54G.タービュランス ホットゾーン

.


 ハイスペリオン恒星系、第1、第2惑星宙域中間のデブリ帯。

 無秩序に無数の廃棄物が滞留するこの場所で、キングダム船団所属の4隻は修理と補給を終えていた。

 パンナコッタⅡが合流してから8時間。ハイスペリオンでの残り活動時間は、20時間と少し。

 第5、第6惑星宙域で編成された複数勢力の追撃部隊も、多少前後したがそれぞれ恒星方面へ向け出撃している。

 ステルス状態で隠れているパンナコッタⅡと他3隻だが、現宙域が捜索される可能性は高く、追い付かれる前に第1惑星に封印されている艦隊を手に入れる必要があった。


「それじゃ、レーザーを発振したらすぐにシールド展開。0.05Gで前進加速。ここを出たらフリットタイドへ進路を取ってね」


「了……解」


「諸元入力、障害物にターゲットマーク、レーザー砲L1R1開放、出力5メガワットに設定、イルミネーターデータリンク、レーダーシステムターゲット追尾開始、セーフティー解除、レーザー発振」


 マリーン船長の指示にフィスが応じ、パンナコッタⅡの両舷装甲が一部展開すると、下からレーザーの砲塔タレットが顔を出す。船本来の搭載兵器ではなく、偽装の為に後付した通常のレーザー砲だ。ほとんど意味無かったが。


 基本的な長方形の砲身から、赤い光線が連続で放たれる。

 人間大の砲塔が忙しなく旋回し、射線上の物体が次々と溶断されていった。

 見えない防御シールドを展開すると、操舵手のスノーが船を前進させる。

 パンナコッタⅡは船尾丸ごとのブースターに光を灯し、ゆっくりと巨大貨物庫の外へ。

 恒星の光に照らされ、無数のデブリが白く浮き彫りになる宇宙へ出た。


「ハイスペリオンG1M『フリットタイド』。デイサイドで外気温が1,000度超、ナイトサイドも500度を下回らない。地表面は融点超えて、一部は沸点まで行ってる。昼と夜で温度差激し過ぎるもんだから大気も大荒れ。0.25Gって重力と気圧の低さが救いだな。

 でも船の反応……これどう見ても地中なんだけど」


 最終目的地も近いという事で、座標データと現地点からの走査スキャンデータを照らし合わせていたフィスが難しい顔をしていた。

 パンナコッタⅡと同じ特別な船の物と思われる反応は、惑星の軌道上でも大気圏内でもなく、その下から出ているようだ。


「大気圏までは? エイムと船が耐えられないとか?」


 地中かどうかはともかく、とりあえず大気圏内はどうなのか。引き揚げ作業をするにも、惑星内には侵入しなければなるまい。

 その辺を唯理が聞くと、エンジニア嬢が船のスペックデータを出して応えた


「パンナコッタは大丈夫らしい・・・けど、バウンサーとかは重力圏仕様じゃないしね。エイムは大丈夫だよ? 装甲表面は6,000度から1万度に耐えられるし、内部の機構も装甲ほどじゃないけど高温の環境でも稼動するように想定されているから」


 エイミー先生曰くヒト型機動兵器なら活動できると言うが、それでも生存可能圏ハピタブルゾーンから程遠い苛酷な環境である事に変わりは無い。

 通常、宇宙船は気圧ゼロ、重力ゼロ――――――厳密にはそんな場所存在しないが――――――、摂氏マイナス270度の宇宙空間で運用される物だ。

 にもかかわらず、件の宇宙船は高温高圧の液体ケイ素の海に沈んでいるのだとか。

 相変わらず規格外もいいところだが、問題となるのはどうやってそんな所にある船を引き上げるかである。


 それに、問題はそれだけではない。

 第1惑星の陰に留まっている所属不明の艦隊と、星系内を強行突破してきたパンナコッタⅡを追う複数勢力の追撃艦隊の存在もある。

 これらに囲まれながら、目途も付かない宇宙船の引き揚げ作業をする、というのがこの上なくハイリスクなのは言うまでもなかった。


「実際どうなっているかは行ってみないと分からないわね……。一応プローブは先行させるけど。あの艦隊、こちらを放っといてくれるかしら? ……なんて、楽観は出来ないわ」


 不明艦隊イコール敵と確定したワケでもないが、マリーン船長は希望的観測では動かない。当然交戦状況があると予想している。

 過去のデータを見る限り、超高性能船であるパンナコッタⅡでも油断の出来ない相手だった。

 マリーン船長には多少考えもあったが。


 ワープことスクワッシュドライブは膨大なエネルギーを要する為、連続使用が難しいという難点がある。

 しかし、パンナコッタⅡはその桁外れのジェネレーター出力を振り回し、無人探査機プローブを第1惑星近傍にワープで送り込んだ直後、その手前に連続ワープして見せた。

 従来の方法だと、無人探査機プローブの同座標に船本体が出て来る事になるが、この方法なら別座標に出るので出鼻を叩かれる恐れが無い。


 そして無人探査機プローブは、警告無しの問答無用で撃墜された。

 穏便に事を進めるのはスッパリ諦めた方がよさそうである。


               ◇


 デブリ帯を発ち15分後、パンナコッタⅡ、バウンサー、アレンベルト、トゥーフィンガーズは、無人探査機プローブを送り込んだすぐ後に第1惑星フリットタイドまで37万5,000キロの宙域にワープアウト。

 白と赤の流れが激しく入り乱れる小さな星と、その前に陣取る約100隻の艦隊を光学映像で捉える事ができた。


 クランク状に曲がった艦体に、艦尾の左右に平たいエンジンナセルを接続したクルーザーと思しき250メートルクラスの戦闘艦。

 四角錐を横にし大小ふたつを縦に並べたシルエットの、駆逐艦らしき300メートルの船。

 連邦などで見られる長方形の標準的な艦体に、艦尾両舷に板状のシールド発生ユニットを備える500メートルの巡洋艦クラス。

 艦隊は、主にこれらの艦種で構成されていた。


 相手の出方を見る為、パンナコッタⅡは直接星に向かわず回り込む軌道を取る。

 対して所属不明の艦隊は、半数の50隻が等間隔に戦闘艦を配置し壁を作る迎撃陣形を取った。

 壁は1枚で、シールド艦などを前面に持って来る防御陣形ではない。

 完全に全艦の火力を1点に集中し易くする、攻撃力に振った構えである。

 陣形を構築する艦隊運動はムラ無く揃ったものであり、人工知能AIによる無人艦説を補強するモノだった。


「フィスちゃん、電子妨害。砲はまだ撃たないで」


「センサージャミング開始、向こうのスキャンを妨害するぜ。リード船長」


『カムフラージュ開始ー、そっちに同期してデコイデータをオーバーライドー!』


 交戦規定があるワケでもないが、マリーン船長も他の皆も、自分たちから発砲する気は無い。先制攻撃のタイミングを逃しても、交戦を避ける可能性は最後まで担保しておきたかったのだ。戦力比的に、いざ交戦となれば先行だろうが後攻だろうが大した違いも無いだろう。


 フィスとリード船長が示し合せて電子防御を構築した直後、格子陣形となった艦隊から無数に赤い光線が放たれた。その大半はパンナコッタⅡや他3隻の間近を通り過ぎ、直撃弾は船の防御シールドに弾かれる。

 小船団は23Gの加速を目一杯使い惑星を回り込もうとするが、敵艦隊・・・は一糸乱れぬ正確な動きで常に最大投射面をパンナコッタⅡの方向へ向け続けた。


「撃って来たぜ姉さん、どうする!?」


「当然応戦よ。無人艦だって言うならECMは有効なはずね。ダナちゃんは全船の射撃指揮、エイミーちゃんは船内制御ね。フィスちゃん」


「へーいへい、AIどもによく効く電子攻撃を試してやるぜ!」


 第1惑星の陰から飛び出す小船団は、燃え尽きんばかりの陽光を浴びて眩く輝く。

 4隻はそれぞれの武装を展開。その砲塔を左舷の艦隊に向けた。

 状況が状況なので、パンナコッタⅡもここは手加減無しだ。無人艦だというなら武装を狙うような遠慮もいらない。

 白い船体の上下両舷の装甲が一部開くと、砲口が目を見開き青い光線を屈折させる。

 秒速30万キロの矢が35万キロメートル程度を挟んで交差し、約1秒で互いに突き刺さった。

 格子陣形を成す戦闘艦の複数が、シールドを吹き飛ばされ爆光を放つ。2秒間連続発振された青いレーザーは複数目標を薙ぎ払い、実に一斉射で艦隊の半数に致命的な損傷を与えて見せた。


 そして、集中したレーザーの直撃を受け、パンナコッタⅡの小船団も損害を受けた。

 パンナコッタⅡがシールドジェネレーターに過負荷をかけられるほどの攻撃は、他3隻のシールドを貫通して船体までを焼き切る。

 応急修理を終えたばかりの外装はもちろん、円筒形の船に至っては重要区画バイタルパートまでダメージを徹された。


『ジェネレーターが負荷限界を超えました! シールドジェネレータースクラム!!』

『左舷隔壁ダメージコントロールオフラインっス船長!』

『主機がノーコンタクト! ネザーインターフェイスのシグナルに応答無し!!』

『スクワッシュドライブからエラーレポート! ステータス無し! 物理喪失と思われます!!』

『ストーリアが負傷! トリアージレッド! 応急処置中!!』


 船のシステムに次々と致命的な障害が発生。船員も命に関わる重傷者が出ていた。

 塞ぎようのない大穴から船内酸素が漏洩し、宙域に長い尾を引いていく。


「フィスちゃん電子防御は!?」

「効果が見らんねぇ!? なんでだ! 対ECCM率は5割超えてんだぞ!!」

『フォースフィールド減衰54%、グラヴィティーフィールド減衰33%、シールドジェネレーター過負荷、出力38%、低下中。

 警告、間も無く防御容量を超えます。』


 パンナコッタⅡの船橋ブリッジではオペ娘がまなじりを吊り上げていた。

 電子妨害ECMが効いているのか、敵の電子妨害に対抗ECCMできているのか。それらは相手のシステムの監視や発信される信号への対処状況で推し量る事ができる。

 他の誰にも見えない、通信システムとアルゴリズムの戦い。

 実質50対1という電子戦闘で、パンナコッタⅡとフィスは互角以上の戦いを繰り広げていた。


 ところが、現実はその結果を裏切る。


 フィスの構築した電子防御は機能していた。敵艦隊の攻撃精度は5割以下だ。

 しかし相手の統制が全く揺るがない。

 数に物を言わせたレーザー斉射と連携は、パンナコッタと小船団に面の攻撃を叩き付けていた。

 左舷に飛び出す白い剣の船は、横回転しながら屈折レーザーを連発する。

 直撃を受ける戦闘艦が次々と爆発を起こすが、慌てて回避行動を取るような様子は無い。

 それどころか、強力な砲撃に晒されながら整然と陣形を組み替え、パンナコッタに対して一直線に連なる。

 これだけなら単に被弾面を抑えた攻撃に向かない陣形だが、各艦は先頭の戦闘艦を盾に使い僅かに横へ移動しては、射線確保と同時に砲撃を行いまた隠れるを繰り返す。

 その正確な運動が連続し、あたかもカレイドスコープのような幾何学模様を描いていた。


「あの艦隊連携は人間には無理ね……。フィスちゃん、コントロールの妨害は?」

「信号は見つけたからジャミングは出来てるはずなのに効果が出ねーんだよ! ウェイブ、レーザー、電波! どうやって通信してやがる!?」

「おい控えの艦隊が上がってくるぞ!」


 前職で艦隊を指揮していたマリーン船長ではあるが、ここまで精密な艦隊運動ははじめて見た。艦隊運動は戦術データリンクとメインフレームがある程度効率的に行なえるよう支援してくれるが、相手の艦隊はレベルが違う。

 当然そこには絶え間ない情報連携があると思われ、フィスはその妨害を試みていた。

 だが、信号割り込みや高出力によるかく乱、ダミーデータの送信といった定番の手段が通用しない。

 しかも、後方で惑星の走査スキャンをしていた艦隊の半数が、前衛艦隊と同じくカレイドスコープの陣形を形成しつつあった。

 数で圧倒する連邦艦隊を壊滅させただけの事はある。


「リード船長、そちらの状況は?」

『よくないねぇ……! 燃料が根こそぎ飛んで行っちまったよ、最大加速を維持するのはムリさね』

『これ以上艦隊規模の攻撃が集中すると船体も持ちません。ブリッジ要員以外の退船を準備させます。受け入れ準備をお願いします』


 パンナコッタⅡは僚船から離れられない。いつ船を捨てた乗員を収容する事になるか分からない状態だった。

 敵艦隊は戦闘艦の単位でも高性能だ。メナスほど圧倒的ではないが、通常の戦闘艦以上であるのに加え戦闘連携が非常に高度で、パンナコッタⅡでも楽勝とは行かない。


 更にここで、第5第6惑星方面からの追撃艦隊まで到着し始めた。

 100隻、200隻と獲物を狙う魚群のように、幾つもの勢力の戦闘艦が宙域にワープしてくる。

 何やら戦闘を停止し船の相対速度を合わせるように命令してくるが、そんな戯言を聞いている暇など無い。

 とはいえ船の損傷で加速も出来ず、追われるとかなり面倒な事態になると思われるが、


「フィスちゃん、あの艦隊のデータを送信してあげて」


「はえ!? え? いいけど、連邦艦隊にだけじゃなくて?」


「手間はそれほど変わらないわよね? 上手くいけば、少し時間が稼げるかも」


 ここで、マリーン船長の指示によりフィスが小細工を弄す。

 第1惑星に陣取っていた艦隊は、以前に別の宙域で連邦艦隊を壊滅させた物と同種の可能性が高い。

 パンナコッタを追いかけて来た艦隊の中には連邦所属の物もあり、これを知れば攻撃の矛先を逸らせるのでは、というのがマリーン船長の策だった。

 無視はできないだろうし、あわよくばお互いに潰し合ってくれないかと。


 そんな若干黒い願いが通じたのか、500隻で構成される連邦艦隊が砲口の半分を所属不明艦隊へと向けた。

 所属不明艦隊も、狙われたのを察知したのか細長い陣形を連邦艦隊へと向け砲撃を開始。

 近くにいた別勢力の艦隊にも警戒態勢を取り、それにより所属不明艦隊も砲を向け交戦状態となった。

 計画通り、とどこかの美人船長が悪い顔をしていたとか。


「いいわ、スノーちゃん進路このままで慣性航行。フィスちゃん、カーゴドア解放。ダナちゃんとユイリちゃんは収容を手伝って」


『ええい散々手をかけた船を捨てる事になるとは……!』


『むしろここまで持てば上出来でしょう。作戦が成功する確率は決して高くありませんでした。具体的には33%以下です』


『後はそのバケモンみたいな船に期待させてもらうかね!』


 枯れ野に炎が広がるような戦場となる中、パンナコッタⅡは僚船から脱出した救命ボートの収容に入る。

 既に致命的な損傷を負っているトゥーフィンガーズは無論の事、アレンベルト、バウンサー共にこれ以上の戦闘は不可能という判断だった。

 愛着があり、コストと時間をかけて強化して来た船を捨てるのは誰にとっても痛恨だ。

 とはいえ、この機を逃せば乗員諸共撃沈される恐れもあり、船との別れを惜しんでいる間は無かった。


 パンナコッタⅡの船体下部にある格納庫が、前後の扉を折り畳み開放。目立つオレンジ色の救命ボートを受け入れる。

 時速70万キロの最中での収容作業なので多少乱暴になったが、ヒト型機動兵器が手動でそれを引っ張り込んでいた。宇宙空間では他の追随を許さない器用さを発揮する機械である。


 連邦艦隊とその他、所属不明艦隊は第1惑星宙域全体に拡散し、戦線を広げていた。所属不明艦は損害を出しながらも、それらを一切意に介さない様子で攻撃を続けている。100隻に満たない半端な数の艦隊だと、一瞬で潰されている勢力ところもあった。

 しかし、所属不明艦隊はパンナコッタⅡも放ってはおかない。

 最後方に控えていた一回り大型の船、側面に発着口ローンチベイを持つ戦闘艦から小型の機影が大量に飛び出してくる。


 前方に尖り、左右に4対の丸いセンサーが並ぶ頭部。

 円筒形の胴体に単純な装甲を付け、細い腕部マニピュレーターには砲身と機構部分が一体化したナタのような形状の武装を保持している。

 板状のパーツを組み合わせた脚部と降着装置ランディングギアを備えた、全体的にシンプルな無人機らしい機動兵器群だった。


『空母でもねークセに何機抱え込んでやがるんだアイツはー!? 敵艦載機が47Gで接近中! メナス並みかよ!? 距離13,000! こっちは加速してねーから60秒以内にケツに付かれる! 接敵時の相対速度はだいたい時速10万キロメートル!!』


『ユイリちゃんお願い』


「了解、メイ、ラヴ、チームA発進する。チームBは救難艇を収容し次第パンナコッタの直掩」


『タイミングを見て惑星に降下するから遅れないようにするのよー』


 抱えていたボートを押し返すと、灰白色のエイムは後部から格納庫の外に飛び出す。赤と白の機体に黒と紫の機体もそれに続いた。

 パンナコッタⅡからのレーザー砲撃を急機動で回避する敵無人機は、ナタの形状をした火器を突き出すように発砲。発振元が動き回るので、赤い光線も真空中で振り回され残像を残した。

 唯理は機体をスピンさせ紙一重でわしながら、相手の軌道を読み予測位置にアサルトライフルを叩き込む。


 白い剣の船は第1惑星の薄い大気層に侵入。ここまで共に来たバウンサー、アレンベルト、トゥーフィンガーズの3隻に別れを告げた。自動操縦で所属不明艦隊に攻撃を続け、最後まで役に立ってくれた。


「チッ……船なんざただの箱だと思ったが、海賊やってた時からの付き合いだからねぇ。少しばかり…………」


 船橋ブリッジのモニターに映る船の最後に、リード船長が眩しい物を見る様に顔を歪めている。

 ウォーダン船長は腕を組んで黙り込むが、ソロモン船長は何の感慨も見せていなかった。


 これはこれで好都合かもしれないと、自らも船を失った経験を持つマリーン船長は申し訳なくも思うものである。


 そんな船長達の複雑な思いを他所に、灰白色に青のエイムは背面部の効果翼を展開し、船の周りを飛び回っていた。気圧が低いのでほとんど意味無いが、一方でシールドへの負荷も小さくなるのが有難い。

 敵エイムは高速で一定距離を空けたまま周囲を旋回、包囲し攻撃するという戦術を取っていた。攻撃の輪は何重にも及び、四方八方からのレーザーは到底わし切れるものではないだろう。


 普通ならば。


 乱舞するレーザーの中を、灰白色のエイムは身を捻って最小の動きで回避し続けていた。

 更に、アサルトライフルは撃ちっ放し。高速機動の最中に肩ランチャーからキネティック弾もバラ撒き、上下逆さまになったかと思うと長砲身のレーザー砲を肩部に展開し発砲する。

 包囲の内側から、唯理は敵を喰い荒らしていた。

 同時に輪の外からは、味方のエイムがレーザーや砲弾を広範囲に掃射。複数の敵機が爆光と消えた。


「やっぱりECM効かんな……弾も足りん」


 そんな中、慣性に任せて振り回されながらコクピット内でひとりごちる赤毛娘。

 乱暴かつ繊細にフットアームを踏むと、空中で横滑りし同時に回転。一瞬で照準内を流れる5機を狙い撃ち撃墜する。

 電子妨害ECMも連発していた唯理だが、敵機の動きが鈍くなる様子がない。

 既に100機近く落としているが、そろそろレールガンの予備弾倉も尽きそうだ。

 大腿部の短機関銃SMGレールガンに武装を切り替え敵機の軌道を制限すると、ビームブレイドで突っ込み叩き斬る。


「……ん?」


 その一瞬、敵エイムの装甲表面に幾何学模様が浮き出した気がしたが、集中するレーザーから最大推力で逃げた為に確認は出来なかった。


『7機目! ていうか何機いるのこれー!?』

『グアッ……!? ブースターやられた!』

『パックス! 船に戻れ!!』


 四方八方から光速で飛んでくる攻撃に、エイムチームは急速に消耗を強いられる。残弾、ジェネレーターの過負荷、削られる装甲。

 チームBパックスとモールドの機体は、背面部ブースターや脚部ランディングギアにレーザーを喰らい、破損の為に後退していた。

 5,000メートル下は漏れなく溶岩の海だ。大破して脱出したところで助からない。


「フィスちゃん、どう?」


「やっぱり船の位置は海抜下だよ姉さん。ここから400キロの距離、全部一ヶ所に固まってる。どうする?」


「…………この船なら飛び込めるって事よね? 行くしかないかしら?」


「なんじゃい、ここまで来て集団自殺かい」


 だが、いかんせん目的地がそのマグマの下だった。

 封印艦隊が機能するまま健在なのだとしたら、摂氏1,500度という融けたケイ素の高温高圧の中でも、同種のパンナコッタⅡなら活動できるという事になる。

 何かの間違いなら、ウォーダン船長の言う通り船を棺桶に集団自殺だ。

 温度はともかく、空間密度と圧力は致命的である。

 普通の宇宙船なら、まず耐えられない。


「……フィスちゃん、ルート設定、スノーちゃんに転送して。全員バイタルパートに避難、隔壁は全部閉鎖。こういうのって初めてなんだけど、マニュアルとかあるのかしら?」


 だが、マリーン船長はそれほど悩まず決断した。

 自分たちは敵に追われ、ターミナス星系のキングダム船団には1,000万のメナスの大艦隊が迫っている。

 折り返しまで、あと18時間だ。一旦引き返したり体勢を整えているような時間は無い。


 それに、何となくマリーンには確信があったのだ。


『本艦のデバイスコントロール、R.M.Mオーガナイザーで装甲属性を変更してください。耐熱、耐圧、耐侵シールドモードを設定してください。既存プリセットからパラメーターを設定しますか?』


 フィスが船のシステムを調べようとしたところで、管制人工知能AIから回答が出た。

 思った通り、こういった環境での運用も想定されているようである。

 もはやこの船のデタラメ具合にも慣れてきたパンナコッタの乙女たちであるが、常識的な部外者たちは一様に困惑していた。

 応答型の人口知能AIによる管制――――――廃れている――――――、フルR.M.Mの船体装甲――――――実は主要構造全体――――――、有機的な装甲属性の変更システム。いずれも普通の宇宙船にはありえない機能である。


 たかってくる無人機動兵器を振り切るような勢いで、パンナコッタⅡは急激に高度を下げていく。護衛機のエイム4機もそれに続いた。

 青い屈折レーザーが扇状に広がり、迎撃システムCIWSのレールガンが弾幕を形成する。

 正面から撃ち抜かれ、バラバラにされ後方に消える無人機。小型機ならではの小回りと高加速で突破してきた機体も、灰白色のエイムにビームブレイドでモグラ叩きされた挙句に蹴っ飛ばされてマグマに消えた。


「ダイブまで60秒カウント開始! 装甲属性を耐圧モードに、各部シールド、隔壁閉鎖、全員バイタルパートに入った! 後は格納庫だけ!!」

「エイムチームを全員戻して。スノーちゃん、突入速度まで落として降下準備。みんな慣性制御の容量を超えるからシートに身体を固定して」


 1分後、無人機の群れと撃ち合いながら、パンナコッタⅡは目標地点を目前にする。

 真っ赤に煮え滾る海面は大きくうねり、猛烈な上昇気流で曇天の空も荒れていた。

 ギリギリまで敵機を迎撃していたエイムチームは格納庫に飛び込み、パンナコッタⅡはシールドをオフに。

 すぐさま敵機のレーザーが白い船体を舐めるが、ダメージが重なる前に高度を落とした。

 時速500キロ、高度0メートルから更に下へ。融点を超えた岩石の海に滑り込んでいく。

 膨大な水蒸気が立ち上り、レーザーが拡散して威力を激減させた。

 高速で押し退けられた赤い液体が盛大に波打ち、宙を舞った飛沫が黒く固まる。

 粘度の高いマグマが強烈な抵抗を見せ、宇宙船の侵入を阻もうとする。

 しかし、パンナコッタⅡは重力制御を反転し一気に灼熱の海へと潜行。

 水面は左右に割れて大きく持ち上がり、白い船の姿はその中心に消えた。


 それから30分。

 数十機の無人機はパンナコッタⅡの沈んだ地点をウロウロしていたが、蜘蛛の子を散らしたようにそこから離脱して行く。

 直後、約150キロメートル上空から高出力レーザーが降り注いだ。所属不明艦による艦砲射撃だ。

 砲撃は一斉射に留まらず、一定の間隔で淡々と継続される。機械的に目的を達成するまでいつまでも何度でも繰り返す、意志無きシステムの傲慢さだった。



 その傲慢を、怒りのままに煮え滾るマグマの中から超高出力のレーザーが焦滅させる。



 青白く光る柱が宇宙までを貫き、所属不明の巡洋艦クラスを一撃で爆砕した。

 一瞬で見る影も無く大破した戦闘艦は、一切何も出来ず燃える残骸と化して重力に捕まり惑星に落ちていく。

 何十機もの無人機は、頭部のセンサーを超高出力レーザーの発振地点に向けていた。


 赤く対流する灼熱の大海が、広域に渡って盛り上がる。

 それは直径で100キロメートルに近い広範囲となると、透明な球体を滑り落ちるように頂点から露になってきた。

 何百というマニューバブースターが甲高い唸りを上げて白炎を吹き出す。

 巡洋艦どころか戦艦がそのまま入るほど巨大なメインブースターは、今にも大爆発を起こさんと光を孕んでいる。

 長大で鋭い切っ先の艦体が次々と持ち上がり、両舷側のシールド発生ブレードが翼かヒルトのように展開された。

 溶岩の海から浮上するそれら・・・は、艦体に冷えてこびり付いたケイ素を剥離させながら高度を上げ続けている。

 超大質量体の重力制御が惑星ホシごと空間を震わせる。


 吹き荒ぶ大気の中で、衝突防止灯がその艦影を浮かび上がらせていた。

 大斧槍ハルバード強襲槍ジャベリン剣闘士の剣グラディウス常在戦場の剣ファルシオン、そして大戦剣クレイモア

 遂に抜かれ、振り上げられた星をも砕く刃達。


 戦場において、武器が成す事はただひとつしか有り得ない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る