18G.ノンストップサバイバルエクスプレス
星系全体を、どうしようもない脅威が覆いつつあった。
平和と思われていた惑星と恒星系を突如襲う人類の天敵、メナス。
最初にメナスと遭遇した宇宙艦隊の一部隊は、その圧倒的な速力と火力、そして数により、接触後間もなく壊滅的な被害を被っていた。
他方、事実を知らされないまま混乱する惑星より、危険を察した多くの宇宙船が脱出しようとしていた。
しかし、一足遅くメナスに惑星宙域へ到達され、多くの宇宙船が追撃を受ける事となる。
どんな宇宙船でも、最低限の防衛火器は装備していた。宇宙に安全な場所など無いからだ。
だが、メナスを相手にするのは、デブリや海賊を撃つのとはワケが違う。
貨物船レベルのレーザー砲ではメナスのシールドを破れず、逆にメナスの荷電粒子砲は防ぎきれない。
推進力でもメナスの方が勝っており、全滅は時間の問題かと思われた。
そんなジリ貧に追い込まれた、宇宙船の一隻。
「せんちょー! ジェネレーターが限界だ! あと一分もしないで落ちる!!」
「今ジェネレーターが落ちたら八つ裂きだろうが! コンデンサには回さないでいい! 全員ブリッジに集めろ! シールドも切っちまえ! 少しくらいは持つ!!」
刀の鞘のような形状をし、上下左右に独立した大型ブースターエンジンを持つ快速船。
運び屋の船、『ポーラーエリソン』100メートルクラスもまた、宇宙の怪物に追い回され力尽きかけていた。
貨物船と違い、運び屋には速度と突破力が求められる。大量の物資を安定して運ぶより、特定の物を特定の時間と場所へ正確に届ける為、危険地帯を力尽くで通り抜けるような場合もあるからだ。
ポーラーエリソンは船体の両舷に小型レーザーの架台を持ち、下部には対艦大口径レーザー砲を搭載している。
特大のブースターは20G後半という加速を叩き出し、シールドも短時間なら駆逐艦の艦砲にも耐えて見せる。
船長兼操舵手以下、通信オペレーターに火器管制オペレーター、メカニックと手下の雑用が数名。
依頼達成率は8割を超える、それがポーラーエリソンという船だった。
しかし、現在は併走するメナスから攻撃を受け、既に超過運転状態であるジェネレーターと、ついでに通信オペレーターが悲鳴を上げている。
船長は少しでも船の負担を減らす為、推進力となる重力制御と最低限のシステムを残して、他は全て切らせた。
惑星の大気圏ギリギリのところを、ブースターを目一杯燃焼させ火の玉のようにぶっ飛ぶ。
同じようにメナスから逃げる他の船も、力の限り飛ばしていた。
それでも、運の無い船はメナスの荷電粒子砲を喰らい、次々と落とされている。
「クソッたれぇええええええ!!」
すぐ隣を飛んでいた船が、片面を抉られてから大きく上昇したかと思えば、爆発して後方へ消えた。
間近に迫る死の気配に、操縦桿を握る船長が咆える。
気の弱そうな通信手の小男は、船の振動よりも激しく震え、真っ白になっていた。
荷電粒子のエネルギー弾が、シールドの無い船体のすぐ横を突き抜けて行く。
目の前を走る貨物船も、荷電粒子弾の直撃を受けシールドが消失していた。
これはもう、あと何分も持たない。
いよいよ最後かと、スロットルを限界まで開ける船長は、歯を食い縛って覚悟するが、
その時、前方の貨物船が、舷側のハッチを解放しているのに気が付いた。
故障か、と思った次の瞬間、貨物船の中から全長15メートルのゴツいヒト型機動兵器が飛び出し、ポーラーエリソンの直上へ向け手にした重火器を発砲。
アサルトライフルから電磁加速された砲弾が放たれ、迫っていたメナスをシールドごと吹っ飛ばした。
「エイム……!? あの船エイムなんて載せてたのか!!?」
「スゲェ! 助かった!?」
灰地に青のエイムは、両腕マニピュレーターに持つアサルトライフルとレーザー砲をメナスへ向けて連続で発砲。
荷電粒子砲の反撃に対しては、弾道を見極め紙一重で回避。相手の射線をなぞり、逆にレーザーを喰らわせた。
強敵の出現に、メナスのトルーパータイプ2体が急降下。左右からエイムを挟み討ちにする軌道に入る。
すぐにこれを察知するエイムの方は、貨物船と併走しながらレーザーとアサルトライフルで迎撃。
メナスはランダムな軌道で攻撃を回避し、敵エイムへ荷電粒子砲を放ちながら体当たりする勢いで突っ込む。
しかし、エイムの方は激突の直前にブースターを吹かし、一気に上昇。
視界の中で一点に重なるメナスを、赤い光線と紫電を纏う砲弾で押し潰した。
灰の装甲に青い塗装のエイムは、貨物船パンナコッタの搭載機だ。
連邦宇宙軍の旧式採用機をベースに、内部を最新型特殊戦機のパーツでアップデートしてある。ひと悶着あった背面部ブースターユニットも換装し、推力を上げていた。
武装は、拾い物のアサルトライフル型レールガン、レーザー砲、サブウェポンとしてサブマシンガン型レールガンと、腰部装甲に隠した携行型ビームブレイド。マニピュレーターの前腕部にも、内蔵型ビームブレイドを装備している。
ついでに、宇宙放浪民の基本装備であるワイヤーアンカーも、新たに搭載していた。
これが、汎用型アドバンスド・マシンヘッド・フレーム、
スーパープロミネンスMk.53改、パンナコッタ仕様である。
『ユイリちゃん、連邦艦隊の集結地点にこのまま逃げ込むわ。船からあまり離れないで付いて来て』
「了……解ッ!」
エイムを駆る赤毛の少女は、脚部ブースターを吹かして母船であるパンナコッタに追い付く。
メナスはなおも喰らい付いて来るが、エイムは後ろ向きに飛びながらこれを迎撃。
ついでに、他の船をも守っていた。
◇
連邦中央の艦を除いたクレッシェン星系軍の艦隊は、星系本星であるレインエアの宙域に集結中だった。
星系に居住惑星はふたつ、コロニータウンが4基、その総人口は約50億人となる。
防衛戦力となる宇宙艦隊24,000はこれらに分散する事になるが、その大半は本星に集中していた。
最も人口の多いのが本星だという理由もあるが、何よりメナスが接近している為だった。
時速10,000キロ超で飛んで来た戦闘艦が、次々に惑星の軌道上に滑り込んで来る。
予定数の半分にも達してないが、現時点で集結した艦艇数は約8,800隻。
星系艦隊旗艦となる650メートルクラスの重巡洋艦、『クローザーベル』も首都バルキストの上空へ向かっていた。
それら艦隊の動きには、整然としたものより慌ただしさの方が目立つ。
情報が、というより星系艦隊の士官たちが混乱している為だ。
メナスの総数が15万という信じ難い情報。遭遇した艦隊の部隊が壊滅したという報告。襲撃直前に離脱した連邦中央の艦隊。
この状況で、本星の30億、星系の50億人を、どうやって守ればいいのか。
状況は最悪。本星政府は「衛星軌道上からの落下物」という事で住民を地下シェルターなどに避難させているが、星系から脱出させる気はないらしい。
自己保身ばかり考える政治家が国民に何も知らせないのはいつの時代も変わらないが、脱出しようにも船が足りないのは事実だった。
星系艦隊の24,000隻、その全てを脱出に使っても、3千万から4千万人が限界だ。99%の住民を見捨てる事になる。
星系中の船をかき集めても、結果はそう変わらないだろう。
一方で、私的な船を持っている政治家や資産家といったハイソサエティーズは、早々に星から逃げ出しているのだが。
他所から来たノマドやビジネスマンとは立場が違う。
守るべき国民や雇用人を見捨ててだ。
しかし、星系艦隊の軍人のほとんどは、この星系の出身者だ。
家族もおり、家もある。逃げる場所など無い。
クレッシェン星系は比較的安全な宙域とされていた。連邦圏の只中にあり、誰もがメナスの襲来など遠い銀河の果ての出来事だと思っていただろう。
逃げる事など出来ないが、かといって戦う意志も固まらない。
間近に戦争が迫っているという実感も持てないまま、ただ全てが誤りであって欲しいと願いつつ、訓練通りの艦隊運用を続けていた。
そんな所に突っ込んで来る、民間船舶とメナスの集団。
『民間船25、並びメナス母艦2、トルーパータイプ19、相対2時マイナス10度、距離35,000、接触まで30秒!』
『全艦艦砲はキャリアーに集中! ザコはディレイと艦載機に任せ! 撃ち方はじめぇ!!』
『
旗艦艦長の号令一下、8,000隻の砲塔がメナスの方へ旋回すると、一斉にレーザーを発振。
いかに強力なシールドを持つメナスの母艦といえど、十万に近い熱線を一度に叩き付けられては、全体を穴だらけにされ溶解せざるを得なかった。
それでも、僅かな時間耐えて見せたあたり、やはり尋常ではないバケモノである。
パンナコッタを先頭にした民間船の列は、レーザーを乱れ撃つ星系艦隊のど真ん中を抜け、そのまま全速力で離脱する。
酷いと言う事なかれ。生きる為には何でも利用しなければならないのが宇宙であり、減速などしていたらメナスに追い付かれ、落されかねない状況なのだから。
「適当なところで惑星重力圏からの離脱軌道に入りましょう。予定通り星系内軌道へ短距離ワープ。フィスちゃん、コースを出してスノーちゃんに送って」
「りょーかーい。つーかやっぱ連邦艦隊はスゲーな。どんだけ撃ってんだって…………」
「おかげで助かったわね。あれでも地方軍の一艦隊に過ぎないのだけど。ユイリちゃんは大丈夫?」
急速に遠ざかる艦隊を見て、オペレーターのフィスは溜息をついていた。
ひとまず急場をしのいだに過ぎず、一刻も早く安全圏へ離脱する為、マリーン船長は次の行動を指示する。
そして、他の船もパンナコッタに追随する軌道を取っていた。
「姉さんあれどうすんの?」
「放っておいていいわよ。追い散らすワケにもいかないし、そんな時間もないものね。助かるかどうかは彼ら次第よ」
真っ先に動いたパンナコッタの後を追いかけて来たその他の宇宙船は、慧眼と言って良かったのか悪かったのか。
何隻かがメナスの攻撃に沈み、大破寸前の船もいたが、結果として多くの船が手練のエイムに助けられている。
このまま付いて行くのが安全策だと考えるのも、自然な事ではあった。
そのエイムを駆る赤毛の少女から、パンナコッタに通信が。
『フィスさん進行方向10時に敵機!』
「なにッ!?」
すぐさまフィスがレーダーを見ると、唯理の言う方向から高速で接近する機影があった。
途中で進路を変えており、明らかにパンナコッタと接触する軌道を取っている。
走査範囲を宙域全体に広げると、その他のメナスも続々と惑星に到達しているのが分かった。
「ヤベェ……姉さん、相対10時、メナス接近! インターセプトコース! 約30秒後!!」
「やっぱり逃げ切るのは難しいわね……。スノーちゃん、300度に回頭、サイドブースターも使って。フィスちゃん、後方の船に警告出して。ユイリちゃん、置いて行かれないようにね」
「ちょっと待って姉さんそっちは――――――――!!?」
『了解、合わせます』
パンナコッタは時速100万キロを超える速度に達していたが、唯理は迷わずそれに応える。
加速力ならエイムの方が上だとしても、この運動エネルギーの中で平然としていられるエイム乗りは少ない。
それより何より問題なのは、船の進行方向である。フィスなどは船長の
側面から青い炎を吹き、重力を内側に傾け、急角度で軌道を変える貨物船。
後続の船もパンナコッタの意図を察し、気合を入れて喰らい付く。
「せ、船長!? あの船、メナスに向けて突っ込むコース!!?」
「正面から
『どんなクソ度胸だよ!? メナスとチキンレースやったって正面からぶつけて来るぞ!!』
『なんなんだあの船!? エイムなんか載せてるし海賊じゃないのか!? イカれてる!!』
『あのエイムのやつメナスを何機落とした!? 尋常じゃねー腕だぞ!!』
『コース合わせろ! ケツにぴったり付いてメナスを突破しろ!!』
快速船ポーラーエリソンの他、貨物船、貨客船、個人の宇宙船やアステロイド採集船など、恐怖で喚きながらもメナスへ突撃する軌道に入った。
惑星にぶつける勢いで、正面からパンナコッタに向かって来るメナスの集団。
宙域の外から30Gで加速して来た200メートルクラスの母艦タイプ100体余りと、数えきれないほど大量の小型メナス群だ。
相対で50G、時速約300万キロメートルという超高速でぶつかり合う、貨物船と強力な自動兵器の群れ。
それはまるで、自ら雪崩に飲み込まれに行くスノーモービルの列だった。
が、地力の差など最初から分かり切っており、それ故に唯理のエイムが先頭へ飛び出す。
20Gの加速から更にアサルトライフルの弾をバラ撒き、レーザー光で後続の道を切り開いた。
メナス側からは当然、それに数十倍する荷電粒子弾が飛来する。
唯理のエイムは超加速状態からサイドブースターを吹かし、無重力中を泳ぐように身体を捻って回避。
パンナコッタやその他の船にも光弾が掠り、シールドが吹っ飛び、ジェネレーターが火を噴くが、それでもメナスの集団を突破して見せた。
「イエッす! 抜けた!!」
ギリギリの勝負に勝ち、冷や汗をかいたオペレーターの少女が拳を握る。
共通周波数でも、後続の船から歓声が聞こえていた。
獲物に擦り抜けられたメナスの集団は、直後に向きを変えて制動をかけると、宇宙船の隊列を追おうとする。
しかし、加速し続けている船と、一旦速度をゼロにしなければならないメナスでは、どちらの方が早いかは自明の理だ。
「いまさら減速したって追い付けるワケねーだろが! 姉さん航路設定するぜ。このまま星を回り込んで離脱するコース――――――――っておい!?」
今度こそ逃げられる。
一旦はそう考えるオペ娘のフィスだが、その逃げ道を探そうとした瞬間、レーダーがとんでもない事になっているのに気が付いてしまった。
「ん……だよこれは!? 進行ゼロ時方向距離35,000で連邦艦隊が交戦中! 3時側プラス40にメナスのワープアウト反応! 直上150キロにも!! これじゃどこ逃げたって同じだぜマリーン姉さん!!」
10万キロライン上の連邦艦隊を蹴散らし、メナス本隊が遂にレインエア宙域に到達。
15万の母艦クラスは惑星を目前にすると、それに数百倍する小型メナスを放っていた。
一体一体が戦闘艦にも匹敵する単独兵器により、宙域が完全に覆い尽くされる。
この包囲網を突破する力は、ただの貨物船や輸送船には無かった。
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