可能であろう。


 どういう事かというと、船団の先頭を行く旗艦フォルテッツァから目的の船がいる船団中央まで約3万km、約35分の船旅のはずが、先方の格納庫に入れず足止めを喰っているのだった。

 ターミナス星系を出て160時間、約7日が経っているとはいえ、船団内部が落ち付いたとは到底言えない。

 特に容積と生産能力が大きい船だと、出入りする小型船舶は引きも切らないといった状況だった。

 一応パンナコッタに優先権があるのだが、物理的に入れないのではどうしようもない。

 問題の超大型艦は無数の船を外にも張り付けており、船が着けられるあらゆる場所が塞がっている状態だった。


「戦艦クラスの船とか余裕で入っちゃう格納庫なんだけどねー」


「サイズ的にあの船が船団の中心になってるからね。外までびっしり……」


 パンナコッタは超大型艦と500メートルを開けて並走し、駐機スペースの順番待ちをしている。立て込む予定なので、時間がかかっても格納庫に入れなければならない。

 その格納庫は全長1kmの主力戦艦クラスが何隻も入る程だが、今は内部で渋滞が起こっているとか。エンジニア嬢としても感心するほかなかった。

 それも、億に近い避難民が艦内に入っているので、仕方がない事ではあると赤毛の少女は言うが。


 そんな状況下、唯理は船首船橋ブリッジでエイミーやフィスとエイムの改造案を詰めていた。正確には改造とは少し違ったが。

 ただ待っているのも時間がもったいないので。


「最初のアイディアからそんなに変わってないんだけどね、基本的に既存の装備を組み合わせるだけになるし、組み立てるのは難しくないよ。新しく作るのは、エイム本体側とのジョイントシステムくらいかな?

 後は制御プログラムだけど、そっちはフィスの担当。スクワイヤのシステムを応用するんだよね?」


「まんま使ったりはしないけどな、AI用のフレームを入るスペースも取れないし。そっちはブースターの制御モジュールにやらせるから、気休め程度になるだろ。

 基本は通信リレーするから船なりエイムに依存する割合が多くなるわな。とりあえず、少なくとも通信プロトコルはオレがオリジナルで作るわ」


「パーツ毎の接続の方はどうなったの?」


「もともとブースターユニットにはオプション用のハードローンチがあるしね。シールドユニットとの組み合わせがちょっと特殊だけど、そっちも最初から付いているローンチを改造すれば難しくないよ」


 灰白色に青のエイム。

 角ばったマッシブな装甲で全身を固める、全高15メートルのヒト型機動兵器。

 唯理の搭乗機、スーパープロミネンスMk.53改、である。

 船首船橋ブリッジの真ん中にその立体画像が映し出され、さらにその上から極彩色な追加装備の画像が被せられていた。

 色とりどりなのは、パーツごとに識別しやすくする為の工夫だ。実際の商品とは異なります。


               ◇


 先のターミナス星系、テールターミナス宙域での戦闘の折、唯理は手持ちの武器をぶっ壊した。連戦で酷使し過ぎたのが原因と思われる。

 もっとも以前から、武器と装備の損耗が問題になってはいたのだ。

 いずれも唯理の使い方に耐えられない為だが、だからと言って唯理の責任でもない。

 根本的原因は、メナスの大群と殴り合ったり、連邦の大部隊と殴り合ったり、と以下略。

 要は、状況的に仕方なくだ。


 そもそも、エイム単機ないし僅か5機の僚機を引き連れた程度の戦力で相手取れる質と量の敵勢力ではないのである。

 仕様上の限界を遥かに超える激しい戦闘の連続で、武装の耐久数値をあっさりとオーバーしても、至極当然な話ではあった。

 さりとてキングダム船団には防衛の人員が足らず、まして唯理は何でか知らないが船団トップのエイムオペレーターだ。戦闘に出ないワケにもいかない。


 そこで、唯理と搭乗機エイムの継戦能力延長が図られる事となる。

 当初は順当に多数の武器を載せる重武装化が検討されたが、これまでの戦闘記録からシミュレーションを行なったところ、それでは不十分という結論に至った。

 もともと唯理のエイムは、アサルトレールガン、レーザー砲、短機関レールガン、ビームブレイド、マルチキネティックランチャー、ついでにシールドユニットと、積めるだけの武装を積んでいる。それらを使い分けても、戦闘中の火器の過熱や負荷が致命的なレベルに達しそうな局面は何度もあった。

 先だって連邦軍のエイムから分捕った多連装型レールガンなどを用いても、根本的な問題解決にはならない。

 この上少々武器携行数を増やしたところで、戦闘時間は倍にも増えないという事だ。実体弾の携行数も応じて増えるので、慣性重量の増加もバカにならない。実際問題、搭載スペースも無いだろう。


 本来、エイムという兵器自体、単独での運用はあまり想定されていなかった。

 複数機での連携が基本であり、よって相応に負担も分散される。また、母艦から離れて行動する事も滅多に無いので、本来は補給の方も問題にならない。友軍機と母艦による相互連携も望めた。

 しかし悲しいかな、唯理はもっぱら単機で戦闘を行うぼっちオペレーターである。既存の2機に加えて新たに3機が僚機として付けられる事になっているが、唯理に付いて来られるかは不明だ。たぶん無理だろう。

 そんな援護が十分でない状況で、のんびり船に戻り再装備をするワケにもいかず。

 ここに来て、唯理の飛び抜けた技量が仇になっていた。

 よって、継戦能力の改善は長時間の連続使用に耐える兵器の開発、あるいは改造に加え、技術的な事のみならず戦闘行動と運用体制の見直しまでもを視野に入れた広義なモノになるかと思われた。


『そこまでするくらいなら、適当に武器を放ってくれるだけでいいよ。必要になったら拾いに行くから』


 だというのに、簡単にそんな事を言ってくれる赤毛の当事者。


 誰の為にお姉さん方が頭を抱えているのか、と言いたくなる発言だが、これでもお姉さん方を気遣って事である。

 要するに21世紀の派遣部隊と同じだ。現地で武器が足らんのなら、代わりを空から投下してくれれば良いのだ。

 今までだって放棄されていた武器を拾ったり、軍のエイムから分捕ったりしたのだから、宇宙に浮かべておいてくれたらそれを使えばいい。

 確実性という点で問題はあるが、それならキネティック弾にでも搭載してエイム目掛けてぶっ放すなど、小さな工夫で対応できると思われる。

 少なくとも、エイム一機の為にコストも整備の手間もかかる新兵器を開発するような負荷は、組織全体を圧迫しかねず唯理としては承服できなかった。


『またデタラメな事言いやがって…………』


 というのはオペ娘さんの科白セリフだ。吊り眼をジト目に変えて、呆れたように赤毛に言う。この娘の場合常に本気なので性質たちが悪い。


 しかし、エンジニア嬢の方は少し真面目に考えてみた。

 兵站パッケージの射出、というのはそれ程特別な考え方でもない。軍や私設艦隊組織PFOでは、よく用いられる方法である。

 とはいえ、それは戦術上の遠隔地にいる部隊へ届けられる物資や装備といった物で、前線で戦闘真っ只中なエイムへの補給という忙しない物ではない。

 キネティック弾に補給の武器を搭載して、味方に撃ち込む。

 ちょっと頭がおかしいアイディアだが、即効性や確実性という点に絞れば、それほど悪くないように思えた。あくまでもエンジニアとしての私見だが。


『状況に応じたオプションの射出……。キネティック弾を誘導と推進に使うなら、武器だけじゃなくてシールドユニットとかブースターユニットも送れるかも。唯理は結構シールドユニットも使うし、ブースターもラピッドバーストを多用するからノズルの耐久が心配だし』


『ありがたい話だね。というか、ブースターにシールドに武器って、一纏めにしたら自力で飛んで来れそうだわ』


 そんな事を赤毛娘と話していたならば、エンジニア嬢の頭にポンッと閃くモノが。


 唯理は火器だけではなくシールドユニットの消耗も激しい。不人気装備のシールドを、鈍器として使い潰すのだこの娘は。

 背面のブースターユニットに関しては、リミッタをかけて出力は抑え目にしてある。

 が、リミッタを外して最大出力を出さざるを得ないような状況に追い込まれた事も何度かあった。

 現にクレッシェン星系におけるメナス戦では、限界を超えたブースターの燃焼でレーザーイグニッションやノズル周辺を爆発させている。


 どうせキネティック弾にくっ付けて送り届けるなら、この辺の装備も随時補給できるようにしたい。

 そんな事を思っていたなら、唯理の一言で全く違う発想に転換されてしまった。

 元よりブースターユニットは、燃焼触媒を爆発させ指向性を持たせて反動を得る推進機関だ。自力で飛ぶなら、キネティック弾に搭載する必要など無い。

 更に、シールドユニットには小型のジェネレーターが搭載されており、単体でも防御シールドが展開可能。

 そして、これら汎用型のブースターユニットとシールドユニットには、オプション兵装を搭載できる物が多かった。


 つまり、ブースターユニットを中核にシールドユニットを機首として装着し、各種兵装を取り付け自力で唯理の方に飛んで行かせようと、こういう話である。


 半自律補給支援兵器システム。

 エイミーはこれを『アッドアームズ』と名付け、間も無く初期の仕様を決定していた。


               ◇


 以って、アッドアームズはエイムの改造と言うより、追加兵装と言った方が表現としてより近い。

 戦闘中リアルタイムの装備換装を円滑に行なう為、エイム本体とブースターユニット、シールドユニットに改造を施す必要はあるが、武装オプション及び制御システムは既存の物の流用で済むので、それほど難易度も高くないと思われた。


「一式分はもう揃ってるからテストならすぐにできそう。AIコントロールはまだできないからリモートになるけど」


「実際にアッドアームズを組むには? 都度宇宙に出すの?」


「今の整備ステーションがそのまま利用できる。ブースターユニットも武装もはじめからステーションに据えてあるもんだからな。エイム抜きで組むのも問題無い」


「ダナさんの方、整備は大丈夫ですか? どうしたって作業量は増えると思いますけど」


「そっちもエイムの装備だからほとんど自動化できる。ジョイントとオートコントロールのメンテで多少追加があるくらいか?」


「うーん……汎用のメンテシステムのまま改造無しで大丈夫だと思うけど、当面はダナさんに見てもらいながら整備した方がいいと思う」


 技術畑(機械専門)の姐御とメガネ少女、ふたりと立体映像を参照しながら話し合っている赤毛。

 中央の立体映像では、複数のパーツが分離と合体の過程を繰り返している。

 味方機にキネティック弾を叩き込もうというバカみたいなアイディアではじまった新兵器構想だが、使い様は悪くないように見える。

 補給という点以外にも、搭載兵器の多様化やアッドアームズを無人機スクワイヤとして直接戦闘に参加させるなどで、戦術にも幅が生まれるらしい。エイミー先生は早くも、火力偏重や防御型など用途に応じた複数種のアッドアームズを設計していた。

 何となく男の子が喜びそうなスピリッツを感じる唯理である。


 とはいえ、この方式なら装備と整備量の増加も、それほど過剰な物にはならないと唯理は考えていた。

 ここをお座なりにして、予算面でいっぱいいっぱいになる組織は割と多いのだ。

 装備の調達にコストはかかるが、ありふれた装備だけにキングダム船団からの支給も得られるので、それほど問題無いだろう。


 ところがである、


「あ…………そういえばメイとラヴの機体とか、新人たちの機体も来るんだっけ。ダナさん、あちらもご面倒をおかけしますが、実際どうです? 受け入れても大丈夫?」


 整備関連で思い出したのだが、パンナコッタの格納庫にはアッドアームズ以外にエイム本体も増える予定になっていた。

 前述の通り、唯理には新たにエイムチームが付けられる事になっている。何かある度に飛び出して行く赤毛娘のサポート要員らしい。

 桃色髪のケンカ屋姉さんや無表情美人と同様に所属は船団本体のままだが、唯理に同行して動く機会が多い以上、パンナコッタ内での整備も当然増えるだろうと予想できた。

 現に、ターミナス星系の連邦艦隊戦直後は母船が大破しているわ新しい旗艦はごった返しているわと帰投すら出来なかったので、僚機はそのままパンナコッタで応急修理と整備補給を受けている。

 高度な自動整備オートメンテナンスシステムと作業用ヒト型機械ワーカーボットの存在、それに送り込まれてきた整備班がいるとはいえ、結局増える装備点数にメカニックの姐御へ負担がかかる事に変わりも無く。

 その一因が自分だと思うと、申し訳なく思う唯理であるが、


「ヒトの事を心配している場合かオマエは」

「ひゃグゥッッ!?」


 そんな気持ちは姐御に思いっきり尻を引っ叩かれ、どこかにブッ飛んでいった。


「こっちは領分の機械保守をするだけだ。全体のバランスマネジメントなんかもマリーンに任せておけ。そうでなくても色々抱え込み過ぎなんだよ、オマエは」


「ふぬぅうううう…………」


 姐御からの心が籠った忠告だが、聞こえちゃいない赤毛娘。尻を抑えて涙目である。

 バチンッ! というかなり良い音もした。マッチョな体育会系お姉様が手加減無しにやってくれたらしい。お尻からお腹の中まで突き抜ける衝撃に声も出ない。

 生身で時速800キロ超の弾丸だって避けて見せる唯理だが、身内からの不意打ちは本当にどうしようもなかった。過去何度このパターンでやられたか。


「ゆ、ユイリ大丈夫!? ダナさんやり過ぎ! 手加減してよ!!」


 プルプル震える妹的な赤毛の少女を抱き止め、エンジニア嬢からメカニックへの猛抗議が飛ぶ。

 が、ダナはやや考えた後、


「ふむ…………手応えの良い叩き甲斐がある尻だ」

「ダナさん!!」


 全く反省していない科白セリフにエイミーが吠えた。何を真面目な顔をして言い出したかと思えば。エイミーだって叩いてみたいコンチクショウ。

 ちなみに、別の船に乗り込む予定だったので、今の唯理はセーターではなく環境EVRスーツとショートジャケットを着用していた。例によって身体のラインが分かり易く、腰からお尻の形も綺麗に出てしまっていたのが姐御の目を惹いたらしい。この場合、責任の所在はどこにあるのだろうか。


「うぅ……えらい目に遭った」


「ダナは時々力の加減を間違えるからな……。オレも昔ド突き飛ばされて死ぬかと思った事があらぁ」


 船橋ブリッジを逃げ出すダナと追いかけるお怒りエイミー。しかしメカニックの姐御は元特殊部隊員だ。元お嬢様のフィジカルで追い詰めるのは不可能だろう。

 肩を落とす赤毛の少女に、遠い目をするオペ娘も過去を想いつつ同情していた。

 とはいえ、目の前で腰からキュッと持ち上がった肉付きの良いお尻が揺れているのを見れば、ダナの気持ちも何となく分かってしまうフィスである。機会があったら叩かせてもらおう。


 そんな野心を抱いているオペ娘を超光速で置いてきぼりにする船長がいたが。


「ごめんねユイリちゃん。でもダナちゃんの言う通り良いお尻……じゃなくて、ユイリちゃんは船の事だけでも大変なのに、エイムオペレーターとしても頼られてちゃってるから心配なのよ」


「ひアッ!? なッ!? せ、船長!!?」

「ふおッ!!?」


 獲物ユイリが弱った所を容赦なく攻めに行く戦巧者マリーン。背後から悪魔の笑みで忍び寄ると、腰から手を回してガッチリ唯理を捕らえ、被弾直後のお尻を揉みしだいていた。

 当然揉まれた本人はビックリするのだが、隣にいたフィスも巻き添えでビックリだ。

 ピッタリくっついて来るお姉さんに、持ち上げるわ捏ね繰り回すわとやりたい放題される赤毛の少女、の尻。本人の抵抗虚しく、スーツの曲面がムニッと悩ましげに変形させられる。

 腕力比的には簡単に振り解けそうなものだが、現実には密着したお姉さんを赤毛は振り解けないでいた。

 全身凶器少女が迂闊に反撃すると致命傷を喰らわせかねないので。船長にもその辺を見透かされている可能性が高い。

 よって、もぞもぞとカラダをよじって逃げようとするのが関の山である。

 当然逃がして貰えないのだが。


「そうでなくてもユイリちゃんは平気でムリをするのに、デキる子だから色々と便利に使おうとするようなヒトもいるし……。

 しかも頑張り過ぎちゃうんだもの。有能なのも困りものだわ」


「あッ!? やンッ! ちょ……せんちょう、それ……はダ――――――――!!?」


雑音・・をなるべくシャットアウトするのは当然として……ユイリちゃんの方も目が離せないのよね。

 この前だって結局高G障害で身体痛めてたのに、全然ユイリちゃんが休まないってジーンちゃんが愚痴ってたわよ? 結局アレからどうなったのかしら? 確認確認っと♪」


「ひウッ!? ッ! んんぅッ…………!!」


「あら? あらあらあら、すごく柔らかいのにプリプリ弾んで素敵な抱き心地。反応も非常に良好と……。お姉さんユイリちゃんのカラダにハマっちゃいそうかもー」


「アッ……は!? んぁぅうううううううう!!」


 普段見せる母性が、段々と妖しいオンナのモノに変化していくマリーン船長。お説教しつつも、その手は赤毛の犠牲者の腰からお腹、それからジャケットの下の胸へと這っていった。

 たっぷりとして重たいふくらみが、お姉さんによって掬い上げられて落とされて握られて搾られて寄せられて摘まれて、と好き勝手に弄ばれる。片手は未だにお尻へ指を沈め、ボリュームのある柔肉を愉しんでいた。


 同性として要所を抑えた攻め手にやられ、普段の怜悧さの欠片も無く喘ぐしかない唯理。

 前後から弱いところをしつこく嬲られると、その反応も徐々にトーンが変わってきた。

 声にならない悲鳴に艶っぽさが混じりだし、切羽詰まったようにセンテンスが細切れになる。

 やがてヒクヒク痙攣しはじめたかと思えば、声を殺してカラダを硬直させ、間も無く力が抜け落ちていた。


「ネーサン…………それ・・、治ってなかったんスね」


「ふぅ……久々にやってしまったわ」


 完全に弛緩ぐったりしてしまった唯理を間近にし、フィスが低い声でうめく。肌を紅潮させ、舌を出して荒い息をつく嬌態から目が離せず、思わず喉を鳴らしてしまった。

 そしてマリーンの方は、後悔を口にしながら満足げな微笑みだった。


 実は、これこそが船長の本性である。

 面倒見の良い優しいお姉さんというのは仮の姿、その実態はカワイイ女の子を可愛がったりイジめたくして仕方がない百合女子ハンターだった。生まれる時代によっては犯罪者かもしれない。

 昔はフィスとエイミーも、このパンナコッタの長女とも言うべきヒトから過激なコミュニケーションをされていたものだ。本人なりの気遣いでもあったのだろうが。


 最近は落ち付いた風だったので、フィスもすっかり油断していた。まさか今になって火を吹くとは。

 ターミナスを出て状況が落ち付いたあたりで、我慢の限界が来たのかもしれない。美味しそうな赤毛の美少女が裸みたいな恰好でフラフラしてたから。

 だが、以前にメカニックの姐御から『関係が拗れたら船が回らなくなりかねないからやめろ』と釘を刺されていた件はどうするつもりなのか。


「ダナちゃんには内緒ね♪」


 確信犯だったらしく、フィスは良い笑顔でマリーンに口止めされてしまった。言葉も無い。

 そして、今の所業がエンジニアのメガネに知られたら、メカニックの良心が危惧した通り船内が崩壊しかねないと思った。

 そもそも、その良心が赤毛の尻で遊んだのが切っ掛けとも考えられたが。


「うぅ……しまった……船長も、女の子好きなッ、ヒトか…………。ていうか……んぅッ、手慣れ……すぎ、じゃ…………アハッ……」


「まぁ、アレだよ……イヤがる事はしないから、マリーン姉さんも。隙を見せなければ大丈夫なはずだ、多分…………」


 それは隙を見せれば喰われかねないという事では。

 そう言いたかった唯理だが、後はもうフィスのフトモモに縋り付いてしゃくり上げるのみだった。余韻が収まってくれないので。

 そんな娘を介抱しなければならないフィスも、正直堪ったものではない。フェロモンの濃い汗の匂いと鼓膜直撃の甘い呼吸が心臓に悪過ぎた。


「船長……『アルプス』コントロールから進入許可出た。右舷上部ブロックメインハンガー上層15番デッキ、ロケーター受信、誘導信号受信、進入ルートを確認」


「あら、ちょうど良タイミングだったわね。了解受領してオートで着けてちょうだい、スノーちゃん」


 この騒ぎの中でもひとり平常運転だった操舵席の少女から、船長へ業務連絡が行く。順番待ちをしていた超大型艦へ入る許可が出たとの事だ。

 艶々とした潤いお肌になっているマリーンは、相手方の誘導に任せて大型艦の格納庫へ入るよう指示。

 そんなエンジョイ船長を、涙目な赤毛娘はペタンと床に座り込み、恨みがましく睨んでいた。仕事はこれからだというのに、既に満身創痍なのはどういう事なのか。

 その姿はどう見ても、キャンキャンと及び腰で吠える負け犬のそれであった。




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