57G.ビフォアウォーアレンジメント

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 ターミナス恒星系、テールターミナス宙域へ『艦隊』が到着する、6時間前。


 ハイスペリオン恒星系第1惑星フリットタイドにて、封印されていた艦隊はその圧倒的火力を以って、追撃してきた各勢力の艦隊を追い散らした。

 もともと宙域にいた100隻の無人艦隊が、一切の抵抗も許されないまま跡形も無く消し飛ばされたのだ。それはもう、撃つ方もヒトが乗っていない相手だと思って、盛大にやらかした。


 それから僅かな間を開けた後、艦隊運動も隊列も無くバラバラに急回頭する各勢力の艦隊。

 戦略的撤退も考えずいきなりワープする巡洋艦、僚艦に激突する高速駆逐艦、艦載機を置いてきぼりにする強襲揚陸艦、最後尾から追いかける旗艦戦艦、と。

 その戦闘力を見てしまった以上、戦うなどという選択肢は初めから無かったのだろう。

 パニックとなっているのが動きからよく分かった。


「あー……こりゃヤベーな」


 紫髪ロングの吊り目オペレーター、フィスの平坦なつぶやきだけが、艦橋ブリッジの中に響く。

 ある程度予想が出来ていたパンナコッタⅡの船員クルーでさえ声を失っているのだ。バウンサー、トゥーフィンガーズ、アレンベルトの船員などは半ば魂が抜けていた。


 それ程の破壊と暴虐だったのである。

 旗艦クラスとされた戦闘艦、その3.5メートル口径主レーザー砲と1メートル口径副レーザー砲、そして9.9メートル口径特レーザー砲の一斉射。

 実際には相手と同数の50門にまで使用する砲を絞ったのだが、一撃で綺麗さっぱり消し飛ばしたあたり、やっちまった感が半端なかった。

 鎧袖一触どころではない。

 抵抗も逃走も許さず強制的に磨り潰す存在など、対等に戦う相手などではなく、災厄以外の何ものでもないのだ。


こいつら・・・・はー……アレかい? 銀河を恐怖で支配する最終兵器だったりするのかい?」


「船団を救う為とはいえ、この船の存在は周辺への影響が大き過ぎます。連邦だろうと共和国だろうと、国家を挙げて奪取に来るのは間違いありませんよ?」


 トゥーフィンガーズのリード船長は目が死んでいた。自分が銀河最大の厄ネタに関わったのを理解していたので。

 冷静に事実を述べるアレンベルトのソロモン船長も、普段の無表情を維持するのが大変そうだ。船団を救出できても、その後に銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーというメナス並の脅威が襲い来るのが容易に予想できた。

 そんな事いまさら言われるまでもなく、『艦隊』を使うと決めた時から当人たちも分かっている。

 分かっていて、キングダム船団とターミナス恒星系の避難民を助けるべく決断したのだ。


 だが、いざその時が来た時、今度はいったいどんな決断を迫られるのか。


(ホント、どうするのかしらねぇ……。いち星系と船団、それと自分ひとりくらい秤にかけるまでもない、とでも思っているんでしょうね、あの娘は)


 どうもこうもない、きっと唯理ユイリは今まで通り、必要な事をするだけなのだろう、とマリーンは思う。

 これまでにも赤毛の少女は、自ら立ち多くの人々を助けるべく戦ってきた。およそ最初のか弱い少女だった印象は、今はほとんど無い。

 村瀬唯理という少女は、当たり前のように命を賭けて戦いに挑む。自分の身体や命にも、まるで頓着しないように。

 とはいえ、それは単なる少女の善性や正義感からくる行動ではないように思えた。


 それはあたかも、そういう在り方の生き物、そのものであるように。


 自己犠牲などではなく、単純な優先順位に沿って唯理は動いている。

 その機能、存在理由として、何かを守るという一点において。

 恐らく、自らを構成するロジックをまっとうしているに過ぎないのだろう。


 クーリオ星系にある連邦の施設で拾った後、この赤毛娘が何か危険な存在ではないかと警戒したが、この方向はマリーンをして全くの予想外だった。

 予想外過ぎて、以前に仕込んだ保険を別の意味で使いそうになった。

 しかし、使えば唯理とマリーン、あるいはパンナコッタとの信頼は完全に壊れてしまうだろう。今となっては惜しい話。保険は保険。最後の手段である事に変わりも無いのだ。


 三大国ビッグ3が船の奪取に艦隊を指し向けたその時、唯理はどのような行動を選択するのか。

 外からだけではなく内からも、恫喝され、脅迫され、責められ、憎まれ 謀られ、悩まされ、そんな目に遭った末に残る選択肢とはいかなるものか。

 いずれにせよ、結論は明るい物ではないが、それもあの赤毛娘は全て承知の上であろう。


 もっとも、その辺の心配も現状を切り抜けてからの話になるが。


「…………後の対応は船団をターミナスから逃がしてから考えましょう。この船団……艦隊ならレスキューボートとして申し分ないでしょう?」


「こんな火力が過剰なレスキューボート見たこと無いけどな」


 高身長で黒髪の姐御、ダナが皆の気持ちを代弁するが、それはともかく。


 回収した封印艦隊で最も大きな船は、居住区画だけで1,000万人を収容できた。十分とは言えないが、これ以上の船も存在しないだろう。もはや『船』とかいう大きさではない。

 艦隊を手に入れるのに、予定より16時間早く終わった。

 この時間と艦隊を使い、可能な限りの避難住民を乗せキングダム船団と脱出する。

 それがここからの計画だった。


「おっと船団から通信。ん? マリーン姉さん、緊急って言って来てるけど…………」


 ところが、その計画は残り予想時間と一緒にブッ飛ぶ。


 キングダム船団から入って来たのは、メナス強襲、というあまりにも早い緊急連絡だった。

 予測では、まだ75時間あったはずだ。侵攻速度からフィスがそう割り出したのである。それも、最速でのターミナス星系到達までの時間を計算した、最悪の予測だったはずだ。

 だというのに現実には、メナス艦隊は既に星系の内側にある第4惑星に集結していた共和国艦隊15万と交戦に入ったという。

 何でそんな事になったのかというと、


「メナスが艦隊を分けて……? 何でもう来てるし!? 高速艦隊を編成して先行したってか!? 今までそんな小技使った事ないだろ!!?」


 メナスの艦隊は高加速度の艦種300万隻のみをテールターミナスに先行させていた。

 明らかに戦術的な行動。これまでのメナスからは観測された事の無い動きだ。

 怒鳴るフィスも、怒りというより怯えに近い感情を持っている。今まではケモノのように飛びかかって来るだけの相手が、単純とはいえ戦術らしきモノを使ったのだ。

 これが偶然の一致でなければ、今後人類は相当マズい事になる。


 しかも、1,000万の内の300万隻とはいえ、それでも共和国艦隊の20倍の規模だ。個別の性能差を考えると、更に分は悪くなるだろう。


「さっそくこの艦隊の力を見せてもらう事になりそうね。フィスちゃん、最短最速のプランを組んで」


「マジかよ……え? あの『ヴィーンゴールヴ』ってバケモン、あの図体で38.5G以上出るとか言ってるんだけど、これでタイムスケジュール作んの? 人員配置は? システムチェックとかテストとかはどうすんの???」


 物凄く困った顔を船長のお姉さんに向けるオペ娘。

 全長50キロメートルという艦隊中盤に位置する超巨大艦は、その巨体にもかかわらず高速戦艦以上の加速度を叩き出すのだ。しかも例によってジェネレーター出力も常識が壊れているので、連続ワープのインターバルも無いに等しいと思われる。

 そして、赤毛娘がひとりこっそりと艦橋ブリッジを出ていった。

 暗躍待機である。


「テストなら道すがら出来るでしょ。使えない船なら置いていけばいいわ。みんな今すぐ適当な船に乗り移って。操艦はこちらからフォローするわ。『ヴィーンゴールヴ』はわたしが乗るから、フィスちゃんはこの『クレイモア』から皆のサポートお願いね」


「んなぁあああ!?」


 一見して粗野な発言が目立つが有能で面倒見の良いオペ娘が無茶振りされまくる件。ロクにスペックも良く分からないバカげた戦艦の航行スケジュールを立てテストを組み込みそれらのフォローもしろとは、恩人じゃなかったら泣いてブチ切れて殴っているところだった。

 そんな半泣きでがんばるフィスを他所に、船長と船員達がパンナコッタⅡや救命艇に乗り、惑星上を飛ぶ各戦艦へと散って行く。


 この時、何気に大忙しなのはフィスだけではなく、姿を消した唯理もだった。

 戦艦にヒトが乗り込んだのを確認すると同時に自分もエイムでこっそり乗り込み、艦橋ブリッジに先回りして艦長権限者レベル9を再設定するのである。


「ふぅ……コントロール、現在艦内にいる人間を全て認証」


『艦内スキャン、個体識別リスト化完了。権限設定を行ないますか?』


「このヒト……ソロモン船長をレベル9に設定。後はー……ヤバイ名前知らないや」


『副長がマーコフ、操舵主がガレイ、メインオペレーターがサンドマン……てかリスト転送するからそこから入力しろよ』


「助かるフィス。コントロール、私のインフォギアのデータリストに同期」


『「ジャベリンクラス」第100,532番艦、乗員が艦橋ブリッジ前エレベーターに接触』


「ヤベ……コントロール、ジャベリンのブリッジ閉鎖。なんか適当に理由付けて解放まで時間かかるとか言っといて。あとブリッジに近い外のハッチを開けるように準備。他の乗員に出くわさないルートをロケーターに転送」


 艦橋ブリッジに着くなり初設定を済ませる赤毛だが、その時別の船では乗り込んだ人間が同じく艦橋ブリッジに接近中。

 それを聞くなり唯理は踵を返し、全力疾走で外壁区画にある気圧調整室エアロックから真空中に飛び出した。

 そこで待っていたエイムに乗り込むと、コクピットに空気を入れないまま別の船へと大急ぎで飛ぶ。

 艦内においては、五輪オリンピックに出ても余裕で金を掻っ攫える美脚力が全速力だった。スポーツ業界との紳士協定があるので唯理のような特殊な人種アドバンスドは公式競技に出られなかったが。

 また、何と言っても唯理は最高権限レベル10持ちなので、艦内の操作も余裕であり先回りは難しくない。

 それでも相当ドタバタ走り回る事になったが。


 手分けして各戦闘艦に乗り込んだ一同は、慣れない船をどうにかこうにか動かし第1惑星の軌道上を一気に離脱。常識に照らして狂気と言って差し支えない勢いで、ハイスペリオンからターミナスへと向かう。

 立ち塞がるどこぞの艦隊は速力とシールド強度で強引に突破し、ジェネレーター出力とコンデンサ容量に物を言わせて置き去りにした。


『ジェネレーター出力がシグマレベルで秒あたり100万を超えているのですが……制御信号の読み取りエラーでしょうか』


「あ、ソロモン船長、それ多分間違ってないっスよ」


『ハッハー! 40G超の加速たぁイカすじゃないさ! どれどこまで吹かせるか試してみるかね!?』


『リード船長? 今は船に無茶をさせないで。航法と生命維持に火器管制のチェックは終わったのかしら?』


『なんとコイツぁ砲艦か!? オーベイビー別れたオンナの代わりに慰めてくれるか!!?』


 持ち時間が一気にマイナスと化したので、船のシステムは移動中にセットアップしなければならない。ワープしながら障害となる艦隊をわしながら最低限の整備をしながらと、忙しい事だ。

 各戦闘艦に散って行った船長及び船員は、まず船の基本的な性能と仕様に心底度肝を抜かれていた。パンナコッタも通った道であり、通信でアドバイスを続けるフィスは遠い目をしている。

 基本的なシステムが既存の船とそう変わらないのが救いか。あるいは性質タチの悪い冗談か。

 つい先ほど馴染みの船と別れ、尋常ではない戦闘性能を見てドン引きしていたリード船長やウォーダン船長だが、今は新しいオモチャを与えられてテンションも上がっていた。


 そして、6時間後の現在。


 最後のワープを終え、25隻の超戦艦が次々と宙域へ出現する。 


 全長1,000メートル、汎用主力艦グラディウスクラス、8隻。

 全長3,000メートル、適応可変型主力艦ファルシオンクラス、5隻。

 全長1,000メートル、砲撃支援艦ハルバードクラス、1隻。

 全長400メートル、強襲突撃艦ジャベリンクラス、2隻。

 全長200メートル、汎用高機動艦バーゼラルドクラス、4隻。

 全長5,000メートル、惑星防御艦イージスクラス、1隻。

 全長50,000メートル、環境播種防衛艦ヴィーンゴールヴクラス、1隻。

 全長3,500メートル、護衛輸送艦ナグルファルクラス、2隻。


 全長10,000メートル、戦闘旗艦クレイモアクラス、1隻。


 ターミナス恒星系本星、テールターミナス宙域へと斬り込む古戦場の武士もののふ達。

 率いるのは戦場の王、人類の守り手にして最尖兵、高空より見下ろす者の使者であり化身である。

 そして、メナスはかつて自分たちを滅ぼした者を忘れていない。

 先行艦隊300万、絶対的優位にいた自律兵器群が、発狂したかのような勢いで攻めて来る。

 しかし、剣の艦隊も断固退かず。

 起こるのは全銀河最大の正面切っての殴り合い、人類の生き残りをかけた大戦の再現である。


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