55G.アンロックド エクスカリバー

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 宇宙船とは無重力の真空中を移動する為の乗り物だ。間違っても、摂氏1,500度を超える高温高圧高密度の液体の中に飛び込む為の物ではない。

 誰にとっても、それは未知の経験だった。

 通常の宇宙船なら、マグマの中に入った途端に機能不全を起こし、スクラップと化して圧壊深度まで沈んでいくだけである。

 こりゃエイム単体じゃ最初からどうにもならなかったな、と赤毛娘も秀麗な貌を顰めていた。


 この環境に耐えられるのも、パンナコッタⅡのような人知を超えた高性能船だけだろう。


「こりゃーぶったまげたねぇ…………。いったいどこのどいつが何考えてこんな船作ったのかね」


 険のある初老の女性、リード船長はコンソールに肘を突きひとりごちていた。

 船首船橋ブリッジの舷窓にはブラストシールドが下りているが、センサーで得た情報をメインフレームが視覚化し、合成映像として映し出している。

 とはいえ特に見るべき物もなく、あるのは融けたケイ素の対流だけだ。


「ここまで近づいてもマグマが邪魔でよく見えねーよ……。ウェイブセンサーではまだ1,200くらい下だわ」


 オペ娘のフィスが眉間にシワを寄せながら言う。

 船橋ブリッジの床一面はディスプレイになっており、データから得られた目標の位置が合成映像で表示されていた。

 細部が曖昧で大まかなシルエットしか分からないが、これでもフィスの工夫があってこその成果だ。

 常に流動する膨大な質量の発するウェイブの中で、沈んでいる船の波を抽出するのは難しかった。

 予め存在を知っている事、高度なフィルタリングアルゴリズムを即興で構築できる事、これらが必要となるだろう。


『うぅ~……やめてよー、こんな暑い星で潰れて死ぬとか嫌だからね?』


『こんなところに沈んでいる船なんて使い物になるのかよ……』


『少なくともこの船はまだ大丈夫みたいだけど…………』


 エイムに乗ったまま待機中なオペレーター達は、通信の声も抑え目だった。心細いらしく、コクピットハッチを開こうともしない。

 周囲の全てを何かで囲まれているなど、宇宙では経験しようがない事だ。

 自分たちの命が宇宙船の外殻に守られていると思えば、そこに僅かな震動を与えるのも空恐ろしく感じる。


「船体ステータス正常。各ハッチの圧力容量も許容範囲内……二重構造のダンパーセルって圧力分散の為だったんだ。何で外向きの耐圧機構があるんだろうって思ったけど」


 船の状況をモニターしていたエンジニアのエイミーは、以前からの疑問が解けた思いだ。

 日頃パンナコッタⅡのメンテナンスに手を出していたが、構造として理解は出来ても存在理由がよく分からない部分が多かったのである。


 船体の各所にあるマニューバブースターや船尾メインブースターは耐圧モードにより閉鎖されて使えなかった。移動や向きの変更は重力制御による慣性推進のみで行われる。

 波の下も静かではない。また、慣性を感知してから重力制御で補正するというシステムである以上、どうしても慣性をゼロに出来ない。

 船内は揺れていた。震動し、傾きながらパンナコッタⅡは更に深度を増す。

 軋む音はするが、船体は負荷のかかる箇所に対してリアルタイムに対応していた。分かっていても、いつ外殻にヒビが入るか気が気ではない一同だが。


 そろそろと息を潜めるような慎重さで、パンナコッタⅡはマグマの中を目的地点へと接近していた。

 融けたケイ素とは異なる、巨大な壁のような構造体をフィスが走査スキャンする。


「どれもこれもアホほどでっけーけど……どうやって入ったもんかね? 向こうも同じように耐圧システムが生きているとしたら、外からアクセスしても開か――――――――」


 何もない真空中と真逆に、周囲は高比重の物質に満ちていた。こんな所でハッチやカーゴドア、ローンチベイといった出入り口を開けられるワケがない。

 エイムを外に出す事も出来ず、どうしたものかと考えるフィスと他一同だったが、その時センサーに反応が。


 真下にあった戦艦の格納庫扉カーゴドアが突如解放され、膨大なマグマと一緒にパンナコッタⅡもその中へと流されていた。


「ちょ――――――!? ヤベッ!!?」

「スノーちゃん、逆らわないで一気に入って! フィスちゃんカーゴドア閉鎖!!」

「了解……!」

「『閉鎖』ってどうやって!!?」


 周囲のマグマに巻き込まれ、パンナコッタも格納庫内へと押し流される。

 しかし、マリーン船長の間髪入れない指示によって、操舵手のスノーは自らマグマに先んじて格納庫に突入。戦艦の中とは思えないほど広さのある空間へと飛び上がった。

 オペ娘は船長の無茶振りに悲鳴を上げたが、特に何かする必要も無く、格納庫の扉は自動で閉鎖されていった。

 ごく短時間の解放だったが、それでも相当な量のマグマが中に入り込んでしまっている。

 急激な温度低下で液体ケイ素が凝結しつつあったが、パンナコッタⅡはその前に脱出。

 表面に張り付いた個体のケイ素は装甲表面の変化により剥がれ落ちるが、中のヒト達はそんな事に構っていられなかった。


「大きい……! 船体の大きさを考えれば納得ですが、格納庫ですらこれほどとは…………」


「巡洋艦クラスだってそのまま入りそうだね。ホントに宇宙船かねこりゃ? 何隻入るんだい。実はテラフォーム用の環境プラントだったりしないのかね」


 常に冷静なソロモン船長が珍しく感情を乱し、リード船長はもはや驚く術を持たず。


 広範囲にマグマが流れ込み固まっているが、それを飲み込めるほど船が持つ物としては破格に広い格納庫だった。

 超大型輸送船『キングダム』よりも大規模なのは船体サイズ比的にも当然だが、そもそもの用途が違う。

 輸送船が積載容量ペイロードを最大に取るのは当然だが、戦闘艦は装甲や艦内システムにスペースを取られるものだ。

 にもかかわらず、この艦は輸送艦か空母かと言うほどの搭載スペースを確保していた。


 パンナコッタⅡはマグマの影響が最も少なかった奥の駐機場に着ける。固定用ダンパー、ボールディングブリッジ、整備用アームにクレーン付きの高度な設備が揃っていたが、今は機能していないので重力制御で浮きっ放しだ。

 安全確保の為という体で、唯理とダナは艦橋ブリッジに先行する事になった。

 今はまだ、村瀬唯理だけが船を起動出来るというのを知られない為である。


 幾つか対策を考えているとはいえ、早晩問題になるのは確実だろうが。


「でもこの船はともかく他の船が問題だな。またカーゴドアを開けてマグマに飛び込むのか?」


「うーん……多分これが旗艦クラスでしょうし、最悪の場合ワイヤーか何か引っかけて引っ張り上げるか…………」


 動いていない艦内トラム――――――地下鉄的移動手段――――――のチューブを駆け足で移動しならが、そんな話をする赤毛と姐御。

 一隻だけでも持て余す程ドでかい船であるが、持って帰るのはこれ一隻ではないのだ。しかも、サイズ的にはこの5倍の船も控えていたりする。

 またマグマ流の中に入って行くのは、時間がかかる上に船を損なう可能性もあるので回避したいところだ。今度こそ大量のマグマが入り込む事で船の機能に重大な問題が出る可能性があるし、こんな過酷な星でのんびり引き揚げ作業などやっていたら、その前にターミナス恒星系のキングダム船団が全滅しかねないだろう。


 しかし、結果としてその心配はいらなかった。


 到着まで一苦労だったが、唯理とダナはどうにかトラムの艦橋ブリッジ前ステーションに到着。エレベーターで艦橋ブリッジへ、と行きたかったが、動いていなかったので非常階段で上に向かう。

 唯理がコンソールのパネルを操作すると、艦橋ブリッジを封鎖していたブラストドアは簡単に開いた。

 中に入ると走査スキャンを受け、パンナコッタⅡの時と同様に速やかに認証を受ける。


『マスター・コマンダーが艦橋ブリッジに入ります。凍結モードを解除し通常モードへ復帰しますか?』


 初期起動は既に終わっており、照明やディスプレイ、足下のガイドランプが一斉に点灯した。

 内部が照らし出されると、ダナが、そして少々常識を知らない唯理でさえも、その光景には唖然とさせられる。

 そこは艦橋ブリッジというより、広大な指令センターか何かのようだった。

 唯理たちが入って来たのは艦橋ブリッジの最後部、中央には前側へと大きく張り出した艦長席や両サイドに複数の座席シートが見られる。その左右からスロープと階段が並んで設置されており、艦橋ブリッジ下段に降りる事が出来た。

 下段の左右にはオペレーターの座席が10席以上並んでいる。中央には幅と奥行きが10メートルはありそうなスマートテーブルが。その上では艦体の立体合成映像がゆっくりと回転していた。

 最前部には、通常のシートではない乗り込み式の操舵席が8つ並んでいる。メインオペレーターふたりに、補助、予備という担当毎だろう。この巨大な艦体に、一体どれほどの推力とブースター数があるか考えれば、この10倍必要としても疑問には思わなかっただろうが。


 例によって床や天井、壁面も、全てディスプレイという贅沢仕様。色合いや細部ディティールの特徴も、パンナコッタⅡバーゼラルド・クラスやファルシオンクラスと一致していた。


「さてと……コントロール、パンナコッタⅡの搭乗者権限設定をこの船にも適用。複数の船で重複しても問題ない?」


『識別ID「パンナコッタⅡ」の権限者レベル設定を当艦に適用します。複数艦での権限者レベル設定は可能です。

 乗員クルーの負担により操艦処理能力を超える恐れがある場合、搭乗艦以外を自動制御艦として指揮する事を推奨します。自動制御艦設定はレベル10マスター・コマンダー及び当該艦のレベル9キャプテンの認証が必要となります』


 仕事にかかる赤毛娘は、管制人工知能AIに指示してパンナコッタⅡでの役割をそっくりそのまま現在の艦に当てハメさせる。他の船長たちの見ている前でやるワケにはいかないので。

 そんな折、艦隊全ての管制を行っていると思われる人工知能AIからもたらされる新たな情報。

 戦闘艦そのものを無人機として扱うとは最近どこかで聞いたような話だが、唯理としては納得すると同時に疑問も生まれてくる。


 唯理の持つリストに載っている艦艇数は、約100億隻。これは21世紀の地球の総人口より遥かに多い数だ。ひとり一隻搭乗しても、28億隻余る。

 無論、そんなワケはない。最小クラスのバーゼラルドでさえ定数いっぱいで100人、緊急時にはスペック上10倍の1,000人が生命維持可能だというのに。

 恐らく、共和国の無人機動兵器スクワイヤと同じく、有人の指揮艦が無人の艦隊をコントロールするという想定で、システムが構築されているのだろう。


 疑問になるのは、自動制御される戦闘艦の信頼性だ。

 無人兵器が最も警戒しなければならないのは、コントロールを失う事である。

 電子戦闘ECMによるジャミング、システム侵入による乗っ取り、その対抗手段ECCM

 これらの技術は秒を追うごとに進歩しており、今まで封印されていたひと昔どころじゃない程古い船に対策が施されているとは思えなかった。基本性能は桁違いだが。


 ところがだ、


『自動制御設定艦はダーククラウドネットワーク経由でコマンドを入力します。ダーククラウドネットワークは上位領域、イントレランスを用いた専用ネットワークです。物理現実領域からの干渉は不可能です』


 管制人工知能AIの説明によると、自動制御艦の遠隔操作も『ダーククラウドネットワーク』という艦隊専用のネットワークを通すので、既存の方法で妨害や侵入をされる事がないのだという。

 そうは言われても、そもそも『ダーククラウドネットワーク』なるものが正体不明だし、サラッと『物理現実領域』などと言われ異なる次元の存在を匂わせるなど、ワケが分からない事に違いもなかった。


「この辺の事はフィスに訊いてみないと何とも言えないか…………」


「それより他の船の事だろ。一時的にせよリモートで動かせるなら、上手く行けば全部持って帰れる」


 甚だ信頼性に疑問はあるが、何隻もの船をターミナス星系に持って行く事を考えると、この際都合が良いとダナの姐御は言う。場合によっては何隻か置いて行く事になると考えていたので。

 しかし、更にここでもうひとつ管制人工知能AIから予想もしないお知らせが。


「遠隔操作の設定をするにせよ引き上げてからの話ですね。コントロール、ここの周辺に沈んでいる船を引き上げるのに使える装備は?」


『現在、本艦に曳航用装備の搭載はありません。本艦の周囲150キロメートルにある艦は全て凍結モードへ変更された際に自動制御設定されています。本艦のレベル9が設定された時点で自動制御設定も回復しています。警告、各艦にレベル9権限者が設定された場合、そちらが自動制御設定に優先されます。自動制御設定はレベル10及びレベル9権限者が再設定してください』


 他の船はどうやって引き上げよう、と赤毛が悩んでいたならば、どうやら封印の時点でその辺の事も考えられていたらしい。

 この星のマグマの中に沈められる際、全ての船は前述の自動制御を設定されていた。

 行き来する度に沸点を超えた液体ケイ素が雪崩れ込んできたら流石に船だって沈むと思われるので、そこは先人も考えてくれていたようである。

 設定上の必然であろうが、旗艦に操作権限の設定がされたのも偶然それに乗り込めたのも運が良かった。

 あるいは全てが必然だった可能性もあるが。


 唯理がその辺の事情を情報機器インフォギアで送信するのとマリーン船長らが到着したのが、ほぼ同時だった。バカでかい艦内を徒歩で移動し、大分時間を喰ったらしい。

 管制人工知能AIには設定の事は伏せさせ、どうにかスムーズにマリーン船長に指揮を任せる流れに持って行けた。他にも重要な話があるという体でサラッと流したのが要穴である。ゴルディア種のソロモン船長には見抜かれていた節があるが。

 とはいえ、他の船の自動制御設定は間違いなく重要な話といえよう。またマグマの中をビビりながら往く必要が無いのだから。


「無人コントロール艦だぁ? 乗っ取られたらそれまでじゃねーか、共和国じゃあるまいし」


「しかし専用のネットワークが用意されているなら、それ自体が強固な防壁になる。この星から引き上げる手間が格段に少なくなるだけでもありがたい」


 システムオペレーター兼ウェイブネット・レイダーのフィスとしては、強大な力を持つ戦闘艦を無人で運用する事に強い抵抗がある。通信システムに絶対の防御策は無いと分かっているのだから。

 だが、ソロモン船長の言う通り独自のネットワークを用い既存のプロトコルから切り離すというのは、ある程度効果的な防御策だ。

 いかんせんそのネットワークの詳細と信頼性が怪しいのだが、そこは運用を工夫しカバーするしかない。


 唯理としても、よく分からない船によく分からないネットワークを完全に信用する気は無いのだ。


「まだ帰還まで時間があるものね。この差で何人のヒトを救えるか…………みんな、急ぎましょう」


 なんにしても時間に限りもあり、マリーンも迷いはしなかった。

 だだっ広い艦橋ブリッジに戸惑う面々ではあったが、間も無く艦隊は動き出す。

 惑星内での滞空は重力制御機で行うが、機動はブースターによる反動推進を用いていた。

 その大噴射は、惑星の薄い大気を吹き飛ばしかねない程ド派手なものだった。


                ◇


 空前絶後の大艦隊が出現すると、第1惑星フリットタイド宙域だけではなくハイスペリオン恒星系全体が大騒ぎとなってしまう。

 何せ数はともかく、どの艦の大きさも常識を完全に無視しているのだ。

 しかも、第1惑星宙域の所属不明艦隊と各勢力の艦隊を一方的に蹴散らしたのだから、大きいだけのハリボテではないのは明白。

 それら超常の大艦隊は、恒星付近から16の惑星軌道圏を一気に貫き、立ち塞がる艦隊を尽く突破せしめた。

 戦闘になどならない。強固極まりないシールドと装甲は貫けず、巨大な艦体からは想像も出来ない程の加速力で振り切られ、有り得ない連続ワープでアッと言う間に遠ざかってしまう。

 もはやハイスペリオン星系は戦争を続けるどころではなくなっていた。

 各警戒宙域を散々荒らされた上に、他にもこのような所属不明のバケモノのような艦隊が隠れていないとも限らないからだ。


 そんな艦隊により冷や水をブッかけられた上に、同艦隊から去り際に全星系へ予告されるメナス艦隊の大襲来。

 ターミナス方面から迫る脅威メナスの存在を知った星系ハイスペリオンは、疑い、逃げ出し、固まり、争い、右往左往する、今までの比ではない混沌の極みに叩き落とされる。


 封印艦隊が第1惑星を出た後、ハイスペリオン星系を出るまで威嚇発砲は一発もされなかった。乗っている人間の方が過剰な火力を恐れた為だ。

 第1惑星宙域の所属不明艦体を攻撃した際には、たった一斉射で跡形も無く消し飛ばしてしまったのである。

 明からなオーバーキル。危なくて有人艦相手に使えやしない。


 パンナコッタⅡと他3隻の乗組員クルーが艦隊を手に入れた時点で、予定より16時間の余裕があった。

 帰還の為に見積もったのが、60時間。しかし、行きと違い通常の宇宙船に速度を合わせる必要が無いので、半分以下の時間でターミナス恒星系に帰還できると思われる。

 既にターミナス星系からの住民脱出は進んでおり、稼げた時間で相当な人数を避難させられると期待できた。


 ただ、当初のメナス到達予測時間は、飽くまでも予測でしかなく。

 現実には、間も無く来たキングダム船団からの通信で、時間の余裕など消し飛んでしまっていたが。


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