24G.エラー的事象と追認試験



 目的地である惑星『イラオス』まで残り24時間を切り、元パンナコッタの乗員たちも仮宿を引き払う準備を進めていた。

 仮宿こと運び屋の快速船『ポーラーエリソン』船体中央にある格納庫では、長い赤毛の少女がヒト型機動兵器『エイム』の整備を手伝っている。

 当然、今は下着姿ではなかった。自分用の黒い環境EVRスーツに、オレンジのジャンパーという格好だ。

 上半身はともかく、腰から下はカラダの曲線がくっきり出ており、お下げ髪のエンジニアは無意識に目で追っていた。


「脚の方もダメかなこれ? 乗ってる時に急に手応え無くなったから、そんな気はしてたけど」

「…………すごく、綺麗な脚だと思う」

「ん?」

「…………あ゛!? いやなんでもないヨ!!」


 前屈みになって脚部のブースターノズルを見ていた赤毛娘こと村瀬唯理むらせゆいりは、気もそぞろなエイミーの返事に振り返る。

 エロジニア(誤字に非ず)の方は、咄嗟に宙に浮かぶ機体ステータスの表示を見ていたフリで誤魔化していた。

 情報端末インフォギアのメガネが若干曇っている。しかしお尻からフトモモの画像はいただいた。


 唯理の言う『脚』というのは、当然自分の美脚を言っているのではない。自分の乗機であるヒト型機動兵器の、ゴツい美脚の事だ。

 重厚な大腿装甲に、張り出した二―ガード。大腿、膝、脹脛、足裏のブースターノズルと、ある意味堪らないセクシーさではある。

 軍用の汎用機、スーパープロミネンスMk.53をベースにした改造エイムは、元々の無骨で角ばった脚部も含めて最新機種の部品でアップデートしている、高性能機となっていた。


 ところが、先の惑星レインエア宙域の戦闘において、赤毛のエイムオペレーターが性能以上・・・・の無理をさせた為に多くの故障が発生している。

 ブースターに限っても、背面部のメインブースター、胸部の左右にある制動用ブースター、肩部にある機動用マニューバブースター、そして脚部に集中する各部推進ブースターが限界を超えた燃焼を強いられた事で、機能が極端に落ちている。ほぼ使用不能と言ってもいい。

 多くのブースターエンジンは点火部分から破裂・・しており、そのダメージは内部構造にまで及んでいた。

 そして、重力制御用演算装置、各種ジェネレーター、ネザーコントロール・インターフェイスと、故障とは異なる異常・・箇所はエイム全体に見られる。


 これらを修理する為の部品が無いというのも問題であるが、本当の問題は重大かつ他にあった。


「せっかくチューンしたのに……面目ねぇ」

「ユイリはわたし達を守ってくれたじゃない。わたしも、このエイムも、本望ってものよ。無理をしたのは見逃せないけど」


 改めて機体の有様を見て、申し訳なさそうに小さくなる赤毛娘。

 それを、エンジニアのエイミーはやや苦笑気味で慰めていた。

 戦闘兵器が戦闘で損耗するのは、これはもう仕方がないこと。

 だとしても、手間暇をかけ仕上げられた機体をボロボロにしてしまったのは、唯理としても無念である。

 もっとも、ボロボロなのはエイムだけではなかったが。


「ユイリ、ジーンが呼んでたぞ。まだ治り切ってないんだろう、行って来い」

「はーい……。それじゃエイム―――――――」

「どうせパーツが足りないからフルメンテは無理だ。出来る事はやっておく。行け」


 メカニックの姐御は格納庫に入って来るなり、赤毛娘を医務室に遣ろうとする。

 戦闘により深刻なダメージを受けていたのは、エイムだけではなくオペレーターも同じだった。

 人間が機械の性能に付いて行けなくなって久しい。

 特にエイムは搭乗者の身体的負荷を減らす為に、その機動力に大きく制限リミッタをかけている。

 ところが、唯理は先の戦闘において、全ての制限リミッタを外したフルスペック状態で機体エイムを振り回していた。

 その加速力によるオペレーターへの荷重は凄まじく、唯理の身体は疲労骨折やら内出血やらでエイム同様ボロボロに。

 しかも、以前の戦闘の傷も癒えていないところで無理をしたものだから、高性能な医療マシンを用いても全快していなかった。

 更にトドメとして、戦闘後には心配をかけたエンジニアの少女に、優しく、真綿でぶん殴られるかの如く締め上げられていた。


 だが、唯理に関して心配な事は他にもある。


「さて、どうだったエイミー? データリンクエラーか? それとも…………」


 しょんぼりとした赤毛娘が格納庫を出たのを見送ると、メカニックの姐御はエンジニアに本題を振った。

 エイミーの方も、大人びたプロの顔に戻る。


「うん……エラーじゃなくてデータは正常だったよ」


 現在、技術職ふたりにとって、エイムの破損より不可解な異常・・が起こっていた。


「ジェネレーターのアウトプットが瞬間最大で25%以上あがってる。ガンマ規格からは完全に外れてるわ。

 ネザーインターフェースのレスポンスも上のグレードみたいになってるし……。

 あと、グラビティーフィールドのプロセッサとジェネレーター、アクチュエイターのモーターも…………。多分ブースターもそうだったんじゃないかな?」

「やはり全体的に性能が上がっているのか…………。R・M・Mのアクティブコントロールが機体を最適化する、とか聞いた事はあるが、こいつ・・・は違うだろう?」


 改修前と現在測った機体の数値があまりにも違うと、眉をひそめて首を傾げるメガネのエンジニア少女。

 メカニックの姐御は、親指でヒト型機動兵器を指して言う。


 R・M・M『リコンビナント・メルクーリオ・マテリアル』とは、外部から分子――――――あるいはそれ以下の――――――組成を変化させる事が出来る機械部材だ。

 通常の方法では作り出せない組成に変化させる事が可能であり、当然の如く非常に高価な品となっていた。

 そんな高級素材が用いられるのは、通常だとネザーインターフェイスなど特殊な部分に限られる。

 それ以上の部分がR・M・Mで組まれるエイムとなると、軍の特殊機体やメーカーの試作機のような、採算を度外視した物となるだろう。

 機体を形成する素材マテリアルの組成をリアルタイムでコントロール出来る機体なら、システムの最適化やチューニングで性能を上下させる事も可能ではあった。


 だが、型遅れの汎用ヒト型機動兵器、スーパープロミネンスMk.53は、良くも悪くも没個性と言われた玄人好みな普通のエイムである。

 R・M・Mが用いられているのも他のエイムと同様、それが必須となるネザーインターフェースやジェネレーターの一部に過ぎない。

 ましてやそれをリアルタイムでコントロールするシステムなど、積んでいるはずもなかった。


「それに、ジェネレーターはR・M・Mなんかじゃない一般的な物だったし。シェルもメインバスもサブバスも限界寸前だったわ。

 モーターのストリングスは半分くらい切断していて、よく持ったモノだと思うわよ」 

「自分の出力に耐え切れなかったか。ブースターが自爆するなんてのも、本来はあり得ないからな」


 異常な高出力と大パワーで稼働を続けた結果、機体エイムの各部分で自壊が起こっている。

 これも、本来あり得ない現象。

 そして、どうしてこんな事になっているのかと原因を問えば、技術系の才媛であるふたりの頭脳を持ってしても、まるで想像がつかなかった。


 あえて可能性を上げるとすれば、どうしても赤毛の少女に行きついてしまうのだが。


「…………普通のエイムを拾ってきたんだよな?」

「ダナさんだって知ってるでしょ? それに解体処分寸前だったよ?」


 その可能性から目を逸らし、元々機体に異常があったのでは? という考えに逃げる理系ふたり。

 エイミーが赤毛娘ともども拾ってきたヒト型機動兵器は、ある秘密研究施設で埃を被っていたブツだ。

 それに整備や改修を施すにあたり、何度も中身を調べている。

 古いが信頼性のある機体、という以外に特筆すべき事もなかった。


 シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦軍で用いられる傑作汎用機、プロミネンス。

 冷たく横たわる機体を見ていると、エイミーの胸に不安が渦巻く。

 パンナコッタの皆や多くの人間を守って戦い、限界を超えて疲れ切ったその姿は、赤毛の少女とあまりにも似ていた。

 唯理はもっと艶めかしい曲線をしている、とエイミーは思うが。


「予備の部品が無いからな。動く部分を整備するくらいしか出来る事はないが…………」

「推進系だけじゃなくて制御系プログラムにもリミッタを設定しておくね。機体全体で規定値を超えないようにしないと…………」


 とはいえ、よく考えなくても、オペレーターの存在がエイムのハードウェアに影響を及ぼすなどあるワケがない。

 唯理の特殊な出の事は考えないようにする論理派ふたりは、とりあえずの作業に没頭する事とした。


                 ◇


 遥か彼方で鍾乳石のような紫の星雲が立ち昇り、惑星の宙域には無数の浮遊物デブリが漂っていた。

 その一部は引力圏に掴まり、惑星の軌道上に薄いリングを形成している。


 トムナス恒星系、本星『イラオス』。


 砂嵐の大気が吹き荒れ、衛星軌道上から巨大な渦を巻いているのが見える。

 光学センサーの倍率を上げても、破壊された文明の名残くらいしか確認できない。

 軌道上も地表も荒れ果てている、茶褐色の小さな惑星だった。


 運び屋の快速船『ポーラーエリソン』は、搭載したレーザー砲でデブリを焼き、時にシールドで弾き飛ばしながら惑星の衛星軌道上に進入。

 元は軌道エレベーターのステーションであった施設へと近づいていく。


「やれやれ……ヒトのいる宙域に来るとホッとするもんだが、ひでぇ星だなココは。ホントにこんな所でいいのか?」


 ポーラーエリソンのドーズ船長が最終確認のつもりで尋ねるが、マリーンの微笑みは変わらなかった。

 残念と心配が半々のドーズ船長は、かぶりを振ってオペレーターの小男に進路の誘導を指示。

 ステーションを再利用した、軌道上プラットホームの内部へと船を進めた。


「ここで船を手に入れるとして、お前さんたちそれからどうするつもりだよ?」

「組合でキングダム船団方面のお仕事がないか探して、それで帰ろうと思うわ」


 ドックに接舷すると、元パンナコッタの娘たちは極短い間世話になった船から荷物や私物を運び出す。

 それから、改めてポーラーエリソンの野郎どもクルーに礼を言い、寂れたステーションの中へと消えていった。

 本当に短い間であったが、クレッシェン星系でメナスという悪夢に襲われギリギリでそこを生き延び、その後の刺激的な船での生活が思い起こされる。

 何を期待したというワケでもないが、ドーズ船長はこれまでの人生にない程名残惜しいモノを感じていた。


「『船団ノマド』、か…………行ってみるのも良いかもな」


 船の簡易メンテナンス中、ボンヤリとドック内を眺めながら、我知らずそんな事を呟く船長。

 ポーラーエリソンは放浪の民ノマドではない。決まった場所に船籍登録もしている。

 が、本拠地と言っても、そこはエクストラ・テリトリーにある有り触れた独立惑星国家だった。

 記録上の籍を置いているだけでロクに帰りもしないので、根無し草と大して変わらない。

 仕事があれば宇宙のどこへだって行く、それが運び屋という人種だ。


 フと船橋内ブリッジに目を向けると、通信オペレーターの小男やレーダー手のヒゲ、その他が期待に満ちた視線を送ってやがる。

 野郎にそんな目を向けられてもムサ苦しいだけだが、とりあえず船員の意志は確認できたと思われた。


「…………船長」

「船長?」

「せんちょー!!?」

「んだようるせぇな! テメェらこんな所で何してる持ち場に戻れやコラァ!!」


 船橋ブリッジ要員でない者を追い散らしたドーズ船長は、シートに深く腰掛けると溜息を吐く。

 これはダメだ、いまさら他の進路など指示した日には仕事にならない。ヘタをすると内乱になるかもしれない。


 などという言い訳を自分にした後、


「ジョーイ、ノマド『キングダム』船団の現在位置」

「アイサー船長!」

「確認取ったら進路設定して寄こせ。星図チャートも横着せずにしっかり更新しとけよ! いつかみたいにデブリ帯に突っ込むのはゴメンだからな!!」


 通信オペレーターをどやし付け、他の乗組員にも船の発信準備を指示。

 パンナコッタの面々に先駆け、宇宙を旅する大船団との合流を目指す。


 どうして一緒に行かないのか、というと、別にストーカーのように女の尻を追いかけていくのではなく、次の仕事場として行くのだ、という建前故の事であった。


               ◇


 軌道エレベーターのステーションであったそこは、肝心なエレベーターを失い惑星の軌道を公転しはじめた後、応急修理と改修を繰り返してプラットホームのような運用をされていた。

 外壁はぎ、内部はインフラのパイプだらけ、強制閉鎖用ブラストドアのスリット上にも設備が置かれたような有様。

 どこかで致命的な破壊が起こったら、閉鎖も出来ずステーション丸ごと道連れに全滅すると思われる。

 もはや国家や自治体が多岐に渡り過ぎて、共通の安全基準など設けられず、それぞれの裁量に任されている。そういう時代だった。


「運び屋、かー……」

「悪い奴らじゃなかったけど船としてはアレだな……。無駄が多過ぎる」


 そんな中を歩きながら、既に見えない船『ポーラーエリソン』へと振り返る赤毛娘の唯理。

 長い紫髪の少女、フィスが寸評をのたまうが、赤毛の方はあまり話を聞いていない。

 唯理が思ったのは、やれ永久機関だワープだといって死ぬほど科学が進んでいる割に、やっている事は21世紀とそんなに変わってないなぁ、とそんな事だ。

 混沌としたステーションや丸ごと紛争地帯のような惑星、危険を冒して跳び回る宇宙の運び屋などを見ていると、おぼろげに地球での記憶が戻る気がした。

 唯理も過去、運び屋関連で何かえらい目に遭ったような、遭わなかったような。


「地上に降りる便はいつになるかしら?」

「3番ポートだな。出発時刻は……不定期か。紛争だな……。今は脱出するヤツはいても降りるヤツは少ないだろう。乗れないという事はないと思うが」

「いつ出るか分からないんじゃ、ロビーで待っていた方が良いわよね。ユイリ!」


 ターミナルの各所に浮かんだホログラムには、ステーションと出入りするシャトルの時刻表が記載されている。

 おっとり船長は首を傾げながら目当ての船を探すが、メカニックの姐御が言うには、出発の予定は未定らしい。

 そして、ある物を見て微かに片眉を上げた唯理を、お下げ娘のエイミーが引き摺って行く。


 唯理が見ていた時刻表とは別のホログラムでは、『クレッシェン星系艦隊造反、連邦中央軍と戦闘状態に』というニュースが流れていた。


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