29G.ホームカミング家出娘


 21世紀を生きていた高校生の『村瀬唯理むらせゆいり』は、何故か2,000年以上を経た遠い未来で目を覚ます事になった。

 そこは、かつて地球で生まれたヒトという種が宇宙に進出し、他の星で生まれた知性体と共に640億の恒星系へと生活圏を広げた銀河だ。


 ある秘密研究施設で唯理を拾った貨物船『パンナコッタ』のクルーだが、その後肝心な貨物船パンナコッタが戦闘に巻き込まれ大破してしまった。

 他の多くの宇宙船乗りと同様、パンナコッタのクルーにとって宇宙船は家であり足であり生活の手段だ。

 船が無ければ話にならず、すぐに代わりが必要となる。


 そこで、立ち寄った『トムナス』恒星系グループの惑星『イラオス』にて軍の放出品である武装貨物船を手に入れたのだが、そのテスト航海中に星系艦隊による違法行為の現場に出くわし、猛攻撃を受けるハメになった。

 借金してまで購入した船が24時間もたたずに大破し、精神的に死にそうになるパンナコッタ船長のマリーン。

 だが、星系艦隊は本気で口封じに来ており、落ち込んでいる場合ではなかった。

 新しい船は大きく損傷し、星系艦隊は高い機動力を持ち、逃げられそうもない。


 そこで唯理が持ち出してきたのが、ある特別な宇宙船についてのデータだ。

 先のパンナコッタが大破した際、自分とクルーの皆を救う事となった、ある巨大宇宙戦艦。

 唯理はその戦艦を離れる直前に、制御中枢であるメインフレームから情報を引き出して来ていた。

 それは、天の川銀河系の内外に散らばる、100億隻に迫る大艦隊を構成する宇宙船が眠る場所ポイントだ。


 データによると、パンナコッタの現在位置から近い座標に、船が一隻隠されているらしいとの事。

 他に逃げられるアテも無く、データ上の座標に行ってみるパンナコッタの一行だったが、そこで小惑星に隠匿された200メートルクラスのクルーザーを発見した。

 その『バーゼラルド』クラスと呼ばれた船の性能は凄まじく、追跡してきた高機動の艦隊を加速力で圧倒。

 艦隊の支配地域であるトムナス恒星系を脱出し、これを完全に振り切った。


 『バーゼラルド』は高性能過ぎる危険な船であったが、普通の船を手に入れる目途も立たない為、当面はこれを貨物船『パンナコッタ2nd』として運用する事となる。

 それから、パンナコッタⅡは超光速航行スクワッシュドライブのテストをクリアし、本来の目的地へと舵を取った。


 本来の目的地、それは銀河を旅する宇宙船の群れ、


 ノマド『キングダム』船団である。


                 ◇


 銀河中心から渦巻く星の大河、スキュータム・ラインからサージェンタラス・ラインを越えて、更に外側となるペルシス・ラインへ。

 実に1万光年、約3,000パーセク、約9京5,000兆キロもの距離を、『バーゼラルド』改め『パンナコッタⅡ』は超光速で飛び越えてきた。

 それも、平均所要時間の、10分の1以下という短さで。

 有り得ない事だった。


 遺されし船、『ファルシオン』や『バーゼラルド』は、完全に現代の船の性能を凌駕している。

 ジェネレーターひとつを取っても、よく分からない仕様の上に戦艦クラスより出力が大きい、とエンジニアが頭を抱えていた。常識が木端微塵だ。

 その他、センサー類の精度、情報処理能力、推進力という基本性能はどれも桁外れ。船のシステムを担当するオペレーターも頭を抱える。

 更に、船体自体が完全に常識を無視した作りになっており、メカニックが無言で戦慄していた。

 暢気にしているのは雑用担当の双子と、基本的に我関せずな船医くらいのものである。


 この様に常識外れも甚だしい船である為、移動速度も尋常ではなかった。

 ジェネレーターの大出力、コンデンサーの大容量、または導波干渉儀の解析能力に物を言わせ、超長距離の超光速航行ワープを連発。

 多少の宇宙塵も強力極まりないシールドが蹴散らし、戦艦以上の火力を持つ搭載火器が進路上の小惑星群を一掃する。

 剣のようなシルエットのクルーザーは、無人の恒星系を突っ切り、星雲のたもとを抜け、恒星間空間の暗闇を踏破し、遂にペルシス・ラインを航行中のノマド『キングダム』船団に追い付いていた。



 と思ったら、肝心な船団が何者かに攻撃を受けている真っ最中という。



「なんだありゃぁ!!?」

「フィスちゃん戦闘準備。わたしは『キングダム』に状況を確認するわ」


 パンナコッタⅡの船首船橋ブリッジにて。

 舷窓から遠くに見える無数のレーザー光に、オペレーターのフィスは大きく吊り目を見開いていた。最近二度ほど似たような光景を見たような。

 そして船長席のお姉さんは、オペレーターに指示を出すと自分で船団と通信を繋げる。


 2点間の空間を圧縮し、回廊を繋いで光の速度を飛び越えるスクワッシュ・ドライブ。

 それを終えてペルシス・ラインのとある恒星系手前に出ると、パンナコッタⅡの目の前には、250隻からなるノマドの船団が所属不明の艦隊に襲われている光景が広がっていた。

 船団までの距離は、約90万キロ。パンナコッタの速度で50分の距離だ。

 ワープ前にレーダーで確認した際には、ずいぶん騒がしい事になっている、と思ったが。

 まさかノマドの船団が襲われているとは、フィスとしても様々な意味で予想外だった。


 襲っても旨味があるような獲物ではないのだ、ノマドという存在モノは。


                 ◇


 ノマド『キングダム』船団は、大小合わせて250隻の宇宙船から成る。基本的に民間船によって構成される寄り合い所帯だ。当然、個々の戦闘能力には乏しい。

 そこを数で補うのが、ノマドという集団であった。

 船団の中心は、船団の代名詞ともなる大型輸送船、『キングダム』2,500メートルクラスだ。軍民通して宇宙船としては最大の規模となる。


 船団を纏める船団長のディランは、そのキングダム船橋ブリッジからオペレーター達に指示を飛ばしていた。

 とはいえ、前述の通りノマド船団は民間船の寄り合い所帯である。

 軍の艦隊のように、整然と合理的な軍事行動を取れるはずもない。


「『ファントムキャット』が攻撃を受け中破! 救援要請が出ています!!」

「『リーチストーム』が航行不能とのこと! 救援要請です!!」

「最寄りの船なら何でもいい! 横付けでもなんでもさせて乗員を救出しろ!」

「シールド出力80%! シールドジェネレーター1番から6番、冷却が間に合ってない!!」

「迎撃はヴィジランテに任せろ! 本船は防御を優先! 冷却システムに動力を回せ!!」

「『プリンセスアレクサ』が逃げ出した! 通信に応答無し! てめぇこの野郎ヴィジランテだろうがコラァ!!」

「ほっとけ! 囮にでも使え!!」

『キングダム! 敵が多過ぎてレーザーが限界だ! 砲身が溶けちまう!!』

「『トゥーフィンガーズ』は直掩と入れ替えろ! こいつを今消耗させるワケにはいかん!!」

「不明船05が右舷より接近! 『ワイルドフライ』が応戦――――――被弾! ワイルドフライにレーザーが直撃! シールドダウン! ダメージ不明!!」

「『レジェンドアナス』のエイムチームが後退! 『ジェットストリーム-J』もエイムチームが限界です!」

『「フラミンゴウッド」だ! エンジンスクラム! 全ジェネレーターダウン! 救助を要請する!! 繰り返す! 至急救助が必要だ!!』

「不明機エイム数12! 32Gで本船に接近中! 距離約400! 接触まで60秒!!」


 船橋ブリッジ内は大騒ぎだった。

 左右に並ぶオペレーターシートでは、各船とオペレーターが激しく通信を交わしている。

 シートのディスプレイには、船団と襲撃してきた艦隊の情報ステータスが表示され、リアルタイムで変化していた。

 襲撃者は艦数20と、ノマドに対して10分の1以下。だが、明らかに全てが高性能な戦闘艦であり、その性能は銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーの主力艦にも劣っていない。艦載機も通常の機体より遥かに速かった。

 ノマド側は『ヴィジランテ』という有志から成る自警団で迎撃を行い、また一般船も搭載している火器で敵艦を攻撃するが、全く相手になっていない。

 どうにか対応しようとする船団長だったが、相手と持っているモノが違い過ぎる。

 焦りだけが募り、成す術がなかった。


「…………各船に緊急ワープの準備を勧告しろ。本船がワープ可能になった時点で、船団は各船独自の判断でこの宙域を離脱。バラバラに逃げれば……全滅はない」


 これらの状況を見極めた船団長は、やむを得ない決断を下す。

 非力であるが故に群れているのがノマドなら、いざという時に散らばって逃げるのもまた、弱者であるノマド船団の持つ生存の為の機能・・だった。

 だが当然、それは船団の離散を意味する。

 また、緊急ワープは長距離を移動できない為、追跡しようと思えば比較的容易に出来た。ワープ自体に膨大なエネルギーを要するので、連続使用も不可能に近い。

 つまり、全船が逃げ切れる可能性は低く、捕捉、または撃沈される船が出るのは、ほぼ確実だった。


 だとしても、約7万人を抱えるキングダム然り、他の船にも生かさなければならない乗員がいる。

 少しでも多くを助け、少しでも高い可能性にかけるのが、多くの命を預かる船長として当然の決断だった。


「助けられるだけ助けろ! だが……ワープの準備が出来次第、救助活動は切り上げ。収容可能な船も格納庫に詰め込め!」

「ジェネレーター全基出力最大! コンデンサにチャージ中! スクワッシュドライブ起動可能数値まで600秒!」

「ハンガーは発着要員を残し全員安全区画まで退避!!」


 そうと決まれば一刻の猶予も無く、オペレーターや操舵手といった船橋要員ブリッジクルーは緊急ワープの準備に入った。

 外から巨大な船キングダムの格納庫に飛び込む、小型船や救難艇。

 受け入れの為に防御シールドが消え、船体には敵機の黄色いレーザーが突き刺さる。

 船の外殻が切り裂かれるが、オペレーターは被弾した区画の封鎖のみを行い、ダメージコントロールは後回しにしていた。

 今はワープに集中する局面だ。


「コンデンサ1番フルチャージ! 2番3番は40%! 4から6番は10% スクワッシュドライブ起動数値まで400秒!」

『待ってくれ! もう着く! こっちが入るまでワープするな!!』

『ジェネレーターの出力が上がらない! ワープは無理だ! 助けてくれ!!』

「船団長! 『アイアンコットン』が機関トラブルでワープ不能!」

「こっちからは助けられない! 近くの船に救助させろ!!」


 既にキングダムにも他の船を助ける余裕などなく、見捨てざるを得なかった。

 所属不明艦からの攻撃は激しさを増し、圧力も強まる一方。

 装甲など無いに等しい輸送船の巨体が、何発ものレーザーにより灼熱の斜線を引かれる。

 自警団ヴィジランテの船も、もはやまともに戦えていない。

 船団は崩壊寸前で、統制も何も無く宇宙船が逃げ惑っている。

 そんな中を悠々と進む所属不明の戦艦は、うち一隻に狙いを定めると、覆い被さるように急接近をはじめた。


 その時、



 青い光線が真空中を貫き、不明艦のシールドを薙ぎ払う。



 攻撃を受けた不明戦艦は、直ちに防御シールドの出力を上げ周辺の電子妨害ECMを実行しつつ回避運動に入った。軍艦らしい素早い対応と言える。

 しかし、不明戦艦への攻撃は止まず、猛烈な勢いで何発もの青い光線が殺到した。


 そして、レーザー砲で攻撃をしかけて来た船は、40Gを超えた猛烈な加速度で宙域に侵入して来る。

 不明艦隊は新たな脅威に対して総攻撃をかけるが、乱入して来た船は強力な電子戦能力を持ち、運動能力は小型船並みに高く、シールドも戦艦以上に強固と、攻撃を一切寄せ付けない。

 剣のように優美で、兵器然としたシャープな多面体で構成される船は、屈折するレーザーを不明艦隊へ撃ちまくりながら戦場を爆走。

 次元の違う高性能艦の勇姿に、キングダムの船橋ブリッジは暫し戦場を忘れ見入っていた。


「…………あッ!? せ、船団長! 予備の非常回線より通信入ります! 発信先、本船団所属の船体コードNMCCS-U5137D『パンナコッタ』!」

「なに!? マリーンのパンナコッタ!!? こんな時に戻ったのか!!」


 その時、キングダムの非常用通信ラインへ強引に割り込んで来た者に気付き、オペレーターが慌てて報告する。

 だが、相手の識別コードを聞くと船団長も驚いた。

 何せ相手は、大分前にトラブルにより別行動となってしまった、船団に所属する貨物船だというのだから。

 また、相手の船の船長は、船団長と縁の深い顔馴染みだった。


『もう、やっと繋がった。救援要請と戦術連携の回線は分けておいてちょうだい。何の為の戦術データリンクなの?』

「生憎と戦術などとのんびりやっている余裕が無くてな! それよりマリーン今どこだ!? いやどこでもいい、今は戻るな! こっちは現在攻撃を受けている!!」

『見れば分かるわそんな事。こちらで敵を牽制しておくから、体勢を立て直して要救助者を収容なさい。

 船団を密集態勢に。こちらは常にヴィジランテと敵を挟撃するポジションを取るわ』

「おい待て何を言ってるマリーン!? 敵は重巡洋艦以上が20にエイムまで繰り出している! いくらお前達でもその貨物船・・・・・じゃ話にならないぞ!! 

 今はどこかの戦闘艇が敵を撹乱してくれているが――――――――」


 通信越しに久しく見る妙齢の美人船長は、以前と変わらぬ冷静さのまま、敵艦隊と戦うのだと言う。

 船団長の方は、マリーン船長の科白セリフに耳を疑わざるを得ない。

 ディランはマリーンの優秀さを良く知っている。

 今でこそノマドの一員だが、それ以前は共和国で高い地位にいた人物だ。頭はキレ、指揮能力は高く、判断に優れ、信頼できる。時々そうは見えないが。

 だとしても、ディランにだって現状が最悪なのは分かっていた。

 どれほどマリーンが戦術や戦略を駆使したところで、中古の改造貨物船・・・・・・・・一隻で出来る事など、たかが知れているのだと。


 そこに、両者の大きな認識の隔たりがあった。


『こっちの心配は……多分必要無いわね。それよりキングダムの左舷側が丸裸よ。「バウンサー」をカバーに入れて。

 スノーちゃん、キングダムの左に回り込んでちょうだい。フィスちゃん、カバーしてあげてね』

『了解……取り舵20、下げ15、重力制御偏向……。キングダムの進行270から侵入……』

『へーい……っと! コントロール、イルミネーター、デルタ04をマーク。レーザーセルD群15番から20番、攻撃開始』

『火器管制オペレーターより命令を確認、レーザー砲15番から20番、目標デルタ04、砲撃開始』


 船団長の心配など知った事ではない様子で、マリーン船長からパンナコッタのクルーに出される指示が、通信越しに聞こえる。

 直後、キングダムを左舷より攻撃しようと並走していた敵戦艦が、青いレーザーの集中攻撃を受けシールドを破られていた。

 煙を吹きながら緊急離脱していく敵戦艦へ、船団の護衛船が追い撃ちのレーザー砲を叩き込む。

 そして、船団長のディランは、たった今見たモノに混乱していた。


「あの船がキングダムを援護した……!? いや、パンナコッタはどこだ? 現在位置は!!?」


 白くシャープな船は、まるでマリーン船長の指示の通りに、キングダムを守りヴィジランテの護衛船と連携したかのように見えた。

 つまりそれはどういう事か。

 船団長は自分の考えに今一確信が持てず、レーダーオペレーターにパンナコッタの位置を確認させ、


「パンナコッタのシグナル確認! あ……あの船です! NMCCS-U5137Dのコードはあの船から発信されています!!」

「なんッ――――――――!!?」


 憶測通りで、信じ難い報告に言葉を失った。

 ディラン船団長が知る貨物船『パンナコッタ』は、小さな船体に限界以上の改修を施された老朽船だったはずだ。

 それがいったい、どうしてあんな凶悪な破壊力を撒き散らす戦闘艇として戻ってくるのか。

 娘がグレて帰ったかのような衝撃に、理解が及ばず思考停止に追い込まれる船団長。

 しかし、マリーン船長から指示を寄こすよう催促されると、混乱しつつも我に返り船団の立て直しにかかった。


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