43G.ルーザーズタクティクス
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赤毛娘の
目的は、ターミナス星系の支配企業『ブルゾリア社』最高経営責任者、グルー=ブラウニングの家族救出である。
何故急に方針を転換したのかというと、要するに赤毛娘の計画がやり手のお姉さんに乗っ取られた為だ。
◇
テールターミナス宙域艦隊と首都防衛の
然る後に同星系に眠る封印艦隊を起こし、メナス艦隊1,000万隻が迫るターミナス星系からの住民避難を支援する。
これが唯理の計画だった。
が、いかんせん準備時間は極めて少ないし、使える手札も1枚か2枚しかない。
ましてやブラウニングに封印艦隊の事は話せない以上、実質的な手札は赤毛娘のエイム乗りとしての腕ひとつだった。
これを以って相手を納得させられるかといえば、可能性は低いと言わざるを得ない。
それは唯理にも分かっていた事だし、実際に提案は却下されるところだった。
ところがだ、
交渉が物別れに終わろうとしたその時、どこぞの赤毛のように単機で惑星内に突っ込んで来た宇宙船が探知された。
コストなどの問題もあり、大気圏内に直接入れる船は特別だ。絶対数も少ない。
その報告をブラウニングの横で聞いた唯理の目は死んでいた。
いやこの可能性も想像しないではなかったが、まずありえないと考えていたのだ。
船とクルーの命を預かる船長が、それらを危険に晒す判断などするワケが無いのだから。
現実には、高速貨物船『パンナコッタ
『いかがだったでしょうか、本船団のエイム乗り、そのトップエースの腕の程は』
社長室に通信が入り、ホログラムに映る笑顔のお姉さんを見て頭を抱える赤毛娘。また持ち上げてくれたものである。
1G環境下で危なげなく滞空する船を見ていたブラウニングは、唯理の様子に気が付いていなかった。秘書は気付いていた。
『既にご存じの通り、本船団のヴィジランテは都市防衛のセキュリティーを
またご覧の通り、本船「パンナコッタⅡ」でしたら重力圏内への直接侵入が可能です。
護衛機で障害を突破し衛星「ベルオル」へ高速で突入、奥様とお嬢様を救出し即座に離脱する、などといった作戦も実行出来るものと思われますが』
ほんわか笑顔でいきなりハイブローをブッ込んで来るマリーン船長。流石元共和国のエグゼクティブ。単刀直入に相手の顔面をぶん殴りに行く交渉術にも手馴れてらっしゃる。
単刀直入過ぎる初手に、赤毛娘は何とも微妙な顔になっていた。もうちょっと手札を匂わせるとか仮定の話から入って情報を伏せるとかしないのだろうか。惑星の防衛体制にカチコミかけた自分の言える事ではないとは思うが。
「……提案は彼女から既に受けているが、重力圏航行に対応した船があるとは知らされていなかった。
ハイスペリオンまでの移動の足が必要だと言う話になっていたが?」
『少数精鋭で行く事になっていましたが、船団内で編成を決めるのに少々時間を要してしまいまして。
慌てんぼさんが第2案で行くと勘違いしましたの』
自分にまで火の粉が飛んで来て『慌てんぼさん』扱いされた赤毛が怯える。ブラウングに出した要望も、全て想像の内と思うべきであろうか。
唯理の行動はキングダム船団側の内部の情報伝達ミスによるアクシデント的独断専行、とされたが、無論んなワケがない。
ブラウニングもそれは分かっているだろう。
マリーン船長は自分の船と船団の安全を優先してくれるはず、という唯理の予測は、完全にすっぽ抜けた。
パンナコッタⅡのスペックを晒し、船団として救出作戦を実行するとブチ上げるとは。
あの船長が、その後の影響を予測していないとは考えられないのだが。
ついでに唯理も戻らざるを得ない流れ。ついさっき家出して来た手前、すっごくカッコ悪い。
だがこうなると、封印艦隊という要点を話せない為に、赤毛の小娘は完全に蚊帳の外である。
唯理のエイム一機と適当な船による作戦ではなく、キングダム船団から4隻の宇宙船と
報酬の一部、星域全体への避難命令は先払いされる。
ただし、キングダム船団の優先的避難は救出部隊の活動を
『ユイリちゃん、お話があるから早く戻ってらっしゃい』
「はい…………」
話がまとまると、手持無沙汰で凹んでいた唯理へ船長から釘をブッ刺す通信が。
いつもと変わらぬ微笑みのマリーン船長だが、今日は何故か寒気がする。赤毛娘は早くも負け犬の顔だ。
とはいえ、今回ばかりは唯理としてもマリーンへは物申したい事があった。
◇
そして、約48時間後。
パンナコッタⅡ、バウンサー、アレンベルト、トゥーフィンガーズの4隻は、ハイスペリオン星系辺境宙域に到達していた。
メナス群のターミナス星系到達まで、予測では残り4日から5日。
可能ならばそれより早く、一団は第7惑星『フィルモアス』の衛星『ベルオル』からブラウニングの家族を救出し、更にターミナス星系からの脱出を支援する『艦隊』を確保する。
これが作戦の全てだ。
それとは無関係に、唯理はライケン種レプス族のような格好になっていた。
分かりやすい表現をすると、バニーガールである。
「うぅ……2,500年も経ってまでこんな展開…………」
ただでさえ引き締まってメリハリも激しいスタイルが、ピッタリとカラダに張り付くバニースーツで思いっきり露わになっている。
巨乳の谷間はこれでもかと強調され、肉付きが良く引き締まったお尻には丸い尻尾が飾られていた。
手首にはカフスが着いているが、首元は蝶ネクタイの代わりにペットにするような首輪とリードが付いている。
よもやこの時代にもバニースタイルが実在するとは。
唯理は若干泣きそうで、頭の上のウサ耳は完全にへし折れていた。
前にもこんな辱めを受けた事があったようななかったような。
何が悲しくてこの緊迫の場面でこんな恰好なのか、というと、勝手に出て行ったお仕置きである。
計画を乗っ取られてノコノコ船に戻った家出娘は、その場でとっ捕まりご覧の有様だった。
バニースーツ型
マリーン船長の仕出かした事に、唯理は抗議する
だからこそ唯理はひとりで船団とパンナコッタを離れたのだ。船長だって当然その事は分かっていたはずだ、と。
結局笑顔で黙殺されてセクシャルバニーな我が身なのだが。
自分は間違った事は言っていないはずだ、と泣きそうになりながら唯理は思う。
がしかし、赤毛バニーで文字通り首輪まで着けられた現状は如何ともし難く。
加えて、計画を乗っ取られたとはいえ唯理ひとりでは事実上破綻しかけていたのも否定できない。
よって後ろめたさもあり、際どい角度のハイレグと無駄に仕立ての良い網タイツにも甘んじなければならなかった。
ちなみに、ウサミミもカフスも尻尾もネザーコントロール対応の
「まー暫くマリーン姉さんのオモチャになっとけ。飛び出してったユイリの自業自得だ」
と、悪い笑みで言うのはオペレーター席の吊り目少女、フィスだ。
こちらも独断専行の件をお怒りらしく、普段の何気ない面倒見の良さが欠片も感じられない。
「……ここからのスケジュールは?」
致し方なし、と己の惨状含めて諦め気味の赤毛ウサギは、ここは特に弁解などせず仕事に集中する事とした。
前のめりになり強調されるウサチチを、やっぱデケーなと思いながらオペ娘も説明を始める。
「さっきも言ったけど、ハイスペリオングループは16の惑星があって本星のフィルアモスが恒星から7番目。端から数えると9番目な。
一番早いラインは、当たり前だけど塞がれてら」
だが、そんな戦略上重要な航行ラインを各勢力が放っておくはずもない。ワープゲートも当然制圧されているので使えやしないと。
引力圏の影響が少ない箇所は各勢力にも特定され易く、だいたい機雷などの障害物が置かれている。
現代におけるワープ、つまりスクワッシュ・ドライブは量子テレポーテーションや空間跳躍といった移動法ではない。極端に言ってしまえば、直線距離を空間的に縮めるだけだ。物理的な障壁は越えられない。突っ込めば激突して死ぬ。
「だもんで基本的に警戒域の中とか重力波のキツい所をステルスして通り抜けるしかないワケだけど、オレ達には120時間足らずしか持ち時間がない。
慣性航行でのんびりスルーしている余裕も、軍やらパトロールやらの支配エリアを迂回している
となるとだ、なるべくこっそり強行突破するというヤケクソみたいな作戦になっちまうんだなこれが」
基本的に星系は全域が監視下にある。それが
そして、常識的に考えて民間船ばかりのノマドと違い、艦隊の戦闘艦の方が高い攻撃能力を持ち合わせている。
戦闘は最大限回避しなくてはならず、その為にも補足され難く敵の少ない航路を選択しなくてはならないのだが、時間制限の関係上そうもいかないワケだ。
現在、パンナコッタがいるのはハイスペリオン星系半径80億キロの端。
ここから120時間以内に、第7惑星の衛星に到達してブラウニングの家族を掻っ攫い、可能な限り
「んで、これが集めた通信とかデータをデコードして解析した最新の戦略マップっと」
ここでフィスが
全体的に円盤を形作る星系の内部に、無数の球形が配置された。それら全てが艦隊や戦隊の管轄区域だ。
各惑星や衛星を包むように赤く表示されているのが、それらを拠点にした支配域。それ以外の箇所にある大きな黄色の球体が、広範囲のパトロールエリアらしい。
フリーの空間は存在しないと言ってもいいほど、星系全体が何かしらの勢力によって監視されているのが分かる。
オペ娘も呆れたように鼻を鳴らしていた。
「でも、戦略上価値の低い箇所にたいした戦力は置かれないわ。何も無い空間より、当然惑星の防御を優先するものね。
わたし達は自分から警戒エリアに入らないとならないけど、ギリギリまで発見されるのを避けて、いざとなったら高速で突破するという戦術を取ります。盲点だし意外といけると思うのよ」
にこやかに話しを引き継ぐのは、船長席にいたマリーンだ。
いつもと違い、少し声に張りがある。
「具体的には、第16惑星周回軌道上の小惑星群を通過して第7惑星までほぼ直線の進路を取って、途中で11番と10番にニアミスする形で通過、目的地に近い8番の警戒域を迂回するのも時間がかかりすぎるから、ここは確実に強行突破になるでしょうね」
マリーン船長の説明と共に、
逆にパトロールエリアを避ける意図は全く感じられず、幾つもの黄色い球体を水色の線が貫いていた。
そして、第7惑星に隣接する第8惑星の真っ赤な警戒域を避けようと思うと、大きな進路変更を強いられる。ここは時間の方を優先するらしい。唯理も妥当な判断だと思う。
星系全体に警戒網が敷かれている為、どのタイミングで敵に補足されるかは運の要素が強い。
危険なのは第10番惑星と11番惑星付近を通り過ぎる際と、第8惑星の警戒域に入るところ、それに確実なのがもう一箇所。
「7番惑星の宙域はどうなってるの?」
「入ってくる情報がバラバラで、正直よく分かんね。周辺宙域にメナスがいるのは艦隊のレポートからも間違いなさそうなんだよ。でもどこに溜まってるとかいう情報が無い。どこの艦隊も様子見してるみたいだけどな」
「ベルオルの方から情報は得られないのかしら?」
「そっちは情報の発信自体無いからなー…………。防衛システムは生きてるみたいだけど、自動で動いているだけっぽいコレ。艦隊とか本星と通信している形跡もねー」
目的地である衛星『ベルオル』のある第7惑星『フィルアモス』はハイスペリオン星系の中心だ。
最重要地点のひとつであり、
こんな所に民間船舶4隻で乗り込んだところで、即日撃沈されて終わりだろうと思われた。
一隻とんでもないのが混じっているが、常識で考えるとそうなる。
「…………よくこんな作戦通りましたね」
状況を把握した赤毛が、何とも言えない苦い顔で呟いた。間髪入れずに『お前が言うな』というツッコミをオペ娘からいただいたが。
ハイスペリオン星系内ではいつ軍事勢力に捕捉されてもおかしくない上に、出て来る船は全て戦闘艦であると想定される。
よしんば第7惑星まで辿り着いても、周辺宙域は地獄の戦場だ。
そこからブラウニングの家族を引っ浚えたとしても、本当に重要なのはその後となる。
目下ターミナス星系に接近するメナスの大艦隊からひとりでも多くの住民を逃がす為に、ハイスペリオン星域の某所に眠る古の艦隊を再起動させなければならないのだ。
不確定要素しかない作戦など作戦と呼べない。
単なる自殺である。
「……特別な船が封印してある、って事は船長会議で話してあるのね。わたしが前の仕事の関係で色々情報を持っている、っていうのは知られているから、あまり詳しい事は説明してないけど」
そんな作戦に船団上層部がゴーサインを出した根拠が、マリーン船長の言葉ひとつだというのだから、たいした信頼だと赤毛は思う。
「まったく…………言うまでもないでしょうけど、全部上手く事が運んだとして、この船のスペックが露呈する可能性は高いですよ?
既に連邦にも目を付けられているのに、どんな面倒な事態になるか――――――――」
今回はその信頼が問題だった、と唯理はマリーンの方に唸っていた。
ブラウニングの家族を助け、帰りがけに『艦隊』を手に入れる。これだけでも難易度が高いのに、その後も大問題だ。
派手に動けば
サイーギ=ホーリーという連邦の軍人などは、躍起になって追いかけてくると考えられるし、他にも艦隊を手に入れようとする輩はいくらでも沸いて出るのは間違いなし。
そうなればパンナコッタの皆や船団にまで累が及ぶでしょうが、と言外にいう赤毛ウサギに対し、笑みを濃くする船長のお姉さまは、手にしたリードをグイグイ引っ張っていた。
その
これが現在の力関係の全てである。
ちなみに当初、リードはメガネのエンジニア嬢が握っていたが、目覚めてはいけない何かに目覚めそうだったので取り上げられた。
「連邦に目を付けられているのはユイリちゃんも同じでしょ? それにブルゾリア社の社長やターミナスの住民を助けたって、その後は絶対にユイリちゃんを放ってはおかないわ。
ヘタをすると共和国の連中にまで追われるハメになるというのに、一体何を考えてひとりで行ったのかしらねこの娘は?」
散歩行きたくない犬状態で抵抗する赤毛。ものすごく心配されているのは分かるので、申し訳なくて飼い主様の顔を直視できない。
それでも、これで頑固な娘さんなので言いたい事は言ってしまうが。
「わたしひとりの事ならどうとでもします……。パンナコッタのみんなまで逃亡者にしたくありませんよ」
「あら? あらあらあら、この時代の事も良く知らない世間知らずのお嬢様が、たったひとりで何をどうする気だったのかしら?
追い詰められて捕まって酷い事になるのがオチだと思わない? それならウチで飼っても同じ事よねー」
「ぐぬぬぬぬ…………」
ニコニコしながら船長席に引っ張り込んでくる船長に対して、赤毛は腕を突っ張ってどうにかこうにか抵抗していた。
なんと言われようと、この計算式は正しいのだ。
すなわち、キングダム船団とターミナス星系より、自分ひとりの身柄は優先しない。
単純な理屈だ、唯理は常にそんな生き方をしてきた。
そういう決断が出来てしまうと知っていたから、船長はリードをギリギリ引っ張るのである。
結局ふたりとも互いを心配しているだけだろうがと、救い様の無さにオペ娘がひとり溜息を吐いていた。
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