36G.ナチュラルセンス ディストリビュート
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銀河系を構成する渦巻く星の大河のひとつ、ペルシス・ライン。
その銀河最外周に近い位置にある『ターミナス』
貨物船パンナコッタのお手伝い係、人形のように愛らしい双子、リリスとリリアは船団のフラグシップである巨大輸送船『キングダム』に来ていた。
その第12居住区。
船体最下層の端にあるブロックだが、特に居住区ごとに身分の違いや差別があるワケではない。
船長の名の下、乗組員は役割に応じて明確に階級が分かれているが、全ての居住区は平等な環境にあるはずだった。
ところが何故か、不思議と居住区ごとに特色という物が出て来る。
第1居住区は家庭持ちが集まり易く、第4居住区は肉体労働系のマッチョが集まり易く、第6居住区は技術系や職人肌の人間が集まり易い。
そして、第12区は秘密を持つ者やクセ者が集まる場所だった。
区画構造は1区から12区まで変わらないのだが、1区は清潔で整理されているのに対し、12区は薄汚れて照明も少し薄暗い。
可憐でコケティッシュな双子がやって来たのが、そんな場所だ。
「マルトー、来たよー」
「おーいフォリアン
リリスとリリアのふたりは、第12区内でも特に奥まったある店に入る。
自動ドアを潜った内部は、古いレコード屋か
「おー! リリスちゃんリリアちゃん久しぶりー! いつ船団に戻ったの!?」
双子の来訪に、店の奥にある暗がりから出て来たのは少し太めの男だ。二の腕の先から
見た目の年齢は20代後半から30代前半。
店主の『マルトー』という。
「新しいNSV入ってるー?」
「プレイアブルのねー。女の子のヤツがいいなー。出来れば赤毛のお姉さんを淫乱に調教していくような」
「いやいやマズイよリリスちゃんリリアちゃん、この前それでおたくのオペレーターさんに滅茶苦茶睨まれたんだから」
挨拶もそこそこで気楽に要求してくる双子に、太め店長のマルトーは渋い顔を返していた。
表向きアンティーク(ジャンクや中古品)を販売しているマルトーの店だが、実のところ大っぴらに売れない物や規制がかけられている物、あるいは売買が禁止されている物を秘密裏に取引する店である。
と言っても、禁止薬物や武器といった危険物の
主となる売れ筋商品は、販売できる対象年齢が決まっているような代物。
例えば、全感覚シミュレーションシステム『オムニ』の専用ソフト、
何かというと、つまり
それら成年向けNSVは、双子の年齢だと購入もプレイも不可となっている。
そこを曲げて売ってしまうのがこのマルトーの店なのだが、以前にパンナコッタ所属の吊り目オペレーターに見咎められ、危うく店のシステムをフッ飛ばされそうになっていた。
規則で禁止されているとはいえ、エロゲーくらい誰に売ろうと本来は吊り目オペ娘もとやかく言う気は無い。実際、キングダムに限らずどこでも黙認されている事だ。
だが、
なので、この時ばかりは船内規則を理由に販売を差し止めていた。
リリスとリリアはそんな事気にしやしないのだが。
「えー? 平気だよー、黙ってればフィスには分からないって」
「いやウチのシステム監視されてるしねオペレーターさんに。今度こそ全デリート喰らう」
「おねがーいマルトーおにいちゃーん。せっかく新しいオムニを買ったしー、今まで出来なかったNSVで遊びたいのー。ね? ほらほらー」
「そ、その手にはもう乗らないぞ! ああでも短いスカートの下の生フトモモとか諸々が眩し過ぎる!!?」
必要に迫られ職業倫理を叫ぶ太め店主だが、双子の方は揃いのポージングの上でフトモモ強調のパンチラ攻撃。この娘たちは普段から
これをギリギリ耐えるマルト―だが、理性ゲージは8割を削られていた。
今まで何度この手にやられて不利益を被って来たか。
「絶・対、ダメ―! 本日を以ってフラグショップ『サークルマート』はマーチャント・レギュレーションを順守する店に生まれ変わります! アダルト認定を受けていないお客様に対象外VMはお売りできませんので悪しからず―!!」
しかし、そんな不利益も累積すれば商売あがったりの危機なワケで、遂に理性が本能を上回るに至った。非常にいまさらではあったが。
マルトーは双子の要求を完全に拒否。
艶やかな肌色と黒のコントラストからも、断腸の思いで目を逸らした。
「むー……マルト―のクセにー!」
「むむ? 生意気なフォリアンめー! そんなにNSVのちっちゃな子の方がイイかー!」
「人聞きの悪い事を言わないで! 僕はそもそもグラマラスでバインバインなのが好きなんだYO! フトモモとかその他に目が行くのはこれはもう生物学上のオスとして本能で――――――――!!」
今までにない反抗的な態度に睨みを強める双子だが、それでは解決の手段にならないと判断すると、アプローチを変える事とした。
「もー仕方ないなー。それじゃーこれ上げるから」
「貴重品だよー。スペシャルメイドのフードレーション」
「は? 『フードレーション』? いや他のヒトの貰っても味がわかンゴッ――――――――!?」
この時代、食べ物というと個々人が自分用に味覚調整したフードレーションが普通であり、特化され過ぎたその味は他人には合わないとされる。
某21世紀出身の赤毛娘の見解では、味覚障害に近いのでは、という話。
だというのに、双子は問答無用で茶色のピースを太め店長の口にブチ込んでくる。
いきなり口の中に何かを放り込まれたら、人間の反応として当然吐き出そうとするだろう。
が、双子はそれを許さず、ふたりがかりで店長の口元を押さえ付けていた。見た目の光景は暗殺か何かに近い。
「ンフゴー!!?」
「食べられない物じゃないって―。食べてみればビックリするよー」
「そーそー絶対ハマるから。エロSVみたいになー!!」
吐き出すにも吐き出せず、ついでに息も出来ずに白目を剥いていた店長だったが、その時偶然口の中の物を噛み砕く。
すると、当初は変な歯触りに変な匂いだと思っていた物体に対し、妙な感想を抱き始めていた。
何とも言えない。
それは美味しいとか不味いではなく、不思議と強く興味をかき立てられる味だった。
「フグ? フゴ……フゴ……??」
気が付けば勝手に顎が咀嚼している。落ち着いて受け入れてみると、何となく甘い事は分かるが、他は全てが未知の感覚だった。
あるいは過去の人間なら、香ばしさや旨味といった食感を覚えていたかもしれない。
「食べたね?」
「それじゃ、これもあげるー。もっと味わって食べてみなよー」
店長の口元を押さえていた双子は、身体から離れると手にしていたペーパーボックスを差し出す。
10×10×7センチ程の箱の中身は、先ほど食べさせられた茶色のピースと同じ物が10個ばかり入っていた。
見てみると、何だかよく分からないキャラクターや宇宙船の形に作られているのが分かる。
マルト―店長はもはや無心で、その茶色のピースを口に入れていた。
この宇宙に生まれ落ちて30年。
未調整フードレーションを食べるなど物心つく前の事であるが、その行為に不思議と全く違和感を覚えなかった。
それどころか、酷く懐かしく、当たり前のように感じられ、極自然に食べられる。
ピースを口に運ぶ手は止まらず、今や店長はハッキリと感動を自覚し、『クッキー』と呼ばれるレーションを噛み締めていたが、
「あ、お姉ちゃんこれなんかどうかな? 『淫乱処女惑星―肉色の重力波―』。エロそー」
「えー? それならさっきの『美少女ソルジャー―挿入される悦楽のオーグメント―』の方が絶対良いって―」
「ちょ!? 何してんのおふたりさん!!?」
その隙に、双子の少女が勝手に商品在庫を漁っていた。
◇
マルト―のアンダーグラウンドショップからNSVの量子ソフトを強奪した後、双子の少女は同キングダム船内のある施設へ向かった。
そこは
「わー! リリリリ姉ちゃん久しぶりー!」
「キャー!! リリちゃんだー!!」
谷型となっている第7区の上部、屋上と天井の間には、身寄りの無い少年少女が共同生活を営む部屋がある。
リリスとリリアが入ると、小さな子供を先頭に顔見知り達が一斉に駆け寄って来た。
「みんなただいまー!」
「みんなおかえりー!!」
兄弟姉妹とも言える面々と再会すると、双子は皆にお土産を差し出す。
それは、アングラショップの太め店長に渡したの同じ、この時代ではほぼ絶滅した手作り菓子のピースだった。
某店長と違い、子供たちはお菓子に対する順応性が高く、僅か一口で全員がその虜となってしまう。
到底20ピースばかりで満足出来るものではなく、その反応に気を良くした双子は、すぐさま喜び勇んでパンナコッタへ戻る事とした。
新たなクッキーを調達する為である。
その同時刻、
「……は? 『訓練無し』?? ですか???」
「ああ、やらない事はないが、特に義務付けられてはない。完全に個人の努力に任されている」
パンナコッタの
この度、不本意ながらヒト型機動兵器『エイム』のひとチームを率いる事になったのだが、その具体的な運用をどうするべきか、とメカニックの姐御に聞いてみたら、信じられない答えが返ってきてしまう。
実戦を想定した護衛機が訓練無しとか、それは遠回しな自殺なのだろうかと赤毛の少女は思った。
特に決まった訓練が船団の防衛規則上定められていない、という事は、個人の力量はバラバラで組織立った作戦行動なども想定されておらず、部隊戦闘単位での運用なども不可能という事だ。
道理で、『実際の警備は各船の指示で』とか『戦闘時は各自の判断で』とかワケの分からない命令――――――こうなると命令かどうかすら怪しい――――――が船団本部から下りて来ると思ったら。
つまり、ヴィジランテもそうだったが、明確な指揮命令系統が存在していないのだろう。
指揮官だと思った船団長にも、指揮権など存在していなかった。
軍ではないから当然、という理由で。
強いて言えば、所属船の船長の指示が一番拘束力があるだろうか。だがそれにしても、命を賭けろ、とまでは言えない程度のもの。
役割を振られたら、後は給料分働くだけ、という事らしい。
よくもまぁこんなやり方で今まで船団を防衛出来ていたな、と赤毛娘は心底呆れていた。案外キングダム・スピリットとか強いのだろうか。
こうなると、ヴィジランテの増長も理解できようというもの。
船団を守るという役割と、荒事専門であるという自負、そして命令権を持たない上層部に放任されたとなれば、これはもう好き勝手やって良いという裁量権を与えられたものと勘違いするのも仕方がない。
少し悪い事をした、と思ってしまう唯理である。
しかし困った事になった。
訓練できない命令も聞かないどう動くか分からない部下を持つなどまっぴら御免だ。纏められる気がしない。自分ひとりの方がよっぽど良い。
軍において、兵士は上官からの命令に服する義務がある。不服従となれば刑罰も科される。
この原則があるからこそ命を張らせるような命令も出来るし、友軍が作戦通りに動くという信頼性が担保できるワケだ。
無論、共に闘う仲間への信頼や個人の信念なども重要な要素となるが、大勢の命を守る義務を負う者としては、そんな曖昧なモノに依存できない。
安全保障は厳格なシステムにおいて成されなければならないのだ。
どうして21世紀の女子高生がそんな考えを持つのかは、相変わらず本人をして謎だが。
とはいえ、部下を預けられてしまったからには仕方ない。どうにかこうにか使いこなさねば。
船団の論法から言うと唯理も命令に従う義務は無いのだが、マリーン船長にお世話になっている義理はある。
ならば、預けられる部下とやらも同じ境遇であるのを期待し、とりあえず一度顔を合わせてみようかと思った。
そんな方策を唯理が立てていた所に、嵐を呼ぶ双子がパンナコッタに帰船して来る。
リリスとリリアのふたりは一直線に
恨み骨髄に入るオペ娘、フィスに「ここで会ったが100年目」とふたり揃って絞め上げられたが、それでもめげなかった。
パナンナコッタせんべいに続く、新たな流行の
などと唯理は思いながら、他のお姉さん方の反応も上々だったので、双子のリクエストよりやや多めにクッキーを生産してみた。
双子曰く、「キングダムにいる友達に分けてあげる」のだとか。
微笑ましい話ではないか。
いざ焼いたら全てを持って行こうとした双子とオペ娘の間で戦争になったが。
全然微笑ましくない。
だが、本当に問題になったのは、その後である。
戦争終結より2時間が経過したころ、船団内のネットワークを通して唯理の
その内容は、またしてもクッキーを増産して欲しいという双子からの要請。
作れない事はないし、材料だっていくらでもあるが、流石に赤毛の少女も眉を
既にこの5時間の間に、200ピース以上作っているというのに。
「何やってんだ、あの双子……? いくらなんでも喰い過ぎだろ」
「これはー……もしかして…………」
いくら美味いからってそんなに食べられるものか、と訝しむオペ娘。流石に多過ぎる。
そして船長のお姉さんは、何が起こっているか大凡のところを推測していた。
多少面食らったが唯理としても拒否する程の手間ではなく、また材料もほぼ無限という事で、クッキーの第三次生産開始。
それに船長からのお願いで、メガネエンジニアのエイミーやオペ娘のフィス、メカニックのダナも手伝いに加わり、揃ってクッキーの生地を捏ねはじめた。
「こうして手作業でフードレーションを作れるって、不思議な感じ」
「オレはユイリが作るの見てたから分かるけど……フードディスペンサーとアセンブラで作れねーってのは、いったいどうなってんだ?」
オペ娘が眉を
唯理の知る限り、恐らくクッキーは最も単純な料理(菓子)のひとつだ。材料を捏ねて一口大に切って焼くだけである。その材料が手に入らないので死ぬほど苦労したが。
しかし、
同じ材料に同じ工程なのだからクッキーも同じ味になる、と思いきや、いざアセンブラに作らせてみるや、手作りだとどれほど味に差異が出るか浮き彫りになるのだ。
「これ……完成形としては正しいのか? なんか、ユイリのと違くね?」
「ちょっとダマになってる。もう少し捏ねた方がいいかもね」
「手が疲れたー……。ユイリ、毎回こんな苦労して作ってたの?」
「…………意外と力作業だな」
作業自体は単純だが、それぞれが一抱えほどもある生地をキッチン台の上でグリグリやるのだ。特に非力な娘達は、早々に音を上げていた。
そうして、最終的に小さな操舵手のスノーや船医のユージーンも引っ張り出され、クルー総出でクッキー生地を量産し、各々形へ整えて
好きな形のクッキーに出来るとあって、その辺の作業は皆楽しそうだった。完全に個性が出る。
加熱機の増設とクッキーの型に関しては、通常の生産システムが猛威を振るった。
エイミーの手により更に熱伝導効率の良い加熱機が設計、製造され、型のように原始的な道具など一瞬で作り出される。
味は
「エイミー、おまえ……これ、何?」
「わ、惑星……?」
「いやヒトの顔だろ。完全に非知性体クリーチャーになってんけど」
「分かってるなら言わないでよ!!」
変な形になっても個性である。
悲鳴を上げるメガネの少女も、ありのままの結果を受け入れざるを得ないのだ。
キングダムのドックへパンナコッタを着けると、居住ブロックの第7区へ向かった。
唯理とエイミーにフィス、ダナが船を降り、それにマリーンも同行していた。
リリスとリリア、双子のいる施設というのは皆も良く知る物らしく、特に迷いもせず左翼の最上階へ到着。
が、その少し手前から、何やら異常が発生しているのを確認できた。
中央空間側に面したテナントなどの入る部屋と違い、左右ブロックの内側はほぼ完全に一般人用区画となっている。
そんな所に詰めかける人々。数は300名ほど。
エレベーターホールから目的地の施設まで、短い通路がヒトで埋まっていた。
「もうすぐ来るから待っててよー!」
「今作ってるから―!!」
その奥、孤児院の方から聞き覚えのある双子の声が聞こえて来る。
手を振り回して群がる者どもを宥めているのは、切羽詰まった様子のリリスとリリアだ。
周囲の者たちは、何やら期待をもって集まっているようだった。
「あー! ご主人様きたー!!」
「遅いよお嬢さまー!!」
人々をかき分けて進むと、現れた唯理たちを双子の少女が大声で呼ぶ。
心細かったようで、ふたり揃って涙目である。
「『遅かった』じゃねぇ、何だよこの騒ぎはバカ双子」
そんな双子に不機嫌そうな半眼を向けるオペレーターのフィス。
船長は困ったように微笑むだけだ。
つまり、クッキーという驚きのフードレーションの存在が知れ渡ったらしい。
この時代の人間には、事によっては一生口にする機会の無い
他の多くの者がそうであったように、孤児院の少年少女以外の者は食べて暫く戸惑っていたが、すぐさまその本能に訴える美味しさに夢中になっていた。
それどころか、あまりの衝撃に食べた者が話を広め、知り合いや友人が『クッキー』とかいう謎のレーションを求め孤児院にやって来る。
食べ物関連の話題というのも、
また、船団が大損害を受け雰囲気が悪くなっていた今だからこそ、このようなトピックスが注目を浴び易いという事もあった。
そうして噂が噂を呼び、アッと言う間にこの騒ぎというワケである。
「これがレーションなのか? 樹脂みたいだぞ?」
「プロエリウムの咬合力でも簡単に壊れるんだよ」
「俺にもくれ!」
「誰の味覚にも適合するレーションなんだぜ」
「平均値で出しているのか?」
適当なテーブルを持って来て大量のクッキーを広げると、瞬く間に無くなっていく。
手に取ってからの反応も、すぐに齧り付く経験者、それを見て恐る恐る口にする者、匂いや見た目を確認の上ハンディスキャナーで成分と毒性を調べる者、と様々だった。
しかし、その後の行動はほぼ一致している。
「なんだこりゃ美味いぞ!?」
「不思議だ……でも悪くない」
「おー……口の中でザクザクいって、止まらねぇ」
クッキーは皆に好評だった。
いまいち頼りない記憶によれば、唯理もクッキーが嫌いだという人間にはお目にかかった事が無いように思う。甘いもの自体がダメだという者はいただろうが。
とはいえ、唯理の作ったそれは、それっぽい材料から作った合成クッキーだ。
本物のクッキーは味も風味も食感こんな物ではない、と思うと、若干後ろめたい思いだった。
だが、そんな事は知らない船団の者にとっては、今ここに存在するクッキーこそが大問題な代物である。
「これいいな! ディスペンサーのデータはネットワークに上がってるのか?」
「えー? ご主人さまー、コレってディスペンサーじゃ作れないんだよねー?」
「うん、まぁ……専用の製造ライン組めば自動で作れるかもしれないけど、多分フードディスペンサーの機能だけじゃ無理、だと思う……。ね、エイミー?」
「見た目だけなら同じ物が作れると思うけど、多分同じ味にはならないよ?」
顔の真ん中に大きな単眼を持つ男性に詰め寄られ、少しばかり腰が引ける赤毛娘。
他にも、同様の要望を持つ住民の方は多そうだ。
こんなに美味いレーションがあるなら、自分のところいつでも自由に作れるようにしたいと思うのは当然の事ではある。
しかし、唯理のクッキーはフードディスペンサーで作れないからこそ、試行錯誤の果てに生み出された物。
材料のデータはあっても、アセンブラの作業工程データなど存在しなかった。
「ハンドメイドなのか!? 先進惑星や大型客船みたいだな! そんな手間をかけているのか」
「いや『手間』ってほどでは……。材料の合成に手間取ったけど、後は分量の割合を守って混ぜて捏ねて型で切り出して焼くだけだし」
「ユイリお前それで死にそうになってたじゃねーか…………」
といってもそれは赤毛娘の感想であって、そう大げさな評価でもなかったりする。
唯理は簡単に言うが、今日日そこまで食べ物に手間をかける者もそうはいない。基本的にフードディスペンサーが全てやってくれるのだから。
それに、肝心な材料の合成で赤毛娘が七転八倒しているのを、呆れ顔のオペ娘は近くで見ていた。
以上、唯理の説明を聞いた者達の反応は、大きく2つに分かれる。
ひとつは、飽くまでも自力でのクッキー入手にこだわり自作も辞さないというチャレンジャー。
もうひとつは、自力での調達を諦めパンナコッタに供給を求める消費者。行きがかり上、パンナコッタが製造元と思われていた。
その後、前者に関してはキングダム船内にて手作りフードレーションというブームを起こし、後者は余裕がある時に唯理が作り船内ショップに卸すという事となる。
だが、この件の本質はそんな表面的な変化に留まらない。
ただの手作りクッキーの存在が、今後の船団に様々な影響を及ぼしていく事になるのである。
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