9G.ルール オブ アブソリュート
灰色のエイムを駆る赤毛の少女は、無遠慮に貨物船パンナコッタへ近付いていた亜人型機動兵器を強襲した。
腕部に内蔵されていたビームブレイドが閃き、反応を許さず敵エイムの四肢を切断する。
もう一機いたエイムは慌てて逃げようとしたが、時既に遅し。
「フィスちゃん、レーザー砲発振。向こうの船に最大パワーで」
「了解! 目標敵砲艦に焦点合わせ! 出力最大!!」
続けて、唯理の攻撃に混乱する暴力組織『パドルフィッシュ』の船へ向け、パンナコッタが短い間隔でレーザーを放つ。
単装の四角い砲塔はモジュールの一画に内蔵されており、迫り出すと同時に発砲出来る仕組みだ。
このレーザー砲とシールドの出力は、パンナコッタのエンジニアとメカニックが徹底的にチューンしており、船のサイズに比して通常の倍ほどスペックがあった。
『てっ――――――――テメェこのクソアマ!!?』
『ヘッド! ナッキーとジャルクがやられた!』
『シールドがエイムに喰い付かれた! シールド出力が落ちる!!』
『バカ野郎さっさと撃ち落とせ! 他のエイムは何してやがるさっさとどうにかしろ!!』
『ふ、副レーザー発射!!』
繋ぎっ放しの共通周波数からは、パドルフィッシュ船内の混乱が伝わってきた。
唯理のエイムはビームブレイドを振りかざして敵船に突撃。
船のシールドと収束させた粒子ビームを激しく干渉させ、相手のジェネレーターに高い過負荷をかける。
しかし、シールドを破る前に、唯理はブースターを吹かしてその場を離脱。
パドルフィッシュ砲艦がレーザー砲で薙ぎ払おうとしたその時には、灰色のエイムは既に姿を消していた。
「早えぇ!? 高機動型か!!?」
「あの船に撃たれてる! シールドジェネレーターが赤ランプ! 落ちます!!」
「『落ちます』じゃねぇ! あのボロ船に腹を晒して丸裸にされるぞ! どうにかしやがれ! 反撃しろ! 反撃!!」
怒鳴り散らしながら思い付きで指示を出す、パドルフィッシュのヘビ男。
平たい船の下部に取り付けてある、船の全長ほどにもある長い大砲がパンナコッタに向いた。
その威力は、直撃すれば一発でシールドごと船を破壊せんばかり。
ただし、それも発射出来ればの話だ。
「は!? FCSの安全装置が外れねェ!!? ヘッド、主砲が使えねぇ!!」
「使えねぇのはテメェだろうが! 電戦仕掛けられてんだ通信を閉鎖しろ! ああいう小ズルイのには全手動で一発キツイのブチ込んでやるんだよぉ!!」
砲艦のシステムがパンナコッタのオペレーターに侵入され、火器管制システムの
ところが、意外と場数を踏んでいる為か、ヘビ男はすぐに対電子戦闘で最もシンプルかつ確実な対策を手下に取らせる。
電子戦能力で負けている場合は、アクティブセンサーや通信システムといった外から入る情報を完全に遮断し、再起動の後に光学観測などのパッシブなセンサーに頼って戦闘を継続すればよい。
目標捕捉や照準追尾をヒトの手でやらなければならず、当然精度や速度は大きく落ちるが、信頼性の高い方法だった。
「チッ! 信号が返ってこねぇ……フルマニュアルに切り替えやがったな単細胞どもがー。もうちょっと粘れよ。マリーン姉さん、砲艦は後ろに退がった。シールドの限界だな。でも距離を取ったら光学センサーと手動だけで撃ってくるぜ。この距離だとヤバいかも」
「…………ユイリちゃんはどうかしら?」
機動の制限される狭いドックの中で、パンナコッタは身動きが取れなかった。
どれだけ改造していても、所詮は貨物船の域を出ない。砲艦相手の不利も承知の上だ。
だとしても、マリーン船長はいつものように、常にその場で打てる最善の手を打つのみである。
少しでも、皆が生き延びられる可能性を上げる為に。
それが非力な老朽船による攻撃でも、正体不明で病み上がりの少女を戦場に放り込む事であっても。
しかし、正体不明の少女こと村瀬唯理の
ドックから飛び出る灰色のエイムは、砲艦を守る為に急接近する敵のエイムと交戦状態に入った。
10対1の戦闘。港湾組合のエイムは、既に全滅している。
だが、相手はたかがチンピラのエイム。
人類の
『なんだコイツ!? 無人機か!!?』
『ECMで動きが鈍らない! 有人機だと!?』
『先回りして足を止めろよ! クソッ!? なんて動きをしやがる!!』
『アッ!? おい!! お、あ、あ゛ぁあああああああ――――――――!!』
『やりやがった!? ラッシーが落された!!』
『こっちは宇宙機だぞ!? 汎用機がどうしてあんな動きボ―――――――――!!?』
頭が無く手足が肥大化した歪なエイムが、スマートな四肢と五体を持つヒト型の機体に圧倒されていた。
パドルフィッシュのエイムが大型砲身のレーザー砲を撃ち、レールガンからの散弾を放つが、唯理のエイムは時に鋭角に、時に鋭利な曲線の軌道で回避して見せる。
その重力加速度は瞬間最大50Gにも達し、25G程度のパドルフィッシュのエイムではとても追い付けなかった。
単純な推力、という意味では可能なのだ。
ただ、最高性能の重力制御機を用いていても、高機動時の慣性を完全にゼロにする事は出来ない。
仮に30Gともなればエイムのオペレーターには3Gから5Gがかかり、まともな操縦など不可能となる。
命の危険すらあると
だというのに、灰色のエイムを駆る赤毛の少女は、7G近い負荷の中で牙を剥き出し嗤っていた。
フットアームを力の限り踏み込むと、ブースターを爆発燃焼させたエイムが跳ね上がる。
高機動Gで押し潰されそうになるのを、コクピット内でギリギリと歯を食い縛り耐える唯理。
急制動をかけ、直後にエイムを反転させると、今度は頭に血が昇った。
これを、全身の筋肉を締め上げ脳に血が行くのを押し留める。
慣性を強引に捩じ伏せ、耐え得る限界に挑み、命を削り性能の全てを引き出す戦闘機動。
この感覚が、唯理には酷く身体に馴染んでいるように感じられた。
あまりの戦闘速度に、全く付いて行けないパドルフィッシュのエイムが真上からの砲弾に撃ち抜かれる。
バラバラに潰される機体から長砲身の武器が流れ、それを見止めた唯理がエイムを奔らせ掻っ攫った。
灰色のエイムが拾った武器は、軍でも使われる大型のレーザー砲だ。
「フィスさん!」
『またかよ!? ちょっと待てすぐどうにかする!!』
使用許可の無いエイムをレーザー砲は拒絶するが、そこはパンナコッタの通信オペレーターであるフィスが遠隔操作でシステムに侵入。登録してあるIDを探り出し、唯理のエイムに被せる。
認証システムがエイムを識別すると、コクピットの全周型モニターに照準システムが表示された。
唯理もまた、ネザーインターフェイスでシステムに同調する。
この時点で4機のエイムを落していた唯理は、右にアサルトライフルを抱え、左にレーザー砲を担ぐようにし、次々と残りを落とした。
灰色の残像が脇を駆け抜けたかと思うと、シールドを落とされたのに気付く間も無く直撃を受け、パドルフィッシュのエイムが大破する。
時速1万キロにまで加速された砲弾がシールドを撃ち抜き、乱舞するレーザーが複数機を纏めて薙ぎ払う。
そして、灰色のエイムが一瞬で現れたかと思うと、ビームブレイドが振るわれ機体が一刀両断される。
オペレーターは混乱と恐怖の中に叩き込まれ、パドルフィッシュの亜人型エイム、トイラン5.03は抗う間も無く全滅した。
「光学補正、照準良し! パニッシャーキャノン、チャージ80%!」
「ヘッド! こっちのエイムが全滅! 野郎のエイムが来る!!」
「はぁあああ!? ふざけんなどうしてたった1機に12機も連れて来た軍用エイムがやられるんだ!? キールマンとボストーフに攻撃させろ! 絶対に落とせ!!」
「ダメだヘッド! 敵エイム真上!!」
砲艦のレーダーからは、手下のエイムが全て消えていた。
直上から突っ込んで来る灰色のエイムは、味方の船からのレーザーを紙一重で回避しつつ、左右のマニピュレーターに装備した武装を撃ちまくる。
秒間50発の砲弾の雨とレーザーの落雷に晒される、砲艦のシールド。
それでも、エイムとは桁違いに高い出力を持つ船舶用のジェネレーターは、赤毛の少女による怒涛の砲撃にも耐え切る、かに思われた。
だが、侵攻速度を一切緩めない灰色のエイムは、弱ったシールドにビームブレイドを突き刺し、その一点からシールドを排除。
遂には、パドルフィッシュの砲艦へ体当たりする勢いで着地する。
『待て待て待て待てバカ野郎が! お前ら現実見えてんのか!?』
両腕部の砲を足元に向ける唯理だが、ここで共通周波数から通信が入った。
相手は、灰色のエイムが接地している砲艦の
『勘違いすんな、そこはお前らが俺達に銃口を突き付けている場面じゃねぇ! 俺達がお前らの喉元にナイフを押し付けている場面だ! 分かってんのか!? そこのクソエイム! あとちょっとでも動きを見せたらボロ船吹っ飛ばしてやるからなぁ! いいかぁ!? ぜっっったいにブッ飛ばしてやるからなぁ! 分かったら武器を捨ててエイムから降りろや!!』
禿げ頭に青筋を立てた男が、唯理とマリーン船長を醜悪な顔で睨み付けていた。
事実、パドルフィッシュの砲艦はドックの外からパンナコッタに照準を合わせている。
距離としては1キロも離れておらず、光学照準のみでも高い命中率が望める射程だった。
とはいえ、高精度の光学照準とシミュレーターによる弾道計算でも、センサーを制限した状態では命中率に問題が出る。
特に、相手の動きに対応する機能は、手動の場合は完全に人間の能力任せだった。
ここに、交渉の余地があるかとマリーン船長は考えるが、
「では、ここでお互い退きましょうか? そちらのセンサーが光学のみなら、こちらの船でも十分回避が可能です。それに、そちらが攻撃しようとすれば、そのエイムは確実に船を撃ち抜きます。そちらが武装解除してくださると言うなら、こちらも撃沈する理由はありませんが?」
しかし、船長の考えは間違っていた。
交渉など出来る相手ではなかった。
『ふざけんなバァアアアカ! 交渉できる立場だと思ってんのか勘違いすんなって言ったろうが! テメェらが何しようがこっちは絶対に撃つぜ! 死んでもお前らを撃つぜ! 逃げられると思ってんのかプラットホームごと吹っ飛ばしてやるよザマーみやがれ! パドルフィッシュ・ファミリア舐めてんのか!? こっちはやると言ったら絶対にやるんだよ! テメェらは死にたくなければ降伏するしかねぇんだ! テメェらバカアマは娼船行きだぁせいぜい高く売っぱらって賠償費用にしてやるからよぉ! 他に選択肢はねぇ! 交渉なんかするかボケが!!』
怒鳴り散らすパドルフィッシュのヘビ頭は、我を通す為に絶対に退かない。
それに、たかがオンナ、どうせ最終的には自分の言う事を聞く事になると、頭から信じ込んでいた。
加えて、そのオンナに散々手を煩わされたとあって、今すぐに嬲り者にしてやろうと舌舐めずりをしている。
「分かりました」
船とクルーを生かす為に、マリーン船長の取るべき道は、ひとつだった。
『ああ!? 分かったんならさっさとクソエイムに足をどかせろや! 船の動力落して股開いてお出迎えしろ売女が!!』
「ユイリちゃん、撃って。スノーちゃん、緊急回避運動」
『了解』
『ハァアアアア!? ふッッッッッッざけんな腐れマ○コどもがぁああああああ!! うぅぅうぅううううううてぇええええええええええええええええええええ!!!!!!』
船長の指示に、灰色のエイムは砲艦の
徹底的なマリーン船長の反抗に、心底ブチ切れるヘビ男は音割れする程の大絶叫でパンナコッタへの攻撃を命令した。
平たい砲艦のぶら下げる大砲が、砲口に光を集める。
それがパンナコッタとプラットホームに放たれようとした直前、ゴガッ――――――!! とレールガンの砲弾が
中枢部と戦艦砲のような大型火器が火を噴き、砲艦が内側から大爆発を起こす。
その寸前に、灰色のエイムは脚部と背面のメインブースターを燃やし、高速でその場を離脱していた。
◇
カム星系の交通や流通を牛耳ろうとする非合法組織、パドルフィッシュ・ファミリアの船団は、旗艦が落ちた後に港湾組合や行政府軌道警備軍の部隊に追い回されて拿捕された。
裏で行政府と癒着していたと思われるパドルフィッシュだが、ボスの死亡で見限られたようだ。
砲艦の艦長をしていたヘビのようなハゲ男、それがボスだった。
赤毛の少女が駆るエイムは、自分で壊したパンナコッタの貨物モジュールに戻った。
むー、と眉間にシワを寄せるメガネの少女は、どう見てもご機嫌麗しくない様子だった。
遠い記憶か、単なる既視感か、何故か全く勝てる気がせず、百戦錬磨の赤毛娘は気圧されてしまう。
「…………どうしてユイリがエイムに乗ってるの?」
「ど、『どうして』と言われましても…………」
そんなもの身を守る為には当然の事ではないか、と若干怯えながら思う唯理だが、エイミーは特に言い訳などが聞きたいワケではなかった。
メガネのエンジニア嬢が憤るのは、どうして赤毛の少女が命の危険を冒して戦いに出なければならなかったのか、という事だ。
唯理だけを問い詰めても意味がないと分かっているが。
「どうしてユイリを出したりしたんですか! この娘はエイムに乗れるような体調じゃなかったって船長は知ってたじゃないですか!? 第一戦えるかどうかも分からなかったのに……死んじゃいますよ!!」
怒れエイミーは、次に
唯理は口にしなかったが、エイムに乗っていつでも出られるよう指示していたのは、船長のマリーンだ。
エクストラ・テリトリーでは、法秩序が力を持たない。
たとえ現地に政府があり、形式的に軍を保有していたとしても、『エクストラ・テリトリー』は最も強い者が支配する。
だから通信オペレーターのフィスなどは来るのを避けたかったのだが、どうしようもない事態というのは往々にしてあった。
問題が起こった時、交渉で解決できなければ武力に頼る必要がある。
パンナコッタのレーザー砲はかなり強化してあるが、それで相手にできるのは軽戦闘艇までだろう。所詮は貨物船の限界だ。
ならばどうするか。
要するに、使える
「ごめんなさいね、エイミーちゃん。でもユイリちゃんのおかげで船を壊されたりみんなを娼船に売られたりせずに済んだわ。ありがとう」
「それは……! そうですけど…………」
困ったような笑みのマリーン船長にこう言われては、エイミーも怒りを引っ込めざるを得なかった。
確かに、唯理がエイムで敵を排除しなければ、今頃どうなっていたか分からない。
先進三大国以外のエクストラ・テリトリーでは、弱い者の人権など簡単に無視されてしまうからだ。
非合法な組織に拉致された末に、人間資源として売られるなどよく聞く話。
助けられた立場のエイミーが、文句を言える筋合いではないのだが、
「ユイリちゃんには無茶をさせたわね……ごめんなさい」
それでも、最悪の場合、船長が唯理を捨て駒にするつもりだった事実に変わりはない。
未だ詳細不明の、体調も良くない赤毛の少女。
エイムを操れるというのも、今までの事実を見てそう判断されたに過ぎなかった。
実際にはどの程度戦えるかなど、誰にも、それに本人にも分かりはしない。
それを戦闘に放り込むなど、「死んで来い」と言っているのと同義だろう。
「…………わたしは少し安心しました」
しかし、船長をして赤毛の少女のこの返事は、かなり予想外だった。
いったい今の話のどこに安心する要素があったのかと、
「船長が優しそうなヒトでしたから、もしかしたら情を優先して無抵抗のまま降伏するかと……。でも、船員と船を守る為にわたしを出したのは、船長として正しい判断だったと思います」
そういう判断がキチンと出来るヒトで安心した、と赤毛の少女は当然のように言った。
ふたりを救う為にひとりを犠牲にする。上に立つ者には、常にそういった冷徹で合理的な判断能力が求められるのだから。
だから、唯理を使い潰してでも状況を打開しようとしたマリーン船長の判断は、全く正しいのだ。
だが、自分を肯定する唯理の
「マリーン」
「あ……え、ええと……ゆっくり休んでユイリちゃん。エイミーちゃん、ユージンちゃんのところで診て貰って…………」
「はい、船長…………」
壁際にいたメカニックの姐御が声をかけると、船長がハッと我に返る。
口調も何かに怯えるようだったが、メカニックの少女は何も言わずに、唯理の手を引いて
普段はムードメーカーでもある船長が沈み込み、
「大丈夫か、マリーン?」
いつも姿勢の良い船長だが、今は背中を丸めて項垂れていた。
そして、船長が時々こうなる原因を、メカニックの姐御は知っている。
「あの娘……妹と同じ事を言ってた…………」
「……そうか」
そこそこ付き合いの長いダナは、マリーンの過去を知っていた。
マリーンの妹が、既に故人である事もだ。
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