37G.ハイ-エコノミーズ コンタクト
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銀河を放浪するノマドの船団のひとつ、『キングダム』船団。
大小様々な230隻の宇宙船から成る船団は、銀河の最外縁部に
ターミナス
重要度の高い星域だ。
当然、それなりの防衛戦力も配備されており、星系全体では中央艦隊と方面艦隊併せて11万隻が展開中だった。
これは共和国の各星系に対する艦隊の配備数としては、特別多くはない。
だとしても、全長1,000メートルを超える旗艦を中心とした、1万数千隻の大艦隊の姿には圧倒させられた。
キングダム船団と併走する灰白色のヒト型機動兵器も、共和国艦隊の脇を進む。
共和国の戦闘艦は、丸みを帯びる外殻に、シルエットも楕円体に近い物が多かった。
艦体のカラーリングは複数種類に分かれている。
共和国軍は大半が民間の
アナクロな手段はシンプルかつ原始的であるが故に、いつの時代も普遍の信頼性を持つのだろう。
とはいえ今は戦闘中でもなんでもないので、
一見して静かだが、宇宙船のセンサーは目まぐるしく相手を
唯理のいるコクピット内でも、途切れる事なくスキャンされていると
へたに
大艦隊の脇を通り過ぎると、キングダム船団は減速しながらゆっくりとした速度で惑星の衛星軌道上に侵入。
船団の内部では、宇宙船の整備や惑星上への降下準備が始まっていた。
始まっている、はずだった。
「補修部材の生産が遅れている? 船団のT.F.Mだけでは間に合わないのは分かっていたはずだ。その分じゃないのか?」
船団のフラグシップ、巨大輸送船『キングダム』の
浅黒い肌に白髪の船団長は、マイペースな黒髪の女性副長の報告に訝しげな眼を向けていた。
「じゃなくてですねー、どうもみんな船の補修部材以外の物を作っているみたいなんですよー。そのせいでシステムがいっぱいいっぱい。マテリアルも準備量を下回ってます」
「割当量以上に使われているってのか?」
「いいえ、自分の割り当て制限いっぱいに使っているヒトが多いんです。計算上は1割のクルーが割当量をフルに使えばストックが無くなりますから」
「船の補修以外に何の用があるってんだ?」
「これみたいですよ?」
本来、船と船団の運営は時間に正確でなくてはならない。宇宙という死の世界では、生命を維持するにも不断の労力が必要であり、一秒の遅れが致命的な破滅を招きかねないからだ。
中には何もかもがルーズなのに騙し騙し宇宙を旅しているような船団もいるが。
その点、キングダム船団は比較的秩序が保たれたノマド船団である、と思われる。
ところが現在は、損傷した船の修理も惑星への降下準備も後回しにし、多くの船員が別の事に耽溺していると言うのだ。
原因は、船団長ディランの前に差し出された小さな茶色の物体。
クッキーである。
先日、赤毛娘の
少なくともここ500年以上、全自動で作られる科学的お粥とでも言うべき味も素っ気も無い薬品っぽい味のするフードレーションで生を保証されてきた人類に、手作りの菓子というのは相当ショックな食べ物だったらしい。
古来、アメリカのご家庭では母の作るクッキーの味が娘へと代々伝えられてきたのだとか。
あるいは、宇宙に出た人類の遺伝子にも、遠い昔の地球の記憶が残っているのかもしれない。
唯理の作ったクッキーは、材料となる疑似小麦粉の組成以外、大して難しい作りをしてない。疑似小麦粉と砂糖と塩、油分を混ぜて形を整え焼くだけだ。実はクッキーですらなかったりする。
特に隠し立てする気も無く、唯理はこれら組成データとレシピをあっさり公開してしまったのだが、これは少々迂闊と言わざるを得なかった。
人間の生み出す不連続性や不均一性、またはクッキーの持つ構造的な特徴により、フードディスペンサーでクッキーは再現できない。正確には再現
よって、美味しいクッキーを食べたければ誰かに作らせるか、あるいは自力で作るほかない。
唯理のクッキーが多くの人間に衝撃を与えたのは、手作りで、簡単に、美味しく、万人受けする食べ物を作ったという点だ。
食べ物を手作りする、という文化が絶えて久しく、強く影響された船団の船員は、こぞって自分も手作りクッキーに挑戦しようとしていた。
そんな目覚めてしまった船員達だが、いきなりレシピだけでクッキーを作れるワケもなく。
唯理の見通しの甘さ、その2。
船団の中、あるいはこの時代において、コンソールを叩く事にしか手を使っていない、という人間も皆無ではない。
ただ材料を混ぜて捏ねて千切って形を整えて焼けばいい、と唯理もその他の者も思ってしまったが、実はその作業すら困難なのだ。
結果として、挑戦の末に材料と時間を大量に無駄にする者多数。
ついでに、惑星の到着後作業も押していた。
この忙しい時に、と若白髪船団長は頭を抱える。クッキーは美味かったが。
船団を管理運営する者としてはかなり由々しき事態なのだが、とはいえ幸か不幸か現状はそれほど切羽詰まってもいない。
何せ、今は惑星の衛星軌道上なのだ。いざとなれば足下に逃げ場所もある。
よって船団長は、船団のダメージ回復は追々続けさせるとして、とりあえず自分の予定を進める事とした。
◇
ぺスシス・ライン上、ターミナス
そこに、サージェンタラス・ラインの恒星系、『ハイスペリオン』がある。
ハイスペリオン
ただし、共和国のみに支配されるターミナス恒星系とは異なり、ハイスペリオンは
連邦、共和国、皇国に、独立を守ろうとする現地の惑星。そして、何でもいいので星系を手に入れようと侵攻してくるヨソの惑星国家。
これらはそれぞれ艦隊を投入し続け、恒星系内で激しい戦闘を繰り返していた。
戦争は戦闘と停戦を繰り返して10年近く続いてきたが、ここ最近事態が急変する。
ただでさえ各陣営が入り乱れている所に、全知的生命体の天敵である存在、『メナス』までが乱入して来た為だ。
ハイスペリオンは良質な環境と容易な資源採集を両立できる、優良星系
そして、ここまで莫大なコストと時間をかけて来た各国は、面子の問題や和平交渉を有利に運ぶ為にも、簡単には撤退できない。
どうにか戦線を維持すべく更に人員と兵器を押し込んだが、メナスはそれ以上の速度で規模を増してくる。
星系内は大混戦となり、混乱した命令が錯綜し、配置された艦隊は迷走し、結果として多くの一般人が逃げ場も無く取り残されていた。
ターミナス恒星系本星、テールターミナスに支社を置く『ブルゾリア社』社長、グルー=ブラウニングの娘と、その子供もだ。
「『エベルタス』の他にPFOはいくらでもあるだろう! 『ボールウェイ』でも『アンドラスモビーク』でも『トリファルケ』でもいい! 送り込んで私の家族を救出しろ!!」
「それは無理です社長。ビッグブラザー直轄のPFOは支社長の権限では勝手に動かせません。他のPFOも現在は治安警備に当たっていますし、それ以外でしたら――――――――」
「チンピラに毛が生えたような連中では使い物ならん!」
テールターミナス首都、『ラーケット・ゼン』にある、山型の巨大建造物。
ブルゾリア社の社屋最上階にて、グルー=ブラウニングは苛立たしげに歩き回っていた。
大柄で肌は黒く、
知的で渋みのある面構えだが、今は汗を浮かせ余裕を失くしている。
妙齢の女性秘書は一転して、人形のように感情を見せなかったが。
壁面が人工ダイヤのガラス張りになった社長室から見下ろすと、メタルとテクノロジーに満ちた地上の姿を目にする事が出来る。
それに、
共和国系の惑星なら、特に珍しい光景でもなかった。
古い体制からの民衆の解放と平等の権利を謳う共和国であるが、その実態は企業と経済的な特権を持つ支配階級による統治だ。つまり、連邦や皇国の支配と何も変わらない。
共和国は銀河先進三大国で最も新しい国だ。
それが他2カ国と並び奉られるのは、圧倒的な経済力故の事。
そして、経済力は国民の生産活動によって生み出される。
徹底して合理的に管理された生産活動に、あらゆる売買に絡んだ経済活動の支配と、それらにより生み出される莫大な付加価値。
実質的に企業によって運営される行政に、高価な社会保障と重過ぎる税。
国民の為の円滑な社会運営の名の下に、様々な優遇措置を与えられる企業と、ひとつひとつ剥奪される一般人の権利や選択肢。
シワ寄せは支配階級以外の者へ行くというワケだ。
しかし共和国は、我らこそが最も繁栄を享受し得る国家だ、と言って憚らず、自らの行いが正義だと疑いもしない。
平等な権利を持つはずの人々を一切無視し、ただ粛々と、淡々と、支配階級が自らに都合の良いルールで歯車を回し続ける。
その独善と傲慢が、人々を怒らせていた。
テールターミナスは現在荒れている。
宙域の艦隊を構成する
惑星内の
後に残るのは、自前の船も持たない名ばかりの
戦争をしている星系に侵入し、特定の人物を救出してくる事など不可能と思われた。
それでも、グルーは娘と孫を愛している。
助ける為に手段を選ぶつもりはない。
いかんせん選択するほどの手段もなかったが。
『社長、行政長官よりノマド船団の責任者が面会を求めているとの連絡が…………』
「放浪民の対応など行政庁に任せておけばいい。私が出て行くような事ではない」
『承知いたしました。対応は一任させます』
思考に耽溺する社長は、社の都市開発担当課長からの
テールターミナスは実質的にブルゾリア社と、社長であるグルー=ブラウニングの支配下にある。
しかし、表向きの管理運営は惑星行政府が行っている事になっており、
それほどの権力を持つブラウニングであっても、ターミナスやハイスペリオンの共和国艦隊に家族の救出を要請するような権限は持っていない。
ブラウニングは10秒前に聞いたノマド船団の事など既に忘れ、どうすれば娘と孫を救出できるか必死に考え続けていた。
なお、娘の旦那の事はどうでもよい。
◇
満天の星、漆黒の宇宙より、茜色の惑星の大気へと降下する。
地上も星の瞬きに溢れ、
航空機を太く寸詰まりにしたような小型艇は、キングダム船団の船団長が乗る物だ。
そして、ヒト型機動兵器の6機2チームはその護衛機であり、内一機に赤毛娘の唯理が搭乗していた。
護衛の
唯理の乗る灰白色のエイムは、小型艇の後方だ。
大気圏内にエイムで入るのは2度目だが、空気抵抗を避けるシールドキャビテーションや背面に接続された翼のような空力ユニットも問題なく稼働していた。
真空中ほどの速度は出せないが、間近に建築物が存在するような都市内では時速1,000キロ程度でも十分である。
そもそも戦闘状況が起こらないのを祈りたい唯理であるが。
『まぁ都市警備のセキュリティーもいるしな。テロの可能性はあるけど、何かあってもそいつらが対処するだろ』
そんな唯理の緊張感が伝わったか、吊り目オペ娘のフィスから通信が入る。見た目と違って気配りのヒト。
フィスがどこから話しているかというと、低軌道上から船団長や唯理を追尾してる、パンナコッタⅡの
観察すると同時に、唯理のエイムチームに直接指示を出すオペレーターも担当している。
「セキュリティーの戦力はどんなもんかな? エイムは持ってるんだよね?」
『あー……ここのセキュリティーは受け持ちのPFOがいくつかあって、それぞれ装備が違うんだよなー。でもとりあえず戦闘用のエイムを持って来てる。契約条項でもあるのかね? ほとんど共和国系列だわ』
オペ娘から資料が送られ、赤毛の少女がコクピットでそれを参照する。
簡単な動きならエイムに搭載された管制AIがオートパイロットしてくれるので、唯理もヨソ見が出来るワケだ。
共和国系企業が製造するエイムは、スマートなヒト型か異形かに分けられた。
前者は、滑らかで丸みのある外装に、頭部や手足の末端は華奢でシャープな印象。
後者は、頭部が無かったり腕部が汎用マニピュレーターではなく火器になっていたり、胴体が小型艇そのままだったりと。
明確な区別があるワケではないが、スマートなヒト型は共和国系企業の売り出すハイエンド型エイム。ヒト型から外れているのは、機能特化型のモデルだという噂だ。
「それじゃ……テロリスト? レジスタンス? そっち側の装備はどんな感じ?」
『そっちも似たようなもんだな。どっからか供給を受けてるらしいや。
でも数は揃ってないし、乗ってるオペレーターも素人だ。セキュリティーと正面切って戦うのは無理だろ』
反体制側の装備のレベルはほぼ同じだが、いざ戦闘になれば体制側が圧勝するだろう。
故に、唯理たち警護チームの出番は無いと思われるが、だからと言って船団長を丸腰でも行かせられない。
惑星上で治安が悪化している以上、万が一の事態に備えるのは当然の事。
それに唯理も、場の空気に覚えのあるキナ臭さを感じていた。
◇
高さ1,000メートルを超える山形の建築物。
テールターミナスの首都『ラーケット・ゼン』には、同様の高層建築物が山脈のように何棟も連なっていた。
キングダム船団長の乗る小型艇と護衛機のエイム6機は、うち一棟の側面に出っ張っていた降着場へ着陸。
船団長と随行員が小型艇を降り少し待つと、建物内から迎えの人間が出て来る。
それに同行して内部へ入る船団長だが、降着場も高度600メートルを超えていたので、待っている間が寒そうだった。
そして唯理はというと、エイムの中で留守番である。船団の一船員に過ぎず21世紀出身で一般常識も怪しい女子高生に出来る事などありやしない。
コクピットの全周スクリーンから見えるのは、やたら大きな同じ形をした建築物群と、船団から同行したヒト型機動兵器だ。
護衛任務なので、機体は全て軍用機で揃えられている。唯理の乗る連邦系のエイム以外は、共和国でも皇国製でもない自由惑星圏の企業が作った機体だ。
いずれも基本的なヒト型にシンプルな装甲を被せ、背面部にブースターユニットを装備し、腰や脇の後ろに武装を懸吊している。
機体の色や武装も統一されておらず、装甲の特徴や各部の細かな形状の違いで、個性が出ているというより寄せ集め感が強かった。
とはいえ、唯理が気になるのは外見より中身だが。
唯理には少し前の騒動で、エイムオペレーターとしての操縦の腕前を見込まれ部下をふたり付けられている。
仕事前に
話をしてみると、実戦経験もそれほど多くなく、またどこかで正規に訓練を受けたワケでもないらしい。
ちなみに、唯理に付けられたふたりのエイム乗りはというと、
ひとりは、メイフライ=オーソン。
21歳の女性で、生粋の喧嘩ファイター。種族は唯理と同じプロエリウム(ヒト属)だ。
その気性が祟って破壊行為の末に借金を抱え、給料の良いエイム乗りをやっているのだとか。
ヴィジランテに加わっていなかったのは、「
戦闘スタイルは、ひたすら撃ちながら接近するというもの。一応、思い出したように回避行動も取る。被弾しても気にしない。
桃色の髪の気の強い姐さんだ。
もうひとりは、ハニービーマイ=ラヴ。
19歳のプロエリウム女性、だがハーフらしい。感情の起伏を一切見せないクールガール。
どこぞの喧嘩屋と違い育ちの良さを感じさせるが、ログを見せてもらった限りエイム操縦技術は並み。
エイム乗りをやっている理由は不明。コミュニケーションにやや難あり。
長い黒髪ストレートの大和撫子を思わせる美人で、胸ははち切れそうだった。
と言うか、ふたりとも大きかった。
唯理も合わせて『巨乳チーム』とかぬかした別チームのエイム乗りは、機会があれば背後から撃ってやろうと思う。
だが、直近の問題は仲間の方だ。
ふたりとも悪い人間ではないが、片やあまり話を聞かず、片や話を聞いているんだかいないんだか分かり辛い。
別に気を使って女性で纏めてくれなくても良いので、船団本部もう少しクセの無いエイム乗りを回してくれないかなぁ、と思う赤毛娘だった。
◇
船団長が地上に降りたのは、船団が惑星の軌道上へ留まるにあたり、管轄する部署に諸々の許可申請を行う為だ。ついでに、挨拶もある。
船団の人間が地上に降り、商取引を行い、行政からのサービスを受けるのにも事前の申請が必要だった。
共和国とひと括りに言っても、基本的に各星系や各惑星国家ではある程度の自治と主権が認められている。さもなくば、中央政府も何億何十億という惑星をいちいち管理などしていられないだろう。
よって、惑星へ立ち入るにも各惑星のルールというモノがあるワケだ。
特に今回は、キングダム船団も中長期に渡りターミナス恒星系に留まる可能性があった。
先の、ドミネイター艦隊との交戦で被った損害の為だ。
この間、船員から惑星に降りたいという要望は当然出るので、その辺の交渉を行うのも船団長のお仕事である。
ちなみに、どんな惑星も申請すれば入れるというものでもない。
閉鎖的な惑星によっては、宙域に入るだけで鬼のように攻撃される事も珍しくないのだ。
船団長が仕事を終えて降着場に戻ったのは、到着から約1時間後の事。
どうにもご機嫌よろしくない様子の色黒白髪の若中年は、小型艇に入るやすぐさま『船団に戻る』と言い、全員がその通りに動き出した。
『あらあら、また嫌味を言われたみたいね』
「『嫌味』……ですか?」
パンナコッタⅡにも唯理のエイムを通して映像が行っている。
困ったように言う通信越しのマリーン船長に、唯理は上空の船を見ながら聞き返した。
『ノマドの存在を良く思わないヒトもいるって事よ。法とルールに則れば宙域に入れるしかないけど、一隻二隻じゃなくて数百からの宇宙船が、それも国家のハグレ者が来るとなったら神経質にもなるんでしょう』
国家権力には従わないという意思の象徴、ノマド。
政府はそれを苦々しく思い、惑星に囚われるしかない人々は、宇宙を見てそれを妬んだ。
それでも船団の滞在が認められるのは、いくつか理由がある。
それは、船団との大規模な商取引やサービスの利用により経済の活性化が起こり、また惑星から他星の移動や輸送などに船団が利用出来る為だ。
同星系内ならともかく、別星系への移動は大きな危険とコストを伴う。
だが、よほどの大手企業グループでもない限り、宇宙での輸送に軍艦などの護衛は出されない。
それに
さもなくば、ハイリスクな最後の手段として個人輸送業者や運び屋を利用するか、だ。
逆に、ノマドの船団に対して不当な扱いをすると、他の船団や個人の宇宙船乗りもその星系に寄り付かなくなってしまう。
ノマドにも横の繋がりが在り、星系や惑星への滞在や通行に関しては、情報を共有しているのだ。
この情報は宇宙の渡航者のほとんどが参照する確度の高い物と知られている。
よほど閉鎖的な星系でない限り、外宇宙からヒトが入って来ないというのは、良くない状態であるのを意味していた。
コロニーやステーション、プラットホームといった宇宙における施設の利用料、観光収入、そして輸出入の収益は、星系国家の大きな財源のひとつである。
更に『グラップリング・メテオ』など大きなイベントの招致にも、ノマドの評価は影響するのだ。
排他的で渡航者の扱いが悪い星など、誰も来たがらないだろう。
加えて、妙な話だがノマドに対して好意的な政府の関係者もいる。ファンのようなモノで、特に『ユートピア』という船団には三大国の高官も頻繁に出入りしていた。
色々思惑はあるだろうが、ノマドの船団に対して影響力を持っておこうという政府関係者は多く、キングダム船団にもそういった協力者は存在する。
そんな有力者から滞在先の惑星国家に話を通してもらう事もあるワケだ。
そうして、借りを作ったり返したり面倒を頼まれたり、ゴリ押しされた惑星政府に嫌味を言われたりで、それらのシワ寄せが船団長に来るという。
責任者のお仕事は大変である。
話を聞いて何故か身につまされる唯理だが、考えてみれば今の自分は単なるエイム乗りだ。気楽な立場で心底良かったと思う。
早々に部下など持ってしまったが。
小型艇が船底のブースターを軽く吹かし、降着場からスムーズに浮き上がる。
唯理の乗る灰白色の機体の他、護衛のエイムも重力を打ち消しつつ、ブースターを使い上昇をはじめた。
後は惑星の航宙管制――――――航空管制含む――――――に従い、衛星軌道上の船団に帰るだけだった。
などと思っていた矢先に、山形建造物のひとつが中腹から爆発した。
『おいなんだ!? どうした!!?』
『事故か!?』
真っ赤な炎が立ち昇る鋼鉄の斜面に、混乱をきたす護衛のエイム。
唯理も驚くには驚かされたが、一方で身体は自動的に動き始める。
相変わらず疑問ではあるが、状況が状況であるし、迷いは無かった。
「メイ、ラヴ、『シルバースプーン』のカバーに入れ」
『は、はぁ!? ちょいとユイリさんよ『カバー』ってなんの――――――――』
『了解……シャトルのカバーに入ります』
唯理が直接指示を出せるのは、自分のチームのふたりのみだ。どの程度使えるのか分からないが、この際自動迎撃用タレット並みの働きでもしれくれれば良しとする。
メイフライ=オーソンは戸惑いながらも、ハニーマイ=ラヴは言われた通り、2機のエイムはシャトルの盾になる位置に付く。
相手は年下の少女のはずなのに、その命令に意見を差し挟む気が起きなかった。
「今すぐこの空域から離脱する。フィス、ルートは?」
『ちょっと待て状況を確認してる!』
「唯理より各機へ、警戒態勢。攻撃してくるヤツは落としていい」
通信でエイムに指示を出しながら、唯理も機体の
灰白色のヒト型機動兵器が、脇の後ろに固定していた長砲身のレーザー砲を前面に持ってくる。
戦場の空気に、赤毛娘の思考が当たり前のように組み換わっていた。
目的に必要な行動を繋ぐ、非常に単純なアルゴリズム。
その方程式に沿い、唯理の行動は即座に決定される。
視界がクリアになり、自分をリアビューから見るような感覚。
実に馴染んだ感覚だった。
戦場は良い。
やる事がハッキリしていて迷う必要が無い。
『ユイリちゃん、さっきのは反企業組織のテロ攻撃みたい。複数同時に起こっていてセキュリティーも混乱しているわ。
航宙管制も応答しないから、今すぐ逃げちゃってちょうだい』
「テロ組織にそんな力があったんですか?」
マリーン船長の通信に、少々話が違う、などと思う唯理だが、事前情報と実際の状況が違うなどよくある。文句を言っても詮無い話だった。
そんな事を思いながら改めてレーダーマップを見ると、確かに惑星上のあちこちで小規模な戦闘が起こっている。悪い時に来たらしい。
『戦力差があっても自滅覚悟なら何でもやるわな……。今一帯の通信波拾ってデコードしてる。
防空システムが立ち上がってやがるから、首都上空を通るのはヤバい。こっちはIFFが登録されてるかも怪しいから、迂闊に上がると撃たれかねねぇ。
安全なのは都市内を低空で突っ切って防空圏外に出て軌道上まで上がる事だ。
ルートを送る。ハイウェイに沿って東方向に行け。そっちは戦闘が起こってない。上で合流するぞ』
合理的判断を完全に無視した、と思われるテロリストの行動に、呆れたように言うオペ娘のフィス。
しかも、そのせいで都市の防衛システムが空域を完全封鎖してしまったのはえらい迷惑だった。自分達は敵ではないのだから攻撃される事はないだろう、というのは楽観論に過ぎる。
実際の敵味方識別は出来ているのか、と確認するにも惑星の航宙管制はテロの対応で手いっぱい。ノマドからの問い合わせなど
よって、船団長と唯理は自力で安全圏まで離脱しなければならない。
「了解。先行します。メイ、ラヴ、あとそっちのチームはシルバースプーンに張り付いて離れるな。敵が出たらこっちで片付ける」
非常事態にあって動きの鈍い味方に率先し、唯理の操る灰白色のエイムが小型艇の前に出る。
有無を言わせぬ口調に、部下のお姉さん方は無論の事、別チームのエイムも言われた通りに小型艇の周囲を固めた。
低軌道上のパンナコッタから移動ルートが送信され、それに従い小型艇と護衛機のエイムは、戦場と化した巨大都市の只中を高速で飛翔する。
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