30G.玄関先カウンターウォー

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 現在、『パンナコッタ』の銘を名乗っている、『バーゼラルド』クラス戦闘艇。

 この正体不明の船は現代の技術水準を完全に無視した性能を持っており、その危険性故にマリーン船長も目立つ運用は避けるつもりだった。

 だというのに、久しく古巣のキングダム船団に戻って来たと思ったら、どこぞの正体不明勢力に襲われているというこの状況。


 相手は、重巡洋艦クラス以上ばかりが20隻も。

 その艦隊はエイムらしきヒト型機動兵器も大量に繰り出しており、船団の守りである自警団ヴィジランテは今にも駆逐されようとしていた。


 既に犠牲者も出ており、マリーン船長以下パンナコッタのクルーに、これを看過するという選択肢は無い。

 出し惜しみをしていれば、更に多くの死者が出るだろう。

 以って、パンナコッタの皆は是非も無く、新たなる船の全性能を駆使し不明艦隊の迎撃に入っていた。

 想像以上の戦闘能力に、乗っている本人たちも引いていたが。


「これだけ撃ちまくってジェネレーターのアウトプットが落ちねぇ……このバケモンが。『レゾナンス・レーザー』ってのもよく分かんねぇけど、戦艦クラスの防御シールド削りきるとか完全にクルーザーの火力じゃねーぞ」


 火器管制を受け持っていたオペ娘のフィスは、艦隊規模の戦力を圧倒するバーゼラルド=パンナコッタⅡに頬を引き攣らせていた。

 装甲と一体化する形で、船体の上と下の左右にセルが5基ずつ並んだレーザーアレイ。

 そこから一斉に放たれる青い光線は、直後に屈折すると不明艦隊の重巡洋艦や戦艦クラスに直撃。

 戦闘艦艇の持つ高出力の防御シールドを、ジェネレーターごとダウンさせて見せた。

 敵艦隊の方も、ノマド船団への攻撃よりも防衛行動を優先せざるを得ず、砲撃の手が止まる。

 出来過ぎだが、マリーン船長の狙い通りではあった。


 先のトムナス恒星系艦隊など、この船が本気になれば一瞬で皆殺しに出来ただろう。

 だからこそ逃げに徹して正解だったとマリーン船長は思い、この船への危機感を新たにしていた。


「…………フィスちゃん、向こうの艦隊を牽制できればそれでいいわ。仕掛て来ない限りは、こちらからも攻撃不要よ」

「へーい、何とも余裕のあるこって、この船は……。キングダム管制から通信!」


 相手が殺しに来ているのだから、叩ける時は徹底的に叩くのが戦術的には正しい。わざわざ損害を受けるリスクを負う意味も無いのだから。

 ところが、パンナコッタⅡの優位性は、そんなリスクを無視出来る程だった。

 敵艦隊が彼我戦力差を正確に認識し、マリーンの想定通りの動きをしてくれているのもプラスに働いていたが。


 全く理解できない状況だったが、ノマドの船団長はこれを好機と判断。マリーン船長の進言に従い、船団の守りを固めて要救助者の収容に入る。

 またパンナコッタⅡも、戦場を漂う救難艇やEVAスーツのまま真空中に投げ出された船員の救出を要請された。

 現状、敵艦隊を押さえているのはパンナコッタなのに、その上人助けまでしろとは。

 好転したとはいえ、未だ予断を許さない状況という事だろう。


 船団は護衛船を外周に置き、敵艦隊の迎撃に入った。一隻は非力だが、数が揃うと総合火力もバカにならない。

 またパンナコッタの攻撃により敵艦隊の動きも乱れており、各艦がバラバラに動いているのが迎撃を容易にしていた。

 パンナコッタは艦隊と船団が撃ち合っている真っ只中に突入。砲撃しながら要救助者を回収する。

 不明艦からは黄色のレーザーが無数に発振されるが、電子妨害ECMとシールドに守られたホワイトグレイの船は、クルーザークラスとは思えない運動性能で光線の間を掻い潜った。

 直後にパンナコッタは20基のレーザーセルから三斉射して反撃。

 ノマド船団からも同時に攻撃を受けていた戦艦は、十字砲火によりシールドを撃ち抜かれて大破する。

 パンナコッタ側も自重している余裕は無い。


 しかし、ここで不利となった正体不明の艦隊は戦術を変更。各艦はシールドを張り防御態勢を取ると、大量の艦載兵器を射出した。

 それは、関節部の骨格やシリンダーが露出し、丸みのある頭部に眼窩からは赤いレンズが覗く、鉛色のヒト型兵器。全高12メートル前後で、やや寸詰まり感のある機体だ。

 エイムらしき機体は山形に湾曲する戦艦から出撃すると、背面と脚部のブースターを燃やして急速に接近。

 宇宙船や戦闘艦の持つ防御シールドに対し、機動兵器による接触は効果的な戦術だった。


 当然、やられる方には致命的となるが、対抗する手段も当然存在している。


「敵エイム接近。コントロール、ディレイ起動しろ。迎撃開始!」

『命令を確認。CIWS、オンライン。イルミネーターデータリンク、目標捕捉ターゲットマーク、目標群エコー、攻撃開始』


 パンナコッタのオペレーターは、船の管制AIに迎撃システムによる攻撃を指示。

 船体中央の上下にある装甲が開くと、その内部から半球体の砲塔がせり上がった。

 レールガンのClose In Weapon System、略称『CIWSシーウス』だ。


 球形の砲塔は高速で回転すると、レーザーの弾幕を抜けて来たヒト型機動兵器へ30ミリ砲弾を発砲。1秒あたり100発以上を予測進路上へバラ撒く。

 弾幕に突っ込んだヒト型機動兵器は、自らの速度に加えて砲弾の速度と質量の直撃を受け防御シールドがダウン。

 続くレールガンの砲弾かレーザーかの直撃により撃墜された。


 それでも、我が身を省みず喰らい付く敵機に対しては、


『ユイリちゃん?』

「どうぞ」

『正面カーゴドア開放! いいぞユイリ!!』


 パンナコッタ下部格納庫から、灰白色と青のヒト型機動兵器、エイムが発進。

 装備したアサルトライフルが敵の一機をシールドごと撃ち抜き、駆け抜け様に閃くビームブレイドがもう一機を切断した。


 そのコクピット内、EVAスーツを装着する赤毛の少女は、操作インターフェイスのフットアームを乱暴に踏み込む。

 入力に反応する機体は脚部のブースターを爆発燃焼。

 全長15メートルのヒト型兵器は25G――――――毎秒秒速245メートル245m/s2――――――という加速度で真空中を蹴り、赤と黄の光線飛び交う戦場のど真ん中に殴り込んだ。


「まずまずッ…………かな!?」


 身体にかかる1Gから2Gの加重に、赤毛娘の唯理はそれなりの手応えを感じる。

 万全とは言えないが、先の戦闘で破損した機体は、戦えるだけの性能を取り戻していた。

 担当エンジニアのエイミーに曰く、船内の生産システムで必要最低限の部材を作り、とりあえず動けるように修理したのだという。

 その為、機体が自壊しないよう性能に制限リミッタをかけているという話だったが、事実は少し違っていた。


 メナスという敵性体群との交戦後、ブースターなど破損したパーツ以外、赤毛娘のエイムにはどういうワケか理論値を超えた性能の向上が確認されている。

 無論、常識ではあり得ない現象だ。

 その原因が何にせよ、現在のエイムはシステムとして信頼がおけない状態であり、エイミーとエンジニアの姉御は仕様以上の性能が出ないよう調整していた。


 乗っていた船の大破により真空中に投げ出された者、救難艇レスキューボートで逃げた者が、信号を発信しながら戦場を漂っている。

 その救助活動に動くパンナコッタへ、鉛色のヒト型機動兵器が群がって来た。

 しかし、唯理のエイムが側面から敵機を強襲。

 船の間近を駆け抜けつつ敵エイムを撃墜すると、ブースターを目一杯吹かしながら反転し、次の敵へ突っ込む。


 三機編隊の敵エイムは、手持ちのレーザーライフルを連射モードで発振。細かなパルスレーザーが灰白色のエイムを迎え撃った。

 これに対し、ブースターノズルを偏向させる唯理は、敵機を正面に渦を巻くように高速旋回。

 追い縋ろうとする黄の光線を紙一重でわしながら、同時にアサルトライフルで反撃する。

 回避行動の遅れた鉛色のエイムは、紫電と共に吐き出される秒間50発の砲弾を喰らい、シールドも耐えきれずに大破。

 爆光を背負う灰白色のエイムは、アサルトライフルを次の敵機へ向けると同時に砲弾を集中させた。


 唯理はパンナコッタ周囲の敵を一掃すると、ライフル型レールガンの弾装を交換。

 次に、エンジニアの少女が悲鳴を上げるのもお構いなしに、エイムを敵集団の中へ突っ込ませた。一応、敵艦隊の注意を引き付ける為という理由はある。

 灰白色のエイムはシールドの属性を変更。意図的に強度を落したディフレクターモードへ。

 四方八方から回避しきれない光線が奔り、シールドを貫通して本体に直撃するが、機体の装甲を焼き切る程の威力は無かった。

 力場の偏向率を変え、攻撃を防ぐのではなく威力を分散させた為だ。多少装甲にダメージは受けるが、シールドジェネレーターへの負荷は少なくなる。

 これに唯理の反応速度と運動能力が加わると、エイムを破壊する程の攻撃を集中できなかった。

 ダメージを取捨選択する赤毛の少女は、無数の攻撃を意に介さず突撃し、獰猛な勢いで敵の直掩機を喰い殺す。


 状況をモニターしていた巨大輸送船キングダムの船橋ブリッジでは、単騎で荒れ狂うヒト型機動兵器の姿に、全員揃って息を飲んでいた。

 船団もそれなりの数のエイムチームを抱えているが、基本的にそれらが民間人であるのを差し引いても、灰白色のエイムは動きが異質過ぎる。


「て、敵機撃破…………残数313、いえ308」

「あの動き……無人機か?」

「い、いえ、パンナコッタ側から制御シグナル出てません。有人機と思われます」

「誰だアレは……パンナコッタにあんなエイムオペレーターがいたか!?」


 周囲の驚きを他所に、赤毛娘のエイムは最も防備の厚い艦隊中央に到達。

 レーザーの隙間を縫い、撃たれる直前に鋭角の機動マニューバで回避しながら、敵戦艦の側面を突破する。

 山のように湾曲する楔形の戦艦は、これまでにない激しさでレーザーを斉射。

 灰白色のエイムと交差する一瞬の間に、僅か数十キロの距離を無数の光線が乱れ飛んだ。

 そんな中でも唯理は確実に撃ち返すが、戦艦のシールドに弾かれ直撃には至らない。


「チィッ! 流石に戦艦は硬い……!!」


 乱れ飛ぶ光線と巨大な艦影を横目に見ながら、コクピット内で赤毛の少女は凶悪な笑みを見せていた。

 戦闘が楽しいワケではないが、何故か自然とそんな顔になってしまうのだ。

 焦燥と興奮、一方で冷静が入り混じる、その感覚。

 そんな思考とはまた関係無しに、身体は戦闘行動を継続する。


 速度を落とさず駆け抜ける灰白色のエイムは、後方からのレーザーを螺旋の機動を描いて逃げた。

 続けて、唯理が腕のIKアームを引きつつ片足を踏み込むと、エイムはブースターを吹かし泳ぐように軌道を偏向。

 勢いを殺さず更に加速し、今度は別のエイム集団へと加速する。



 が、そこで唯理のセンサーが何かを感知。



『ユイリ! 進行2時プラス50! 距離100キロに他と反応が違うヤツ!』

「フゥッ――――――――!?」


 パンナコッタのオペ娘から警告が来る前に、唯理は両足を踏み切り機体の進路をY軸方向へ捻じ曲げた。その間近を、他のエイムと異なる高出力のレーザーが薙ぎ払う。

 エイムの電子妨害ECM機能も警告アラートを発していた。敵機の対電子妨害ECCM機能に負け、センサーに捕捉ロックされた為だ。


『レーザー出力50メガ!? 艦載砲じゃねーか! 電子戦能力も高い、多分砲撃特化タイプだ! こっちでもECMを仕掛ける!!』


 オペ娘がパンナコッタの能力を用い、特殊な敵エイムのセンサーを妨害。船の上部アレイからも、10基同時にレーザーを発振する。

 青い光線は僅か0.000004秒で1,200キロメートル先を貫き、目標地点で複数の爆発を起こした。

 だが、撃墜したのは一般機らしく、特殊機は爆光の中を逃げおおせる。


 その機体は他と同様に鉛色をしていたが、短い腕と脚で直立したような形状をしていた。

 装甲形状を見ても、他の機体と異なり各部が精緻に組み合わされている。頭部は一般機と違い前後に長かった。

 全長は14メートルほど。標準的なエイムのサイズ。


 かと思いきや、ロケットのように炎を吹いて加速していた鉛色の機体エイムは、収納していた腹部、腕部と脚部を展長して16メートル台に変形。

 更に、両腕に折り畳んでいたレーザー砲を展開し、パンナコッタへ撃ち返した。


 小型高出力のレーザーがパンナコッタのシールドを掠め、船体の周囲が白みシールドが浮き彫りになる。

 電子妨害ECM環境下で撃ち合う両者はセンサーによる自動照準がきかず、運動性能で勝るエイムにレーザーは当たらない。パンナコッタの運動性もクルーザーとしては破格だが、どうしても小回りで及ばずシールドに被弾していた。


「ええい面倒くせぇ! ディレイと全レーザー砲を集中! 次のヤロウの攻撃予測位置に合わせろ!!」

『目標群フォックスより攻撃、シールドオートリアクション。グラヴィティーシールド減衰85%、フォースシールド減衰90%、シールドジェネレーター出力87%。命令を確認、目標ジュリエットへ攻撃スタンバイ』


 別方向からは、敵エイム編隊によるレーザーが飛んでくる。

 シールドには十分な余裕があったが、かと言って守りに入っては攻撃ができない。そして、どれほど強力なシールドでも、大質量体であるエイムに取り付かれたら長くは持たないのだ。

 ならば、船体装甲に被弾覚悟でシールドを解除し殴り合うか、一旦避退し距離を取るか、あるいはもうひとつの定石セオリーで対応するか。


 もっとも、マリーン船長に悩む必要はなかったが。


『重火力型はわたしが落とします。パンナコッタはザコを』

「大丈夫なの? ユイリちゃん?」

『ノープロブレム』


 向かって来る敵エイムを擦り抜けざまに斬る・・と、唯理は25Gいっぱいまで加速し特殊機へ接近。

 これを察知した砲撃特化の特殊機は、灰白色のエイムから距離を取りながら両腕部の高出力レーザーを発振した。

 互いの間合いは約10キロメートルという至近距離。

 時速約5,700キロから加速を続け、両機はレールガンとレーザー砲を撃ち合う。

 しかし、回避時における運動半径の小ささで、唯理の方に分があり。

 必要最小限の機動により、灰白色のエイムは全く減速せず敵機に迫った。


 頭部のセンサーが目視できるほどの距離まで肉迫する敵のエイム。

 このプレッシャーに耐えかねたように、鉛色の特殊エイムは高機動形態へ変形。両腕部と両脚部を格納し、ブースターを最大に燃やして逃げようとした。

 が、直前に灰白色のエイムは腕部のビームブレイドを展開すると、自機ごと高速回転し横一文字に振り抜く。

 鉛色の特殊機は40G近い加速力で一気に離脱するが、その後間も無く二つに分かれて爆発した。


 時速1万キロを容易に超える宇宙空間での速度域で、交差距離クロスレンジの戦闘などまず起こり得ない。

 ましてや砲撃に特化した機体が、距離を詰められ勝てる道理も無いのである。

 ここに至り、単純な力押しでは勝てないと理解する敵艦隊は、一斉に後退を開始。


 とりあえず船団とパンナコッタも追い打ちをかけるが、深追いしようとも思わない。

 パンナコッタが大分ボコボコにしたとはいえ、相手は戦艦と艦隊規模の大火力を保持しているのだ。

 それに、宙域には未だ多くの人間が漂流しており、生命維持が成されている間に救出する必要があった。


 唯理のエイムもビームブレイドを本来の用途に使い、大破した船を切り裂き人員救助に努める。

 腕部マニピュレーターでヒトを掴んで宇宙船に放り込むなど容赦ない救助活動の結果、手遅れで犠牲者が増えるなどという事も無かった。

 船団に所属する他のエイムも飛び回り、漂流する人間や破損した船の応急修理を行っている。


 本格的に船団の立て直しの作業が始まると、唯理はパンナコッタへ戻るよう言われた。

 戦闘直後で消耗しているので、他の者と交代させると言う話だ。

 灰白色のエイムを収容したパンナコッタは、全長2,500メートル、全幅1,800メートル、全高600メートル、中央船体と両翼の巨大格納ブロックから成る超巨大輸送船、『キングダム』へと入る。


『キングダム管制より、NMCCS-U5137Dパンナコッタへ。お帰りなさい』

「ただいま、ようやく帰って来れたわ」


 マリーン船長や他の面々は、飾り気も何も無い輸送船の姿と管制部からの通信に、表情を緩めている。

 遠くに見える恒星と、それに照らされ光を返す無数の星屑を背景にした、200隻以上で構成されるノマドの船団。

 その光景を、唯理は酷く懐かしく感じ、同時に何故か物凄い罪悪感に襲われていた。


「そういえばユイリ! あなたまたワザと危ない事したわね! 仮組しただけなんだから高機動はダメって言ったのにー! 言ったのにー!!」

「ふいまへんれしたー」


 直後にエイミーにお仕置きを喰らい、思い出しかけた事を忘れたが。

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