20G.バトルロイヤル スローター



 ワープアウト直後にメナスの集団を蹴散らすというド派手な登場を見せた後、全長3キロの巨大戦艦は沈黙したままだった。

 今は慣性に従い流されるまま、周囲を飛び回る敵性体にも反応しない。

 最初に我に返ったマリーン船長の指示で、オペレーターのフィスは正体不明の戦艦に救援を求めようとしてた。

 貨物船パンナコッタはメナスの攻撃を凌げず、ほぼ大破した状態だ。

 どこの船だか知らないが、絶体絶命の状況にあっては、ひと筋の光明となり得るのは間違いないと思われた。


 が、フィスが巨大戦艦へ救援要請をするより早く、唯理のエイムから通信が入る。


『船長、あの船に退避してください! 多分無人です! こっちで動かせる!』

「『無人』って、何でそんな事が分かるんだよ!? だいたいそれならこのバカでかい船どうやって飛んで来た!?」

「フィスちゃん、艦内格納庫の位置を調べてアクセスできるか試して。ユイリちゃん、もう一仕事お願いできるかしら?」


 いきなりワケの分からない事を言い出す唯理に、混乱しながら怒鳴り返すフィス。

 大小合わせて数百万の敵に囲まれ死にかけた所に常識を外れた巨大戦艦がワープアウトして来ていきなりそれに乗り込めなどもう色々理解を超えている。

 だというのに、マリーン船長は迷わず唯理の言葉に従う事にしていた。

 船長の判断とあっては、オペ娘も口を挟めない。

 少なくとも、メナスに嬲り殺しにされるのは先送りに出来るだろう、と思うしかなかった。


 オペレーターが巨大戦艦にアクティブセンサーを向けると、それに反応したかのように、艦尾に近いシールド発生ブレードが迫り上がって来た。

 ブレードの内側に、戦艦の発着艦デッキと格納庫への入り口がある。

 戦艦の中へ逃げ込もうとしたパンナコッタだが、遂にここで力尽きた。重力制御機能が死に、ブースター燃焼用の触媒も残らず漏れ出た為、移動手段が無くなったのだ。

 仕事が無くなった小さな操舵手、スノーは、無表情のまま落胆していた。


『船を押し込みます! 少し乱暴に行くんで何かに掴まってて!!』

「待てユイリ! そっちの相対3時プラス50! メナスが来る!!」


 こうなった以上、エイムで直接パンナコッタを押すしかない。

 そう思った矢先に、巨大戦艦の体当たりに蹴散らされていたメナスが、攻撃を再開してきた。

 飛来する荷電粒子弾を、辛うじて回復していたシールドで弾く唯理のエイム。だが一瞬でシールドジェネレーターが落ちる。

 今すぐにメナスを排除しなければ移動できない。

 しかし、遠距離攻撃のオプションを失った今、唯理に出来るのは接近戦のみだ。メナスを追えば、パンナコッタを離れる事になる。

 どうするべきか、判断に迷う唯理だったが、そこに別方向から突っ込んでくる船があった。

 刀の鞘のような形状に、4機の大型ブースターエンジンを装備している快速船。

 『ポーラーエリソン』である。


『逃げ込むんなら早くしやがれ! ここまで来て機械のバケモノどもにやられるなんざ真っ平ゴメンだ!!』


 左右の小口径レーザーと下部の大口径レーザー砲を撃ちながら、快速船はメナスの只中へ殴り込む。

 唯理のエイム、巨大戦艦、そして乱入してきた快速船と、メナスの攻撃目標が3つに分断された。

 借りを返しに来たポーラーエリソンの援護で生まれる、値千金の貴重なチャンス

 これを逃がしてなるものかと、唯理のエイムはパンナコッタに体当たりを喰らわせた。衝撃で双子の姉妹が引っ繰り返る。

 パンナコッタと唯理のエイムは格納庫に雪崩れ込むと、派手に床を擦り火花を散らしながら着艦。

 即座に船長は全員へ退船を命じると、自らの足で巨大戦艦に降り立った。

 艦内格納庫は真っ暗で、非常時の誘導灯すら点いていない。重力制御も働いていないようだ。


『おいおいおいどうなってんだこの船は……。これでユイリの言う通り無人なら、まんまゴーストシップじゃねー――――――』

『キャァアアアアアア!? ゆ、ユイリ!!? ち、ち血が――――――――!!!?』

『――――――うぉあああ!? び、ビックリしたぁああ!!?』

『口の中切っただけです! それよりブリッジへ! 内側が向こう側だからエアロックがあるはず!!』


 静か過ぎる艦内に腰が引けていたオペ娘は、エンジニアの悲鳴で思わず漏らしそうになった。EVAスーツの通信越しでもビビる。

 そんな少女たちを大声で抑え、唯理は急ぎ移動を促す。バイザーの内側で血が飛び散っていたが、ここは出鱈目を言っておいた。口を切った、とかいう出血量ではなかったが。


 気圧調整室エアロックの側面パネルには、微かな光が灯っていた。最低限の機能が生きている証だ。

 艦内に酸素が充填されていない為、唯理たちはただ気圧調整室エアロックを通り抜け通路に出る。

 そこも完全な暗闇で、通路の奥には光が届かず見えなかった。

 足下には、艦がメナスから攻撃を受ける振動が伝わってくる。

 実質的に無抵抗なサンドバッグ状態のはずだが、それでも大破する様子がまるで無い。

 シールド無しでも、桁違いに強固な装甲を備えているという事だろう。


『ブリッジは上ね。機関の再起動も必要かしら?』

『恐らく後部だな。そっちはわたしが行く! エイミー手伝え!』


 ダナとエイミーの機械担当は艦尾のエンジンブロックへ、マリーン船長にフィス、スノーの船橋ブリッジ要員は艦橋があると思われる艦の上部を目指す。唯理と船医のユージン、双子も一緒だった。

 巨大な船だけあって、内部はとにかく広い。重力制御されていないのは不幸中の幸いだったと唯理は思う。体力も限界だ。

 しかし、今まで幾度となく戦艦や空母、重巡洋艦に搭乗してきたマリーンには、この巨大戦艦がサイズに比しても余裕のある内部スペースを持っていると感じていた。

 それに、EVAスーツの照明しかなく分かり辛いが、まるで豪華客船のようにスッキリした通路だとも思う。微妙に軍艦らしくない。


 無重力の艦内を15分以上飛び回り、案内のプレートに従いようやく艦橋ブリッジ前に来る。

 戦闘艦らしい分厚い扉は、厳重に施錠ロックされていた。


『マリーン、機関室に着いたがロックがかかってる! 中に入れない!!』

『こっちもよ。ブリッジの前だけど扉が閉まってるわ。フィスちゃん』

『あーいよ!』


 同時に、艦尾に向かったメカニックからも通信が入るが、艦橋ブリッジ同様に重要区画バイタルパートは封鎖されているらしい。

 扉の前に立つフィスは、自分の持つ情報端末インフォギアでEVAスーツの機能をオーバーライド。スーツから艦橋ブリッジの扉にアクセスを試みる。

 フィスは腕の立つウェイブネット・レイダーだ。

 その気になれば、開けられない電子錠は存在しないと自負している。


『なんだこれ!? リアクティブ暗号変換!? これ開けさせる気あんのか!!?』


 ところが、手錬のレイダーが自分の土俵で悲鳴を上げていた。

 その構成を一言でいうと、鍵穴の無い金庫。

 しかもアクセスを感知されると、システムが暗号の構成変えるらしい。

 まるで扉と言うか要塞のような暗号システムであり、使用者に喧嘩を売る仕様だった。


『もしかしてアクセスする場所が違うとかいうアナログな罠じゃねーだろうな!? ユイリ、どこかアクセスできるターミナルがないか探してくれ! 表面の素材が一体化して見える加工とかしてあると、分かり辛いかもしんねー!』

『分かりました!』 


 扉の側面にあるコンソールに見切りを付けると、オペ娘は横の壁や足元を探し始める。

 唯理も手伝おうとし、実はダミー下に本物が有ったりすまいな、と思いフィスの弄っていたコンソール前に立つと、


 ヴヴンッ……、と。


 小さな振動をたて、全てを拒んでいそうな艦橋ブリッジ前の二重扉が上下左右に開放されてしまった。


『おい……なんでだ?』

『さ、さぁ……?』


 ジト目のオペ娘に睨まれ、思わず後退る赤毛。何か悪い事した気がする。

 しかし、流石にのんびりしている余裕の無いマリーン船長は、ふたりを置いて先に艦橋ブリッジへと踏み込んだ。


 EVAスーツの肩に付いたライトが、艦橋ブリッジの内部を照らし出す。照らし出そうとした。

 ところが、内部は何かの実験施設かと思うほどに広かった。

 奥行き、幅、高さ、共に全長50メートル全幅40メートルのパンナコッタが丸々一隻余裕で入りそうな空間である。


『すげ……流石は戦艦クラス。これ多分ブリッジがそのままレスキューボートになるタイプだ』

『…………共和国の「ゴッドハンド」クラスだって、こんなに大きなブリッジじゃないわよ』


 マリーン船長が平坦な口調でつぶやき、その横を通信オペレーターが通り過ぎていった。

 船の管制となればフィスの仕事だ。同様に、小柄なスノーも艦橋ブリッジの操舵席を探して前部へと跳ぶ。

 船医のユージンと双子のリリア、リリスは、艦橋ブリッジの高い天井を見上げながら中へ入った。


 そして唯理は、艦橋ブリッジの扉の先へ入れずにいた。

 船の出現から感じていた神経に触れる感覚が、ここに来てハッキリとしたモノに変った。

 今までエイムに感じていたモノと同じだ。まるで、身体その物か、延長線上にあるように思える。

 この先に入ると、もう引き返せない。

 そんな不可逆の予感に、引かれながらも近づけないという板挟みにされていた。


『反応しねぇし! 内部のコントロール系は生きてんだからブリッジからアクセスできるはずだろ!? 艦長席のマスターキーか? マリーン姉さん!』

『多分これが艦長席だと思うけどー……反応しないわね。もしかして特定のインターフェイスを持ってないとコントロールできないんじゃないかしら? カンパニーのワンマンシップなんてそうだったんだけど』

『それにしたって、ダメならダメってワーニングが出そうなもんだけどな。クソッ、クリアランス・ノードすら分からねぇってのは、どうなってんだこのシステム?』


 船長とオペレーターは、コンソールを手当たり次第に叩いている。

 こうしている間にも、艦体に荷電粒子弾の直撃する振動が艦橋ブリッジに響いていた。

 外には、パンナコッタが戦艦の中に入る時間を作ってくれた快速船もいる。

 今この戦艦が動かなければ、全員に生き残る目が無かった。

 だから密かに覚悟を決めると、唯理は艦橋ブリッジの中へ一歩を踏み込む。



 それに、この船が応えるだろうという、根拠の無い確信もあった。



 艦橋ブリッジのコンソールと全モニターが、一斉に点灯する。

 同時に、エンジニアとメカニックが向かった機関室も唸りを大きくし始めた。

 最も外側の全面スクリーンは、艦の外の景色が映し出される。

 それら全てのモニターには、初期起動のプロセスの表示が上から下に流れていき、その最後に、


 『UNPKDF -Starship fleet-』


 というロゴが表示され、静止した。


『なんだ……これ? 「こく、れん、平和維持」――――――――――』

『国連平和維持派遣防衛軍、宇宙方面艦隊』


 緊張感の漲る声に、マリーン船長やフィス、パンナコッタの皆が驚かされる。

 今まで聞いた事のない声色で発したのは、正面の大モニターを見上げる赤毛の少女だった。


 今までで最も強く、唯理は自分の過去との繋がりを感じる。

 間違いなく、自分はこの『国連平和維持派遣防衛軍UN peacekeeping defense forces』と関わりがあったはずだ。

 相変わらず、具体的なところが全く思い出せないのだが。


 よく分からない強い感情に囚われ、唯理が静止したモニターを凝視している。

 困惑するパンナコッタの皆だったが、そこで艦橋ブリッジ内に新たな女性の声が響いた。


お帰りなさいWelcom back、マスター・コマンダー。レベル10のリップルパターンを確認。ネザーインターフェイス再設定開始。認証しました。メインフレーム起動、ダーククラウドネットワークにアクセス。メタロジカル・フィードバック・ジェネレーターを待機出力へ移行します』


 音響機器による合成音声だとすぐに分かったが、それでも思わず皆が周囲を見回してしまう。

 人工知能AIによるシステム制御も珍しくはないが、それにしては随分生きた・・・声に聞こえたのだ。

 人間とそっくりのワーカーボット、という物も存在はするが、趣味的に過ぎコストも高く付くので、実用目的でほとんど用いられていない。


 そうは言っても、所詮人工知能AIは使用者の命令を遂行する道具である。

 何故だか知らないが、システムは立ち上がったのだ。オペレーターのフィスは、すぐに自分の仕事にかかろうとした。

 艦橋ブリッジの中央に並ぶコンソールの前に着くと、艦の機能を掌握すべく、インターフェイスの操作しようとする。

 ところが、


『あなたにはシステムへのアクセス権限が設定されていません。システムへのアクセスが許可されていません。現在、本艦はイニシャライズされておりオペレーターが設定されていません。現在、本艦はレベル9権限者が設定されていません。レベル10最上位権限者、マスター・コマンダーによるレベル設定が必要です。またはレベル10最上位権限者、マスター・コマンダーによる直接のオペレーションが可能です。警告、本艦「ファルシオンクラス」第713,785,103番艦周辺宙域は戦闘状態にあります。上位領域敵性端末体Enemy unit of the over regionを確認。自動迎撃プロトコルに該当有り。自動迎撃を開始しますか? またはレベル10権限者、マスター・コマンダーがマニュアルでオペレーションを行なってください』

『今時AIオペレーションかよ!? ネザーインターフェイスで直接コントロールできねーの!?』

『あなたのリップルパターンはオペレーター登録に該当がありません。システムへのアクセス権限がありません』

『だったら登録する方法は!? 戦闘中だってんならのんびりしている暇ねーだろうが!!』


 色々と謎の単語が出て来るが、管制AIの話を要約すると、オペ娘は戦艦のシステムに触れる一切の権限が無いらしい。

 AIに管理させているのは珍しいが、軍用艦なら厳格に使用者権限が規定されているのも当然ではあった。

 ならば、どうやってその権限を得るかが問題になる。


 現在、戦艦はメナスにより射撃のマトにされていた。

 放っておいても勝手に迎撃戦闘に入るようだが、自分たちが乗る船の手綱は握れるなら握っておきたい。

 他人AI任せにして死ぬのは御免である。


『火器管制システムへのアクセス権限を申請! 「レベル9」か!? どうすりゃいいんだそれ!!?』

『艦内におけるレベル7、火器管制オペレーターへの設定はレベル10権限者、マスター・コマンダー、及びレベル9権限者、キャプテンが権限を有します。レベル9権限者の設定権限はレベル10権限者のみが持ちます』

『ならその「マスター・コマンダー」様とやらは今どこで何してるんだよ!?』


 平坦な管制AIの科白セリフにかみ付くオペレーター。

 『権限者』も何も艦橋ブリッジは無人だったではないか、と。

 だが思い返すと、皆が艦橋ブリッジに入って間もなく、この人工知能AIは『マスター・コマンダーを確認』と言っていた。


 『お帰りなさいWelcom back』、とも。


 つまり入って来た者の中に、その最上位権限者がいるという事になる。

 それはいったい誰か。

 パンナコッタの皆の目は、自然と赤毛の少女へと向いていた。


『…………わたしか』


 出自不明の少女に、出自不明の戦艦。

 唯理自身も、理解は全く出来ないが、納得する他なかった。

 そして恐らく、自分はこの戦艦と再び廻り合う為に、ここにいるのだろうとも。


『ユイリちゃん……この船に命令を出せる?』


 マリーン船長の声も、少し固い。

 それを認めてしまうのは、この少女を何か途方もない事へ放り込む事だと感じていたからだ。


 だとしても、唯理にも誰にも、ここで立ち止まるという選択肢は許されない。


『…………機関出力最大、シールド展開、敵性体に対し自動迎撃開始』

『マスター・コマンダーの命令を確認。メタロジカル・フィードバック・ジェネレーター、主機、1番から6番まで出力最大。警告、本艦は機能復元中です。現在まで64%まで機能を回復。主機、1番は出力85%まで安定。2番、55%。3番、50%、4番より6番は50%以下でのみ出力が安定。ジェネレーターの出力設定を安定領域に限定します。グラヴィティーシールド、フォースシールド、全周展開。スペシャルオート設定により各システムはジェネレーターに並列接続されます。アトモスフィア・レーダーシステム、プロメテウス・ポジショニングシステム、射撃指揮装置イルミネーター、データリンク。敵味方識別IFFデータ参照。ECM、ECCMスタンバイ。サブシステムコンデンサ、チャージ開始。可変共振動レゾナンスレーザー砲は50%まで機能回復。主口径砲20門オンライン、副口径砲150門オンライン、CIWS及びマルチリニアランチャー、残弾無し。艦首砲クラウソナス、オフライン、使用できません。全兵装、エネルギーラインへコンタクト。マスターアーム、オンライン。全目標捕捉、攻撃スタンバイ』


 命令を出すだけ出した唯理を含め、管制AIのアナウンスに付いていける者は、誰一人いなかった。

 何もかもがおかしい。

 この時代のテクノロジーに疎い唯理は無論の事だが、パンナコッタの面々からしても、この戦艦は既存の船と違い過ぎた。

 しかし、既に命令は出されてしまい、管制AIは攻撃準備を進める。

 艦の上下左右で装甲がスライドし、そこに姿を現すのは蜂の巣ハニカム状にズラリと並ぶレーザーアレイだ。

 また別の装甲の下からは、大型レーザー砲のタレットが迫り上がってくる。

 弾丸が無いので使えないが、艦橋ブリッジ周辺や艦の各所ではレールガンのタレットが敵を照準していた。

 展開されるシールドはメナスの荷電粒子弾を食い止め、一切の接近を許さない。


 艦橋ブリッジ内にある全てのモニターが、武装の展開状況と艦の状態、敵位置と捕捉情報を表示していた。

 攻撃態勢は整い、後は最後の命令を待つのみとなっている。


 そして、村瀬唯理は実に慣れた様子で、冷静に、強く、最後のトリガーを引いた。


『はじめて』

『了解、自動迎撃開始。副口径レーザー砲、1番より50番、目標群アルファ、斉射開始。100番より150番、目標群ブラヴォー、斉射開始。主口径レーザー砲、1番、3番、5番、目標デルタ、砲撃開始。8番、9番、11番、目標エコー、砲撃開始。目標群ブラヴォー消滅。目標群――――――――』


 それまで必死にメナスから逃げていた快速船、ポーラーエリソンの船長は、巨大戦艦が爆発したと思ったという。

  戦艦から放たれる、無数の青い光線。

 それは艦から一定距離の所で屈折すると、一度に何十体ものメナスを貫き、ド真ん中から溶解させていた。

 更に、巨大戦艦に接近していたメナスの母船、全長500メートルほどの生物のような姿をしたそれを、一際太いレーザーで八つ裂きにする。

 数テンポ遅れて、一斉に爆発するメナスの群れ。

 あまりの恐怖に、ポーラーエリソンの船橋ブリッジ要員は漏らしていた。


『なん……だ、これ…………?』


 一斉射で100体以上のメナスを破壊した戦艦は、何の感慨も見せずに攻撃を続行する。

 ピアノを弾くように連弾されるレーザーアレイに、乱舞する青い光線。

 レーダー上のメナスが消えては、次の目標が赤い枠で囲われ、また消える。

 完全に常識を無視した光景に、オペレーターの少女は息も出来なかった。


 マリーン船長は自分が、開けてはならない箱を開けたと理解する。

 この巨大戦艦は、この宇宙の全てを変えてしまいかねない。

 と同時に、答えを見つける。

 連邦が、赤毛の少女を研究していた理由がこれかと。


『目標ロメオ、ビクター、インディア、キロ、オスカー、接近中。目標群ウィスキー、エクスレイ、接近中。距離distance31,000、接触まで370秒』


 淡々とした、そして盛大な総攻撃により、戦艦周辺のメナスは一掃された。

 だが、惑星の陰より新たな集団が接近。

 管制AIのアナウンスと同時にレーダーに表示される、母船クラスが50体に小型のメナスが1万近く。

 レーダー上には飛来する荷電粒子弾も表示されていた。

 超高熱量の光弾が横殴りの豪雨のように叩き付けるが、多重シールドがこれを受け流す。

 普通の船なら塵も残らない火力であるにも関わらず、艦内への振動はほとんど無かった。


『グラヴィティーシールド減衰85%、低下中。フォースシールド減衰88%、低下中。艦体ダメージ12%、ダメージコントロール進行中。シールドジェネレーター過負荷、出力99%、低下中』


 とはいえ、管制AIのアナウンスを聞く限り、のんびり構えていて良い状況でもない。

 戦艦は万全の状態ではなく、メナスの総数は母船タイプだけで未だに10万体を超える。

 棒立ちでは撃たれ放題だ。

 その上、派手にやりすぎた為に、別の問題が持ち上がる。


『メナスと交戦中の戦艦へ! こちら星系艦隊フリゲート「トゥーリスリム」! 本艦は攻撃能力を喪失した! 助けてくれ!!』

『「オールラウンド・フォー」より所属不明艦! 救援求む! 旗艦が応答しない! メナスに攻撃を受けている!!』

『そこらじゅうに機械のバケモノが!? 助けてくれ! こっちはただの脱出ポッドなんだ!!』

『包囲されて逃げられない! 支援を要請する!!』

『「ナイト・コーション」より所属不明艦! 本艦は大破! 本艦は大破! 総員退艦する! 支援を求む!! 』


 唯理たちも大変だったが、星系を守る艦隊は、もっと悲惨な目に遭っていた。

 メナスの猛攻により戦線は崩壊。艦同士の連携は断たれ、命令系統はズタズタに。

 無傷の戦闘艦は一隻も無い。

 大破して全ての艦の機能を喪失し、救難艇で真空中に脱出すれば、外にはメナスが腐肉に集るハエのように飛び回っている。

 そんなところに鬼のような火力でメナスを薙ぎ払う巨大戦艦など出てきたら、所属不明でも縋りたくなるだろう。


 正直、唯理にだってそんなに余裕は無かった。

 メナスとの戦闘の際、エイムで急機動を連続した為、内臓を傷付けている。出血で目も霞み、頭をハッキリさせておくのも一苦労だ。

 巨大戦艦だってどう扱って良いかもよく分からず、それでも今は守らなければならないヒト達がいた。

 優先順位・・・・を間違えるべきではない。



 それでも、この戦艦を使えるならば、脅威メナスを排し多くの人々を助けられるだろう。



『…………通信から救援要請をしてきた艦のIFF登録は可能?』

『攻撃目標を上位領域敵性端末体Enemy unit of the over regionに限定します』

『結構。最寄の救難艇から順に最短ルートを設定。艦を寄せて要救助者を救出。メナスの迎撃を継続。この船に近づけるな。これを最優先に。シールドが7割を切ったらこの星系から全速力で離脱』

『マスター・コマンダーの命令を確認。艦首回頭、相対90度、マイナス45度。副口径レーザー砲50番より100番、斉射限界、冷却開始。重力制御、慣性推進最大、18Gで加速開始』


 艦首とエンジンブロックの側面から重力を偏向し、巨大戦艦はその場で大きく向きを変えた。

 艦橋ブリッジから見える無数の星が、高速で横に流れていく。長大な船であるにもかかわらず、回頭速度も小型船並みに早い。

 艦尾を覆い尽くすブースターノズルからは、重力推進の燐光が淡く放たれていた。

 全長3キロもの巨大戦艦は、無数のレーザーを放ちながらメナスの集団へ向け前進。

 堂々たる艦体の姿が、無数の爆光が閃く戦場へ、その切っ先から突っ込んでいく。


『すいません船長、逃げる前にちょっと寄り道させてください』


 事後承諾になってしまったが、唯理は勝手に救出に行くのを謝った。

 すぐにこの戦艦で逃げ出すべきだとは思うのだが、かといって助けを求められたのに見捨ててもおけない。

 今までの戦闘を見る限り、この戦艦ならメナスの猛攻にも十分耐えられるだろう。

 申し訳ないが、しばらく付き合ってもらう事になる。


『わたしは外の人間を救出してきます。万が一の時も、この船は勝手に逃げてくれるみたいなので…………』


 そして唯理は、今から格納庫に放ってきたエイムへ戻るつもりだ。

 いくら高性能な戦艦とはいえ、実際に救難艇の収容などをするにはヒトの手、というよりヒト型機動兵器のマニュピレータが必要となると思われる。

 メナスとの戦闘で既にボロボロなので、うっかり撃墜されるかも分からないが。


 と思っていたら、オペレータのフィスにEVAスーツのメットをがっしりと掴まれた。


『ひとりで勝手にやろうとすんな! あたしらだって誰も彼も見捨てて自分だけ逃げたいなんて思ってないっつーの! 放っておかんで手伝うわ!!』

『宙難事故や救難信号に応えるのは航宙法でいう義務だものね。それに、「ノマド」は基本的に助け合うものなのよ』


 フィスに怒られ、マリーン船長には宇宙を行く者の基本を教えられる。

 そんなつもりは無かったのだが、確かに唯理の行動からすれば、初めから船長らに人道的配慮を期待していないように見えてしまった。

 他ならぬ唯理自身が助けられているのに、我ながら思い上がったものである。反省。


『……マリーン船長、船のコントロールをお願いしていいですか? と言うかみんなの方が宇宙船の操艦は慣れてますよね?』

『専門だからな!』

『ユイリちゃんの方こそ気を付けてね。…………これ以上の戦闘機動はダメよ?』


 何にせよ、艦橋ブリッジでリアルタイムに細かい指示を出してくれるヒトがいるのは有難く思う。

 まして唯理は、宇宙での戦闘を経験して一カ月も経っていない素人だ。無茶すんなと釘も刺された。


『ではよろしく。管制AIへ、マリーン船長をレベル9に設定』

『「マリーン船長」をレベル9権限者に設定します』


 船長を戦艦に登録すると、唯理は後を任せて格納庫へ向かう。

 その後ろ姿を見送ると、マリーンは改めて艦橋ブリッジを見回し、気合を入れて仕事に取り掛かる事とした。


『では、いいかしら? フィスちゃんは艦のシステム制御、スノーちゃんは操舵ね。ダナちゃん、エイミーちゃんもブリッジに来て。メナス相手に一戦交えるとしましょうか』

『艦長の命令を確認、各位をレベル7に設定します』

『おせーよ! ダナ、オレは通信と艦内のコントロールやるから火器頼む!』

『はじめての船だからサポートAIさん、お手伝いよろしくね』

『了解、サブオペレーションを開始します』


 通信オペレーターと操舵手がシートに着き、遅れてエンジニアとメカニックが手伝いに駆け込んで来る。

 管制AIから人間の手に移った巨大戦艦は、生き物の如く有機的に動き始めた。


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