3rd distance.コンボイ

60G.バトルミーティング イン バトルシップ

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 前回までの、Hi-G。


 宇宙を放浪する自由船団ノマドのひとつである、キングダム船団。

 その船団は、天の川銀河を構成する星の大河、ペルシス・ラインの最下流に存在する共和国圏ターミナス恒星系グループにて休息を取ろうとしていた。

 ところが、折悪く同星系を全銀河と知的生命体の脅威、『メナス』自律兵器群が襲撃。

 キングダム船団は、ターミナス恒星系政府により半強制的に住民の避難を支援させられる事となる。


 気が付いたら21世紀からこの時代に飛んでいた村瀬唯理むらせゆいりは、所属している高速貨物船『パンナコッタ』と共にキングダム船団を一時離れていた。

 ひとりでも多くの星系住民とキングダム船団を助けるため、この宇宙に封印されているある宇宙船を入手するのが目的である。

 唯理にのみ応える、この時代の標準的な宇宙船の性能を著しく逸脱した、100億隻の封印艦隊。

 それらを起こす事は後の銀河に大混乱を巻き起こすと予想できた。

 それでも今は、キングダム船団とターミナス星系の避難住民を助けるのを最優先する。

 後の事はその時考えるのだ。


 パンナコッタと同行した船団所属の3隻は、紛争ど真ん中のハイスペリオン星系へと侵入。複数勢力の入り乱れる戦闘宙域を強行突破し、ついでの用事を片付けた後に、戦艦の隠された惑星へと到着する。

 マグマの惑星から25隻の超高性能艦を引き上げた唯理とパンナコッタは、再び障害となる艦隊を蹴散らしハイスペリオンからターミナスへと帰還。

 予測より早く到来していたメナス大艦隊と総力戦に突入し、300万対25の戦いをどうにか切り抜けた。


 しかし、メナス艦隊は一時的に退いたに過ぎず、後続と合わせて未だ900万以上の母艦型がターミナス恒星系へと迫っている。

 キングダム船団とターミナス星系の住民は避難を急ぐが、そこに迫るのは天の川銀河で最大の勢力、シルバロウ・エスペラント連邦に属する艦隊だった。


                 ◇


 天の川銀河におけるもうひとつの大勢力、ジャンスターシェーフ国民主権主義擁護共和国。

 ターミナス星系は、その共和国が支配する銀河最辺境の宙域とされている。

 そんなところに対立する連合国家である連邦の宇宙艦隊がやって来たとあって、逃げ支度真っ最中なキングダム船団内は騒然としていた。ただでさえ忙しい時に、迷惑な。

 しかも、連邦艦隊の目的はキングダム船団であるらしい。

 正確には、キングダム船団が編入した、25隻の超高性能戦艦が狙いだ。


『連邦中央軍ホーリー三等佐である。ハイスペリオンG1M:Fから持ち出した船を引き渡せ。それは我が連邦の所有物である。それにあの女――――――――』

「プライベートラインに回せ……!」


 整備中だった艦橋ブリッジのメイン画面に大写しの男、連邦中央軍三佐のホーリーを名乗る肥満体の男は、さもこの場の絶対者のような振る舞いで命令してくる。

 弱い相手から成果をもぎ取り、どこまでも傲慢に振る舞ってやろう、そんな性根を隠そうともしていなかった。


 誰にも言えないが、船団長のディランはこの男を知っている。本来の所属組織から資料が下りて来ていたのだ。

 ところが、実物は資料以上という。


(考え無しかこのバカ!?)


 相手が何を言おうとしたのかをギリギリ察した船団長は、慌てて通信回線を自分ひとりへと絞らせていた。


 人事評価の項目に書かれていた「人格に問題あり」という表現は、非常に控えめなモノだったのだろう。

 自己中心的で独善に満ち、他者の心情を推し量る事をせず自信の都合の良いように物事を解釈する。理性より感情を優先し、現実を己の理想に合わせようとする人物。by医師。

 連邦という組織は、巨大過ぎた。連邦軍には380京人が属しているとされるが、正確な所は最早誰にも分からない。

 故に、時々こういった救いようのない手合いが上だか下だかの人物に有用とされ、居場所を得てしまう事があるのだ。

 こうなると、迂闊に唯理の存在を通信で喋ろうとしたのも考えがあっての事だったのかもしれない、とディランは深読みした。

 当て付けか嫌がらせか、やっぱり考え無しか、いずれにせよロクな理由ではないだろうが。

 何にしても、こんな不特定多数の船団や共和国の人間が聞いている所で、剣の艦隊の全権限を握る少女の存在を匂わせる事など許されない。

 どれだけの問題になると思っているのかこのデブは。


「キングダム船団船団長、ディラン=ボルゾイだ。本船団に所属する宇宙船が連邦の所有物であるという事実は無い。よって要請を受け入れる理由は無い」


『黙れ! 貴様と話などしていない。俺が許可しない限り口を開くな! ノマドなんぞは連邦の命令に黙って従っていればいい! 貴様ら如きがこの俺に逆らうな!!』


 そのデブにヒステリーが加わるからどうしようもない。


 毅然として突っぱねる船団長に対し、ホーリーの反応は火が付いたように激烈だった。目を剥いて歯も剥き出し、大声で怒鳴りつけ船団長に凄んでみせる。なるほどこうやって立場の弱い者に有無を言わせないのが、この男のやり方なのだろう。

 船団長にはあまり意味が無いが。


『今から部隊を送り船は全て接収する、これは決定事項だ。抵抗するヤツは連邦法と国家秩序維持法の下に命の保障はせんからそのつもりでいろ!』


「こちらの船は惑星からの避難民を満載している。その人員はどうするつもりだ。当宙域は50時間以内に生存不能環境となる可能性が非常に高い。航宙旅行者の生存権は連邦も加盟する銀河文明圏航宙条約にも――――――――」


『ゴチャゴチャうるさいぞ! 口を開くなと言ったのが聞こえなかったのか!? 黙って命令に従え!! 共和国やノマドのクズどもがどうなろうが知った事か!! それに、この銀河では連邦の法が全てに優先する! それ以外の法だ条約だは全て馬鹿を納得させるだけのお為ごかしだ! 覚えておけ!!!!』


 一方的にがなりたてると、苛立ちデブは蹴飛ばすようにして通信を切る。

 あまりに正直な物言いであり、誰もが口先だけだと知っている政府の為前すら使わないのが、いっそスッキリして潔いと思えるほどだった。恐らく船団長の気のせいだが。


 しかし、言質は取った。ありがたい事に、それほど苦労せず。

 間違いなくこの後の船長会議はかつて無い荒れ具合となるだろうが、それでも連邦の主張は根本的に受け入れられるモノではないので、全体としては拒否する流れに持って行けるだろう。


 この時は、ディランもそう思っていた。


              ◇


 フンッ、と尊大に鼻を鳴らし、表示の消えたモニターを見下す肥満体の軍人、サイーギ=ホーリー三等佐。

 その斜め後ろ、艦橋ブリッジ中央の艦長席では、初老の男性が伸ばしたヒゲを弄っていた。

 ヒゲを撫でながら、難しい顔で唸っている。


「連中……大人しく船を空け渡すと思うかね? ホーリー三等佐」


「えーえー大丈夫大丈夫、そう言いましたよね? 放浪民が底抜けのバカじゃなきゃ連邦に盾突いたりしやしませんよ。アレは我が連邦圏のハイスペリオンから引き上げたんだ。だったらぁ、ありゃ連邦の物って事に決まってます。

 ヤツらは泣いて悔しがって歯ぎしりして、結局我々の命令に従うしかないんですから」


 憎々しげに口角を上げる肥満三等佐。加虐性嗜好があるワケではない。目障りで生意気な存在は、踏み躙らないと気が済まないだけだ。

 また、ホーリーにとってこの訳知り顔で冷静ぶっている艦長も気に入らない対象だったが、こちらは自分より階級が上で、必要な宇宙での足だ。あまり無碍な対応も出来ない。そうしなければならないのが、イラつく。ホーリーはいつだってイラついている。


「相手はノマドだ、連邦から逃げる事だって出来る。生存権を守るというなら、あの船の火器をこちらに向けて来る事だってあり得るだろう。

 それに、どの程度共同歩調を取っているかは分からないが、共和国の駐留艦隊も一緒にいるようだぞ?」


 それでもしつこく背後から投げかけられる問いに、肥満三佐はこめかみの血管を振るわせ怒りが噴き出すのを堪えた。

 どうしてどいつもこいつも黙って言う事が聞けないのか。


「あのねぇ見れば分かるでしょう! あの数のメナスにやられたんだ、艦隊の体裁なんて成しちゃいませんよ!!

 国際問題ったって今更でしょうよ、どうせあいつら連邦の領域を掠め取ってデカイ顔している図々しい泥棒だ! それにしたって100年も200年も上辺で対立しながら裏では政府間でズルズルでやってきたんだ、問題になったってまた取引だ政治的配慮だで有耶無耶に出来ますよぉ!!」


 当り散らすように言う肥満の三佐に、特に反応を見せないヒゲの艦長。

 共和国艦隊に対する見方に関しては、ホーリーも正しい事を言っていた。


 艦隊の半数を喪失すると言うのは、すなわち壊滅と同義だ。まだ半数いれば半分の力で戦える、などという単純な話ではない。

 戦闘群というのは、それぞれが与えられた役割を果たす事を前提に編成される、それ全体で一つの戦闘兵器である。

 そこに大穴が開いていれば、集団としての戦術が機能しないばかりか、戦力をいたずらに消耗するだけの結果となるのだ。この場合、定石セオリーとしてそれ以上の被害を出さないよう撤退などの判断をするのが正しい。

 が、常に定石セオリー通りの手を打てるとは限らない。ましてや、生きるか死ぬかの状況では最後まで戦うしかないだろう。

 失う物が大きい場合、共和国艦隊が損害度外視で抵抗してくる可能性も皆無ではなかった。

 しかし、数こそ10倍するとはいえ、準備万端な連邦軍とは戦いにならないと思われる。


 共和国と戦闘状態になるのも、全く問題が無いとは言わないが、確かに今更の話ではあった。

 連邦が中央本星を他所に移すという一大入植事業を、当時の企業連合体が独立運動に裏で手を貸し力尽くで乗っ取ったのが、今から300年ほど前の事だ。

 以降、連邦と共和国は戦争状態にあるのだが、一方で住民や企業の交流は行なわれており、地方自治体や中央政府同士が政治的な取引をするのも珍しくない。

 実質的な停戦状態であり、自分たちの統治の為に互いを利用するような動きも見られ、こうなると300年前の独立騒ぎにも何かしらの裏があると考えられた。


 もっとも、その辺の事情に艦長は興味が無い。政治に関わるのも御免だ。自分の仕事をするだけである。

 だからこそ、このお世辞にも好ましい人間ではない階級が下の気難しい肥満三佐に手も貸していた。ホーリーの為ではない、飽くまでも上からの命令である。

 疑問になるのは、いち三等佐の分際で独断にて共和国艦隊との戦端を開き、その責任を問われて潰されないように立ち回る自信があるのか。

 それだって、艦長が気にする事ではなかったが。


「いいから準一佐殿は連中に睨みを効かせておいてくださいよ、何の為にウチの艦隊を引っ張ってきたんです。

 心配せずともあの戦艦さえ手に入れれば、共和国を屈服させるなんて造作も無い事ですよ。そうなれば上だって文句なんか言えやしません」


「そうかね……? まぁ精々期待させてもらおう、私は私の仕事をするだけだ」


「チッ…………結構、ならさっさとあのデカイ船を押さえてもらいましょうかねぇ、準一等佐どの!? なんなら薄汚い放浪民の船と共和国の艦隊は殲滅してもらって構いませんよ」


 取り澄ました上官の態度に、露骨に舌打ちするホーリー。いずれ昇進したらこんな老いぼれ真っ先に軍から追い出すか、軍事法廷にかけて冷凍刑か焼却刑にしてやろうと心に決めていた。


 ターミナス恒星系本星テールターミナスから、約5万キロの宙域。

 惑星連邦軍統合戦略部に所属する特務機動艦隊6,000隻は、半球形に展開した半包囲陣形でキングダム船団へプレッシャーをかける。

 ヒト型機動兵器と制圧部隊を載せたガンボートも先行し、超高性能艦へ直接乗り込み奪い取る算段だ。

 戦艦と、鍵となる赤毛の少女。これを押さえれば、共和国は無論のこと連邦中央にだって自分に対し生意気な口を利かせたりしない。

 ギリギリと歯を鳴らし、ニヤけているのか憤っているのか分からない表情のホーリーは、その野望を際限なく肥大化させていた。


              ◇


 300万のメナス戦闘艦による大攻勢を退けた後、キングダム船団は行き掛かり上ターミナス恒星系の脱出船団と合流。その数を一気に30万隻近くまで増やしていた。

 比率的にキングダム船団が脱出船団に飲み込まれたようにも見えるが、いかんせん圧倒的な戦闘力を振るう25隻の超高性能艦がいる関係上、主導権がキングダム側にあるのは明らかだった。

 共和国艦隊もこれに含まれていたが、メナスとの交戦で半数が大破から轟沈と言うステータス。当初の15万隻から、無事に残ったのは7万隻ほどだ。激戦の直後という事もあり、戦闘や作戦行動を取れる状態ではない。

 キングダム船団は旗船である超大型輸送船キングダムをはじめ、7割が中破以上の損害を被る有様。無事なのは100隻程度だ。

 宇宙船団を構成する大半は、脱出の為に星系内から掻き集められたか、星系外から応援に来たか、あるいは早々に逃げ出したもののメナス恐ろしさに舞い戻って来た一般の船だ。純粋な戦闘艦など皆無と言ってよい。


 これらの船団に、約10億人が乗り込んでいる。


「論外だ! 収容人数を超えるほど乗り込んでいるのに船を渡せだと!? クソッたれのフォーサーめ!!」


 宇宙船の中とは思えない、幅60メートル奥行60メートル高さ30メートル程の空間に、吹き抜け状に5段の階層が組まれている広大な部屋。

 今は無数に詰めかけた人々で乗車率300%を超える有様となっており、非常に狭苦しくなっていた。

 しかも、誰も彼も気が立っている。


 そこは、出自不明の超戦艦、クレイモアクラス内にある未稼働の艦隊司令艦橋だった。ちなみに船自体の艦橋ブリッジはまた別に存在し、更に広い。

 ここに集まっているのは、主にキングダム船団に所属する船の船長や、運航部、管理部といった部署の長、ターミナス恒星系の行政府や主要企業のトップや幹部社員、共和国艦隊を構成する私的艦隊組織PFOの軍人や責任者、星系住民側の代表やその関係者、星系外から応援に来たボランティア船の船長、事件の取材に駆け付けたマスメディア、人混みを見物に来た野次馬、その他諸々。

 つまり、完全に収集が付かなくなっていた。

 いくら宇宙船としては破格に広いといえ、10億人を代表する連中など収容し切れるワケが無い。もう少しこう何と言うか手心を、という話である。


「ターミナス星系艦隊は本艦隊の防衛戦力の過半数を占める物として最上級指揮権を要求する! 当方の指揮下で連邦の横暴極まる要求に断固対応するべきだ!!」

「ふざけんなノマドの艦隊に助けられた役立たずのPFOがー!!」

「待て今の宣言は星系艦隊か本社派遣艦隊か!? 星系司令部はキングダム船団とまず協議したい!!」

「テールターミナスのビルバルディ市民総会です! 我々は第一に本船団が共和国政府ではなく一般市民主導によるもであるのを確認したくあります!!」

「ターミナスは共和国だぞ! 資産管理法特別条項によれば緊急事態では我々が全ての船を管理するはずだ!!」

「PFOが武装したヤツを集めているのは何のつもりだ!? 力尽くで船を乗っ取るつもりなんてそうはいかないぞキングダム舐めんな!!」

「我々共和国艦隊が総指揮を執るのが最も合理的だろう!?」

「人道救助は最優先だ! 漂流者の救出はいつ始めるんだ!?」

「やってみろメナスみたいに叩き潰してやるぜ!!」

「まずは連邦艦隊に対処するのが先だ! 連中乗り込んで来るぞどうするんだ!?」

「キングダム船団か共和国艦隊がどうにかしてくれるんだろう!?」

「ラーケット・ゼン市民会議は被災者への支援を要請します! T.F.Mを全面開放すべきです!!」

「直近の課題は連邦の対応だと言ってるだろう下層民は黙ってろ!!」

「この船団は共和国の物じゃないぞ偉そうにするなー!!」


 そんな有象無象が好き勝手に怒鳴り合っていた。

 当初、この船の暫定船長に就任したディラン=ボルゾイが全体の音頭を取ろうとしたが、数の暴力に圧されてあえなく埋もれてしまう。若白髪が老け白髪になりそうだ。

 サイーギ・ホーリー三等佐と連邦の艦隊は、加速度から判断して30分以内にクレイモアクラスに接触するものと予想される。制圧するなら、当然旗艦であるこの船になるだろう。


 避難してきた星系の人々は、あらゆる船へ無秩序に逃げ込んでいた。生命維持システム容量の100%を超えている船があれば、まだ余裕のある船もある。最適に人数を振り分けている時間的余裕など無かったのだ。乗り込めただけマシと言うものであろう。

 あらゆる船の中が、未だ混乱している状況だ。

 必要最低限の整備すら行なわれておらず、食事も満足に用意できない。人々は船内の固い床に座り込んでいる有様だった。一部剥き出しの土の地面や砂浜に座っていたが。

 とにかく最優先でメナス群の到来前にターミナス星系を脱出する予定だったのに、連邦艦隊の邪魔が入ったという状況である。


「ボルゾイ船団長……ボルゾイ船団長……!」


「ん……? ブラウニング、社長?」


 艦隊指令艦橋の後部中央にある総司令官席。

 そこに座る船団長は左右からのがなり声を耳から追い出していたが、フと気が付くと、その中に聞き覚えのある呼び声が。

 見ると、密集する人混みを掻き分けて、恰幅の良いスーツ姿の壮年男性が間近まで接近していた。

 惑星テールターミナス及びターミナス星系の支配企業、ブルゾリア社の最高経営責任者であったグルー=ブラウニングだ。秘書らしき女性もスーツを乱しながら無表情で付いて来ている。


「船団長、今の船団は反発するターミナスの市民と政府と軍が互いに主導権を握られまいと牽制し合っている状態だ。そしてどちらも焦点はキングダム船団の出方次第だと知っている。

 だがキングダムの規模では主導権を得るのは難しいだろう。対等の権利を得れば、数の力で意見を通せると全員が考えているはずだ。だから指揮権だ救援活動だと存在感を押し出しているのだ。連邦艦隊の存在すらその為の道具だよ。

 私と社は共和国の所属企業だが、本星からは独立した権限を持っている。いや、ハッキリ言えばターミナス星系の資本を放棄した我が社はビッグブラザーから整理対象と見做されるだろう。

 しかし今ならまだターミナスの市民とPFOの一部を私の権限で纏められる。

 船団長、ブルゾリア社を新船団のバックオフィスにしたまえ。そうすればキングダム船団のブリッジをメインストリームに据えられる」


 ゆっくり話もしていられないので、一気に本題を口にするブラウニング社長。

 いったい何を言い出すのか、と雑音の中で耳を済ませていた船団長だが、全てを聞いて理解した後に溜息を吐いていた。


「結局アンタも共和国にウチの船を取り込みたいだけだろう。アンタの家族の為に無理をしたウチの連中に恩を感じろとは言わないが、せめて邪魔はしないで欲しいもんだな。せっかく助けたアンタらを今更敵に回したくない」


 もはや礼儀も体面も無く、ぶっきらぼうに言い放つやさぐれ若白髪船団長。

 ブラウニングは共和国の人間だ。つまり、カンパニーをはじめとしたビッグブラザーといった企業集合体と、自分自身の利益を手段を選ばず追求する、由緒正しい共和国幹部という事である。

 思い返して、惑星テールターミナスに降りて武装市民によるテロに巻き込まれ、現地の治安部隊セキュリティである私的艦隊組織PFOに攻撃された挙句その責任を問われて無茶な依頼を押し付けられたのが、遠い昔のように感じられた。

 腹立たしさは新鮮なままだが。

 この上、ブラウニングの家族救出や半強制された星系住民の避難の為に全滅というリスクを背負ったキングダム船団を、共和国の利益の為に取り込もうとするとは、全く勤勉な共和国の社員である。

 これ以上振り回されるのは、もううんざりだった。


「気持ちは分かるし感謝もしている、船団長。キミ達が助けに行ってくれなければ、私は娘と孫に生きて会えなかっただろう。

 それに私はこれ以上共和国に尽くす気はないのだ。ビッグブラザーは本星系を損切り・・・したし、私は職責を果たした。家族が無事だった以上、もはや通す義理も無い。

 だが、君らキングダム船団がこれ以上自立と主権を維持するのが難しいと言うのも無視できない事実だ。この船は強力過ぎる。実際、連邦は既に艦隊を差し向けてきているじゃないか。

 連邦軍が強硬な手に出てくるというなら、共和国の庇護の下に入るしか道はあるまい。そして私なら共和国の中で君たちの立場を作ってやる事が出来る。私が間に入って大きな裁量権を維持したままPFOとして成立させてもいい。

 現状では悪くない方針なはずだ、ボルゾイ船団長」


 ブラウニング社長の方は、年下の若造とも言える船団長の態度に腹も立てず、より近くに寄り提案する。

 そうなのだ。

 実際問題キングダム船団は、この先どうするかが決まっていない。何せターミナス星系で補給や補修を済ませる間に諸々決めるつもりだったので、その後の怒涛の展開を乗り切るのに精いっぱいだったのだ。

 一応、メナスから距離を取る為に空間密度の低いルートを選んで銀河中心方面に向かおうという話にはなっている。

 が、それもキングダム船団内部の大まかな方針でしかなく、共和国避難民や艦隊の意見は訊いていなかった。

 聞く暇が無かったという事情もあるが。

 何せ、前述の有様だ。誰も彼も自分の意見を押し通そうとするばかりで、話し合いになどならない。


 現状、ディランは船団内で最も有力な戦艦・・を預かっていた。

 ならば船団長は、せめて自分は明確な指針を持たなくてはならない、と思っている。あまりの混沌ぶりにそれを一時失念、いや放棄していたが。まさかこうなる事を見越してこの巨大戦艦を丸投げしたんじゃあるまいなあのアママリーン


 などと嫌な疑念が頭をもたげるが、それはともかくとして。

 ディランはクレイモアクラスをはじめとする超高性能戦艦、剣の艦隊(仮)の奪取を命令されている。無論それは、鍵となる赤毛の少女を含めてだ。

 しかし、そこは今しばらく保留したい。クレイモアクラスの指揮権を得た事を名目とし、上に命令の再考を求めるつもりだ。


(まぁそうは言っても、どこまで先送りできる事やら……)


 我ながら理屈に合わない事をしているとディランは思う。


 差し迫った問題としては、今まさに接近中の連邦艦隊だ。ちなみにディランとは所属が全く違う。

 また、艦隊と言っても連邦中央艦隊所属の艦隊ではないという、少々ややこしい事情の相手となっている。

 連邦中央軍、統合戦略部所属の特務機動艦隊。同部が持つ実行部隊だった。

 あの貪欲なブタのような軍人、サイーギ=ホーリーは執念深そうだ。かと言って、クレイモアクラス辺りの砲で吹っ飛ばしてしまうのも拙い。あんなブタでも殺せば連邦本体に報復攻撃の口実を与えてしまう。

 同様の理由で、特務機動艦隊と交戦するのも避けるべきだ。もっとも、それに関しては難しいと考えているが。


 いずれにせよ、連邦に捕まるワケにも戦う事も出来ないので逃げるしかないのだが、連邦の手は自国外の銀河全域に及ぶと言って良い。何せ銀河の支配者を謳っているのだ。エクストラ・テリトリーは当然、他国の宙域にだって平気で艦隊を指し向けて来る。

 対抗出来るのは同じく銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーの、共和国か皇国。

 しかし皇国圏には逃げられないだろう。皇国は戦力として艦艇数は連邦の半分以下、支配星系は3分の1以下だ。そもそも反権力の放浪民を守る理由が無い。

 そうなると、もう選択肢は共和国しかないのだが、


(自分の懐に自分から入って来た獲物を共和国は死んでも逃がさんだろうな……。それでも連邦の牽制にはなるし、どの道ターミナスの難民はどこかに下ろさにゃならん。同じ共和国圏なら引き渡しも容易か……?)


 当然の如く硬軟織り交ぜた取り込み工作が行われるだろうと思うと、物凄く行きたくない。

 そうは言っても10億なんて馬鹿げた人数を抱えて航海を続けられるワケも無く、またブラウニングが間に入るというなら共和国内でも少しはマシな対応を期待できるかもしれない、とディランは考えた。

 ブラウニングもどこまで信用できるか分からないが。


(なんにせよ一度会議にかける必要はある、か……。今まで中立でやってきたが、それも潮時かもな。仮にそうなったとして、ズルズルとカンパニーに引き摺られるつもりはない。船団は俺たちが纏める必要がある)


 不本意だが、とりあえずの方向性は決まった。

 総司令官席の脇に屈んでいたブラウニングに、ディラン船団長は目線で同意を示す。

 ブラウニングが秘書に何かを伝えると、そこからヘッドセット型通信機器インフォギアでどこかへ連絡を入れていた。

 既にある程度の仕込みは終わっていたらしく、若白髪の顔が苦々しくなる。


 それでも、もはや時間も無くここは勢いで一気に行く事とした。




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