42G.惑星強襲 バックアタック

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 惑星全域で発生したテロ攻撃の混乱も収まらぬ中、もたらされたターミナス星系全体の脅威となる報。

 それは、銀河外縁のターミナスよりさらに外側、人類圏外のダークゾーンであるアトラーズ・ラインから押し寄せる、全知的生命体の天敵と言われる『メナス』の存在であった。

 正体不明、目的不明、ただただ圧倒的な数と攻撃能力で、あらゆる星系文明と人類を攻撃する高度な自動兵器群。


 その数、母艦型だけで約1,000万隻。

 これはひとつの星系が容易に殲滅される規模である。


 ターミナス星系には約10万隻から成る艦隊が常駐しているが、単体の性能差から言っても到底星系を防衛し切れるものではない。

 星系軍とターミナス行政府はメナス艦隊の到達まで一カ月と見ているが、これは楽観的に過ぎる予想だろう。

 そもそも、事態を最初に察知したノマド『キングダム』船団所属の情報オペレーターは、メナス到達を最短で7日と予測している。

 軍の一ヶ月と言う予測は「そうでなければ困る」という結論と希望ありきの物だったが、ターミナス星系90億の住民が避難するという難題を抱えた現状では、1秒でも問題を先延ばしにしたいというバイアスがかかっても仕方のない事ではあった。


「現実的に不可能だろう! 入植が始まったばかりの未開星域じゃない、共和国でも最も銀河辺境にあるターミナス星系だぞ! 90億もの住民を脱出させるなど出来るはずがない!!」


「第一その情報は確かなのか? また連邦か皇国側の大規模な情報工作なのでは?」


「呑気な事を仰っている場合ではありません! 既に市民からは問い合わせが殺到しているんですよ!? 野良メディアにはメナスの情報を垂れ流している物もあります。一刻も早く何らかの公表をするか黙らせるかしなければ…………」


「市民など放っておけ! 騒ぐだけ騒いで何の役にも立たん連中だ! どうせ何も出来ん!!」


「いっそメナスに処分させた方が効率的かもしれませんな。反抗的な市民などいらんでしょう」


「その発言はちょっと……。最近はビッグブラザー内にまで人権復興などという愚にも付かない事を言う出す幹部社員がいるとか言いますからね」


「おや、脅迫ですかな?」


「いやいやそんなつもりは…………」


 ターミナス星系を実質的に支配する共和国系企業、『ブルゾリア社』。

 星系の中央本星、テールターミナスの首都『ラーケット・ゼン』にある標高・・1,000メートルを超える本社社屋の会議室では、何十人という首脳陣が集まり対応を協議していた。

 ブルゾリア社の役員、行政府の閣僚や議員、官庁の役人達、それに星系艦隊の指揮官や士官。

 しかし、会議は全く建設的な議論を行えていない。この期に及んで現状を正しく把握してない者すらいる。

 あるいは、信じたくないというのが本音だろうか。

 今回の件は、誰が何をどうしても責任問題となるのは免れない。

 メナスの侵攻を察知できなかった星系艦隊、90億人の中から少なくない犠牲者を出す事になる行政府、文字通り天文学的な額の投資がされた星系を放棄するブルゾリア社。

 後は、誰が一番の貧乏くじを引くか、という事だけだろう。


 要領の良い者は、既に星系から逃げ出した。生贄の羊スケープゴート探しが始まると予想出来ていれば、比較的賢明な選択だったと言えるだろう。その上で、ほとぼりが冷めたら戻って来よう、という認識の甘い者が多かったが。

 おかげで、既に星系の統治機能は欠けた人材の為に機能不全を起こし始めている。歯車が抜けているのだから当然だ。


 やるべき事は決まっていた。1秒でも早い住民避難だ。

 ところが、軍は情報が確認出来ていないという理由で艦隊を動かさない。

 行政は「大衆がパニックを起こす」、「対応が決まっていない」と全星系へのアナウンスを遅らせている。

 ブルゾリア社はこんな時ばかり一企業であるのを建前に自ら主導しようとしない。

 何故なら、どの部署もここで先頭に立ち住民避難を主張しようものなら、全ての責任が圧し掛かって来るからだ。

 星系に生きる人々の命を慮る者は、あまりいなかった。


 そして、ブルゾリア社の代表であるグルー=ブラウニングは、重々しく沈黙して見えた・・・

 同じ社の重役や星系艦隊の士官が決定的な一言を引き出そうとしても、沈黙を保ったまま。

 その奇妙な雰囲気に、誰もがそれ以上の追及を出来ずにいる。

 共和国系企業の上位、ビッグブラザーにも名を連ねない一地方企業だとしても、ひとつの星系を任された重鎮に違いはないのだ。

 表の肩書はともかく、権力としては星系艦隊の司令官にも引けを取るものではなく、迂闊な態度を取れば身の破滅に繋がりかねないと思われていた。


 して実態はどうなのかと言うと、ブラウニングはこんな時だというのに、やる気を失っていた。

 気分が乗らないのである。

 一千万のメナス大艦隊、90億の星系住民、星系の全資本を握ると言っても良いブルゾリア社。

 それらの大事を前にしても、いまいち気力が湧かなかった。

 理由はひとつ、隣の星系であるハイスペリオンから家族を救出する目が無くなった為だ。

 ターミナス星系がこの有様では、とても他所の星系になど構っていられない。

 それどころか、ターミナスもハイスペリオンも、少なくともペルシス・ラインに存在する近隣の星系は、全て同じ脅威メナスに晒される事になるだろう。


 だからどうだというのか。

 今までブラウニングは星系経済とブルゾリア社の発展、そして自身の昇進に力を尽くして来た。正直にいえば、家族などほとんど顧みて来なかった。

 しかし、いざ失ってみると、自分がどこかで家族の存在を心の拠り所にしていたと知る事になる。

 家族を無くし、手塩にかけた星系も無くし、この上何の為に生きて行こうというのだろう。

 かと言って、投げ出す気も起こらない。自分の仕事は弁えているし、ここまでやってきた矜持もある。

 ただでさえやる気が無い所に、自己保身しか頭にない連中の思い通りになってやるのは更に萎えるが、せめてものケジメとして自らの役割を全うしようとした。



 警報が鳴り響いたのがそんな時だ。



「なんだ!? もうメナスが到達したのか!!?」

「またテロか!? 状況を報告しろ!!」

「セキュリティーは出ているのだな!?」


 艦隊士官や行政府の人間が、状況を確認しようと通信で方々に指示を飛ばす。

 非常時警戒態勢の為に建物のシャッターが下り、室内には惑星全域をモニターしたホログラムが展開された。

 そこに表示されていたのは、惑星への強襲攻撃を示唆する情報だ。

 既に、治安部隊セキュリティーの各私的艦隊組織PFOに所属するエイムが迎撃に出ている。

 だが、会議室にいた面々は、暫し情報が読み取れず困惑していた。


 何故なら、治安部隊セキュリティーと交戦状態に入っているのは、ヒト型機動兵器ただ一機のみなのだから。


                ◇


 一辺が1,000キロ、100万平方キロメートルにも及ぼうかという超巨大都市、『ラーケット・ゼン』。

 惑星テールターミナスの首都であるそこは、現在非常警戒態勢に入っている。

 先の同時多発テロの発生から間もなく、惑星内の防衛レベルは最大となっていた。

 元々、衛星軌道上からの落下物や何らかの攻撃に備え、高層建築物の屋上や専用の防衛施設には迎撃用の兵器が配備されている。

 これに加え、数百機から成る都市シティー治安部隊セキュリティーのヒト型機動兵器や小型戦闘艇がラーケット・ゼンを固めていた。


 

 そんな所に突っ込んで来る、灰白色に青というカラーリングのヒト型機動兵器。



 惑星宙域の防衛線を強行突破し、断熱圧縮で真っ赤に燃えながら大気圏に突入して来た不明機に、都市全体から対空砲が撃ち上がる。

 無数のレーザーが空へ向けて発振され、誘導兵器のキネティック弾も白煙を噴いて目標へと殺到した。

 これに対し、灰白色のエイムは断続的な電子妨害ECMで相手の照準を妨害しつつ、回避機動を開始。

 緩急の付いた鋭い弧を描く軌道で、凄まじい密度の弾幕を置いてきぼりにして見せた。


 そのヒト型機動兵器、エイムのコクピット内では、


「さて、今回は派手にやらないといけないけど……どうかな」


 グルグル回る視界に目を回す事も無く、赤毛の少女がひとりごちていた。

 全周ディスプレイには地上の都市がいっぱいに映し出され、赤い光線や爆発炎が乱舞している。

 エイムのシステムが攻撃を予測し警告を出すが、唯理はその前に全身を傾け回避機動に入っていた。

 急減速で前方向への慣性がかかり、長い赤毛も前方に流れていく。


 灰白色のエイムは時速3,000キロオーバーという、音速の3倍近い速度で街の直上を飛翔。

 斥力場のシールドが分厚い大気を脇に流し、ヒト型機動兵器を追うように円錐形の白雲が発生する。

 高度2,000メートル近くにまで降下すると、都市のあらゆる方向から光線と誘導兵器が群がって来た。

 進行方向では治安部隊セキュリティーのエイムが防衛線を形成し、こちらもレールガンやレーザーの弾幕を張っていた。


 盛大な歓迎を一瞥すると、唯理はエイムの背面右側に搭載した箱型の武装、マルチヴァーティカルランチャーを使用。

 ランチャーが前方を向き、正面のカバーが開いた直後、中から小型のキネティック弾が飛び出した。

 縦2列横3列に並んだ砲口から、次々と吹き出す白煙。

 弾頭は都市の防衛システムから放たれた誘導弾を迎撃、あるいは空中で爆発して銀色のスモークを展張する。

 アクティブセンサーや通信システムといった電子戦能力ECM、またはレーザーなど光学兵器の威力を大きく制限する、パーティクルジャマーだ。

 人工知能AIやセンサー連動の自動照準システムを用いる都市防衛の兵器群には、殊更有効である。

 照準制度は著しく低下し、自動制御の対空砲は灰白色のエイムの動きに全く付いていけなくなっていた。


『司令部、ボギーが捕捉できない! アクティブが死んでる!!』

『通信強度が落ちてるぞ! クソッ、レーザー通信も! 各機マニュアルで対応しろ!!』

『センサー精度ダウン! イルミネーターが自動追尾しない!!』

『スモークジャマーだ! マニュアル照準に切り替え! 補助AIにパッシブで補正させろ!』


 灰白色のエイムから8.5キロの距離では、治安部隊セキュリティーによる第一防衛線が展開中だ。

 脚が長く胴体の小さい紺色のヒト型機、のっぺりとした灰色の標準的なヒト型機、下半身部が4脚になっているオレンジ色の機動兵器、など。

 通信では多少混乱が見られたが、ジャミング環境下での戦闘も当然訓練されている。

 私設艦隊組織PFOごとに特色のあるエイム数十機は、接近する敵機ボギーに砲口を向け、


『ボギー接近! 接触距離まで10秒!!』

『ここから先は行かせるな! 各機アイス01に照準同期! 予測位置に火力を集中しろ!』


 灰白色のエイムの方は回避機動を取らず、レーザーと砲弾の壁に真正面から殴り込む。

 逃げる敵を追い回す展開を予想していたエイムオペレーター達は、完全に意表を突かれていた。

 当然、そのまま攻撃を受ければ灰白色のエイムは一瞬で消滅する。

 ただでさえ大気圏内は防御シールドが効果を発揮せず、数十機のエイムから攻撃が集中すれば、通常装甲だけで耐えられたものじゃないだろう。


 が、赤毛娘のエイムは人気の無い防御兵装を持って来ていた。

 左腕部マニピュレーターを覆うように装備する、楔形のシールドユニットだ。

 機体全体をカバーする程の面積は無いが、エイム本体とは別に独立したジェネレーターを搭載し、単独でエネルギーシールドを発生できる。

 灰白色のエイムはこれの出力を最大にし、弾幕を強行突破して来た。


『正面!? 早過ぎる!!』

『コリジョンアラート! 回避しろ回避!!』


 完全に激突する軌道の敵機に、大慌てで回避行動を取ろうとする治安部隊セキュリティーのエイム達。

 圧倒的戦力差のある防衛網に単機で突撃し、対空砲火の中に自ら飛び込む敵機。

 完全に理解不能な相手に、治安部隊セキュリティーのエイムオペレーター達は大混乱だった。


 しかも、ここで唯理はダメを押す。


 急接近する灰白色のエイムは、腰部側面に格納された近接用兵装を展開。

 接触するかという瞬間、光の刃が奔り治安部隊セキュリティーのエイムが切断された。


『こいつビームブレイドを――――――――!!?』

『まさか「オーバル」を潰したヤツ!?』

『距離を取れ! 接近させるな!!』


 1気圧環境で時速3,000キロを易々と突破し、真空中では25Gという加速力で進攻するヒト型機動兵器。

 そんな代物を使い交差距離クロスレンジで戦闘するエイム乗りなど皆無に等しい。

 だからこそ、先の同時多発テロで暴れたビームブレイド遣いの話は、治安部隊セキュリティーの中でも噂になっていた。

 が、まさかそんな手合いが再び襲撃して来るとは、誰が想像できただろう。本人も1時間前まで想像もしなかったが。

 それに、いまさら気付いたところでどうにもならない。

 反応速度で勝る相手から逃げる事など出来ず、また攻撃を当てる事も出来ずに、第一防衛ラインのエイムは次々と斬り倒されていった。


               ◇


 ラーケット・ゼン中央から距離にして110キロメートルに位置する、第三防衛ライン。

 高層建築物の屋上で警戒態勢を取っていた治安部隊セキュリティー私設艦隊組織PFO『オーバル』のエイム6機2編隊は、その通信を聞き色めきだった。

 共通周波数で叫ばれている、実戦でビームブレイドを持ち出す灰白色のエイム。

 それは、同時多発テロの際に『オーバル』へ屈辱と汚点を与えた機体に他ならない。


『コントロール! 第2ライン「トリファルケ」より! ボギーを阻止できない!!』

『ポッサムリーダーがダウン! ポッサム小隊は04以外継戦不能! ポッサム小隊は壊滅!!』

『シールドがクソの役にも立たないぞ!? ダメだやられる! 助けてくれ!!』

『何なんだあの動きは!? チョロチョロと!!?』

『ダービー02ダウン! 05ダウン! ダメだ増援を――――――!!』


 第一防衛ラインを突破されて間も無く、ビーム式溶断工具を振り回す特攻ヒト型機動兵器に蹴散らされる第二防衛ライン。

 治安部隊セキュリティーを担当する優秀な私設艦隊組織PFOを責めはすまい。この時代において、交差距離クロスレンジでの戦闘など想定しないし訓練もしていないのだから。


 しかし、その点で言えば私設艦隊組織PFO『オーバル』は、つい先日に交差距離クロスレンジでの交戦を経験している。

 ごく短い時間だが準備が出来たし、何より気合が、あるいは敵機に対する憎悪の強さが違った。


『ヤツのせいでこっちは面目丸潰れだ! 挽回するぞ!!』

『装備はSMG! オプションシールド! 必ず味方機をフォローしろ! ひとりでやろうと思うな!!』

『一機が喰い止めている間に必ず殺せ! トーチを使えるのは自分だけじゃないのを教えてやれ!!』


 通信の声も、怒りの感情が剥き出しになっている。


 PFOオーバルのエイムは、共和国製の特徴である曲面の装甲に蛇腹型の腕部マニピュレーター、足先が無く脚部が尖っている機体だ。また、手腕部装甲がやや外側に膨らんでいる。

 オペレーターは円筒形のアサルトライフルを放棄し、主要火器をアームガード型のサブマシンガンに切り替え。更に、特殊装備である腕部に外付けの独立シールドユニットを装備していた。

 最初から接近戦・・・となるのを想定した仕様だ。


 これに加え、相手ボギーの度肝を抜く手も考えてあった。


 同じ第三防衛線を張るPFO『マッドキット』のエイム10機が、第二防衛線を抜けた敵機に一斉攻撃開始。赤いレーザー、砲弾、白煙を引く誘導弾が雨アラレと放たれる。

 それを僅かな差で置いてきぼりにする灰白色のエイムは、最後に正面から飛来した誘導弾を外付けシールドで振り払い、ビームブレイドを構えて爆炎の中から飛び出した。

 PFOマッドキットのエイムは、反応しきれず真っ向から斬り捨てられる。

 距離を詰められた時点で、中長距離装備しか持たないPFOマッドキットは終わっていた。

 ほぼ直角に軌道を変えた灰白色のエイムは、一直線に擦り抜けながら5機をバラバラに。

 なんとか反撃したエイムの視界から一瞬で消えて見せると、超至近距離で真上から縦に両断。

 残り3機は味方機により視界を遮られ、その陰から気付かないうちに斬られていた。


 そして、PFOオーバルは、数キロ離れた位置からその戦闘を観察していた。

 単にマッドキットを見殺しにしたワケではない。戦術的に、共闘は難しいと判断した為に、敵機の情報収集を優先したまでだ。

 寒気を覚える戦いだった。

 前回の交戦ではそんな事を感じる間も無かったが、改めて見ると相手の異常さがハッキリする。

 ただ、この時代の人間にはその悪寒の正体が分からなかったし、またやる事も変わらなかった。


『ドーター01より司令部! ドーター小隊交戦! 各機エレメントでボギーに当たれ!!』

『05先行する! 05インゲージ!!』

『06インゲージ!』


 ドーター小隊、PFOオーバルの部隊は2機1編隊で前後に分かれた陣形を作り敵機に突撃する。

 その編隊を支援し、他のエイムも発砲。灰白色のエイムに攻撃態勢を取らせない。

 しかし、ただでさえ悪夢のような回避性能を持つ敵機に、弾速も集弾率も射程距離も低い短砲身レールガンが致命打を与える事はなかった。

 エネルギーシールドで砲弾を流し、レーザーを屈折させ、ビームブレイドを引いた機体がオーバルのエイムに迫る。


 ところが、PFOオーバルのエイムは、必殺の一撃を肩部のシールドユニットで喰い止めて見せた。


『何度も同じ手が通じるかバカが! 死ねよ!!』

「ッ…………と」


 共通周波数で吠えるオペレーターに、少し驚いた唯理が引く。

 胸部と膝部のブースターを吹かして距離を取った直後、味方機を巻き込む勢いでPFOオーバルの火線が集中した。

 更なる追い打ちを、灰白色のエイムは弾けるような螺旋の機動で回避。すぐ横を無数の赤い光線が掠め、シールドにより屈折する。


 なるほど手段を絞れば読まれるのは道理。ここは相手を甘く見過ぎたと赤毛娘も反省していた。


 実はPFOオーバルのエイムオペレーターは、ヤマを張っていただけで敵機の太刀筋を見切ったワケではないのだが。

 それに、シールドを発生させる追加装甲装備といえども鉄壁ではない。ビームブレイドを止めた外部シールドの表面は、切断寸前の所まで溶解している。

 だとしても、既に一方的な戦闘ではない。

 相手の動きは止められる、と判断したPFOオーバルのオペレーターは、シールドユニットを前面に押し出し敵機との距離を一気に詰めた。


 だがその判断が間違っている。


「あらよっと」


 一度見た手を喰らったりしないのは、赤毛娘も同様だ。

 体当たりする勢いだったオーバルのエイムを、唯理は正面から受け止めシールド同士を干渉させ相殺。

 その瞬間、オフセット気味に相手と激突する軸をズラすと、敵エイムの肩部を掴み自分を支点にしてブン投げた。

 柔道で言う、相手を引き込み腰を中心に投げる釣込腰と同じ技法。更に、相手の勢いを利用した合気の要穴も含まれている。

 この時代ではほぼ完全に失われた、古流武術の技であった。


『なんッ――――――――!?』

『危ないぶつか――――――――!!?』


 理解出来ない現象により、投げられたエイムとその先にいたエイムが反応出来ず衝突する。

 致命的な隙に、間髪入れずに襲いかかる灰白色の機体。

 一瞬で味方が2機同時に落されるが、復讐に燃えるオーバルのオペレーターは構わず攻撃を継続する。


『ドーター05、06ダウン! 何だ今のは!? 何が起こったんだ!!?』

『これで止まらないのはおかしいんだよオマエぇぇええええ!!』


 しかし、頭に血がのぼった者と混乱して躊躇いを生じさせた者、そのふたつに分かれた時点で勝負はついていた。

 バラバラに攻めて来る敵など、物の数ではない。

 打つ手を無くして逃げる敵機を斬り倒してから、側面から我武者羅に突っ込んで来る別の機を迎撃。

 相手の体当たりに自分のシールドユニットを合わせると、激突しシールドが消失した所を下からぶん殴り、上体が泳いだところを横一文字に叩き斬った。


『接近戦はダメだ! 勝負にならない! 各機予測位置アルゴリズムを変更! 散布界を広げて攻撃しろ!!』


 悲鳴のような命令を出す隊長機だが、射撃では灰白色のエイムを止められないのは分かり切っていた事だ。

 残った2機編隊が左右を回るようにして十字砲火を実行するが、唯理は相手の作る輪に加わるような軌道を取りフォーメーションを乱す。

 その輪を急激に狭めると、オーバルのエイムは逆に灰白色のエイムへ突っ込むような軌道に入ってしまった。

 両機は時速1,000キロ以上の相対速度で擦れ違うが、オーバルのエイムはそのまま地上へ墜落していた。


『クソッ!? そんなに殴り合いをしたいなら付き合ってやる!!』


 PFOオーバル、ドーター小隊の隊長機はショートレールガンを撃ちまくりながら灰白色のエイムに喰らい付く。

 敵の行動パターンは分かった。接近戦では全く手に負えなかったが、射撃よりはまだ打ち合える可能性がある。

 そこが、唯一の狙い目だろう。

 肩のシールドユニットを前にタックルする隊長機は、機体の陰になっているもう一方の腕部マニピュレーターに隠された武装を起動。

 敵機のシールドと接触した瞬間、身体の左右を入れ替えながら殴り付けるように叩き込む。

 手首装甲の先から円盤状に広がるのは、装甲切断用のビームソーだ。

 ビームブレイド程の間合いは無いが、ドーター小隊の隊長には完全に相手の不意を打った確信があった。


 次の瞬間、真下から斬り上げられたビームブレイドによりビームソーは弾かれていたが。


『――――――――クソッ』


 分かっていた事だ。射撃は無論の事、接近戦ではそれ以上に隔絶した技量の差があった事は。

 これ見よがしに片方のマニピュレーターを隠していれば、唯理が罠を疑わないはずないのである。

 自嘲気味に呟く隊長の機体は、間髪入れず灰白色のエイムにより一閃されていた。

 そして全機を撃墜した唯理は、余韻も何も感じる事なくヒト型機動兵器を奔らせる。


「本当に申し訳ない……こんな茶番に付き合わせてしまって」


 謝罪の言葉を呟くが、通信に乗せているワケでもないので誰にも届かなかった。


               ◇


 最終防衛ラインからは横殴りの雨のように砲火が飛ぶが、灰白色のエイムは乱反射するかのような軌道で斬り込むと、粗方の敵機を排除。

 翼のような空力ユニットで大気を裂き、ブースターを吹かしっ放しにした圧倒的な戦闘機動により、何者も付いて行けずに一瞬で落とされていた。

 もはやブルゾリア社の社屋まで、遮るモノは存在しない。


 社屋の屋上や壁面にも対空砲など防衛兵器が顔を覗かせていたが、接近するエイムに対しては反応しなかった。

 ここまで来られた以上無駄だと思ったか、あるいは侵入者の意図をブラウニングか誰かが察したか。

 中に入れば分かる事だと、唯理は側面にある空中降着場ポートにエイムを着地させた。


 灰白色のヒト型機動兵器から、黒とオレンジの船外活動EVAスーツ姿が飛び降りる。

 降着場ポートから社長室までの道順は、以前にも来たので分かっている。

 一応ハンドレーザーガンは持って来た赤毛娘だが、中で襲われるような事もなかった。

 以前と同じ、高級感溢れる内装のまま、無粋な物は一切存在しない。

 その中を、飾り気の無い船外活動EVAスーツが当たり前のように歩いていく。


 いざ社長室まで来て本人不在だったらかなり間抜けだな、と思った唯理だが、そういう事も無かった。

 この厳戒体制下で逃げ隠れする必要も無いと予測していたし、居なければ居ないでエイムで社屋に突入してでも探し出すつもりではあったが。


「…………大したものだな。この星系の主要セキュリティーであるPFOの3割がたった1機のエイムにより壊滅状態とは。

 同時テロの時に船団長を護衛していたのはキミか」


 星系首都ラーケット・ゼンを見下ろす社長室には、グルー=ブラウニングと秘書らしき妙齢の女性がいた。

 警備のひとりも待機させていないというのは、随分剛毅に見える。

 話が邪魔されないのは、唯理としてもこの際有難い。


「お騒がせしてすいません、ミスターブラウニング。アポイントを取るよりこの方が早いと思いまして」


「非常に大胆なプレゼンテーションだった。共和国も我が社も実力重視だ。キミなら幹部社員待遇で雇っても良いが、そんな要件ではないだろう」


「そうですね、売り込みと言う意味では間違ってもいないかと思いますが」


 少しもって回った言い方をすると、黒とオレンジのEVAスーツがヘルメットを分解、収納させる。

 無作法だとは思ったが、唯理はそのまま勧められるでもなく、ソファのど真ん中へ偉そうに腰をおろした。

 ここでは自信を見せておかねばなるまい。

 その為に、この星系中が大変な時にひと騒ぎ起こしたのだから。


「船団もハイスペリオンどころ・・・じゃなくなってしまいましたね。

 まぁ救助活動はこの星系の住民を最優先しなければならないようですし、仕方のない事ではありますが」


 本題に入る前に、挨拶代りに軽く苦情を含んでおく赤毛娘。

 キングダム船団が善意と航海者魂を発揮し人道支援を申し出たのに、ターミナス政府は避難住民を乗せる船として使う為に船団を星系艦隊で包囲しやがったのだ。

 多少は船団側にも打算があったのは認めるが。

 またそれ以前に、グルー=ブラウニングは泥沼の紛争宙域ハイスペリオンに身内を助けに行け、などという脅迫紛いの要請をしている。

 それも1,000万隻から成るメナス艦隊の侵攻で不可能になったのだから、ザマー見さらせ、と言うところだった。


 それを助けに行ってやろうというのだから、嫌味くらいは許されると思う。


「メナスの規模からすると、ターミナスの次はハイスペリオンでしょうか。早々に戦争をやめて逃げないと、向こうはここ以上の地獄になるでしょうね」


「…………我が社にもアナリストはいるが、キミが売り込みたいというのはその分析能力かね?」


「失礼しました。貴方が現状を把握された上でご家族の事でも既に手を打っておいでなら、私に申し上げる事は何もなかったので」


 冷酷な現実を容赦なく口にする唯理に、元から無表情だったグルーの顔付きが厳しくなる。

 『手を打つ』も何も、それが出来るならはじめからノマドの船団など使おうとは思うまい。

 それに、たった今赤毛娘も他所の星系に関わっている余裕など無い、という現状を述べていたではないか。

 何故そんなヒトの神経を逆撫でするような事を繰り返し言うのか。


 唯理だって自分で言っておいて不本意だったりする。


「つまりキミには何か考えがあると?」


 とはいえ、ブラウニングは赤毛の少女が言わんとしたところを察してくれた。そうでなければ、ここまで大胆な行動と発言をする理由が無いだろう。

 挨拶は終わり、唯理もいよいよ本題に入る。


「そんなに難しい話ではありません。船と人員を貸していただければ、私がご家族を回収してきます」


「…………知っての通り、今は船一隻が貴重だ。ほぼ空荷でさっさと逃げ出すような者もいるがね。こんな状況でキミに船を預けるのは、難しいな」


「足の速いのが一隻あれば結構。得られるリターンに比しては、非常にローリスクな試みかと思いますが」


「フム……なるほど」


 ブラウニングは家族を救出したい。唯理はハイスペリオン星系に個人的な用事がある。

 目的は、個人的と言うには少々大きかったが。

 それに、移動の足以外にもブラウニングの協力は必須だ。


「話は理解したが、キミにはどんなリターンが? 最初に依頼した私が言うのも何だが、ハイスペリオンに入って無事に戻れる可能性は低いだろう。

 こちらにとってはローリスクでも、キミにはそうではない」


「では報酬として、今すぐターミナス星系全域に避難命令を出していただきたい。必要なら他の星系からも船を呼んでください。貴方の全権限を使って」


「なるほど、それは私の仕事だろう……。しかしそれにどんな意味がある? キミに得る物があるとは思えないが」


「キングダム船団です。政治的駆け引きに時間を喰われて星系と心中させられては困ります。

 ついでにもうひとつ。船団を避難に使うな、とは言いませんからヒトを積んだら優先的に脱出させていただきたい」


 自分の娘のような歳の少女が、対等の風格を以って要求をする。

 単機でひとつの惑星に殴り込みをかけるだけの事はある、と無表情のままブラウニングは感じ入っていた。その娘は唯理より大分年上だが。

 雇いたいというのも本心だ。


 この赤毛の少女の目的も頷ける。

 船団ひとつと、避難命令を出す事でブラウニングが取らされる・・・・・責任と失う立場。

 家族を救出する報酬としては、決して破格というモノでもないと言える。


 しかし、


「……材料はそれで全てかね?」


「そうですね…………恐らく現状では、私に出来なければ他の誰にもご家族の救出は出来ないでしょう」


「…………そうかもしれないな」


 ブラウニングの反応は良くなかった。

 やっぱダメか、と澄ました表情の内側で唯理も思う。


 元から無理筋の計画ではあったのだ。

 エイム一機で惑星軌道上の防衛網を突破し、惑星内の防衛部隊を蹴散らして見せても、所詮はパフォーマンスの域を出ない。

 パフォーマンスで皆殺しにしてはあまりにもあんまりなので、交戦したエイムも全て峰打ちである。落された皆々様におかれましては生きて21世紀の赤毛JKを怨んで欲しい。

 実際、唯理が背伸びしているのも分かる人間には分かるだろう。

 察しが良いので交渉にも応じたブラウニングだが、察しが良いのであればこそ、その辺にも気付くのは難しくない。唯理には痛し痒しな予想だった。


「……例え小規模でも、ほぼ確実に失敗するであろう事業に投資はしない。キミの提案は興味深いが――――――――」


 案の定なブラウニングの科白セリフに、作戦失敗を悟る唯理。

 かくなる上はプランB、拉致誘拐の上に船の強奪か、と赤毛が本物のテロリストに化けようとした、その時。



 ここから全く予定に無い展開となってしまう。



「社長……軌道上より大気圏内へ船が侵入、クルーザークラスが直接ラーケット・ゼンへの降下軌道を取っているとの報告が…………」


「どういう事だ? 事故ではなく単体降下能力を持つ船という事かね?」


 お固そうな秘書の報告に怪訝な顔をするブラウニング社長。

 唯理はこの時点で嫌な予感がしていた。


 この時代においても、宇宙船は宇宙を往く物だ。これに大気圏との往復能力を持たせるとコストがかさむので、よほどの事が無い限り専用の小型艇を使う。

 クルーザークラス、200メートル前後の船が1G以上の重力と大気圏を持つ星に降りて来るという事態は、航行能力を持つか事故で落ちて来たかのどちらかだ。


 降りて来る宇宙船というのは、珍しく大気圏航行能力を持つ方だった。


 しかも唯理も良く知る白い船、パンナコッタⅡだった。


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