25G.デザートスター インフィニティーフリート



 地上へのシャトルが出たのは、パンナコッタの皆がステーションへ入り、1時間ほど経っての事だった。

 惑星イラオスは砂嵐と瓦礫の星だ。無論、かつては違った。

 取り立てて特別な星でもないが、惑星改良テラフォームが終わり何世代も経っており、安定した環境だったらしい。

 しかし、ここでイデオロギーの衝突が発生して住民が二分し、片方を共和国が支援、もう片方を皇国が支援した事で紛争は拡大、泥沼化する。

 際限なく兵器が押し込まれ、開発された地上は戦火によって破壊し尽くされ、自然環境も失われて地表は荒れ果てた。

 もはやイラオスの住民は、共和国と皇国に操られるまま戦争を続けている状態だ。

 軍事費用の債務、握られた指揮命令系統に情報、命を掴まれた星の人々は、戦争の道具として消耗される以外の選択肢を与えられていなかった。


 なお、共和国が戦争を続けたいのは、そうする事で全体の企業活動が0.00003%上向く為であり、皇国が戦争を続けたいのは意地と面子の為だとか。

 スキュータム・ライン中央域における大手シンクタンクと経済軍事アナリストはこのように分析しているが、概ね事実である。


「クレッシェン星系を連邦中央の艦隊が鎮圧かよ…………。お、でも『キャナルネットワーク』はメナスの事も言ってるなー。冒険してんな」

「連邦系の情報局でなくても危ないのにね」


 吊り目の通信オぺレーターは情報端末インフォギアでニュース映像を見ており、メガネエンジニアの少女も同期して同じ物を見ていた。

 配信内容は、先にパンナコッタの面々が巻き込まれたクレッシェン星系での顛末だ。


 シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦政府からの公式発表によると、先般サージェンタラス・ライン中央付近の連邦加盟国、クレッシェン星系政府が連邦中央に対して一方的に独立を宣言したのだという。

 連邦政府はこれを認めず、クレッシェン星系の分裂主義者を屈服させ秩序を取り戻すべく、サージェンタラス方面軍艦隊を派遣。

 同星系の艦隊を交戦の末に撃破し、星系全体を制圧下に置いた。

 と、いう話だった。


 連邦圏に存在する多数の情報メディアも政府発表を肯定していたが、その一方で連邦圏以外のメディアの中には、事実・・を配信している物もある。

 特に連邦、共和国、皇国といった三大国ビッグ3以外のエクストラ・テリトリーでその傾向が強く、実際にクレッシェン星系で何があったか、連邦艦隊が何をしたかを一部地域で大々的に発表していた。


 つまり、銀河における全知的生命体の脅威『メナス』によるクレッシェン星系強襲と、連邦中央の艦隊が戦いもせず逃げ出した上に、事が全て終わった後で隠ぺいに動いたという事実を。


 全銀河エクストラ・テリトリー、ローカルウェイブ・ネットワーク連合に加わる『キャナルネットワーク』も、そんな連邦の公式発表に真っ向から異を唱えるメディアのひとつだった。

 当然、「メナスによる被害など存在しない」というのを真実・・としている連邦政府にしてみれば、極めて煩わしい存在だろう。

 故に、間髪入れず「事実無根の捏造報道を行う無責任極まりないメディアだ」とヒステリックに批判するし、時に武力を用いて攻撃までする、という話だった。

 オペ娘のフィスやエンジニアのエイミーが言う『冒険』や『危ない』というのも、そういう意味だ。


 何とも腹の立つ話ではあるが、ふたりと同じくニュースを見ていた唯理は、少し安心する思いでもあった。

 キャナルネットワークの報道によると、実際には連邦艦隊とクレッシェン星系艦隊の衝突は無く、星系艦隊は速やかに武装解除し降伏したらしい。

 それはそうだろう、星系艦隊はメナス群との交戦により、既に壊滅状態だったのだ。連邦中央の艦隊と戦えるワケがない。

 アレ以上の犠牲が出なかったのが、不幸中の幸いだと赤毛の少女は溜息を吐いていた。


 兵士は効率的に死ぬべきだ。無駄死には許されない。


               ◇


 シャトルで惑星上に降りた後、唯理、船長、通信オペ娘、メガネエンジニア、それにメカニックの姐御は、空港から地表のハイウェイ経由で地下都市に入っていた。他の者は惑星軌道上のステーションで待機だ。どうせすぐに戻る事になるので。


 都市は紛争が最も激しかった時期に建設された、シェルターを兼ねる地下施設を流用したモノらしい。

 地上は終わりの無い強烈な砂嵐だ。地表が真っ平らになり、尽くが砂漠化した為、風を遮る物が無くなりスーパーストームが発生している。ハイウェイ走行中も前が見えなかった。

 この星以外に行き場など無い者は、複数ある狭い地下都市にひしめき合って暮らしている。

 内部は薄暗く、雑然としており、殺伐とした空気に満ちていた。


「大きい……どれくらいあるのかな」

「えーと…………高さ500メートルくらいの縦穴シャフトね。100層くらいに分かれていて、約400万人が生活しているって」


 地上一階のエントランスでクルマを降りた唯理は、その中心にポッカリと開いた穴から地下を見下ろす。

 そこはエイミーが言った通り、巨大な円筒形の穴倉となっており、各階層に蠢く住民の姿シルエットが確認出来た。

 ちなみに、参照情報は施設のネットワークから拾って来られるそうだ。

 壁面が薄汚れた巨大な縦穴シャフトという光景は、何となく地球でも見た事があるような気がする赤毛娘である。


「フィスちゃん、ディーラーはどの辺りかしら?」

「んー? 10階降りるな。西のカーゴから降りられる」


 エイミーと同じように携帯機器インフォギアで情報を引っ張って来るフィスは、マリーン船長を昇降機エレベーターに誘導。全員で階下に降りる。

 まるで21世紀の地下採掘現場にあるような昇降カーゴは、本体が網状の金属で作られており、降りながら地下都市の内部を眺める事が出来た。


 人々は一般的な首から下を覆う環境EVRスーツに、上から裾の広い服を纏っている。その格好も、全体的に砂埃で煤け気味だ。

 ある一画では、あらゆる物の元素を変換して食べ物に変えてくれる『フードディスペンサー』を蹴飛ばしている男がいた。機械の不調らしいが、恐ろしく高度なテクノロジーであるにも関わらず、扱いが雑極まりない。

 縦穴の壁面に取って付けたような大型ディスプレイが、CMか何かの映像を垂れ流している。情報端末インフォギアの脳内入力や空中投影ホロディスプレイが実用化されていても、実体の有るディスプレイも使用されているようだ。

 どれほど未来に来ても変わらない、混沌としたヒトの営みがそこにあった。


 その中で、何組か5人前後で固まる集団が散見されたのが、唯理は気になる。

 顔付や目付き、放つ空気から軍人や治安部隊と思われたが、注目したのはその集団が背負うライフルらしき物だ。

 以前に地球で見た物より銃身部分が太くゴツイが、グリップにストック、軽機関銃の箱型弾倉のような物を付けたそれは、紛れもなく銃器のようである。

 唯理はフィスに教わった通りに情報端末インフォギアで対象となる火器を補足マーク

 画像から検索をかけ詳細を調べると、種別は携行火器、レールガン、開発元『ノートリアスG.Ink』の本体名称『NGLA-3001:Kill unilaterally』と、以下にスペックが表示された。


「いまさら何なんだけど……武器の所持で規制とか制限ってかかってないの?」

「ん?」


 今まで散々ヒト型機動兵器を乗り回しておいて、本当にいまさらな質問だとは唯理も思う。

 また、民間貨物船の『パンナコッタ』でさえ、自衛の為にレーザー砲の搭載を許されていたのだから、一般人が武装するハードルは低いとも思われたが。


「ああ……基本的に禁止だと警告される場所以外なら武装は自由だ。だが禁止されていたとしても、必要なら武器を持つべきだろうな」


 この疑問に応えたのは、パンナコッタでは用心棒も兼ねるメカニックの姐さんだ。腰にはハンドガン型の武器を携行している。


 法的にいえば、武器所有の規定は各惑星国家毎に異なっていた。

 場所によって、所持自体の可否や所有できる種類、職業による許可の違い等、細かく上げれば切りがない。多くの場合は、入国時にその辺の説明がある。


 しかし、宇宙を行く者の普遍のルールとしては、自分が行く場所の安全は自分で確保するのが当たり前だ。

 例え法的に禁止されていたとしても、武器を持つリスクと安全上のリスクの兼ね合いを考え、武装するか否かの判断も個人の責任において行うのである。

 そのようなリスクを負いたくなければ、生まれた場所から出なければいいのだ。


 自己防衛セルフディフェンスが当たり前、嫌なら発砲任意ウェポンフリーの場所には行かない。

 単純である。


 ふーん……、と相槌を打ち何やら考え込む様子の赤毛娘。

 もしかして「自分も武器を持ちたい」とか考えているのだろうか、とパンナコッタの面々に軽い緊張が走る。色々な意味で、あまり良い事だとは思えなかったので。

 とはいえ、この宇宙は争いばかりだ。唯理がパンナコッタに来て僅かな期間で、もう4回も戦闘に巻き込まれている。

 自らも武装を考えるのは、決しておかしい事ではなかったが。


「……オレらだって、そんな物騒なとこばっか行ってるワケじゃねーぞ。そういう所はダナに付いて来てもらうし」

「戦争している所には基本的に近づかないもんね」


 何やら言い訳のようにのたまうオペ娘と、特に何も考えず合わせるエンジニア娘。

 そんな話をしている間に、昇降機エレベーターのカーゴは目的の階に到着。

 特に唯理もリアクションせず、話はそこで終わりとなった。


               ◇


 戦争などロクなモノではないが、かといって全くメリットが無いとも言いきれまい。

 科学技術は戦争によって大きく飛躍し、関連する産業と市場は活性化し、戦禍により人類は打たれ強くなっていくのだ。戦争無しでそれらの成果を得られるのが一番良いのだが。


 そして、戦争全体の経済活動からすると、取るに足らない小さなメリットがある。


 軍の放出品が安く大量に出回るのだ。


「まったく戦争様々ね……。あんな程度の良い船が10分の1の値段なんて」

「レーザー付きでドノーマルだったしな。ジェネレーターが動けばすぐに出せる」

「でも推進剤は入れるでしょう? ダナさん。それに、もう一度全体をチェックしないと」

「コントロール回りも再構築させてくれ。有り物・・・を動くようにして、後から自前のに入れ替えるとか二度手間になる」


 皮肉気かつ朗らかに笑って言う船長に、特に何の感情も出さないメカニックの姐御。

 エンジニアとオペレーターの少女ふたりは、早くも自分の仕事にかかろうとしている。

 地下都市の中古船ディーラーに赴いて間もなく、パンナコッタの面々は厳しい条件から数台の船に目星を付け、それほど時間もかけずに購入する船を決めていた。


 新しい船は、ハーマン・コンスタンティン社製『H・Cブライトネス3C005』、全長100メートルクラス、全幅全高の55メートルのライトクルーザーである。


「アイギーンPの倍あるからな。部屋にも余裕が出るし、生活用のシステムも十分入れられる。あの性能で2,500万は安いわ」

「貯金使い切って、ちょっと借金したけどねー」


 再びエレベーターに乗り地上を目指すパンナコッタ勢。

 『アイギーンP』というのは、以前の貨物船の製品名だ。限界まで改造してなお不便も多かったので、今度はその辺も万全だ、とオペ娘の鼻息も荒い。

 が、船長のほんわかした笑顔は若干煤けていた。以前の臨時収入も、今回の船の購入費用でぶっ飛んでいた。


「船はどうやって宇宙まで持って来るんです?」

「惑星上を航行できる船なら自力で上がってこられるけど、そうじゃない船は重力フロートを装備して宇宙まで来るわ」


 唯理が気になったのは、地上で品定めた船の実物を、宇宙に持って来る方法だ。

 この時代の宇宙船は、多くの場合1G以上を操作できる重力制御能力を持っている。加速による慣性を軽減し、時に加速にも重力制御を用い、船内環境において乗員に適した重力を発生させるなど、幅広い用途に用いる為だ。

 ならば、同じく1G前後の生存可能圏ハピタブルゾーンにある惑星から自力で脱出するのは、それほど難しくないように思える。


 しかし、船のスペックを見比べていた時に、『惑星内航行能力』という項目があったのに唯理は気付いていた。

 つまりエンジニアの少女に曰く、惑星内の航行については、重力制御が出来るというだけではダメらしい。

 重力制御能力が、惑星の重力とそれに引かれる船体の荷重を上回っているのは当然。

 重力が偏り船体が損壊しないよう、隅々まで精密に制御する必要もある。

 また船体の外殻も、惑星の様々な大気状態に耐える物でなければならない。


 よほどの事が無い限り、宇宙船は宇宙専用として作られていた。

 何故なら、様々な状況を想定して惑星内航行能力を持たせるより、遥かに合理的かつローコストで建造できるからだ。

 惑星上に降りる場合には、軌道エレベーターなどの専用施設や、降下用の小型艇を用いれば良い。

 宇宙と惑星上を自力で行き来できる船など、天井知らずに高コストとなり、経済的ではないという話だ。


 新しい貨物船パンナコッタ、H・Cブライトネスも然り。

 宇宙船用の船であり、宇宙に持って来るには重力フロートを装備して打ち上げなければならない。

 マリーン船長は借金までしていたが、これでも破格に安い船ではあった。


              ◇


 砂嵐の地表に戻った一行は、ハイウェイを使い空港に直行。停戦中とはいえ、いつ再び戦闘が再開されるか分からない上に、こんな何もかも破壊された星に用は無い。

 シャトルの席は小一時間ほどで確保でき、更に1時間ほど待って衛星軌道上に上がった。

 それから半日ほど遅れて、地上から購入した船が打ち上げられて来る。

 唯理もステーションの展望室から見ていたが、水底から持ち上がる潜水艇のようで見応えがあった。


「はいはいみんなお引っ越しよー」

「と言っても荷物はエイムくらいの物だがな」


 新しい船はステーションに接する駐機場バースに接舷。ボールディングブリッジも繋がり、出入り可能になった。

 船長の音頭で船に駆け込む小柄な双子の少女に続き、すぐに仕事にかかりたいエンジニアとオペレーター、それに操舵手がブリッジを通り抜ける。最後尾から、気だるげな船医も船に入った。

 赤毛娘はメカニックの姐御とヒト型機動兵器エイムに乗り、ステーションの貨物カーゴブロックを出て真空中を飛び船へと向かう。

 そこから、購入した船全体の姿を見る事が出来た。


 新しいパンナコッタはオーソドックスな形状の単胴船で、上下に細い六角柱型の船体に、4基のエンジンブロックは船尾と一体化している。

 紛争では機動戦力として使われていたらしく、船の上部にはレーザーの砲塔タレットが3基ほど並んでいた。

 先代パンナコッタと同様に、船橋ブリッジは船首の中央に。ある程度大型船になると船体上部の中央か後部に付くのだが、H・Cブライトネスのクラスはまだ小型船に該当する。

 先代と違い貨物庫カーゴは独立しておらず、完全に船体に抱え込む形で、その為に積載量まで倍とはいかなかった。


 早々に船のシステムを掌握したフィスが貨物庫の扉カーゴドアを開き、唯理はダナの指示でエイムを船内に進めた。

 真横を見ると、茶褐色に対流する惑星表面が見える。

 エイムのブースターはほとんど破損していたが、重力制御だけでも推進力を得られるので、移動だけなら問題ない。

 しかし、明らかに爆発力は足らず、唯理には酷く頼りなく思えた。


 先代パンナコッタはエイム用の設備が充実したカーゴモジュールを搭載していたが、非常に残念な事にクレッシェン星系に置いてきてしまった。

 新しい船はエイムの運用を想定していなかったらしく、その手の装備は一切無い。

 とりあえずメカニックの姐御とふたり、ワイヤーでエイムを固定すると、唯理は貨物庫カーゴを出て船内を抜け船橋ブリッジへ行く。

 元素変換融合機、トランスフュージョンマテリアライザーなど必要な機械も、地上で購入して積み込み済みだ。

 エンジニアのメガネ少女がそれらを設置し、吊り目のオペ娘が船全体の制御システムを構築している。

 青白い髪の小さな操舵手も、操舵席に座り実際のレイアウトを確認していた。


 こうなると、ヒト型機動兵器で突っ込むしか出来る事のない赤毛娘は手持無沙汰である。

 何せ部屋を宛がわれても荷物が無い。船はほぼ新古品で船外修理する事も無い。

 船内を見回っても、30分もあれば大凡把握できる。細かい所は知識が無いから良く分からない。

 そうすると、何となく皆が忙しそうな船橋ブリッジを眺めているしかやる事がないという。

 フードディスペンサーが使えればいくらでも時間の潰しようがあるのに、とは思うが、前述の通りトランスフュージョンT・F・Mマテリアライザーはエイミーが設置中で、食材に変換できそうな余分な素材も無かった。


「船団に行く前に組合で仕事を受けましょうか。少しでも稼がなきゃね……」


 船の準備に目途が立つと、船長はステーションに戻って行った。

 銀河スキュータム・ラインの貨物輸送組合で、ノマド『キングダム』船団へ荷物を運ぶ仕事が無いか確認する為だ。

 直接行く必要は無く通信でも良いのだろうが、そこは船主としてのこだわりだった。

 借金も返済しなければなるまい。

 仕事は嫌いではないし旅も好きだが、予定に無い借金はリアルに凹む。

 そんなワケでやや斜めになっている船長だが、


「あ、そうだフィスちゃん、ユイリちゃんに船のこと色々教えておいてあげて頂戴ね」

「は……? え? なに教えんの?? ユイリはエイムオペレーターだろ???」

「ウチのクルーはみんな掛け持ちできるでしょ? ユイリちゃんだって一員なんだから」


 船橋ブリッジを出ていく間際、ヒラヒラとオペ娘に手を振りながらそんな指示を出して行った。

 パンナコッタに来て2週間に満たない唯理だが、そう言われると少し嬉しい。

 そしてオペ娘のフィスは、ひとつ溜息をきながらシートを回して赤毛娘へと向き直った。


「まーいーけど、ユイリはいいのかよ?」

「……うん、教えてもらえるなら、わたしとしても異存ないけど」

「ふーん……んじゃ、基本的なインターフェイスから教えるか。エイムのインターフェイスと似たところも多いし、まずはオレの組んだのじゃなくて比較的一般的なのから」

「お願いしまーす」

「んじゃ、インフォギアは着けてるよな? ネザーズから船のシステムに同期取れよ。この辺の手順はエイムと変わらないだろ」


 『ネザーズ』。

 ネザー・インターフェイス、ネザー・コントロール、等の総称であるそれは、人間と機械を一体化させるシステムだ。この時代の基幹技術でもある。

 これによる高速で感覚的な選択性セレクタビリティーと、手動という非常にアナログな決定性スイッチングをひとつの安全装置セーフティーとするのが、現代における一般的なシステムコントロールになっている。


 かつては思考の曖昧さ故に誤作動も起こったが、昨今はシステムの信頼性も増し、完全にネザーコントロールに依存している者もいるとか。

 逆に、手動マニュアルにこだわる者はほとんど居ないと言う話だ。


 ちなみに、ネザーインターフェイスを組み込まれた情報端末インフォギアはほとんどが着用型ウェアラブルとなっており、肌身離さないのが現代の常識だ。

 唯理の場合は、エイミーからもらった髪留めに、船長からもらった大人下着がそれに該当する。

 エイミーはメガネ型情報端末インフォギア。フィスは眼帯型のを持っているが、これは仕事用で普段は別のを使っているらしい。

 無くしたり壊したりすると生活に影響が出る部分も多いので、複数個を同期して使うのが当然とされた。


 フィスの隣のサブシートに着く唯理は、言われた通りに情報端末インフォギアを船のシステムに無線で接続する。

 同時に、オペレーターシートのディスプレイ表示が、船のシステムメニューから別の画面へ切り替わった。


「んあ? ユイリのコントローラーをこっちに被せたのか。別に悪かないけど、オーバーライド禁止のシステムに当たるとそのやり方は出来ないから、インフォギア側でシステムをアジャストさせる方が………んん?」


 その拍子に、うっかり自分の情報端末インフォギアの中身を画面上へ展開しブチまけてしまう素人赤毛娘。

 まぁ仕方ないか、と思いながら何となく面白味の無いドノーマルの情報端末インフォギア画面を眺めていたオペ娘だが、その目があるデータ項目に止まった。


「何だこの矢鱈でかいデータ…………ユイリ、なんじゃこれ?」

「あ……それか。この前の船、『ファルシオンクラス』とか言うヤツから脱出する時、読めるデータを片っ端からコピって来たんだ。忘れてた」

「マジか……。お前あのクソ忙しい中でよくそんな事出来たな…………」


 ポンッ! と手を叩いて軽く言う赤毛娘に、呆れるツリ目のオペレーター少女。本来ならそういう役は自分の物だと思うと、少し悔しい。


 『ファルシオン』。

 太古の武具の名を冠する、いかなる惑星国家も持ち得ない全長3キロメートルという超巨大宇宙戦艦。

 クレッシェン星系本星レインエア宙域で無数のメナスに囲まれた際、突如として飛び込んで来たこの戦艦を使い、パンナコッタの面々は窮地を脱出していた。

 その後、ファルシオンは放棄せざるを得なかったが、唯理は半ば習性的に・・・・データを引っこ抜いて来ていたのだ。

 使い方もよく知らない情報端末インフォギアで、よくもやったと本人も思う。


 だとしても、唯理には彼の船の情報を手に入れなくてはならない、酷く切実な理由があった。


「あの船は、わたしを知っているみたいだったから…………」

「あー…………」


 遠く、舷窓の向こうを見る赤毛の少女に、オペ娘は何と言って良いか分からない。


 村瀬唯理むらせゆいりという少女の正体は、今もって不明だ。

 本人の記憶は曖昧で、どうやって21世紀の地球から遠い未来の銀河の果てまで来たのか、情報は何も無し。

 フィスが唯理を見付けたプラント施設も、惑星に墜落して木っ端微塵に消失した。

 恐らく、プラントを所有し唯理に関して何か研究していたと思しき連邦なら情報を持っているだろうが、同時に唯理の居場所を知らせる藪蛇ともなりかねない。

 だが、ファルシオンクラスという正体不明の船は、唯理を明確に最上位権限者レベル10として認証していた。

 ならば、クリアランス情報や何らかの手掛かりが残っている可能性も高いと思われる。


「それじゃー……オレが見るのはマズイか」

「いや……どうだろう? わたしは特に見られて困る覚えも無いけど、フィスが見てマズイ物があるかは正直何とも…………」


 言動に似合わずプライバシーなどに関しても気遣いの出来るオペ娘だが、赤毛の方も相手に気を遣うという。

 顔を見合わていた唯理とフィスだが、やがてどちらからともなくデータの塊を展開した。


「これは……目録リストと、座標?」

「チャートだな。更新日時アップデートは……オレらが船から逃げた時か。起動した時に更新してたんだろ。一部更新中だったらしいけど……これ銀河の外まで入ってんのか?

 リストの方は……100億行!? なんだこのふざけた数。どこかの星系の住民名簿か何かか」


 ディスプレイいっぱいに広がったのは、限りなく長大な三次元座標の画像と、それに対応すると思われる100億行ものデータリストだった。

 座標は星図チャートの上からマークされており、その範囲は全銀河の外側にまで及ぶ。

 星図チャートは宇宙航行者にとって旅の地図でもあり、その情報の新鮮さが生死を分ける事も少なくない。

 故に、絶えず最新情報に更新するのが望ましいとされるが、唯理がファルシオンから脱出した際には途中だったらしく、一部アップデートが古いログのままだった。


「おいちょっと待て…………これは、いや……ありえねぇだろ」


 それら一連のデータに目を通していた唯理だが、隣を見るとフィスの表情が強張っている。


 オペ娘が何やら並べ替えたり移動させたりしているのは、やたら数の多い目録リストのデータだ。

 100億というと、ひとつの星系の人口がだいたいそんな数。

 さもなくば相当数が重複やエラー、ダミーデータや空データと思われたが、どうやらリスト内のデータは全て実態を伴う物らしい。

 恐らく、重複も無し。一隻一隻・・・・の詳細が、それぞれ異なる個体識別ID番号で記されている。



 目録リストの内容は、宇宙船の種別と大きさ、スペック、ステータス、搭乗員数等のデータだった。



「『ファルシオン級』、10億隻!? バカだろ! あり得ないだろこんな数!!? あのバケモノが10億だぁ!!!?」

「あ、でも結構ロストしてら」

「そういう問題じゃねぇあんな船2隻もありゃ十分問題だ!」


 取り乱している存外小心者なオペ娘と、事の重大さを理解してない様子のマイペースな赤毛。

 理解してないワケでもないのだが。


 ファルシオン級と呼ばれる船は、間違いなくこれまでの航宙史や戦争史を引っ繰り返す、とんでもない性能を持っていた。

 そんな一隻でも艦隊戦力を相手取れそうな戦闘艦を、例えば連邦などの三大国ビッグ3が放っておくはずがない。躍起になって手に入れるか、さもなくば沈めようとするだろう。

 放棄してきたファルシオン級は連邦の手に渡っただろうが、これに関しては唯理が最高権限レベル10を以って全機能を封印している。


 それでも、フィスは不安を拭い切れずにいた。

 いつか連邦があの船の全てを解き明かし、同性能の戦艦を量産して銀河の支配に乗りだすのではないかと。

 連邦という国は、やりかねないのだ。



 だというのに、同種の船が10億隻とか。



「いやないないない……あんな船が実在したら今頃大騒ぎに……クソッ、やっぱりID重複してねぇ」

「『実在』もなにも、わたし達乗ってたし……。でも、これだけの船がデータ通りに存在しているなら、知られてないってのは確かに腑に落ちない」


 現実を否定しようと必死にデータを精査する慎重派オペ娘。

 現代の銀河における国家規模や保有戦力といった情報には疎い唯理だが、フィス同様にデータが尋常でない物だという事は分かる。


「『知られてない』ってか、お前こそホントに何か知らんのか…………?」

「イヤ全く」


 即答する赤毛に、オペ娘は限りなく胡散臭そうな目を向けていた。

 そんな目で見られても唯理だって困る。何か覚えているなら、はじめから苦労しないのだ。

 それこそ、記憶の手がかりがあるとすれば、それもリストにある船の中だと思われる。

 リストと星図チャートの座標が事実ならば、どれでも良いので内一隻に接触したい。

 そして船を調べる事が出来たなら、自分が何者か、どうしてこの時代に目覚めたのか、それらが分かるかも知れないと思った。

 自由に動き回る術が無いので、当分は無理そうだが。


 しかし、何となく唯理は現在位置から一番近い船の所在を調べてみる。

 すると15hd――――――約22億5,000万キロメートル――――――圏内に、一隻確認。

 唯理の現在地であるトムナス恒星系、その外縁付近にあると記されていた。


「これは近いんだか遠いんだか…………。100億隻近くあるのに」


 宇宙航海時代の距離スケールに肩を落とす赤毛娘。やはり地球にいたころとは勝手が違いすぎる。なんだよ22億キロって地球一周4万キロとかが近所の散歩に思えるわ。


 これは少なくとも、この時代の常識や生活手段を身に着け一人立ちできるようになるまでは無理だな。と、最寄りの・・・・船を調べるのは唯理も諦めた。

 フィスは何か言いたげだったが、色々考えた挙句、障らぬ神に祟り無しを決め込んだらしい。

 どの道今は活かしようがない情報だ、とも言うが、問題の先送りや現実逃避に近い心境だと思われる。


 それから間もなく、船長から船へ通信が入り、唯理はエイムに乗り荷物運びのお仕事へ向かった。

 その間にもパンナコッタの面々は準備を進め、3時間後には出港。

 急ぎ足な惑星イラオス滞在を終え、いよいよノマド『キングダム』船団を目指す。



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