35G.ハンドメイドクッキーギア

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 ターミナス恒星系グループの本星、テールターミナスまで、約2,000万キロを残す地点。

 ノマド『キングダム』船団が減速をはじめた頃の話だ。


 拾った船、バーゼラルドクラス改めパンナコッタⅡの運用も落ち着いたと思ったら、ヒト型機動兵器『エイム』関連の仕事で忙しくなりそうな予感の21世紀出身赤毛娘、村瀬唯理むらせゆいり

 ならば、惑星に着くまでの僅かな時間でも有効に活用し、この宇宙時代における自身の生活環境の改善を図りたく思う次第である。


 つまり、料理問題という継続案件についてだ。


 この時代で食事と言うと、元素変換融合機トランスフュージョン・マテリアライザーと称されるシステムで作られた、味も素っ気も無いフードレーションがそれにあたる。

 銀河に住まう多くの人々は、当たり前にこのシステムを用い、栄養素の保障されたフードレーションを食べる事に慣れ切っていた。

 だが、21世紀で生活していた少女からすると、これが少々耐え難い代物だったりする。

 よって赤毛の少女は、自ら食べられる物を作り出さねばならないのだ。


 今までも唯理は暇を見て、元素変換融合機T.F.Mをフードレーションに特化させたフードディスペンサーを用い、研究と開発を進めて来た。

 最初に作った小麦粉モドキと『パンナコッタせんべい』から後、主にパンや米といった主食の開発を目的として活動してきたのだが、結果の方は芳しくない。

 これは唯理の知識不足が大きいだろう。

 T.F.Mは使いこなせば大抵の物質は再現できた。しかし、『パン』と一言に言っても炭水化物とタンパク質、脂質、糖分、等に占める割合という物があり、その物質として、または分子として固有の構造がある。

 つまりどれかひとつ構成要素が欠けても、唯理の知る21世紀の『パン』にはならないのである。

 料理の知識はあっても、その化学組成など知るはずもないのだ。


 パンを作ろうにも本物の小麦が存在しない。高度なテクノロジーも知識が無ければ使いこなせない。

 以って、唯理は試行と独学で分子レベルからパンを再現するという高度なんだか低レベルなんだかよく分からない苦行を続けていると、こういう進捗状況になっていた。


 とはいえ、もはや唯理は自分ひとりの努力に限界を感じているのも事実。

 料理は日常的にやっていた――――――と思う――――――し、人並みの科学知識もある。

 でも、小麦、米、イモ、牛肉、豚肉、鶏肉、魚肉、キャベツ、レタス、白菜、ホウレンソウ、玉葱、ニンニク、以下無数の食材まで元素のレベルから作るなんて土台無理な話。その前に寿命が尽きそう。

 確実に作れるのは、水や塩といった単純な物質だけだろう。

 水でさえカルシウムやマンガンが含まれている事を思えば、唯理が適当に作る純H2Oなど『水』というよりは『水分』といった方が良いかもしれないが。


「……一般データベースにその辺の情報が残っていればよかったんだけど」

「フードレーション関連の事なんて無かったなぁ……。今のところ内容が分かるのは船の改修ログくらいか?」


 パンナコッタⅡのキャビン後方ダイニング・キッチンにて。

 ひとりごちる赤毛の少女へ、ソファーに座る吊り目のオペ娘が相槌を打っていた。

 その脇にあるテーブルには、皿に乗った大量のスナック菓子が。

 パンナコッタせんべいの人気は、未だ留まる所を知らない。


 船の入手以降、オペ娘のフィスは制御システムの詰まったメインフレームの解析を続けていた。

 その中には当然の如くデータベースも含まれているワケだが、現在までに参照できたのは、船の整備と改修の記録ログ程度。食糧の生産に関する記録など残ってはいなかった。


 だが、これは少しおかしいと唯理は考える。


 本船バーゼラルドも、発見された時点でT.F.Mを搭載していた。それも、現在のシステムと比しても最高級品と遜色ないレベルの機器がだ。

 ところが、記録を見てもそうだが、その機器がフードレーションに用いられた形跡が無いのである。


 通常、食料を作るT.F.Mフードディスペンサーは船の補修素材や燃料に用いる触媒を作るT.F.Mの機械と分けて用いられる。

 これは単に気分の問題ではなく、ともすれば非常事態でフル稼働を強いられるシステムと、生命維持に無くてはならないシステムを分けて運用する為だった。

 ところが、バーゼラルドが食糧専用のT.F.M、フードディスペンサーを置いていた形跡は無い。

 船内に生活感を残す物なども置かれていなかった為、過去の乗員が下船の際に持って行ったという可能性もあるが。

 あるいは、かつてのバーゼラルドの船員は、T.F.Mを食料の製造に用いてなかったのだろうか。

 流石に、食事を摂らなかったというのは考え辛い。


 何にしても、バーゼラルドのメインフレームと管制AIは、唯理の過去を、ついでに食生活の改善案も示してはくれなかった。

 それどころか管制AIは唯理に対し、自分Lv,10の過去など知っていて当たり前だろう、と言わんばかりの態度。

 もう唯理はヤツAIには期待しない。自力でどうにかするのみである。

 食事に関しては心が折れかけていたが。


 もはやどこからどうアプローチして良いか分からず、無聊を慰めるが如く無心にパナせんを乱造する赤毛娘。

 小指サイズのスナック菓子の生地を金属プレートに乗せ加熱機オーブンに投入。後は焼き加減から何から全自動だ。

 無駄に高性能ハイテクであるが、かと言って全ての工程を機械に任せると、味や食感までが均一になり旨味が出ないという問題があった。


 パナせんは初期から改良を重ねているが、単純な作りである事に変わりはない。小麦粉もどきパウダーをベースに、塩分と水と塩と砂糖と油分を混ぜて捏ねて焼いただけである。

 こんな物でパンが作れるワケがない。失敗の副産物だ。

 だが同時に、そして遺憾な事に、これが唯一の成功例とも言える。

 むしろ、今のオペ娘のように美味しそうに食べてくれるヒトがいるのだから、この路線で行くべきかとさえ考えてしまった。

 主食を得るという本来の主旨をぶん投げる事になるが。


 要するに気分転換である。これと言って新たな手法に心当たりがあるワケでもない。

 パナせんを作った当初に気付いていたが、この材料構成は、要するにクッキーであった。

 クッキー、つまりタンパク質を少なくした小麦粉である薄力粉に、砂糖、バターやマーガリンといった油分を混ぜて焼いた物。小麦粉をベースに作った食べ物として、似通うのも必然だったのだろう。

 これをクッキーにしようと思えば、単純に小麦粉を薄力粉に変えその他材料の比率を変えてやればよい、と。


 しかし、それではあまりにも芸が無いので、もう少し工夫を凝らしてみる。

 唯理が好きだったのは、バターをふんだんに使っているシンプルなプレーンタイプ。例によってバターが無いので香りだけでも近づけられないかと油分の合成に挑戦。

 最初は機械油のような臭いになり胸やけを起こすが、最終的に仄かに乳成分の香りを持つ固形油の作製に成功した。

 これを薄力粉モドキに混ぜれば、と思ったのだが、今度はタンパク質抜きの小麦粉パウダーの作成に失敗する。何やら粒子の細かい単なる粉になってしまったのだ。


 なるほどタンパク質が無いと粘りが出ないからパウダーが纏まってくれないんだな、と理解した唯理は、改めて成分を調整。どうにか薄力粉っぽい物を作る。

 このパウダー6に対して、バター風味の油分を2、スクロースを主成分とする砂糖を3、以上の割合で材料を混ぜベースを作成。

 ここから更に工夫した。


 そうして、約3時間後。


「ご主人様―、これなんの匂い―?」

「お嬢様―?」


 仕事に戻ったオペ娘と入れ替わりに来た、キッチンで暇を潰している小柄な双子の少女。

 ふたりが見ている前で、赤毛の少女がオーブンから取り出したのは、鉄板の上で整列した茶色のピースだった。

 星や宇宙船、動物の形に型抜きされた、クッキー各種である。


 改めてそれが何か、と問われると、唯理としては少し恥ずかしい。変に面白くしようなどと考えず、素直に正方形にでもしておけば良かった。

 だが、手を加えたのは見た目だけではない。粒子の荒い砂糖をまぶしたり、少々焦がして味のアクセントにしたりと中身も多少変えている。

 その他、合成バター複数種を混ぜコクを出したり、クッキー生地の密度を変えてサクサク感に強弱を付けたりと、狭い範囲でどうにかこうにか個性を出すべく手を加えていた。


 キッチンでゴロゴロしていた双子は、当然の如くパナせん狙いだった。また出来た端から強奪して行こうという腹である。

 ところが出来上がった物は、今までのスナック菓子とやや趣を異にしているという。

 そうでなくても、食事なんざフードレーションによる必須栄養素の補給に過ぎない、という風潮の現代。

 パナせんの時もそうだったが、21世紀娘の唯理が作った物を初見で食べ物・・・だと理解出来る者は少ないと思われた。


 反面、一度食べるモノだと分かると、その爆発力は凄まじい。


 二千数百年を経たプロエリウム(人類)の本能でも刺激したのだろうか。

 デフォルメされた宇宙船のクッキーを齧った双子の少女は、暫し神妙な顔でその味を噛み締めていたと思ったら、


「ご主人様これ半分ちょうだい!」

「ちょうだい!!」


 唯理の返事も聞かず、30ピース程のクッキーを持ってどこかに突っ走って行ってしまった。有無を言わせない勢いである。

 ちなみに、残り半分の30ピースも、逃走前に双子が全部食べた。テイクアウトとは別枠だったらしい。


               ◇


 そんな一連の顛末を聞いた、吊り目オペレーターのフィスの一言。


「よし、バカ双子ブッ殺す」


 パンナコッタⅡの格納庫にて、オペ娘とエンジニアの少女、それに赤毛はヒト型機動兵器の整備中だった。

 本来は担当メカニックの姐御も一緒の作業なのだが、現在のパンナコッタには自動整備ステーションが入っていた為、ある程度はオートメーションでの整備が可能となっていた。その為、メカニックのダナは機関部で仕事中だ。


「いやー……わたしも全部持って行かれるとは思わなんだな。まぁまた作るからいいけど」

「そう言う問題じゃねぇ。ヒト様の分まで掻っ攫っていく性根が問題だってんだあの双子ども」

「『クッキー』……? パナせんとは違うんだよね? 楽しみ」


 こっそり唯理の手作り菓子にハマっているオペ娘としては、それらを度々独占する双子が不倶戴天の敵となりつつあった。

 どれだけ怒り狂おうと、双子の方は懲りもせず同じ事を繰り返すのだが。

 唯理は自作の菓子がどこへ消えようと大した問題ではない、と思っているが、これについては相変わらず現代における手作りの食べ物に対する認識が甘いと言わざるを得ない。

 それが今回の騒動の原因となるのに。

 そしてエイミーは、ヒト型機動兵器を囲むステーションのアームを操作しながら、ノンビリとした感想をのたまっていた。

 その姿は情報機器インフォギアの操作表示が無ければ、魔法使いが指差しで機械に「動け」と命じているようにも見える。


「えーと、新しく装備した高出力レーザー砲と、マルチヴァーティカルランチャー。それに空力ユニットね。

 本体の背中にあるウェポンローンチは空力ユニットで塞がっちゃってるから、ユニット側のローンチに接続してるよ」


 ステーションが床の土台ごとエイムの後ろに移動すると、複数のアームが保持する装備を接続していく。

 背面部のブースターユニットは折り畳まれた翼のような物が付属した機種と換装され、その上部にはエイムの全長ほどもある細長い砲身と、もっと太く短い箱型の射出機が搭載される。

 それらは、大気圏環境での飛行用ブースターと、火力増強の為の高出力レーザー砲に、キネティック誘導弾用のランチャーだった。

 今後増えそうな戦闘状況や、惑星上に降りる事を想定した装備である。

 これらも船団内で調達した物だ。


「空力ユニットは前の物とそんなに性能差無いんだけど、原始的でも効果翼が有ると大気圏内の飛行が安定するしね」

「惑星に降りる装備はこれだけでいいの? ロケットブースターのまま?」

「そうよ?」


 唯理の常識としては、真空の宇宙ならともかく大気の有る惑星上なら、ロケットエンジンよりジェットエンジンの方が効率が良く思える。

 が、小首を傾げるエイミーには、今一伝わらなかったらしい。


 ざっくり言うと、ロケットは燃料を爆発させ反動を推進力として利用する機関。ジェットは、取り込んだ外気と噴霧した燃料を混合し、爆発により推進力を得る機関だ。

 外気を使う分、燃料の消費効率はジェットエンジンの方が良い。当然、大気の無い真空中では使えないワケだが。

 しかし、惑星『テールターミナス』では大気圏内に入る事が想定される。

 唯理は機動性能の調整に関して、もっと大がかりなセッティングがあると思っていたのだが。


「ユイリ……ジェットエンジンにしたいの? でもアレ真空じゃ使えないよ? 大気組成の違いで燃料触媒の性質も変えないとダメだし、空気の取り入れが上手く行かないと不完全燃焼を起こしてエンジン止まるから信頼性でちょっと落ちるし」


 その辺の疑問を素直に口に出すと、エイミーに怪訝な顔をされてしまった。

 ジェット方式が宇宙で使えない事くらいは分かっているが、他にもまた常識知らずな事を口走ったようで、恥ずかしい思いをする赤毛である。


 専門家のエイミー先生曰く、ジェットエンジン搭載の機体はこの時代にも存在するが、それは惑星改良テラフォームされた星の、ほんの一部でしか用いられていないとの事だ。あまりにも限定された条件下での用途か、ほぼ趣味の範疇だとか。

 前述の通り、用いる環境の大気組成によって混合する燃料の性質も変えねばならないし、場合によってはジェットエンジン自体専用の物が必要になる。

 そうなれば整備と機械調達の手間もかかるのだが、そこまでする程ジェットエンジンは高性能というワケでもない。

 そもそも、この時代のロケットブースターは非常に燃焼効率が高く燃料を使い切るという事がほとんど無いし、パワーはジェットエンジンと比較にならず、あらゆる環境で使用が可能な推進システムだ。

 事によっては、反動推進など使わなくても重力制御だけで推進力を得れば良い。

 手間暇を考えたら、ジェットエンジンを使う必要など全くと言って良いほど感じられなかった。


 と、唯理は以上の事を丁寧に説明されてしまった。分かっていた事だが、やはり21世紀とは技術力が桁違いな分、常識も異なっている。

 以前は最新の兵器とテクノロジーを扱っていたのに、今やすっかり骨董品な己に大分ヘコんだ。


「で、でもユイリの言う通り、惑星上と真空中の違いで、もっと調整が必要な機体も多いんだよ?

 プロミネンス……スーパープロミネンスMk.53は元々全環境対応だから、今までも惑星から宇宙を行ったり来たり出来たワケでー…………」


 若干ションボリする赤毛に、本人にも良く分からないフォローを入れるエイミー。

 ジェットエンジンに関しては大分物知らずな発言だったが、環境によって機体の特性を変えるという発想そのものは間違っていない。

 実際、現世代機はコスト圧縮や性能特化という目的によって、宇宙と地上でハッキリ用途が分かれている機種も多かった。

 耐大気構造、耐圧システム、大気中と真空中の機動特性の差異。その両環境に対応させる機体というのはコストがかかり過ぎ無駄が多い、という理屈である。

 一方で、宇宙船に比べて小型で重力制御が容易なエイムは、惑星上と宇宙空間の往復も簡単に行えた。

 とかく機動兵器としての役割を求められるヒト型重機械エイムが、地上と宇宙の双方で速やかな展開能力を持つというのは、大きなメリットがある。

 正解を言えば、どちらでも用途に応じて選択されるべきだった。


「確かー…………プロミネンスの最新型なんかは、構成変えないと地上に対応出来ないんじゃなかったか?」

「うんそう! 『プロミネンス・バースト』シリーズからはオプション式になっちゃったから。

 …………ウチにもバースト入れる? 連邦の最新型だから調達はちょっと難しいかもしれないけど、共和国の業者なら手に入れてくれるだろうし」


 何の気無しに言うフィスと、強引にそれに乗っかり唯理に気を遣うエイミー。

 無論、そこまでさせるワケにもいかず、赤毛娘は丁重にお断り申し上げた。

 高性能な機体が使えるのに越した事は無いが、唯理自身そこまでエイムの特性を熟知しているとは言えない。

 選り好みするのは、もっと勉強してからで良いだろう。


「あとアレだ……エイミー、ユイリに『シールドキャビテーション』の説明した?」

「あ、そうだ」


 ここで、オペ娘が話題を変える。実は一番気にかけていたところだ。船のシステムオペレーターとしても、他人事ではなかったりする。

 エイミーも「忘れてた」と言わんばかりに手を叩いていた。


「ユイリ、大気圏内だとシールドが使えないのは話したよね?」

「うん、シールドが大気に反応してしまうから」

「そう、常にシールドがアクティブ状態になって、アッという間に過負荷でダウンしちゃうのね。シールドジェネレーターを別に積んでないエイムなんかだと、メイン動力落ちるから致命的だね。ウチのエイムは独立したジェネレーター積んでるけど。

 でもね、実は大気中でもシールドが全く使えないワケでもないの」


 真空中と大気圏の運用差で特に問題となるのが、エイムや宇宙船、その他多くの場所で用いられるエネルギーシールドについてだ。

 シールドは熱光学兵器、運動質量兵器、これらの進攻を阻止する高度な防御システムであるが、欠点もあった。

 展開に応じてエネルギーを大きく消費しジェネレーターにも高い負荷をかけ、よって長時間の連続展開が困難な点だ。

 特に、真空中と異なり1気圧以上の高密度な大気に触れていると、シールドにも常に高い負荷がかかる事になる。

 ましてエイムは平気で音速マッハ1――――――時速1,225キロメートル――――――を超えてくる為、シールドにかかる大気圧も巨大なモノとなるワケだ。


 よって、大気圏内でのシールド使用は大きく制限されるのだが、逆に大気圏内だからこそシールドを活用する場合があった。

 それが、『シールドキャビテーション』。

 大気圏内での高機動を助ける、防御用途以外のシールドとなる。


 前述の通り、エイムは毎秒24525Gメートルもの加速力を持ち、2秒も加速すれば平気で音速を超えてしまう。

 更に、音速の3倍マッハ3へ迫ると機体の高機動により進行方向の大気が圧縮、断熱圧縮が起こり高熱が発生する。

 機体ごとの装甲特性にもよるが、一般的なエイムは2,000℃や3,000℃なら問題無い。

 しかし、速度と経過時間により機体温度は際限なく高まり、4,000℃も越えれば機能に問題が発生し、生命維持機能にも限界が近づく。それにエイムが煮え滾れば、オペレーターの乗降や整備もままならないだろう。

 つまり、良い事はひとつも無い。


 大気が存在する以上、前進時に空気抵抗を受けるのは仕方がない事だ。真空中と違い、大気中では運動エネルギーも減衰する。

 そこで機体の高機動時に空気抵抗を分散するのが、シールドキャビテーションとなる。

 これは低出力のシールドで進行方向上の大気を迂回させる流れを作り、進行時の負荷を減じるという機能だ。

 シールドジェネレーター出力の許す限り、大気圧に制限されない機動が可能となる。


「大気圏内で最大加速を出す事はまずないと思うけど…………まずないと思うけど!」

「はいッ」

「地表だとシールドキャビテーションの有る無しで動きやすさが全然違うはずだから。最高速度も変わって来るし。使い方を覚えておいた方が良いと思うよ」

「今度のパンナコッタも大気圏内に降りられるんだよなー……。実際降りる事はないと思うけど、テストどうすっかな」


 エイミーとしては、唯理にこの機能を教えるのは少し抵抗があった。スピード狂の気がある、と思っているので。

 しかし、シールドキャビテーションは大気圏内戦闘において必須技術のひとつだ。

 万が一戦闘になった際、これを知らなければ大気圧の壁にへばり付き七転八倒する事になる。


 また、惑星上の航行能力を持つパンナコッタⅡにも、大気圏内を飛ぶ際にはシールドキャビテーションは有効な技術となる。

 だが、惑星内航行能力を持つクルーザークラスの宇宙船は希少だ。

 パンナコッタⅡはその性能をキングダム船団にも隠しており、惑星『テールターミナス』に降りる事は無いだろうが、システム担当オペレーターとしては準備だけはしておきたかった。

 広い宇宙と人生においては、何が起こるか分からないからだ。


 新しい機能の説明を受けた赤毛は、少し考えた後にエンジニアとの話を進める。

 この先のエイムの運用を考えると、ノーガードで事にあたるのは少々心細い。


「……通常の防御シールドが使えないワケじゃないんだよね?」


「ん? うん、大気圧で真空中より凄い負荷がかかるけど、短時間の展開なら大丈夫のはず……。ただ、その状態で高機動すると、多分シールドは一瞬で落ちるよ?」


「シールドキャビテーションと通常のシールドの併用は不可能?」


「それはー……基本的にどっちも同じモジュールから出てるシールドだから。設定を変えるだけだし。

 使い分けるとしたらモード変更で対応するしかないと思うけど……同じジェネレーターを使っているから、ダブルで負荷がかかるよ?」


「船団長の護衛に付くとなると、防御シールドは使えるようにしておきたいんだけど……。シールドキャビテーションは使わない方がいいかな」


「あー、なるほどね……。それならエイムにシールドユニットを装備させればいいよ。自前でジェネレーターを内蔵したユニットなら、シールドキャビテーションと通常の防御シールドで負荷を分散できるよ」


 唯理の注文で、整備ステーションの脇に懸下されていた防御兵器がアームによって持ち上げられる。

 それは、『シールド』と言っても平面な物ではなく、四角錐の一点が長く伸びている、楔のような形状をしていた。

 装甲面積で攻撃を受け止めるのではなく、エイム本体とはまた別にエネルギーシールドを発生させる為のシールドユニットだ。

 エイムの腕部マニピュレーターか、肩部、背面部などのハードローンチに接続して用いるオプション兵装である。


 しかしこの防御兵装、使いどころが難しく、現場ではあまり人気が無い。

 エネルギーシールド展開中は火器の使用が制限され、そのクセ敵の攻撃が集中すればジェネレーターの出力が持たずにダウンする、という事がままある・・・・為だ。

 宇宙での戦闘は、高機動での運動戦が基本。足を止めると、四方八方遠距離から光の速度で袋叩きにされる。

 そうなると、そもそも攻撃を受け止める状況が発生しないのだから、盾がデッドウェイトとなるワケだ。


 シールドユニットが有効に活用されるのは、高機動戦闘が行い辛く、友軍機からの支援攻撃が期待できる状況となる。

 または、何かの護衛などを目的とする場合だろう。

 非常に狭い範囲の装備だが、今回がまさにその状況に該当していた。


 それから、灰白色の機体エイムに微調整やオプションの接続、動作確認などを行い準備を整えていく。

 エイムオペレーターの赤毛娘が操縦系をチェックし、吊り目のオペ娘が船のシステムとエイムのシステムを同期させる。

 新装備となると、母船との戦術データリンクにも色々更新が必要なのだ。そもそもその為にここにいた。


 一通り作業が終わると、唯理はダイニングキッチンに戻り再びクッキー(合成)を焼く。

 これで一休みのティータイムとし、後は惑星『テールターミナス』への到着を待つばかり、と思われた。


 その前に、巨大輸送船『キングダム』内にて、ちょっとした騒ぎが発生する事となる。

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