34G.傲岸不遜デモリッシャー

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 赤毛娘の村瀬唯理むらせゆいりと、ほんわかお姉さん船長のマリーン。ふたりを乗せた灰白色のヒト型機動兵器は、巨大輸送船『キングダム』に到着。

 船の前方より、右舷にある格納庫ブロックへ進入した。

 船体の全幅三分の一に迫るそこは、ほぼ全体が格納庫兼船内港となっている。その開放された正面口では、宇宙船やボートが絶え間なく出入りしていた。

 なお、船体の反対側にも同様のブロックが存在しているが、そちらは工業区や居住区の予備エリアとして改造されている為、完全に封鎖されている。


 キングダムに入った赤毛娘と船長は、地下鉄のような移動手段である『トラム』や、オープンカーのような『カート』を利用し、全長で2,500メートルもある宇宙船の中を移動。

 最上部にまで上がると、船体中央から後部寄りにある船橋構造体アイランドを目指した。

 金属の構造材と、同じ作りをした通路モジュールが連続する景色が続く。

 時折窓のある広い部屋も見られたが、そこも無人で静止した空間だった。

 そうしてエレベーターを乗り継ぎ、船橋構造体アイランドを昇り切った先が、キングダムの船橋ブリッジであり船団全体に指示を出す指令室となる。


「『ローグ』の方も監視は続けてくれ。航路を変えたら報告を。『ターミナス』への先行偵察はもう出たのか」

「3時間前に出ています」

「特に共和国艦隊の動向に注視するよう言っておけ。『アルグリーズ』でドミネイターが出た影響があるかもしれない。委員会の出席状況は」

「190名が出席予定、現在135名が本船に入っています。開会まで1時間25分」


 副船長兼オペレーターシートの後ろに立ち指示を出す、白髪に浅黒い肌の男。

 船団長の『ディラン』はマリーン船長に気が付くと、「少し待て」と指を立ててジェスチャーを送る。

 立て込んでいるらしく、それから1分ほどしてマリーンと唯理に向き直った。


「忙しそうね」

「30隻が大破、11隻が離脱、80隻以上が何かしらの損傷を受けている。全船のT.F.Mがフル稼働状態だ。早くどこかで一息吐きたいもんだが、今はどこもかしこもキナ臭い」


 船団長はマリーンと唯理を促し船橋ブリッジを出て奥の方へ。主に船橋ブリッジ要員が使う区画に入ると、歩きながら会話を続ける。


「そっちが?」

「ええ、ウチに入った新しい、ユイリちゃんよ」


 赤毛の少女を一瞥して言う若白髪の船団長に、改めて紹介するマリーン。

 小さく会釈するに留める唯理だが、一瞬見せた船団長の眼差しに、気になるモノがあった。


「腕の良いエイム乗りらしいな。ドミネイターの件では助かった。パンナコッタもな。お前達が来てくれなかったら、どれだけ被害が出ていたものやら」


 しかし、すぐに船団長は前を向いてしまい、何を考えていたかは窺い知れない。

 やがて三人は全面アルミ色の小さな休憩室に入り、それぞれ適当な所に座った。

 そこには、簡易T.F.Mのフードディスペンサーも設置されている。見た目は自動販売機だ。

 もっとも、唯理に使う気は起きないが。


「メナスといいドミネイターといい、船団が力を合わせても手に余る状況が増えたようだ。その上、船団はボロボロ。ヴィジランテの中には逃走した者もいる。

 特に実戦に耐える優秀なエイム乗りは慢性的に足りてない。ユイリには是非ヴィジランテに参加してもらいたい」


 落ち着いた所で、船団長が本題を切り出した。

 本来、船団は集団となる事で防衛能力を高めているが、これに加えて比較的戦闘能力の高い宇宙船やエイムが専門に、外敵や脅威の迎撃を請け負う事になっている。

 それが、『ヴィジランテ』。

 船団ノマドの自警団である。


 そのヴィジランテだが、先のドミネイターによる襲撃の際、7隻が職務を放棄し逃走。ヒト型重機、またヒト型機動兵器に多くの被害を出していた。

 船団の防衛能力は低下している。

 唯理ほどのエイムオペレーターに声がかかるのも当然と言えた。


 が、しかし。


「そんなつもりで連れて来たんじゃないわよ。ウチの娘はあげないから」

「ぉ……!?」


 マリーン船長が唯理を抱き寄せ、船団長を睨んでいた。発言し損ねた赤毛は、目を白黒させている。

 その姿、お気に入りのヌイグルミを離さない童女が如し。唯理は若干恥ずかしい思いをしていた。


「…………相変わらずだな、お前は」


 船団長の方は、いい歳した妙齢の女性のやりように、疲れたような半眼になっている。

 過去似たようなやりとりを、メガネエンジニア、吊り目のオペレーターの紹介時に2度やっているので。


 ヴィジランテに参加すると、特にエイムオペレーターは編成の都合から他の船に移籍となる事もあった。

 だが、優秀なクルーを他所にやりたい船長などいないし、特に唯理はワケありなので、今の段階では他船の船員に迂闊に接触もさせられないとマリーンは考えている。

 ディラン船団長はキングダム船団の最高責任者なので、挨拶させないワケにもいかなかったが。


「ウチの娘に声をかける前に、今いるヴィジランテのヒト達で調整したほうが良いんじゃないの? 見た感じ、防備は薄いし士気も低いみたいだけど」

「うん? 何の事だ??」


 何にしても、赤毛娘を物理的に掴んで離さない船長のお姉さんは、話の矛先を他の問題へ向けさせる。

 先に唯理とも話していた、自警団ヴィジランテ所属のエイムの件だ。

 それは、仕事中に遊んでいた、というだけの単純な話ではなかった。


 船団長も言った通り、現在は船団規模に比して、役目に就く自警団員ヴィジランテの数が非常に少ない。

 そんな状況にあるというのに、ヴィジランテによる哨戒などの監視体制が緩過ぎた。

 過酷な戦闘直後という事も影響しているだろうが、もはや皆がひと仕事終えた気分になっているのだ。

 天災はいつやって来るか分からず、安全保障に終わりなどありはしない。常に備えるのが当然だ。

 仮に今再び襲撃を受けたとしても、ヴィジランテの迎撃能力はほぼ期待出来ないだろう。

 今度こそ船団は、致命的な被害を出す事になる。


「それは分かっているが……。基本的にヴィジランテは有志だ。指示は出来るが命令は出来ない。

 拠出金の話を出して引き締めは図れるが……実際命をかける気も無いだろう。ヴィジランテから抜ける者も出るかもな」


 しかし、船団長も自警団ヴィジランテの現状は把握していた。

 その上で、出来る事は少ないと言う。ノマドは軍ではないし、ヴィジランテも兵士ではないのだ。

 どうせ大した危険も無いと、小遣い稼ぎのバイト程度だと思っていた自警団員ヴィジランテも多いと思われる。

 つまり、状況は悪くなっても良くはならないというワケだ。


「他船団と合流するべきだ、という話も出ている。と言っても、『ハンチバック』は足手纏いを抱え込むだけ、『ローグ』なんかと合流したら船団その物が崩壊する。『ユートピア』を推す者も多いが論外だ」

「あそこはノマドじゃなくて、ハイソサエティーズの行楽地ですものね」

「他に大きい所だと『イミグラント』、『ザルバートル』、『エクスプローラー』辺りだろうが……やはり主旨が違うという事だろうな。数だけ集めても船団が纏まるとは思えない。

 とりあえず今は『ターミナス』に行って状況が変わるのを願うばかりだ。

 ノマドも楽じゃないが、三大国ビッグ3の締め付けは強まるばかり。ヒトの流出も続いている。合流する船も増えるだろう」


 防衛戦力ヴィジランテの不足は解決の目処も立たないが、目的地に着いたら状況が改善すると船団長は信じたいところ。船団の他の船長らからも突き上げを喰らって大変なのだ。

 現在、キングダム船団が向かう共和国圏ターミナス恒星系グループしかり、銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーは体制維持の名目の下、国民の権利の制限や反発する者への弾圧などを強め続けている。

 巨大になり過ぎた国家はその権能を際限なく高め、ひとりひとりの住民を顧みなくなり、淡々と粛々と自動的で傲慢なシステムと化すのだろう。

 結果、失われた自由を求めてノマドとなる者は後を絶たなかった。


 とはいえ、結局はどこに行っても逃げ場など無いとマリーン船長は思うのだが。


「次のワープ……3時間後だな。それでターミナスグループの端に接触する。その先は星系内の密度と荒れ具合次第だが、星系入口で小惑星を確保して補給する事になっていたな。ユイリにもエイム乗りとして作業に出て欲しいが」

「それくらいならいいと思うけど……ユイリちゃん?」

「分かりました」


 目的の星系を前にし、自警団ビジランテの問題は一旦保留に。船団と宇宙船の日常的な業務である資源採集の話になる。

 それは唯理にも手慣れた作業であり、マリーン船長も危ない事ではないなら、と船団長の要請を受け入れていた。


 もっとも、アクシデントというのは平穏な日常の中にこそ潜むものなのだろうが。


                ◇


 惑星や準惑星は、恒星や他の惑星といった強い重力源を中心に楕円の軌道を描いて動いている。

 一般的に星系と呼ばれるのは、それら公転軌道の最も外側までを指していた。

 必然、無数にある小惑星やデブリが密集しやすいのも、重力圏の縁とも言える同軌道となる。

 それは、高い空間密度により宇宙の航行を妨げる障害物であると同時に、宇宙時代の資源鉱床でもあった。


 そして、ノマドに限らず宇宙を往く多くの者が、ここで必要な物を得ている。


『畜生がクソ船長め……。グラップル禁止だぁ!? ガキに説教垂れるみたいな事言いやがって! 俺らの仕事のやり方に口出すなってんだ!!』

『おいヤーク、共有チャンネルだ、ブリッジにも聞こえんぞ』

『構いやしねぇよ! フォーサーの船なんざこっちからお断りだ! これ以上くだらねぇ事ぬかすなら他の船に移ってやらぁ!!』


 60億キロの彼方にぼんやりと恒星の明りが見える、『ターミナス』星系グループの端。

 ノマド『キングダム』船団は、直径にして約200キロメートルもの小惑星と並走していた。

 この小惑星は巨大な氷の塊であり、これを全高15メートル前後のヒト型重機『エイム』が、2メートル四方ほどに切り抜き運び出している。


 その周囲で作業に参加していない数機、丸みのある増加装甲で着脹れたような機体エイムのオペレーターが、通信で憤懣を吐き出していた。

 それらエイムのオペレーターは、船団所属の私設艦隊PFO、『コールドノート』の一員だった。


 PFO。

 私設艦隊組織とは、文字通り国家に所属しない艦隊を持つ組織である。21世紀で言うPMC、民間軍事会社と同じと思って良い。

 艦隊、と名乗っても規模は大小様々だ。

 『コールドノート』などは、『艦隊』と言っても所有する船は一隻のみ。搭載エイム数3機。組織名と同じコールドノートという名の船は、老朽化し廃艦処分となった巡洋艦を改修して運用している。

 極端な話をすると、私設艦隊PFOを組織するに戦闘艦を所有する必要さえない。法人登録の緩い惑星国家なら容易に起業が可能で、それすら行わず勝手にPFOを名乗る海賊紛いの組織も存在していた。

 ちなみに、共和国は戦力の大半をPFOに依存している。


 コールドノートに限らず、船団に随行する私設艦隊PFOは大体がヴィジランテの仕事を請け負っていた。

 ノマドの一員として動いている間は、船団の拠出金から報酬を受け取り防衛任務に就くワケだ。

 しかし、前述の通り私設艦隊PFOにそれぞれ規模の大小があり、また条件によっては早々に船団を離脱してしまう為、信頼性は高くない。


『ったく詰まんねぇな……。給料安いクセに大手みたいな「コンプライアンス」がどうとか寝言垂れやがって。本当に別の船に移ってやろうか』

『どこ行ってもそんなに待遇変わんねぇんじゃねーか? ウチの船長もキングダムから言われたとか面倒臭そうにしてたじゃねーか』

『「キングダム」? フラグシップからのお達しかよ。何でまた今になってそんな事言い出したんだ?』

『さぁな。聞いた話だと、どこかの船長がヴィジランテに苦情出したんだとか。「真面目にやれ」とでもお説教したんじゃないのか?』

『何様だその船長様とやらは。「ゴルディア」のヤツか?』

『多分違うな。確か「プロエリウム」の女だって話だった』

『ああ、そりゃこの前襲ってきた奴らを追い返した船だろう。やたら高性能な戦闘艦と、テメェから艦隊陣形に突っ込んで行くイカれたエイムの』

『なんだ、そいつらも同業か? 協調性の無いヤツだな。ぜってー援護してやらねぇ』

『いや、ヴィジランテには入ってないはずだ。配置替えの時に名前が無かった。普通船籍じゃないか?』

『はぁ!? 戦闘艇のクセにヴィジランテに加わってないだぁ!?』

『しかも船団を守ってやってるオレらに文句付けるとか……どんなクソ野郎どもの船だよ』

『「ヤロウ」じゃなくてアマだな。「パンナコッタ」っていう女しかいない船だ』

『オンナの船ぇ? 男嫌いでヴィジランテにいちゃもん付けたってか?』

『オンナ如きが口出すなって言ってやりゃいいんだ』


 氷の切り出し作業を警備しているエイム間で飛び交う通信。

 仕事中に不平不満を言い合い憂さを晴らすのは珍しくないが、この日は少々過熱気味だった。

 自分たちの楽しみが制限され、それだけではなく今後も仕事のやり方でうるさい事を言われる可能性がある。

 しかもその原因が、自分たちより良い船に乗った、命を張る義務も負わずに外野から好きな事を言う、生意気な女たちであると言う。

 つまり怒りの矛先は、貨物船『パンナコッタ』とその乗員に向かう事となった。


 とはいえ、船団の船はヴィジランテでなくとも、基本的に船団の一員として戦う義務を持っている。パンナコッタだけ安全なところに引き籠っていられるワケではない。

 哨戒や先行偵察など、警備専業でなければ難しい役割をヴィジランテが負う、というだけの話だ。

 それに、ヴィジランテが自由意思による参加であるが故に、その規律が緩んでいるのはパンナコッタのせいではない。今でなくても、いずれ問題になっていただろう。

 また、銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーの一角である皇国の主張を理由に、男性優位、女性劣位を公然と語る者が多いのは事実である。

 これにより、『女性』の行動に目くじらを立て、些細な事で激昂する者も一定数存在していた。

 参加自由の寄り合い所帯である故に、キングダム船団にもそういう輩はいる。


『おい見ろよ。8時プラス5度、距離85。例の船だぜ』


 改造された作業用エイムの一機が指し示す先に、多面体で構成された剣のような宇宙船のシルエットが見えた。

 噂をすればなんとやらか、問題の『パンナコッタⅡ』というライトクルーザーが、船団との相対速度プラス300km/hで加速している。

 作業中のエイムの脇を、優雅な所作で通り過ぎて行く白い船体の宇宙船。

 明らかに高級な船であり、老朽船や中古船を修理してやり繰りしている男たちの妬みを誘った。

 パンナコッタも以前は同じ境遇であり、それに幸運から高性能な船を得たワケではないのだが。


 そして、白い船と並走する、灰白色に青という機体色のヒト型機動兵器。

 男たちの使う、民生用を耐戦闘用に改修した物とは違う。

 基本から戦闘目的に設計された、こちらも高性能なエイムだった。


『ヘッ……女にガチガチの軍用エイムなんて乗れんのか? ネザーズのフィードバックでゲロ吐くぜ』

『女なんかに使いこなせんのかよ。作業に戦闘用なんざいらないだろ。俺たちに寄越しやがれってんだ』

『……お手並み拝見といくか? グラップルの流儀を教えてやるか』

『バーカ船長に目を付けられてるっつったろ。オペレーターランク落とされたら面倒さぞ』

『洒落だよ洒落。ちょっとからかう・・・・だけさ。みんないいよな!?』


 悪感情から、エイム乗りの男たちに邪心が芽生える。

 うち一機、やや低重心の角ばったエイムが、腰部背面のハードローンチにマニュピレータをやりボールのような球体を取り出した。

 直径約2メートル、表面は視認し易いよう発光する素材になっており、同時に強烈な衝撃にも耐える仕様。

 前後左右上下と6箇所にロケットモーターを内蔵しており、3キロメートルのフィールド・・・・・からボールが離脱しないよう制御されていた。


 正式名称、キネティック・グローブ。


 グラップリング・メテオにおいては、ふたつの陣営22機のエイムが、Z軸3,000メートル、X軸1,200メートル、Y軸1,200メートルのフィールド内で、このボールを奪い合う事になる。

 ちなみに『グローブ』とは惑星を、更に古語では始祖惑星を示す単語でもあった。


               ◇


 パンナコッタに氷の塊を運び込む仕事をしていた唯理だが、その途中でフと露骨な殺気を感知する。

 記憶の曖昧な21世紀の高校生は、何故かそういったモノを敏感に感じ取る事が出来たのだ。相変わらず自分が一番よく分からない赤毛娘である。

 そして、攻撃・・は直後に来た。

 エイムの加速力に乗せ、投げ付けられた球状の物体。

 それは時速1,000キロ程度の低速で・・・唯理の方へと飛来するが、そのすぐ後方から追いかけて来るように、15G――――――毎秒毎に時速529キロで加速――――――で14機のエイムが突っ込んで来た。


『キックオフだ! ビッチ!!』


 共有通信で堂々と宣言される凶行。

 当然ログが残り、『洒落』どころか明確な害意を証明できるワケだが、それが分からないほど愚かでもないだろう。

 つまり、後からどうとでも言い訳が立つと思っている証左だった。


 途中でボールを掴んだ先頭のエイムが、尚も加速を続けて唯理の方へ突撃する。グラップリング・メテオのプレイで、150メートル平方のゴールポストに飛び込まんばかりの勢いだ。

 衝突まで残り3秒。

 このまま14機のエイムで駆け抜け様に体当たりしてやる算段だった。


 が、ネザーインターフェイスでエイムのシステムと同調したオペレーターは、その時間感覚が数倍にも引き延ばされている。

 まして唯理の集中力は常人の比ではなく、たかが14発の砲弾の隙間を縫うなど造作も無い事だった。

 回避行動が遅れたのは、同じ船団に所属するエイムを攻撃して良いか迷ったからである。

 個人的には、敵対した者は安全保障の観点から即皆殺しにするべきだと思うが、そこは自分もパンナコッタの一員であるからして自重した。


『ユイリ! 馬鹿エイムが急速――――――――』 

「これ斬っちゃっていいのかな」


 唯理は暴走エイム集団を引き付けた上で回避機動を取る。

 火を噴くブースターが灰白色の機体を25Gで蹴っ飛ばし、一瞬で視界から消えて見せた。

 エイムの間を紙一重で抜けても良かったが、派手な事をすると相互責任だと言いがかりを付けられそうなので、少し大回りで避けておく。



 八つ裂きにするのは、もう少し状況証拠を揃えてからでも良いだろう。



「このクソバカが何考えてんだ―! 飛んで行く先くらい確認してから飛べやボケが!!」

「…………単に遊んでいるワケじゃないみたいね。フィスちゃん、一応・・キングダムとあちらの所属船に連絡を入れておいてちょうだい。

 こっちで処理・・してもいいか、言質を取っておきたいわ」


 状況をモニターしていたパンナコッタの船橋ブリッジでは、オペ娘のフィスが大事故寸前の事態に怒り心頭で怒鳴っていた。

 その一方で、マリーン船長は唯理と同意見である。

 これは突発的なアクシデントなどではなく、それを装った悪質な嫌がらせだろうと考えた。

 そして、可愛いクルーに手を出す輩を、この船長が許す事はない。

 穏やかな表情はそのままに、優秀な娘達の能力を考え最善手を打ち始めていた。


『クソッ!? やるな!!』

『もうワンプレイだ! 喰らわせてやれ!!』

『7-2やるぞ! ロードランナーは合図で走れよ! へヴィ―チャージャーはシールドごと吹っ飛ばしてやれ!!』


 あっさりデブリのように弾き飛ばせると確信していた暴走エイム達は、あっさりと唯理機に攻撃をわされた事で、やや浮き足立つ。

 それをリーダー機、『コマンドポスト』である角ばったシンプルなエイムが落ち着かせると、即座に次の攻撃指示を出した。

 グラップリング・メテオのゲームにおける、セットプレイのひとつ。


 再度エイムから射出されたボールは、今度は唯理より少し横の方へ飛ぶ。

 本来は、ボールを追いかけた試合相手を背後から重装甲機が体当たりで足止めし、高速機がボールを確保しゴールポストに飛び込むという乱暴なプレイだ。

 だが、今は試合を行っているのではない。

 ボールに気を取られるか、あるいは回避するか。何にしても灰白色のエイムが動いた直後を狙い、重装甲機の『へヴィ―チャージャー』が寄って集って押し潰す作戦だった。


 ところがどっこい、唯理は一瞬でボールの弾道を見極め、真横を通り過ぎる完璧なタイミングでこれをキャッチしてしまった。


『は……?』

『え?』


 エイムの速力や認識力の補正だけで可能な芸当ではない。

 まるで唯理へパスしてしまったかのような不可解な現象に、暴走エイムのオペレーター達は暫し思考停止状態に。

 灰白色のエイムは、両腕部マニュピレータの指先で器用にボールを挟み、クルクルと回していた。


『ッ……!? 5-2! 5-2だ!! 行け行け行け!!』


 少し遅れて頭に血を昇らせる暴走エイムのオペレーターだが、口を突いて出たのはボールを取られた際のセットプレーの符丁だった。

 『高速機ロードランナー』から加速力のある順に、連続で敵機に突っ込みボールを奪取する作戦。

 逃げるボールホルダーに次々と流れ星のようにエイムが襲いかかるプレイは、グラップリング・メテオにおいて最も観客を沸かせるシーンのひとつだ。


 しかし、灰白色のエイムは鋭すぎる軌道で、尽く暴走エイムをわし尽くす。

 右に左に加速減速と、唯理は許された25Gの範囲内で自機と敵機を振り回した。


『クソがぁ! 舐めやがって!!』

『おい何やってんだウーノ! テメェロードランナーだろうが捕まえろや!!』

『む、無理だ……全然動きが読めない…………』

『つ、2-1ツーワンだ! 真っ直ぐ突っ込んで行ってブッ潰せ!!』

『向こうはロードランナー並に早いのにへヴィーチャージ先行させてどうすんだバカ!!』


 灰白色のエイムは挟まれようが囲まれようが、近づいたと思ったその時には一瞬で軌道を変える。

 回避性能とは、単純な速力に依存しない。相手の軌道を読み取り、かつ相手の想定を上回る能力を言う。

 こと敵の動きを見切る能力において、唯理と暴走エイムのオペレーター達では能力差があり過ぎた。

 だとしても、暴走オペレーター達は自分たちの土俵でやり込められているとあって引っ込みが付かない。

 無論唯理も、相手が怒ると分かっていて相手の土俵に殴り込んでいるのだが。


「あいつ……意外と性格悪い?」

「ジョークのセンス、という事にしておきましょう。それより、もうお開きよ」


 少し前まで怒り狂っていたオペ娘も、今は赤毛娘の意外な一面にトーンダウン。普段は控えめで大人しい少女なのに、エイムに乗った時の豹変具合は何なんだろうと思う。

 船長のお姉さんとしても、唯理のやり様は予想のやや斜め上だった。

 が、それは別に良い。

 ウチの娘が傷付けられるよりはずっといい、と船長は穏やかな表情の中で、目だけが猛禽類に似た物になっている。

 そしてマリーン船長の言う通り、船団の共有通信が賑やかになりはじめ、事態の収束を告げていた。


『NMDGS-U2213F「ブルーサイド」よりVKAM-42506「ハンマーフレイル」! 何やってんだ大馬鹿野郎! 今すぐ戻ってこい!!」

『VKAM-77619「フィールドバンカー」! フリーモード! 直ちにエイムを静止させてください。船長命令です』

『こちら「ワイルドフライ」、VKAM-34221「ビッグコール」……言い訳を考えとけ』

『NMGGS-U2691F「ブリ―チャー」ブリッジ、船長より「アイアンヒート」――――――――』


 基本的に我の強いエイム乗りは所属船からも放任され気味であるが、今回ばかりはコールドノートをはじめ各船から一斉に帰還命令が出されていた。

 ある船長から船団の指令本部を通して送られた、脅迫に近い抗議によるものである。

 つまりマリーン船長が船団各船に働きかけたのだが、この若さで伊達に一目置かれていない。

 以前に共和国の大企業で辣腕を振るっていた能力は健在であった。


『船に戻れだぁ!? ざけんなここまで舐められて黙ってられるか!!』

『今日に限って口を出すってのはどういう事だ!? ウチのブリッジは何考えてやがる!?』

『クソッたれがキングダムに報告しやがったなぁ!? ビッチどもが!!』


 しかし、自分の行為を棚に上げて怒り狂う暴走エイムのオペレーターども。

 今まで好き勝手を許していた管理側にも、エイム乗りを増長させた責任はあるだろうが。

 少なくともコールドノート所属のエイムは、指示に従う気がなかった。


『おいこれ以上はヤバい。一旦船に戻ろうぜ』

『そうだぜ、オペレーターランクを落すと戻すのが面倒だ…………』

『ランクが何だ! ヴィジランテがいなくて困るのは向こうだろうが! あのクソアマ、良い気にさせたまま終わらせねぇぞ!!』


 冷静になるエイム乗りがいる一方、意固地になるエイム乗りは決定的な行動に出てしまう。

 丸い重装甲のエイムは、脇に懸下されていた長砲身の重火器を前面に展開。

 戦闘目的だけではなく、重機として鉄鉱石など硬い小惑星の切断にも用いられる、強力なレーザー兵器だ。

 そんな物を向けるのは、もはや殺傷行為以外の何ものでもない。


「あのクソ野郎が!? ヴィジランテ3機がユイリにレーダーロック! マリーン姉さん!!」


 パンナコッタの船橋ブリッジでは、オペ娘が暴走エイムの動きをいち早く察知していた。

 相手が一線を越えた以上、もはや状況証拠も抗議も無い。

 今すぐ船の武装で吹っ飛ばしてやろうか、と船長に確認するが、


「フィスちゃんECMだけ用意して。ユイリちゃん、殺さないように制圧できる?」

『了解です』


 その前に船長から、手練のエイム乗りにオーダーが入った。

 あっさり応じる赤毛の少女だが、横で聞いていたオペ娘は無茶振りだと驚かされる。

 暴走エイムは遠距離攻撃の武装オプション有り、対して灰白色のエイムは内蔵装備のビームブレイドのみだ。

 だというのに、


『船長、武装のみ破壊しますか? それとも完全に行動不能に?』

「死ななければ派手にやっちゃっていいわよ」 


 マリーン船長も唯理本人も、暴走エイムに遅れを取るとは微塵も思っていなかったりする。

 そもそも唯利は、並のエイム乗りでは相手にならない知的生命体の脅威『メナス』を撃墜する実力者だ。

 心配性のオペ娘と違い、船長と唯理は彼我戦力差を正しく理解していた。

 飛び道具を持っていたところで、たかが素人のエイム6機。メナスを100機以上相手取るのに比べれば、どうという事もなく、


『死んでも作業中の事故だ! 撃てぇ!』

『ブッ殺せおらぁああ!!』

『死ぶぇええええ――――――――!!?』


 暴走エイムがレーザーを放つと同時に、灰白色のエイムは最大加速をかけキネティック・グローブを叩き込んだ。

 身惚れるようなオーバースローから投げ付けられ、時速900キロメートルでエイムに直撃する球体。

 それ自体は暴走エイムのシールドを破れないが、エイム乗り達の注意がそちらに向いた一瞬に、うち一機の両手足が切断される。

 レーザーをわし、キネティック・グローブを投げた灰白色のエイムは、その勢いで暴走エイムの側面を取っていた。

 灰白色と青のエイムは、手持ち式ブレイドのほか両腕部に内蔵されたビームブレイドを併せて計4本を展開。


『こ!? こいついつの間に――――――――!!?』

『うわ馬鹿やめろ! エイムが壊れるッ!?』

『ちょ!? 何考えてんだ攻撃するな!!』


 相手の身勝手な言い分など一切聞く耳持たず、唯理は青白いビーム光を閃かせる。

 残り5体の暴走エイムも、踊りかかる灰白色のエイムにより、一瞬でバラバラに斬り裂かれていた。


                ◇


 暴走エイム集団に絡まれて返り討ちにして、約10時間後。

 超高速貨物船パンナコッタⅡにて。


 キッチンでフードディスペンサー相手に悪戦苦闘している最中、赤毛娘はオペ娘のフィスから呼び出しを受けていた。

 何やら、船長からお話があるから来て欲しいとの事。

 タイミング的に、暴走エイムの件で後始末が終わり、船長や船団長が話し合いを終えた頃だろうか。

 やっぱりエイムの四肢をバラして本体まで斬り刻んだのはやり過ぎだったかもしれない。

 そんな事を思いながら、唯理はやや重い足取りで船首船橋ブリッジへ入った。


「大丈夫よ、ログからユイリちゃんが襲われたのは完全に証明されているし、事前にヴィジランテの所属する船から反撃の許可も貰っていたんだから」


 しかし、船長席にて朗らかに微笑むお姉さんは、唯理の懸念を払拭してくれる。

 状況を整え正当防衛を成立させるのも、一応唯理の狙い通りではあったが。

 迷惑がかからなくて良かった、と一安心だ。


『ヴィジランテの連中は、勤務中のグラップル禁止を受けてお前達を逆恨みしたらしいな。災難だったとは思うが……また派手にやったもんだ』

「まさかユイリちゃんに瑕疵があるなんて言わないわよね? 一歩間違えば大事故になっていたって分かってる?

 この期に及んでヴィジランテに配慮とかするようなら、こんな所にウチの娘達を置いておく気はないわよ?」


 船長席やオペレーター席のディスプレイには、白髪浅黒肌の船団長が映っている。

 唯理たちに向ける微笑みと違い、今のマリーンの笑顔は怖い。

 対照的に、船団長の顔は疲れていた。

 気苦労の多い方のようで。


『そんな顔をしなくても、船団本部と所属船から問題を起こした連中は処分させる。

 オペレーターランクの降格、ミッションへの参加停止。ここまで重い処分なら、エイム乗りに限らずヴィジランテも大人しくなるだろう。

 だが――――――』


 船団長の疲れた顔の原因が、これだった。

 明らかに相手を害するのを目的とした集団暴行未遂に、レーザー兵器による殺傷未遂。

 本人達は強い態度に出れば目こぼしされると思っていたらしいが、もはやそんな程度の低い問題ではないのだ。

 エイムでの実作業に関われるレベルを示す、オペレーターランクのダウン。

 エイムを用いた任務への参加停止。

 実質的な業務停止命令であり、処分としては重い部類に入るが、それ相応の理由がある以上は止むを得ない決定であると言える。


 とはいえ、どれだけ正当かつ妥当な結果だとしても、本人達が納得するかは別問題だ。


『――――――理屈が通じないヤツはいる。明確なログを突き付けても、ヘソを曲げて不当だと訴えるようなザマでな。

 そいつらはヴィジランテを辞めるどころか船団からの離脱まで仄めかしているが……そんな連中止める気もない。惜しいとも思わん。

 去る者は追わないのがキングダム船団の基本方針だ』


 処分を不当不服としたヴィジランテの中には、再考を得られなければ船団を見限る、と通達して来た者もいた。

 船団長は取り合わないつもりだが、そうなると訴えを起こしたエイム乗り達も、振り上げた拳を下ろす先が見つからない。


 その結果がどうなろうと、いずれにせよまた戦力が減るのは決定的だった。


「船団長は大変ね。わたしなんて小さな船の船長するので手一杯よ」

『ご謙遜だな。『ビッグブラザー』のトップ、『カンパニー』で艦隊ひとつ引っ張っていた部長様なら、ノマドの船団くらい軽く回せるだろう。代わって欲しいもんだ』

「……昔の話はしないでって言ったわよね? 元連邦艦隊特務調のエージェントさん」


 他人事のような科白セリフを吐くマリーン船長に、若干の恨みを込めて過去を突っつくお疲れ船団長。これに更にカウンターを繰り出すマリーン元部長。

 しかし、これ以上やり合うとお互い痛くもない・・・・・腹の探り合いになると判断し、どちらも追求はしなかった。

 そして、船首船橋ブリッジにいた娘達は蚊帳の外である。


『…………まぁ、元から使い物にならなかったヴィジランテはどうでもいいとして、防衛戦力の不足は今言った通りだ。

 今は共和国圏内だからいいが、最低限の戦力は確保しないと外洋に出るのは難しいだろうな』


「場合によってはターミナスグループ内で足止めと言うワケね。滞在にしても参加者の受け入れにしても、共和国との折衝は大変そうだわ。

 でもPFOへ依頼するのはお勧めしないわよ。共和国系PFOは必ずビッグブラザーの意向を受けているわ。言うまでもないでしょうけど」


『分かっている。が、滞在期間中に戦力の補充が見込めなければ、他星系への移動する間のみPFOを雇い入れる事も考えなきゃならんだろう。

 だが当面は船団の中だけで対処する。ユイリにもエイムのチームを率いるか、地上へ同行してもらうかもしれないが』


「…………そういう事になるんでしょうね」


 マリーン船長が、少し口ごもりながら赤毛娘を見る。

 こうも止むを得ない事態が続き、結局は唯理を表舞台に出さなければならないというのは、船長としても痛恨の思いだ。

 唯理本人は、問題無いと首を縦に振っていたが。


 何故か便利に使われるというのも、不本意ながら妙に慣れた思いの赤毛娘だった。


 巨大なガス惑星の重力圏を掠め、ノマド『キングダム』船団はターミナス恒星系グループの中ほどを越える。

 その進路には、灰色と黄金の輝きを放つ目的の星が見え始めていた。

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