39G.ベースビルドプライオリティー

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 ターミナス恒星系グループ本星、惑星テールターミナス全域でテロが発生してから、14時間後。


 ノマド『キングダム』船団約230隻は、巨大輸送船キングダム2,500メートルを中心に、惑星と衛星の重力均衡点にて滞留中だった。

 テロが発生した直後には、もうテールターミナスの軌道上を離れていたのである。


 船団は、現在警戒態勢中だ。

 テールターミナス全域で起こったテロ攻撃は、実質的に惑星を支配している企業『ブルゾリア』社の施設や人員を狙ったもの。

 ところが、当時惑星上に降りていた船団長のディランと護衛の部隊も巻き込まれ、テロリスト側と治安維持部隊セキュリティー双方から攻撃を受ける事態となっている。

 この上、相手の思い込みから攻撃されては堪らないと、こうして約20万キロも距離を取ってテールターミナスの動きを警戒しているのだ。

 減速時間含め30分もあれば到達出来てしまう距離ではあるが。


 火力に優れた船が船団の外周を固め、臨時編成のヒト型機動兵器『エイム』のチームが哨戒の為に飛び回っている。

 船団の周囲には何も無く、遠くに銅色の惑星や白い衛星が見えているだけだ。

 真空の宇宙は、今のところ静かだった。

 原始惑星の古語に曰く、このような状態を『嵐の前の静けさ』という。


 同じ頃、輸送船キングダム右舷格納庫に近いブロックの一角にて。

 赤毛を胸の高さまで伸ばしている少女が、無数のワイヤーで四肢や胴体を吊り上げられていた。

 と言っても、別にそれは拘束などされているワケではない。

 赤毛娘の村瀬唯理むらせゆいりは、全感覚シミュレーションシステム『オムニ』で模擬戦の最中だった。

 絵面ビジュアル的には、雁字搦めで囚われ目隠しまでされている美少女、というマニアックな図になっていたが。


 シミュレーター『オムニ』は、ネザーインターフェイスで脳と非接触接続し、ヘッドマウントディスプレイにより目や耳から視覚や聴覚の情報を得て、リテンションワイヤーにて現実同様の自由な身体の動きを確保する、仮想現実システムだ。

 要するに、実際に身体を動かせる限りなくリアルなバーチャルリアリティーマシンである。

 その用途は多岐に渡り、個人で遊ぶバーチャルゲームから本物の軍事訓練、ドローンボットを用いたリモート旅行体験と、様々だ。

 実はパンナコッタの双子の少女が、部屋に自分用の『オムニ』を入れている。一体どんな仮想体験をしているのやら、とオペ娘は胡乱な顔で語っていたが。

 そして、キングダムの格納庫、エイムを整備している近くの部屋にも、個人の・・・慣熟訓練や機体調整に用いる『オムニ』が設置してあった。


 唯理の主観では、現在エイムに搭乗して敵機体と交戦中、という事になっている。

 コクピットのオペレーターシートに座る感触、手足に沿って背後から伸びるインバース・キネマティクス・アームの手応え。

 それらの感覚は、ネザーインターフェイスと四肢を支えるリテンションワイヤーが作り出していた。

 当然、バーチャル空間内のエイムの動きも、21世紀のスーパーコンピューターとは比べ物ならない演算用フレームが再現している。

 操縦のフィーリングも、そして戦闘も、現実の物と全く変わらない。


 という事になっているはずだった。


 模擬戦の中で唯理は敵エイムを撃墜する。

 戦闘終了、残敵無し。

 シミュレーションを終えると、システムと脳を同期させるネザーインターフェイスがオフラインに。

 身体を吊っていたワイヤーもテンションを緩め、使用者ユーザーを解放する。

 そして唯理はヘッドマウントディスプレイを外すと、軽く汗を浮かせながら釈然としない風で小首を傾げていた。


 模擬戦の結果は、一言でいうと振るわなかった。

 今まで何度も乗っているので、エイムの操縦そのものに問題は無い。

 21世紀の戦闘機より多少複雑といった程度だ。

 機体に搭載された高度な人口知能AIの支援と、ネザーインターフェイスが実現する意識との同期、これによりヒト型機動兵器という高度なシステムを比較的容易に操作する事が出来た。

 定石セオリーを知らないので多少・・強引な部分があるとは本人も思うが、これは追々学んでいけば良いだけの話。

 それも戦闘力の高さがあればこそ通る力技であって、唯理のエイムオペレーションは到底素人の高校生のレベルではなかったのだ。


 そこを踏まえて、赤毛娘のシミュレーション結果は平凡だった。


 移動、機動、攻撃とそつ無く・・・・こなすが、エイムの挙動に実戦ほどのキレが無い。

 ネザーズとの同期に問題は見つからなかった。同調率100%という冗談みたいな数値を問題無いとするならば、だが。

 この計測数値が正しいなら、むしろ唯理の動きは他の者より圧倒的に良い事になる。現実に、完全に自分の手足として機体を操作出来るのだから。

 センサーシステムや火器管制システムの使い方にも問題は無い。21世紀のアビオニクスと比べ物にならない高度なシステムに最初は面食らったが、慣れてしまえばむしろ戦闘機よりよほど親切だ。

 総評すると、唯理のエイムオペレーションに問題は見つからないのである。


「…………なんか反応がワンテンポ遅れるし。レーダーシステムとの同期が上手くいってないとか?」


「フィードバックの遅延は見られませんが? というか……隊長のネザーズ、ノイズが全然無いのですが」


 実機のエイムと『オムニ』による模倣エミュレートの違いか。

 機械的な問題を疑う赤毛娘だったが、無表情系黒髪巨乳のラヴは記録データを見ながら否定する。

 その中に妙な現象を見て微かに眉をひそめるが、大した問題ではないだろうと気にしなかった。


 なるほど原因はシステムではない。

 ならば自分に問題があるのだろう、と唯理は考える。

 そもそも、ついこの前まで――――――主観時間では――――――21世紀の女子高生やってた自分が、この時代のシステムを完全に使いこなせる道理もないのだ。

 こんな未来の機動兵器を当たり前のように乗り回して戦闘に耐えられる方がおかしい。

 その辺の理由は未だに不明だが、しかし今の唯理には必要な事でもある。目覚めてから荒事の連続だ。何度危ない局面を力尽くで強行突破して来た事やら。

 エイムに乗れた事、実戦も問題無かった事を、不幸中の幸いだと思うべきだろう。


 ところが、実戦では感覚で把握できた戦場が、シミュレーターでは把握できないという、この事態。

 レーダーシステムを使えば普通に状況の把握はできるが、実戦時ほどの勘が働かない。

 結果、反応が遅れる。


 改めて唯理は、自分が何も知らないという事を思い知らされていた。

 今のところ何となく戦闘をこなせているが、自分の性能を正しく理解しておかなければ、実戦で致命的な事態に直面しかねない。

 唯理自身だって、信頼性の無い兵器を使うなんて嫌だ。


 では、どう問題を解決するか。

 前述の通り、兵器に求められるのは必要な時に問題なく動くという信頼性である。どんなに高性能な兵器でも、動作確率50%とか産廃だ。

 ならば、感覚なんて曖昧な物を頼みにせず、既存のシステムを確実に使いこなす事を優先するべきであろう。


「…………エイム操縦の基礎とかどこで覚えられるんだろう?」


「はい? だからオムニでトレーニングしているんじゃないの?」


「専門の教育機関とかは? 船団のエイム乗りはどうやって操縦を覚えてるの?」


「軍のオペレーター養成課程、のような物ですか?」


 当たり前の質問をしているつもりな赤毛に対して、桃色髪の姐さん、メイは小首を傾げていた。

 ラヴの方も意味を掴みかねている様子。


 一から勉強する必要があると思った唯理だが、ここでまたしても2,000年以上の世代ギャップが発覚。

 前々から船長やらオペ娘やら若い娘さんがどこで操船技能を学んできたのだろう、と思っていたが、この時代における学習というのは基本的に個人が勝手に――――――良く言うと自由に――――――やるものらしい。

 以前の、船団自警団ヴィジランテが自己努力だけで戦闘技能を養っているのと同じだ。技能なんざ必要な者が必要な時に勝手に身に付ければいい、という考え方だった。

 『学校』なんてモノは軍などの特殊な分野に携わる者か、ハイソサエティーズといった良家の人間が行く所なのだという。

 だがまさかエイムのような高度なシステムの実技操作まで個人で勝手に覚えさせようとは。


 では雇用側は、被雇用側の能力をどのように判断するのか。

 その場合、例えば個人の持つ情報端末インフォギア記録ログや航宙法の定める公的資格の有無、全宇宙的な機関が保証する技能認定といった物を、能力を測る材料にするという話だった。

 つまり、実力主義と言えなくもない。

 どのような教育機関を出たか、どのような学習過程を経て来たかではなく、単純に個人の能力を見ると。

 そして、その過程は問われないのだ。


 前述の通り、この時代において学校というのは概ね特別な教育機関の事を指すらしい。軍学校や士官学校などが、その最たるものだ。

 それでは、21世紀に見るような初等教育での学習は、どのような扱いになっているのか。

 読み書き計算に基本的な意志疎通など社会生活を営む上で最低限必要とされる能力は、およそ全ての星系において、より専門的な技能資格を取得する為の必須資格とされている。


 つまり、そこで最低限の知能や知識、判断能力を持っているかのチェックが入るワケだが、ここで赤毛娘がその最も基本的な資格を持っていない事が発覚した。

 実際の能力はともかく、エイム操縦技能より先にそちらの資格を取らなくては。小学校出ていないようなもんである。

 赤毛の美少女は普段の澄ました貌も忘れ、頭を抱えて屈み込んでいた。

 冷静に考えてみると、今の自分は高校中退の身分。何せ卒業する前にこうなっていたので。

 基礎能力に関しても、中学卒業の資格は認められそうになかった。

 学歴とかにこだわりはなかったが、そこそこショックである。


 こうして、社会資格的に晴れて小学生以下という事が証明され愕然とする赤毛だったが、そこに船団内通信インターコムが入って来た。

 覇気の無い虚ろな顔で応える唯理は、『用事が出来た』と言い残しシミュレーター室を後にする。

 フラフラと頼りない背中を見送るメイとラヴ。

 その捉えどころの無い我らが隊長の姿に、揃って気の抜けた顔をしていた。


「んーと……それじゃー手加減していた、とかじゃないワケね。まぁ実際大した事ないなーとは思ったけど」


「貴女、10戦全敗だったじゃない…………」


「で、でもあたしは『ベーシックノーリッジ』持ってるし!」


「それで自慢しているつもりなの……?」


 呆れたように溜息を吐くクール美女に、まなじりを吊り上げる喧嘩っ早い姐さん。どうしてこんな対照的なめんどいふたりが自分の所に配属されたのか分からない、と後に唯理は語る。


 とはいえ、ラヴもメイ同様、先ほどまでの赤毛の隊長とのやり取りで、釈然としないモノを覚えたのは事実だった。

 よほどのエクストラテリトリーでもない限り幼少期に取得が推奨される『基礎的判断知識ベーシックノーリッジ』を持っておらず、シミュレーターで見るエイムの操作技術は特筆する物が無く、実際の戦闘では異常な戦闘能力を見せる赤毛の少女、村瀬唯理ムラセユイリ

 常識知らずでどこか浮世離れしており、かと思えば不思議とヒトを率いる姿が板に付いている。


 船団長に監視を命じられた時には意味が分からなかったが、その理由も少しだけ見えて気がした。


               ◇


 マリーン船長から通信を受け取った後、唯理はキングダムのシミュレーター室から船橋ブリッジに赴き、船団長のもとに出頭した。

 それでいったい何のご用事かと思えば、またしてもテールターミナスへ同行しろとのお達しであった。


 惑星内の方は沈静化したのかね? と思いながら、唯理は身体にフィットする黒とオレンジの船外活動EVAスーツを装着。

 ヒト型機動兵器に乗り込むと、船団長専用機である小型艇『シルバースプーン』に随行し、くすんだ銅色をした惑星へと向かう。


 惑星の大気圏へ入ると、前回と違い小型艇の周囲を治安部隊セキュリティーのエイム6機に固められた。護衛なのか監視なのかいまいち判断し辛い距離感である。

 治安部隊セキュリティーには一度攻撃されたという事もあり、唯理のほか護衛機のエイムオペレーターも警戒は緩めない。

 テロ直後という事で、都市上空では未だに多くのパトロール用無人機ドローンが飛び回っている。

 住民を威圧するように機動兵器が行き来する中、シルバースプーンと護衛機は目的地の高層ビルへと到着した。


「私も、ですか?」


『ああ、護衛チームのトップとして同行してもらいたい。多分、聞いておいた方がいい話になるかも知れないしな』


 そのビル側面にある降着場でお留守番かと思った赤毛娘だが、通信で船団長に同行するように言われる。

 惑星テールターミナスの実質トップとの会談だと聞いたが、そんな所に自分が行って何の意味があるのだろうか。そもそもエイムの戦闘力と生身のそれは比例しないだろうに。

 多分大丈夫だとは思うが。


 このように疑問はあったが、それも護衛の一環だろうと考えた唯理はヒト型機動兵器を降りる。


「念の為に持っていてくれ。マリーンに知られると怨まれそうだが…………」


 船外活動EVAスーツにヘルメットを分割収納させると、色黒白髪の船団長から手の平サイズの武器を渡された。

 握り易い形状のグリップに引き金トリガー、そこから前方に18センチほどの四角い銃身が伸びている。

 いわゆるハンドガンだった。

 一見してリボルバーの回転式シリンダーに似た物が銃身とグリップの間に収まっていたが、それはバッテリーパックのような物らしい。

 まさかこの時代で、と唯理も一瞬目を疑ってしまったが、やはりハイテクだった。


 船団長が唯理に渡したのは、レーザーガンだという。出力調整可能で、護身用武器としては一般的な物なのだとか。

 そんな事より自分に武器を渡していいのか、と唯理は疑問に思うのだが。


「エイム乗りなら持っていない方が珍しい。インフォギアで接続すれば操作法は分かる。使えるようにしておいてくれ」


 素性不明の21世紀JKに武器を渡すという行為に、船団長は疑問を覚えなかったようだった。

 以前に武器の所有は法以前に自己責任とか聞いた覚えもあり、また唯理としても必要だとは思っていたので、有難くお預かりする事とした。

 そして言われた通りに情報機器インフォギアでレーザーガンにアクセスすると、基本的な操作方法やチュートリアルが参照できる。ロケットランチャーの説明書、対人地雷の表記同様、兵器も意外とユーザビリティーには気を遣うものなのである。


 見た目こそ21世紀でも良く見たハンドガンだが、詳細を知ると非常に高度な兵器であるのが分かる。

 情報機器インフォギアと同期する事で使える、照準補正システム、個人認証システム、出力調整機能。

 紙を燃やす程度から鉄板を切断出来る程の威力まで。

 一体どんなパワーソースを使っているのかと思えば、呆れた事にマイクロ核融合発電だった。

 ハンドガンの中央にあるシリンダーに似たパーツがそれで、ちょっとした発電所程度の出力を持っているという。


 焦点スポット距離、最大で約100メートル。最大出力300kw時の連続照射時間5秒、インターバル3秒、短連射モードへの切り替え可能。

 ハードディフェンダー社製、個人防衛用光学集束ツール。

 HDRAY500Sである。

 

 それ以上特筆する事も無い、この宇宙では標準的な個人武装だった。


 ハンドガンのような形状だが、遊底スライドが無ければ弾丸の装填も必要無い。

 引き金トリガーはあるが、情報機器インフォギア側からの操作で誤発振しないようにする二重トリガーの安全装置セーフティーとしての意味合いが強いらしい。

 普通の銃と違うので調子が狂う、と微妙な表情の赤毛だったが、そのうち慣れると思うしかなかった。


 スーツの大腿フトモモにあるハードポケットにレーザーガンを収めると、唯理は船団長達に付いて建物内に入る。

 殺風景な外側と違い、内装は石材の床に彫刻された木造の柱と、贅沢で優雅な物になっていた。

 これまた応接室のようなエレベーターに乗ると、間も無く最上階へ着く。

 そのフロアは全体が社長室になっていると聞かされた。

 平均的な学校の体育館並に広く、外側の壁は一面がガラス張りだ。

 よく磨かれた床には、黄昏色の空の景色がそのまま映り込んでいる。この星で最も高い建物である為、他に反射する物が無いのだ。

 壁際にはヒトやそれ以外を模した彫刻が置かれ、淡く光る惑星の模型が目を惹く。

 部屋の中央、窓の側には大型の机が置かれている。

 その主と思われる人物は、部屋の上吊り下げられた広いロフトの上にいた。


「よく来てくれた……ブルゾリア社代表取締役、ブラウニングだ。これ以上の自己紹介はいらないな?」


「ええ、ミスターブラウニング……。それで結構です」


 高いところから見下ろす恰幅の良い男に、愛想なく応える船団長。

 無論、ディランの立場なら相手が実際にどういう地位にいるか把握していて然りだ。

 ジャンスターシェーフ国民主権主義擁護共和国に属する、ターミナス星系を実質的に支配する企業。

 そのトップ、グルー=ブラウニングである。


 建前上、惑星の運営は現地の行政機関によって行われる。少なくとも共和国はそのような体制になっていた。

 それは共和国という国家が民主主義であるというアリバイであり、企業が全てを決定している実情は公然の秘密となっている。

 このような政府にとって都合良く作られた真実が、一般大衆を大いに憤らせているのだが。


 通常、真の最高権力者は表に出る事がない。

 だというのに、『治安部隊セキュリティーが攻撃した件で補償をするから来い』と連絡を受けた時は、何事かと船団長は思ったという。

 無論、何かあるとは思っていた。

 しかし船団長の立場としては、呼び出しを無視するワケにもいかず。船団が補修と増強を必要としているのは事実であり、補償を受けられるというならその辺の交渉も有利になるかもしれない。


 などと、共和国相手にはあり得ない、希望的観測を持ってしまったのである。

 いざ会談に臨んで、その事を思い出す船団長であった。


「……これは?」


「見ての通りだ。我が社の警備部門に属するPFO『オーバル』がそちらの攻撃を受け壊滅的な損害を受けた。その損害賠償請求だ」


 着いた卓上に表示される、書類形式のホログラム。

 内容は、先の同時多発テロの際に、ある私設艦隊組織PFOが失ったヒト型機動兵器と負傷したオペレーター等による損害額だった。

 これを突き出し当然のような顔をしている社長のブラウニングに対し、どこまでも無表情になる船団長のディラン。

 共和国系企業のやり方は分かっていたつもりだが、心底ウンザリする思いでもあった。


「我々はそちらのセキュリティーから攻撃を受け、その補償をしていただけると聞いたから来たのですが?」


「被害を受けたのはこちらであってそちらではない。それに、そちらのエイムはPFO『オーバル』の警告を無視したと記録に残っている。

 どこの星でもそうだと思うが、セキュリティーの命令に従わないのは安全保障規約違反に反社会行為違反に抵触する犯罪行為だ。

 ともすれば、共和国法に従いキングダム船団を告発し、刑罰を与える事になる」


「こちらはセキュリティーにテロリストと誤認され、話も聞かずに攻撃を受けた。大人しく撃墜されていればよかったと?

 国家の不当な行為に対しては、全ての人間は自衛する権利がある」


「それでもこちらの行動は完全に合法だ。これに逆らう者が悪である事実は変わらない。

 飽くまでも自らの非を認めないのであれば、こちらは法と正義を以って実力を行使するだけだが?」


「ノマド相手にそれを言うのか、ミスターブラウニング? 星系国家が寄港しただけの船団に強権を振るうと?」


 仏頂面のまま平坦な声で船団を脅迫・・する、ブルゾリア社の最高経営責任者。

 理屈も正論もどうでもよい、法と権力を握る者が正義であるという傲慢さで、立場の弱い者を屈服させようと圧力をかけてくる。


 が、ノマドとは何者であろうか。

 その本質は、星ひとつ、星系ひとつ、あるいは数万数億という星系を支配する、権力への抵抗と反発だ。


 それまで冷静な表情を保っていた若中年の船団長だったが、今は怒りと凶暴な笑みをその顔に滲ませる。



「相手になるぞ、フォーサー。全てが自分に従うと疑わないその思い上がり、踏み潰してやる!」



 座席から立ち上がり、ディランはブラウニングへ牙を剥き出していた。

 社長の後ろにいた護衛のふたりは、動揺した様子で懐に手を伸ばそうとする。

 しかし、その前に唯理がハンドガンを取り出し、テーブルの上に叩き付けた。

 冷たい目をした赤毛の少女に本気を感じ取り、護衛達の動きも止まっている。

 この場の主役はブラウニングとディランだったが、支配しているのはこの娘だった。


 ターミナス星系の最高権力者は、キングダム船団側と自分の護衛を一瞥してかぶりを振る。

 ノマドのいち船団と星系軍では、戦力規模として比較にならない。

 ブラウニングがキングダム船団を犯罪者組織と指定すれば、テールターミナス方面艦隊一万数千隻が拘束に動くだろう。

 勝負にならない事は、船団長も分かっているはずだと。


 その上で、ディランは咬み付くのだ。

 例え戦闘では不利だろうと、決して唯々諾々と権力に阿るような事はしない。

 何故なら、キングダム船団とはノマドなのだから。

 存在意義からして、権力の横暴に屈しては成り立たないのである。


 ちなみに、唯理は完全に殺る気だ。

 決定的に交渉が割れたら即座に殲滅するのがお仕事、と当たり前のように構えていた。真面目か。


 とはいえ、実のところそんな事になる可能性は低かったりする。


 船団長のディランはウンザリしていたものの、ここまでも想定の範囲内ではあった。

 甘い言葉で釣り出し誘い込んだ上、交渉の席でぶん殴り主導権を奪う。共和国系企業のお家芸である。

 船団長も忘れていたワケではないのだが、忘れたかったというか。


 しかし、当然ながら相手のやり口を知っているディランが大人しくこうべを垂れるはずもなく。

 また、仏頂面の社長にも船団長が一切引く気が無いと分かり、微かに溜息を吐いていた。

 本来の目的が果たせなくなるので、最初から本気で叩くつもりなど無い。

 多少この後の話が優位に進めば良い、と考えたのと、単なる挨拶代わり・・・・だった。


 それでも、あと一歩でも踏み込めば赤毛の少女に殺されていたのだから、流石に最高経営者になるだけの悪運はあるのだろう。


「…………こちらとて利益にもならない事をしたいワケではない。双方にとって有益な話があるから呼んだのだ」


「だろうな。前置きが長いぞ、ミスターブラウニング。本題に入ってもらおうか」


 それまでのやり取りなど無かったかのように、話を切り替える仏頂面の社長。

 今度はいったいどんな理不尽を突き付けられるのかと、色黒白髪の船団長も負けないくらいに不機嫌面だった。


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