22G.クローズド プロローグ
船長とメカニックの姐御は、重力制御の動き出した巨大戦艦の艦内を中間層へと降りていく。
戦闘の際に救出した、クレッシェン恒星系艦隊旗艦の艦長に面会を求められた為だ。
艦長の待つ『艦内トラム』とは、広大な戦艦の中を移動する為の交通インフラだ。
規模にもよるが、ある程度の大きさがある船なら内部を移動する乗り物というのも必要になる。
星系艦隊旗艦艦長のガルーディー一佐が待つのが、このトラムの
駅の一角にあるベンチ周辺は、艦隊の仕官が集まっているようだ。
マリーン船長は
「『クローザーベル』艦長のガルーディー一佐でいらっしゃいますか?
「キミが……? これほどの戦艦の艦長がこんなに若い女性とは。いや、救出されておいて失礼だったな。クレッシェン星系軍第三艦隊旗艦クローザーベル艦長のマコフ=ガルーディー一佐であります」
太い縦一文字の顎ヒゲを生やす痩身の艦長は、驚きをもってマリーン船長を迎えた。周囲にいた他の士官も同様だ。
何せ、空前絶後の巨大戦艦を指揮する艦長というのが、全く軍人らしくない妙齢の美女となれば驚きもする。
そうは言っても、救出されたのは事実だ。
例え相手が娘みたいな年齢の若い女性でも、敬礼で応じるのは軍人として当然であった。
いかんせんマリーン船長の方は偽名を名乗っていたが。
「友軍の救出と救援に感謝いたします。連邦本隊に見捨てられて、その上艦隊まで全滅させずにすんだ。いや、艦隊を全滅させてでも星系の人々を守らなければならないと思ったが…………。こうして生き残ったのが奇跡としか思えない」
「と、仰いますと? クレッシェン星系は連邦加盟国だったと記憶していますが。では中央から派遣される艦隊抜きで、星系の艦隊が単独で?」
「連中はメナスが来る直前にケツからワープで逃げました。あ、いや、失礼……」
改めてのガールーディー艦長の感謝だったが、そこで意外な、そして納得の事実を聞かされるマリーン船長。
妙に展開している艦の数が少ないと思ったら、半数以上を占める連邦本隊の艦隊が不在だったという話である。
何のかんのと理由をつけて星系を見捨て、損害を厭う。良く聞く話だった。
ご婦人の前でスラングを出してしまう副長に限らず、星系艦隊の全員が憤っているのを感じる。
そんな状況で、火に油を注ぎに来る肥満体がいた。
「ですがアフレディ艦長、助かりましたが貴艦はどこの所属の戦艦か。連邦にこれだけの戦闘艦が存在したという話は聞きませんし、共和国が――――――――」
「お前か、この船を勝手に乗り回していたのは。誰に断って俺の船を持ち出した? ああ??」
ガルーディー艦長の言葉を傲然と遮り、負傷者を突き飛ばしながら大股で突き進んで来る一団。
その男達は星系艦隊の軍人とは少し意匠の違う軍服を身に着けていた。
各星系軍が統合されて成る連邦軍にあって、中核となる存在。
連邦中央軍である。
「何者だ貴様は!? 自分達だけさっさと逃げた中央のヤツがこんなところで何をしている!?」
「うるさい黙ってろ! たかが衛星国家の下っ端が! 中央軍のやる事に口を出すんじゃない!!」
「偉そうに言える立場か!? 加盟国の防衛義務を放棄した事は絶対に忘れんからな!!」
「うるさいうるさい黙れぇ! 艦隊のクズどものやる事など知った事か! 今は貴様らカスどもと話している時間などない!!」
その肥満体の正体が知れた途端、周囲の星系艦隊仕官から上がる非難の嵐。中央政府への不信感は、この上なく強まっている。
しかし、怒鳴り散らす肥満体の男は、自分を守る兵士達に銃を構えさせ威圧した。
ワケも分からず連れて来られた同じく中央軍の兵士は、星系艦隊側の剣幕に怯えている。
星系艦隊の仕官達も、メナスとの戦闘の直後でとても戦える状態ではない。
そして、鼻を鳴らして周囲を見下す肥満体の男は、再びマリーン船長を睨み付け詰問を続けた。
「聞いたぞ、この船の艦長を名乗ったな?」
「失礼ですが……貴方は?」
「黙れ! 質問しているのはこっちだ! お前は黙って聞かれた事に答えろ!!」
かと思えば、突然激昂する肥満体は、マリーン船長の顔めがけて拳を振るった。
それを、ダナが直前で止める。
「貴様……邪魔をするな! 反逆罪でフリーザーにぶち込んでやってもいいんだぞ!?」
「連邦市民でもない人間を裁判無しで極刑か? 随分偉くなったものだな、連邦軍は」
「軍には連邦を守る為にあらゆる権限が認められている! 逆らうな! この場で射殺して真空に放り出してやってもいいんだぞ!!」
軽肥満の威圧に小揺るぎもせず、目の前に立ち塞がる頼もしいダナの姐御。いくつもの銃口を向けられても、それは変らなかった。
相手の生意気な態度に歯軋りする軽肥満だが、これ以上は本当に射殺しなければならない。
自分以外の誰が何人死のうが知った事ではなかったが、周囲にいる星系艦隊の連中全員の
つまり、難しくなければ皆殺しにするのも厭わないという事だが。
故に、ここは仕方ないので、面倒極まりないが正攻法で叩き潰す。
「チッ……! 中央軍のサイーギ=ホーリー三等佐だ。この艦は疑いなく連邦軍の資産であり、最上級の機密に該当する。これを
この場の全員を敵に回しながらも、連邦中央の権威を嵩に着て上から押さえ付ける肥満男、サイーギ=ホーリー。
だが、これほど傲慢に振舞いながらも、誰もこのエゴの塊を排除できないというのが、連邦政府の強大さを示していた。
銀河の半分を支配するビッグ3の内、最大の国家。
それが、シルバロウ=エスペラント惑星国家連邦政府だ。
そして、残念な事に連邦政府が国体維持の為にあらゆる権限を軍に認めているのは事実であり、サイーギ=ホーリーという男は、そこでの身の処し方を知っている。
自分がどれだけ好き勝手に動いても、最終的に軍は許さざるを得ないという成算が付いていた。
大事なのは、最後に必要なカードを握っている事である。
サイーギ=ホーリーは自分より高身長の女を押し退け、マリーン船長へと詰め寄った。
「ハッキリ言って貴様のようなアバズレなんかに用は無い。時間の無駄だ。だから今すぐに、教えろ……!」
身体を揺すり、睨めつけ、陰湿に声を潜めて言う。
「
その瞬間に、マリーン船長は倣岸極まりないサイーギ=ホーリーという軍人が何を狙っているか、全て理解できた。
この男は、唯理とこの戦艦の関係を知っている。
だから、ここまで乗り込んで来たのだ。
戦闘の終わりを見計らい、頻繁に戦艦へ出入りするボートに紛れ込み、内部に入り込んで、封鎖された重要区画から艦を動かしている者が出てくるのをジッと待った。
確信があったからだ。
「『あの女』、と言われましても、私の周りにいるのは女性ばかりですが……?」
「分かっているはずだ。いやいい、尋問にかけて全て吐かせる。どうせこの船の事を知る者は一生拘束施設だ、この俺に逆らった事を後悔しろ」
冷たい笑みで対応するマリーンに、一切の人格を認めず吐き捨てるサイーギという男。
周囲の兵士に命令すると、自分はエレベーターに向けズカズカと歩き出した。
「そいつらを拘束しろ! ブリッジを制圧するぞ! 赤毛の女がいたら絶対に殺さず拘束しろ! 他に誰かいたらそいつらも全員拘束だ!」
何十人もの兵士に銃口を向けられては迂闊に動けず、ダナも無抵抗で拘束される。
その時、ダナのチョーカー型
マリーン船長にも、同様のメッセージが届いている。
「フンッ! 認証か、生意気な。オラさっさとエレベーターを動かせゴミが!」
乱暴にマリーン船長の腕を掴んで引っ張ると、肥満男はエレベーターの前に突き出した。
船長は素直にエレベーターを呼ぶ。
間もなく、階層表示が『艦橋前プラットホーム』となり、エレベーターの扉が開いた。
マリーン船長を掴んだサイーギ=ホーリーは真っ先に乗り込み、護衛の兵士と拘束されたダナもエレベーターに入るのだが、何故か全員が乗る前に扉が閉まる。
「おいふざけた真似するな。今すぐ殺してもいいんだぞ」
「許可の無い人間を探知したから閉まったのでしょう」
釘を刺す肥満男だが、船長は涼しい顔で答えていた。
サイーギ=ホーリーの方も、ふたつ目には文句を言わないと気がすまないが、拘束されているマリーンがエレベーターを弄る隙があったとは思っていない。
エレベーターを操作したのは、また別の人間だ。
扉が開く、と思われたが、その扉は少しの隙間を開けただけで止まってしまった。
どうしたのか、と思う間もなく、内部の照明が消える。
直後に、何か軽い物がエレベーター内で跳ねる音が聞こえ、次に肥満男や兵士達を猛烈な目の痛みが襲った。
「ぐぁああああああ!? なんッ……何だこれは!!?」
「痛だだだだだ!!?」
「がぁ!? ぐあっ!!? オゲッェ!!」
すぐさま、対環境汚染システムが働きエレベーター内が換気されるが、既に目や気管に入ってしまった刺激物はどうにもならない。
「クソッ! ふ、ふざけるな! 何だこれハガァ!!?」
意識してか無意識か、目が見えないままマリーン船長の腕を全力で握っていたデブだが、その顔面が何者かに蹴り飛ばされた。
傲慢デブは後頭部からエレベーターの壁面に激突。
一方、硬く目を閉じ、息も止めていた船長の方は、手を取られてエレベーターの外に連れ出される。
ダナの方も同様に連れ出され、直後にエレベーターは扉を閉ざして最下層へと向かった。
「大丈夫ですか船長!?」
「ダナ、もう目を開いていいぜ!」
「ぷはー……もう限界かと思ったわー」
「む……ちょっと目に入ったか」
エレベーターから船長とダナを連れ出したのは、唯理とフィスのふたりだった。
ちなみに、傲慢ブタと手下の兵士に喰らわせた刺激物は、船医のユージン作である。どうしてそんな薬剤を常備しているのだろうと唯理などは思わなくもない。
こんな事になるんじゃないか。
そう思っていた唯理やフィス、エイミーは、
船ではなく、唯理が狙いだというのは少し意表を突かれたが、拘束されたらその後どんな扱いを受けるのかは想像に難くない。
よって、即脱出を決意する。
現在乗っている戦艦で逃げる、という意見ははじめから出なかった。艦内に星系艦隊の軍人を多く抱えた状態では逃げられない上に、目立ってしょうがない。
色々と謎の戦艦ではあったが、謎解きより逃げるのを優先し、置いて行く事とした。
『本艦に搭乗する全乗員にお知らせします。ロックダウン・プロトコルが発令されました。本艦は6時間後に全機能を閉鎖モードへ移行します。ロックダウンはレベル10権限者による命令が確認されない限り、解除されません。繰り返します、ロックダウン・プロトコルが発令されました』
艦内に管制AIのアナウンスが響く。
傲慢デブは艦底部で道に迷い、発狂する事しか出来ない。
唯理とパンナコッタの皆は管制AIに通路を開けさせ、誰にも邪魔される事無く格納庫へ向かう。もっとも、連邦中央のデブ軍人に進んで協力する者などいなかったが。
急いで宇宙に出る準備をする一同だが、格納庫の一画で足を止めた。
唯理の他、パンナコッタの面々の目線の先には、乱立する救難艇やヒト型機動兵器に混じり、ボロボロになった小さな貨物船の姿があった。
『……いい船だったね、パンナコッタ』
『水の経路は無いしエネルギーラインは並列で繋ぐとジェネレーター落ちるしメインフレームの排熱で温度管理のパラメータおかしくしてたけどな』
『ふえぇえええ……オモチャとか置いてきちゃったよー』
『手造りの道具を置いて行くのが大分痛いな』
今まで旅をして来た、自分たちの家であるパンナコッタ。
エイミーとダナは出来る限りの改造と整備をしたし、フィスは許容量がオーバー気味なシステムに悩まされ、双子は船の中だけでは安らぎを得られた。
過ごした時間はそれぞれだが、ここで別れるのが辛いのは皆同じだ。
同時に、最後の最後まで役目を果たしてくれた健気さに目が潤んでいた。
『どうせ買い換えるつもりだったんでしょ? ここで連邦なんかに捕まったら大変よ。わたしとかちょっと手配されてるかもしれないんだから』
『次も良い船にしましょう。フィスちゃん、お迎えは?』
気だるげな船医が身も蓋もない事を言い場を白けさせ、苦笑気味の船長がフォローを入れる。
唯理が自分のエイムに乗って来ると、皆は開け広げのコクピットや腕部マニピュレーターに取り付いた。とても全員は乗れないが、取りあえず宇宙に出られればよかった。
巨大戦艦の格納庫を飛び出すと、フィスから依頼され待っていた船が目の前に滑り込んで来る。
刀の鞘のような船体に、大型のブースターエンジンを4発付けた運び屋の快速船、『ポーラーエリソン』だ。
運び屋の船は減速しつつ、船体下部の扉を解放した。
『よー早かったな! 格納庫の扉を開ける! エイムはそこから入れてくれ! 急げよ!』
エイムごとパンナコッタの全員が乗ったのを確認すると、快速船は回頭して向きを変える。
周囲には傷ついた星系艦隊の戦闘艦が大量にいたが、特に止められる事もなく、ポーラーエリソンは最大加速で宙域から離脱して行った。
◇
その後、巨大戦艦は管制AIの予告通りに全艦を閉鎖。連邦中央のサイーギ=ホーリーがどれだけ当たり散らしても、一切のコントロールを受け付けなかった。
クレッシェン星系艦隊は残存戦力を再編成し後続のメナスに備えたが、幸運な事に次の戦闘は無かった。
しかし、艦隊と星系の世論は、自分たちを守らない連邦からの離脱の声が高まっており、それを押さえ付けるべく連邦中央の艦隊が接近しているとの事だ。
皮肉な事に、その艦隊はメナスの襲撃直前に星系の守りを放棄した、サージェンタラス方面第519艦隊だった。
後の公式記録においては、クレッシェン星系艦隊は反乱を起こした為に連邦艦隊により鎮圧。その際に半壊したという事になっている。
メナスによる被害は例によって黙殺されたワケだが、一方で巨大戦艦がクレッシェン星系を守ったという情報は、各国各勢力の知るところとなった。
決して語られる事のない歴史の事実。
かつて
故郷を奪った大罪人の船団。
守護者の艦隊。
惑星国家の起源。
テクノロジーの原型。
500年もの間眠っていた船の目覚めに、全ての勢力が動き始める。
銀河の全てを手に入れる事すら叶う、最強の力。
それを廻る宇宙の流れは、ある少女を特異点として集約されつつあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます