19G.バーンナウト ジ・カオス



 クレッシェン恒星系艦隊は惑星を背に、壁を作るかのようなスクエアの陣形を取っていた。

 約3,000の艦艇から放たれる、数万の赤い光線とミサイルなどの質量弾兵器。

 光の大波のような攻撃は、メナスの大群へ真正面から直撃。

 無数の大爆発が起こり、静止衛星軌道上の一面にデブリと粉塵が撒き散らされた。

 だが、その一斉射でメナスを止める事は叶わず、後続が急速に星系艦隊との距離を詰めてくる。

 基本的に陣形を作り正面火力で敵を叩く人類に対して、メナスはひたすら接近と攻撃を繰り返すという戦い方だ。

 火力、防御能力、機動力、数と、あらゆる点で勝るメナスに、接近戦では更に勝ち目が無い。

 その為、距離がある内に最大の火力を叩き込む以外、星系艦隊に取れる手はなかった。


『メナス第2群接近中、数1万から1万2,000、距離400! 接触まで50秒!』

『ディレイ及びブロッカーをメナス侵攻方向に散布! 全艦後退! 主力の側面に引きずり出せぇ!!』

『艦載機発進! バーンルース小隊、セントリーハート小隊出撃!!』


 旗艦の艦長から全艦へ命令が飛んだ。

 凄まじい機動力を持つメナスを質量弾で足止めし、その間に艦隊は全速力で後退を開始。

 同時に、各艦に搭載されていたヒト型機動兵器、エイムが発艦。

 全高17メートル、重装甲、重火力改造型の『ターミナルフェン』が艦に密着する形で展開する。


『バーン小隊長機より各機! 艦から離れるなよ! 連携して確実に落としていけ!』


 隊長の号令一下、増加装甲で着膨れしたようなエイムが背面に装備する砲を前に向けた。

 また、機体によっては腰部や肩部の左右に武装を接続しており、その砲口を正面に展開する。

 質量弾の弾幕を突き破るメナスへ、再度放たれる艦砲レーザー。

 そこを潜り抜けて接近するメナスを、今度はエイムが迎撃する。

 無数に撃ち放たれる光線と質量弾兵器。

 母艦に近づくメナスをエイムが片っ端から弾き飛ばし、艦自体も対空兵装で応戦していた。


 しかし、懸命な防戦にもかかわらず、戦闘艦の一隻が爆発を起こす。


『「フォレスト・ソレンセン」が大破! 継戦能力を喪失! 航行不能!!』

『フォレスト・ソレンセンより救援要請! 戦列を外れます!』

『「タクティカル・ケイ」より通信! 推力喪失! 重力制御機がダウン!』

『ドリラー隊壊滅! ラコム隊の損耗率が4割を超えました!』

『「サイクロ・ゼロ」中破! 「ハーディーメイ」と接触します!!』


 そこからは積み木が崩れるかのように、戦線は急速に崩壊していった。

 敵の規模が艦隊の防御容量を超えていたのは、はじめから分かっていた事だ。

 逃げる事も出来ず、最終的には全滅すると分かっていながら、艦隊は救いのないメナスへの遅滞行動を継続する。


                       ◇


 軌道上の戦闘艦が大気圏へ落ちてくる段になり、地上の住民も宇宙で何が起こっているのかを知る事となった。

 メナスという人類の脅威の襲来。

 それも、星系を防衛する艦隊数59,000より、遥かに多い数が。


 メナスによる被害は、連邦など各政府により情報統制という建前で隠蔽される事がほとんどだった。

 先進三大国を初めとした各星系政府は、現在までメナスに対し有効な対策を取れていない。

 よって、大半の政府はメナスの被害を防ぐのではなく、被害そのものを表沙汰にせず、また極力認識しない・・・・・という事にしていた。

 問題が存在しなければ、星系政府は対処する必要も、またその責任もないというワケだ。


 見て見ぬフリをし、事実に蓋をしても、脅威メナスは確実に迫っていたのだが。


 そうして事実を隠し、政府が知らぬ存ぜぬを決め込んでも、情報というモノはどうしても漏れ出てくる。

 メナスに飲み込まれ、滅んだという星系の話は枚挙に暇がなく、次は自分達だと想像するのは特別難しい事ではない。

 クレッシェン星系政府は戦闘艦の落下を訓練中の事故と発表していたが、個人による情報の双方向発信は、21世紀には確立していたのだ。

 ウェイブ・ネットワークにアクセスすれば、事実を知るのは簡単である。


『こちらは、バルキスト・シティーセキュリティーです。現在、本星全域に軌道上落下物警報が発令されております。市民の皆様は避難誘導に従い、速やかに最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします。こちらは、バルキスト・シティーセキュリティーです――――――――――』


 テンプレートな放送を流すセキュリティーの飛行艇など知った事ではなく、惑星の住民は自己防衛に走っていた。

 都市部から離れたところに、戦闘艦が次々と落ちていく。

 惑星から脱出する為、各所にある宇宙港へは、我先にと多くの人々が押し寄せていた。

 しかし、船はそれらの人数を収容するにはまるで足りない。数千万から数億の人間が一斉に宇宙に出るなど想定外だ。

 また仮に船が足りていたとしても、宇宙に出るのは自殺行為だった。

 15万ものメナス母艦、そこから別れる小型メナス、これらに囲まれ、いったいどこから逃げようというのか。

 一度は出港した船すら、大気圏から出られず惑星の中を彷徨っているというのに。

 空を見ると、巨大な火の玉と化した戦闘艦が都市の上を掠めていった。

 全長400メートルもの船が地面に激突すると、激震が人々の足元を揺らしパニックを助長する。

 この世の終わりのような光景に、30億の住民は逃げ惑う他なかった。


                 ◇


 そして惑星レインエアの宙域では、貨物船パンナコッタと灰地に青のエイムがメナス相手に大立ち回りの最中だった。

 惑星の周囲は完全にメナスに包囲され、星系艦隊は自分を守るので手一杯となり、宙域の防衛に戦力を回す余裕すら無い。

 当然、他所から来た宇宙船など誰も助けてはくれず、自力で生き延びる他ない。


 今のパンナコッタは少しでもメナスの少ない空間を見付け、そこをひたすら突っ走っている。

 パンナコッタに付いて逃げて来た宇宙船は、搭載しているレーザー砲で群がるメナスを追い払おうと必死だ。

 が、自衛用のレーザー程度の火力ではメナスを落せず、実質的に灰と青のエイムが単機で奮闘しているのが現状だった。

 宙域にいる全ての船と人間を襲っている、生命か機械かも判然としない恐るべき敵。

 向かって来る敵は倒すしかなく、村瀬唯理むらせゆいりの駆るエイムは、その中を力尽くで突破していた。


 そして何十機目かのメナスを撃ち抜くと、空になったアサルトライフルの弾倉を切り離す。

 唯理はすぐに次の弾倉に換装しようとするが、間髪入れずに新たなメナスが喰らい付いて来た為、これを中断。

 エイムはサブマシンガンを大腿部から取り外すと、そのまま殴り付ける勢いでメナスへ斉射。

 弾はメナスのシールドに阻まれるが、最接近したところで唯理のエイムは踏み潰すような蹴りを喰らわせ、シールドが切れたところをレーザー砲で撃ち抜いた。

 唯理のエイムはアサルトライフルへ持ちなおすと、弾倉を再装填し次のメナスに照準する。


「スゲェ……なんであいつ、あんな戦い方が出来るんだ!?」


 通信オペレーターのフィスは、無数のメナスを圧倒的な戦闘力で叩く唯理に目を剥いていた。

 最初に出会った研究施設以来、エイムに乗る度に普通ではない実力を見せて来たが、もはや人間技とは思えない強さを発揮している。

 強力なECMと機動力を持つメナスを手動マニュアル照準で撃ち抜き、相手の軌道を正確に読み切り、攻撃に対しても鋭く反応する。

 その攻撃は容赦なく、時に凶暴。


 何故かオペレーターの少女には、唯理のエイムがメナスによって操られているように見えたという。


 無言のマリーン船長もまた、恐ろしさに似た驚きを覚えていた。

 今まで何人ものエイム乗りを見て来たマリーンだが、その中でも唯理の操縦は際立っている。

 あの赤毛の少女は全高15メートルのヒト型機動兵器を、まるで自分の身体のように扱っているのだ。

 メカニックとエンジニアの少女から聞いた、ネザーインターフェイスによる機体との同調率100%、それが乗って間もない機体を完璧に操れる理由なのだろう。

 だが、戦闘のセンスはエイムの操縦能力とは、また別問題である。

 唯理本人は記憶が無いというが、それ以前も戦闘に従事する人種だったのか、


 あるいはそのように作られたのか。


 冷静かつ冷徹であろうと努めるマリーンだが、その判断は微妙に揺れていた。

 『ユイリ』と呼ぶ少女の美しく整った容姿、素直で大人しい性格、それらに似つかわしくない判断能力と、闘争本能。

 マリーンは自分と船と船員の皆に危険が及ばないよう、赤毛の少女に安全装置とでも言うべき物を仕込んでいた。

 いざという時に心と体を縛る、違法で非人道的とされるインプラントツールのひとつだ。

 にもかかわらず、あの少女は自分たちを守り、激戦を続けている。

 村瀬唯理という少女が、自分達にとっていかなる存在となるか。

 その判断は未だ保留だが、どうか今度は・・・自分の判断で殺さずに済みますように。

 マリーンはそう願わずにはいられなかったが、現実は往々にしてヒトの願いを踏み躙るものだった。


 加速10秒で時速1000キロを叩き出す敵機を、唯理はマタドールのように懐へ巻き込み、紙一重でわすと後方へ受け流す。

 その直後、隙だらけの後方からアサルトライフルとレーザー砲を同時に発砲。メナスの一機を木っ端微塵にした。

 パンナコッタを中心にして、唯理のエイムはメナスを引き付けながら、ひたすら迎撃し続けている。

 メナスもまた、灰と青のエイムが最も危険な存在だと判断し、四方八方から無数の荷電粒子弾を撃ち放つ。

 が、常に規則性無く機体を振るエイムには当たらない。

 逆にエイムからはECMの影響を感じさせない射撃を受け、またパンナコッタや他の船から追い撃ちを受けていた。


 全方位を強力無比な敵兵器に囲まれ、パンナコッタや他の船は星系から離れる最短コースを突き進むのみだ。

 メナスが立ち塞がり、開けた進路が存在しなければ、唯理のエイムが物理的に斬り開く。

 ここまで来ると、他の船もパンナコッタと青いエイムに付いて行くしかなかった。

 頼りない武装だが、自らもレーザーを放ちメナスを追い払おうとする。


『野郎シールド落ちた! 今のうちだ撃て!!』

『バンバン撃て! あのエイムをカバーしろ!!』

『喰らった!? ジェネレーターが焼けた! 助けてくれ!!』

『その船はもうダメだ! こっちに乗り移れ!!』


 上下の砲から短い光線をバラ撒くパンナコッタと、大砲を撃ちメナスを蹴散らす快速船。

 貨物船のひとつがメナスの粒子砲を喰らうが、直後に飛び込んできたエイムが次の攻撃を受け止め、すぐに回避軌道を取り同時に反撃して敵を撃墜する。


『ユイリ無茶すんな! エイムのシールドは防御用じゃねぇ緊急回避用だぞ!』

「分かってます。シールド落ちたら回避に専念します」

『分かってねぇだろ後でエイミーに怒られろ!!』


 メナスと船の間を飛び回る唯理は、意図して攻撃を自分に集めていた。

 本来は使わない方が良いシールドまで駆使する為、通信でオペレーターに怒られた。後でエンジニアの少女にも怒られる様である。後があればだが。


 ひとつの船が大破し、その前で脱出を援護していた唯理のエイムだが、発砲していたアサルトライフルの弾が尽きた。

 予備の弾倉も無し。

 ライフルを腰部背面の装甲に固定すると、大腿装甲に装着していたサブマシンガンに切り替え。

 散布角を最小に絞り、高速で動くメナスの一点に弾を集中する。


 レールガンの威力は、かける電力と加速するレールの長さに比例していた。

 携帯性を重視するサブマシンガンでは、どうしてもアサルトライフルに、破壊力、射程距離、共に劣る。

 確実に戦力は落ちつつあり、ジリ貧、という言葉が唯理の頭に浮かんだ。

 これではメナスの包囲を抜ける前に全滅する。


「船長、こっちで後方を抑えます。パンナコッタは他の船を先導して先に行ってください」


 よって唯理は、極めてスタンダードな戦術に出る事とした。

 大勢の敵に囲まれ逃げるのも困難な場合、囮と足止めを使い他の者を逃がす。

 この状況では、妥当な判断だ。

 マリーン船長も、初めからそのつもりで送り出したのだろうと唯理は理解していたが、


『絶対ダメ! ユイリひとりだけ置いていけるワケないでしょう!? カームポイントまで行けばワープで逃げられるじゃない!!』


 通信を聞いていたエンジニアの少女に、物凄く反対されてしまう。

 殿として残るという事は、そのままひとりだけ敵に囲まれる可能性が高いという事だ。

 その結果どうなるかくらいはエイミーにも分かるし、断じて許容できなかった。


 しまった船長への直通通信にすればよかった、と唯理が後悔しても、時既に遅し。

 しかし、納得してもらう他ない。

 今もメナスへの攻撃で、サブマシンガンの残弾が急速に減っているのだから。


「エイムの加速力ならまだ逃げられます。先にワープポイントに行ってください、船長」


 他に選択肢なんて無いでしょう、と言外に含める唯理。

 手甲のようなサブマシンガンの弾倉を弾き飛ばすと、最後の弾倉へと換装する。

 残る武装は、大砲のようなレーザー砲に、携帯型と内蔵型のビームブレイドだけだ。

 火器がなければ、船を守る事すら出来やしない。


『……フィスちゃん、カームポイントの位置はユイリちゃんに転送しているわね?』

『船長!!?』

『このままじゃユイリちゃんの邪魔になるだけよ。可能な限り早くワープ出来るようにするのが最善ね』


 船長だって、この状況で唯理が逃げ切れる可能性は小さいと思っている。

 クーリオ星系で遭遇したメナスとは数が違い過ぎ、またカム星系のケーンロウやクレッシェン星系外縁で襲って来たならず者とは比べ物にならないだろう。

 それでも、船長としてこの決断からは逃げられない。

 結局こうなるのかと、何度も同じような判断を迫られるマリーンの脳裏に、妹の顔がチラついた。


 エイミーの悲鳴を船長は無視した。

 オペレーターのフィスも、言いたい事を飲み込み無言で仕事をしている。

 唯理がフットアームを踏み込むと、機体が応じてブースターを吹かした。

 灰地に青のエイムは減速をかけ、メナスが自分を無視できないよう船との間に位置する。

 急速に唯理から遠ざかっていく、パンナコッタと他の船。

 ヒト型機動兵器を障害と認めるメナスは、軌道を変えて全方位から攻撃の動きを見せる。


 唯理は気楽なものだった。

 ひとりなら、他の誰かを気にする必要が無いのだから。



 などと思っていたら、荷電粒子砲の一発がパンナコッタのブースターノズルを直撃。

 シールドを貫通し、船尾で爆発が起こる。



「ちょっ――――――――――!!?」


 よりによってこのタイミングで。と、交戦中の唯理が思わず目を剥いた。

 丁度シールドが減衰していたところに、意図しない流れ弾。その射線上にパンナコッタがいたのも、運が悪いとしか言いようがない。

 あるいは、ここまで無傷で来れた事の方が、運が良かったと言うべきか。


「クッ……そ!? パンナコッタ! そっちの状況は!?」


 すぐさま唯理はエイムを反転させると、パンナコッタへ向け加速をかけた。

 減速せず機体の向きだけを反転させ、追い縋るメナスへレーザーによる攻撃。

 そしてパンナコッタに追い付くと乱暴に減速をかけ、船橋ブリッジ前でメナスの迎撃に入る。


「痛ってぇ……。や、られた! シールドダウン! エアも漏れてる!」

「みんな無事? 全員今すぐにEVAスーツのバイザーを下ろして気密チェック。フィスちゃん、船は?」

「えーとメインブースターがオフライン、船尾側のコントロールは軒並みダメだ。メインジェネレーターとシールドジェネレーターが落ちてる。今はサブが動いているけど、コントロール系と重力制御維持すんのでいっぱいだ!」


 激しい衝撃に襲われはしたが、船の皆は無事だった。

 しかし、船本体の被害は甚大。辛うじてバラバラにならずにすんでいる状態だ。


「……スクワッシュドライブとコンデンサーも、当然ダメね」

「だろうな…………、コンデンサも応答しねーし、生きててもサブジェネレーターじゃワープするまでにメナスにやられる」

「ダナちゃん、修理は出来そうかしら?」

『ダメだ! 一気に過負荷が来たせいでフォースチェンバーにクラック! 応急修理程度じゃ10分も持たないぞ! コンデンサも接続がどこかで切れてる!』

「ジェネレーターとコンデンサの順にお願い。フィスちゃん、救難信号を出して。エイミーちゃん、リリスちゃんリリアちゃんにジーンちゃんは救難艇に乗り込んでおいてちょうだい」


 船は修理が出来る状態ではなく、マリーン船長は脱出を視野に入れる。

 パンナコッタはメインのブースターが壊れ、推進力は大幅に落ちた。加速力は8Gから、無理をすれば14Gまでいけるだろうが、25Gから30Gを叩き出すメナスには及ばない。

 しかもワープが出来ない以上、この宙域から逃げ切るのは、ほぼ不可能だった。

 だが、メナスが周囲を取り囲み、他の船も逃げるので精一杯という状況では、救助される事はまずないだろう。

 船橋ブリッジの前では、ヒト型機動兵器がメナスを押し返しているのが見えた。

 あの赤毛の少女も、会って間もないのに義理堅い事だと思う。

 だが今回は、それに今までの事だって感謝していた。


「ユイリちゃん、パンナコッタはもうもたないわ。救難艇を出すから、護衛をお願い出来る?」

『この状態でですか!? これだけのメナスの中でボートを守るのは無謀です!? いくらなんでもカバーしきれない!!』

「でも、このままじゃどの道メナスにやられちゃうわ。それよりは、脱出した方がまだ助かる見込みがあると思う。今度は船を囮に使うから、救難艇を守って……出来るだけ逃げて」


 救難艇は5メートル程度。簡単な生命維持と重力制御推進の機能があるだけで、シールドも火器もワープ航行能力も無い。

 そんな物でメナスの攻撃を受ければ、中のヒト諸共一撃で宇宙の塵だろう。

 出来ない事を要求している。それは船長も分かってはいた。結末も大凡想像がつく。

 それに唯理を付き合わせるのは悪いと思ったが、エイム一機では逃げられないのも同じ事だ。

 自分に出来る事など、微かにでも可能性の高い方にかけるのみ。それしか出来ないのだから。


 そして唯理の考えも、概ねマリーン船長と同じだった。


『もう少し時間をください! この場で敵を全滅させます!!』


 だが結論の部分が少し違う。

 

 パンナコッタの皆が、耳を疑う科白セリフだった。

 絶体絶命の状況で、生き残るという発想すら出ない中で、どうしてそういう事になってしまうのか。


「アホかー!? お前メナスがいくらいると思ってんだ!!? もう100万とか200万とかって話じゃねーんだぞ!! そんなもんどう――――――――」

『なら200万回同じ事を繰り返せばいいだけの話です! 船長、もう少し船を維持してください! せめて状況が良くなるまで諦めないで!!』


 半泣きになったオペ娘の叫びを、唯理は勢いで黙らせる。

 外で戦うエイムの勢いは、衰えるどころか激しくなる一方だった。

 これが、連邦の研究施設で拾って来た弱々しい少女と同じ人物か疑いたくなる。

 パンナコッタの中で見る、控えめな少女の姿は、無い。


「………ダナちゃん、エイミーちゃん、フィスちゃん、船の全部の機能をシールドの維持へ回すようにして。スノーちゃん、船首回頭、減速用ブースターを加速に使って。ユイリちゃん……後は、任せるわね」

『了解! エイミー、リミッタ外して!!』


 唯理の戦意にあてられたか、マリーン船長ももう少し、悪あがきをする気になっていた。

 どうせ結果が変わらないのなら、それもいいだろう、と。


 貨物船パンナコッタが180度回頭し、船尾を前に逆向きでの加速をはじめる。重力制御も最小限に絞られた為、船内には5Gに近い慣性がかかっていた。

 吹き飛びそうになるのを耐え、メカニックの姐御とオペレーターの少女はシールドの維持に全精力を注ぎ、望みを繋げようとする。

 そして、メカニックのエイミーも修理作業にかかるのだが、その前に、


『ユイリ…………がんばって!』


 言いたい事は色々あったが全てを飲み込み、遠隔操作で唯理の乗るエイムにかけた出力制限を解除。

 機体の持つ本来の、搭乗者に限界以上の負荷を強いるその性能を取り戻した。


 サブマシンガンの弾が尽きる。

 今まで火線に追い散らされていたメナスは、ここぞとばかりに全方位から群がって来た。

 灰と青のエイムは、増設された分を合わせて、主、副のジェネレーター出力を引き上げる。

 軽くフットアームを踏み込むと、脚部のブースターが淡く燃焼した。

 コクピット内の唯理は、全身の筋肉を締め上げ歯を食いしばる。

 その貌は、牙を剥き出しにする猛獣のようにも見え、


 思いっきりフットアームを踏み込み、ブースター出力を最大に。


 50Gで加速するエイムは、静止状態から1秒後に時速1760キロへ達し、移動距離は245メートルにもなる。

 体感で7Gへ迫る高機動に耐える赤毛の少女は、真っ正面からメナスを襲い、腕部のビームブレイドを一閃。

 更に、腰部サイドアーマーに格納された手持ちのブレイドを取り出すと、ビームを発した状態でメナスの一機に投げ付ける。

 脇腹にビームブレイドが突き刺さったメナスは、一瞬だけ姿勢を崩し軌道が乱れた。

 高出力のビームブレイドは、シールドに対して有効な兵器のひとつだ。

 そこへ突っ込む唯理のエイムは、勢いを殺さずメナスへ飛び蹴り。

 間髪入れずにビームの刃を閃かせ、機械の怪物を縦一文字に両断する。


 船橋ブリッジにいた皆に認識出来たのは、爆発するメナスと、爆光に照らされたエイムの姿だ。

 そこからまた瞬間移動のような速度で飛翔すると、メナスの集団の背後に現れレーザー砲を斉射。

 シールドを削られながら逃げるメナスを、ぶん殴るようにブレイドで貫くと、それを蹴り飛ばした反動で別の敵を横薙ぎにする。

 背後から突っ込んで来るメナスに対しては、回収したブレイドを逆手に持ち、振り返らずにカウンター。

 シールドで動きを止められ、ビームに貫かれたメナスは、エイムの背面ブースターに吹き飛ばされた後に爆発した。

 なおも迫るメナスは、猛獣のように暴れるエイムへ荷電粒子砲の集中砲火。

 唯理は乱反射するかのような機動でそれらを回避すると、レーザー砲を振り回して返り討ちにする。

 シールドによる防御と射撃は同時に出来ない。自分で張ったシールドが邪魔になるからだ。

 踊り狂う光線にシールドを張って逃げるメナスだが、その回避軌道を読み切る唯理は、回り込みつつブレイドを振り抜いた。


 宇宙に無数の爆炎が上がる。

 獲物を狩り殺す肉食獣のように、その中を駆け抜けるヒト型機動兵器。

 マリーン船長もオペレーターのフィスも、それ以外の者も、荒れ狂うエイムの猛威に固まっていた。

 あるいは、その意志である赤毛の少女に対してか。


 本当に、宙域に溢れるメナスの全てを皆殺しにする勢いだった。

 荷電粒子弾の中を縫い、圧倒的な機動力でメナスをぶっちぎり、本来ありえない交差距離クロスレンジで斬殺する。

 15メートルのヒト型機動兵器を完全に己の身体とし、限界性能以上・・・・・・を引き出す唯理は、戦場を完全に支配していた。

 

 だが、破綻は唐突に訪れる。


 重力の流れを制御するプロセッサや、触媒を分解爆破して反動を得るブースターといった推進機関。

 ヒト型兵器の四肢の動きを制御する、超電導モーターや共有結合バルブシリンダー。

 全ての動力源であるジェネレーター。

 リミッタを解放したとはいえ、仕様上どころか理論値すら上回る、有り得ない性能を発揮し続けたエイムのシステムは悲鳴を上げていた。


 最初は、脚部のブースターだった。

 推力最大でブースターを爆燃させ、機体に急制動をかけた拍子に、ノズルのひとつが爆発を起こす。

 減速し損ねバランスを崩すが、弧を描いて真空宙を滑るエイムは、背面のブースターを上下し姿勢を立て直した。


「ッ――――――――ツう!? 何だ!!?」


 隙を突こうとしたメナスをレーザーで迎撃し、唯理は機体のアラート表示を確認。右脚部の膝下にあるブースターがオフラインとなっている。


 咄嗟に仰け反ると、胸部ブースターをいっぱいに吹かして後退。

 寸前までいた位置をメナスが突き抜け、急角度で軌道を変えていった。

 足を止めると、いいマトだ。

 唯理は左脚部の出力を落として左右のバランスを取る。当然、総合的な推力も低下する事になる。

 レーザー砲も酷使し過ぎ、冷却が間に合わなくなってきた。

 しかし、メナスの攻勢は全く弱まらず、力を温存していられるような余裕も皆無だ。

 パンナコッタに向かったメナスを撃ち落とすと、砲身が限界を超え緊急停止。

 ブースターを最大にしてパンナコッタの前に出ると、シールドで体当たりしメナスを弾き飛ばす。

 重力制御の反応限界を超えた加速に、全く違う角度から来た衝撃。

 シールドジェネレーターが過負荷で落ちると同時に、唯理が血を吐いていた。


「ッ…………づぅうう!!?」


 意識が飛びそうになるが、歯を食いしばり、コントロールスティックを握り締めて気を保つ。

 無茶な加速で、またブースターがいくつか壊れた。推力が60%まで落ちる。


 ネザーインターフェイスの通信からは、今すぐにパンナコッタへ戻るように言う、悲鳴のようなエイミーの声が聞こえた。

 当然、論外である。

 気が付いてしまうと、全身が痛い。力を入れ過ぎて、筋肉が断裂していた。

 周辺宙域のメナスは、百万体以上が残っている。

 これを全て破壊するのは骨が折れそうだ。


 不思議と、唯理は落ち着くような気分だった。

 何故かは分からない。

 ただ、目的が明確なのはいい事だ。

 目が覚めてから、驚く事や慣れない事ばかりだ。この時代、この宇宙は、何もかもが以前と違う。

 それでも、ここ・・だけはいつも変らない。

 自分は仕事をやりきるだけだ。

 生きてる限り。


「さぁヘタれるなわたしの身体・・・・・・!!」


 ネザーインターフェイスやシステムに因らず、唯理の集中力が体感時間を引き延ばした。

 蛇のように列を成し、うねりとなって突っ込んでくるメナスの群れ。

 咆える赤毛の少女は、椀部と両手、4刀のビームブレイドを展開して正面から迎え撃ち、



 その直前に、ワープアウトしてきた巨大戦艦が真横からメナスの集団に突っ込んだ。



 大質量と分厚過ぎる戦艦の装甲に、小石のように蹴散らされるメナスの群れ。

 唯理を守るかのように飛び込んできた巨大戦艦は、直後に重力制御で制動をかける。

 その全貌は、近すぎ、大きすぎて、よく分からない。


「んな…………んじゃ、ありゃぁ!!?」


 オペレーターのフィスは、目の前の偉容とレーダーの艦影を見比べ絶句していた。


 それは、フラットな灰色の装甲で構成される、多面的な艦体。

 どれだけの推進力があるか見当も付かない、巨大な艦尾エンジンブロック。

 艦尾の左右から延びる、独立型のシールドジェネレーター・ブレード。

 剣のような艦影、その全長は3,000メートルにも及ぶ。


 唖然とするオペ娘同様、 マリーン船長、エンジニアのエイミー、メカニックのダナも言葉を失っていた。

 連邦、共和国、皇国という銀河で最大の国家が保有する旗艦が、全長1キロから1.5キロ。輸送船ならもう少し大きいだろうが、それでも全長3キロの宇宙船など聞いた事もない。

 もはや船ではなく、コロニーかプラットホームの大きさである。


 唯理も、こんな船は知らない。

 だがその一方で、何か引き付けられるのを感じる。

 まるで、自分の神経の延長の、ほんの数ミクロンの所へ触れるかのような。

 確信など無い。

 それでも、生き残る為に何をするべきかは、常にシンプルだ。


                        ◇


 これは後から知る事になるのだが、星系のど真ん中どころか惑星の間近に直接ワープして来るという無謀をした巨大戦艦は、以前にも唯理とニアミスした船だった。

 それは、ある意味において唯理がこの時代に生まれた直後。

 クーリオ星系11M:Fと識別される惑星に封印され、呼びかけにより再起動した戦艦である。

 規定の手段とは異なる方法でアクセスされた船は、その後、待機状態で惑星上に戻っていた。

 しかし、以前とは違う。

 長らく眠っていた船は、再び主を得て目覚めたのだ。


 そして、最前線で戦う唯理の波動を感知し、剣の名を冠する戦艦、ファルシオン級は出撃した。

 目覚めた直後とは違う、フルR・M・M製の艦体は自力で機能を復元し、かつての戦闘能力を取り戻しつつある。

 全長3キロの巨大戦艦は、クーリオ星系11M:F宙域を封鎖していた連邦の艦隊を突破。

 サイズ同様、桁外れなジェネレーター出力を手加減無しに振り回し、15光年以上の距離を超光速で飛び越える。

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