13G.宇宙時代のビジネスとマスプロダクション



 貨物船パンナコッタと他一隻の拿捕を狙い接近する、海賊保有のヒト型機動兵器エイム、ブラックカッターG5 Mk.2。

 その高機動型で細身の機体に対し、迎撃の為パンナコッタから飛び出したエイムは、装甲も無骨でマッシブな機体だった。

 スーパープロミネンスMk.53。

 海賊の機体に対して、やや旧式の汎用機である。


 とはいえ、中身・・の性能差は比較にならない。


 グレーの下地に、頭部、胸部、肩部の装甲を青く染めたエイムは、パンナコッタを飛び出すと同時に海賊のエイムへ向けアサルトライフルを発砲。

 防御シールドを叩かれるブラックカッターは、泡を食ったように回避行動をはじめた。

 もう一機の海賊エイムは、機体を振り重力制御を偏向させると、青いエイムの背後へ回り込む。

 海賊のエイム、ブラックカッターの武装は腕部マニピュレーターへ挟み込むように保持する、短砲身のサブマシンガン――――――型レールガン――――――だ。

 味方を攻撃する青いエイムを、背後から撃とうとする海賊のエイム。

 が、青いエイムは発砲の直前に身をわすと、逆に背後へとアサルトライフルを連射。

 海賊エイムへ、口径55.5ミリ、秒間50発、時速1万キロの砲弾を集中させた。


 棒立ちな相手に、反撃するなり逃げるなりすれば良いものを、と青いエイムを駆る少女は思う。


 しかし、あっさりと火力に圧倒された海賊のエイムは、そのままシールドを削られ、何も出来ないまま吹き飛ばされた。


 僚機をやられたもう一機の海賊は、フラフラと回避運動らしい動きをしながらサブマシンガンを撃ち、青いエイムとの距離を詰める。

 その動きは明らかに素人臭かったが、機体の電子戦能力に助けられ、パンナコッタからの電子妨害ECMに負けず正確な射撃をしていた。

 ところが、ブースターを断続的に吹かす青いエイムは、海賊の攻撃を紙一重でわす。

 バラ撒かれる90ミリ弾が2~3発シールド上を流れるが、全く集弾されていない火線に威力など無かった。


 青いエイムは高速で左右へ切り返し、海賊のエイムを翻弄して見せる。

 同時に、アサルトライフルの三割を占める銃床型弾倉を弾き出し、予備弾倉に換装。

 発砲しながら高速で接近すると、海賊機のシールドを削り切り、ゼロ距離から腕部のビームブレイドを一閃する。


 表向きの性能こそ、最新の第5世代G5ブラックカッターMk.2の方が上だった。

 しかし、非常に優秀なエンジニアとメカニックに改修された機体は、その最新鋭機と遜色ない性能を持つ。

 おまけに、エイムを駆るオペレーターの技量が違い過ぎた。


                  ◇


 貨物船パンナコッタは、決して海賊業を副業にしたりしない。

 口さがない者は、宇宙の放浪者である『ノマド』を無法者やならず者と同列に語りたがるが、パンナコッタに関しては、そういう事は一切無かった。


 無かったのだが、海賊船の全てはパンナコッタの戦利品となってしまった。


『よろしいのですか? 支社の方に来ていただければ、もう少し詳細な査定が出ますが……?』

「いえいえ、ご存じの通り拾い物・・・ですし、差額は売却の手数料と考えていただければ」


 その戦利品も、ここまで同道してきた大型貨物船サントム号の船主、サイード・マーチャンダイジング社社長に、その場で大半を・・・売り払ったが。


 航宙法上、海賊船を制圧した場合、その装備や所有物は制圧した者に権利がある。所と場合によっては、海賊本人も。

 それはつまり、海賊行為の賠償費用代わりというワケだ。

 この権利は銀河の先進三大国である連邦、共和国、皇国をはじめとして概ね・・世界に共通して認められており、同時に民間船が武装する根拠となっている。

 各国としても、だだっ広い宙域を航行する船の安全をいちいち保証していられないという事だろう。

 国家が本腰を入れて支配するのは、惑星宙域か、あるいはその瞬間に軍艦の目が届く範囲まで、という事になっていた。何も無い恒星間空間や惑星間などを艦隊に守らせても、費用の無駄という事である。

 逆に言うと、うっかり近くに軍の船がいたりすると、嫌がらせのように獲物を横から掠め取られる事もしばしば。

 ならばマリーン船長としても、ちょうど目の前に商人がいるのだから、さっさと現金に換えてしまった方が面倒も無いと考えていた。


 とはいえ、海賊船の戦利品は、割と大した物だった。

 最新鋭の特殊戦用エイムは破壊したが、海賊船の中には軍の装備がゴロゴロ。

 売り飛ばして、そもそもの盗難被害者である軍から睨まれないか、と思わなくもなかったが、そこはサイード社の社長がどうとでもするらしい。

 それに海賊が使っていた船、『ジェトロ・ブロンズ』も、シリーズの中では廉価版とはいえ、恒星系間航行能力を持つ立派な一隻の宇宙船。ましてやクルーザークラス。良いお値段がする。

 投げ売りかつ取っ払いでも、総額一千万Vバルを超えていた。


「売らんでもウチで使えば良かったんじゃねー? ジェトロの安物っつっても、この『アイギーン』よりはマシじゃんよ。いい加減ボロだし」

「あら? フィスちゃんはワイドタイプの船は嫌いじゃなかったの?」

「ワイドタイプが嫌いなんじゃなくてカンパニー系列が嫌いなの。あそこの、売る為に奇をてらってばっかじゃん。んでセールスポイントは一番良いとこの数字持ってきて、そのクセ必ず穴があるし。それすら売上げの為の小細工だって、教えてくれたのはマリーン姉さんだし」

「そうだったかしらね…………。でも、それならどうして?」

「いやホラ……ヒトも増えただろ? インテリアは弄ればいいけど、容積はそうもいかねーから」


 そして、貨物船パンナコッタの船首船橋ブリッジにて。

 緑の惑星を背景に併走する2隻の船を眺め、通信オペレーターのフィスが眠たそうにボヤいていた。

 拿捕した海賊船を売る、という船長の判断に異存は無い。自分の考える事くらい、船長ならとっくに考えていただろうと思う。

 それでも、勿体ないという感は拭えない。

 多少性能に問題があっても、件の海賊船はパンナコッタ――――――商品名『アイギーンPモデル』――――――に比べて3倍ほど大きかった。

 現状、パンナコッタの船員は、モジュールのひとつを居住区画に仕立て、そこで寝泊りしている。しかも、ふたりで一部屋の体制。

 ところが、先日に赤毛の新入りが入ってきた事で、その体制にも問題が出た。

 要するに狭いのである。


 元々はパンナコッタも、さして高性能でもない中古の貨物船を改修し倒した船だ。

 いっそパンナコッタをバラして、拿捕した船に増設すれば良かったのでは、などとオペ娘は思っている。

 売り払った後では、何を言っても仕方がないとは思うが。


「そうねぇ……わたしはこの船に愛着があるのだけれど、女の子も増えたし大荷物も増えそうだし、そろそろ本気で考えても良いかもしれないわねぇ」

「『荷物』……って、エイム? そういや姉さん、あのエイムも売っ払えば良かったんじゃねーの? 前のプラットホームで売りたいって言ってたじゃん」

「そうなんだけどねー……もうちょっと持っていようと思って」


 マリーン船長にも、船内が手狭になってきたという認識はある。

 故に、別の船へ乗り換えという話になるのも当然だが、その科白セリフでフィスは気になる事を思い出した。

 それは、一度は処分しようとしたヒト型機動兵器を、カラーリングを変えて整備と改修を行い、識別信号も新規に登録した事だ。

 つまり、自分のところで運用しようというのである。


 いったい如何なる心境の変化か。

 それも恐らく、新入りである赤毛の少女に関わっているのだろうが。


 ちなみに、拿捕した海賊船の『ジェトロ・ブロンズ』は船長の趣味じゃないので、やっぱり要らんとの話だ。


                  ◇


 同時刻。

 『赤毛の新入り』こと村瀬唯理むらせゆいりは、エイムの格納された貨物モジュール内にいた。

 エンジニアのエイミーに、メカニックのダナも一緒だ。


 海賊相手に一仕事終えたエイムは、技術系女子ふたりに整備とチェックを受けていた。

 とはいえ、ダメージらしいダメージも無い。

 今回は重力制御システムの反応限界を超えたりもしてないので、機体に負荷もかかっていなかった。


「エイミーさん……推力のリミッタ外してもらいたいんですけど。位置取りし辛いよ」

「ダメ。25G以内に収めて。それ以上だと身体に負担がかかっちゃうでしょ」


 しかし、暫定エイムオペレーターである赤毛の娘は、眼鏡のエンジニアに物申す。


 灰色の地に青の塗装をされたヒト型機動兵器は、スペック上で50G――――――1秒毎に490メートル増速――――――もの加速を可能としている。これはエイムとしては特別高性能というワケでもない。

 ところが、重力制御システムは機体の加速に反応するまでタイムラグがあり、慣性による加重Gを完全に打ち消す事は出来ない仕様となっていた。

 重力制御システムの性能にも因るが、だいたい20Gまでは体感で1G以内に収められる。

 そして、20Gを超えたあたりから、オペレーターに圧し掛かるGは一気に増す。

 25Gまでなら体感で2Gといったところだが、50Gになると体感で7G近くの負荷がオペレーターを襲う事になっていた。


 それにしたって10分の1程度。正確に言っても7.142分の1。唯理にしてみれば、十分有り難い事だと思う。

 それに、たかが7Gが何だと言うのか。

 戦闘機のパイロットは、誰もがそれくらいの高機動Gに耐えているというのに。


 そんな赤毛娘の主張は、エンジニアの少女に素っ気なく却下されたが。


「絶対にダーメ。この前それで内出血起こしてたでしょう? 死んだらどうするの」


 却下されるに留まらず、「メッ!」と小さい子にやるが如く怒られた。

 拾われた立場としては、グゥの音も出ずに項垂れる他ない。


「チキュウの操縦オペレーターどもはバケモノなのか? 皇国軍のカミカゼオエイムのオペレーターだって、7Gに耐えて飛ぶなんて聞いた事もないぞ」


 そう言うのは、エイムの部品を検分中な、メカニック姐さんだった。

 おぼろげな唯理の記録・・では、地球の戦闘機乗りは当たり前に、高いGの中で機体を操っていた、と思う。

 だが、この時代では身体を痛めつけてまでエイムを操縦するオペレーターなどいないのだとか。

 重力制御が発達した為、と言えばそれまでなのだろうが、唯理は何故か納得が出来ない思いだった。

 どうしてそう思うのかは、自分でもよく分からないのだが。


「それにユイリ、お前この前の一戦だけでボロボロになっていたじゃないか。身体が付いて行けてないという事だ。無茶な急加速はやるべきじゃない」


 しかし、この科白セリフには唯理の方も、完全に黙らざるを得ず。


 唯理の感覚では高いGの中でも動けて当然だったが、実際には身体が耐えかね、すぐに壊れてしまうという有様。

 自分は絶対にこんな貧弱じゃなかった、という確固たる確信もあるが、現実はそれを完全に裏切っている。

 今の唯理は、小柄なエロ双子に寝込みを襲われても成す術が無いほど軟弱だった。


「もう……海賊からはしっかり船を守ってくれたでしょう? 十分戦えたじゃない」

「…………アレは『十分戦えた』なんてものじゃなかったがな」


 露骨にションボリする赤毛娘を、苦笑気味に慰めるお下げの眼鏡少女。頭を撫でるが、唯理の方が背が高いのでエイミーからは見上げる形になる。

 エイムの陰で呟くメカニックの科白セリフは、ふたりには聞こえなかった。


 唯理本人以上に、ダナは違和感を持っていた。

 海賊との戦闘では、敵のオペレーターが素人だったとはいえ、唯理は最新鋭のエイム2機を一蹴して見せている。

 推進力に制限リミッタがかけられ、メナスやギャングとの戦闘と違い派手な高機動を見せなかったからこそ、その技量が際立った。

 他方、訓練を受けたオペレーターとは違う危険な戦い方をし、記憶喪失故か常識に疎い。

 異常な戦闘技術と、凶暴とさえ思えるほどの戦闘方法。

 それらは単に、過去から来たという事だけで説明できるのか。

 見た目が可憐な少女なだけに、何か酷く危険で恐ろしい生き物を見ているかのような錯覚さえ覚えた。


「それで…………コイツらはどうする。アームとレッグはそのまま使うと、プロミネンスよりパワーが落ちるぞ。消波装甲もプロミネンスには使えない。流用できるのはブースターに武装、後は中のシステムくらいか?」


 盗み見ていた少女からそっと目を逸らし、メカニックの女性は本題に話を戻す。


 貨物モジュールの床には、所狭しとエイムのパーツが転がっていた。

 隅っこにも海賊船から回収した予備パーツが積み上げられている。

 それらは唯理が交戦の末に破壊した、最新鋭の特殊戦用エイムの物だ。

 海賊船やその他の軍用品はサイード社に売却したが、エイム本体と関連部品だけは、パンナコッタの方で引き取っていた。

 その数、実にエイムを3機組める分に相当する。

 基本的に1機しかエイムを格納できないモジュール内は、控え目に言ってもゴミ溜めのような有様となっていた。


 そして、これらのパーツを用い唯理のエイムをカスタムしようという話である。


「プロミネンスは汎用機だけど、重力下環境でも使えるだけあってパワーはあるものね」

「その分アーム周りはゴツイな。最新型だけあってブラックカッターのパワーも中々だが、三世代遅れたプロミネンスにも劣る。サブマシンガンというのも携行性の他に軽量だという理由もあるんだろう」


 唯理の使うプロミネンスに比べて、海賊が使っていたブラックカッターは細身だ。装甲の厚さも違うが、何よりフレーム内部の機構が繊細でシンプルだった。

 想定される運用条件としても、それほど重装備を必要とされないのだろう。


 プロミネンスが装備しているアサルトライフルは、全長で7メートル以上ある。エイムが人間と同様の動きをする以上、高度に自動化されてはいるが、使用方法は人間用のアサルトライフルと同じだ。

 大雑把に分けて、前半分の電磁加速レール、後部の3割を占める銃床型弾倉、中央の機関部から成る。


 ブラックカッターの装備していたサブマシンガンは、全長3メートル半ほど。前腕部と掌部で保持する形になっており、横からのシルエットは小盾のようにも見える。弾倉は、本体に横から被せる形だ。


 当然だが、アサルトライフル、サブマシンガン共に、銃把グリップ引き金トリガーなど付いていない。


「サイドアームに持って行きたいけど、邪魔かな?」


 情報端末インフォギアでサブマシンガンの性能を確認しながら、技術陣にお伺いを立てる赤毛のエイムオペレーター。

 現状で武器と言えるのはアサルトライフルにレーザー砲、それにビームブレイド。

 どれも強力な兵器だが、他にも使える武器は多い方が良い。


「問題ないだろう。大腿装甲に付けるハードローンチがある。最初からマニピュレーターに装備しておく事もできるが」


 メカニックの姐御が転がっている脚部装甲を指すと、そこには確かにハードポイントのような出っ張りがあった。武器を挟み込んで、使う時に開放する仕組みらしい。

 一方、ブラックカッターのように、最初から腕部に装着しておく方法がある。


「それだとビームブレイドに干渉しませんか? ブラックカッターには腕のブレイドが無いんですね。『カッター』なのに…………」

「それはね、えーと……ほら、腰部アーマーに格納しているの。握る形だからホールドに問題があるけど、ブレイドはほとんど使わないから今はこの形が一般的ね」

「今使っているのみたいに前腕部に内蔵しているワケじゃないんだ……」


 当然ではあるが、21世紀育ちの唯理はエイムに詳しくない。乗った事があるのもプロミネンスのみだ。

 98m/s2――――――1秒毎に98メートル増速――――――を超える加速度の世界では、たかだか10メートルから20メートルしか間合いのない近接武器など、ほとんど使い所がない。

 現在となっては念の為に・・・・用意しておく非常用の武器でしかなく、それですら消えつつあるのが実情だった。

 ブラックカッターは用いられる作戦上、まだ接近戦を想定されている。

 そのビームブレイド発振機は、腰部の側面装甲へはめ込むようになっていた。


「これも内蔵できます?」

「難しくないが、武器を片っ端から持って行く気か?」


 現場のリクエストには応えるメカニックだが、少々呆れ顔だった。

 重装型エイムでもないのに、既に重装備である。

 この上、接近戦の武装まで追加で装備。

 というか、こいつはまた接近戦をやらかすつもりなのだろうか、と。


「武器はともかく機体本体はどうするの? 今あるパーツでフルカスタムするにしても、セッティングで機体特性全然変わるよ?」


 そんなメカニックの懸念に気付かず、ブラックカッターの予備部品を前に首をかしげるエンジニア嬢。

 どのようにプロミネンスをチューンするかで、他の事に考えが及んでいない。


「そこは出来る範囲でお願いします。突出したものは必要ないのでバランス重視で」

「分かった、それなら流用できる超電動モーター、ファイバーストリングス、全部入れ替えちゃおう。あっちの方が新しいんだし。いっそ重力制御機もフレームから外せないかな」

「待て待て、そんなのここの機材じゃ出来ないだろう」


 そのような相談の末、エイムのカスタムは現在のプロミネンスをベースにブラックカッターのパーツで増強する、という無難な形になる。

 とはいえ、工程的にエイムを分解するような改造は、狭いモジュール内では出来なかった。

 また、目的地が近いとはいえ、何に襲われるか分かったものではない。

 いざという時に備え、エイムはすぐに出撃できる態勢でなければならないだろう。


「とりあえず腰部と大腿のアーマーか。ビームブレイドのホルダー部分を上から付けてしまえば良いだろう。たいして嵩張らん」

「それなら次はIKアームとかコックピット回りかなぁ……。今のは流石に古いし。他はバックブースターを……。いやこれは入れ替えなくても…………、でも性能は上がるし…………」


 具体的なプランが決まると、メカニックの姐御は早々にモジュールの上にあるキャットウォークへ向かう。クレーンを動かす為だ。

 エンジニア嬢の方は、専門家の矜持と本音の間で懊悩しながら、自分の仕事を始めようとしていた。


「……『マシンヘッド・フレーム』、か…………」


 そして唯理も、自分の乗機の面倒を見てもらうのだから、当然手伝いに行く。

 だがその前に、アームで固定された機械の巨人を見上げ、改めて懐かしいような、そうでもないような、奇妙な感覚を覚えていた。



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