15G.恨み骨髄に入るメカニズム



 海賊に襲われてからは特に何事もなく、貨物船パンナコッタは37億キロの距離を越えて、クレッシェン星系第5惑星のレインエアへ到着。

 同行してきたサイード・マーチャンダイジング社のサントム号と共に、惑星の軌道上へ入り、大気と重力を利用し減速した。


 クレッシェン星系とレインエアは、500年ほど前に連邦に加盟した元独立星系国家だ。

 その歴史は古く、記録上では1000年以上前に惑星改造テラフォーミングを始め、同時に入植。

 幾つかの戦争を経たが、星系はひとつの国家として発展を続け、その主星であるレインエアも連邦圏で有数の都市惑星となっていた。

 衛星軌道から地上を見ると、六角形に区切られ点在する都市群と、それらを繋ぐ長大な交通網が確認できる。

 恒星に背を向けた夜の側では、地表の星が無数に密集していた。


 なお、レインエアの人口は約30億人で、自転周期もテラフォームされ24時間となっている。

 人類圏の居住惑星は大体そうなっており、何千年経っても人間のライフサイクルが変わっていないという事だろう。


『大変お世話になりました。貴方がたに護衛を依頼して正解でした。地表へはボートを用意しますので、是非弊社にもお立ち寄りください』

「ありがとうございます、社長。地上に降りましたら、ご挨拶へ伺わせていただきますわね」


 サイード社のサントム号がパンナコッタから離れ、一足先に軌道上プラットホームへ向かう。

 カム星系のケーンロウに、クレッシェン星系外縁と、2回助けた事になり、サイード社の社長は非常に感謝していた。

 2度もトラブルに見舞われるあたり運が悪い方だ、などと思ってしまうマリーン船長であるが、他人事ではなかったりする。


 実際に不運に見舞われた時には、どうしようもないワケだが。


 それはともかく、パンナコッタのマリーン船長も、当初より予定を変えて惑星に下りるつもりだった。

 少し資金に余裕が出来たので、これを機に新たな船の購入を検討する為である。

 そこでパンナコッタも軌道上プラットホームに停泊するのだが、その前に少し問題が。


「フィスちゃーん、そろそろ良いんじゃないかしら?」


 パンナコッタ船橋ブリッジに、吊り目の通信オペレーターが不在だった。

 困ったように船内通信インターコムで問いかける船長だが、相手は忙しいらしく、応答が無い。


「このクソ双子がぁああ! オレのパナせん喰いやがったなぁああああ!!」

「ニャー!!?」

「いいじゃんまたご主人様に作ってもらえば! ていうか勝手にロック外さないでよーエッチー!!」

「うっせぇバカ!!」


 その頃、小柄な双子の部屋に殴り込んだ通信オペ娘は、怒り狂って大暴れしていた。

 食い物の恨みである。

 この時代では珍しいなんてものじゃない。その辺の土塊つちくれを食べ物に換える技術がある現在、ヒトが食料を巡って争う事などまず無いのだ。

 にもかかわらず、どうしてオペ娘がエロ双子を締め上げているのか。

 原因は、赤毛の新入り、村瀬唯理むらせゆいりが手作りしないと手に入らない謎の食べ物。


 『パナせん』にあった。


 パナセンこと、パンナコッタせんべい。

 生き物を狩って食べるという野蛮な食生活に慣れた21世紀ガールの唯理が未来世紀のディストピアな食生活に耐えきれず試行錯誤した結果生まれたパンを想定して失敗した際の副産物である。別に唯理が直接動物を狩っていたワケではないが。


 現代の食料と言うと、その辺のゴミでも岩でも何でも材料にして元素を組み換え栄養素に変換して固めた物を示す。

 分子以下のレベルで合成変換される、非常にローコストで身体にも効率的に吸収される、合理的な完全栄養食。

 ただし、味も風味も食感もあったものではない。

 アレは食べ物ではなく、食べても害が無い物、と定義するべきであると唯理はこっそり主張していた。

 いや訂正しよう。害はあるのだと思われる。

 栄養補給の苦労から解放された人類は、その代わりに見た目や香りを楽しむ事や、素材の味を楽しむといった要素を切り捨てた。

 その為だろうか、個人で調整される合成栄養食フードレーションの味付けは、とにかく奇妙奇抜になるのだ。

 これが現代の一般的な常識なのだろうが、唯理からすれば味覚障害以外の何ものでもないのである。


 21世紀ではそれなりに料理をしていた、と曖昧な記憶の中で思う唯理は、自力で状況を打開しようとする。敵がいるなら戦うだけ。戦わなければ生き残れないのだ。今回はまさに生存に直結する案件。

 元素のレベルで物質を変換する機械や、銀河を繋ぐ超高度な通信インフラといったこの時代のテクノロジーの使い方も覚えた。最新の技術は好きだ。そんな気がする。

 それらを駆使し、付け焼刃な化学知識を元に食べられる物を作ろうとするのだが、そうして出来上がったのは弾力性皆無のコッペパンに似て非なる何かであった。

 そもそも化学の専門家でもパン屋でもない唯理に、元素のレベルからパンを組み上げようなんざ土台無理な話なのである。


 ところが、妙な話になってきたのが、その後の事。


 絶望感に打ちひしがれた唯理だが、そこに現れた通信オペレーターのフィスが、何故かそのパンの成り損ないにどハマりしてしまった。

 生まれて初めての食感に、はじめはフィスもワケが分からなかったようだが、どうやら強く引き付ける何かがあったらしい。

 改めて唯理も食べてみるが、言われてみればなるほど、それはスナック菓子とよく似ていた。パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃない。

 そこで、お代りが欲しそうなフィスの為に、形と味を改良してみる。

 こうして生まれたのが、パンナコッタせんべい(仮称)、略して『パナせん』。

 小指サイズで、味も唯理の知るスナック菓子風に調整した。


 そうしたならば、今度はパンナコッタの全員がハマった。


 作ったパナせんは、作った端から消えていく。

 素材となるマテリアルが無いので、不要なヒト型機動兵器のパーツを材料にしようと言われた時には何の冗談かと思った。

 冗談ではなく、使いようのないステルス装甲がスナック菓子へと姿を変えたが。

 挙句の果てに、前述のあの騒ぎだ。

 山盛り作ったパナせんを小麦色の肌の双子が持ち去り、オペ娘がブチ切れたのである。


「でも不思議な崩壊感よね。堅くもなく柔らかくもなく、塩の味しかしないのにいつまでも食べていられる感じ」

「うーん…………」


 ヒト型機動兵器の収まる貨物カーゴモジュール内にて。

 コップ型の紙容器に入ったパナせんを、お下げ髪のエンジニアも次々と口に放り込んでいた。

 唯理としては複雑極まりない心境だ。

 自分の求めた要求仕様にはさっぱり届いていないのだが、他の娘には大受けしている。

 それに、フードディスペンサーで直接同じ物を作ろうとしても、風味や食感、あるいはそれ以外の何かが足らず、上手く再現できないのだ。

 結果、唯理が合成小麦パウダーをこねくり回し、増産に増産を続けているという状態。


「流石フードマイスターだな、見事なもんだ」

「いや違いますけどね」


 メカニックの姐御肌も、同じくスナック菓子を豪快にガリガリやりながら感心している。

 だが唯理は、わざわざ貴重な自然の食材を使ってフードディスペンサーと同じ事をしているフードマイスターとやらをぶん殴りたかった。


                ◇


 シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦。

 その中央本星の軌道上を回る衛星は、全体が軍事基地と化していた。

 宇宙艦隊司令部、宇宙軍本部、特殊戦作戦司令部、宇宙軍情報部と命令系統が集中しているのだが、その中に統合戦略部の本部も存在している。


 統合戦略部とは、直接の軍事行動以外の戦略を統括する部署だ。

 兵器研究、情報活動、政治工作、等があるが、多くの部分で他の部署と活動内容が被っている。

 その為、しばしば他の部署と主導権争いや予算争い、足の引っ張り合いが発生するのだが、連邦軍総司令部は意図的にそれをやっている節があった。

 また、他の部署に出し抜かれない為、統合戦略部が本来必要ない実行部隊を持っていたり、艦隊司令部が独自の諜報部隊を持っていたりする。

 それが連邦内に不合理をもたらし、また予算も盛大に無駄にしているワケだが、銀河最大の組織ともなれば、そうなるのも必然なのだろう。

 合理化や再編成をしようと思えば、世紀単位を必要とした。しかも、恐らく権益やらしがらみで失敗する。


 その統合戦略部の本部内。

 聴講室と表記されるホールのような大部屋の中で、本部のお偉方が聴聞を行っていた。

 中央にひとり立たされているのは、微妙に身体に合っていない軍服姿の男。

 かつてクーリオ星系の秘密研究施設で統括官を務めていた軽肥満、サイーギ=ホーリーそのヒトだった。


「ではホーリー四等佐、キミは実験素体に対する研究部からの過剰とも考えられる試行を軽々に許可したと?」

「時点まで有効な成果が認められず、また既に他に取り得る試行は十分に行ったと判断した為であります」

「有効な成果が見られなかったのは、キミの判断に問題があったからでは? キミのこれまでの報告からは任務に対する努力と誠実さがまるで読み取れない。キミはこの研究がどれほど連邦にとって重要か認識していたのかね?」

「実験素体の『ミレニアム・キー』は政府特定機密グレードS、非公開インデックスの上位50項のひとつでもある。それを損なう可能性を考えなかったのであれば、キミの軍人としての資質を疑わざるを得ないよ、ホーリー四等佐」


 その軽肥満、ホーリー四等佐は、普段の不機嫌面が更に極まっていた。

 プラントを偽装した研究施設が崩壊して間もなく、報告を送るとほぼ同時に命令された本部への出頭。

 クーリオ星系という何パーセクも離れたド田舎からようやく連邦中央に戻ったというのに、今度は長々延々と待機を命じられる。

 かと思えばいきなり軍警MPに捕まり、有無を言わさず衛星の基地まで連行。

 そこでまた狭い部屋に閉じ込められて何日も待機を強いられ、引き摺り出されたのが査問会モドキの聴聞会である。


 それまでだって戦略部のなにがしとか言うヤツが入れ替わり立ち替わりホーリーのもとに来て、根掘り葉掘り同じ事を何度も何度も何度も訊いていった。

 しかも嫌味のように階級が上のヤツばかり。これでは追い返せない。

 それでこの査問会モドキである。

 ここでもまた、同じ事をグチグチと何度も。

 しかも、今まで聞き取りをして来た連中が素直に思える程、あからさまな嫌味と挑発を入れて来る。聞き取りしてきた連中も許さないが。

 だいたい自分は何も悪くない。

 研究成果が上がらないのは研究をしている科学者や技術者のせいだし、無能を問うなら何百年も研究を続けておきながら何の成果も出せていない前任者どもではないか。

 それでも自分は任務に忠実に、成果を出そうと最善の選択をしたのだ。何が悪い。


 実際には、面倒だから考え無しに実験の許可を出し、結果としてプラントの施設は崩壊して貴重な実験素体を失ったのだから。責任は重大だった。

 軽肥満の四等佐は、自分に都合の悪い事実は絶対に受け止めなかったが。


 それに、サイーギ=ホーリーは司令部連中の足元を見ていた。

 査問会ではなく聴聞会というややトーンダウンした呼び出しには、事を大きくして目立つのを避けたい上層部の意図を感じる。ヒトの足元を見るのは得意な男だ。

 不意打ちで罠にハメられクーリオ星系などという世界の果てに送られた時とは違う。

 優位に立っているのは自分であると、最初から分かっていた。


「貴重な素体と施設を失い、機密である遺跡船の存在をも露呈させた事に対する弁明はいたしません。この上は小官の責任を明確にしていただき、軍規に服したいと考えます」

「…………そういう殊勝な物言いで本音を隠しているつもりかね、ホーリー四等佐」

「我々は記録されたテキストを規定の方策に当てはめて行動するだけの艦隊の石頭どもとは性質が違うのだよ? その態度を改めなければ、軍事法廷無しで処分を決めても良いのだがね」


 司令部の事情を見透かした上で、事を公にしてもいいと言外に含める面の皮の厚い軽肥満。

 そんな意図を幹部達も見抜いていたが、残念な事にその科白セリフは単なる脅しでしかなかった。

 ホーリーの言う通り、事を公にして連邦軍内部や艦隊本部、ましてや共和国に知られるような事があってはならない。

 ならばすぐに、この慇懃無礼で態度が鼻につく肥満男を暗殺してしまえば良いのだろう。


 が、そう単純に事を運べない理由があった。


「ホーリー四等佐、本来ならばキミの軍籍を剥奪し、軍と連邦に著しい瑕疵を与えた罪状で軍事法廷にかけた上で焼却刑に処するところが順当なのだろうが、その事でキミのこれまでの軍への貢献と、遺跡船の起動という功績までを無かった事にするつもりはない」

「キミは我が連邦が……人類が500年出来なかった事を一時とはいえ成し遂げて見せたのだ。そこで三等佐、我々統合戦略部司令部は貴官を一階級昇進させ、新たに組織される戦術史調査編纂局の局長に任ずる。同局には統合戦略部より独立した権限が認められる」

「これは先に喪失した研究機関をそのまま引き継ぐ物と考えたまえ。そして任務も引き継いでもらう。だたし、これからはより直接的なアプローチを行なってもらいたい」

「ホーリー三等佐、貴官は各方面に点在する遺跡船を直接調査し、これまでの研究成果を以って再度起動の試みを実行したまえ。与えられた権限と組織を十二分に活用すれば、貴官の能力ならば必ずや結果を出すものと司令部は期待するものである」


 軽肥満の男が一方的な辞令を受けると、査問モドキの聴聞会はお開きとなった。

 その辞令を要約すると、今までの仕事を続けろ、運が良ければもう一回くらいやれるだろう、何か問題が起こっても統合戦略部は無関係だ。

 以上のようになる。


 昇進と新組織の責任者という地位ポジションは、ホーリーが勝手な事をしないよう軍に縛り付けながらも本部からは厄介払いをし、かつ成果が上がるようなら取り上げようとする、司令部の卑しい思惑が窺えた。


「上から好き勝手に命令だけする低脳のゴミどもが…………」


 しかし、そんな愚物の命令に逆らえないという己の現状にハラワタが煮えくり返る。

 自分を侮辱し、吊るし上げ、切り捨てる前提で堂々と顎で使い、それが当然といった顔をする奢り高ぶった連中。

 断じて許す事が出来なかった。

 自分もそんな人種だとは、ホーリーは決して自覚しないのだが。


 腹立ち紛れに、通りすがった事務用ロボットの膝裏を後ろから蹴り飛ばす。

 倒れたワーカーボットは、軍の備品に対する破壊行為は軍規にどうとか生意気をほざいたので、今度は頭部を蹴り飛ばしておいた。

 

(クソどもが! 無能なクズがどうして俺の上に立つような事を許されている! 俺は誰よりも優秀で意欲的な軍人だろうが! 俺がいなければ何も出来ないクセに難癖ばかり付けるカスが! ゴミが! 絶対にお前等を踏み付けて後悔させてやるからな!!)


 倒れたワーカーボットを顧みる事なく、ひたすらにイライラする軽肥満は、制服の懐からスマートフォンのような情報端末を取り出す。軍より支給されるインフォギアだ。

 ホーリーは伸し上がる気だった。その為には何だって利用し、何でもやってやろうと考えていた。

 ただし、それは真っ当に任務をこなして成果を上げる、という軍人の規範とは真逆。軍など自分が好きに動く為の道具に過ぎない。今まで劣悪な待遇を押し付けてきたのだから、その借りを返すのは当然だ、くらいに思っていた。

 自業自得だという意識は欠片も無い。


 規則も権限も、解釈の仕方でいくらでも融通が効くというのもホーリーは分かっていた。

 自分は組織と権限を与えられ、昇進もしたのだ。ならば、それを十二分に使ってやろうと思う。

 手始めに、新しい玩具だ。

 『戦術史調査編纂局』。

 先のプラントを偽装した研究施設と似たような物で、戦術史の調査と編纂という表向きの仕事を隠れ蓑に、再度遺跡船の起動を目論む為の組織となる。

 予算はほぼ引継ぎとなったが、他にはほとんど何も決まっていなかった。


 統合戦略部の上層部が考えているのは、クーリオ星系での遺跡船起動の際に入手したデータを用い、銀河のあちこちに散らばる船の再起動を試して回る、そんな組織と思われる。

 だが、前述の通りホーリーは、上の意のままに動く気など全く無い。

 存外に人脈はある軽肥満の男は、手始めに中央情報部の知り合いに連絡を取った。

 相手も別に好き好んでこんな男と知り合いなワケではないのだが、ホーリーは利用できると思う人材には、強引にコネを作るのだ。

 それで弱みでも見せようものなら、平気でそこを突き利用して来る。

 ダニのような男である。


 情報部の知り合いをなだめてすかして脅したホーリーは、以前の研究施設にいた人員の今の状況を聞き出すのに成功。当然極秘だったが、相手の事情や迷惑など知った事ではない。

 更に、権限も人事も無視し、それらの連中を自分の所へ強引に呼び付けるのだが、その過程で思いがけない情報を得る事となった。


 それは、クーリオ星系でメナスと交戦した軍の警備艦艇『ロビーテンダー』が、研究施設崩壊直前に内部から脱出したエイムを捕捉していたいう報告だ。

 そのエイムは識別コードを抹消され、搭乗していたオペレーターも不明。

 しかも単機でメナス4体を撃破し、近くで航行していた貨物船と逃げたのだという。


 貪欲なホーリーの嗅覚に、何か強く引っかかるモノがあった。

 すぐに手段を選ばず人員と機材を集めると、上には一切報告せず、勝手に駆逐艦を確保しそれに飛び乗る。

 目的地はクレッシェン星系。

 未登録のエイムと逃げた貨物船、『パンナコッタ』の現在地だ。


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