38G.古流コンバットマニューバ―

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 共和国に限らず、大国は権力と暴力で大衆を押さえ付けていた。


 ハイソサエティーズという特権階級の既得権益、国家を傀儡にする企業の経済政策、伝統と慣例を建前に地位を守る名家。

 これらの本質は、全て同じ物だ。

 強大な権力による支配と、その支配体制を維持する為にあらゆる手段が肯定されるという現実である。

 そして、銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーの300億を超える恒星系と、一千億を超えようという居住惑星。そこに住む人々は、途方もなく巨大で強固な支配の構造に逼塞し、最終的にはその不満を溢れさせるのだ。


 銀河系最外縁の星の大河、ペルシス・ライン。

 その果てにあるとされる・・・ターミナス恒星系グループで起こっているのも、そんな噴き零れのひとつに過ぎなかった。


               ◇


 ターミナス恒星系グループの本星、『テールターミナス』。

 文明が自然を駆逐した巨大建築物の犇めく惑星では、現在各所で戦闘が発生していた。

 交戦しているのは、企業の圧政に反発する武装市民グループと、実質的に企業が運営する行政府の治安維持組織セキュリティーである。


 都市の一角、企業の兵器工廠のある施設では、頭の無いずんぐりとしたエイムが背負った大砲を撃ち放っている。短距離射程のプラズマ砲だ。

 プラズマ光弾の直撃を受け、腕と脚部が翼になっているエイムが爆散。

 しかし、直後に同型の僚機がレーザーを発振し、ずんぐりとしたエイムが右側面を溶解させる。


 あるビルの対空砲周辺でも、脚の部分がパラボラブースターになっているエイムが複数機飛び回っていた。

 施設を防衛しているのは、両腕部がそのままレーザー砲になっている機体だ。

 数百メートルという至近距離で、治安部隊と武装市民はレーザーを撃ち合い互いを損耗させる。


 巨大な山型建築物のひとつ。その頂点に、空中庭園とでも言うべき美しい庭があった。

 『カンパニー』系列企業の幹部社員が住む屋敷であり、反企業の民兵がそこを強襲している。

 だが、幹部社員が個人的に雇った私的艦隊PFOのエイムが、群がる民兵のエイムを鎧袖一触に撃墜していた。

 大手私的艦隊組織PFOの使うエイムは、共和国製でも特に高性能な洗練されたデザインの純ヒト型機体だ。

 武装市民の使う薄利多売モデルで対抗出来る相手ではなかった。


 巨大都市のそこかしこで光線が奔り、建造物に大穴が空き、飛翔体が爆発を起こして地上に落ちる。

 その最中さなかを、ノマド船団長の乗る小型艇『シルバースプーン』と護衛機のエイム6機は高速で移動していた。

 眼下には立体的に造られたハイウェイがあり、一団はその10メートルほど上を平均時速500キロで飛翔する。

 真空中に比べれば止まっているようなものだが、一気圧環境の空気抵抗で、更に建造物の間を縫っているのだから、速度としてはこんなものだ。

 しかも、


『ユイリ、南方向、進行2時からエイムが3機接近。こっちもテロリストだ。捕捉されてるな。並走する軌道だぞ』

「警告は?」

『来てるし出してる。アレだ、例によって言葉が通じてねぇ。どうするよ?』


 移動する小型艇とヒト型機動兵器の編隊を見て、武装市民のエイムが攻撃してくる。

 相手の警告内容を聞いたオペ娘によると、船団長の小型艇を企業の幹部が乗っているものと勘違いしているようだった。

 真上の低軌道上を並走するパンナコッタⅡから「勘違いだ」という旨を伝えているが、相手はそれを虚偽だと決め付け聞く耳を持たない。

 そんな襲撃が既に2度あったが、どちらも目視インサイトした瞬間に迎撃している。

 「反撃する」と警告を出しても相手が止まらない以上、護衛に就く村瀬唯理むらせゆいりのやる事はひとつだった。


「船長」

『邪魔になるなら撃墜しちゃっていいわ』

「了解。シルバースプーン、護衛各機、ルートこのまま。メイとラヴは接近して来るエイムに牽制射。他はシャトルに張り付いて機体を盾にして守れ。こっちは先行して敵を排除する」

『わ、分かった! 頼むぞ!!』

『「牽制射けんせーしゃ」ってなんか意味あんの!? あたしも突っ込んだ方がいいんじゃないの!?』

『了解……警告を無視して接近する機体は迎撃します』


 攻撃許可が出ると同時に、唯理は味方のエイムに行動を指示。

 戦闘のど真ん中で、小型艇のパイロットは声が引き攣っている。

 約一名不満があるようだったが、指示に従い護衛機のエイム乗り達は武装を再展開していた。

 航空機を寸詰まりにしたような銀の小型艇を中心に、周囲をヒト型機動兵器が囲んでいる。


 そして唯理自身は、エイムのブースターを吹かして前に出た。

 シールドキャビテーションにより、押し退けられる大気圧。

 ブースターを燃焼させ青い光を吹き出すエイムは、脇に抱えた砲身長14メートルのレーザー砲を正面に向ける。

 進行方向にある側面ビルの切れ間からは、進路を塞ぐ形でヒト型機動兵器の三機編隊が飛び出してきた。

 レーダーでタイミングが分かっていた唯理は、その瞬間に発砲。

 焦点深度を絞り、目標以外を焼かないように調整された光線は、短足で丸いエイムの右肩周辺に大穴を空けていた。


 突如落とされる味方に、うろたえる様な機動を見せる武装市民のエイム。完全にいいマトであり、これも唯理は間髪入れずに撃墜。下半身を失ったヒト型機動兵器は、フラフラと落ちていく。

 しかし、もう一機はすぐさま機体を翻し、上昇し回避行動を取りながら反撃して来た。

 レールガンの砲撃が灰白色のエイムに向けられるが、唯理は流れ弾を警戒して既に小型艇から距離を取っている。

 脚部が逆関節になっており、両腕がレーザーとレールガンの複合武器となっているエイムは攻撃を続行。

 秒速6,000メートルで50ミリ弾がバラ撒かれ、ハイウェイや高層ビルの壁面を一瞬で喰い破るが、灰白色のエイムは尽くこれを回避した。

 宙を踏み切り、弾幕の中を左右に鋭く切り込む超高機動に、エイム乗りたちは目を見張る。


『すっげ……何だあれ!?』

『あんな動き…………どうやって』


 などという声が共有通信から漏れてくるが、相手の弾道を読み切るのに集中している赤毛娘には聞こえていない。

 敵の射線をわし同時に反撃も行い、最後の一機も成す術無く頭部と周辺を抉られる。

 その運動性能、回避速度、攻撃精度。

 どれを取っても、他のエイム乗りの追随を許さない。


 墜落していくヒト型兵器を見送ると、灰白色のエイムは小型艇の列に復帰した。

 四肢を広げて、シールドキャビテーションを切り、空気抵抗すら減速に利用するその姿は、完全に大気圏内での機動を自分のモノにしている。

 だがそれは、唯理にしてみれば今に始まった事でもない。


 空中を戦闘機動で縦横無尽に駆ける、この感覚。

 真空中とは違う濃密な大気に乗り、ジェットエンジンの大出力を存分に振り回してその中を爆走する、圧倒的な力感。

 どこまでも懐かしく感じる。

 どうして自分は戦闘の度に、帰って来た、という気持ちになるのか。

 21世紀で高校生をしていたはずの赤毛娘は、頭の片隅で不思議に思うのだ。

 

 そして、戦場はそんな思索には向かない場所であるのも知ってはいたのだが。


『ユイリ、進行11時からエイム5機編隊接近。20秒で接触する』

「了解、迎撃――――――――」

『いや待った! こいつらセキュリティーだ、攻撃するなよ!』


 時速700キロを超える速度で急接近して来る、レーダー上の5機の機影。

 またテロリストの機体かと思いきや、識別信号を見ると治安維持組織セキュリティーに所属するエイムだった。

 オペレーターのフィスは、移動中の小型艇と6機のエイムがノマドの所属でありテロとは関係ないと連絡する。

 セキュリティーは惑星と都市を守るのが仕事だ。

 唯理たちが攻撃される謂われは無い、はずだった。


『こちらはラーケットセキュリティーだ! 飛行中のボートはただちに停船せよ! エイムはFCSコードを送信し武装解除せよ! 警告に従わない場合は撃墜する!!』

『こちらはキングダム船団所属の「シルバースプーン」号だっつってんだろうが! 現在都市空域から避退中! 攻撃するな!』

『テロリストが見え透いた事を! 繰り返す! 今すぐFCS制御コードを送信し武装解除しろ! これが最終警告だ!』

『「ノマド」だぁ!? 海賊ならなおさら放置できるか! 今すぐ武器を下ろせ!!』


 ところが、テロリスト同様こちらも話を聞かない手合いだった。

 しかも、ノマドと海賊の区別も付いてない。あるいは区別する気も無いのだろうか。

 治安部隊セキュリティーのエイムは、小型艇の進路上へ強引に割り込んで来る。

 滑らかに曲線を描く外装のヒト型機が、武装と一体化した四角い腕部を小型艇の方へと向けたかと思うと、


『どうせ海賊だ! 従わないなら構わん撃墜しろ!!』

『撃て!!』


 威嚇ではなく、直撃狙いでレールガンを発砲してきた。


「ッ――――――チィ!?」


 エイムのシステムが警報アラートを出す直前、唯理は腕部マニピュレーターに装備する鋭角のシールドユニットを突き出して起動。

 僅か数十メートルの距離からバラ撒かれる42ミリ砲弾を、エネルギーシールドが真正面から喰い止める。

 コクピット内が激しく揺れ、ディスプレイ上の表示が一瞬で真っ赤に。

 左腕部とシールドユニットの出力表示が一気に落ち込み、過負荷を示す数値とバーが跳ね上がった。


『このクソバカ野郎がぁああ!! 敵じゃねぇって言ってんだろうが!!』

『抵抗確認! 全機攻撃せよ!!』

『抵抗確認了解!!』


 共有の通信帯域に、オペ娘の怒鳴り声と治安部隊セキュリティーが命令を出す音声が混じる。

 小型艇と護衛機へ一斉に武装を向けられ、そして唯理はこの瞬間に動いていた。

 足のIKペダルを乱暴に踏み込むと、自機エイムの脚部と背面部にあるブースターが爆発。

 シールドを構えたまま、灰白色のエイムは治安部隊セキュリティー目がけて突撃した。


『な――――――――!!?』


 エイムのシステムと同期しオペレーターの認識速度も上がっているとはいえ、近距離から15Gの加速度で突っ込んで来るヒト型機動兵器をわすのは至難の技だ。

 逃げ損ねて激突し、エネルギーシールドに跳ね飛ばされる治安部隊セキュリティーのエイムだが、すぐさま管制AIが自動オートで姿勢を制御する。

 この隙に唯理は各機へ指示を飛ばした。


「シャトルは全速力で離脱! メイとラヴは後方から追いかけて来る奴を迎撃! 他の機体はシャトル直掩!」 

『アンタはどうするんだよ!?』

「私はこいつらを抑える! 先に行け!!」


 未だに混乱している桃髪の喧嘩屋を黙らせ、唯理は長砲身のレーザー砲を懸下用アームから外して両腕マニピュレーターで保持。

 治安部隊セキュリティーのエイムへ向けると同時に、最大出力で発振する。

 赤い光線は空中を薙ぎ払うが、治安部隊セキュリティーの5機のエイムは上下左右に散り回避運動を取った。

 明らかに武装市民より動きが良いが、だからと言ってこれは唯理が外したワケではない。

 狙い通りである。


 障害物である治安部隊セキュリティーのエイムが逃げた事で、開いた進路に小型艇と護衛機のエイムが飛び込んだ。

 船団長を乗せた小型艇は、言われた通りにブースターの出力を限界まで上げ一目散にその場を逃げ出す。

 逃走を阻止すべく後方からレールガンを撃とうとしたエイムへは、唯理がレーザーを撃ち込み腕部ごと武装を破壊した。


『がぁッ!? こいつッ――――――!?』

『ナウザー3、4! あのボートを撃墜しろ! 重要施設への特攻機の可能性あり! 多少の周辺被害は許容する!!』

『ナウザー3了解!』

『ナウザー5、距離を詰めて白いエイムを追い込め! 2、援護しろ!!』


 治安部隊セキュリティーの隊長が命令を発すると、2機のエイムが船団長の小型艇を追いかけようと加速した。

 その間、残った2機と破損した1機が灰白色のエイムを撃墜する手筈である。


 が、唯理がそんな事を許す理由も無い。


 上から抜けようとした治安部隊セキュリティーのエイムを、唯理は真下から強襲。

 腕部マニピュレーター内蔵のビームブレイドを展開すると同時に、一瞬で斜めに切断した。

 そして、何が起こったのか分かっていないもう1機の追撃機を、至近距離からレーザー砲で薙ぎ払う。

 味方機が喰い止める間も無い、一瞬の事である。


『ナウザー3――――――――!?』

『2番機逃げろ! 回避!!』


 唯理は更に攻撃しようとしたが、一瞬早く隊長機ともう1機が戦闘機動に入った。ここは、既に手負いだった治安部隊セキュリティー機体エイムにトドメを刺すに留まる。

 瞬きする間に撃墜された3機の味方機。

 治安部隊セキュリティーの隊長は怒りに歯がみしながらも、私的艦隊PFOのエリートオペレーターとして、積み重ねた訓練通りに戦闘へ入った。


(やっぱり正規の部隊って事か……動きがいいな)


 左右に回り込み、時間差を付けて砲撃して来る敵エイム2機に対し、唯理は機体を振り回しながら上昇して回避する。

 相手の動きに迷いが無く、互いがどう動くか分かっているのか攻撃の連携も良い。

 肩部のサイドブースターを吹かして軌道を捻じ曲げると、直後に灰白色のエイムの間近を秒速6,000メートルの砲弾が掠めて行った。

 電子妨害ECMで自動照準の精度は落ちているはずなのに、治安部隊セキュリティー対電子妨害ECCM能力が高いのか、あるいは手動マニュアルでの追尾能力が高いのか。


 シールドキャビテーションで押し退けた大気を引きずり、飛翔する灰白色のエイムは音速を突破。圧縮された大気により、機体の周囲に白煙が発生する。

 それを追うように虚空へ飛ぶレールガンの砲弾。

 2機のエイムによる射線が前後から挟み撃ちにしようとするが、灰白色のエイムは急制動、急降下して回避行動を取り、そして反撃した。

 短連速射モードにより赤い光線がいくつも閃き、15メガワットという高出力の熱線が治安部隊セキュリティーのエイムを襲う。

 本来、僅か数百メートルを隔てた程度では、光速度レーザーの攻撃を回避する事など叶わない。

 これを、電子妨害ECMで敵のセンサーと自動照準を妨害して逸らすのが一般的な戦術なのだが、灰白色のエイムの攻撃は振り切れず、治安部隊セキュリティーのエイムは被弾しながら縦横無尽の軌道で逃げ回った。


『クっそぉおおああああああああ!!!』


 目まぐるしく景色の流れるコクピット内で、エリートオペレーターが吠える。

 数は自分達セキュリティーの方が多い。2機で攻撃すれば、火力で圧倒できるはずだ。

 などという考えは、完全に吹き飛んでいた。

 灰白色のエイムはどれだけ攻撃を叩き込もうと、最小限の動きで射線を巻き込むように回避して見せる。

 それとほぼ同時に、電子妨害環ECM境下で正確な反撃を放って来るのだ。

 結果、攻撃しているのは自分なのに、何故か攻撃を喰らっているというワケの分からない現象が発生している。

 しかも、灰白色のエイムは動きの速さが半端ではない。単純な速力という意味ではなく、動作から動作に繋がる速度が尋常ではないのだ。

 自分達が一手動く間に、灰白色のエイムは五手動いている。追い付けるワケが無い。


「ッ指令本部! こちら第113パトロール、ナウザー1! 応援要請!! ナウザー2から4はテロリストにやられた! こちらは――――――――」


 恐怖に駆られた治安部隊セキュリティーの隊長は、必死に逃げ回りながら本部に応援を要請した。

 が、同時に味方機のナウザー5が撃墜。

 咄嗟に、反撃しなければやられる、と思いレールガンを発砲するが、これに対して灰白色のエイムは反撃せず回避に専念した。

 センサーを見ると、灰白色のエイムが持つ長砲身レーザー砲が過熱しているのが分かる。オーバーヒートだ。

 これなら応援が到着するまでもつ。

 そう思い弾膜を張り相手を近づけまいとする治安部隊セキュリティーのエイムだったが、


 唯理はレールガンの射線のすぐ脇に滑り込み、一気に加速。


「は…………?」


 と、治安部隊セキュリティーの隊長が間の抜けた声を零したその時には、エイムの両腕と両脚部を斬り飛ばされ、頭も潰され、胴体だけにされていた。


               ◇


 船団長の乗る小型艇は、音速の時速1,200キロを超えて巨大都市の只中を突破した。

 これで、都市の対空防衛網に妨げられず、キングダム船団のいる高度600キロの衛星軌道まで駆け上がれる、はずだった。


『進行右から新手2機! 撃って来るぞ!!』

『何なのよ何なのよ何の恨みがあるワケよ!?』

『クソッ!? 敵が多すぎる! 弾が持たない!!』

『レーザー砲がオーバーロード……』


 現在、小型艇と護衛機のエイム5機の周囲には、テログループのエイムが10機以上追走していた。

 強固に守られる小型艇が、何か非常に重要な物に見えたらしい。

 肝心な小型艇への直撃弾は避けながらも、テロリストのエイムは大量の砲弾を撃ち込んで来ている。

 護衛機のエイムは必死でそれに撃ち返しながら、近づく限界に悲鳴を上げていた。


『ドローヌ! 邪魔な護衛を足止めしろ! 直接ボートを抑えるぞ!!』

『やってみろクソヤローが! そのエイムを弾痕充填構造に変えてやるわ!!』


 ここまで追い縋って来た重装甲のエイムが、仲間の到着を見て一気に小型艇との距離を詰めて来た。

 『メイ』ことメイフライ=オーソンのエイムは両腕部に持った大型マシンガンを撃ちまくり、その着脹れしたようなエイムに火線を集中する。

 レールガンの砲弾がシールドの無い機体に直撃するが、大気圏内の戦闘を想定した複層装甲は表面から剥離しながら、無数の砲弾に耐えて見せた。


『ッツア!!?』


 そのメイの機体、やや細身な赤と白のエイムがレーザーの雨を撃ち込まれた。テロ側の支援射撃だ。

 極短時間の発振で低出力のレーザー故に威力は大した事ないが、回避不能な上、装甲に熱とダメージが蓄積される。

 コクピット内を真っ赤に染める警告表示に、桃髪のメイは焦りを見せるが、


『グアッ!?』

『ドローヌ!? チクショウやったな!!?』


 そのレーザーを連射していたテロリストのエイム、非人間型の四足獣のような機体が高出力レーザーに薙ぎ払われた。

 レーザーを発振したのは、小型艇の護衛機の1機。

 背面部から肩に担ぐように、大口径レーザー砲を装備する黒と紫の大型のエイムだった。


『ラヴ!? 何よオーバーヒートじゃなかったの!!?』

『たった今壊れたわ…………』


 『ラヴ』ことハニービーマイ=ラヴは、過熱状態だったレーザー砲に無理をさせて壊した。


 着脹れ重装甲のテロエイムは、メイや他の護衛機からも集中砲火を喰らい、火を噴きながらビルの壁面に激突する。音速近かったので、分厚い建物を貫通して更に向かいのビルにまで突っ込んで行った。

 ラヴの黒いエイムは予備兵装のサブマシンガンを持ち出し攻撃を続けるが、敵機の回避機動を追尾し切れない。


 テロリストはまだ6機以上残っていた。

 短連射のレーザーを全身に浴びたメイのエイムに限らず、攻撃を文字通り機体からだを張って止めていた護衛機は、どれも軽くない損傷を負っている。

 そんな手負いの護衛機を排除しようと、テロリストのエイムは一斉に距離を詰め、


 その中の1機が、後方からのレーザー攻撃によりブースターを破壊された。


 音速の3倍という速度でビル群の中を猛追する、灰白色の機体。

 唯理は手動で次の標的に照準すると、相手が避けるであろう先をレーザーで薙ぎ払った。

 テロリストのエイムは直撃こそ避けたものの、機体の右側を焼かれバランスを崩して明後日の方向に飛んで行く。


『ユイリ!』

「各機へ! キネティック弾を使う! 足止めしている間に逃げるぞ! フィス!!」

『弾頭コントロールにオンライン! いつでもいいぞ!!』


 アッと言う間に追い付き小型艇の真上に着けた唯理のエイムは、周囲に警告するが早いかブースターの上部に装備する箱型ランチャーを開放。

 放たれたのは、ミサイルのような追尾性能を持つキネティック弾体、計10発。

 それは、灰白色のエイムを中継して低軌道上のパンナコッタⅡに乗るオペレーターに操作され、テロリストのエイムへと殺到した。

 とはいえ、それは撃墜目的ではない。


『やられ――――――――いや!? 損傷なし!?』

『なんだぁ!? レーダーロスト!?』

『クソッ!? ロックが外される!!? イルミネーターがフレームアウト!!?』

『どうなってんだ!? ECCMで中和しきれてない!!?』


 近距離で破裂した弾頭の中身は、光学、熱、電磁波と、各種センサーを撹乱し、レーザーの減衰効果も持つ特殊なスモーク、『パーティクルジャマー』。

 銀色の煙に巻かれたテロリストは、その瞬間に小型艇と護衛機のエイムを完全に見失う。


 そして、唯理たちが一気に速度を上げ、低軌道上のパンナコッタⅡと合流するのには、その一瞬で十分だった。

 

                ◇


 惑星テールターミナスにおけるテロ攻撃が終息したのは、キングダムの船団長が船団に戻って半日ほど後の事だ。

 テログループは、元々数と統制に勝る治安組織セキュリティが順当に制圧し、壊滅状態に追い込まれる。

 しかし、それは今存在する・・・・・反体制派を駆除したに過ぎない。

 共和国が今の体制を維持する限り、締め付けを強めれば強めるほど、同じような反体制派のグループは延々と発生するのだ。


 テールターミナスを実質的に支配するビッグブラザー系列企業、ブルゾリア社。

 社長のグルー=ブラウニングは、強固に守られた本社の最上階にある社長室で、今回のテロ攻撃による被害総計に目を通していた。


 重要な施設や資産は優秀な治安組織セキュリティーに守られたとはいえ、その他の被害もバカにならなかった。

 公共インフラ、都市施設、消費された機材や武器弾薬といった装備。

 この星はブルゾリア社の支配下である故に、必然的にそれらの負債は全て社に圧し掛かかって来るのだ。

 市民の税率を上げて無給のサービス労働時間を増やし、公共福祉を削ればすぐに補填できるが。


「……ん?」


 だが、その被害総計の中で社長のブラウニングは気になる項目を見つける。

 治安組織セキュリティーとして雇用する私的艦隊PFO『オーバル』が、所有するヒト型機動兵器を喪失ロスト。先の騒動の中で撃墜されたというのだ。


 自前の船も持たない名ばかりの三流PFOに、治安維持組織セキュリティーの仕事を任せたりはしない。治安組織セキュリティーの業務を委託するのは、確かな軍事訓練を受けた玄人プロだけが対象となる。

 それが寄せ集めの武装市民如きに5機も撃墜されたのかと、来季採用の見直しなどを考えながら詳細に目を通すブラウニングだが、


「『海賊』……? いや、『キングダム船団』か。ノマドにやられたのか?」


 暫し記憶を整理した後、正確な事情が理解できた。

 つまり、治安維持セキュリティーを担うPFOのひとつである『オーバル』は、ノマドであるキングダム船団の船団長が乗る小型艇を、テロリストの物と思い込んで攻撃したのだ。

 それ自体は些細な事・・・・だが、注目すべきはその戦闘記録。


 船団長の護衛に就いていたエイムが、実質的に1機でPFO『オーバル』のエイム5機を圧倒し、その他数は多い反体制派のテロリストを蹴散らし、最後まで小型艇を守り通したという事実だ。


 グルー=ブラウニングの脳裏に閃くモノがあった。

 すぐさま秘書に社内通信を繋ぐと、社長室に呼び出して指示を与える。


「キングダム船団はまだ軌道上にいるな。船団長に連絡を取りここに呼び出したまえ。取引の話があるとな」

「は……? ですが社長、確かキングダム船団からは行政庁を通して強い抗議が来ておりますが…………」

「補償して欲しければすぐに来るよう伝えたまえ。それと船団の詳しい資料を」


 指示を受けた秘書の女性が部屋を出ると、社長は窓を背に卓に着いて、情報機器インフォギアを使い必要な情報を呼び出す。

 それは、娘と孫が取り残された戦争中の宙域、ハイスペリオン恒星系グループに関する物だった。

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