62G.フラックシュート コンフュージョン

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 無重力の真空中を航行している、全長10キロにも及ぶ空前絶後の巨大宇宙戦艦。

 連邦中央方面軍、統合戦略部の特務機動艦隊に所属するヒト型機動兵器部隊は、これの制圧を命令されていた。

 当該の超巨大宇宙戦艦は、300万隻から成る母艦型メナスと無数の小型メナスを相手取り、これを正面から叩き返した常識の通じない超兵器だ。

 それをたった150機で押さえろとは、艦隊の作戦本部も無謀な命令を出してくれる、とオペレーター達は思っていた。


 しかし、エイムオペレーター達の上役、指揮官である艦長――――――正確にはオブザーバーという立場の部外者の三等佐――――――が言うには、巨大戦艦を抱えているノマドは連邦と正面切って敵対する覚悟など無い、との事。

 故に、巨大戦艦からの攻撃は考えられず、また抵抗も限定的であろう事から速やかに制圧できる、という話だった。


 直前で巨大戦艦のエネルギーシールドに行く手を阻まれた上、飛び出して来たノマドのエイム部隊に強襲されたが。


『基準点Zマイナス方向から不明機接近! 発砲! 回避! 回避!!』

『オーティス01からドラガニックシアコントロール! 攻撃を受けている! 敵――――――――』

『突っ込んで来る!? 回避する! いや迎撃する! 迎げギャ!!?』

『散開して回避しろ! イディアル2ndは敵機をオーバーシュートさせ攻撃!!』

『敵は6機! 前衛後衛の分隊編成!!』

『ノマドが連邦の真似事かぁ!!?』

『シールドダウン! こいつッ!? かわし切れな――――――――』

『フィラト33がやられた! コントロール! フィラト3rd壊滅!!』

『マニュアルで追えないぞ! ECCMを最大チャージ! パワーレベル最大!!』

『こいつシールドユニットで――――――――ガァアア!!?』


 屈折するような軌道で突っ込んで来た灰白色のエイムに、連邦のエイムが殴り飛ばされる。相手はマイナー装備のシールドユニットを携行しており、それを鈍器のように叩き付けてきた。

 連邦のエイムが吹き飛ばされ体勢を崩したところに、後続の敵エイムが追撃。

 両腕マニピュレーターに短機関銃SMG装備のエイムが近距離から発砲し、重装甲のエイムが猛スピードで通り過ぎて行ったと思いきや高出力レーザーを放ってくる。

 こうして3機のエイムは連邦の分隊を撫で斬りにすると、勢いを殺さず次の獲物へ襲い掛かった。


 数テンポ遅れて迎撃に入る連邦のエイム部隊は、分隊ごとに高速で機動しつつレーザーライフルを発砲。ひと塊になった6機のヒト型機動兵器から、赤い光線が一斉に放たれる。

 ノマドのエイム部隊は電子妨害ECMでセンサーを撹乱しつつ、高加速と鋭い回避運動でこれを躱わした。

 先頭を走る灰白色のエイムに至っては、真後ろの味方機を高出力のシールドユニットでカバーしながら正確な射撃で反撃する。


 巨大戦艦の至近で暴れ回るノマドの3機は、軌道をなぞって来た別班の3機と合流した。後方から前衛の援護に回っていた班だ。

 6機編隊の十字陣形を取ると、灰白色のエイムを先頭にして高機動そのままに一斉射を開始。

 火力を正面に集中し、進路上にいる連邦のエイムを蹴散らしていた。


 が、ここに来て連邦軍の特務部隊は体勢を立て直す。


『ドラガニックシアコントロールより全部隊へ、ポイントゼロより2,000キロ後退、再攻撃態勢を取ってください。オーティス小隊及びアンブラ小隊は全部隊の一時撤退を支援してください』


『オーティス01、小隊了解!』

『アンブラ小隊了解!!』


 急襲され後手に回っていると判断した連邦艦隊の作戦本部は、エイム部隊に撤退を指示。

 比較的損害の軽微な2小隊36機にノマドの部隊を牽制させ、この間に味方を母艦側に退かせて立て直しを図る。

 その上で、全部隊の半数を別方面から巨大戦艦に差し向けようという戦術を取った。


 これにはノマド側のエイム乗り、灰白色の機体に乗る赤毛のオペレーターも舌打ちせざるを得ない。

 艦隊指揮官は冷静で慎重だった。

 相手を小勢と見て数で押し切るのに拘らず、仕切り直そうという判断も早い。

 一気に殲滅とは行かなくても、もう少し混乱させている間に戦力を削れると思ったが。

 数自体も思ったより減らせていない。連邦のエイムオペレーターの練度が高い為だ。数の多さを活かし、互いにフォローし合うので攻め切れない場面が多かった。メナスなどと明確に違う部分だ。

 連邦軍は全体として3割も機能していないと聞いていたが、連邦中央軍は別物と言う事か。


(これは急がないと、ちょっと面倒な事になりそうだぞ…………)


 シールドユニット片手に正面から連邦の部隊と撃ち合いながら、赤毛のオペレーターが焦れ始める。

 今回の戦闘が長引く場合、問題になるのは敵だけではなく、不安定な状態の味方であると考えていた。


 遺憾な事に、その懸念は現実のものとなってしまう。


                 ◇


 現在、キングダム船団が保有している謎の超高性能戦艦群を接収するべく、連邦中央軍の統合戦略部は惑星テールターミナス宙域に艦隊とヒト型機動兵器部隊を展開している。

 これを迎撃すべく、村瀬唯理むらせゆいりは5機の僚機を率いて巨大戦艦クレイモアクラスより出撃。

 戦艦の防御シールドに接触し、負荷をかけていた連邦のエイム部隊を強襲した。


 不意打ち気味の攻撃はストレートに入り、クレイモアクラスの右舷にいたエイム分隊を一瞬で壊滅状態に。

 そこから加速度を上げ、最短距離にいる敵部隊から立て続けに打撃を加えていった。

 このまま敵部隊の指揮系統を寸断し、戦闘不能か撤退に追い込みたいところ。全滅させる必要は無いのだ。要は船団が離脱する時間さえ作れれば。


 ところが、そんな唯理の目論見は少々・・外れる。

 想定より早く、奇襲を受けた連邦のエイム部隊が体勢を立て直しにかかった為だ。


「カウンターあてて来るの早いな……流石は連邦中央軍か?」


 追従する僚機の盾になり、飛来するレーザーを曲げながら渋い顔になる赤毛娘。連邦の指揮官は冷静だわエイム乗りの技量は底堅いわと、少しばかり面倒な事になってた。


 もっとも、まだ苦戦するほどではないが。


 連邦軍のエイムは標準的なヒト型で、灰色の装甲は丸くスマートだが筋骨逞しい体型。頭部はフードを被ったような形状になっており、その下にセンサーアレイの収まった細いスリットが鈍く光っていた。


 連邦中央軍御用達、フェデラル・アームズ社製軍用ヒト型機動兵器、

 コマンドカッター第4世代プラスGeneration4-B Mk.7である。


 武装は腕に沿って接続するタイプのレーザーライフルに、背面部ブースターユニットの両側面に搭載した箱型マルチランチャー。あるいは多連装砲身のレールガンや大型レーザー砲を装備した機体もいる。分隊内での役割ポジションが違うのだろう。

 エイムの性能のみに因らない分隊単位での戦術連携、それが統合戦略部の特殊部隊が用いる戦術だ。

 

 連邦のエイム部隊がブースター炎の尾を引きながら散開。6面方向から唯理のエイムチームを包囲する。

 20G、毎秒196m/sもの増速をしている灰色のエイム36機は、原子核の周囲を回る電子のように旋回しながら中心へ向けレーザーやレールガンを発砲。一気に殲滅を狙った。


 しかし、灰白色に青のエイムはお構い無しに突撃。


 自ら射線が交差する殺傷圏内キルゾーンへ入ってきた敵機に、赤い光線が集中する。

 それを唯理は、左脚部のブースターで真空中を蹴飛ばし最小半径で側転しながら回避。同時にアサルトライフルで反撃。

 続いて連射される砲弾の隙間を縫い、あるいは左腕部に装備したシールドユニットで弾き飛ばし、突破口を抉じ開けた。


「崩す! 合わせろ!!」

『りょーかい任せれ!!』

『………狙います』


 ぶつけても一向に構わない勢いで、連邦軍機との急速に間合いを詰めプレッシャーをかける灰白色のヒト型機動兵器。

 必然的に攻撃は唯理へと集まるが、全身のブースターを連続で爆発させる灰白色のエイムは全てを紙一重で躱わしてみせる。


『ッ!? マニュアルじゃ無理だ! フルパワーでECMを黙らせろ!!』

『どういう予測弾道システムだ!? あんな機動見た事無い!!』

『クソッ!? 喰らった! シールドダウン! あの回避運動中にこの精度かバケモノが!!?』

『こっちのECMは効いているのか!? 完全に捕捉されてるぞ!!?』


 動揺を抑えきれない通信が共有チャンネル内に飛び交っていた。

 統合戦略部に所属のエイムオペレーター達は、自分が連邦中央艦隊の同業者エイムOPにも負けない技量を有している自負がある。

 それ即ち、この天の川銀河での最高のエイム乗りトップガンという称号に他ならない。

 故に、想像も出来なかった。

 ノマドという寄せ集めの集団に所属する、灰白色と青に塗られた型遅れの旧主力機スーパープロミネンスMk.53

 そのオペレーターの少女が、ほぼ手動操作のみで凶暴かつ繊細極まる戦術機動マニューバを描いているなどとは。


 銀河全域に進出した人類だが、結局神は見つからなかった。

 しかし神技は間違いなくここに存在している。


『防御のキャパが大きいだけだ慌てるな! オーティス01より全機、レーザーをパルスモードに、及びレールガンの散――――――――』

 

 それでもどうにか戦況に対処しようとする連邦のエイムオペレーター。

 だが、その矢先に短機関銃SMG2挺による集中砲火を受け手脚が吹き飛び中破していた。

 即座に回避機動に入った同分隊の僚機も、高出力レーザー砲の掃射を喰らい2機がまとめて撃墜される。


 灰白色のエイムによる、陽動。


 連邦のエイム部隊が一方の敵に気を取られた一瞬、赤と白のエイムに黒と紫のエイムが挟撃に入っていたのだ。

 更に、背後から撃たれて連邦の部隊が迷いを見せた瞬間を突き、唯理もブースターを吹かし反転。腰部の後ろからレーザー砲を引き出すと、レールガンとの二挺持ちで敵集団へ向け乱射した。

 乱射ではあるが、短連射される赤い光線と無数の55.5ミリ弾はほとんどが連邦のエイムに集中している。

 敵が完全に混乱したのを確認した唯理は、撤退した部隊の側を警戒させていたチームBにも攻撃参加を指示。

 統合戦略部所属エイム部隊、オーティス、アンブラの両小隊を壊滅状態に追い込んだ。


                ◇


 精鋭2小隊が、その数の差を引っ繰り返され僅か6機の素人集団に喰い潰されていく。

 それでも、味方の撤退を支援していたふたつの小隊は、その任務を全うしていた。


「おいどうなっているんだ――――――ですかねぇ準一佐!? ウチの機動部隊が、たかがノマドの――――――――!!」

「前線の部隊を援護する。前衛3艦、副砲及び遅滞防御兵装のみ4斉射、ノマドの船団に当てないよう留意」

「アイサー、イルミネーターはターゲットを追尾中! ボギー1からボギー6にターゲットマーク! ノマド全艦をミスファイア設定! 前衛艦マリエストラ、コートラデュラス、シン・パラディクスへ攻撃指示!!」

『ドラガニックシアコントロールへ了解! ファイアコントロールへ、射撃は副砲以下4斉射に限定! セーフティー解除、撃ち方はじめぇ!!』

ーッ!』


 艦橋ブリッジにて、ひとりで喚いている肥満体の三等佐を無視し、旗艦艦長が部下に命令を出す。足止めに徹してボロボロにされたエイム部隊への援護射撃だ。

 旗艦より命令を受けた艦隊の前列、屈折した二等辺三角形の巡洋艦や、長方形の3つの艦体から成る重巡洋艦が一斉砲撃を開始。

 ヒト型機動兵器の武装とは比べ物にならない高出力レーザーが、灰白色のエイムと5機の僚機を友軍機と分断した。


 この一撃は飽くまでも味方のエイムを支援する為のモノであり、故に砲撃を行なうのは艦隊前衛にいる3艦のみ、それも直撃させずノマド船団への流れ弾も避けるという配慮をしていた。

 キングダム船団が連邦艦隊との交戦も辞さないという意志を示した以上、その火力が無節操に振るわれた日には艦隊の方が全滅しかねないからだ。

 可能な限り直接の攻撃を控えて見せれば、ノマド側も積極的な攻勢に出まいという判断である。


 そして、司令官艦長は見誤ってしまった。

 キングダム船団と寄せ集め難民船団の内部事情を。


              ◇


 超巨大戦艦クレイモアクラス、艦隊司令艦橋にて。


「エイムチームを援護するぞ! 連邦艦隊へ威嚇射撃! 派手にやれ!!」

「了解! イルミネーターにミスファイアリング設定! 全レーザー砲起動! 目標座標設定はオートでいきます!!」

「安全装置解除! 砲撃開始!!」

『火器管制オペレーターの命令を確認。各レーザーセルの攻撃目標指示をオートへ設定します。威嚇発砲設定プリセットを参照、出力を5%に制限します。副口径レーザー砲、1番より630番、ダミー目標群へ斉射開始。主口径レーザー砲、1番より110番、ダミー目標群へ斉射開始。特口径レーザー砲、1番より8番、ダミー目標群へ斉射開始』


 キングダム船団長でありクレイモアクラスの艦長となった褐色肌の若白髪、ディラン=ボルゾイが部下に砲撃命令を出す。連邦艦隊のエイム部隊を迎撃に出た村瀬唯理らのエイムチームを支援し、連邦の艦砲射撃に対抗する為である。



 乗り込んだ直後、初の実戦で細かい艦のコントロールが出来ず、また寄せ集まった船団の統制が取れないのも、仕方がない状況ではあった。



 ノマド船団と連邦艦隊は、宇宙のスケールにおいては密着していると言ってよい状態にある。

 双方の距離は、約2,500キロメートル。

 この空間を、748閃もの青い屈折光線が覆い尽くした。

 なお、連邦中央軍統合戦略部の艦隊旗艦は主副併せて12門のレーザー砲を装備している。遅滞防御兵装ディレイWSは除く。

 艦隊全ての艦艇に搭載されてる砲は、約21,000門。砲口の数だけ見れば連邦艦隊が圧倒的だ。


 しかし、クレイモアクラスの青い屈折光学兵器、可変共振動レーザーは威力が10倍以上違う。ジェネレーター出力にモノを言わせた連射速度が違う。ついでに放熱効率も違う。

 防御シールドも桁違いの強度を持つので、仮に正面から殴り合っても一方的に叩かれる事となるワケだ。

 つまり、クレイモアクラス単体でも6,000の艦隊と互角以上に渡り合えるのに、更に同規格の艦艇が25隻も控えているという。


 至近の空間を青いレーザーに薙ぎ払われ、シールドを吹き飛ばされた連邦艦隊がパニックになった。

 ノマドの船団が本格的に撃ち返して来た、と思った艦隊前衛に位置する重巡洋艦の艦長は、自身の権限において緊急迎撃を選択。撃たれっ放しになれば、一瞬で轟沈させられかねないと判断したからだ。

 これに他の艦が追随、牽制でも威嚇でもない直撃弾をキングダム船団に叩き込む。

 旗艦の艦長が止める間も無い。


 側面を向けていたノマドと寄せ集めの船団は、約10,000門からのレーザー砲撃を喰らう事となった。

 クレイモアクラスやファルシオンクラスといった超高性能艦は、そのシールド出力で以って無傷。他の船もシールドを最大出力で展開していたので損害は軽微だ。

 一方で、銀河に冠たる先進三大国ビッグ3、中でも最大の国家の艦隊に攻撃されたという事実は重い。

 キングダム船団の混乱は、連邦艦隊の比ではなかった。

 火力の加減も分からず勝手に発砲して連邦艦をブチ抜く者、発砲したものの電子妨害ECMに全く対処ECCMしていないので出鱈目な方向にレーザーを飛ばす者、撃たれた途端に脇目も振らず回頭して逃げ出す者、慌てて周囲を見ないで船を動かしシールドを接触させてジェネレーターを落とす者、と。

 もうメチャクチャであった。




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