28G.ワールドオール ペネトレイター



 某ウェイブネット・レイダー兼業のオペレーターほどでないにしても、仮にも一星系軍の特務艦隊なので、それなりに優秀な人員は揃ってる。

 都合の悪い目撃者(容疑)を躍起になって探していた艦隊は、対象が小惑星のランダムな衝突に紛れて逃走を図ったと推測。

 それら小惑星の動きの記録からシミュレーションと解析を行い、試算と異なる軌道を取った小惑星を特定していた。


 フィスのプログラムした電子妨害ECMのステルスアルゴリズム――――――センサー類に誤認識を引き起こさせる――――――は非常によく出来ていたが、艦隊のオペレーターは微かな違和感から異常な座標を特定。

 結局そのアルゴリズムを破る事は叶わなかったが、先に特定した異常な動きをする小惑星の位置と合わせ、大よその・・・・位置にあたりを付ける。


「レーダー特異点にターゲットマーク、全艦掃射、浴びせろ」

「アイサー、主砲発射用意、射撃指揮装置に目標諸元入力、全艦データリンク、オープンファイア」


 どうせ小惑星帯のノーマンズランド、どうせ裁判無しで消す相手なのだから、多少派手にやっても構いやしない。

 旗艦の艦長から命令が出た直後、高速重巡洋艦『ドリンダルネ』以下21隻はレーザー砲塔を一斉に旋回させ、ロクに狙いも付けず全力射撃を開始。

 約80門のレーザー砲から発振される光線が、僅か5,000キロメートルの距離を0.00001秒で薙ぎ払った。

 密集していた小惑星は、10メガから30メガワットクラスのレーザーにより次々と溶解、切断され、お互いにぶつかり跳ね回る。

 その規模は、武装貨物船パンナコッタの引き起こした爆発連鎖効果ブレイクショット・エフェクトの比ではなかった。


『クソッたれがぁ!? 撃って来やがった!!』

『いや狙いが雑だ! 見えているワケじゃない! フィス、ECMをステルスからジャマーに切り替えろ!!』

『フィスちゃんシールド!』

『わたしがやる!!』

『グラヴィティーシールド、フォースシールド、オートリアクション、全周展開』


 四方八方で飛び散る岩塊が、一瞬早く展開された防御シールドに阻まれた。

 『バーゼラルド』のシールドは200メートルクラスの船では有り得ないほど強力だったが、一方で買ったばかりの貨物船パンナコッタはボコボコに。

 どう見ても完膚なきまでに大破しており、誰も船長の方を見られなかった。酷過ぎる。


 オペレーターのフィスは怒鳴りながらもシステムのコントロールを開始。セットアップ中のメインフレームを使い電子戦闘に入った。

 超が付く程強力なバーゼラルドの処理能力と通信機能により、星系艦隊22隻のセンサーは一斉に沈黙させられる。

 エイミーとダナもそれぞれオペレーターシートに飛び付き、船のシステムを操作していた。

 まともにデータ射撃が出来なくなった艦隊は、照準システムを手動マニュアルに切り替え攻撃を継続する。

 小惑星帯の中は、高熱と岩塊の嵐だった。


『フィスちゃん! 船は動かせるの!?』

『えーとちょい待ち!? この船重力制御オンリーで20G出せるだぁ!? ブースターエンジンなら40Gとか超えそうだけど――――――――』

『推進剤は!?』

『入ってねぇ!』

『パンナコッタのを持って来る!』

『このコリジョンエリアの中でかよ!? やめろよダナ一瞬でスクラップになるぞ!!?』

『ユイリ! エイムを着けろ! パンナコッタに戻る!!』


 バーゼラルドは機能復元を粗方終えていたが、燃料となる触媒など消耗品は如何ともし難い。

 重力制御システムを備える現代の船は、ブースターによる反動推進無しでも前進は可能だ。

 しかし、星系艦隊の戦艦は揃って高速型。可能ならばそれ以上の加速力が必要だった。


 メカニックの姐御は通信で赤毛娘を呼び出し、ヒト型機動兵器をバーゼラルドに横付けさせる。

 今の状況で外に出たら、乱れ飛ぶ破片に全身を撃ち抜かれて即死だろう。その点、戦闘兵器であるエイムなら強力なシールドを備えている為、まだ生き延びられる。


 唯理はエイムを大破した貨物船に突っ込ませると、ビームブレイドを振るい最短距離を斬り開いた。死体に鞭打つ行為である。貨物船にではなく、マリーン船長に対して。

 ダナはビームで溶解した破断面に気を付けつつ、船内を進み機関部に入り、燃焼触媒をタンクごと引っこ抜いて来る。

 この間も、光の雨のように放たれるレーザーが小惑星帯で荒れ狂っていた。当然、EVAスーツを着ただけの人間など、掠っただけで塵と化すだろう。


 目的の物を手に入れると、ヒト型機動兵器はすぐにバーゼラルドへ取って返した。

 ダナは船に飛び乗り、燃焼触媒をエンジンへ放り込みに機関室へ。

 唯理はというと、エイムに搭乗したままスクラップ寸前な貨物船の陰に入った。


『ユイリちゃん!?』

『その船が動けるまでこっちを盾にします!』


 船長のお姉さんが情けない声を上げるが、冷酷非情の赤毛娘はお構いなしに機動兵器でボロ船を押す。

 金属の塊と化した死に体の貨物船に、流れ弾のレーザー光が容赦なく大穴を空けた。


『ぃよしッ! 推進剤が入った! 燃焼テスト……クリア! 1番から4番までメインエンジン問題無し!』

『コントロール! 周辺の障害物をターゲットマーク! 発砲後シールド最大!』

『アトモスフィア・レーダーシステム、プロメテウス・ポジショニングシステム、射撃指揮装置イルミネーターデータリンク。可変共振動レゾナンスレーザー砲、オンライン。マスターアーム、オンライン。全目標補足、攻撃スタンバイ。グラヴィティーシールド、フォースシールド、スタンバイ』


 バーゼラルドのブースターエンジンに触媒が注入され、ノズル内部で点火用イグニッションのレーザー光が灯る。

 と同時に、火器管制を担当していたエイミーが主レーザー砲のアレイを解放した。

 ガシャッ! と船の上下左右で装甲がスライドし、攻撃火器の集合体を展開。

 ズラリと並ぶハニカム状の光学素子デバイスから、20もの光線を一斉にブッ放した。

 船の周囲を固めていた小惑星の塊は、自在に屈折するレーザーにより一瞬で薙ぎ払われる。


 粉塵と岩石の粒子の中から、青いレーザーが四方八方へ放たれていた。

 そこから浮かび上がる、鋭い剣のようなシルエット。

 主に直線で構成される、多面的な船体装甲。

 船尾を埋め尽くす主、副ブースターのエンジンノズルと、その左右を覆う様に張り出した大型のシールドジェネレーター・ブレード。

 ホワイトグレイを基調とする優雅な船体の下に隠される、非常に高度な兵器群。

 太古の地球に存在した武具の名を冠する戦闘艦、『バーゼラルド』クラス

 ここにまたひと振り、目覚めた剣が主の下に帰参した。


「何だ今のは!? 撃沈したのか!!?」

「確認中! 光学センサー情報を解析中です!!」

「攻撃を継続させろ! 敵ECMには対抗できんのか!? キネティック弾を自動制御で発射! 塵も残さず焼き尽くせ!!」


 謎の現象に標的の生存を推測した艦長は、持てる全ての兵装を用い、小惑星帯ごと相手を消滅させる勢いだ。

 ところが、粉塵の中から飛び出して来る船は、雨あられと殴り付ける攻撃に対し、自分から猛スピードで突っ込んで来る。

 レーザーまで発振しながら、乗員の生命を顧みない30Gという加速度を出す船は、明らかに艦隊へぶつける軌道を取っていた。


「破れかぶれか。望み通り沈めてやれ!」

「アイサー、射撃指揮装置、光学センサーに連動。全艦へデータリンク。一斉射開始」


 激突まで僅か6秒。

 だがその前に、丸見えの相手へ赤い光線が殺到する。

 一瞬でバラバラの八つ裂きにされ、武装貨物船は爆散四散。



 そして爆炎を突破し、切っ先から貫くように白い船が飛び出した。



「は――――――――?」


 面倒が片付いた、と思い鼻を鳴らしたのも束の間。とんでもない加速度で重巡洋艦の脇を掠める超高速船と、驚きのあまり硬直させられた艦長。

 しかし、直ちに「逃げられた」と我に帰ると、全艦に怒鳴り即時攻撃を命令した。


「攻撃可能な火器は即座に発砲! ヤツを逃がすな! 何が何でも落せ!!」

「あ、アイサー! 砲塔旋回! 射撃指揮装置、目標追尾中!」

「目標船の速度――――――――時速3,000……4,000!? よ、45Gで加速中!」

「よんッ――――――――!!? い、いかん! 足を止めろ! レーザー砲を集中! 撃てる物は全て撃て! 全速力でヤツを追いかけろ!!!!」

「か、艦首回頭180アイ!!」

「敵船ECM強くアクティブセンサーによる追尾不能! シールドも強固です! マニュアルでは焦点距離に収まりません!!」

「敵船、時速6,000! 尚も加速中!!」


 光の尾を引き、圧倒的な加速力で突っ走る白い船。

 追い縋るレーザーを物ともせず、ミサイルのようなキネティック弾も、その船のシールドを貫けない。

 凄まじい加速と機動性能は、手動マニュアルによる射撃では到底捉え切れなかった。

 艦隊内で最も素早いフリゲートでさえ、回頭を終えた頃には致命的な加速の差が付いていた。

 フリゲートの最大加速度が、約28.5G。初速ゼロから加速した所で、差は開くばかりである。

 どうやったって追い付けない。


「ッ…………ぉ…………おのれぇええええ!!」


 怒りに震える艦長は、振り上げた拳を逃走船が映るディスプレイに叩き付けていた。

 いまさらに回頭を終え、相手からすると鈍足としか言いようがない加速力で進み出す高速・・重巡洋艦。

 秘密任務の最中故に公の応援も要請できず、遠ざかるブースターノズルの輝きに、負け惜しみのようにレーザーを放るしかなかった。


                 ◇


 そして、超高速船『バーゼラルド』の船首船橋ブリッジでは。


『スノーちゃんストップー! ストップー! 減速して―!!』

『ろくなテストもしてねぇのにフルパワー出すなバカ!? ブースター爆発したらどうすんだ!!?』

『まだイケる…………そのスピードのあっち側へ………』

『スピードのあっち側はワープ使わなきゃ無理だよスノー!!』


 最前面にある操舵手席で、小さな操舵手のスノーが暴走していた。

 実はこの操舵手、どうやらスピード狂の気があるらしく、規格外な船の性能にご満悦――――――――どころか、今にも重力制御限界を踏み越えた致命的速度オーバースピードにまで突っ込みかねない有様。

 船長以下オペレーターとエンジニアが揃って減速するように叫ぶが、ぶっちぎりの加速感に酔ったスピード狂には聞こえちゃいなかった。


 現在、『バーゼラルド』は恒星系の中央方面に向けて移動中だ。

 当然さっさと星系の外に逃げ出すつもりだが、その前にワープ航法のテストもしなければならない。まともに動くか分からないのだから。

 本来ならばビルクルス小天体群を突破した上で星系の外へ逃げたかったが、無限に巨岩が跳ね回る小惑星帯を通り抜けるのは自殺行為だった。

 故に、危険を冒して星系艦隊のど真ん中を突破して来たと、こういうワケである。


 買ったばかりの貨物船を盾に使った挙句、オトリ兼目眩ましとして爆散させた上で。


 マリーン船長は、もはや涙も出せずに項垂れていた。

 続けて2度も船を失った船長に赤毛娘も深く同情するが、情け容赦なく船を犠牲に利用し倒したのは他ならぬこいつである。


『それにしても、40G超えの船とは……。「ヴェロシティーレース」並みといったところか?』

『レース用の船はかっ飛ばす機能しか持ってねぇけど……これは違うだろ。クルーザークラスでこの加速はありえねぇ……』


 改めて船橋ブリッジを見回すメカニックの姐御に、いまいち釈然としない顔の吊り目オペ娘。

 シンプルで余計な物の無いレイアウトの船橋ブリッジは、以前に見た『ファルシオン』と規模こそ違うが、構成はほぼ同じだ。

 床や天井、壁面まで全面ディスプレイになっており、贅沢な作りになっている。

 一方でコントロール周りの古さが目に付くフィスであるが、機能的には問題ない。むしろ今まで扱って来たシステムの中でも、群を抜いて高性能であるといえた。ウェイブネット・レイダーとしての本能がうずく。


 しかし、22隻の電子戦能力を圧倒し、45Gもの加速度を見せてなお余裕がある船など、どう考えたっておかしい。規格外も良いところだろう。

 しかも恐らく、事はこの一隻や先の『ファルシオン』だけの話ではないのだ。

 赤毛の少女、唯理ユイリの持つ、100億隻の船のリスト。

 その全てが既存の宇宙船の性能を凌駕する物だとするなら、誰が、何故、どうやって建造し、そしてどんな理由で封印されたのか。

 フィスはこの謎に、何か触れてはならない宇宙の深淵を覗き見るような錯覚を覚えていた。

 そしてマリーン船長も、この事に気付いているだろうと思われる。

 今は船を失い借金を抱えてグッタリしているが。


 船内が1気圧に調整され、呼吸可能状態となった所で各々はEVAスーツのバイザーを上げた。

 現在は船も20Gまで減速している。40Gを出す船など目立って仕方がない。操舵手の少女は残念そうにしていたが。


「さて……これからどうする? マリーンもそろそろ再起動しろ」

「はーい…………」


 相変わらず萎びている船長のお姉さんに活を入れる姐御。

 立て続けに船を失い、またしても着の身着のままなクルー一同。力だって抜けようというもの。

 だとしても、星も銀河も変わらず回っているし、皆の旅もここが終着点ではないのだ。

 生きて宇宙を往くものならば、相応の身の処し方というモノがある。


「とりあえず……船をどうしようかしら」


 呟く船長の科白セリフだが、これにはふたつの意味があった。

 すなわち、これから乗る船をどうするか。

 そして、今乗っている船をどうするべきか。


 せっかく手に入れた掘り出し物の中古船は、止むを得ない理由で宇宙のデブリと化した。トドメを刺したのは赤毛娘と星系艦隊だが、それは置いといて。

 問題は、止むを得ない理由で乗り込んだ、現在の船だ。


 確かに常識外れに高性能な宇宙船バーゼラルドであるが、これを拾い物だと無邪気に運用するのは、危機感に乏し過ぎるというもの。

 ヘタに目立つ事をすれば、船の奪取や鹵獲を目論む者が出ないとも限らないし、来歴などを調べられた場合、最悪の場合100億の艦隊に辿り着かれる可能性もある。

 更に、この情報が連邦や共和国といった銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーに知られた場合、これを廻って戦争が勃発する事さえ考えられた。


 先の『ファルシオン級』は、100億の艦隊において上から数え5つ目の艦種。

 『ヴァルハラ』、『エインフェリア』、『クレイモア』、『スキアヴァーナ』に次ぐクラスの船であり、主力艦としてはスキアヴァーナに続く2番目となる。

 そのファルシオン単艦でさえ、15万のメナス母艦と無数の艦載兵器群を殲滅するほどの戦闘力を見せたのだ。

 もし、100億隻の全てを入手出来れば、銀河の征服すら容易い事に思えるだろう。

 『バーゼラルド』も再封印してしまうのが一番安全だ。


 かと言って、次の宇宙船を手に入れるアテもない。


 銀河を揺るがす火種になりかねないという話なのに、こちらの問題は所帯染みている上に切実である。

 民間輸送業者『パンナコッタ』は、その資金を使い果たしました。理由を聞いてはならない。船長のお姉さんが泣く。

 それに何より、早々にトムナス恒星系を脱出する必要もある。

 星系艦隊に狙われている以上、その本星である惑星『イラオス』宙域に戻るのも危険過ぎた。

 そうなると、現状で選択肢は無いとも言える。

 宇宙船だって安い物ではないのだ。


「……フィスちゃん、この船はワープ出来そう?」

「システム上はスクワッシュドライブがある事になってるけど……実物は見てみねーと」

「一度船全体を把握しておく必要はあるわね……。ダナちゃんとエイミーちゃんは船の設備を確認してちょうだい」


 船長の指示で、クルーそれぞれが専門の仕事へ向かう。

 船が無ければ何もできず、調達の目途も立たない以上、当面はこの『バーゼラルド』を使おうという話にしかならないのだ。

 資金が出来たら仮でも何でも良いので船を購入するとして、それに乗り換えるまでは、せいぜい大人しくしていよう。

 というのが、今後のパンナコッタの活動方針である。



 そんな計画を立てる一方で、マリーン船長はこの船とも・・長い付き合いになる予感を覚えていたが。


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