17G.コモンセンス バイ ケース


 星系中央本星、レインエア首都『バルキスト』。


 遠景からだと密集して見えた超高層ビル群だが、地上に降りてみると、思いのほか開けていると感じられた。

 それは建造物間の距離が地球に比して10倍以上取られている為だ。その一方で数は建っているのだから、結果として密集して見えるのだろう。


 地上には緑が多い。

 クルマは基本的に空中の道路を走るものらしく、地上で動いている車両はほとんどいなかった。

 街並みは地球の都心部に比べて、少し寂しく感じる。広く、綺麗に整えられているが、静まり返っているのだ。ヒト気の無い公園を思わせる。


 ヒトの姿が無いワケではない。

 ビルの下の歩道を歩く親子連れや、若い男女、ワーカーボットを連れて歩く婦人、駆けていく5人ほどの子供の集団。

 どれほど未来になっても二本の足で歩くヒトの姿は変らない、と思う赤毛の少女であるが、同時に、一目で高機能高品質と分かる衣服や、持ち歩くハイテク機器、並んで歩くロボットなどを見ると、やはり21世紀より遥かに進んでいると感じられた。


 それに、過去の地球と大きく違うのは、人間以外の生物が見られる事だ。

 イヌネコといったペットの類ではない。

 人間と同じ四肢を持ち、二足歩行で移動する知的生命体。

 それも一種類だけではなく、側頭部から捻れたツノを伸ばす人間に近い女性がいれば、頭部の中央に単眼を持つ青い肌の男性らしき種もいる。トラかライオンをそのままヒト型にしたかのような種もいた。

 流石にビックリする赤毛娘だが、不思議と忌避感や恐れはない。

 何故だか、こういう種族いるんだな、と自然に受け入れていた。


 ちなみに、ゴート人やモノアイ人といった基本的な人類を知らないという赤毛娘の科白セリフを聞き、エンジニアのお下げ少女や吊り目のオペ娘は、早々に一般常識を教え込む必要を感じたという。


「この銀河で人類認定されているのは50種くらいだっけか?」

「53種じゃなかったかな? あれ? キース人のヒト達はどうなってたっけ?」

「まぁいいや……。えーと代表的なのが、やっぱりオレら『プロエリウム』。最初に宇宙に出たからって話だけど知らん。まぁどうしようもねぇ生き物だけど、結局一番勢力あるからな。有名どころだと理屈家で官僚に多い『ゴルディア』、芸術家気取りでナルシーの『グロリア』、喧嘩っ早い殺し屋『ライケン』、ある意味有名なのが『ニンフォ』のスケベども、あとあんまり自分の星から出ないけど、『ラティン』は最強のエイム乗りとか言われてる」

「なんか凄い説明ですね、フィスさん」


 公園のような広場のベンチに座る唯理は、傍らに立つオペ娘の説明に感心しながら呆れていた。独断と偏見を一般常識として言い切っている。

 なお、銀河には他にも人類認定されていない知的生命体がいたり、準知的生命体とでも言うべき種族がいるらしい。

 中には、人類認定を巡って先進国と争う種族もいるのだとか。

 地球にあった人種問題とはスケールが違った。

 スケールが違うだけで同じ問題を繰り返しているあたり救いがないが。


 宇宙船の販売店ディーラーを出た唯理たちは、その後に適当な広場を見つけて休息中だった。

 マリーン船長と操舵手兼運転手のスノーは、クルマを持って来ると言い別行動を取っている。

 購入する船は決まらなかった。船長に曰く、『こう……くる・・ものが無かったの』という事らしい。唯理としても言いたい事は分からんでもない。

 それから、宇宙船の中とは違う天然の空気と日差しを堪能していたのだが、唯理が色々珍しがるので、雑談がてら一般常識の勉強会となったワケだ。


 やはり地球とは色々違う。だが変わらない物もある。

 そんな事を思い、改めてこの時代で生きていく事になるのだと認識する唯理だが、そこで広場の片隅に目が止まった。

 トイレと思しきシンプルな建物の横に、ひっそりと佇む錆びの浮いた鉄の塊。

 全長は5メートルほどで、脚が短く重心の低いヒト型の機械だ。


「アレは作業用の『マシンヘッド』ね。エイムの原型って言われてて、今も惑星の中ではセキュリティーが使ってたりするのよ。あと構造が単純だから簡単に作れるし、ジュニアスポーツに使われたりするわ」

「マシンヘッド…………単純て」


 エンジニアのエイミーに説明されるまでもない。

 そのヒト型機械を見た瞬間、唯理はまた郷愁のような念を覚えていた。

 覚えていたのだが、確か自分の時代でマシンヘッドといえば、発展の途上で実用化がはじまったばかりの最新鋭兵器だったと思われる。

 だというのに、それが今は公園の片隅で表面を錆びつかせ、『構造が単純で子供のスポーツに使われたりする』とは。

 時の流れの無情を感じずにはいられなかった。

 それとも、20世紀以上を経て未だに使われている兵器を称えるべきか。


 21世紀から長い時を経た現在、人類は資源的制約から限定的に解き放たれ、多大に問題こそあるが食料問題からも解放されている。

 ナノテクノロジーも多くの分野で実用化されており、ヒトはまず病気で死ぬ事がないらしい。

 普及した『ジェネレーター』が半永久的にエネルギーを生み続け、導波干渉儀は光よりも早く遠くを見通し、重力制御とスクワッシュ・ドライブ航法が光速の壁を突き破り、それらの技術に支えられた文明は銀河の640億という恒星系に人類を進出させた。

 たったひとつの恒星系すら出られなかった時代を思えば、凄まじい進歩である。


 ここで唯理がフと思うのは、いったいこの時代の人間は、何をして生きているんだろうという事だ。

 21世紀の地球では人類が73億人を突破して地上を埋め尽くし、食料や鉱物、エネルギーといったリソースを奪い合い、それが全ての行動の根本的な動機となっていた。

 ところが、現時点でそれらほとんどの問題は解決されている。

 にもかかわらず、国家は相変わらず他国と争い、物資を奪おうとする海賊のような輩もいる。

 ヒトはふたりいれば争う理由に事欠かないだろうが、その辺の真理はまた置いといて。

 ごく普通の人々は、何を目的として日々と人生を生きているのか、という話だ。

 道行く全てのヒトが、国家のように争いの為に争っているワケではあるまい。


 とはいえ、この疑問は問えば返って来るというものでないのは唯理にも分かっている。

 生きる事は生物の基本的な欲求であり本能だ。

 その上で、野生動物とは異なり知恵を持つヒトは、どこに人生の意義を見出すか。

 それは時代を映す鏡でもあり、自分もこの時代を生きていくならば、いずれ分かる事だと考えていた。


 見ると、子供達が手に手に玩具を持って駆け回っている。と言うより、手からロボットの玩具が飛んで行ったのだが、さすが未来、玩具ひとつ取っても技術が半端ない。

 玩具は文字通りぶっ飛んでいるが、子供が遊ぶ姿はいつの時代も変らないように思う。

 むしろ、21世紀では危なくて子供が外で遊べなくなっていた事を考えると、治安は当時より良いのかもしれない。

 別のベンチでは、母親の座る隣で足元の頼り無い幼子が掴まり立ちをしている。

 目を丸くして周囲の世界に目をやる姿に、唯理の胸がムズムズした。

 いったいあの子には、この時代がどのように見えているのだろう。

 そんな事を思う自分に、先ほどの疑問の一部が解けるような想いがした。



 これならば、自分と多くの仲間が命を張った甲斐もあるというものだろう。

 食事事情には戦慄したが。



「お、マリーン姉さんが来たぜ。何でクルマ違うんだアレ」

「スノーの趣味じゃないの?」


 フィスとエイミーの会話で、不意に唯理の意識が現実に戻ってくる。

 何か益体もない事を考えていた気がするが、まるで昨夜の夢のように思い出せない。

 エンジニア嬢とオペ娘の視線の先に、広場入り口に着けられたクルマが見えた。

 何故かワゴンタイプから、3列シートのオープンカーに変っている。

 助手席からは、ほんわかした妙齢美人が無邪気に手を振っていた。


 次は、カム星系ケーンロウのプラットホームからレインエアまで同道して来たサントム号の船主、サイード・マーチャンダイジング社へ寄るらしい。

 その後、また別の宇宙船ディーラーに行き、終わったら船の航行に必要な物資を積み込み、出航する。

 パンナコッタの次の目的地は、別星系を航行中の宇宙船の群れ。

 ノマドのキングダム船団となる予定だ。


 唯理がベンチから立つと、同じタイミングでよちよち歩きの幼子がベンチから手を放した。偉大なる一歩である。

 かと思ったら、次の瞬間にはパタパタ走り出すチビッ子。流石は子供、大人が予想もしない行動を取る、そこに痺れる憧れる。

 理由のない我が子の暴走がお母様を襲う。

 だが、そんな母親よりビックリさせられるのは唯理の方だ。どうして自分の方へ全速力で向かって来るのか。

 しかも、その動歩行は今にもバランスが崩れそうだった。気持ちばかりが先走っているのか、重心が前に偏っている。つまり、いつ転んでもおかしくない。

 不意を突かれた母親は追い付けそうもなかった。

 ついでに、いかな未来でもスッ転ぶ子供を助けてくれそうなテクノロジーは見当たらず。


 案の定足を縺れさせて、顔面から地面にダイブする子供。


 その寸前に赤毛の少女が滑り込んでキャッチし、お子様を脇から軽々抱え上げると、母親の前に持って行って下ろした。


「今のスッゲ早かったな……。エイムの操縦といい突っ込まずにはいられんのかお前は」


 母親が何度も礼を言いながら子供を連れて行く一方で、オペレーターの少女は感心したような呆れたような顔をしていた。

 手を振る子供に応えて自身も手を振りつつ、唯理は今の感覚を反芻してみる。

 十分というには程遠いが、普通に動く分には、大分身体能力が戻ってきたように思えた。


                  ◇


 3列オープンカーは空中道路に乗ると、隣の区画へ向けハイウェイに入る。

 同じように路面から浮いた車両が、何台も併走していた。

 時間は、この惑星の時刻で4時となる。

 地球から遠く離れ、遥か未来に来ても、夕焼けというものは見られるのか。

 しかし自分は、恐らく二度と地球の夕陽を見る事はないのだろう。



 そんな感傷を唯理が覚えていると、唐突に都市部全体でサイレンのような音が鳴り響く。



 夕刻を知らせる時報まであるのかと。

 高層建築物の間から空を仰ぎ、目を丸くしていた赤毛の少女。

 だが、緊迫したオペ娘とエンジニアの声で、そんな能天気な考えはすぐに否定される。


「軌道上落下警報だぁ!?」

「で、でも惑星全域って……こんな事あるの?」


 最大級の非常事態を告げる警報が、情報端末インフォギアを通して惑星全域に発信されていた。


 『軌道上落下警報』とは、宇宙から地上へ何かが落下してくる際に出される緊急警報だ。

 ただし、今回の警報はレインエア全体に向け発せられている。通常は、落下予測地点のみに向けられるはずだった。

 単なる誤報か。それとも、まさか本当に惑星全てに何かが降り注ぐとでも言うのか。

 異常な上にも異常な事態に、フィスとエイミーも上空を凝視していた。


 ハイウェイの案内板表示は、シェルターの避難順路へと一斉に変わっていた。

 通行出来るルートも制限され、クルマのナビゲーターが勝手に行き先を変更する。

 これらは緊急事態に際し、行政が交通を完全管理する為の処置だ。

 しかし、


「みんな大至急船に戻るわよ。フィスちゃん、交通誘導をオーバーライドできる?」

「ぅええ!? いや別にいいけど、やるけど、姉さんどうするの!!?」

「一度に星の裏側まで何かが落ちて来るなんて、自然現象じゃ有り得ないわよ。これは攻撃・・の警報ね。スノーちゃん、道は無視して構わないわ。フィスちゃんはロケーターに最短順路を表示して」


 マリーン船長は迷わず避難指示の無視を決めた。

 もし勘が正しければ、シェルターに逃げ込んだだけでは助からない。

 それに、自分たちはノマドだ。

 宇宙船が家であり、故郷でもない星に閉じ籠るなど全くの不本意である。


 すぐに船長はパンナコッタへ連絡を取り、留守番していたメカニックの姐御に迎えを頼んだ。

 どうせ今頃は、同じように宇宙への脱出を考えた人間が空港に集中している。プラットホーム行きの船に乗るのは無理だろう。

 無口で小柄な青い髪の少女は、クルマの制御を全手動にすると、法定速度も車線も無視して一気に速度を上げる。


 急を告げるサイレンは、けたたましく鳴り続けていた。

 空にはセキュリティーの飛行艇が飛び回り、クルマやヒトの足が早まりはじめている。

 ジワジワと水が浸み入るように、惑星中に充満しつつある混乱と恐怖。

 そして、本物の恐怖もすぐそこまで迫っていた。


                      ◇


 空中道路の封鎖線を強引に飛び越し、3列オープンカーは小型艇の専用降着場に到着する。

 そこに降り立つのは、大気圏内用の飛行艇や小型の航宙艇ボートなどではない。全高15メートルのヒト型機動兵器、エイムだ。

 貨物船パンナコッタに、1G環境下での飛行能力は無い。

 また、ボートや降下艇も確保出来なかった為に、メカニックの姐御はエイムに乗って皆を迎えに来たというワケだ。

 他に手が無かったとはいえ、最大でふたり乗りの小型兵器に6人を乗せようとは無茶が過ぎた。


「またか…………」

「詰めればみんな乗れるわ。ボートよりこっちの方が早いわよ」


 オペ娘はいつぞやの高機動を思い出し、呻くような声を漏らしていた。あの内臓を引っ掻き回されるような感覚は、今も夢にまで見るのだ。船長はお気楽そうに言ってくれるが。

 エイムは前屈みになると、路面に膝を突いて腕を伸ばす。

 胸部のコクピットハッチが上向きに開かれ、裏面に付いたウィンチから搭乗用のワイヤーが下ろされた。


「前といい今回といいどうなってる? あのアステロイド流以来、行く先々でトラブルに見舞われている気がするぞ」


 コクピットから顔を出したメカニックの姐御に、順に引き上げられていく面々。冗談を言われるが、現状笑えない。

 オペレーターシートが動かないよう緩衝機構を固定し、6人は強引にコクピットへ入り込んだ。小柄なスノーなど、無言で天井付近に張り付く形になっている。

 操縦は唯理がやる事になった。エイム自体が、唯理専用に調整されているのだ。パンナコッタに着くまでは高速機動するなと、複数方面から釘を刺されたが。


 重力制御とブースターを使い、軽々と重力を振り切りるエイム。

 地上が高速で遠ざかり、空の色が青から濃紺、黒へと変っていく。

 同じように上昇しているボートを次々と追い越し、唯理のエイムは10分後に高度500キロの軌道上にあるプラットホームに到着。

 入り乱れて行き来する宇宙船をわし、パンナコッタが駐機するドックへと入った。

 エイムを貨物カーゴモジュールに入れ船内に入ると、各々は何も言わず持ち場につく。


「ユイリ、EVAスーツを着ておけ! 念の為だ!」

「分かりました……」


 エイムから降りた直後、唯理はメカニックから厚手の全身スーツを投げ渡された。

 普段からインナーのように着ている薄手の環境スーツとは違う、宇宙空間で活動する為の物だ。

 21世紀で用いられる宇宙服より遥かにスマートだが、保護機能は比べ物にならないほど高いようである。


「フィスちゃん、何が起こっているか詳しいところは分かる?」

「あー、チョイ待ち……。航宙管制の交信波拾った、デコード中」


 船橋ブリッジに入った船長は、最初に通信オペレーターへ状況の確認を指示。船で飛び出すにも、問題のど真ん中へワープするワケにもいかない。

 盗聴は通信オペレーターの仕事ではないのだが、フィスは星系政府の航宙管制通信を盗み聞きし、状況の把握に努めようとした。

 そして、現在起こっているとんでもない事態を、パンナコッタの皆も知る事となる。


「えーと…………ハァッ!? 星系艦隊全軍にスクランブル!? 外軌道方面10万キロライン上でメナスと交戦中!? 数15万って何だよそれ!!?」

「フィスちゃん、スノーちゃん、今すぐ発進。恒星方面まで可能な限り早くワープしてちょうだい。みんなも聞いたわね。メナスが来る前に、この星系から逃げるわよ」


 オペ娘が叫ぶのも当然だった。

 比較的安全と思われていた星系に、艦隊規模を超えるメナスの襲来。

 しかも、10万キロラインといえば、宇宙空間なら大した距離ではない。20分もあれば到着する。

 どうしてこんな所まで接近を許したのだ、と星系艦隊に憤りたいが、肝心の艦隊もいきなり戦力半減で散々な事になっているとは、フィスも他の誰も知る由がなかった。


 何らかの方法で情報を手に入れるか、あるいは警報が出た時点で、多くの者が一目散に宇宙へ逃げようとしている。

 巨大な円盤状のプラットホームからは、四方八方に船が飛び出していた。

 パンナコッタもそれらに混じり、ドックを出ると進路を太陽の方へと向ける。

 そこから真っ直ぐに飛び、空間中の物体密度が低く、重力波が一定のポイントでワープに入り、宙域から逃げる予定だった。



 その予定は、別方面へ飛ぼうとしていた宇宙船が爆発した事で、一緒に吹っ飛ぶ。



「なんだぁ!? 30キロ右110度プラス5度で爆発反応!!」

「フィスちゃんシールド展開。全周を走査して」


 オレンジの爆光が、プラットホームと周囲の船を明々と照らし出した。

 簡潔な船長の指示を、迷わずその通りに実行する通信オペレーター。

 最優先でシールドを張り船を守ると、何が起こったのかをセンサーで探る。

 近くを航行していた船が爆発した理由は、すぐに分かった。


「コイツ……船じゃねぇし!? 距離6,500からメナス接近中! 多分キャリアータイプが2、小型のが25、4分くらいで接触する! 抜かれてんじゃねーか艦隊は!?」


 レーダーには、逃げる船の流れとは逆方向に飛んで来る複数の機影が映っていた。爆発した船は、それから攻撃を喰らったのだろう。

 船長は共通周波数で、プラットホーム、惑星管制部、そして周囲の船に警告を出す。

 メナスは全銀河の人類共通の脅威だ。船乗りのひとりとして、他の船に被害が出ないよう手を尽くさなければならない。


 しかし同時に、これはもうどうにもならない、というのも感じていた。


 ダムからは既に水が漏れているのだ。決壊すれば、一瞬で周囲を押し流してしまうだろう。

 センサーで戦場と周辺宙域を走査すると、星系艦隊がここレインエアに集結中である事が分かった。

 だが、ザッと見ても数が少ない。少なくとも5万、中央本星なら20万は常駐するはずの戦闘艦が、この宙域ではせいぜい2万と少し。


(これはダメね、もうこの星は救えない。連邦軍が囮になってくれれば、運が良ければ逃げられる……かも)


 メナスとの戦力差は明らかだった。別星系から応援を呼んでも間に合わないだろう。

 後はもう、どれだけの人間がこの宙域から逃げられるか、という話だ。

 無論、パンナコッタも例外ではない。


「姉さんこれ今すぐワープで逃げた方が良いんじゃねーの!?」

「ここじゃ大した距離を稼げないでしょう? 安全距離のワープじゃ息継ぎの間に追い付かれるかもしれないし、無理に長距離を飛ぶのは危険よ。スノーちゃん、進路変更。まずは星の裏側に向かって」

「分かった…………」


 オペレーターの少女が言う通り、速やかにワープでこの宙域を離れたいと思うのが人情だろう。実際、メナスの接近を知った船の中には、後先考えずにワープに入るものが多い。

 しかし、ワープことスクワッシュ・ドライブというのは、本来繊細な超光速航法だ。

 その進路は基本的に・・・・直線であり、航路の設定には原子核と電子の隙間を通すような精密さが求められた。

 僅かな観測ミスで惑星に突っ込むなど、よく聞く話である。

 加えて、始点と終点、2点間の空間を圧縮するエネルギーは、言うまでもなく膨大な物だ。

 無限のエネルギーを発生させるジェネレーター、それを蓄積するコンデンサーを駆使し、僅か数秒だけ作りだした圧縮回廊を通り抜ける。

 当然、連続使用は難しく、準備にも相応の時間がかかった。

 それに、ワープする場所も問題となる。

 重力波と空間が嵐のように荒れている場所では、スクワッシュ・ドライブの圧縮回廊がどこに捻じ曲がるか分からないのだ。

 また、空間の圧縮地点と圧縮方向さえ観測できれば、ワープする先というのもおおよそ推算出来る。やろうと思えば追跡も出来るのだ。

 その場合はジェネレーター出力とコンデンサの蓄積能力が物を言うだろうが、メナス相手には分の悪い勝負となるだろう。


 パンナコッタは宙返りするかのように旋回すると、船尾のノズルから炎を放って最大加速をかけた。

 そのまま星の曲面に沿って、星を盾にしながら裏側に入る作戦だ。

 この動きに気付いた他の船が、パンナコッタに追随する軌道を取る。

 オペ娘などは別に構いやしないと思ったが、船長の方は少し拙いと考えていた。

 固まって動けば、それだけ目に付く。


「メナスのキャリアーが発砲、プラットホームに直撃した。小型メナスが分散するぜ。メナス群アルファが接近中! 接触コース!? シールドマニュアル! 出力最大!!」

「スノーちゃん、回避運動」


 そして危惧したとおり、メナスの一部が後方から猛スピードで突っ込んで来た。

 放たれる荷電粒子砲はパンナコッタを外れるが、別の船をシールドごと貫通。また一隻が爆光と消え、飛散物が衝撃波となって周辺の船を叩く。

 小型メナスは逃げる船の脇を突き抜け、時速1万5千キロという速度で惑星に突っ込むが、上層大気を踏み台に減速。空気を圧縮し、赤い光を纏いながら上昇した。

 楔形の本体に二本のアーム型発射機を備える、クーリオ星系域で見たトルーパー型と同じ物だ。


 パンナコッタはモジュールの上下からレーザー砲塔を出すと、メナスへ攻撃を開始。

 どの船も自衛用の武装やデブリ除けのレーザー砲くらいは装備しており、同じく迎撃に入った。

 列を成す十数隻の船が、一斉に赤い光線を周囲に放つ。

 中には、迎撃用レールガンであるディレイWSを装備した船もあり、紫電と砲弾をメナスへ向けてバラ撒いていた。


 だが、30Gもの加速を見せるメナスに、レーザー砲もレールガンも追随しきれない。


『し、シールド消えた! 助けてくれ! 誰か助け――――――――』

『ダメだ全然当たらん! 誰かどうにかしてくれ!!』

『ECMは効いてんのかこれ!?』

『メナスのシールド固すぎるぞ! こんなの落せるか!!』

『やられた!? ほ、星に落ちる!!』

『悪魔めぇええ!!』


 応戦虚しく、次々に被弾し大破する宇宙船から、共通周波数の悲鳴が響く。

 纏わり付くメナスに成す術も無く、パンナコッタもシールドを叩かれ船内に激震が走った。

 メカニックの姐御はジェネレーターをどうにか安定させ、双子が部屋で丸くなって怯え、こんな時にも気ダル気な女医は「今度はダメか」と諦め気味だ。


「シールドジェネレーター5割まで回復! でもこんなんじゃ持たないぜ!!」


 吊り目のオペ娘も、担当の通信以外に航法管制火器管制電子戦に船内制御に盗聴と忙しい。

 器用貧乏を自認するフィスだが、数々のスキルの中に、今の状況を生き延びられそうな物はなかった。


 船長も最善手を尽くそうとするが、いかんせん手札が少な過ぎた。

 こんな時、元の職場の潤沢な戦力が欲しくなる。

 とはいえ、頼まれても戻るつもりはなかったが。

 大切な物の為に、それを使い潰すような本末転倒を繰り返す気は二度とないのだ。


 それでも結局、こうして若い娘を便利に使い倒しているあたり、今の自分は無能だと思う。


「……ユイリちゃん、準備出来てる?」

『いけます』


 使いたくない最後の切り札。

 正直、この赤毛の少女を出したところで、全員が生きて逃げる事は難しかった。

 だとしても、被害を抑える事は出来るのだ。

 それが何を意味しているのか、村瀬唯理という少女は気が付いていながら、自ら戦場に赴くのだろう。


                  ◇


 貨物カーゴモジュールの中では、ヒト型機動兵器が待機状態から戦闘状態へと出力を上げていた。

 コクピットに着いた唯理は、機体の動作を確認中。

 モジュールの外から二重確認中のエンジニアは、心底からの不安と不満を顔に出していた。唯理からは見えなかったが。


「ジェネレーター、メインチェック、バックアップチェック、コンデンサーチェック、エネルギーライン確認。酸素供給、生命維持、シートダンパーチェック。通信」

『聞こえてる』

「IFF、環境センサー、光学センサー、レーザーセンサー、ウェイブセンサー確認。慣性推進、メインブースター、マニューバブースター動作確認。マニピュレーター、レッグギア、駆動確認」


 ヒト型機動兵器の唸りが徐々に大きく、幾重にも折り重なり強くなっていく。

 唯理が手足を乗せるインバース・キネI・Kマティクスアームを動かすと、追従してエイムの手足が僅かに動いた。

 背面に背負うブースターと、脚部、腰部、胸部、肩部のブースターノズルにも光が灯る。

 機体がセンサー系を自己診断し、頭部のバイザーに隠れたカメラやセンサーが忙しなく動いた。


「データリンク確認、イルミネーター確認、FCSチェック。ECMチェック、ECCMチェック。ネザーインターフェース、システムオンライン。システム同調。オールグリーン。発進良し」


 発進前チェックリストを粗方埋めると、コクピットのハッチを封鎖。ロックがかかり、全面のモニターに各種インジケーターが表示される。

 機体姿勢、コンディション、出力状態、周辺環境、通信状態、それに搭乗するオペレーターの情報。

 機体との同調率、『100%』。

 多少変動するとはいえ、本来有り得ない数値。

 エンジニアのエイミーも、自分の端末でこの情報を見ていた。

 整備した後に出たパラメータとあっては、もうシステムのエラーなどではない。

 エイミーは何か強い胸騒ぎを覚えていたが、今は自分の改修した機体を信じて、唯理を送り出すほかなかった。


「いいユイリ? 改造した後でほとんど初乗りなんだから無理をしないで。絶対に帰ってくるのよ!」

『分かってます……。フィスさん、出ますよ』


 貨物モジュール内が減圧され、外部の扉が持ち上がる。

 外では異形の機械が飛び回り、逃げる船へ光弾を放っていた。

 うち一発がパンナコッタを掠め、シールドを抉りダウンさせる。

 その瞬間、唯理のエイムはモジュールの床を踏み切り、宇宙に出ると同時にブースターを全開。

 レーザーと荷電粒子が入り乱れ、爆光が閃く戦闘宙域へ、少女の駆る青いエイムが殴り込む。


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