56G.エンシエロ フェスタ
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銀河に渦巻くメインストリームのひとつ、ペルシス・ライン。
その人類圏の最外縁と
星系の中央本星となる第4惑星テールターミナス宙域は、熾烈な戦闘の真っ只中にあった。
計15万隻の戦闘艦が、防壁陣形を形成し、あるいは小艦隊単位で機動戦闘を展開している。
これらに1万基近い無人防衛衛星が加わり、惑星軌道上で物理的な壁となりレーザーを撃ちまくっていた。
地上迎撃施設からも、同じくレーザーやキネティック弾のような兵器が無限に撃ち上げられている。
機動兵器もヒト型や無人タイプなどを問わず使える物なら総出だ。
そして、共和国宇宙軍15個艦隊に相当するこの大戦力は、約300万隻ものメナスに囲まれジリ貧だった。
メナス艦隊の到達は3週間以上先、というのがターミナス星系行政府の出した予測である。
それは行政府にとって都合の良い結論ありきの希望的観測だったが、一方で現実に即した予測においても、まだ3日の余裕があったはずだ。
ターミナス星系では4日程前から住民の脱出が始まっていたが、当然の如くまだ完了していない。居住惑星とコロニー併せて90億人の住む星系から、たった1週間で全住民が避難するなど土台不可能なのだろうが。
それにしても早過ぎた。
人命救助というアリバイ作りの為にいた星系艦隊と中央から来た艦隊も逃げ損ねる程である。
「わはははザマー見やがれ存在しないメナスに大損害喰らって本社に言い訳考えろやフォーサーが!!」
「基準点左55上110より小型機4接近! 『スペースファイアⅣ』が迎撃――――――いえ直撃弾を受けました損害不明!!」
「あっちの艦隊が抜かれたらこっちも全滅コースです船団長!!」
「『アイアンネイル』が船列を離脱し前進! 火器管制起動、攻撃態勢!!」
「やめさせろ! 囮にでもなる気か!?」
同時刻、衛星軌道上に待機中のキングダム船団230隻も、前線を突破して来るメナスを全力で迎撃していた。
船団は星系政府からの要請で惑星からの避難住民を受け入れている最中だったが、半分は強制された事である。
それも周囲を星系艦隊に囲まれ威圧されながらの事だから、船団長がバカ笑いするのも止むを得ない事だった。
状況は全く笑えないが。
船団が通信を傍受したところ、共和国の住民を見捨てない政府、というポーズだけ見せた艦隊がさっさと逃げ出す直前、想定外に早いメナスの侵攻を受け慌てて惑星の防衛施設を利用した迎撃に切り替えたという事だ。
人命救助がコストに見合わないとなれば、平然と見捨てて逃げるのが連邦や共和国のやり方である。同情も出来ないし、またその必要もないだろう。
(とはいえ、こっちもどうにか逃げる算段を整えんとな。メナスの攻勢が少しでも緩んだらその隙に…………なんて、これじゃ共和国の連中と変わらんか)
共和国艦隊に同情はしないが、キングダム船団も他人事ではない。逃げ遅れたのは一緒なのだ。足首を掴まれていたおかげで。
ましてや共和国艦隊と船団では防衛力が違い過ぎる。メナス相手に戦うなど問題外で、選択肢は逃げ一択だった。それすら至難の業だが、他に手も無く。
共和国艦隊は守りを固めてメナスの攻撃を凌ぎ、相手の勢いが緩んだ間隙を突いて離脱を試みるらしい。船団が生き延びるのも、そこに賭けるしかないだろう。
メナスに攻勢限界などというものがあればの話だが。
それに、収容しきれない数億からの人間は見捨てるしかない。
ここ4日で星系を出入りした船は、所属や大小を問わず約250万隻。脱出した人数は60億近い。21世紀生まれの赤毛娘が聞けば、2,000年代の地球人口がたった4日で星系から逃げ出したのかと呆れるところだろう。10年で12億人増やした地球人類も負けてはいないだろうが。
それでも、約30億人は何らかの理由で星系に残る選択をしたらしく、脱出の意思を見せていない。
その理由は、他に行く所が無い、どうせ船に乗れないと諦めてる、コミュニティーや財産を棄てられない、共和国政府が星系の統治を取り戻してくれると無邪気に信じる、など様々だ。惑星テールターミナスも、完全に
星系が封鎖されても避難シェルターなどである程度命を繋ぐ事は出来ると思われるが、頭の上にメナスが飛んでいる状況では明るい未来も無いだろう。
そして、脱出を決めた人間にも十分な船が用意されているワケではない。
衛星軌道上のプラットホームには定員処理能力以上のヒトが詰めかけ、シャトルからは引っ切り無しに船団へ乗船希望者が押し込まれる。
時間が来たら切り捨てなければならないと思うと、船団長の気分も最悪だった。
「まぁタイミングが廻って来なければ船団も同じ末路か…………。マリーン達はどうした」
「船は入手、既に帰還ルート上です!」
「流石に今回は間に合わんだろう。艦隊が崩れる前に動くぞ。全船に準備させろ」
「脱出ルートを全船に転送。船団発進チェックはじめます!」
何もかも無駄になる予感がヒシヒシとするが、仮の役職だとしても仕事を放り出す気も起きない。
これが最後の仕事になるような気もしていたが、それならそれで気が楽だとディランは考えていた。
少なくとも、色々と思い悩まされる案件からは解放される。
群がる小型のメナスに、小艦隊のひとつが火達磨にされ漂流を始めた。15万人の命が、莫大な費用をかけた宇宙戦艦と共にデブリと化す。
防壁を作る艦隊へ無数の荷電粒子弾が飛来し、耐え切れない戦闘艦はシールドを貫かれて爆発した。陣形のあちこちでオレンジの炎が噴き出している。
後退しつつ迎撃を続けるヒト型機動兵器の編隊は、超高速で突っ込んでくる小型メナスに次々と引き千切られていった。
宙域を飛び交う共有通信からは、悲鳴と応援を求める声しか聞こえない。
あるいは、命を縛る共和国と
十字型の防衛衛星が大気圏に落下し、炎の尾を引いていく。その数は10や20ではない。磨り潰される艦隊への葬列だ。
防御体制が崩れ始めたと見て、船団長はいよいよ逃げ支度に入る。
とはいえ、タイミングが良かったワケでも安全に離脱できる策があるワケでもない。今逃げなければ全滅するに過ぎないからだ。逃げても全滅する可能性があるが。
「船団長、メナスが共和国艦隊中央を突破。艦隊が左右に割られ……いえ分かれます」
「中央を開け左右から十字砲火か……そう上手くいけばいいがな。とばっちりが来るぞ、ヴィジランテを前に出せ。船団に発令、状況レッド」
船団長は船団の防衛担当、
船団全体に
戦闘や操船に関わる者以外は、比較的安全な船体中央の居住区付近へと大急ぎで避難する。
外殻周辺の区画は閉鎖され、隔壁により分断され船体の損傷に備えていた。
機動兵器の類も最初から船の守りに配置され、普段は用いられない小型
総動員である。
「まったくツイてねぇな……クレッシェンで生き延びたと思ったらまたメナスかよ。この銀河はどうなっちまうのかね」
そんな宇宙船の一隻に、微妙に上下に湾曲した船体に4発のブースターエンジンを装備した快速船、ポーラーエリソンがいた。
一見だらしのない40男、船長のドーズ=フューレットは全てを諦め切った顔で愚痴を零す。
女のシリを追いかけて来たツケが、これだ。
どうせ根無し草の灰色商売、ならば次の目的地は綺麗どころの知己がいる
またメナスである。
これはもう宇宙的因果律に組み込まれた必然的事象としか思えなかった。
「だから同じ船団ってだけで会えるかも分からないのにノマドに合流するなんてやめた方がいいって言ったっスよー! 今度こそ死ぬー!!」
「ぜってー船長ツキ落ちてるってー! もしこれ生き残ったらぜってー船降りるわ!!」
「テメーらだってバカづら下げて行こうって言ってたじゃねーか! いま真空中に放り出すぞ!!」
通信オペレーターやその他乗員は船長に対して非難轟々だった。進路と目的地を決めた全ての責任は船長にあるのだが、付いて来たのは船員たちである。
船長も船員も、その役割を全うする責務があった。
それに、やらないよりはやった方が生き残る確率も高い。
「メナス群は共和国艦隊陣形を突破せず動きを追います! メナス群が共和国艦隊に浸透! 共和国艦隊が更に後退! 完全に分断されます!!」
「外周方面へ誘導の艦隊、壊滅。メナス群約3万が取って返します」
「メナスキャリア―重巡クラス以下150隻が衛星軌道へ接近中! 重力直上! 上115度右110度、距離約1万、47Gで接近中、接触距離まで300秒!」
「クソッ……もう少しくらいねばって見せろ。船団は出られるか!?」
「まだ14隻が動けません! 本船も未だにシャトルを受け入れている最中です!!」
「時間切れだ、避難誘導は切り上げ! 準備中の船は終わり次第追いかけさせろ! キングダム船団発進する!!」
船団長が自らの権限において決断し、216隻の宇宙船は一斉にメインブースターに点火。惑星軌道上から離脱を始める。
取り残されるシャトルや避難住民がいたが、これ以上待てば確実に船団が全滅する以上、非情で当然の判断だった。
船団長は歯噛みする思いだ。
メナスに人間の理屈は通用しない。自ら包囲され逆に食い荒らすくらいの事は平気でやる。
だが、今回は規模といい侵攻速度といい、今までとは何かが違った。当初1,000万隻という圧倒的物量で攻めて来るとかと思いきや、足の速い300万体で先行して来たのもそうだ。
今まで襲った相手を中途半端に放置してどこかに行くという事はあったらしいが、襲い方を工夫したという話は聞いた事が無い。
おかげでターミナス星系もキングダム船団も対応が後手に回り、この有様である。
ハッキリ言ってタイミングは最悪に近く、攻撃からはまず逃げられない。
「速力維持を最優先! 救出も回収も無しだ! 全船ワープ準備、緊急ワープに備えろ!」
「スクワッシュドライブ各コンデンサ、チャージ開始!」
「メナス艦載機集団接近! 予想より早い!? 48.5Gで加速中!!」
「またか……! 迎撃しろ! ヴィジランテは非戦闘船の離脱を全力で支援だ!!」
密集する船団から一斉にレーザーが撃ち上がるが、明確に統制射撃が行われているワケでもなく。
甲殻のような三角錐の機体が光線の雨の中を突っ切り、船団の交差と同時に発砲。
貨物船のど真ん中に大穴が空くと、数秒開けて内側から爆発して弾け飛んだ。
破片が拡散し、周辺の船が半透明のシールドを発生させる。
「『コールドキーライター』轟沈! 通信データリンク共に応答無し! コールドキーライター消滅しました!!」
「『エースペアー』に直撃弾! データリンク途絶! 損害不明!!」
「『フラミンゴウッド』に大破判定! 通信応答無し! 進路を外れます!!」
「『ブルーサイド』にメナス衝突! ブースターエンジン喪失!!」
攻撃は一発で終わらず、メナスの集団は船団を穴だらけにする勢いで降り注ぐ。
その一回の交差で30隻が大破、あるいは轟沈。中破から小破は50隻以上。
後ろ半分が無くなっている箱型の貨物船、縦に真っ直ぐ抉られた縦長の船、船首を削られた丸みのある貨客船、など。
実に3割以上の宇宙船が被害を受けていた。
『こんなのどうにもならないだろ!!?』
『本船には近づけるな! あそこには家族もいるんだぞ!!』
『もうダメだ! ワープで逃げろ!!』
『こんなところじゃ1HDも逃げられないだろが!』
桁違いの攻撃力を目にして、
船団から離れる船や何を思ったが減速する船がいる一方、止むを得ない理由を持つ者達は自滅覚悟で小型メナスの迎撃に向かう。
右に左に機体を振り回避運動を取るヒト型機動兵器だが、乱れ飛ぶ亜光速の荷電粒子弾は避け切れずに直撃を喰らっていた。その一撃でシールドが吹き飛び、続く攻撃を受けて爆散。
別の機体はレールガンを撃ちまくっている所を正面から突破され、アームから伸びたビームブレイドで真っ二つに溶断される。
他のエイムと小型
自らを砲弾とするかのように、防衛網に激突してズタズタに切り裂く恐れを知らない自律兵器群。
うち一体が、荷電粒子砲を連射しながら最も大きな輸送船へと突き刺さる。
凄まじい衝撃が、重力制御による緩衝容量を超えてキングダム全体を揺るがしていた。
船内の照明が落ち、警告灯が不規則に明滅する。
「ッ……そ!? 近いな、ダメージレポート!!」
「は、せ、船体左舷中央303ブロック、304ブロック、98ブロック、42ブロック……被害拡大中! エアリーク警報、火災警報、ガス警報検知!!」
「14区居住エリア、センサーに異常感知! セーフガード稼動しません!」
「居住区までいったか!? ダメージコントロールは居住区を最優先!
セーフガードが動かないようなら住民は左舷格納庫に避難させろ! 生命維持系は一時停止! 航法と火器以外のエネルギーはシールドに回せ!!」
「ヴィジランテの損耗割合5割を超えます!!」
船団のシンボルともいえる2,500メートル級の輸送船は、上部中央から中心近くにまで大穴を開けられていた。穴の周囲は赤熱して赤く輝き、気体が噴出して火口のようになっている。
荷電粒子弾の集中とメナス自体の直撃に、特別に高出力なシールドすら一瞬ももたなかった。攻撃は続き、船体がガリガリ削られていく。
しかし、船内の被害は更に深刻だった。最も安全な箇所にあったはずの居住区まで大きな損傷を受け、元からの住民や避難してきた人間が逃げ惑っている。
保安システムは稼働せず、メナスの攻撃に隙ができる気配も無い。
脱出は不可能と判断するしかなかった。
「…………衛星軌道の離脱中止。降下可能な地点を見つけろ」
「は……船団長?」
一体何を言い出すのかと。警報もけたたましい中、副長や
船団は現在、星の衛星軌道に沿って加速を始めたばかりだった。少なくとも星の反対側に出れば、メナス艦隊から尻を撃たれずに済むからだ。
ところが船団長は、重力に対して上ではなく下に行けという。
その意味が分からない宇宙船乗りなど存在しない。
「この船は引力圏の中を航行できるようには出来ていない、んな事は言われなくても分かっている。
だがこのままメナスに落とされるよりは、惑星内に降りた方がまだ生き残れる可能性が高いだろう」
「ですが、この船のサイズではフロートを使っても再浮上は不可能です。重力制御機も1G環境に未対応ですから船体構造がもちません」
「船は放棄する。着地する間だけなら船体も耐えるだろう。船内に警報、着陸に使える場所を見つけて惑星に下りるコースを出せ! 船団は『サンセットツリーズ』から序列に従い順次指揮を交代、可能な限り逃げろ!
本船と降りる船は地表までの距離に留意、墜落するなよ!!」
船団長は迷わず船を使い潰すのを決定、最初で最後の惑星降下体勢に入る。
キングダムと他数十隻は、時速25万キロから一気に減速。高度も急激に落とした。
船団がふたつに割れた事でメナスも別れるが、遅い方に群がって行くのは道理。
シールドジェネレーターが過熱状態で
「300区台はほぼ全滅! 100区台にも隔壁とエアリーク警報多数!!」
「レーザー砲10基中7基がオフライン! ディレイは全滅!」
「主機3番4番5番応答無し! 重力制御機反応速度低下!」
「重力制御の維持を最優先しろ! 浮力まで無くしたら100万人が墜落死するぞ! シールド無しで大気圏に突っ込む事になる! 姿勢制御をミスるなよ! 動いてない隔壁は近いヤツに閉めさせろ!!」
それはまるで、崖に向かって突っ走る牡牛に群れで噛み付くハイエナだった。
血を流しながら眼下の星に駆け下りる巨大輸送船。その損傷は度を越しており、もはや着地できるかすら分からない状態だ。
しかし、相手が死体でも関係ないとばかりに、メナスは獲物を食い殺そうと攻勢を激しくし、
唐突に、全ての動きを止めていた。
それは、テールターミナスを中心とした半径約50億キロの宙域に及ぶ。
一切の攻撃を停止し漂うメナスに、共和国軍艦隊も攻撃の手を止めてしまった。警戒心があれば当然だ。
それに、どうせ畳み掛けたところで戦力差が有り過ぎて殲滅など出来ない。
「なんだ!? 何が起こっている!!?」
いち早く我に返った船団長が
その中のひとり、レーダー監視をしていた若い女性のオペレーターが尋常ではない反応を捉えていた。
「これは……至近距離、約700キロの距離にスクワッシュドライブ反応多数! 反応大きい!? 最大の回廊直径は40キロを超えます!!」
「『40』!? おいいったい何が飛んで来るんだ!!?」
船団から700キロメートルという宇宙のスケールから見ると無いに等しい近距離、本来なら船体のサイズに比例する空間圧縮回廊のありえない出口の大きさ。
宙域にいる全ての者が凝視する中、3億キロの距離を捻じ曲げワープアウトしてくる艦隊があった。
その数、25隻。
共和国艦隊やメナスから見れば取るに足らない規模だが、一方で最大50キロメートルという桁外れの巨躯は、あらゆる戦艦を圧倒していた。
そして、この艦隊がどれほどの性能を秘めているのか、間もなく全ての者が知る事になる。
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