31G.リノベーション巨大ウェアハウス

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 ノマド『キングダム』船団。

 いかなる星系国家、惑星国家にも属さない宇宙の放浪民による宇宙船団、『ノマド』。そのうちのひとつである。

 船舶数、約250隻。出入り自由なので常に変動するのだが、現在は大きなトラブルに見舞われた直後で、数を230隻前後まで減らしている。

 数ある船団の中で規模としては中程度。自治体制に特色が出るノマドにあって、比較的秩序だった運営を行っている船団だった。

 その背後には、微笑みの裏返しで腹黒い美人船長の跳梁が有るとか無いとか。


 暫し船団を離れていた貨物船『パンナコッタ』だが、現在は帰還を果たし、船団の中心である超巨大輸送船『キングダム』の格納庫に入っていた。

 キングダム2,500メートルクラスは、中央船体と左右の格納庫ブロックから成る。

 左格納庫は改造され完全に封鎖されていたが、右格納庫は他の船を迎え入れる港として機能しており、パンナコッタ200メートルクラスもその中である。

 乗員クルーである乙女たちは、既に移動していたが。


「ここが『キングダム』の乗組員が住んでる居住区画。他の船の家族も住んでいるのね。

 キングダムは元々ゴンドア型輸送船っていう宇宙船の中でも最大クラスの船だったんだけど、それをほぼ丸々コロニーシップに改造しているの。

 だから船内は全体がライブスフィア環境になってて、昼夜の生活時間とか温度変化、湿度変化とか、天候の・・・変化も再現されているのよ」


 メガネ少女のエイミーに解説され、唯理は船内にある大きな空間を見上げていた。

 その頬は、エイミーに喰らったお仕置きのせいで赤くなっている。

 見た目大人びたクールな赤毛の美少女が、若干涙目だ。


 居住区画は巨大輸送船『キングダム』の船体中心部に位置している。最も堅牢かつ安全な配置と言えるだろう。

 形状としては、上に行くほど狭くなる台形立体構造の空間。

 高さ200メートル、幅は最小部で50メートル、最長部で100メートル、奥行きは800メートル程。

 その空間の両側に、住民の住む部屋がある。

 上底と下底の長さを互い違いにし、同じような居住区画が横に3列、縦に2列、奥に2列、計12個並んでいるという事だ。


 ひとつの居住ブロックは60の階層に分かれ、約3,600戸の部屋が存在する。12ブロックで、約43,200戸。

 およそ7万人がキングダム船内で暮らしていた。


 傾斜した壁面に無数の窓が並び、10階層ごとに空中歩道が接している。歩道のある階層では、何かしら店舗らしき施設も見られた。

 それは巨大なマンションを内側から見た物か、地下空間に造られた巨大な街、あるいは遠い昔に滅び去った崖の街の遺跡を思い起こさせる。

 いずれも唯理の知る物とはスケールが違ったが。


 そんな建造物の規模に比して、細部に関してはやや寂れた感があった。

 床のシミ、構造を支える巨大なフレームに浮いた錆、壁面の継ぎ目に詰まったホコリ、と垣間見える生活感。

 保守点検整備を行う人間サイズのヒト型ロボット、『ワーカーボット』の存在も所々で見られたが、隅々まで綺麗にしておくほどの余裕も無いようである。


 とはいえ寂れているのは、物理的な部分だけではなかったりするが。


「えーと? レーザー砲のタレットにディレイの弾、マルチランチャーと弾頭、整備機材、部屋の備品、消耗品はクリーナーにアブソーバーにフィルターに……。あとエイムの装備も可能な限り整えたいよね。みんな効率的かつクイックに行くわよ!」

「うえーい」

「ほーい」

「はーい」

「はいはーい」


 拳を振り上げ意気軒昂なエイミー嬢に、それぞれやる気有るんだか無いんだか分からない返事をするパンナコッタの美女美少女一同。

 所は居住区の端、工作製造ファクトリー区画エリアとの境となる。

 キングダムという船が7万人もの乗員を抱える以上、日々生活するだけでも膨大な物資が必要となるのは道理。

 それらを生産する為の設備群が、居住区の隣に固まっていた。正確には倉庫エリアを挟んでいるが。


 宇宙船パンナコッタⅡことバーゼラルドは、トムナス恒星系で小惑星の中から掘り出されて以来、どこにも寄港せずキングダム船団に追い付いていた。

 それが可能な船だった。

 基本性能が飛び抜けていたバーゼラルドであるが、その生産性能もまた常識を外れていたのだ。道中で小惑星を2~3個引っかけて来るだけで、酸素や水、食料はもちろん、近接防衛火器CIWSの弾丸やヒト型機動兵器の補修部品まで製造できてしまった。

 が、それで十分というほどでもないらしい。


 輸送船キングダムでパンナコッタに必要な物資を揃えよう、という話になった際、


『そんなに高性能な製造システムが有るなら、全部この船の中で賄えるのでは?』


 と、この時代の事に関して少々無知な赤毛娘が疑問を呈していた。

 何せ、元素合成変換再構成システム『T.F.M』、自動成型組み立て機『アセンブラ』、これら製造システム群が有れば理論上作れない物は存在しない事になる。

 更に、エネルギーは半永久機関である『ジェネレーター』からいくらでも供給でき、資源は前述の通り無数に漂う小惑星を拾ってくれば良い。

 極論すれば、この時代の宇宙船乗りは、一生船から出なくても生きていけるのだ。


 などというのは、まっこと宇宙の常識を知らない子供ユイリの戯言であったと言えよう。


『確かにこの船にはコロニー並みの製造能力があるけど、T.F.Mは船の命綱でもあるから、可能な限り空けておく事にしているの。

 製造済みの予備部品が手に入るようなら、そっちを使う事が多いのよ』

『それに高精度な部品になると機械精度の問題やデータ不足で製造できない物も出てくる……。兵器のたぐいは特にそうだな。メーカーは当然情報を秘匿するワケだ。仮に作るにしても時間がかかる。

 エイミーの言うようにT.F.Mは宇宙で生きる者の生命線だ。不要不急の使用は避けるべきだろう』


 便利で高度なシステムである故に、その利用は慎重にするべきだ、と。

 エンジニアとメカニックの理系女子ふたりが語るには、そういう事らしい。

 特に、多くの人間が共有するT.F.Mは、その利用時間と占有率にこそ多くの対価を要求されるのだという。素材の価値に占める割合は、それほど大きくないのだ。


 なるほど、と納得する唯理だが、あんたら前の船ではその高度なシステムで散々スナック菓子作らせたじゃないか、という科白セリフは新入りの慎みとして飲み込んだ。


 そんな垣間見える本音と建前は置いといて、複雑かつ高精度が要求される物体は製造にも時間がかかるのは事実だ。現在、唯理のエイムが搭載するブースターも、仮設の急造品という事で性能も耐久性も芳しくないらしい。

 キングダムはその巨体故に、民生品から軍事物資までそれなりにストックが有る。

 また、皮肉な事に先の戦闘で中古の武装が大量に出ており、これを再利用しようというのは当然の流れでもあった。

 鬼のような火力を持つバーゼラルドにこれ以上の武装は必要無いのだが、何せあの青い屈折レーザーは目立ち過ぎる。

 よって、いまさらではあるが通常火器を搭載し、平時にはそれを使う事になっていた。緊急事態になったら、そんな事も言っていられないと思われるが。


 ちなみに費用はキングダム船団持ちだ。

 船団の防衛戦での貢献が認められたもので、このような場合は各船の拠出金から支払われるらしい。

 あいにく、借金の穴埋めが出来る程の額ではないようである。


               ◇


 キングダム船内で必要な物資を集めるパンナコッタの乙女たちであったが、実は一名だけ別行動を取っていた。

 船長のマリーンである。

 エイミーやダナ、フィスといった技術陣に後を託してきたマリーンは、現在はキングダムの船橋ブリッジに来ていた。

 目的は、船団の一員である船の船長として、または旧知の船団長と込み入った話をする為だ。


「全く人生は分からんもんだ。いきなりあんな艦隊に襲われて船団もここまでかと思ったら、狙ったようなタイミングでお前が来るとはな……。

 名前も無いような星系で分かれたからな。いっそ誰か迎えにやらないとダメかと思ったが、今まで何をしていた?」

「あの流星群で船が壊れたから買い替えたり、途中で良いを船に加えたり色々あったのよ。

 わたしだって、ようやく船団に戻ったと思ったらあの騒ぎだもの。ビックリしたわ」


 巨大輸送船キングダムの船橋ブリッジは、船体上部の中央から後部寄りに建つ船橋構造アイランドの最上部に存在した。

 船橋ブリッジ内部は広いが殺風景なモノで、所々鉄板のような部材も剥き出しになっており、傷や補修痕など長年酷使してきた痕跡が見てとれる。

 広さは、幅10メートル、奥行き15メートル、高さは3メートルほど。

 大きければ良い、というワケではないが、ファルシオン3,000メートルクラスに比し、キングダム2,500メートルクラスの船橋ブリッジは大分小さかった。

 その船橋ブリッジ前方には操舵手席、両脇には通信やレーダー、船内設備、入港管制、火器管制といったオペレーターの席がズラリと並んでいる。

 船長席は、船橋ブリッジ後部の中央。

 宇宙船の基本的なレイアウトだ。


 その席に着いているのは、短い白髪に浅黒い肌を持つ人物だった。青年と言うには渋みが強く、中年と言うにはくたびれていない鋭さのある男である。

 ディラン=ボルゾイ。

 ノマド『キングダム』船団長であり、巨大輸送船キングダムの船長だ。


「にしても、ノマドなんて襲って何がしたかったんだか……。結構な艦隊だったが、得る物など無いだろうが」

「あれは……どうやら『ドミネイター』の艦隊だったようよ。艦体とエイムの特徴で一致したわ」

「なに……?」


 その船団長は、マリーン船長の発言に驚きと疑問を顔に出した。


 ノマドとは一部の例外を除き一般人の寄り合い所帯であり、数こそ多いが貴重な船や設備などは存在しない。海賊にしても、襲ったところで労力の割に実入りが少ない獲物と言える。

 それを戦艦クラスまで持ち出して来たのがどこのどいつかと思えば、マリーン船長が口にしたのは実に意外な相手だった。


「ドミネイターが艦隊規模で動いたなんて、ここ500年間無かったはずだ。船自体との遭遇報告は定期的にあったから、どこかで末裔が拠点を作っているか、本国が活動を再開するかと予想はされていたが…………」

「流石、相変わらずの情報通ね。その若さでお歴々が認めるだけはあるわ」


 ドミネイターと言えば、500年前に銀河の方々へ支配の手を伸ばした当時の一大勢力である。

 どこかの星系国家で発祥した文明だと思われるが、実際のところは不明だ。

 ドミネイターは停戦や和平の交渉といった接触を、一切受け付けなかったらしい。

 以って、正確な種族や本拠地は一切不明。一説によると銀河系外の文明だともいわれるが、その情報の根拠も不明だ。


 まさに一方的に滅ぼす勢いで攻勢をしかけて来たドミネイターであったが、これに戦力を結集して反撃したのが連邦の前身である『連合』と、当時から現代にまで歴史を重ねる『皇国』だった。

 天の川銀河の総力を挙げた大反攻により、ドミネイターの軍団は壊滅。

 以降、思い出したようにそれらしき船は目撃されるが、艦隊のような数を揃えた軍事行動は確認された事が無い。


 と、ここまでは知る人ぞ知る話。

 500年前の亡霊か、未だ謎とされるドミネイターの本国に新たな動きが予想されるというのは、一般のネットワークには出ていない情報だった。

 そこを何気に、にこやかに突くマリーン船長。

 何やら含む物言いの妙齢美女に、船団長は真意を窺うように沈黙する。

 だが、すぐに気にしない様子で話題を変えた。


「……流石に500年前の船という事はないだろう。宇宙船技術は当時と比べ物にならないほど発達しているし、いくら民間の船とはいえ俺達の船団が500年も前の戦艦に負けるとは思えない。

 それにしても凄まじい船だな、新しいパンナコッタは。20隻からの重戦闘艦を火力で押し込むとは。

 …………どこであんな物手に入れた?」


 およそまともな船ではないだろう、と言外に攻める船団長の反撃。古い知り合いだが仲が良いとも言っていない。

 とはいえ、マリーン船長もこの展開は想定の内だった。

 戻って早々船団がドミネイターなんぞに襲われていなければ、しないでよい気苦労だったが。


「アレはスキュータムのトムナス・グループでやってる紛争の宙域で手に入れたのよ。現地の軍の放出品だったらしいけど、詳しい事は知らないわ。

 少し高かったけど、掘り出し物だったわね」


 当然、回答も用意済み。

 パンナコッタⅡは、大破した先代パンナコッタに代わり惑星イラオスで購入した船、という事にした。

 実際に購入した船は、アッという間に宇宙を漂うデブリと化したが。


 だが、船を買ったのは事実であり、借金したのも事実である。書類データ操作と登記の改竄も抜かりなく。

 何せパンナコッタの乗員クルーには、やり手のウェイブネット・レイダーがいるのだ。

 後の事は知らぬ存じぬ、然るに野となれ宇宙の星屑となれである。


 船団長としても、この女が隙を見せるとは、実のところあまり思っていない。

 これ以上の追及は無駄だろうと、新たな船パンナコッタⅡの話も切り上げる事とした。


「今回の事で船団の被害も甚大だ。立て直すまで新しい船の力、アテにさせてもらいたいもんだな」

「買って早々無茶をしたから、少し整備が必要ね。まぁ船団の一員として期待に沿えるようにはするつもりだけど。

 今後の進路はどうなっているのかしら? 船団長」


 さり気なくプレッシャーをかけてくる船団長に、これまたサラッとわすヤリ手船長。

 とはいえ、お互いの進路が同じならば、助け合って往くのもまたノマドという人種である。

 マリーン船長やパンナコッタの皆にとっても、この船団が今の居場所なのだから。

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