2nd distance.ドリフト
23G.ユニバース ライフスタイル
銀河を股にかける運び屋の船、快速船『ポーラーエリソン』100メートルクラス、ライトクルーザー。
それは、だらしのない四十男を絵に描いたような船長、『ドーズ=フューレット』が指揮を行う船だ。
全員が野郎ばかりの、むさ苦しいこの上にない一団となっている。
ところが、そんな男臭い船内に、数日前から色とりどりの花たちが。
「中央ルートのヒーター直りましたよー。フィルターも一応掃除しておきましたけど、摩耗が酷いからそんなに持たないかも?」
「ジェネレーターの方はラインが切れていただけだな。だが無駄が多過ぎるぞ。使っていないバイパス部分だけ整理したが問題ないはずだ」
「干渉儀のデコーダー、何でこれ3つも並列で走ってんの? ライブラリ同じもん使ってんだからメインフレームの処理能力圧迫するだけだろ。あとイルミネーターと照準システム、毎回キャリブレーション弄ってんなら手動と変わんねぇし」
メガネにお下げ髪の愛らしいエンジニアの少女。
男勝りの長身だが、凛々しい美貌にグラマラスな身体付きのメカニック。
乱暴な言葉遣いがM心を刺激してやまない、通信オペレーターの吊り目美少女。
船の整備や調整を手伝っている見目麗しい女性技術陣に、野郎どもは鼻の下が伸びっ放しだった。
ドーズ船長は除くが。
「あー……いいっスねー、フィスちゃん。ああいう上司なら俺、前の会社辞めなかったなー…………」
「つーか匂いから違うな……。心が洗われる」
「お前ら手を出すなよ……。ボーアみたいになるからな」
船体中央の格納庫内では、ポーラーエリソンの通信手やメカニックを含む4人が、休憩がてら雑談に興じていた。
話題になるのも勿論、クレッシェン星系から乗り込んできたレディー達についてである。
いずれ劣らぬタイプの違う美女と美少女。
前述のエンジニアとメカニック、通信オペレーターだけではない、穏やかな微笑を
とはいえ、手を出そうとすればエライ事になるのは実証済み。
具体的には、メカニックの姐御に殴り飛ばされ、エンジニア少女の護身武器で電撃を喰らい、赤毛娘に頸動脈を絞められ失神したりするのだ。
既に雑用係のボーアという男が犠牲になっている。
とはいえそれは、短いスカートにノーパンで歩き回っていた双子にも責任はあるだろうが。
眩い尻のチラリズムは、100G――――――ふたつで200G――――――では効かない脱出不能な引力(淫力)圏を持つのだ。
そのような経緯もあり、文字通り指を咥えて見ているしかない、ポーラーエリソンの船員たち。
一気に人口密度を増した船内に、滾る欲望を自家発電で発散もできず。
鼻先を行き来する香しい乙女の空気に、ただただ悶々とせざるを得なかった。
「でも良いよなー、船に女の子がいるとさー」
「俺らだけだとまず『掃除する』という発想自体出て来ないからな…………」
「ヤるヤらない別にしても潤いが違うよ。このままこの船に乗ってくれないかなー」
緩み切った顔で、そんな事を言い合う船員たち。
綺麗な女性とお近づきになりたいというのは、もはや生物としての本能。
人類が宇宙に出て数世紀を超え、なお絶えない望みであった。
「やめとけやめとけテメェの
ところが、そんな野郎どもの淡い期待を素気無く切って落とす船長。
ドーズはタバコのような物を吸いながら、壁際に腰を下ろした。
「それにな、例えどんなブスでも女が船に混じれば、諍いの元になりかねないもんだ…………。仕事になんねーよ」
妙に実感の籠った船長の
だが、それでもやっぱり同じ職場に可愛い女の子がいるというのは、憧れの
船長だって男。それは分からなくはない。
殺風景で潤いの無い宇宙での生活を続けているうちに、遠い昔に忘れてしまった青臭い感情。
『マリーン』という美女を見ていると、それが蘇って来てしまうのだ。
しかも、娼船の女たちとは違い、性的な目で見ると罪悪感が湧く類の純情な想い。
自分も相当参っているな、とドーズ船長も自覚はしていた。
とはいえ、船長自身が言った通り、女性を取り合って船の中で争いなど起った日には目も当てられない。
船というものは、船長を君主とした絶対王政だ。
一瞬の判断が船と船員の命運を分ける事など往往にしてあり、そこに呑気な民主主義など入り込む余地は無いのである。
だというのに、女性絡みの問題は、しばしば男から冷静な判断能力を奪ってしまう。
船員には各々役割があり、全員で船を動かしているのだ。
予備人員を用意し、ひとりふたりの欠員は問題無いようにしても、船内に問題を抱え込むのは断固として避けねばならなかった。
惜しいと思うのは、ドーズ船長だって同じなのだ。
◇
どうしてそんな事になってしまったのか。
そもそもの原因を思い返せば、それは仕事の為にクレッシェン恒星系の惑星レインエア軌道上プラットホームに停泊した事に端を発する。
それ自体は、悪くない仕事だった。
荷物を運んでいる最中のトラブルも
問題になったのは、その後だ。
惑星上に降りる予定も無く、プラットホームで必要な物資を手に入れると、快速船ポーラーエリソンは次の目的地へ向け出港しようとする。
目指すは宇宙を漂う花園、今やほとんどの惑星国家で非合法とされてしまった、大人のサービスを提供する商船団である。
もはやポーラーエリソンの船員たちの、唯一の生甲斐と言ってよかった。
そして、いざプラットホームを出ようとした矢先に、あの騒ぎだ。
クレッシェン星系と惑星レインエアを強襲する、全宇宙の知的生命体共通の天敵、『メナス』。
母艦型、約15万。内蔵する小型メナスは、その数十倍から百倍にも及ぶ。
星系を防衛する宇宙軍艦隊、約59,000隻は、交戦前に半数以上が敵前逃亡し、残りの艦隊も圧倒的なメナスの戦力に殲滅されようとしていた。
運び屋の船ポーラーエリソンは、所詮民間の船だ。戦闘艦ほどの火力は無く、当然メナスとは勝負にならない。
故に、すぐさま自慢の快速で星系から逃げようとするのだが、時既に遅く惑星レインエア周辺宙域はメナスの大集団に囲まれていた。
ポーラーエリソンに限らず多くの民間船が逃げ場を失っていたが、そこで真っ先に動いたのが、パンナコッタという小さな古い貨物船だ。
ところが、このパンナコッタ、並みの船ではなかった。
大胆な判断をする船長、優秀な船員、それに、船に搭載したヒト型機動兵器『エイム』に、凄腕のエイムオペレーター。
貨物船パンナコッタは自らメナスの大集団に殴り込み、その只中を強行突破した。
ポーラーエリソンの他、惑星レインエアの軌道上プラットホームからパンナコッタを追いかけた少数の民間船は、謎の巨大戦艦の助けもあって、絶望的な状況を生き残ることが出来た。
ただ、パンナコッタという船は、もう存在しない。
皆を導いた古くて小さな貨物船は、メナスの攻撃の前に力尽き、その船命を終えてしまった。
元パンナコッタの船員が、ポーラーエリソンに搭乗しているのは、そういうワケだ。
◇
船を失った船長のマリーン以下8名と、全長15メートルのヒト型機動兵器が一機。
ポーラーエリソンはそれらを乗せて、クレッシェン星系から逃げる様な勢いで離脱し、現在はチャリコフ星系内を航行中だった。
無論、大人の楽しみはお預けである。
だというのに、100メートルクラスという狭い船内では、美女と野獣がニアミスする場面が多いという現状。
サービスし過ぎな小悪魔の双子、軍隊生活の影響で裸身に頓着しないグラマーな姐御、寝ボケて
これらが出没する度に、怒りの通信オペレーター、笑顔の怖い船長、躾に厳しいエンジニアが連れて帰って説教している。
「オウこらバカ双子、テメーら外じゃパンツ履けっつったろーが。娼船にいた時とやってること変わってねーじゃねぇか」
「ヨソ様の目がある所じゃ気を付けて、って言ったわよね? ダナちゃん?」
「こんな格好で男のヒトの目に触れて何かあったらどうするの!? こんな……! こんなけしからん……! 実にけしからん……!!」
そんな迂闊な4人は性懲りも無く、ちょうど同じ時に迂闊な事をしていた為、今も揃って正座させられていた。
正座はいつの時代も普遍のモノであるらしい。
「つーか…………ユイリのそりゃ、なんだ? そんなエロ下着持ってたか??」
ノーパンの双子、半裸の姐御と続いて、最後にお白州に上げられた赤毛娘の
その格好は、肢体を艶めかしく飾り、シースルーの素材で肌の色が透けて見える、白のブラとショーツという姿だった。
布地自体の面積も微妙に小さく、豊かな双丘の谷間やビキニラインが内側へ大きく切り込まれている。
それは下着本来の、隠すという用途とは真逆。
女性のカラダをより扇情的に魅せ付ける為の物である。
そうでなくても、細いくせに出るところは出て引っ込むところは引っ込む、凶悪な色気を持つ赤毛の美少女。
そんな唯理が挑発的に過ぎる装いをしているとあって、エンジニアの少女は怒りながら鼻血を吹き、オペ娘も直視できないやら目が離せないやらの板挟みになっている。
似合い過ぎているのが、さらに
「リリスとリリアが作ってくれて、EVRスーツより楽だから、このまま寝ちゃって…………」
21世紀出身の赤毛娘は肩身が狭そうにしていた。
曰く、この時代では当たり前の服装である
体感的には楽なのだが、見た目がダイビングスーツのように全身を覆っているので、気が休まらないのだ。
そんなところで双子から手渡されたのが、この隠しているようで隠していないちょっと隠している大人のセクシー下着である。
渡された直後はギョッとした唯理だが、他に下着も持っていないので是非も無く着けてみると、これがサイズぴったりな上に着け心地も良いという。見事な腕であった。
サイズの方は以前に朝駆けを喰らった際に計られたらしいが、それは良いとして。
ちなみに、大人しいデザインにして欲しいという唯理の要望は却下された。
「とにかく……ここは男のヒトが多いし何か事故でもあるといけないから、わたしの前以外でそういう格好はダメよ、絶対に」
「おいコラ…………」
「それとリリアとリリスは後でお話があります」
そんな事を言っている間も、エンジニアの少女はメガネ型
欲望丸出しなエイミーの
インテリ娘のモラル崩壊は、想像を絶する速度で進んでいるのだ。自分の見てくれに頓着しない低血圧な赤毛のせいで。
しかも、どうやら双子を使って何か画策しているようである。
これら諸々の問題を鑑み、メカニックの姐御に笑顔で説教喰らわせていた船長のお姉さんも、改めて考える必要に迫られていた。
実際問題、新入りの赤毛娘はともかく、他の娘の素行は以前から変わっていない。女ばかりの船だったので、問題にならなかったのだ。
しかし以前の船、貨物船パンナコッタは既に存在しない。
ポーラーエリソンに間借りしている立場の以上、気を付けねばならないのは自分達だ。
が、どれだけ気を付けても男と女が身近にいれば、エイミーの言う通り事故が起こる可能性もゼロではないだろう。
そのエイミーが真っ先に事故りそうだが、それは置いといて。
(これはもう、次の星で船を手に入れた方が良いわね。どうせなら中央本星域で購入したかったけど。ウチの娘たちにも、もう少し慎みというものを教えておくべきだったわ)
異性の目が無いからと言って、パンナコッタでズボラを許していた己の教育不足を後悔しても先に立たず。
今から躾ても遅いし、どうせこの船に長居するワケいもいかないのだ。
次に行く星で良い物が見つかるか分からないが、ここは一刻も早い船の入手を優先するしかなかった。
◇
クレッシェン星系を離れ、銀河の中心方面へ航行すること、約一週間。
快速船ポーラーエリソンは天の川銀河を構成する星の大河のひとつ、スキュータム・ライン上に存在するトムナス
トムナス恒星系は、主に8つの惑星から成る。
うち、
星系で唯一の居住惑星である本星、『イラオス』。
この星の名を冠したイラオス惑星国家は、
と言うのは建前で、実際には共和国と皇国が代理戦争をやらせている真っ最中だった。
ジャンスターシェーフ国民主権主義擁護共和国。
カンルゥ・ウィジド皇王元首国。
これらはシルバロウ・エスペラント惑星国家連邦に並ぶ、
そして、惑星イラオスでは政府も国民世論も真っぷたつに割れ、内紛状態となっている。
原因は、共和国と皇国、どちらに属するかの意見対立が武力衝突にまで発展した為だった。
ここ十数年で凄まじい脅威と化した人類の天敵、『メナス』。
これから惑星イラオスとトムナス星系を守る為、政府が共和国に『出資』という形での支援を求めたのが事の始まりだ。
しかし、出資条件となった条約締結は共和国に著しく有利な物となっており、これに異議を唱える反対派が皇国への加盟を訴える。
これにより、イラオス政府内部が共和国派と皇国派に分裂した。
元々、共和国という国は利益至上の企業国家であり、『ノーリスク・ハイリターン』が国是となっている。
条約や契約時においても、共和国は徹底して自分が損をしないようにするというのは良く知られた話だ。
だとしても、その圧倒的な経済力とスケールメリット故に、共和国と取引せざるを得ない国家や組織は多い。
さもなくば、共和国がそう仕向けるか、だ。
イラオス惑星政府もまた、国民には詳細を説明せず共和国と条約を交わそうとしており、初めから共和国は支援を名目にイラオスを取り込もうとしていた節があった。
一方、皇国は厳格な規律と階級の社会である。
皇王を頂点とする君主制という政体を取っており、国家運営は皇宮と下位組織の三院――――――司法院、立法院、行政院――――――が代行していた。
皇国は国家と社会の体制維持存続を最優先としており、反逆者には容赦なく重い刑罰が科せられる。
階級は大きく分けて、尊、士、民、隷と4つあり、これらの中にも細かい分類があるが、基本的に4階級の身分差は絶対とされていた。
同時に軍事国家でもあり、軍人になれば自動的に『士』の位とされる為に軍への入隊希望者は多く、その規模と権力も大きくなっている。
また、法により男女の地位が明確に規定されており、たとえ同一階級でも女性が男性に逆らうことは許されていない。
経済と契約至上の共和国。
鉄の掟の皇国。
銀河において双方ともに強大な国家であるが、傘下に加わるという事になれば、どちらも反対意見が大きくなる相手だ。
ちなみに、多くの人々が銀河の三大国に対して『フォーサー』という別称を用いる事がある。
これは三大国政府のいずれもが、自国民や他国民に関係なく常に物事を強制しようとする姿勢を非難した呼び名だ。
国家への恭順と服従を迫り、一方的な契約を押し付け、身分を決め付け、権力者は支配と専横を押し通し、法を
強制する者、『フォーサー』。
人権という言葉は十数世紀の間に優先度を限りなく下げ、今は三大国をはじめとした国家が、正義と秩序の名の下にあらゆる面で一般人を管理するのが当然となっている。
だが、そんな雁字搦めに拘束される社会に我慢ならない人々も大勢いた。
『ノマド』と呼ばれる宇宙の旅人が生まれたのも、硬直し続ける社会にあって必然だったのだろう。
それはともかく、今はトムナス恒星系における紛争の話だ。
「と言っても今は休戦協定中で、戦闘は起こってないみたいじゃない? 5番目の惑星付近で小競り合いしているみたいだけど、本星には関係ないと思う」
ポーラーエリソンの
通信オペレーターの小男が下調べしたところ、惑星イラオスと恒星系で行われている代理戦争は、7日前に結ばれた停戦協定により沈静化しているという話だった。
大きな被害を出した末に、本星と周辺宙域は非武装地帯に定められている。
とはいえ、いまさら戦闘をやめたところで、衛星軌道上から大質量体をいくつも投下した為、全土が粉塵により汚染されてしまった。
落下物は正確に都市を破壊し、多くの住民を虐殺し、膨大な資源と財産を無駄に消費していた。
もっとも、そんな光景もこの宇宙では珍しくないのだが。
「どうする? こんなキナ臭い所で降りなくてもいいと思うがー……」
「中央本星でもないかぎり、どこも大して変わらないもの。それに、停戦中なら大丈夫でしょ。ここでいいわ」
ドーズ船長が横目で窺うが、マリーンは穏やかに微笑みならが、その意思を変えなかった。
少々残念に思うドーズだが、だからといって強く引き止める理由も無い。
快速船ポーラーエリソンは4発のエンジンを燃焼させ、銀河のどこにでもあるような惑星へと接近する。
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