58G.ウォーシップ トルーパー

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 パンナコッタのシステムオペレーター、サーフィスは本当に優秀な乗組員クルーの少女だ。初めて乗る船の性能を遺憾なく引き出し、6時間という途方もない速さで1.5光年を股にかけ、目的地の僅か700キロメートル手前にワープアウトして見せたのである。

 

「あっぶねぇ…………」


 本人は冷や汗をかいていたが。


 何せ、行きと同様ノンストップのダイレクトショートワープの連続、いつトラブルを起こすか分からない超高出力ジェネレーターやコンデンサといったシステムの監視、24隻の同一規格の戦闘艦のサポート、この上躍起になって艦隊を止めに来る有象無象にまで対処する必要に迫られるのだ。忙し過ぎて死ぬ。


「つーかよくもまぁここまで一隻も脱落しないで来れたもんだな……。あれだけ行き当たりばったりで雑な航行しといて」


『お見事だけど、安心するのは早いわよフィスちゃん。今から本番』


 しかし、苦労人のオペ娘に気の休まる暇は無い。修羅場のハイスペリオンから逃げて来たかと思えば、今度は鉄火場のターミナスである。

 約3分の1が先行してきたメナス自律兵器群の大艦隊、その数300万隻。

 それらは、剣の艦隊がワープして来た直後は何故か静止していたが、一転して流星雨の如き猛烈な攻撃を仕掛けてきた。

 飛来するのは無数の荷電粒子弾。剣の艦隊に対してメナス艦隊による集中砲火である。


上位領域敵性端末体Enemy unit of the over regionによる攻撃を確認。自動迎撃プロトコルに該当有り。自動迎撃を開始しますか?』

「いきなりかー!? シールド最大出力! ECM、ECCMフルパワー! 電子戦闘開始! 回避行動始めろ!!」


 全長10キロにも及ぶ超巨大戦闘艦を初めとして、25隻の戦闘艦が一斉に回避機動を取り始めた。その巨体からはありえないほど動きが早く、高速艦並だ。

 超巨大戦艦が重力下方向に潜り込み、その5倍あるデタラメな大きさの戦闘艦が前面のブースターを吹かして後退して行く。

 主力戦闘艦は右に左にと高速で回頭していた。艦隊行動も何もあったものじゃないが、初乗りの上に規格外も甚だしい戦闘艦群なのだ。仕方が無いとは言える。


 怒涛の砲撃を前に、無防備な腹を晒す剣の艦隊。しかし、その中央を突っ切り前面に出る戦闘艦があった。

 長細い艦体に一体型の艦尾ブースターエンジン、その最大の特徴は、艦体の上下左右4辺から徐々に持ち上がりつつある、長大なシールド発生ブレードだ。これを艦首と中央寄りに装備していた。


 惑星防御艦イージスクラス、全長5キロメートル。


 星を覆う程のエネルギーシールドを展開し、最大の防御性能を誇る剣の艦隊の盾である。


「フロントシールド、ミッドシールド出力最大。ディフレクターモード。ジェネレーター出力は」

「シールドジェネレーター01から04まで出力55%、05から16までは80%で待機出力中です。05から08を100%に出力上昇、ブレードへの接続切り替えます。バッファのリレー問題無し、シールド維持問題ありません」

「シールド強度100%、ベクター偏向、ディフレクターモードに設定」

「船内システム全て正常、問題ありません」


 イージスクラスに乗り込むのは、アレンベルト船長のソロモンと船員達だ。人手不足で僅か3人で回しているが、それでも完璧にメナスの猛攻から艦隊を守って見せていた。


 メナス大艦隊と艦載機による億に届こうかと言うほどの一斉砲撃は、イージスによる大シールドに偏向させられ後方に流れていく。

 惑星を100回焼き尽くさんばかりの熱量が叩き付けられるが、シールド防御に特化した戦艦は全く揺るがず、後方の艦隊へは一切の攻撃を通さない。


 そこで、回避行動を取っていた戦闘艦の一隻が大きく回頭し、艦首をメナス艦隊へ向けた。

 艦橋ブリッジ内では、背が低く横に筋肉質な船長が気を吐いている。


「どーれどんなもんか見せてもらおうかいのぉ! いっちょお見舞いしたれぇ!!」

「アイサー! ゲオルギウム重イオン化開始ぃ! インジェクター作動! 加速チェンバーにイオン原注入! 加圧開始!!」

「アレンベルト側と発射タイミング同期しやす!」

「パーティクルアクセラレーター内の充填加速率50%! 予定出力15.5 テラワット!!」

「ECCM最大出力! レーダーと僚船の照準データをイルミネーターにリンク! 目標を追尾開始、船体の軸線合わせ、船首ブースター点火! 集束レンジ設定、距離50万キロぉ!」

「チェンバー内ターゲットウィンドウ解放準備よし! 安全装置解除! トリガーホールド中! オヤジさん!!」

「っしゃぁあ! ブチ込めぇええ!!」


 正面から見て平たい六角形の艦体で、前3分の2は音叉のように上下に分かれており、前部はやや幅が狭まっていた。

 艦尾には艦体と一体型の大型ブースターエンジンが4発。その左右には、サブブースターエンジンと武装を内蔵し、シールド発生ブレードをオールのように伸ばしたユニットを接続している。


 砲撃支援艦ハルバードクラス、全長1,000メートル。


 剣の艦隊において、高火力と特殊兵装を持つ砲戦の要となる戦闘艦である。


 イージスクラスが防御シールドを解除するタイミングに同期し、ハルバードクラスは砲身となっている艦首上部から荷電粒子砲を発射。

 煮え滾る火砕流のようなビームを放ち、メナス艦隊を一直線に薙ぎ払った。

 ただでさえシールドに対して高い貫通特性を持つ上に、以前のバウンサーの100倍近い出力。しかもジェネレーター出力は半分程度。

 一度に数千から1万隻というメナス艦がビーム流に飲み込まれ、ほぼ全てが原型を留めていられなかった。


「ヒャーハハハ! コイツはまたべらぼうだねぇ! どーれあたしらも試してみるかね!? しっかり付いてきなよ!!」


 総崩れになったメナス艦隊側面、ビーム砲が振り抜かれた側から複数の戦闘艦が加速を上げて突っ込んでいく。

 突き刺すような先鋭した艦体で、艦尾には大型ブースターの集合ブロック、その左右には後方のブースターを覆うように延びるシールド発生ブレードを装備。

 ファルシオンクラスバーゼラルド級パンナコッタⅡに共通部分を多く見出せるが、前者より小型で、後者より重装甲だ。


 強襲突撃艦ジャベリンクラス、全長400メートル。


 42Gで加速する高速の戦闘艦は、装甲を展開して副口径砲のアレイと主口径砲の砲塔タレットを開放。

 自身の進路上に向け、屈折するレーザーを一斉に発振した。


 編隊を作っていたバーゼラルドクラスの4隻も続けてレーザーを放つ。パンナコッタⅡと同級だが、こちらは艦体上部にシールド発生リングを装備していた。


 縦横無尽に走る200条の青い光線。

 5隻の高速戦艦は、メナス艦隊の最前列を斬り裂く様に突破していく。

 シールドを貫かれ、回頭中の舷側を薙ぎ払われ、掻き乱される自律兵器の艦隊。

 殺到する荷電粒子弾は、ほとんど5隻を捉えきれない。一発二発直撃しても、強固なシールドに阻まれる。

 更に、ジャベリンクラス側は出力に任せた電子妨害ECMによる電子防御も形成していた。電子欺瞞カムフラージュほどではないが、妨害とは違い仕掛けられてるとは気付き難い性質タチの悪いヤツだ。

 元海賊リード船長の得意技である。


「再加速! 再加速だ!! 最大加速で軌道上に乗せろ! 惑星への降下は中止!!」

「いったい何ですあの艦隊は!?」

「ブースター出力最大! 主機3番4番再起動! 出力120%! 重力制御維持!!」

「パンナコッタ、アレンベルト、バウンサー、トゥーフィンガーズのクルーが戻った!? でもあの戦艦は……!!?」

「メナス艦隊は1万隻以上が大破! ですが未だ99%以上が健在です!!」


 キングダム船団のディラン船団長は、船橋ブリッジと船団に向け惑星降下の中止を指示。再度宙域を離脱する進路を取る。メナスが剣の艦隊に集中したタイミングを逃さない。

 船橋ブリッジも大混乱だった。共有の通信波では共和国艦隊の混乱振りも伝わってくる。

 事情を多少なりとも知っている船団は、まだマシな方だったろう。

 計画通り、船団の仲間が避難住民を運ぶ船をどこからか引っ張ってきたのだ。


 でも、それがあんな最終兵器だとは聞いていない。


 一隻でも母艦がいれば致命的な脅威となるメナスを、突如出現した艦隊は一撃で1万隻近く削って見せた。それも、単艦で。

 だが、それでもメナスの総数は未だ圧倒的であり、攻勢を緩める気配は無い。

 壁となり迫って来る異形の兵器群。

 どこか機械的ではなく、メタルで形成された甲虫類や甲殻類のような生物の相を持つ殺戮兵器の群れが緑光を噴いて侵攻し、



 カッ! と宇宙が光り見えなくなった。



 見る者の視界を奪った閃光は一瞬。

 やがて、無数のレーザー砲撃により押し潰されていくメナス艦隊の姿が露になる。

 それは、これまでの共和国艦隊やメナス艦隊、無論ノマド船団の一斉砲撃とは比べ物にならない戦略レベルの大爆撃だ。


 3.5メートル口径レーザー主砲110門、1メートル口径レーザー副砲630門、9.9メートル口径特装砲8門という超高火力を振るう主が、重力下方向から雄大な機動で浮上してきた。

 鋭い艦首に、分厚く幅広の刀身のような前部兵装ブロック。後部3分の1を占める本体ブロックは、上下左右にある格納庫の発着ローンチベイや超大型制動用ブースター、艦尾を埋め尽くすメインロケットブースター、艦橋構造体アイランドといった設備が集中し、その全体がシールド発生リングに囲まれている。

 そして、全長の半分にも及ぼうかという長大な独立型シールド発生ブレードが、両舷の中間から前進翼のように展開されていた。


 これぞ全てを叩き斬る大戦剣。


 戦闘旗艦クレイモアクラス、全長10キロメートル。


 100億の艦隊において、そしてこの無限に広大な宇宙で10万隻しか存在しない、人類の持てる最強の剣である。


 300万隻のメナス艦隊が、たった1隻の超戦艦により力尽くで押し返されていく。

 刀身から発せられる屈折光は止むという事を知らなかった。

 絶え間ないレーザー砲撃は突っ込んで来るメナスを頭から吹き飛ばし、その戦列を滅多斬りにしていく。

 巨大な艦体に上部4門下部4門と搭載された特装口径砲の砲塔タレットは、大型メナス艦を優先してぶち抜いていた。


「…………どっかで見たような光景だな」


「…………もう帰りてぇよぉ」


 操船やら応急修理やらで薄汚れながら、快速船ポーラーエリソンの船長以下船員クルーは、死んだような目で戦場を見ていた。

 規模がケタ違いだが、この理不尽を理不尽で踏み躙るような有様には見覚えがある。

 クレッシェン恒星星系、レインエア宙域の時と全く同じだ。

 メナスは恐ろしい。何を考えているか分からず、得体が知れず、出遭ったところで目を付けられれば命が危うい。

 だが、未知故に何か運が向けば助かるのでは、という希望があった。


 しかし、アレ・・は違う。


 同じ人間が操る故に、ドーズ船長と部下達は、あの艦隊が何より恐ろしいと感じた。

 人間は諦めない、いつだって必ず問題を解決し、目的を達成する。

 異常過ぎる火力を振るい脅威メナスを駆逐する彼の力が自分達に向けられれば、人間を知る人間は実に効率よく全てを殲滅せしめるだろう。

 ヒトが持ってはならない過ぎた力だった。


 というのは、舞台裏を知らない者が勝手に肥大させた己自身の恐怖でしかなかったのだが。


『目標群オスカー77消滅、目標群ジュリエット311消滅、目標群ヤンキー21消滅、目標エコー6消滅、目標ハイドへ砲撃開始』

「700門とか捌き切れねぇよ加減しろバカ! 攻撃火器割り当ては管制AIに任す! 方位角270仰角016を掃射角40で斉射! 最優先!!」

『もう一発ブッ込んだれガハハハハハハハハ!!』

『オヤジさん約480キロの距離からメナス艦載機集団約300機接近中! 接触距離まで30秒! 自動迎撃頼む!!』

『リード船長、こんな時に大物狙いはやめてちょうだい。メナス相手じゃ稼ぎにならないのよ?』

『この船なら幾らでも稼げるねぇ! これが終わったら前の商売に戻るかね!?』

「ヒルトRのシールドジェネレーター再起動! メインの20番を本体に戻すからねー!!」

『こちらのシールド負荷はまだ5割以下ですが、このままですと後続の本隊までは相手に出来ません。どうするのですか?』


 怒涛の攻めで一方的にメナスを殲滅していたように見える艦隊だが、実のところ他にやり様が無かったのだ。

 各艦の艦橋ブリッジは、慣れない戦闘艦をどうにか操っている状態。管制人工知能AIの補佐があるとはいえ、機能と性能スペックを把握していなければ適切な戦闘行動など取れるワケがないのである。

 派手な火器が大好きなマッチョ船長がひたすら砲をぶっ放し、元海賊の船長が危ない特攻を繰り返すと、やりたい放題だ。

 その割には、どの艦も戦闘能力を活かし切れていなかったりする。


 だが、冷静沈着な理屈屋船長が見積もった限り、この展開は最後まで続かない。

 どれほどの万能戦艦とはいえ、レーザー攻撃にせよ防御シールドの起動にせよジェネレーターに負荷がかかるのだ。

 押し潰されながらも狂ったようなメナスの攻撃は衰えておらず、正面からの全力の殴り合いに、剣の艦隊のスタミナも確実に奪われていた。

 躁艦する乗員クルーも艦隊の攻防容量も、キャパシティーをオーバーしている。

 このペースで戦闘を続けた場合、メナスの300万隻をギリギリで殲滅出来るかどうか、といったところだ。

 つまり、残り700万の後続が来ると、まず勝てない。


 切り札も無いではないが、これは唯理とマリーン船長が封印するという事で意見が一致していた。

 艦首砲クラウソナス。

 迂闊に抜けば、全人類から狙われるどころか全人類の敵になりかねない魔剣である。


「それじゃ、ちょっと艦隊戦の真似ごとでもしてみましょうか。管制AIは全ての火器をスペシャルオートに。ダナちゃん、敵艦隊を迂回して右舷側から回り込むわ。引き付けるだけだから突出して来た敵は指示を出して迎撃して」


『姉さんアレンベルトのシールド圏内から出ると集中攻撃喰らうんじゃねーの!? それにその船戦闘用じゃねーだろ!!?』


 以って、マリーン船長はもう少し効率的に戦争をする事とした。

 現在、その戦闘艦に搭乗しているのは僅か3名。船長とメカニックの姐御、そして臨時で操舵席に座らされている船医だった。船4隻の船員クルーで25隻を動かすのだから、本当に人手が足りない。

 宇宙船の操作が高度に自動化されており、かつ時代遅れとされる管制人工知能AIを利用してどうにか、というところだ。


 旗艦クレイモアを先頭に斉射を続ける剣の艦隊から、一際巨大な戦闘艦が右舷へと回頭する。

 大きいというかもはやコロニー構造体ストラクチャや軌道上プラットホームのサイズだが、そんな大きさで冗談のような加速力を見せていた。

 剣の艦隊で最大の戦闘艦は、陣形を離脱しメナス艦隊から見て左翼へと回り込む動きを見せる。

 無論、メナスはその動きを看過しない。すぐさま左翼の艦隊が1,000隻以上動き攻撃に出た。


 次の瞬間、6,500門の砲で滅多打ちにされたが。


 環境播種防衛艦ヴィーンゴールヴクラス、全長50キロメートル。

 大きく分けて縦に3つ重なる楔形の艦体で構成されており、上部が最も大きく、次に下部が大きい。上下の艦体に挟まれる中央艦体が最も小規模で、かつ奥まった箇所にある。

 全体の特徴として、他の艦同様に艦首に向かうほどに鋭くなっているが、中央だけは透過金属で形成されやや丸みを帯びている。

 各艦体の艦尾には戦艦でも吹き飛ばしてしまいそうなブースターエンジンが納まっており、中央艦体の両舷後ろ半分をシールド発生ブロックが固めていた。


 が、実はこの戦艦、戦闘を主目的とした船ではない。

 搭載火器も1メートル口径の副砲以下だ。攻勢ではなく、防衛の為の武装である。船の級名でも、武器ではなく神話上の神々の館の名を与えられていた。

 それで何を守るのか、といえば、それはもう艦内の物以外ありえない。


 それでも、ヴィーンゴールヴクラスの戦闘力は他の艦に劣る物ではなかった。

 何せ1メートル口径の副砲以下しかないとはいえ、それが6,500門。単発にしたって、先進三大国ビッグ3の旗艦が持つ砲の威力を超えている。防衛火器というのが詐欺のような仕様だ。

 加速力も、クレイモアクラスやファルシオンクラスに付いて行ける程度はある。艦隊機動の足手纏いにはならない。


 要するに、巨体なだけではなくこの船もまた単艦で艦隊戦力なのである。マリーンの言った通り、艦隊戦の真似事が出来るほどに。

 艦体側面から容赦なくぶっ放されるレーザーの数も、艦隊による砲撃と見紛うばかりだ。

 フィスが心配する必要など全く無かった。どのみちマトモな船なんかじゃない。

 ヴィーンゴールヴクラスは砲撃を続けながらメナス艦隊の側面へ。クレイモアクラスとの十字砲火の位置に付きながら、敵の攻勢に対しては後退して見せる。

 約3,000門を用いたデタラメな攻撃とはいえ、300万のメナスを一気に殲滅するには大分足りない。

 マリーン船長は、自分の方に注意を引き付けメナス艦隊の火力を二方向に分散させた。

 突出して来る敵がいればヴィーンゴールヴクラスの火砲で叩けばいいが、基本的にはクレイモアクラスのいる本隊の負担を減らすのが目的である。

 そもそも、この艦隊で最も巨大な船には、この後に大事な役目があるのだ。こんなところで消耗させるのは本意ではない。


 とはいえ、船の性能が尋常ではないほど高いので、マリーン船長としても楽な仕事だった。

 戦術という程のものでもない。


『レーザーセル2,501番より2,600番、斉射限界、冷却開始。CIWS15番、310番、360番、510番、801番、残弾ゼロ、再装填中。レーザーセル601番より700番、冷却終了。目標群アルファ766接近、迎撃開始。グラヴィティーシールド減衰90%、低下中。フォースシールド減衰90%、低下中』


「もっと退がりましょうか。宙域基準点0度、プラス80度、敵艦隊左翼10万キロライン上まで後退。細かい照準はいらないから追える目標を撃って」


『命令を確認、目標自動設定、スペシャルオート継続中』


「横っ腹を向けっ放しでいいのか? シールド容量の無駄だろうに」


「いいのよ囮みたいなものなんだから」


 レーザーと荷電粒子弾が猛烈な数と勢いで交差し、シールドへ直撃する度に空間が白み、緑の炎がまき散らされる。

 マリーン船長は涼しい顔でそれを見ていたが、付き合わされるダナは生きた心地がしない。船医は相変わらず気だるげに操舵レバーを握っていたが。


 クレイモアクラスを中心に、ファルシオンクラス5隻、グラディウスクラス8隻が艦列を成しメナス艦隊を滅多打ちにする。

 強大なシールド艦、イージスクラスの防御に阻まれ、メナスの攻撃はほとんど通らない。攻撃の為にシールドが解除される隙を狙うのがせいぜいだ。

 ジャベリンクラスとバーゼラルドクラス4隻がメナスの艦列を撹乱し、ハルバードクラスが一番敵の分厚い所にビームとレーザーを山ほど叩き込む。

 その側面には超々大型艦ヴィーンゴールヴクラスが回り込み、ド派手な牽制射によりメナスが艦隊本隊への攻撃に集中できない。

 20隻程度の小勢に過ぎない、と数に任せて突っ込んだところで、単艦には有り得ない火力を前に、近づく事も許されなかった。


 捻じれて節くれだった角のような形状のメナス母艦が砕け散り、他の艦も4,300門からの一斉射により薙ぎ払われていた。

 あまりの攻撃密度に、小型の艦載機もついでのように消滅している。

 4秒間隔で5秒の発振、そんな砲撃を100回も200回も喰らい、メナス艦隊は半数近くの母艦を失っていた。

 対して、剣の艦隊はまだ余力がある。

 各艦のオペレーターも慣れて来たのか、とりあえずブッ放すやり方からジェネレーターの負荷とペース配分を考えた統制射撃に変わって来た。

 ただでさえバカみたいに高出力の動力を4基も6基も20基も200基も搭載しているので、常に全力を出したりしなければ継戦能力は非常に高い。どの船にも言える事だが。


 ヴィーンゴールヴクラスの動きに合わせて、クレイモアクラスとグラディウス、ファルシオンの両クラス13隻も一斉にサイドブースターを吹かして位置を変える。後退するヴィーンゴールヴクラスを追う集団を斉射に巻き込める角度だ。

 メナスは個体としては非常に強力であり、通常は・・・戦術らしき物を用いない。必要が無いからだ。

 その数と性能で、小賢しい人間の知恵など簡単に踏み潰す。


「でもスペックで負けたらこんなもんか。案外クリーチャー進化説、正しいのかもな。もっとこう……少し後退して体勢立て直すとか、殿しんがり置いて一時撤退するとかあるだろ…………」


「メナスがどこかで製造された自律兵器じゃなくて、そういう進化をした生物って説? 無いと思うなー。

 残骸のデータ見たけど、生物としての特徴とかじゃなくて、明らかに製造ラインで組まれたって共通部分があったよ?」


「んじゃ戦術アルゴリズムの方がポンコツなのかもな。突っ込んで攻撃する事しかプログラムにねーとか――――――――」


 メナスは獣だ。合理的判断能力を持たない自動攻撃兵器だ。

 故に、その優位性を僅かにでも欠いた瞬間、ただ破壊されるべき危険な機械に過ぎなくなるのか。

 メナス艦隊殲滅にある程度の目途が立ち、落ち着きを取り戻したフィスやエイミーがそんな事を考えていた時である。



 クレイモアクラスのシールドが一発で抜かれ、艦本体の兵装ブロックにまで攻撃が徹った。


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