64G.アイソレート ステートメント

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 前回までの、Hi-G。


 300万隻のメナス大艦隊を退けたノマド『キングダム』船団だが、ターミナス恒星系の脱出民と半壊した共和国の艦隊が合流した事で、一時的な機能不全に陥っていた。

 そんな身動きの取れない急場の寄せ集め大船団に、連邦中央軍統合戦略部の特務艦隊6,000隻が接近。

 その目的は、キングダム船団がメナス艦隊を退けるのに用いた、現代の性能水準を完璧に無視した超高性能戦闘艦25隻の奪取である。


 避難民を収容しているにも関わらず、問答無用で戦闘艦を引き渡すよう武力で以って恫喝する連邦艦隊。

 当然、キングダム船団はこれを受け入れられないが、かといって銀河最大の勢力を持つ連邦国家の艦隊を壊滅させるのも避けなければならなかった。

 戦闘を回避し撤退を図る船団だが、連邦艦隊からは制圧の為にヒト型機動兵器の部隊と兵員の輸送機が差し向けられる。


 これに対し、赤毛の少女村瀬唯理むらせゆいりはエイムチームの5機を率いて出撃。

 制圧部隊を無力化すると、今度は旗艦を抑えるべく艦隊のど真ん中へと殴り込む。


              ◇


 そして、灰白色に青のエイムは、その桁外れの戦闘性能にて防衛線を全て撃ち抜き、統合戦略部の艦隊を突破してしまった。

 完全にゼロ距離。もはや遅滞防御兵装ディレイWSもランチャーによるキネティック弾も、無論艦砲による攻撃も不可能。エネルギーシールドも内側に入られてはどうしようもない。

 エイム部隊による迎撃も、前線から灰白色のエイムに追い付いて来たノマドの僚機が許さないだろう。

 艦隊自体、キングダム船団の重砲撃から身を守るので手一杯だ。


「そ、そんな…………」


 パネル照明くらいしかない艦橋ブリッジの天井を見上げ、女性オペレーターは言葉を無くしていた。分厚い装甲に守られてはいるが、防御シールドが無ければエイムの携行火器でも貫通させるのは難しくない。

 そうなれば、この連邦中央軍の主力として用いられるほどの戦艦であっても、撃沈されるのだ。

 オペレーターをはじめとする艦橋ブリッジ要員がどうなるかは、偶然性の神が知るのみである。


『連邦艦隊及び旗艦へ警告する』


 連邦艦隊の共有通信周波数チャンネルへ割り込みをかけて来る、外部からの通信。

 発信元は、旗艦を土足で踏み付けている灰白色のヒト型機動兵器、そのコクピットだ。


『今すぐキングダム船団への攻撃を停止しなければ、旗艦と艦隊の6,000隻全てを撃沈して攻撃の元を断たせていただく。

 そちら次第だ。キングダム船団の目的は貴艦らの殲滅ではない』


 硬質な女の声が、艦橋ブリッジのスピーカーやネザーインターフェイスの接続を通して直接個人へ流れる。感情を感じさせない、澄み切った結晶を打ち鳴らす音色のような声だ。

 特殊部隊のヒト型機動兵器を圧倒し、艦隊の旗艦に砲口を突き付けている絶対者として相応しい声に思えた。


「何をふざけた事をほざいているんだクズどもがぁ!!」


 いっそ、鼻の奥に籠ったような肥満三等佐の喚き声に遮られるのが、残念に感じてしまうほどである。


「命令するのは貴様じゃない俺だ! お前らゴミクズは黙って俺の命令を聞いていれば良いそれ以外は生きている価値も無いデブリ以下の存在だと何故分からない!?

 そんな貴様らが我ら連邦に命令するだと!? つくづくクソの役にも立たない脳味噌だな、足りない知恵で考えてみろ! ノマドがどれだけ粋がったところで、銀河を支配する連邦に勝てないのが当たり前だろうが何度言わせる!?」


 地団駄を踏み、オペレーター席のコンソールパネルに何度も拳を叩き付けるデブの軍人。

 その席の通信オペレーターは、いっそこのまま血管が切れて死んでくれないかと唾を浴びながら願っていた。


「貴様らは! 今すぐ! 降伏しろ!! 引き下がるのは貴様らだ! 俺じゃない貴様らだ!!

 さもなくば貴様らひとり残らず永遠に連邦の敵だ! 我々連邦は刃向かうヤツを絶対に許しはしない! どこに逃げようが必ず追い詰め我らが連邦の法の裁きにかけ――――――――!」


 と、ここで灰白色のエイムが最大荷電でレールガンを発砲。

 怒りを勝手に増幅させて吠え続ける三等佐のスピーチの最中だが、聞かされる唯理の方は、もう飽きたのだ。


 秒速25,000メートルまで加速された55.5ミリ弾体は、戦艦の装甲を至近距離から完全に撃ち抜いていた。

 ドゴギィッッ……!! という轟音が全長1キロの艦体を貫き、伝わる激震は艦橋ブリッジ要員を空中に放り投げる。

 直撃はさせていないから威嚇発砲、と言えなくもないが、それにしては過激に過ぎた。

 次は艦橋ブリッジを叩く、という意思表示であるのは明白だ。ついでに「黙れ」という意味を含むのも十分過ぎるほど理解できる。

 強引に科白セリフを飲み込まされたホーリーは、出口を無くした内圧で今にも破裂しそうになっていた。

 顔を真っ赤にして何かが喉に詰まったかのように唸る癇癪デブの姿に、通信オペレーターは心の底から溜飲を下げていたが。


「…………旗艦ドラガニックシア艦長のオーディー準1等佐だ。貴殿らの行為はシルバロウ・エスペラント惑星国家連邦への明確な敵対行為である。

 キングダム船団は直ちに武装を解除、FCSマスターコードを送信し投降せよ。これらの指示を受け入れないのは、連邦に所属する192億の惑星国家、その全てに宣戦布告する事と同義だと理解されたい」


 溜息を吐きながら、直上に居る灰白色のエイムへ警告を発する艦長。内容がホーリーとほとんど変わらない上に立場を理解していないかのような科白セリフだが、これも職務上仕方がなかった。

 銀河に冠たる連邦が、ノマド如きに屈服するワケにはいかないのだから。

 建前上は、だが。


『では撃沈しますね』

「待ちたまえまずは交渉だ」


 まぁそういう事になるだろうな、と相手の返答を聞いて艦長は思う。

 規則みたいなもので降伏勧告はしなければならなかったが、躊躇無くひと声も無しに即撃沈しかねない相手だと察する事が出来れば、もう生きた心地がしなかった。案の定な光の速度での撃沈勧告である。

 艦長以外の艦橋ブリッジ要員など真っ青にり、艦長に懇願するかのような顔を向けていた。どうか余計な事を言ってくれるな、という事だろう。

 艦長だって好きで状況もわきまえず頓珍漢な事を言っているのではないのだ。個人的にはさっさと降伏したい。


「『交渉』だぁ!? 何を寝言言ってるんだ何を!? 我々は何が何でもあの戦艦を手に入れなければならないんだぞ!? 共和国なんぞに渡る事になれば軍――――――――!!」


「いい加減弁えたまえホーリー三等佐。キミはオブザーバーとして乗艦を許可されているに過ぎないのだぞ。この場において何の指揮命令権も有していないと理解してないのかな? この艦と艦隊を指揮しているのはキミではない、私だ」


「はぁ!? 貴様ッ……ふざ……ふざけやがって…………!!?」


 意に沿わない艦長の姿勢に喰ってかかる肥満三等佐だが、正論の前に有無を言わさず黙らされる事に。

 当然ブチ切れるが、これ以上は越えてはならない一線だと思い至り、ギリギリで踏み止まった。

 艦長の言う通り、ホーリーはこの艦と艦隊においては単なる客だ。名目上は所属組織すら違う。

 今回、このように旗艦に搭乗し、デカイ顔をしていられるのはである中央軍統合戦略部の指示によるものだった。

 だが、建前上は単なる『オブザーバー』。艦長は戦術史調査編纂局の局長であるホーリーに便宜を図るよう言われているだけで、命令に従えとは言われていない。

 それが建前であっても、少なくとも公式記録に残る命令ではそうなっているのだ。


 ここで階級差と立場を考えずに咬み付けば、話はここだけではない、後を引く怖れがある。連邦など自分の道具に過ぎないが、それを失うような愚を犯すワケにもいかない。

 そう考えれば、ホーリーは気が狂いそうになりながら奥歯を噛んで耐えるしかなかった。

 怒りと憎悪に凝り固まった目でヒトが殺せそうになっていたが。


『交渉を望まれるなら船団長にその旨お伝えする。そちらと直接話し合っていただきたい。それと攻撃の停止を。落ち着いて話が出来ない』


「了解した。射撃中止、射撃中止、直掩機以外も呼び戻せ」


 肉と殺気の塊と化した三等佐を無視し、艦長はノマドのエイムオペレーターからの要請を受諾。

 散発的に続いていた連邦艦隊からの砲撃が止み、合わせてキングダム船団からの攻撃も止まった。船団内は一安心だろう。


               ◇


 灰白色のエイムにより散々叩かれた連邦の特殊部隊は、その後ノマドのエイムチームと壮絶な殴り合いとなり、ボロボロになっていた。

 唯理の僚機も小破やら中破やら少なからず損傷していたが、300対6という戦力比で考えれば死人が出ていないのが奇跡である。


 連邦艦隊のオーディー艦長とキングダム船団のディラン船団長が直接交渉を行う間も、灰白色のエイムは連邦旗艦の上から動かなかった。いつでも艦橋ブリッジを直撃できる体勢だ。

 周囲で監視する連邦のエイムも手出しできない。それに、正直に言えば恐れビビっている。仮に再攻撃という命令が出たとして、全く勝てる気がしないのだから。


 そんな中、双胴型旗艦の右舷格納庫から飛び出してくる輸送艇ボートがいた。全長10メートル程度で大気圏内飛行用の効果翼を備える、特殊部隊の早期展開を目的とした機体だ。交戦当初にもエイムに護衛された同型機が飛んで来ていた。

 この期に及んで、こんな分かり易くクレイモアクラス乗っ取りを謀るとも思えず首を傾げる赤毛オペレーター。

 何事かとオペ娘に調べてもらったところ、士官のひとりが強引にクレイモアクラスへ乗り込むべく単身降下艇を持ち出した、という連絡が艦隊内を飛び交っているらしい。


『何考えてんだこのバカ?』


『ユイリちゃん、今船団長が先方と話をしているわ。連邦艦隊はこちらを刺激するのを怖がっているみたいで、エイム部隊の展開が遅れそうなの。

 それに、向こうのヒト達も問題の人物に関わりたくないようだし…………持て余されているというか。どういうヒトなのかしら?』


 艦長のお姉さんにも状況がよく分かっていないらしく、頬に手を当て小首を傾げていた。

 全く合理的でないバカの考えなど読み様がないという事だ。


「あー……了解しました。とりあえず強制停止させます」


 軽くブースターを吹かし、灰白色のエイムが旗艦から離れる。艦橋ブリッジへ睨みを利かせるのは、無表情美人のラヴと重火力型のエイムに任せた。


 問題の降下艇ボートは、立ち塞がる直掩のエイムへ怒鳴り散らして進路を空けさせている。階級差の為と思われるが、連邦のエイム側にもあまりやる気が感じられない。

 ここだけの話、いっそノマドに撃ち落されりゃいいんだと思われているとか。


 唯理は何の問題も無く降下艇ボートの前に回り込むと、断続的に各所のブースターを吹かしながら、マニピュレーターで降下艇を押さえ付けた。

 降下艇ボートは止まる様子が無く、逆にブースターの出力を上げ押し通ろうとするが、出力に勝るエイムを躱せるはずもない。


『どけッ! 放浪民如きが何の権限で連邦中央軍の船を止めてやがるんだ!?』


 至近距離のプライベート通信が繋がった途端、エイムのコクピット内に鼻にかかった怒鳴り声が響く。

 自分が止められたのが心底不本意で理不尽だと憤っている有様だ。

 いっそ返す言葉が思いつかない。


「キングダム船団の船に近づかないで下さい。貴船に進入許可は出ません。戻らないなら強制的に船を移動させます」


 とりあえず必須事項を事務的に通知する赤毛オペレーター。止まる気が全く無い降下艇ボートを正面からグイグイ押し返す。

 降下艇ボートの船尾が駄々っ子のように左右に振れるが、その動きに合わせて唯理もフットアームのペダルを踏み、両脚部のマニューバブースターを吹かして対応した。

 それでも往生際悪く、降下艇ボートは身悶えるようにエイムのマニピュレーターを振り払おうとする。


『アレは俺の! 俺様の船だぞ!! 乗せろ! さっさと明け渡せ! あの戦艦をノマドのような低俗な連中が持っていていいと思っているのか!? あの船は連邦が持つべきモノだ! だから俺の物だ!!!』


 やはり話を聞く気が無い降下艇ボートに乗る連邦士官。

 その頭ごなしの口調から、唯理にも相手が何者か分かった。オペ娘に話しを聞いた時から大よその予測は付いていたが。

 つまり、連邦艦隊が来た当初から、強硬に引き渡しを迫っていた肥満体の軍人。

 そして、クレッシェン星系に置いて来たファルシオンクラスに乗り込んで来た人物だ。


 この様な性格的に問題のある者が連邦軍では普通に籍を置けるものなのか、さもなくば連邦軍上層部ないし連邦政府の意志なのか。

 いずれにせよこれから先も、この軍人も連邦政府も諦める事はないのだろう。

 延々とキングダム船団を追い回す事となる。



「いいえ、アレは私の船です。私が、私の責任において運用します」



 故に、村瀬唯理はここで明確に宣言しておかなければならなかった。

 艦隊を他の誰にも委ねるつもりは無い。

 既に役目を終えた遺物ならばこれ以上人類に関わる事は無いし、再び目覚めたならば人類の剣として戦わねばならないのだから。

 その使命は、資格者たる唯理だけのモノである。


『……………………貴様、まさか――――――』


 僅かに沈黙していた肥満体の軍人が、贅肉の底から響く声で呟く。

 確信に満ちたエイムオペレーターからの宣言を聞き、この不必要に勘が良い我欲と野心に塗れた男は気付いていた。

 とはいえそれは、唯我独尊にして虎の威を借る豚、ホーリー三等佐をして、完全に意表を突かれる信じ難い事態。


 ここでようやく、連邦軍が身内の不始末を片付けに来た。

 フードを被ったような頭部のエイムが12機、2分隊が差し向けられ、勝手に出撃した降下艇ボートを回収に来たのだ。


『――――――貴様、あのモルモットか!? 今すぐこっちに来い! この実験動物が!!?』

『ホーリー三等佐殿、艦隊全隊に帰還命令が出ています。すぐに旗艦へお戻りください。ホーリー三等佐』


 しかし、降下艇ボートは全く戻る様子を見せず、それどころか非常用ハッチを開けて中から太い船外活動EVAスーツが這い出て来る。

 気圧調整もしていなかったのか、急減圧で機内から真空中に押し出された肥満スーツは、姿勢制御ブースターを吹かして灰白色のエイムへ掴みかかって来た。

 そのまま特殊部隊のエイムに捕まったが。


『はなせ下っ端が! 俺を誰だと思っている!? 俺じゃなくてそのエイムを捕獲しろ!! 命令だ!! 命令不服従は軍法会議にかけてやるからな!!!!』


 喚いて暴れたところで全長15メートル超のヒト型機動兵器は振り払えず、そのままデブ三等佐と降下艇ボートは別々に旗艦へと持って行かれる。

 その間際、


『クソッ! クソがッ! クソどもが! 忘れるなモルモット! 貴様は俺のだ! 俺の物なんだ!! どこに逃げても無駄だ! 俺の物はどんな手段を使っても必ず取り戻してやるからな!! 宇宙の果てだろうが絶対に追い詰めて俺様の足元へ引き摺り倒してやるぞ!!!!』


 やはり今ここで殺しておくべきか、と唯理は一瞬迷った。


 ヘビのように執念深い男、狐のように狡猾な女、この二種類は最優先で排除したいと経験上思う。延々と長い間障害となり被害を増やすのは、だいたいこのタイプだ。

 多少の不利益を被っても、早い段階で消去しておく方が総合的な損害は少ない。それが長い間世界の裏側で活動して来た赤毛娘の経験則だった。


 艦隊は自分の物だと宣言したが、その上でこの食い意地の張った強欲な豚野郎は自分ではなく船団の方を害する恐れがある。

 無遠慮に鼻先を突っ込んで大事な物を探り出す、ブタにはその嗅覚があるのだから。


 だが、今殺すのは残念な事にリスクが大き過ぎた。時期も悪い。

 連邦士官を堂々と抹殺すれば連邦に正義を与える事になるし、キングダム船団も唯理を非難せざるを得まい。


(せめて船団が船の扱いに慣れてから…………か)


 強制連行される肥満の三佐を見送り、自身も灰白色のエイムを反転させる唯理。

 スッキリしない思いを抱える事になったが、どうにもならない事態である以上、建設的な思考で次にやるべき事へ集中するのみだった。


               ◇


 一方で、サイーギ=ホーリーは見た目通り諦めが悪い。


『準一佐、緊急事態だ! 今すぐに全艦に攻撃命令を出せ! クズどもの船団を牽制して艦載機全てを出しあのエイムを捕獲するんだ!! これは連邦中央政府からの絶対命令だと認識しろ!!』


 自分をマニピュレーターで拘束しているエイムを経由し、艦隊旗艦の艦長へ怒鳴る肥満三等佐。階級差による一応の気遣いすら忘れている。

 しかし艦長の方は、そんな事をいちいち指摘する気も起きないようで、淡々と必要な事だけを口にした。


「ホーリー三等佐、統合戦略部を通して連邦中央軍総司令部から命令が出ている。『全艦艇と将兵は所属基地に最優先で帰還、別命あるまで最大警戒態勢にて待機せよ』だ。本艦隊も即時撤退する。置いて行くぞ、三等佐」


『そんなモノは無効だ! 無視しろ! 俺のやる事に間違いは無いんだアンタは俺の指示に黙って従えばいい!!

 今こそ連邦が銀河を完全統治する事が出来る最大の好機なんだぞ! どうしてそれが分からないだこのバカが!!』


「そうかね。ではこのバカな艦隊司令の準一等佐に教示願えんかね、ホーリー三等佐殿?

 中央政府の最上級命令を無視し、本艦隊と全艦載機の全滅リスクと引き換えにするほど重要かね? あのエイムの拿捕が」


『当然だろうが! あのエイムに乗るオペレーター……は、あの実け…………!!』


 澄まし切って上から物を言う口調――――――ホーリー主観――――――に喰ってかかるヒステリー三等佐だったが、思わず出そうになった科白セリフをすんでの所で飲み込んだ。

 まだ早い。

 今のホーリーは、三等佐という階級。連邦中央政府どころか中央軍や統合戦略部の指令部にすら幅を利かせられない。ただの一士官に過ぎないのだ。

 この階級に見合わないほど好き勝手に動けるのは、指令部のお偉方からの命令があるからこそ。

 つまり、核心に迫ったと知れれば後を誰かに引き継がせ、ホーリーは用済みとなる可能性があった。

 そうなれば、誰がこの傲慢で身勝手な愚物を好んで使いたがるだろうか。ここぞとばかりに諸々の罪で焼却刑、末は食えもしない焼き豚である。


『グッ…………あのエイムのオペレーターは本艦隊に大損害を与えている! 重犯罪者だ! 連邦の面子にかけて断固引き渡させるべきだ!!』


「ノマド側とは本艦隊の撤退まで攻撃を控えるという事で話が付いている。それをこちら側から反故にすれば今度こそ数秒で数万の犠牲者が出るだろうが、それだけの損害を許容する合理的な理由をキミは説明出来るのかね?」


 苦し紛れに言い訳をする贅肉三等佐の意見など、艦長は一刀の下に斬り捨ててしまう。

 もはや何も言えないホーリーは、歯ぎしりしながら自分を抑え付けていた。


 何度も何度も小馬鹿にされ、怒りで気が狂いそうだ。想像を絶する屈辱で歯の根も合わない。

 船外活動EVAスーツの中にも、『ぶふぅー! ぬぅーッ!!』というストレスを溜めた家畜のような唸りが籠って聞こえる。


 それでも、耐えなければならなかった。

 自分が実験素体の赤毛の女との艦隊を確実に抱え込み、連邦中央だろうがその上の連中・・・・・・だろうが取り上げる事のできない体勢を確立するまでは。

 そして全てが望み通りとなった暁には、自分に刃向かった者、逆らった者、牙を剥いた者、馬鹿にした者、下に見た者、煩わしい者、およそ全ての目障りで不愉快なモノを、徹底的に踏み躙り嘲笑ってくれよう。


 そのような歪み切った妄想だけが、今のホーリーを正気に繋ぎとめる唯一の首輪だった。


                ◇


 6,000隻足らずの戦闘艦が銀河中央方面へ回頭しながら、艦尾のブースターに点火する。

 唯理は警戒を解かないまま、1秒毎に147m/s15Gで増速していく連邦艦隊を見送っていた。

 ホッと一息吐きたいところだが、それより今は大急ぎで現宙域から逃げ出さなければならない。

 キングダム船団と合流した難民の船団と共和国の残存艦隊、合計して約30万隻の大船団も移動準備に入る。規模が規模だけに、前進するだけでも一苦労だ。


『ユイリ……お前あのデブ軍人となに話してたの?』


「はい? 『なに』って??」


 艦長のお姉さんから戻るように言われ、灰白色のエイムも後の警戒を船団の自警団ヴィジランテに任せ、パンナコッタへ戻る事に。

 その途中、オペ娘からの通信でそんな事を問われた。


「別に警告以外は何も話してないけど……単にプライベート通信のラインが繋がってただけじゃなくて?」


『んあ? でも通信トラフィックのタイムコードにゃ…………いや環境音拾ってただけかコレ?』


 しかし唯理はスッとぼける。

 プライベート通信はモニターされないと思っていたので、内心冷や汗をかいていたが。フィスのマメさを見誤っていた。

 それでも、首を傾げるオペ娘さんの表情を視界の端で観察しつつ、無表情を通す赤毛娘。感情を隠すのは得意なのである。


 もっとも、年上のマリーンお姉さんには、浅はかな小娘が隠し事をしている事など看破されていたが。


 それから12時間後、メナス艦隊からの逃走を最優先とする大船団は、人命救助など最低限の後始末だけ済ませると、ワープが可能な凪の宙域カームポイントへ向け移動を開始。

 当面の目的地を共和国圏とし、長く終わりの無い旅を再開する。


 そして唯理には、自分の行く先もある種の筋道が付けられた気がした。



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