33G.リスキーチャームフレーバー

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 高速貨物船パンナコッタⅡが、ノマド『キングダム』船団に合流して、しばらく後。


 剣のように鋭い船影シルエットの船内にて、赤毛の美少女が走っていた。

 走ると言っても、別に室内を駆け回っているのではない。いわゆるルームランナーのようにその場でローラー回転する平面の土台を使い、そこで脚を動かしているのだ。

 普通なら、この時代にそんな原始的な運動器具は存在しない。

 赤毛娘がメガネエンジニアの少女にルームランナーを発注した折、話を聞いていたオペレーターの吊り目娘は、


『「MSASエムサス」使えばいいんじゃね?』


 と怪訝な顔をしていたものだ。


 MSASエムサス筋刺激活性システムMuscle Stimulating Activity System

 宇宙船で生活する乗組員は、自由に運動する空間の確保が難しく、必然的に運動不足になり易い。

 よって、実際に身体を動かさずとも筋肉量を維持できるよう、外部から筋肉を刺激する機器を利用していた。

 21世紀にも似た道具があるが、当然現代のシステムは遥かに進歩している。

 つまり、この時代はダイエットも筋力トレーニングも不要とされていた。

 惑星上に居を構える上流階級ハイソサエティーズなどは、度を越した贅沢によりMSASを以ってしてもデブっている者もいたが。


 MSASエムサスは当たり前に普及しているシステムであり、当然唯理も某所研究施設で目覚めて以来、これを用いて衰えた身体の機能を取り戻していた。

 正確には、取り戻そうとしていた。

 ところが、ある時点で気が付いたのだ。


 筋肉量を増やしても、身体のキレが戻る様子が無い。


 考えてみれば、簡単な話である。ボディービルダーが格闘家足り得ないのと同じだ。

 戦闘を想定するならば、身体も戦闘用に作らなければならない。

 それに、作り上げたハードを扱うだけのソフトウェアも必要だ。

 実際に身体を使い、慣熟しなければ、思い通りに動かす事など出来ないのだろう。

 そんな簡単な事も忘れていた自分に心底がっかりする唯理だが、そうと分かればやる事は単純。


 昔と同じ・・・・、修練あるのみ。


 そんなワケで今の唯理の部屋には、エンジニアの少女に頼んで作ってもらったトレーニング器具が置かれていた。

 ルームランナーの他、懸垂棒、ダンベル、サンドバッグ。エンジニアに頼むような物でもなかったが、要求仕様通りに作ってくれている。

 10キロ分も走った赤毛の少女は、汗だくで息も荒いままサンドバッグをん殴った。

 両足を踏ん張り、ジャブとストレートを織り交ぜ高回転で連打を続ける。

 体重移動、各関節の連動、そして最小の溜め・・と脱力。

 緩衝素材の詰まった重量100キロの円筒形が、鈍い音と共に大きく仰け反っていた。


 長い赤毛をポニーテールにした美少女は、膝上のレギンスにスポーツブラ、Tシャツという軽装だった。こちらは自作だ。T.F.Mにアセンブラという製造システムにも少しずつ慣れて来ている。

 一般的な船のシステムや操舵に関しても、オペ娘のフィスや小さな操舵手のスノーから教わっている最中だ。

 身体作りも含め、唯理がこの時代で動く準備は、少しずつ整いつつあった。


「ユイリー、マリーン船長がエイムで――――――っぷわ!?」

「エイミー?」


 そんなトレーニングで、首に肘を叩き込み、膝で股間を叩き潰すというえげつない想定での打撃を繰り返していた時の事。

 髪留めの情報機器インフォギア越しに船内通信インカムで呼びかけられたかと思ったら、同時に部屋のドアが開き、エンジニアのメガネっ娘が入って来た。

 そして、変な声を上げ一歩引いていた。

 部屋にはロックがかかっているのに、どうしてスルーして入ってくるのかと唯理は思う。

 別に怒りもしないが、ならば汗臭いのも容赦してほしいものだ。やはり恥ずかしいので。


「う……うぅ……か、換気システムを…………」


 息を詰まらせたように何かをこらえるエンジニアは、メガネ型情報機器インフォギアで室内のシステムを遠隔操作。

 ホログラムのパネルを呼び出すと、対バイオハザードモードで急速換気をはじめさせた。

 そんなに……? と何とも言えない表情になる唯理であったが、昨今匂い立つほど汗をかく人間もいない、という話で。

 しかも、下手人であるアスリート美少女は、環境EVRスーツを身に着けていない。


 『環境EVRスーツ』と呼ばれる、ウェットスーツのように首から下の全身を覆うスーツ。

 あまりこれを着たがらない唯理であるが、同スーツは体温保持や吸湿性、通気性、伸縮性、耐久性に優れる高性能な普段着・・・なのだ。

 環境スーツを着ながらの運動に問題は無く、また汗の匂いも相当抑えてくれると思われる。

 唯理は着ていないので意味が無かったが。

 ちなみに、本来は環境EVRスーツだけでも事足りてしまうのだが、この上からジャケットやブレザー、コート、ツナギ、エプロンといった物を個人の趣味で合わせるのが一般的だ。

 やはり身体の線が出過ぎるのが問題と思われる。


 突然バイオハザード警報が出たので船橋ブリッジのオペ娘から通信が入ったが、エイミーは問題無いとこれに返答。

 そんなに臭かったか、と唯理は少々へこんでいた。単にこの時代の人間に耐性が無いだけだったが。

 それに今後、唯理大好きなメガネっ娘がこの匂いに関してやや道を踏み外す事になるが、それは今は置いておく。


 改めてエイミーは、広さ15平方メートルほどの室内を見回してみた。

 トイレ、バスルーム、収納別。

 他の皆は仮の船だという事も忘れたように、色々と私物を揃えてしまっている。エイミーも例外ではないが。

 しかし、唯理はトレーニング器具以外に、あまり物を置かない。ベッドの他は、小物入れのラックがある程度。

 まるで倉庫のような殺風景さだが、倉庫と違って住環境の床や壁面は柔軟な素材で出来ている。

 とはいえ、材質の地の灰色も相まって、殺風景である事に変わりもない。

 遠くに白む星団を映す壁面モニターだけが、部屋の彩りだった。


 そんな部屋の主である、21世紀から寝過してつい最近目覚めた赤毛の少女。

 身長は170センチと少し高めで、発見した当初は痩せ気味だったが、筋刺激活性システムMSASによる処置を続けた事で肉付きも良くなってきていた。

 とはいえ、MSASも基本的な体型まで変えてくれるワケではない。

 形の良い胸は大きく張り出し、元からくびれていた腰やお腹は更に引き締まり、お尻からフトモモにかけてはキュッと持ち上がっている。

 グラマーとも筋肉質とも違う、ただ綺麗なカラダをしているとエイミーは思った。

 しかも美少女だ。美麗で透き通るような容貌に、見る角度で濃さの移ろう青い瞳。長く艶やかな赤色の髪。


 エイミーは一目見た時から、この少女に心を奪われていた。

 同性なのに、こんな気持ちになったのは生まれて初めてである。

 許されるなら、触ったり揉んだり抱き締めたりして可愛がりたい。少々面食らったが、汗の匂いだって気持ち悪いとは思わなかった。

 疲れて肩で息をしている姿もセクシーでカワイイ。


 とはいえ、エイミーはエンジニアで理系の少女だ。

 まずは対象の反応を良く見て、安全に確実にその性能仕様を浮き彫りにしていくつもりだった。

 村瀬唯理改造計画は順調に進行中である。

 身体のサイズだって双子と連携して把握済みだ。


 と、血迷ったエンジニアの少女の計画は置いといて。


「ごめんね、部屋汗臭くて」

「い、う、ううんそれはいいんだけど……それよりユイリ、船長が『キングダム』までエイムで送ってほしいって…………」


 現実に戻ったメガネっ娘は、本来の目的を唯理に伝える。

 船長の御用にかこつけ様子を見に来たのだが、汗の匂いや赤毛娘のセクシーショットにやられて、肝心な用件が記憶から飛ぶところだった。

 それ程急ぎでもないという話だったが、唯理にはヒト型機動兵器である場所に行ってもらいたいとの事。


 が、その前にやらなければならない事があると、エイミーは思い直した。


「ユイリ、一緒にお風呂入ろうか」

「…………え゛!?」


 平然を装い当たり前のように言うエンジニアのメガネ娘に、ワンテンポ遅れて頬を引き攣らせる赤毛の少女。

 公衆浴場が普通にある21世紀を生きていた唯理であるが、だからと言ってハダカの付き合いが平気なワケではない。

 むしろ当時も、嫌がっている所を友人によって強引に連れ込まれていた口である。

 こんな未来に来てまでこんな役どころ嫌だ。


「い、いや、汗流して来いって言うんなら、今入って来るから! エイミーまで入る事ないよ!?」

「わたしも汗かいたからお風呂入るの! 大きいお風呂って一度に何人も入れるから効率的だよね」


 赤い顔でイヤイヤする赤毛娘を、腕をがっちり抱え込み無理やり引きずって行くエンジニア。そのパワーはどこから来るのだろうか、と唯理は疑問が尽きない。

 こうして、涙目の赤毛娘は、嬉々としたメガネっ娘によって21世紀式の肌の触れ合いをさせられるハメになる。

 恐るべしは若き天才エンジニアの環境対応力。


 そうして、唯理は非常に恥ずかしい思いをさせられながら、これまた非常に懐かしい何かを思い出しそうになっていた。


              ◇


 ノマド『キングダム』船団。

 それはいかなる惑星国家にも帰属しない宇宙の旅人であり、多くの宇宙船の群れの名称でもある。

 現在の船団は約230隻の宇宙船から成り、全長2,500メートルの超大型改造輸送船『キングダム』を中心として、大小様々な船が自由に並走していた。


 うち一隻、中央よりやや先行する位置にいた貨物船パンナコッタⅡより、灰白色と青色のヒト型機動兵器『エイム』が飛び立つ。

 全高15メートル、基本的なヒト型で全体を武骨な装甲に包む機体。

 重力制御と反動推進用のブースターノズルを併せ持ち、20Gから50Gもの加速力で宇宙を駆ける性能を持つ。

 小型の機体ながら強固な装甲に加えエネルギーシールドを備え、無数に漂うデブリ、基本的な兵器であるレールガン、または光学兵器の直撃にも耐え得る。無論、限度はあるが。

 装備可能な兵器のバリエーションも多岐に渡り、あらゆる状況に対応。人間のように腕部マニピュレーターで保持する他、各所にあるハードローンチに接続し、二本の腕に縛られない高火力も確保できた。

 また、エイムは戦闘用に限らず一般的な作業にも多く用いられている。

 銀河中のメーカーが無数の機種を生み出し続ける、この時代では代表的なヴィークルと言えた。


「ごめんなさいねユイリちゃん、船を寄せるよりエイムの方が使い勝手が良くて」

「構いません。てか、わたしもまだ初心者なんですけどね」


 そんな乗り物ヴィークル専任オペレーターと化している赤毛娘は、船長のほんわかお姉さんをコクピットの前部席に乗せ、船団の中を移動中だった。

 戦闘機動の必要も無く、また僅か数百メートル横を宇宙船が航行しているので、安全の為に速度も僅か数百キロと抑えめ。

 特に加速度も上げず、のんびりと真空中を泳いでいる。

 遠くには巨大星雲が白く輝き、宇宙船の光を返す無数の星屑が猛スピードで後方に流れ、船団は静止したかのように動きが無く、聞こえる音はエイムの低い唸りだけ。

 ここしばらくの騒々しさが嘘のような、静かな世界だった。


 しかし、唯理のエイム以外にも動いているモノはいる。

 船団の中を船から船へ飛び回る、他のエイムや小型の宇宙船だ。

 ワープ能力や長期間の生命維持機能を持たない船は一般的に『ボート』と呼ばれ、短い距離の移動手段として使われる。

 また、小型の船体故に重力制御が比較的容易である為、地上と衛星軌道上の往復シャトルとして使われる事も多かった。


「ああいう小型艇は持たないんですか? エイムよりヒトも荷物も乗ると思うんですけど」


 エイムは基本的にひとり乗りで、複座と言っても操縦を分担するような必要も無い。専用カーゴを搭載すればそれなりに荷物も乗るが、それにしたって船に比べれば大した量ではない。

 なのでそんな質問をする唯理だが、直後に気が付いた。

 今のパンナコッタに、大きな買い物をするような資金的余裕があろうか。


「…………ごめんなさい、余計な事を言いました」

「いいのよ……ユイリちゃんの言う通り、今のパンナコッタサイズの船なら、普通はボートくらい積んでいるものね」


 仕方なくとはいえ、唯理は以前に購入した船を沈めるのに一役買っていた。多少の罪悪感もあり、しまった、という顔をしている。

 船長の方はと言うと、唯理を責める気など全く無く、むしろ自分の甲斐性の無さが申し訳ないと思っていた。


「んー、でもねぇ……ユイリちゃんも知ってる通り、前の――――――最初の『パンナコッタ』は50メートルくらいしかない船だったしね。ボートの購入なんて考えた事も無かったのよ。

 今の船だと格納庫も大きいし、入れても良いとは思うんだけど」


 妙齢のお姉さんが、やや幼い仕草で悩んで見せる。

 現在のパンナコッタⅡ、バーゼラルドクラスは全長250メートルの船だ。

 その下部格納庫は目一杯広く取ってあり、標準的なエイムを6基搭載してもまだ余裕がある。

 また、クルーザークラスであるパンナコッタⅡなら、近距離の『足』としてボートを入れるのはむしろ当然と言えた。

 やっぱりお金が無いので、必要にしても暫く見送らざるを得ないのだが。


 その代わりに、今のパンナコッタには型遅れだが高性能な軍用エイムが搭載されている。

 クレッシェン恒星系での戦闘で受けた損傷ダメージは、巨大輸送船キングダムで仕入れた補修部品で回復していた。

 若き天才エンジニアのエイミーによるカスタム機は十全に性能を発揮できる状態だが、その能力を発揮する機会があるかは未定だ。

 戦闘など無いに越した事はないのである。


 などと思いながら唯理がマリーンと話していた、その時。


衝突警報コリジョンアラート。シールド、オートリアクション』

「――――――よッ!?」

「ひゃッ!!?」


 エイムの管制システムが警報を出すと同時に、唯理がコクピットのインバース・キIKネマティクスアームを引っ張り上げ、両足のIKペダルを踏ん張る。

 ネザーインターフェイスでオペレーターと同期した機体はタイムラグ無しに応じ、上体を仰け反らせると胸部と脚部のブースターを起爆。

 ボッ! という音と共に急制動をかけたエイムのすぐ前を、別のエイムが猛スピードで突き抜けて行った。

 それは頭部や肩が丸っこく、かつ全体のバランスに比して大きい機体だった。


「ごめんなさい船長、大丈夫ですか?」

「え……ええ、大丈夫。ちょっとビックリしたわ」


 ホッと胸を撫で下ろすマリーンの一方、唯理は平静なままレーダーを確認。他に突っ込んできそうな物体が無いか周辺を走査スキャンする。

 エイムには惑星間の距離を走査出来るほど高性能なスキャナーが搭載され、無数の浮遊物の軌道を予測するシミュレーション機能もあるが、突発的な事態までは予期できなかった。

 今の暴走もレーダーの記録ログを見てみると、つい数十秒前まで巡航状態だった2機のエイムは、前触れ無く高機動をはじめている。

 その2機は今も、何か小さな物体を競い合いながら追いかけていた。


「また『グラップル』ね……。時々いるの。ヴィジランテのクルーが見回り中に遊び出しちゃう事が」

「『グラップル』、ですか?」


 また知らん単語が出て来たぞ、と小首を傾げる赤毛。

 マリーン船長の説明によると、『グラップル』こと『グラップリング・メテオ』とは、宇宙空間に作られた全長3キロのフィールド上でボールを奪い合い、敵陣のゴールに突入するというエイムを用いたスポーツだ。

 唯理が話を聞いた印象だと、アメリカンフットボールとモータースポーツを合体させたような代物らしい。

 このグラップリング・メテオ、全銀河人類熱狂のスポーツだとか。


 各惑星国家には統一されたグラップリング・メテオのプロリーグが存在し、その上には恒星系グループリーグ、更にその上にはスキュータムやサージェンタラス等ラインの名を冠したリバーリーグがあり、銀河頂上ギャラクシーリーグとなるともう恒星表面温度ほど人気が過熱し死人が出るほどという話だ。

 結果、いちノマドの小さな船団の中でも、専用のキネティックボールで遊ぶエイムが頻繁に出る、と。

 ちなみに、生身の人間がプレイするシューティング・メテオというスポーツもあるそうだ。


 無論、勤務時間中に全長15メートル前後のヒト型重機を乗り回して、というのは誉められたものではなく。

 第一、船団が密集している中で戦闘速度を出すなど危険極まりない。

 唯理は上手く回避したが、船に激突するような事故も時折発生するとの事である。


「でも、あんまり強くも言えないのよねー。ヴィジランテは力自慢のヒト達が多いし、船団の守りの要でもあるから」

「はぁ……それは……」


 溜息を吐く憂い顔のお姉さんに、釈然とせず眉を顰める赤毛の少女。

 しかし、新参者で事情にも詳しくない唯理は口を噤み、沈黙の内にエイムは巨大輸送船キングダムへと到着した。

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