12G.スペースウォー ゲイム



 カム星系の惑星ケーンロウから、次の目的地へ向け旅の途上であった貨物船『パンナコッタ』。

 しかし、新たな星系に入ったところで、正体不明の宇宙船から追尾を受ける。

 船籍の識別信号を発信せず、またパンナコッタへ急接近してくる目的も明かさない不審な船。

 成り行きで他の輸送船『サントム号』を護衛しているパンナコッタは逃げるワケにもいかず、衝突に備えて迎撃の準備に入っていた。


 その不審船がパンナコッタからの通信に応えたのが、あと10分で追い付いて来ようかというタイミングだ。


『止まれぇ! 止まらないと撃つぞ! 今すぐ停船すれば乗組員は生かしといてやる! 船を止めなければ撃沈する!!』


 そして、案の定この一点張りである。

 予想通り、急接近してくる船は敵性だった。

 目的は、直接取り付いて船と荷物、あるいは乗組員をも手に入れる事と思われる。

 だから、接触できる距離に近づくまで、何も言わず黙っていたというワケだ。


 無論、これに「ハイ分かりました」と言うパンナコッタの女達ではない。

 自ら身を守ってこその宇宙航行者である。


「NMCCS-U5137D『パンナコッタ』より、それ以上近づけばこっちも自衛行動を取る。連邦宙域での海賊行為はSクラスの重犯罪だ。既に星系軍に通報している。尻尾巻いて逃げやがれ」

『船を止めろ! こちらの指示に従わなければ攻撃するぞ!!』


 通信オペレーターは比較的冷静に警告するが、海賊と思しき相手はがなり立てる・・・・・・ばかりで会話にならない。

 通信と同時に、双方の船は臨戦態勢に入っていた。

 防御シールドが立ち上がり、全センサーが相手の走査スキャンを開始。

 レーザー砲などの各種武装も起動する。


「ったく、エクストラ・テリトリーじゃあるまいし、連邦の中で海賊とかどうなってんだ」


 通信の他、火器管制や船内のシステムオペレーターを兼任するフィスは、コンソールを叩きながらモニターに映る船へ胡乱な眼を向けていた。

 曲がりなりにも銀河最大の法治組織、惑星国家連邦の宙域内だというのに、海賊行為が横行するとは考え辛い事だ。

 連邦宇宙軍の艦艇に見つかれば、裁判無しで撃沈もあり得るというのに。


「こちらがノマドだっていうのは見透かされているでしょうし、連邦軍も本気で助けには来ないって分かっているのね。それに、メナスの被害が増えて辺境も荒れてるから、海賊に転身する業者も多いみたいよ」

「へいへい宇宙浮浪者に権利無し、と……。海賊船のレーザー砲がホット状態に。撃って来るぜ」


 だが、連邦軍は自国民を助ける義務を負う一方、他国の人間、ましてや国籍を持たない者を助ける義務など持っていない。

 通報により海賊船を拿捕しに来る事はあっても、わざわざ『ノマド』を助けに来る理由は無かった。

 その『義務』も、連邦と軍の裁量でいくらでも解釈が変わるのだが。


 皮肉げに吐き捨てたフィスは、海賊船から発せられる熱反応に表情を引き締める。

 船長の言う通り、にわか海賊だとしても、油断も容赦も出来ないのだ。


「仕方ないわね。レーザーの発射準備。サントム号を先行させて、わたし達は海賊の足を止めるわ。戦力差はどうかしら?」

「奴さんの武装は確認出来る限り両翼にレーザーが一門ずつ。口径と熱量から普通の10メガクラス。てっぺんに付いてんのはアバルティアのマルチランチャー。なに装填されてるかは不明」

「シールド対策のキネティックミサイルかしらね。この距離ならまだどうにかなる?」

「向こうのレーザーがノーマルのままなら改造している分発射サイクルでこっちが上。ジェトロのブロンズは安物だからジェネレーターとコンデンサがシステム共用。シールド落ちたらレーザーも重力制御も止まる。推進システムぞろぞろ並べてるから機動力はあっちが上だけど、電子戦能力はこっちが上。まぁ勝ってるな…………」

「船のクラスはあっちが上よ。手加減しなくて良いわ。フィスちゃん、はじめて。スノーちゃん、船を回頭。右舷120度、お客様に向けて」

「アイアイサー、レーダーに射撃指揮装置連動、目標自動追尾中、安全装置解除、レーザー砲一番二番コンデンサ接続準備、発振スタンバイ」

「重力制御偏向……右120度、回頭中……」


 高速で移動したまま、貨物船パンナコッタは船首を海賊船へと向けた。

 貨物モジュールのひとつ、その上下から直方体の砲身が迫り出すと、先端から光線を発振。

 赤いレーザーが0.5秒間隔で連続して放たれ、追尾して来る海賊船を正面から叩きまくる。


 前後ではなく横に長い宇宙船、中央から左右へ四角錐の太い船体を伸ばした形状の海賊船は、シールドでレーザーを受け流しつつ反撃。

 こちらのレーザー砲は、2秒ほど発振しては次の攻撃に5秒以上かかるという仕様だ。 


 しかし、ガリガリとシールドを削ってくるパンナコッタに対して、海賊船のレーザーは近距離だというのに時折外れる。

 これは、パンナコッタと通信オペレーターの電子戦能力が高い為だ。

 照準システムが妨害されていると知った海賊船は、標的の補足を光学センサーに絞る。

 と同時に、船体上部に付いた円筒形のランチャーからミサイルを発射。

 弾頭は海賊船の間近で破裂し、銀色に煌く粒子を周囲にぶち撒けた。


「フィスちゃん?」

「ちょい待ち……パーティクルジャマーだ。軍用品じゃねーか、いいもん持ってんな。光学、熱、電磁波スペクトラム、センサー精度は軒並み低下。レーザーも減衰」

「不自然に装備が良いわね……。スノーちゃん、回避運動お願い。フィスちゃん、向こうは質量弾を撃ってくるわよ」

「りょーかーい」


 銀の粒子の正体は、『パーティクルジャマー』と呼ばれる対電子、対レーザー兵器だった。

 宇宙空間で用いる防御兵器として有名だが、通常は民間には出回らないし、消耗品にしては高価である。海賊の持ち物としては、少しおかしい。


 船長の予想通り、銀の煙幕を盾に海賊船は質量弾頭を発射。

 50キロも無い距離から、超高速の飛翔体がパンナコッタに接近する。

 着弾まで20秒。

 だが、サイドブースターを燃焼させたパンナコッタは、X軸方向に移動して簡単にこれを回避。

 煙幕から出られない海賊船を置いて、更に距離を空け続けた。


「これならどうにかなりそうね。このまま頭をお客様に向けたまま、最大加速をかけて。相手が煙幕から出てきたら、レーザーで頭を押さえてちょうだい」

「了解、ついでに捕捉システムに嫌がらせデータでも流して――――――――んあ?」


 サイズと加速力では負けていたが、攻撃能力、電子戦能力では圧倒している。

 このまま海賊船の攻撃を封じ続ければ、最終的には逃げられるものと船長は予測していた。


 ところがそこで、通信オペレーターの少女が海賊船の新たな動きを捉える。


「マリーン姉さん、向こうの腹にある格納庫が開いてる。何か出し……いや、エイムだ! 海賊船からエイムが出た!!」


 光学映像では、海賊船の中央下部から瞬く光点が離れていくのが見える。

 更に映像が拡大されると、そこに映し出されるのは全高15メートル前後のヒト型機動兵器だった。

 それが、2機。


「しかも連邦軍の『ブラックカッター』だぁ!? どうして中央のオービタルアサルトの機体を海賊なんかが持ってるんだよ!!?」

「なるほどね……彼らの以前の仕事は、軍需物資の輸送業者、ってところかしら。あるいは、既に一仕事終えた収穫物か」


 海賊船から飛び立ったヒト型機動兵器『エイム』は、連邦軍の特殊部隊が採用している高機動で隠密性の高い機体だ。

 当然、パーティクルジャマー以上に民間に出回るような代物ではない。


 ブラックカッター第5世代Generation5 Mk.2。

 全体的に細身で、滑らかな角の取れた四角い装甲を纏うエイムである。

 ブラック、と言っても、機体色はカーキ。

 単独で惑星に突入する為、背面には大型のブースターユニットを搭載していた。

 肩の外側に装備する平たいパーツは、シールド装甲板ではなくステルス用のアンチ・レーダーアレイだ。

 目立たず、早く、どこにでも侵攻する。

 ブラックカッターは、そんな作戦に用いられる特殊なエイムだった。


「迎撃できる?」

「あー……クソッ、エコーが弱い。アクティブセンサーはダメだ、スカされる。パッシブの方を接近中のエイムにフォーカス。自動迎撃開始!」


 2Gという相対加速度で接近するエイム2機に、パンナコッタはレーザー砲を連続で発振。タレットの砲がカーキ色のエイムを追う。

 だが、ブラックカッターは、防御シールドと機動力に任せて、強引にレーザーの弾幕を突破。

 レーザー砲のタレットが旋回するよりも早く、パンナコッタの側面に飛び込み、攻撃の死角に入ってしまった。

 直後に船のシールドが起動し、全周の景色が白む。

 敵のエイムがパンナコッタのシールドに接触している為だ。


「取り付かれた!? 防御シールドに過負荷、ジェネレーター出力50%! 低下中!!」


 レーザーと違い、エイムのような大質量体に連続して接触されては、シールドは間断の無い全力稼動を強いられる。

 エイムが兵器として有効な理由のひとつだ。


 それは、マリーン船長だってよく分かっている。


「ユイリちゃん、出られる?」

『いつでもどうぞ』

「スノーちゃん、船体をロールさせて。フィスちゃん、エイムをレーザーの射界に入れたら攻撃。ユイリちゃんの発進に合わせてシールド解除。みんな、いい?」


 新しい貨物モジュールの内部では、唯理とエイムが発進待機中だった。

 重力制御が利いているので体感は出来ないが、パンナコッタの船体は横回転を開始。

 取り付く海賊のエイムを振り払うと、船体上下のレーザー砲でシールドの上から薙ぎ払う。


『ユイリ、側面扉を開放するぞ! 外に出るまでブースターは使うなよ!』

『整備とセッティングはしておいたけど、船からあまり離れないのよ! あと耐G限界超えないようにリミッタかけておいたから!』

『ちょっと!? それわたし聞いてないよ!!』


 海賊のエイムを突き放した一瞬の隙に、メカニックの姐さんがモジュールの扉を開放。お下げ髪のエンジニアが、エイムの発進を誘導する。

 ただ、土壇場で言われた『リミッタ』という単語には、唯理が悲鳴を上げていた。

 機体性能を制限するような事はやめて欲しいのだが、出撃直前ではどうにも出来ず。


『ユイリいいぞ!』

『仕方ない……! 出ます!!』


 通信オペレーターからゴーサインが出ると同時に、唯理は自分の手足と化したヒト型機動兵器を、整備用ステーションから動かす。

 直後、カタパルトから弾き出されるように、青と灰に塗り直されたエイムが宇宙区間へ飛び出した。


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