50G.シンプルワークス メソドロジー

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 ブラウニングの娘夫婦にどんな事情があるかは知らないが、とりあえず意志確認は出来たので、唯理とダナも母娘を伴い部屋を飛び出した。

 黒とオレンジ、それに茶色の船外活動EVAスーツがアサルトライフルを正面に構え、後ろからは不安そうな顔をした母子が続く。

 オペ娘にナビゲートされ、足早にエレベーターを目指す一行。


『ん……? ダナ、次左。「サブパワー:3rdリアクターコントロール」を左』


「またか、そんなに警備が密集しているのか?」


『いや、なんかこいつらさっきからチョロチョロ方向を変え……ちょっと待てもしかして…………』


 そうして何度か通路を折れるが、そのうち不可解な事になり始めた。

 各方面から向かって来る警備兵が、唯理たちを追い詰めるように動きを変えるのだ。

 つまり、補足されている可能性が高い。


『どうなってんだECM効いてねぇ!? つかそのエリアのシステムは制圧したぞ!!?』


 18層の監視システムは、ダナと唯理が地道にローカルターミナルを確保してきたので、ほぼ制圧していた。

 区画エリア毎のセキュリティーシステムやドアコントロールは、現在フィスが掌握している、はずだ。

 また、何らかの理由で救出部隊の存在が知られたと思しき今、警備部隊が監視システムを使おうとするのを妨害している。

 にもかかわらず、唯理とダナの動きにリアルタイムで対応しているのだ。

 フィスが警備兵を回避するルートを指示すると、間違いなくその警備兵がダナと唯理の行く先に回り込んで来ている。


『メインフレームにコントロール盗まれたか!? いやこっちからもアクセスできねーけど経路は遮断してる! 裏バイパスでもあんのか!?』


 必死に原因を探るフィスだが、そうしている間にも周囲から警備兵が距離を詰めて来ている。

 エレベーターへ向かうルートを潰しに来る警備隊と、その反対側から距離を詰めて来る元々18層の警備を担当していたであろう別の部隊。監視システムに映る、重武装のシルエットが併せて20名ほど。

 通常より強度の高い戦闘用の船外活動EVAスーツを着用し、中には戦闘用のヒト型ロボット、コンバットボットも含まれている。どちらも分厚いボディーアーマーに覆われているので、似たような見た目だ。


 元特殊戦の姐御ダナだが、流石に人数差が大き過ぎて戦うには分が悪いと感じていた。こうなると回避も難しいだろう。

 唯理は交戦に備え、レーザーライフルをスタンバイモードに切り替えるが、


 そこで気付く。


 背後から聞こえた微かな物音。

 赤毛が振り向くと、たった今折れて来た廊下の角に、非常に小さな影が滑り込むのが見えた。

 瞬時にその物の正体に気付く唯理は、何事かと目を丸くする親子の間をダッシュすると、床を転がる物体へレーザーを発振。

 直径3~5センチの、黒いガラス玉のようなドローン×3を破壊した。


「迂闊……こういう無人機もあるのか。流石未来」


『あいつら超小型のドローンをバラ撒いて人力で探しやがったのか…………アナクロな手を使いやがってー!!』


 どうせ原始人な自分には分からん、と周辺警戒を他人フィス任せにしたのを後悔する21世紀産赤毛JK。ちょっと考えれば分かりそうな事なのが、痛恨の極みだった。

 してやられたオペ娘も、口惜しいやら腹立たしいやら。ネットワークとセキュリティーの裏をかかれ、実に雑な方法で自分の苦労を無にされたのだから、尚更である。


 監視は断ち切ったが、時既に遅し。

 現状を打開する手も無いまま、それから間も無く逃げ場の無い廊下で前後を挟まれるという拙い形で警備部隊と遭遇する。

 先頭にいるのは、環境EVRスーツの上に高級ビジネススーツに似た服を着る20代後半から30代前半の男だ。

 ブラウニング社長の娘、エスタ=ローナンの夫であるらしい。

 不審者の中に自分の知る顔を見て、理知的で気難しそうな顔を怪訝なモノに変えていた。


「家族を誘拐したのは僕が狙いか? 身代金か、それとも僕の立場を利用するのが目的か? 理由は知らないが無意味な行為だからな。我が国の高級幹部に手を出せば、所属企業のPFOが手段を選ばず処理するだけだ」


「違うのよアナタ! このヒト達はパパの使いよ! わたし達を安全な所に避難させてくれる為に来たの!!」


 だが、妻であるエスタの科白セリフを聞くや、その顔を歪める。


「……『避難』? ダメだそんなの! 本社からの指示は『待機』、つまり『ベルオルにおける疑いようの無い生活実績を作れ』という業務命令は生きてるんだ!

 社命に逆らうなんて人事評価には最悪だ! キミは妻のクセに夫である僕の足を引っ張るのか!?」


 反応激しく、癇癪を起したように喚き出す夫。娘の前なのに、親としての体面も何もない。組織人として変なスイッチでも入ったかのようである。

 誰から見ても、家族の為に会社に尽くしている、という様子ではなかった。真実、家庭より仕事が大事なタイプの様だ。


「……共和国には、こういうヒトが多いんですかね」


 それなりに拙い事態なのだが、場違いにも思える会社人間の物言いを聞き、呆れ含みでつぶやく赤毛。

 場違いといえば夫の主張もそうだ。全星系が混乱してベルオル自体が危険極まりない事になっているというのに、社命優先で自分と家族の安全を後回しにするとは。


『評価にこだわるばかりで、一定以上のポジションに行けないタイプね。結構いるわ、こういう失点ばかり気にする社員』


 元上級幹部であったマリーン船長の評価も辛い。

 失点ばかり気にする社員など共和国の支配企業では凡人の域を出ないし、また会社の顔色ばかり窺った末に取り返しのつかないモノを失うのだと。


「とにかく僕らはどこにも行かない。それに、お前たちは拘束する。お義父さんも余計な事をしてくれた。だが今後これで傍系惑星企業のいち支社長に余計な口出しをされないと思えば、悪い事ばかりじゃないかもな」 


 それでも共和国の管理職。どんな状況もまず自分の利益とする事は忘れていないようである。

 娘婿と義父、あるいは大企業のエリート社員と地方企業の支社長の確執など知らないが、唯理たちパンナコッタ勢にしてみれば、ここで拘束されるのは時間の無駄でしかなく。


 かと言って、前後を20体からの戦闘用スーツやコンバットボットに挟まれた状況は、どうにもならない。



 と、一名を除いて誰もがそう思っていた。



「ふぅッッ!!」

「ゴッ――――――!!?」

「グべッッ!?」


 左右から近づき手を伸ばしてくる警備兵のアゴへ、一歩踏み込むとほぼ同時に掌底を突き上げる赤毛娘。

 直後に沈み込むと、ダナと母娘の足元を払いスッ転ばせる。

 しゃがんだ状態から跳ね上がる唯理は、壁を蹴り三角跳びで警備兵ふたりの頭を蹴飛ばした。一撃目は直接膝を叩き付け、二撃目は空中後ろ回し蹴りで。

 更に別の警備兵の至近に降りると、体重と勢いを乗せ背中から体当たりをブチかまし、反動を使い反対側に居たコンバットボットの腹に後ろ蹴り。

 警備兵の股間を蹴り上げ、身体が泳いだ所に正面から顔面狙いで肘を打ち付けると、別のひとりにアーマーの上から脇腹へ掌底を押し付け、全身の体重を乗せ押し叩いた。

 また、他の警備兵の足を踏み付け固定し、首を引っこ抜く勢いでアッパー気味の掌底打ち、伸びた身体を引き戻しながら仰け反った相手の胸部に肘を落とす。

 ここでコンバットボットが唯理の首を絞めに来るが、腕のマニピュレーターが伸びてきた所で手首を掴み、肘関節部分を逆側から掌底で叩き圧し折った。

 その腕を取ったまま捩じ込むように懐へ入る唯理は、自らの腰を支点に背負い投げでブン投げる。

 ヒト型の金属の塊を叩き付けられ、別のコンバットボットが押し潰された。


 僅か3秒の間に罷り通った、野蛮極まる暴力。

 殆どの者がこの状況に付いて行けなかったが、いち早く我に返った元陸戦兵の姐御が、尻もちを突いたままレーザーライフルを発砲する。

 僅かに遅れて制圧に動こうとしていたコンバットボット2体は、胸部中央から頭部を焼き裂かれて大破。

 他4名の警備兵も、太腿や脛を連続発振パルスモードのレーザーに穴だらけにされ、悲鳴を上げて床を転げ回っていた。


「動くなよ、次はバイタルゾーンにいくぞ」


 幸運にも無傷で残った警備兵は、褐色肌の女に光学レンズを向けられ戸惑い顔で手を上げる。レーザーライフルが怖いと言うよりも、この女達に得体の知れないものを覚えたが為だ。

 同僚が何をされたのか、また何をされるのか分からず動けない。

 倒れていたコンバットボットも、ライフルを拾い直した唯理が頭を踏みつけ情け容赦なく破壊する。

 一瞬で形勢を引っ繰り返されたエリート幹部社員は、顔面蒼白で物も言えず挙動不審になっていた。


 頑丈なボディーアーマーに守られていたはずの警備兵は、赤毛の少女の凶悪な打撃によってダメージに喘いでいる。剥き出しに近いアゴや顔面を打たれた者はともかく、装甲の下の胸部や後頭部に激痛を感じている者は、ワケがわからず錯乱していた。


「ユイリ……何かやるなら最初にやると言え! いきなりすぎて援護どころじゃなかった!!」


「すいませんでした…………」


 メカニックの姐御も大分ビックリしたようで、正直悪い事をしたと思う赤毛の方も平謝りである。

 拙いとは思ったのだ。

 思ったのだが、長々と足止めを喰らえば最悪の場合数万から数億人という洒落にならない犠牲者が出る事になるだろう。

 そうでなければ、母娘を危険に晒して大立ち回りなど演じたりしない。ダナもその辺は分かっていたが、本当にビックリしたもので。


 そんな姐御の動揺など知らず、唯理は全身に残響する手応えを、今一度確認する。

 正直どうなるかと思ったが、それなりに身体は動いてくれた。

 到底十分とは言えないが、約2,500年ぶりの格闘戦としては、まずまずであろうか。


「ユイリ……今何をしたの?」


「あいつ生身でエイムみたいな動きしてたな…………早過ぎてよく分からんかったけど」


 一方、監視システムで一部始終を見ていたパンナコッタⅡの船首船橋ブリッジ内は、体感温度が一気に低くなったように感じられた。

 今までも、ヒト型機動兵器で耐G限界を無視してブッ飛ぶ、変わった物を食べたがる、子供でも知っている常識を知らない、シミュレーターも使わず汗だくになって身体を鍛える、と奇抜な行動が目立つ唯理だったが、今回のは極め付きだ。

 船外活動EVAスーツを着ているとはいえ、ほぼ素手で重武装の警備兵と頑丈なコンバットボットを殴り倒したのである。

 赤毛娘の格闘術を理解できた者は、ここには居ない。骨法、拳法、空手、柔術、ボクシング、ムエタイ、カポエラ、システマ、サブミッション、いずれもこの時代では消滅したに等しい技術だ。

 見目麗しい美少女が、ヒトを壊す技巧を何のツールも用いず素手で駆使するなど、人間としての理解を外れる。

 レーザーやレールガンといった殺傷兵器とは異なる、また『バトルリング』のような乱暴なだけの殴り合いとも全く違う、根源的な恐怖を起こす害意に満ちた純粋で合理的な暴力。

 高い科学技術に依存し生きる現代人は、その異質な姿に例外なく凍り付いていた。


「ま、待ってくれ……無駄な労力を使う事はない。交渉でお互いの利害を一致させる事は出来るはずだ。ぼ、暴力は必要無い」


 母と娘を起こしながら赤毛が謝っていると、旦那の方が勝手に怯えて何やら取引を持ちかけてきた。見た目通り荒事はダメらしい。

 どうしたものかと赤毛が姐御の方に視線を送るが、その横で奥さんがバカ亭主にビンタくれてた。夫婦生活は終わったようである。


「あのー……ご主人の方は?」


「仕事に生きるそうですから、家族は要らないそうです。もう知りません」


 顔を真っ赤にする夫をかえりみず、娘を抱き上げる母親。

 もう出発して良いか、と判断したダナは、オペ娘にナビゲートの再開を頼もうとしていた。


「フィス、今から戻るぞ。状況に何か変化あったか?」


『船と別働隊に特別変わりはねぇ。でもそっちにセキュリティーの増援行ってるぜ? それと、さっきから20層よりも下の方で何か変な反応が――――――――』


「そうだ……そうだ! ここには1,500人のPFOセキュリティーがいるんだ!? いいかここを出るなんて不可能だぞ! 僕の勝ちだ!!」


 オペ娘が警備システムを確認するのと、離婚された夫が味方の接近を知ったのは同時だった。

 一転して勝ち誇る男だが、その顔も長くは続かない。

 そのすぐ後に、地下都市全体を異常な震動が襲った為だ。


 それは、フィスが何かを言いかけた直後。足元から突き上げるような衝撃を感じると、間もなく警報音が鳴り始める。

 都市のメインフレームが自動で異常の原因を走査スキャンし、フィスもまたその正体を捉えていた。


『第一ゴールドコーナー市の皆様にご連絡します。現在、全市に非常事態レベル4、が発令中です。職員、及び市民の皆様は対応プロトコルを参照し、速やかに規定の行動をお取り下さい。繰り返します、現在全市に非常事態レベル4が――――――――』


『ダナ、ユイリ! 20層1階11区サブフレームのストレージ・ヒートシンクにメナスのリアクター反応! どこから来やがったコイツ!!』


 都市管理部からのアナウンスは詳細を語らない。公的にはメナスなど存在しない、というのが共和国の方針だからだ。

 フィスの方は事実を正確に把握していたが、しかし何故メナスがここに存在しているかまでは分からない。

 少なくとも、パンナコッタⅡがいる都市の上に異常は見つからないが。


『まさか……ここ20層よりも下があるのか? マップにゃそんなもん無いぞ!?』


「20層の下に異常…………? 『ハインデューク』の連中! あのクソ野郎どもいったい何を持ち込んだんだ!!?」


「もうどうだっていいさ。フィス、移動する。エレベーターを待たせておけよ」


 何やら自分の情報機器インフォギアで情報を得てダメ夫が喚いていたが、フィスもダナも気に留めない。妻も同様だ。

 まだ幼い娘だけが、母親と父の両方に視線を彷徨わせていた。例え品性をかなぐり捨てた残念な姿でも、父親という事なのだろう。

 連れて行けないし本人にもその気は無さそうなので置いて行ったが。


「メナスの方はどうするんです?」


 エレベーターへと急ぐ道中、唯理が気になるのは地下都市最下層に突如現れたというメナスの存在だ。

 よりにもよって、出現位置は都市の最も重要な制御システムの間近。しかも合わせて10万人近くが地下3層には避難しているという。

 母娘の脱出が優先されるのは当然だとしても、大惨事間違いなしの現場から逃げ出すのも如何なものかと。


『コンバットボットとドローンが全部振り分けられてる。メナスはー……50体くらいか。何発もあるでっけージェネレーターの波が干渉してよく分かんね』


「それでメナスを止められるもんかね?」


『ユイリちゃん……お願いだから今すぐ戻って』


『そうよ、いくらなんでも生身でメナスは無理だよぉ…………』


 フィスが監視システムから拾った情報によると、現在は軍事施設以外に配置された警備戦力が最下層に集中しているとか。無人機ドローンやコンバットボットが1,000体以上だ。

 だが、それでメナスを破壊できるとは思わない。雑兵である突撃兵型トルーパータイプ相手でも踏み潰されて終わりだろう。

 あるいは、荷電粒子砲で施設ごと融けて無くなるか。


 マリーン船長とエイミーは、今すぐ唯理に帰って来るよう心配そうに念押ししていた。

 唯理だってメナス相手に素手で殴りかかろうとは思わない。

 残念ながら、現状では・・・・何も出来る事が無いのである。


 

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