53G.ガススタンド リペアダイナー

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 第7惑星の衛星ベルオルにある地下都市から目的の人物を救出した後、高速貨物船パンナコッタⅡは仲間の船と合流するべく目的地へ向かっていた。

 星系の中心、恒星『ハイスペリオン』方面へ。

 絶望的な数の脅威メナスが迫っているにもかかわらず、多くの勢力が入り乱れて争い続ける星系内を、障害となるモノ全てを蹴散らして進む。


 というワケでそこそこ忙しいパンナコッタだが、21世紀型女子高生の村瀬唯理むらせゆいりはキッチンで料理という名の研究に勤しんでいた。

 第7星系域脱出後も行く先々で何かしらに絡まれ、護衛としてエイムが出る必要もあるのだが、この赤毛娘は待機である。

 ベルオル地下都市でメナス相手に無双したのが良くなかったらしい。

 船に帰って笑顔の怖い船長と涙目のエンジニア嬢にがっつり怒られ出(撃)禁を喰らったのだ。

 一応、乗機エイムと身体のメンテナンスをさせようという意味もあるらしいが。


 そうは言われても、ヒト型機動兵器の整備はメカニックの姐御やエンジニア嬢のお仕事、メディカルチェックは船医のお仕事だ。そうでなくても常識が2,500年ほどズレている感のある唯理にエイムを降りて出来る事は少ない。

 そのようなワケで、外ではドッカンドッカンやっているというのに、唯理は手持無沙汰の末にキッチンへ追い立てられて来たのだ。


「お嬢様ー、今度はなに作るのー?」

「また甘くてサクサクするモノ?」


 赤毛の横にはミニスカートも短い(二重)小麦色の肌をした愛らしい双子の姿があった。

 上はノースリーブに胸元を出したデザインの服で、戦闘中だというのに環境EVRスーツを着けておらず素肌の露出が目立つ健康的かつセクシー系の装い。

 パンナコッタのお手伝い担当、リリスとリリアの姉妹である。

 唯理も詳しい事情は知らないのだが、基本的に船のシステム操作や操舵は持ち回りなパンナコッタにあって、この双子姉妹はそういった役割を振られる事がない。お手伝い係、とは言っても、大抵は本人達の自由にさせられていた。

 当然、戦闘時の役割なども無い。


 戦闘配置からハブられた赤毛と、荒事の最中は暇なエロ双子。

 そして唯理がここ最近美味しいレーション開発を行っていると知っていれば、こうして集まってくるのも必然であった。

 何か出来たら独占する算段のリリスリリア姉妹である。


「うむむ…………」


 そんな期待をかけられる唯理であったが、実のところあまり考えは無い。

 クッキー以降は忙しかったので碌な研究が出来ていなかったのだが、どのみち個人での試行は頭打ちになっていたのだ。

 既存の植物構造を参考にホウレン草やアスパラガスなどの野菜が再現出来ないか、などと思ったが、できたのは植物の形をしたセルロースシートだった。歯応えも瑞々しさも甘みもありゃしない。

 肉類も、筋肉の構造を模したタンパク質で出来たゴムかスポンジの塊、という域を出ない有様で。

 所詮生物学者でも科学者でもない小娘の及ぶ範疇ではないのだろう。味と食感だけ再現した合成代用品すら難易度高過ぎ問題なのである。


 というワケで、何か作るにしても既存の成果の延長になる、と。


「そうさなぁ……。それじゃ、今日はヨーグルトムースタルト……的なモノを作るよ?」


 過去の穀物や脂質、糖といったささやかな成功例で作るとなると、そんなものしか思いつかなかった。それも、恐らくそれっぽいのが出来るであろう、というレベルなのが切ない。

 乳成分も再現できないかと試行錯誤したが、駄菓子屋などにあるヨーグルトに似た物が出来ただけマシというものだった。アレは乳性分一切無いとも聞くが。


 まぁ不味くならなければ差し入れくらいにはなるだろう、と思いながら、フードディスペンサーで材料だけ合成する赤毛娘。

 それらを興味深げに見ていた双子だったが、


「お嬢様ー、わたし達作ってみたいー」

「作らせて作らせてー」


 いざ材料が出来ると、唯理の返事も聞かずにそれらを調理台へ持って行ってしまった。

 確かふたりは食べる専門で、パンナコッタせんべいにしてもクッキーにしても作った事はなかったはずだが。

 そんな一抹どころか五抹の不安はあるものの、どうせ特に難しい工程を踏むでもなし、やるだけやらせてみようと唯理は軽く思ってしまった。


 この後えらい苦労させられたが。


「じゃまず土台になるクッキー生地を作らないと」


「クッキーを……『土台』?」

「食べないのー? クッキー食べた―い!」


 材料を集めて説明する唯理だが、双子は一歩目から別方向に突っ走りそうになった。

 よく分からん『タルト』なんざどうでも良い、と言われてしまっては唯理も身の置き場が無い。


「油脂成分、砂糖を薄力粉と水を混ぜて皿の形状に伸ばし等間隔に穴を空けてヒーターで焼く」


「なんかこれ面白ーい! すごい大きなクッキーだー!!」

「穴いっぱい……なんかハマりそう…………」


 まず皿にクッキーの土台を作ったのだが、危うく双子に喰われるところだった。

 しかし、双子の方割れがボロボロになるほど生地に穴を開けてNGとした物があったので、これを焼いてカウンターメジャーとして食べさせた。


「脂肪とタンパク質の合成クリーム、砂糖、同じく炭水化物と脂肪分、ビタミンから成る合成のヨーグルトもどきを混ぜ合わせて――――――――」


「何それお嬢様カッコイー!? やらせてやらせてー!!」

「とぉあああ……! あ、もう無理、手が痛くて動かない」


 ヨーグルトムースモドキをボールに入れて撹拌する赤毛だが、そのキレのある動作に興味を持った双子がボールを奪い真似をし出した。

 30秒で力尽きたが。


「グリシン、アミノ酸XとYを一応コラーゲンの鎖にしてから熱処理でゼラチンに変えてお湯で割ってヨーグルトムースと混ぜる」


「むー……何だか分からないけど難しいよお嬢様ー」

「でもなんかいい匂いがするよ? ……あんまーい!!」


 はじめからコラーゲン未満のゼラチンとして合成しようかとも思ったが、なにぶん手探りなので一度アミノ酸をコラーゲン同様の3重螺旋として形成した上で、熱を加えて分解してゼラチンを作った。

 これを前述の双子の腕を破壊したヨーグルトもどきムースに水と一緒に混ぜる。

 少々双子に喰われたが、大勢に影響は無いと思われる。


「クッキー生地の土台にヨーグルトムースを流し込んで冷やすとゼラチンが再結合して固まる……はず。1時間もクーラーに入れておけば完成かな」


「やったー食べる―!!」

「え? え? お嬢様は『1時間待つ』って言ってなかった? ダメだよリリアわたしも食べたいー!!」


 だが、冷やすのを待たずに食べようとするのは、流石に唯理も喰い止めた。

 仕方がないので、生食用をもうひとつでっち上げる。

 双子にはウケたが、やはり唯理としては微妙だと思う。


 そうして、1時間後。


 油断は無かった。

 これまでの経験から言って、フリーダムな双子に食べ物を任せたら欲望に任せて喰らい尽くすだろう。

 故に、唯理は自らの手で相手に渡していた。

 今回は紅茶も試作してある。無粋な宇宙用の密閉ボトルしかないのが残念。

 臨時に乗船していたエイムオペレーター達も、ほとんどが船団でクッキーショックを経験している。その為、初めて見るフードレーションも問題なく受け入れられていた。

 ベルオルで回収してきたゲストふたりは、他人と同じフードレーションを食べると言う珍しい習慣と食べ物を前に目を白黒させていたが。


 問題が起こったのは、船首船橋ブリッジの面々にタルトを持って行った時の事である。


「んー……!! 甘くて爽やかでとっても素敵。パナセンもクッキーも美味しかったけど、これはレベルが違うわね」


 戦闘が一段落し、合成スイーツを口にした船長のお姉さんは、幸せそうな悲鳴を上げていた。

 唯理としては無理繰り味を真似たタルト型の和菓子、という感想なのだが、この時代の女子の心を鷲掴みにするには十分だったようである。

 食べ終えたエンジニア嬢にシステム操作を任せたオペ娘も、お行儀悪くタルトを手掴みで齧り付こうとしていた。


 その直前に、パクリと。


 横からニュッと生えてきた褐色双子の片割れが、二等辺三角形のタルトのピースを前半分食べてしまった。それも一口で。

 あまりの早業に、目を丸くして思考停止するフィス。更に、残り半分をフィスの手ごと食べる勢いで双子のもう片方が口に収める。


「んふー、やっぱりウマー!」

「サクサクモニョモニョもっと食べたーい!!」


 ご満悦のリリスリリアは、やりたい放題やった末に捨て台詞ぜりふを残して一目散に走り去る。

 それを、怒り狂って吊り目も当社比50%増しなオペ娘さんが追いかけていった。


「テメーら今日という今日こそ△××$**∞Σ――――――――!!!!」


「あーもーあのふたりはまた……」


 声も出ない様子のフィスに、困ったように眉をひそめるエイミー。どうも双子はワザとターゲットを絞っている模様。


「困った娘たちねー。ユイリちゃん、手が空いた時でいいからまた作ってもらえるかしら?」


「それは構いませんけど」


 全然困ったように見えない船長のお願いに、操舵席で舵を取る赤毛が応える。双子の仕掛けるタイミングは完璧だった。止むを得まい。

 ちなみに、本来の操舵手である小柄な少女は、席の後ろで体育座りでタルトを食べていた。無表情だが心なし満足そうである。


 実際、フィスが双子にしてやられていなくても、いくらでも作れるし大して手間もかからないので構わない。

 だが、前述の通り唯理は今回の出来に満足していなかった。

 どうせ作るなら、本物かそれに近い物を作りたい。こんな微妙な物で喜ばれても若干申し訳ない思いである。


 とはいえ、もう自分だけではどうアプローチして良いかも分からない。かと言って自分以外に21世紀の味を知る者もいない。

 ヒストリカルアーカイブスにも、食料に関する詳細な記述など無く。

 このままじゃいずれ、自分もこの時代の一員として味覚がおかしくなるかも。


 そんな憂い顔でエンジニア嬢をドキドキさせていた唯理であるが、この後思わぬ形で問題を解決する事になる。

 同時にそれは、惑星規模での問題が頻発する始まりでもあったが。


               ◇


 穏やかな時間は一瞬で過ぎ、キングダム船団を助ける計画は次の段階に入る。

 第7惑星宙域を離脱して4時間。ハイスペリオン星系を離れるまで、残り30時間を切っていた。

 パンナコッタⅡは追尾してきた私的艦隊組織PFOの船を追い散らすと、約3,000万キロという中距離をワープ。

 第2惑星と第1惑星の中間に位置するデブリ帯へ到着する。

 ここは、長期に渡る紛争のゴミがリサイクル処理もされずに投棄されている宙域だ。

 ゴミと言っても、それはまだ使えそうな小型の宇宙船や中身・・の入ったままの船外活動EVAスーツ、全長5キロにも及ぶコロニー構造体ストラクチャの残骸など様々だ。

 そして、星系の中心に近い宙域は恒星の影響を受け易い為、重要な拠点を置き辛い。不意に恒星の活動が活性化した上にフレアなどに飲み込まれた日には大惨事だ。

 また、紫外線や赤外線、中性子といった放射エネルギーを長期間浴び続ければ、宇宙船も消耗する。

 よって、哨戒部隊パトロールなど小規模な艦隊は存在するものの、その規模は第7惑星宙域や星系外縁より遥かに小さい、


 はずだった。


『何もんじゃ、「フリットタイド」の周りをうろついている連中は? よりにもよってこんな所におるとは』


「それより船のダメージはどうなの? 手に負えないようならこっちからもヒトを送るから」


 パンナコッタⅡはこのデブリ帯でバウンサー、トゥーフィンガーズ、アレンベルトと合流を果たしたが、3隻はいずれも別れた時とは比べ物にならないほどの損傷を負っていた。

 第7惑星宙域から、パンナコッタⅡを欠いた状態で艦隊を引き付けた為だ。

 通信に出るウォーダン船長の顔色にも疲労が見られる。体力の塊のような人間なのに。


『このくらいで落ちる船じゃないわい。ま……ソロモンとリードのところはジェネレーターまで逝っとるらしいが』


『アンタんとこはご自慢の大砲吹っ飛ばされてるじゃないさね』


『優先的に狙われたおかげでこちらは助かりましたが』


 重武装船と電子戦闘に特化した小型船、それにシールド出力に優れた船の3隻は、巨大な箱型物体の中に隠れて応急修理中だ。元は大型輸送船のカーゴだったらしく、僅かに設備が残っていたので有効に活用している。

 武装改造船は装甲にいくつも大穴を開け、レーザー砲の砲塔タレットを2基と虎の子の荷電粒子砲を失っていた。

 小型のステルス船は両舷の武装コンテナを喪失し、円筒形の中央船体のみとなってる。

 全翼機に似たシールド船は、船体下部から伸びていたシールドブレードが脱落していた。

 満身相違といったステータスだが、圧倒的な戦力差を生き延びた3隻の能力を称えるべきである。これで人死にが出ていないとか賞賛する他ないタフさだ。


 現在はパンナコッタⅡの生産能力と搭載エイムをフル稼働させ、3隻の修理を急いでいた。しかし、完全に修理するには時間も特殊な部品も足りない。

 それに問題は船の消耗だけではなかった。


 ハイスペリオン星系での最終目的地は、第1惑星『フリットタイド』である。

 中心にある恒星から、平均して1,000万キロ程度しか離れていない年中無休で火炙り状態の星。

 マグマと乱気流の惑星だ。

 当然、惑星内に拠点など築けない上に、前述の通り宙域自体の環境も過酷過ぎる。艦隊がいるにしても、他の勢力の進攻を警戒するパトロール艦隊くらいのものだと思われた。


 ところが、レーダーシステムの画面には、どういうワケか第1惑星の陰に屯する100隻余りの艦隊が。


「こいつら多分アイレイン星系グループで連邦艦隊潰したのと同じヤツだ。船の種別不明、信号形式がどことも類似性無し。どっちも自前で開発してるんだろ。

 所属不明の艦隊で、どこともコンタクトを取った形跡が無い。メナスほど無茶苦茶じゃないけど、10倍以上の艦隊を潰すくらいにはハイスペックだな。

 被撃沈実績有りで残骸を連邦が回収している。でも死体が見つかってないんだとさ。だから無人艦だって言われてるわ」


 事前の予測通り、デブリ帯に目立った脅威はいなかった。

 しかし、更に星系の内側に纏まった艦隊がいるのは想定外。

 しかも、正体がよく分からない相手だと分析したオペ娘は言う。


『キングダム船団と合流した時に交戦したヤツとは違うの?』


 フィスの説明を聞いていた赤毛は、作業中のエイムの中から質問する。

 確か以前にも所属不明だか正体不明だという謎の勢力の話を聞いた覚えがあった。

 この時代の事には依然として不案内なので自信無さ気だが。


「ありゃ『ドミネイター』。まー正体不明の艦隊なんて宇宙じゃ珍しくもないけど、こいつらほど徹底しているのはなかなか無い。

 大抵は既存メーカーの船の改造だったり通信周波数やら暗号変換プロトコルの特徴でアタリが付けられるもんだけどな」


 現状で艦隊の正体を知るのは難しそうである。

 とはいえ、今はもっと重要な点がいくつもあった。


『例の隠された艦隊もあそこですよね? まさかあの艦隊と関連が……?』


 黒いオールバックに角のある男性、アレンベルトのソロモン船長がマリーン船長に振る。

 唯理の持つデータの導く先、パンナコッタⅡ、バーゼラルドクラスやファルシオンクラスといった超常の船が眠るのは、今まさに所属不明の艦隊が陣取る惑星の中だ。

 通常なら船が近づかない恒星付近のホットプラネットに、理由も無く艦隊が留まるとは考え辛い。

 ならば、問題の艦隊も目的は同じか。だとすれば、同じ座標データを持っているのか、あるいは唯理のデータが漏れたのか。

 それとも他に理由があるのか。今の段階ではマリーン船長にも判断が付かなかった。

 いずれにせよ船は絶対に持って帰らなければならないのだから、相手が何者だろうと先んじられるワケには行かないのだが。


 もうひとつの問題が、第6から第5惑星宙域で艦隊が集結する兆候が見られる事だ。

 観察していた限り、パンナコッタⅡを追う航路ルート観測機プローブを送り出し、偵察艦らしき機動力に優れた船を先行させている。

 パンナコッタⅡのような船を、あらゆる意味で放っておけないという事だろうか。

 体勢が整い次第、複数勢力による約2,000隻規模の艦隊が差し向けられる可能性が低くないと思われた。


『ふんじゃぁ時間などかけてられんじゃないか! さっさと「フリットタイド」に乗り込むぞぃ!!』


『乗り込んでどうするさね。アンタとこの船は重力下飛べないだろ』


『それに、修理の終わっていない今の状態で行けば今度こそ沈みます。パンナコッタの足を引っ張るくらいなら、ここで乗り捨てていく方がマシでしょう』


 鼻息荒く突き進もうとする見たまんま血気盛んなウォーダン船長だったが、リードとソロモン両船長にアッサリ却下される。

 確かに複数勢力に前後から挟まれるのは拙いのだが、今のパンナコッタⅡ以外の3隻は通常航行にも支障をきたす状態だ。

 急ぐのならば、修理の方を急ぐのが最善と思うしかなかった。


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