51G.ディープダンジョン モンスター

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 ハイスペリオン星系第7惑星フィルアモス第3衛星ベルオル。

 ゴールドコーナー市、地下第20層1階、総合制御区画。


 地下都市全体を制御するメイン演算フレームとサブフレームが設置された頭脳とも言える階層だったが、最下層であるはずの20層以下より現れたメナス自律兵器群の攻撃により、一瞬で壊滅した。

 50体前後いると思われるメナスは、内蔵した荷電粒子砲を四方八方に撃ち放ち、破壊の限りを尽くしている。

 聳え立つ演算フレームの筐体に大穴が開き、壁面や土台、天井といった構造材が溶解し、迎撃に出た無人機ドローンがバラバラに破壊された。

 そこには、躊躇や高揚、歓喜といった感情らしい物は何も無い。

 生物か機械かも判然としない謎の脅威メナスは、プログラムに従うように、あるいは本能のように活動を続けていた。


 そして、18層エネルギー区画では。


 村瀬唯理むらせゆいりとメカニックのダナ、それにエスタとクリアのロートナン母娘は、一刻も早くこの地下都市から脱出するべく急いでいた。

 侵入者に逃走者の身ではあるが、今となってはそれを止めようという者はいない。

 都市警備を担うセキュリティーの警備兵は、今はメナスへの対処でそれどころではないのだろう。

 母娘の夫であり父でもある男は、非常事態が起こると同時にどこかへ走っていった。都市の責任者としてやるべき事があるのだろうが、被害の程度から見て職務に殉じる可能性が高い。

 家庭より組織を選んだのだから、それも本人の決断という事だ。

 現状で最優先する任務を抱えているので、唯理もこれ以上お節介を焼いている余裕は無かった。


「フィス、メナスの動きはどうなってるんだ!?」


『メインフレームどころかシステム網がズタズタでよく分かんねぇ! 19層ライフラインプラントで爆発! 多分下まで来てる!!

 シェルターに荷電粒子砲が……これは、ダメだろうな…………』


 地下を満たす照明が一瞬落ち、バックアップ電源に切り替わったのが分かった。

 衛星の地表で待機する超高速船『パンナコッタⅡ』。

 そのオペレーターからの報告によると、20、19層は主要機能の大半を喪失し、シェルターに避難していた住民にも凄まじい数の犠牲者が出ているという。

 とはいえ、すぐ上の層にいる唯理やダナにも他人事ではない。運が悪ければ超高熱のエネルギー弾は足元を貫通し、人間など一瞬で蒸発させてしまうだろう。


「メイ、ラヴ、今から戻る。そっちで問題は?」


『たいちょー!? 早く帰ってきてー! あたしは隊長とは違うんだからメナスとやり合うとかムリだからね!!』


『隊長のエイムは保護してあります。ですがメナスが上がって来た時にオートコントロールでは対処できません。お急ぎを』


 走りながら唯理は地下4層に待機させている部下ふたりに状況を確認。故あって中央シャフトエレベーターを使う事になったが、全長15メートルのヒト型機動兵器が入らず置いて来るしかなかったのだ。

 メナスが暴れているのは、今のところ地下20層と19層のみ。4層まではまだ距離があったが、相手の火力を考えると油断は出来なかった。何より、のんびりしていると18層にいる唯理たちの方が危ない。


 母親は娘を抱えて走っていた。体力も脚力も特別優れているワケではないようで、たいして早くない上に疲れ切って息も荒い。

 しかし、ここは無理を押してもらわねばならなかった。18層はメナスに近過ぎる。エレベーターにさえ乗れば4層までノンストップで、そこからはエイムに乗って一気に地上に出られるはずだ。


 壊れて開かないドアをレーザーライフルで焼き切る。

 そこは、行きがけに横目で見た巨大なジェネレーターが立ち並ぶ広大な部屋だ。天井から床まで約300メートルと、1層丸ごとの嵩がある。

 ジェネレーター一発が21世紀で言う巨大タンカー程にも大きい。

 そんな物が、何段にも重なり何列も並んでいた。


『ジェネレーターの下を通って部屋の反対側! 左に廊下の通用口がある! エレベーターはその先!!』


「ここのサブ電源はリアクターだろう!? まさか暴走してないだろうな!!?」


 送られてくるロケーター情報を頼りに、ジェネレーターの列の間へと走り込む。

 低く響く作動音、果ての無い壁、作業中に放置されたと思しきヒト型重機『マシンヘッド』と、自分が小さくなった錯覚を覚えそうだ。


「ま……待って! もう……アシ……動かな…………」


 母親の方は大分前に限界を超えていたらしく、息も絶え絶えになっていた。

 先導するダナは延々と続くジェネレーターの壁の先に、小さな部屋のように窪んだ箇所を発見。

 メンテナンス用らしき計器類が置かれた場所で、そこに親子を引き込む。最後尾の唯理は、レーザーライフルを前後に向け安全を確認すると背中側から滑り込んだ。


「もちょっと頑張ってください。あと1分も走ればエレベーターです」


『その下のハイドロ施設がぶっ飛んだぞ! メナスが上がって来てる! 急げよ!!』


 奥さんを元気付けたい赤毛だったが、一方で容赦なく急かしてくるオペ娘。

 ふたりの少女から違う方向性で元気付けられ、奥様は泣きそうになっていた。


 層の構造プレートを隔てた200メートル下は地獄だ。

 19層は地下都市全体の生命維持システムが置かれており、酸素や水の生成と浄化や循環、食料となる元素の予備精製、温度や湿度といった環境の調整を行っていた。全て吹き飛んだらしいが。

 20層の総合制御システムに続いてここまで機能停止したとなると、もはや最下層に避難する意味は全く無いと言える。それどころか、メナスが破壊活動を続ける以上、留まるとほぼ間違いなく死ぬだろう。

 それに、17層より上の居住区画なら、非常時用の独立した生命維持システムが在ったはずだ。


「フィス、メインが止まるとサブシステムで施設をコントロール出来るんじゃなかったっけ? 搬入エレベーターにアクセスして下に避難した人達を逃がせないもんかな?」


『そりゃ中央コントロールのインターフェイスが使えない時に軍事施設のサブでメインフレームにアクセスするって話で、肝心なメインフレームが無いと意味ねーんだけど……ちょっと待てなんか考える』


 自分たちの脱出が優先されるのは当然なのだが、一息吐いたところで下の住民が気になってしまう赤毛娘。

 話を振られたオペ娘は、今まで個別に制圧してきたローカルターミナルを纏めて、パンナコッタⅡのシステムを使い仮想メインフレームを構築した。物理的には存在しない、プログラム上だけの制御システムだ。

 これを使い、フィスは全住民へ同時に避難情報を送信。

 都市の外縁にある全てのエレベーターを制御下に置き、住民をそちらへ誘導する。

 上層部に逃がせば時間稼ぎくらいにはなると思われた。


「……他のヒトはどうなるの? 一緒の船で逃げられないの?」


「あいにく依頼されたのはアンタと娘の回収だけだ。他のヤツを助ける時間も余裕も無い。自力で何とかしてもらうさ。行くぞ」


 自分と娘の事だけで必死な奥さんだが、都市の住民には知り合いも居ただろう。それが気にならないはずがない。

 だが、当然ながら全員を助けるのは不可能なのだ。

 褐色肌の姐御に促され、エスタも改めて娘を抱き上げ後に続く。

 唯理もヘルメットを再展開し、最後尾を守り仲間との合流を急ぐのだが、



 ボゴッ――――――!! と、たった今まで身を隠していた超巨大ジェネレーターが、内側から大爆発を起こした。



 凄まじい衝撃に全員が吹き飛ばされる。悲鳴など爆音でかき消されていた。

 不幸中の幸いか爆発箇所とは距離があった為、破片や爆風に直接襲われる事はなかった。無防備な母親が床にしたたか身体を打ち付けたが、それだけだ。娘は母に庇われ無傷だった。

 最も爆発に近かった唯理も、船外活動EVAスーツのおかげで無傷だ。ヘルメットを閉鎖していなければ危なかったかもしれない。


「ッ……! 無事か!? ジェネレーターは爆発するような物じゃないぞ!? 何が起こった!!?」

『荷電粒子反応! メナスの攻撃だ! ダナ、ユイリ、そこはダメだすぐ離れろ!!』


 母娘を引き起こして怒鳴る姐御だが、それ以上の怒声でもってオペレーターから応答が来る。

 所謂『ジェネレーター』は何かを燃やして動力を得る内燃機関とは違う。それ単体から無限の電力を吐き出すエネルギー機関だ。爆発する要素が無いので、宇宙船などの閉鎖環境でも安全に使える主要電源として採用されている。

 ある理由から、それ以外に通常の核融合炉が予備電源として併設される事が多いが。


 燃える物の無いはずのジェネレーターは、あちこちから青や紫の炎を上げていた。

 そのジェネレーターの外殻、継ぎ目の無いどこまでも平坦だった壁が内側から拉げると、そこを突き破って機動兵器が這い出して来る。

 節くれた四肢に、荒削りな分厚い鉄板を重ね合わせたような装甲。

 前のめりになった上体に、前腕部だけが長く鋭い近接特化型のメナス。

 『グラップラー』と種別される個体だった。


「クソッ……!? 走れ走れ急げ!!」


 こうなれば何かに拘泥している余裕など無い。

 ダナは母親の腕を引きずり、母親の方は娘を落とさない事だけで必死だ。

 メナス・グラップラーは破壊したジェネレーターの中から全体を出すと、鋭い肩の装甲断面に引っかかる鉄骨の足場を振り落とす。

 当人にしてみれば煩わしい物を振り払ったに過ぎないのだろうが、スケールの差が致命的だ。

 捲れ上がり、雪崩を打って倒れて来た重量物は、人間には大き過ぎる障害物となる。


「キャァアアア!?」

「うわぁああん!!」

「左に寄れ! 身を伏せるんだ!!」


 間一髪、ダナが母娘を反対側のジェネレーターへと引っ張り直撃を避けた。

 鋼材の圧し折れる騒音が悲鳴を打ち消し、それに留まらず衝撃波と化し叩き付ける。

 荒削りな鋼の獣人が身動みじろぎする度、ジェネレーターに沿う足場や設備は支えを失い、足下から重力下方向に崩れ落ちてしまう。

 更に頭部の口腔からは緑の荷電粒子弾を吐き出し、60メートルは幅のあるジェネレーターを複数一気に貫通させていた。

 爆発の正体はこれだ。可燃物を内蔵しない半永久機関とはいえ、鋼を溶かすほどの高熱原体を喰らっては何かしら急速な熱膨張の末に爆発くらいはするだろう。

 爆発とは、瞬間的に発生する体積の激増である。何も火薬や可燃物は必要ない。


「クッ……!? ユイリどこだ!!?」

『すいません爆風にやられました。別ルートから合流します』

「大丈夫なのか!?」


 そして最後尾を進んでいた唯理は、運の悪い事に思いっきり爆炎に巻かれてダナや母娘と分断されていた。

 船外活動EVAスーツのおかげで怪我ひとつ無かったのは不幸中の幸いである。

 主要発電施設は壊滅状態となり、内部には下層からの灼熱と炎の地獄が浸食していた。

 送電設備が火花を散らし、荒れ狂う熱波が向かい風となって押し寄せる中、黒とオレンジの船外活動EVAスーツ姿が瓦礫の中を走る。


 茶のスーツの姐御は、ただひとりで母子を引っ張り大空間から通路へと駆け込んだ。背後で爆発が起こり炎が迫るが、ギリギリでドアが閉ざされる。フィスがコントロールしたのだ。


「フィス……ユイリは」


『全然平気そうだけどジェネレーターハウス内が生存環境サバイバル不可レッド。EVAスーツでも危ないんで迂回させた。距離的に外周の搬入エレベーターの方が近いんでそっちに乗ると思う』


 流石に息が上がり、ダナがヘルメットの正面を開け外気を吸う。気密は生きているはずだが焦げ臭い。

 体力に自信のある姐御がこうなのだから、一般人の母娘の方は完全に死に体であった。普通のブラウスやブレザーの下に環境EVRスーツを身に着けているが、頭を守る物が無い上に船外活動EVAスーツほどの保護力も無い。

 汗だくで表情も無くし、ただ酸欠に喘いでいた。


「…………辛いだろうが、あと100メートルもない。ここまで来て無駄足になるなんて嫌だからな。絶対に生き延びてくれ」


 母娘を元気付けたいダナだったが、性格的にもそういった言葉をかけるのは苦手である。

 それでも気遣いは伝わったのか、母親の方は涙目で頷いていた。小さな娘の方も、母や状況を見て子供なりに自分の足で歩く決意をしたようだ。

 その健気さに思わず笑みがこぼれるダナだが、同時に何故か赤毛娘の顔が浮かんでしまう。

 アレ・・はそんな小さな子供じゃないし、コンバットボットを投げ飛ばす怪物だ。心配する要素が無いと思ったが、どうしても思考の片隅でチラついていた。


 言葉の通り、通路に入ってしまえば中央シャフトのエレベーターまでは100メートルも無い。この時代では100メートル走も重労働だが。

 途中、警備兵や避難住民と思しき人間と何人も遭遇した。同じようにエレベーターを目指しているのかと思えば、何故か逆方向に走り擦れ違う者もいる。

 誰もダナや母娘に気を止めたりはしない。警告灯とサイレンに追い立てられるように、ひたすら急いでいた。


 ややあって、ダナ達はジェネレーターハウス同様に一層丸ごとブチ抜いた広い空間に到着する。エレベーターやライフラインが通された中央シャフトのホールだ。

 エレベーターはシャフトの周囲3個所に設置されていたが、乗車率は300%を超えている様子。住民が詰めかけている。

 しかし、カーゴのひとつがすぐ上の層で停まり動いていない。これはダナがフィスに予約を頼んでいた一基だ。

 ズルいという事なかれ。カルネアデスの舟板である。


「いいぞフィス、寄越せ!!」

『あいよ!!』


 動かないカーゴの前には誰も集まっていなかったが、茶の船外活動EVAスーツと都市住民らしき母娘が来た事で、これに続く住民が続出した。

 カーゴ2基では18層の30万人が逃げ出すには到底足りなかったのだ。1基くらい増えた所で大差ないが。

 シャフト壁面の発着案内表示に、エレベーターのカーゴが到着したという表示が点る。

 途端に、詰めかけていた人々は扉へと雪崩れ込んだ。


「早く開けろ!」

「キャァアアア!? やめて押さないで!!」

「邪魔だ入れない!!」

「どけよ!!」

「エグゼクティブが優先だぞ!」


 中央シャフトのホールは、押し合い圧し合いの大混乱となってしまう。

 一緒に乗っていく分には構わないだろう、と思っていたダナだが、それは甘かったようだ。列の先頭にいるなんて関係ない。誰も彼もが、目の前の人間を押し退かせて先に割り込もうとしている。

 ヒトより力はあるメカニックの姐御だが、数の暴力には抗えず母子共々列から弾かれてしまった。



 それに憤る間もなく、ホール側面の壁を緑の光弾が貫く。



 ボッ――――――!! と膨張した空気が大勢の人間を薙ぎ払った。

 倒れ、尻もちをつき、しゃがみ込んだ人々が、一拍置いて悲鳴を上げ始める。

 枯れた本能が命の危険を訴え、中央シャフトホールから四方の通路へと逃げ出した。

 焼け爛れた壁面の穴を引き裂いて来るのは、全高13メートルになろうかという荒削りな鋼の巨獣、メナス・グラップラーだ。

 鋭いエッジの外装と構造材が擦れ、凄まじく耳障りな騒音を上げる。

 そして、メナス・グラップラーはそれ以上の大音響で唸りを発していた。猛獣の鳴き声を機械音にしたかのような不気味な音だ。


「クソッ!? 来い! こっちだ!!」


 恐怖を押さえ付け、大混乱の人込みの中で母娘を引っ張り出すダナ。初見の時と異なり、追って来たという思いに全身が総毛立っていた。

 実際には、メナスは個人になど拘らず無差別に攻撃する。

 逃げ惑う群衆の中に荷電粒子弾が叩き込まれ、一瞬で大惨事となった。莫大な放射熱を浴びては、船外活動EVAスーツを着ていても助からない。


 ダナは選択を迫られた。逃げる人々に紛れて通路に飛び込むか、あるいはエレベーターカーゴに乗りこの場を離脱するか。

 どちらも賭けだ。メナスの目に留まれば、一瞬で蒸発させられるだろう。


「フィス! エレベーターを動かせ!!」


 ならば最短の道を選ぶべきだと判断する姐御は、母娘を両脇に抱える様にしてカーゴに走った。

 タイミングを計ったオペレーターが遠隔操作でエレベーターを動かす。

 が、その音がメナスの気を引いてしまった。

 鋭い爪で壁を抉る鋼の巨獣は、顎門あぎとを開くと緑の光が漏れる口腔を中央シャフトへ向け、


「クッソ――――――――!!?」



 これはダメかと母娘を抱えて覚悟した直後、真横からヒト型重機がメナスへと突撃する。


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