8G.ギガンテック ウォーサウンド



 エンジニアとメカニックのふたりが、プラットホーム中央のジャンク屋で戦っていた、その頃。

 プラットホームを仕切っていた組織、カイドベン港湾組合に挨拶を済ませてきたマリーン船長は、少し慌てた様子でパンナコッタの船橋ブリッジに戻ってきた。


「お? お帰りっス、マリーン姉さん。どうしたの?」


 留守番していたオペレーターのフィスは、ただならぬ船長の様子にシートから首だけ回して様子を窺う。

 船長の方は、パタパタと手で顔を仰ぎながら船橋ブリッジ後ろの専用席に着いた。


「ちょっとねー、嫌なお話を聞いてきちゃって。エイミーちゃん達は?」

「さっきジャンク漁って来るって連絡があったきり。何? すぐ呼び戻す?」

「そうねー……うん、お買い物はすぐに切り上げて戻って来るように伝えてくれる? 今のままでも船は動かせるし。フィスちゃんは連絡したら次のルートを検索して。出来るだけ早くここから出るわよ」

「マジッすか? 了解…………」


 のんびりしているようだが、船長のマリーンは思い切りが良く度胸があり、判断はいつも正しい。

 オペレーターの少女も、そこそこ長い付き合いだ。それは良く知っている。

 その船長が、船の修理よりも移動を優先しているなら、それはただ事ではない。

 理由など聞かなくても、フィスはその指示に従うだけだった。

 すぐに事情を説明してくれるのも、分かっていたが。


「あー抜かったわー、マリーンさん一生の不覚。もっと考えてエイムの売却を持ち出すべきだったわー」

「え? マリーン姉さん、『エイム』ってあの・・? 売っ払うのアレ?」

「登録抹消された員数外でも連邦の制式装備を乗り回すのはマズいでしょう? 特に、あのプラントにあったんだもの。足跡を消しておくのに越したことはないわ。と、思ったんだけどねぇ…………」


 プラットホームの労働者を取り仕切る港湾組合、と言えば真っ当に聞こえるが、その実情は非公式の実力組織である。つまり、21世紀風に言うとマフィアやギャングだ。

 とはいえそれも元々は、連邦、共和国、皇国といった法秩序が及び辛いエクストラ・テリトリーであるが故に、互助組織として労働者が結束したに過ぎず、また暴力も自衛手段以上のモノではない。

 なので、渡世の義理さえ通せば、先方も概ね筋を通した扱いをしてくれる。船長が真っ先に挨拶に行ったのも、そういうワケだ。

 無論、縄張りを取り仕切る組織が、ロクでもないクズのような集団である場合も、稀にある。

 しかし今回は、直前の下調べで比較的大人な組織であるというのが分かったので、船長も護衛を付けずにひとりで挨拶に行ったのだ。


 ところが、落とし穴は意外な所にあったりする。


 先のプラントの一件で偶然手に入れたヒト型機動兵器、汎用型アームド・フレームの『プロミネンス』であるが、船長はこれをさっさと港湾組合に売却しようとした。

 恐らく売却額の半分は手数料に取られるだろうが、構いやしない。目的は、足が付かないように処分してもらう事なのだから。いっそタダでも良い。

 若干古い型だが、連邦軍の制式装備だ。状態も良い。話はすぐに纏まると思われた。

 少し焦り過ぎたか。


「そしたら、エイムのオペレーターも雇いたい、って話にね、なったのよ。単なる拾い物だからオペレーターはいない、って答えちゃったんだけど。それでね、もうちょっと突っ込んだお話を聞かせてもらったら、このプラットホームって今縄張り争いの真っ最中なのね。相手は『パドルフィッシュ・ファミリア』って言うんですって」

「はぁ!? どうしてこんなド田舎のプラットホームで所場争い!!?」

「とにかく星系全域を縄張りにしたいみたいよ。どうもカム星系行政府とも繋がってるみたいで、お行儀も良くなさそうだし。巻き込まれる前に離れた方がいいわね」


 カイドベン港湾組合は素人に手を出さない分別のある組織だが、パドルフィッシュ・ファミリアは単なる暴力組織という噂だ。無関係の人間を巻き込むのに、躊躇いは無いと思われる。

 規模の小さな独立星系政府と、地元非合法組織の癒着。市場支配による経済的搾取と裏取引。良く聞く話だ。

 ただでさえ公権力が弱いエクストラ・テリトリーでは、星系政府の持つ治安維持能力も高が知れていた。

 そんなところで女ばかりのおんぼろ貨物船『パンナコッタ』が目を付けられると、かなり面倒な事態を呼び込むものと思われる。


 情報オペレーターのフィスは、急ぎ船の発進手順を踏んでいった。

 無言の操舵手も、メインブースターやサイドブースター、重力制御システムの応答を確認。いつでも発進できる準備を整える。

 連絡を受けたエイミーとダナ、それに唯理が船に戻ったのが、30分後の事だ。

 クルー全員の搭乗を確認すると、パンナコッタはすぐさまプラットホームの管制に出港を申請した。


 だが、少し遅かった。


 最初に、プラットホームから僅かに離れた宇宙空間の只中で、火の手が上がる。

 警戒にあたっていた港湾労働者組合の船が、遠く惑星の衛星軌道上から放たれたレーザーにより中破したのだ。

 間も無くレーザー砲の撃ち合いとなるが、続けて撃ち込まれる複数の光線により、港湾組合の船はあっさり撃沈。

 そのすぐ脇を、3隻の武装船と12機のエイムが高速で通り過ぎて行った。


「……おいおいおいおいもうかよ。マリーン姉さん、プラットホームから60キロばかしのところで戦闘。不明船3、急速接近。5分くらいでこっち来る」

「プラットホーム側の防衛はどうかしら?」

「話にならねー。向こうに砲艦みたいな改造艦がいて、いいマトにされてる。あー……港湾組合所属船がまた一隻被弾。エイムも上がってるけど、向こうの方が装備が良い。てか組合のエイム、作業機に武器付けただけだし。不明船はノストドン型改砲撃艦が1、ブーリアン型高速艇が2、エイムもこれ軍用だわ。カム星系軌道警備軍のトイラン5.03、重装備、裏で流したヤツだな多分。完全に殺りに来てる」

「管制は無視して良いわ。スノーちゃん今すぐ出港。フィスちゃんレーザー砲を立ち上げておいて。ダナちゃん、エイムは動かせる?」


 想像より早く来た厄介事に、船長のお姉さんは速やかに船を出すように指示。

 しかし、最後の科白セリフには思わずオペレーターも振り返った。


「姉さんエイムって…………!?」

「ま、念の為にね」


 いつもの微笑で、曖昧に言葉を濁す船長。

 貨物船パンナコッタは、同じように慌てて出港しようとドックの出口に向かう船に続く。

 ところが、その進路を2機の機動兵器に塞がれた。


 頭が無く、胸部正面にセンサーの集中するタレットを持つ胴体。武装を内蔵した大型の腕部マニピュレーターに、宇宙専用のブースターレッグ。その全高は、約12メートル。全体的に丸みを帯びた装甲で覆われている紫の機体。

 『トイラン5.03』。

 カム星系行政府軌道警備軍制式装備のアドバンスド・マシンヘッド・フレームだ。

 とはいえ今回は、正規軍ではなく星系を股に掛けた非合法組織が運用していると思われる。


『この港は封鎖した! 誰も出る事はできねぇ! 今からこのプラットホームはパドルフィッシュ・カンパニーが取り仕切る! 許可無しに船は出るなぁ!!』


 通信の共通周波数では、喜色を含んだ男の大声が垂れ流されていた。

 前を行く商船らしき船は、エイムから銃口を向けられ即座に停止。

 パンナコッタはその商船の脇を擦り抜ける軌道を取るが、直前で平たい船がドックの手前に停止し、足を止めざるを得なかった。


『どの船も港の使用料を払うまで外に出さねぇぞ。代金踏み倒そうってヤツは人間資源にするか真空中に放り出してやる。どの道船は没収だ!』

「こちらNMCCS-U5137D、貨物船パンナコッタです。ドックの使用料金は支払い済みですが」

『そりゃ前の組合にだろうが! こっちは金を受け取ってねぇ! そんなんでバックレようったってそうはいかねぇぞ!』

「ならば以前のプラットホームの管制部へ料金を請求して下さい。こちらは管制部とドックや設備の使用で正式な契約を交わしています。第三者が入る余地は無いはずですが?」

『うるせぇ屁理屈抜かすな!』


 ドックの出入り口を塞ぐ相手に、飽くまでも穏やかに理屈を説くマリーン船長。

 しかし、怒鳴り付けて萎縮させれば相手は言う事を聞く、と信じて疑わない手合いには、全くの徒労だった。言葉は通じるが会話の成立しないタイプの馬鹿である。

 そこに、音声のみではなく映像を含めた信号が入ってきた。

 船長席の側面モニターに出たのは、痩身禿げ頭でヘビのような目をした男だ。


『いい度胸だな姉ちゃん……。まさか俺たちがただの企業組織だなんて思ってないよなぁ? 粋がる前に自分の立場ってヤツを良く考えた方が良いぜぇ。ここは連邦でも共和国でもねぇ! エクストラ・テリトリーってヤツぁ暴力を持っている者が、正義だ! 姉ちゃん俺たち相手に暴力で張り合おうってんじゃねーだろうなぁ? ぁあ!?』


 屁理屈を早々に投げ捨て、露骨に恫喝してくる禿げ頭のヘビ(プロエリウム、人類)。

 モニター越しにマリーン船長を睨め上げていたが、フと、その顔を好色そうに歪めた。


『まーそうだなぁ……本来なら懲罰金でドックの使用料を10倍にしても良いんだがー、そっちが誠意を見せるなら問題にしないでやっても良い。船に入れろぉ、交渉しようぜー』


 『誠意』と『交渉』、恐らくこの銀河で最も縁遠い言葉を、恥ずかしげもなく吐くヘビ男。

 鼻の下が伸びたスケベ面を見れば、何を考えているかは一目瞭然。

 この手合いが考えているのは常に、金と、暴力と、そしてオンナだ。

 力尽くで全てを奪えると思っている人種が、マリーン船長ほどの美女を前にして、どう思うか。

 この上図々しくも船にまで上がり込めば、上玉ばかりのクルーを見てどう思うか。


 考えるまでもなかった。


「ユイリちゃん」



 よって、貨物船パンナコッタの船長、マリーンは決断する。



「お願い出来る?」

『了解、出ます』


 通信が短く返って来ると同時に、パンナコッタ右舷に接続された貨物モジュールが内側からブチ抜かれた。

 その中から飛び出す、灰色の機体。


 標準的なヒト型で全体的にスマートだが、一際武骨な肩部や大腿部装甲がマッシブな印象を見る者に与える、汎用型アドバンスド・マシンヘッド・フレーム。

 『スーパープロミネンスMk.53』。

 連邦宇宙軍で代々制式採用されている傑作機である。

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