7G.アーカイブス ロストメモリー

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 貨物船パンナコッタは3回のワープドライブを経て、13の惑星から成るカム恒星系の外れ、惑星ケーンロウの衛星軌道上プラットホームに到着する。

 多くの港や集荷施設が集まって構成される、ブロック状モジュールの大型集合体。

 軌道上プラットホームは、青暗い惑星を背景に宇宙空間を漂っていた。


 そして、パンナコッタの船首船橋ブリッジでは。


「記憶が…………?」

「名前以外は断片的にしか覚えていないみたいね。自分がどうしてあの施設にいたのか、と言うより施設にいた事自体知らないみたい。最後の記憶はエイムをカーゴに入れたところまで、それから目が覚めたら、わたしの部屋にいた、と」


 こういう事よね? と、気だるそうにしている船医の女性は、隣の少女に確認を取る。

 船長席、オペレーターシート、操舵席というシンプル極まりない内装の船橋には、パンナコッタのクルーが粗方揃っていた。


 一見して若奥さまのような格好の、長いコゲ茶色の髪をした妙齢の女性。

 ほんわかした船長のお姉さん、『マリーン』。


 高身長で目付きの鋭い、やや筋肉質で短い黒髪の女性。

 ツナギの上を大胆に肌蹴ているメカニックの『ダーナ』。


 濃い紫のロングヘアで、気の強そうな吊り目の少女。

 情報と通信、ついでに火器管制システムのオペレーター、『サーフィス』。


 菫色のロングヘアを纏めてお下げ髪にしたメガネの少女。

 若き工学士でエンジニアの『エイミー』。


 青白いショートヘアで表情に乏しい小柄な少女。

 操舵手の『スノー』。


 長い黒髪の気だるげな女性。

 船医の『ユージーン』。


 他に2名のクルーがいるそうだが、特に重要なポジションでもないし、気分屋なのでこの場には来ていないそうだ。

 そのふたりも含め、貨物船パンナコッタに乗るのは全員が女性と言う話だった。


 そして、長い赤毛に切れるような美貌の少女。

 極秘研究施設から拾われてきた全裸の娘は、自身で『村瀬唯理むらせゆいり』と名乗った。

 と同時に、他の事はほとんど覚えていないという事も自己申告した。

 ちなみに今は服を着せられている。

 肌に吸い付くような薄手の素材で、ダイビングやスピードスケートで着るような、首から下全てを覆う、身体の線が出るスーツだ。

 特に、胸と尻が勝手に寄せて上げられたり、腰回りが締まったり。

 唯理のは、黒地に赤いラインの入ったデザイン。

 他のクルーも似たような色違いのスーツの上から、エプロンやらツナギやらブレザー風の服やらを合わせていた。


「記憶喪失……って、じゃあなんでエイムを操縦できるんだよ? 動かすだけなんてもんじゃなかったぞアレは。ハッキリ、戦闘機動だった」


 村瀬唯理とは、いったい何者なのか。

 問われたものの、前述の通り赤毛の少女本人にも、その答えは分からない。

 わかるのは自分の物と思しき名前に、大雑把な年齢。それに、高校に通っていたらしい、という事ぐらいだ。

 後は、自分の家らしき山奥の屋敷に、祖父と弟だと分かるふたりに、家にいた多くの人間。

 友人、だと思う、顔も思い出せない何人かの少女の存在。

 仲間だという事だけが分かる、只者ではない連中。

 他は、訊かれたら思い出せるかもしれない一般常識くらいか。

 どの記憶もハッキリしない、読めそうで読めない文字の滲んだ本のようである。


 が、プラントからの脱出時に散々エイムで振り回されたオペ娘としては、記憶喪失と言われても納得できなかった。


「『なんで』と言われましても……なんか昔、ああいう事をしていた事があったような…………?」

「エイムのオペレーターだったのか? だが作業機のオペレーター程度じゃ、あのコンバットマニューバは出来ないだろう。しかもフィスやエイミーから聞いた限り、コクピットの慣性制御限界を超えていたようだな。そんな操縦の仕方をするのは、皇国のカミカゼ・・・・エイムくらいだ」

「でも皇国に女性のエイム乗りなんているかしら?」


 揃って首を傾げる赤毛の娘に、メカニックの姐御と船長。

 正直、唯理にも宇宙空間をヒト型機動兵器で飛び回るような記憶など皆無なのだが、何故だか妙に手慣た気がしていた。

 しかし、船長とメカニックの姐御に曰く、赤毛娘のエイム操縦は手慣れている、とかそう言う生温い物ではないらしい。


 エイムに限らないが、通常の操縦系オペレータは高機動Gによる身体への負担を嫌うものだ。体力の消耗、身体機能への障害、判断能力の低下、手動操作への不都合と、要因は様々ある。

 それに、重力制御システムの良し悪しにも因るが、平均して20G程度は慣性を軽減できるのだ。それ以上の高機動でオペレーターの身体に負担をかけるのは戦闘効率的にもよろしくない、というのが一般的なエイムオペレーターの考え方だった。

 身体を痛めつけるより、重力制御システムの性能を向上させるべきだと仰る。

 その話を聞いた直後、なに甘ったるい事言ってやがる、と唯理は思ったが、どうして自分がそんな事を思ったのかは分からなかった。


「他には……何も覚えてないの? どこに住んでいたのか、せめてどこの星系だったかくらいは?」

「ああ……やっぱりそういう話になるのか」


 次に痛ましそうに質問するのは、赤毛の少女を拾って来た張本人であるエンジニアのメガネっ娘だ。

 この質問には、唯理も少々答えに窮す。いや記憶が無いので窮しっ放しなのだが。


 赤毛の少女が目線を向けるのは、船橋ブリッジの舷窓の先に見える景色だ。

 惑星上に浮かぶ巨大構造体に、無数に出入りする宇宙船。明らかに水金地火木土天海冥のいずれにも該当しない星々。

 宇宙空間を50Gもの重力加速度Gで移動できるヒト型機動兵器。実現している超光速航行ワープドライブ

 こんな諸々が実在する時点で、何となくそんな事ではないかと予想はしていたが。


「私が住んでいたのは…………太陽系第3惑星の、地球Earthなんですけど」

「『大地Earth』?」

「『太陽系』ってどこ方面のグループだ? 連邦じゃ聞いた事がないけど」


 唯理の覚えている一般常識では、人類は地球と呼ばれる星に住み、ようやく無人探査機を使った隣の惑星への調査が実現した程度の宇宙開発能力しか持っていなかった。

 軌道上プラットホームだって、宇宙に浮かぶ足場に過ぎず、目の前に漂っているような巨大かつ複雑な物ではない。

 宇宙船だって軍が輸送に利用し始めた段階であり、超光速航行など実用化・・・の目途が立っていなかったはずである。


 だが、この船のクルーの常識は違うらしい。

 少なくとも、複数の星系が人類の生活圏となり、10人に満たない少数のグループが恒星間航行できる程高性能な船を自由に使えている。

 しかも、エンジニアのメガネ少女とツリ目のオペ娘は、『太陽系』も『地球Earth』も知らなかった。

 これが意味するところを赤毛の少女は考えたが、


「待て……『チキュウEarth』というのは、あのチキュウか? ヒストリカル・アーカイブスの最初期に出て来る起源惑星だろう?」

「人類が最初に旅立った星ね……。今は正確な位置が不明で、連邦も共和国も皇国も自分の所に在るって主張をしてたわ」


 メカニックの姐御と船長のお姉さんの科白セリフに、自分の世界が遥か遠い過去の物となっているのを、間も無く知る事となる。


                         ◇


 貨物船パンナコッタはプラットホーム管制部の誘導を受け、ドライドックのひとつに入港した。

 ここで、破損していた船の航法装置と、酷使してきた古い主機の精密点検を行う予定となっている。

 船を固定した後、クルーはそれぞれの仕事に移った。

 船長のお姉さんはプラットホームを仕切る組織との折衝。

 エンジニアとメカニックのふたりは、プラットホーム内で資材の調達。

 情報通信オペレーターと操舵手は船橋ブリッジで留守番。


 そして赤毛の記憶喪失娘、村瀬唯理はと言うと、


「ユイリ、だいじょうぶ…………?」

「だから船で待っていろと言ったんだ。ユージンも言ってただろう、体力が全然回復してないと」


 エンジニアとメカニックのふたりに付いて来て、早々にへばっていた。


 おかしい、絶対におかしい。

 体力なんかどうとでもなる、と思った。

 例によってハッキリとは思い出せないが、自分は多少身体が弱っても、それを補うすべを知っていたはずなのだ。

 それはつまり思い出せないと意味が無いのだが、それを認める事も出来ないという。

 結果として、ふたりにご迷惑をかけている有様。

 全く以って情けない。


「ハッ……フー……ぐぅ…………」

「ねぇダナさん、少し休んでいこう? 少しくらい遅れても干渉儀のアレイは逃げないわよ」

「だと良いがな」


 唯理を案じてエンジニアが提案すると、ぶっきらぼうながらメカニックの姐さんも反対はしなかった。


 惑星ケーンロウ軌道上のプラットホームは、宇宙空間に浮かぶ構造体としては、実はそれほど規模が大きな物でもない。モジュールの増設を繰り返した、雑居ビルのようなプラットホームだ。

 内部は金属の構造材が剥き出しで、各港や船着き場、桟橋、ドック、集荷倉庫、それらと中央のルートハブを狭い通路が繋げている。

 中央ルートハブとはプラットホーム中心にある比較的大きな空間で、それが5階層ほどに分かれており、シンプルな階段で行き来できるようになっている。

 役割としてはメンテナンスのルートに近く、居住性は最低限の物しかないので、エレベーターなどは設置されていない。

 しかし、構造上の必然としてヒトが集まりやすく、そこでは商売のようなモノも行われていた。


 3人が入ったのは、喫茶店らしき店だ。

 元は工作室か何か作業系の部屋だったらしく、ロボットのマニピュレーターアームが隅っこに放置してある。

 飾り気が無いにもほどがある店構えだが、客はそれなりに入っていた。


「飲料水が1,500バルもするか。ゾーンから遠いにしてもボリ過ぎだ」

「持参すれば良かったね。惑星上のプラットホームだと思って油断しちゃった」


 金属と樹脂のテーブルは、表面がタッチパネル式の画面になっていた。唯理の感覚では、自分の知る物より非常に密度が濃く高精細に見える。

 表示内容はシンプルな文字だけだが、言語は英語に似ていた。しかし、部分部分で読めない単語があったり、プログラム言語に近い文法がある。というか自分は英語が読めたのか。


 赤毛の少女は自分の記憶へ出ない答えを求め、難しい顔で首を傾げる。

 その間に、対面と隣に座るエンジニアとメカニックは、テーブルのパネルを操作し続けていた。


「あ、もしかして使い方が分からない?」

「いや、多分大丈夫…………じゃ全然ない。何これ?」


 エンジニアの少女に気遣われて、唯理もテーブルのパネルからオーダーを出そうと、した。

 が、改めてその内容を理解しようとして、手が止まる。

 最初はファミレスの注文システムのような物だろうと思っていたが、全く違った。

 どうやらそれは、タンパク質や脂質、炭水化物、糖分、塩分、カルシウム、ビタミン、マグネシウム、アミノ酸、そういった栄養素を合成し、どのような形で射出成型するかを指示するシステムのようだった。

 後は食感、というか形体。ドロっ、とかシャキサク、とか。


「……お前が前に住んでいた所はフードディスペンサーは無かったのか?」

「それじゃぁ……食事はどうしてたの?」

「いや普通にお店で食材を買って料理するなり温めるなりして食べていた、ような、気が、しますけど…………」


 自分が料理をしていたのは、赤毛の少女にも思い出せる。調理の工程も、恐らく問題ない。

 材料を手に入れ、料理して、食べる。

 いったいこの常識をどう疑えば良いのかと思ったが、


「『りょうり』……ってユイリ、フードマイスターなの?」

「エイムの操縦だけではなくてフードレーションのデザインまでやるのか。多芸だな」


 ヤバい、このズレは想像以上だ、と。


 心底驚き、訝しむというふたりの反応に、赤毛娘は内心で冷や汗をかく。

 自分が暮らしていた時代と現在にどれだけの時間的隔たりがあるか知らないが、かなり常識が変化してしまっていた。


 村瀬唯理は、21世紀の20□□年を生きてきた15歳の少女だ。恐らくだが。

 他にも色々面倒な背景バックボーンがあった気がするが、思い出せないなら無いも同じだ。今はこの情報だけでやっていくしかない。

 そして現状、どういうワケだか目覚めたら知らない場所知らない宇宙におり、しかも20□□年よりかなり遠い未来に来てしまった模様。

 具体的に、どの程度未来かは不明。

 何せ、貨物船パンナコッタのクルーは、誰ひとりとして『西暦』という紀年法を知らなかったのだから。

 しかし、人類が『地球』と呼ばれる惑星から旅立った時期は分かる。


 『ヒストリカル・アーカイブス』という神話・・によると、起源惑星『チキュウEarth』から現在の文明の基礎を作る種族が全銀河に散って行ったのは、標準時間で2,500TMLタイムライン(年)ほど過去の事になるという。

 だが、『チキュウEarth』の名前が出てくるのは、アーカイブスの冒頭のみだ。

 ヒストリカル・アーカイブスという存在自体、銀河の全文明圏が内容の真偽に対して明言を避けているという代物だ。

 存在を無視する一方で、露骨に内容を改変しようとする動きもあった。

 その為、一般の人々にとってヒストリカル・アーカイブスというのは、ウソか本当か分からない歴史的フィクションであるという捉え方が大勢を占めている。

 ちなみに、アーカイブスの閲覧自体は、誰でも簡単に出来た。

 通信ネットワークとそこに累積された情報のカオスは、もはや誰にもコントロールできないのだろう。


 唯理はパンナコッタのクルーに、自分は地球で生まれ育った人間だと言った。

 当然、それがそのまま素直に受け入れられたワケではないと思う。

 アーカイブスにある『地球Earth』と唯理が知る地球が同一の物か分からないし、仮に同じ物だとしたら、唯理は少なくとも2,500年以上を経て来た人間だという事になるからだ。

 とはいえ、それは唯理もお互い様で、いきなり2,500年以上未来に放り出されても、素直に現状を受け入れる事など出来やしない。

 夢や幻、幻覚、手の込んだ罠、など様々な可能性が考えられる。


 なんにしても情報は欲しい。

 自分が2,500年の未来に来たというのなら、それも確認しなければならない。

 そんなワケで病み上がり(?)を押してエンジニアとメカニックのふたりに付いて来たのだが、事態は想像より遥かにマズい事になっているようで。


「まいったなこりゃ…………」


 高足ガニかクモの様な多脚ロボットが持って来たトレイを前に、赤毛の少女が顔を顰めていた。

 一言でいうと、分割されたトレイのパーテーションに灰色のペーストが詰められている。

 エンジニアの少女が注文したのと同じ物をオーダーした――――――かなり珍しい行為らしい――――――のだが、冷戦時の軍用レーションもかくやという代物だった。

 もちろん唯理はその辺の知識も曖昧なのだが。


 少しだけ周囲を窺うと、どうやらエンジニアの少女だけが特殊な食癖を持っているワケではないらしく、どの客も似たようなペーストを食べている。ただ色合いの違いから、それぞれが個人の嗜好で食べ物を組み立てて・・・・・いると思われた。


 なるほど科学技術は物凄く進んでいる。

 進んでいるがどうしちゃったの人類。

 わたし達はこんな未来の為に戦ったんじゃないんだぞ。


「ん、今日のフードレーションは面白い味。思い切ってランダムを閾値一杯にまで上げて良かった」


 エンジニアの少女は、何やら満足そうにしていた。

 それは良いが、『面白い』とか『ランダム』とか『閾値』とか食べ物に使う単語ではない。

 果たしてこれは食べられるんだろうな? と思いながら恐る恐るペーストを口に運ぶ唯理だが、一口食べて身体が警告を出した。

 これフォーマットには適合するけど処理に問題が出るかもよ? と。

 どういう事なのわたしの身体。


「……普通は自分の好みや体質に合わせて調整するからな。他人のを食べて合う可能性などほとんど無いだろう」

「あ、あはは……横着しないでベースから調合すれば良かったね? 船に帰ったらユイリのテイストも調合しようか」

「なんか……ごめんなさい」


 唯理は申し訳無さそうに、灰色のペーストをお高い水で強引に流し込んだ。

 栄養素はこの目で確認している。消化吸収出来ない成分は入っていないはずだ。

 しかし、これがこの時代の食生活の全てなら、唯理はちょっと生きていける気がしなかった。


 実際この食料はどういうメカニズムで出来ているのか。

 食休めがてらふたりに尋ねてみると、エンジニアの少女が何故か嬉しそうに語ってくれた。マイレシピのペーストを完食したのが好感触だったのかもしれない。

 それは良いとして。


 話を聞くと、そこには思ったより高度な科学技術力が絡んでいた。


 『T・F・M』、トランスフュージョン・マテリアライザー。

 名前の通り、物質を元素のレベルで変換、融合させ、全く別物に作り変える技術らしい。

 こう言うと無限のリソースを約束する夢のテクノロジーのようだが、実際には制限が多いのだとか。


 例えば、質量を無視した物質の変換は出来ない。軽い物質を重い物質に変える時には、等価となる量とエネルギーが求められる。

 また、物質の特性まで変えられるワケではない。科学的に不安定な物質を、特性をそのままに安定させる事など出来ない。安定した物質に変えたら、その時点で別物と言えるからだ。

 逆に作りやすい物質といえば、水素となる。原子核ひとつに電子ひとつという宇宙で最も単純な構造の原子だ。

 この原子ふたつに酸素原子を加えると、水になる。


 ただし、これも組み換え元となる物体によっては、変換に大量のエネルギーを必要とする。その為、決して効率が良いとは言えない。

 例えばお値段『1,500バル』などと、水を得るにも高コストとなる場合があった。


 このT・F・Mを食料栄養素の合成に特化させたのが、メカニックの姐さんも言っていた通称『フードディスペンサー』となる。 

 理論的には同じ物だが、T・F・Mは高いエネルギーと時間を喰う社会の必須インフラの為、同じく必須の食事目的とは分けて使うのが常識・・であるとの事。

 このシステムは恒星間航行能力を持つ宇宙船なら大抵装備しており、貨物船パンナコッタも例外ではない。


「それじゃ、何かしら素材が有れば、長い航海でも食料に困らないワケですか」

「航行中にアステロイドでも見付ければ回収する事はあるがな。まぁウチはエイムを持っていないし、暗黒領域で危険を冒す意味も無いから滅多にやらんが」


 喫茶店――――――らしき店――――――を出た後、唯理とエンジニアのエイミー、メカニックのダナは再び移動を開始。

 少し歩き回っていると、上層デッキにあるジャンク屋のような店先で、目当ての物を発見した。

 そこで、エンジニアとメカニックのインテリチームと、ジャンク屋のオヤジの間で商取引バトル勃発。

 その経緯は良く分からなかったが、取引は双方痛み分けで終わったらしい。あのオヤジやりおる。


 当然だが、店の中にも色々なジャンク品が並んでいた。

 これで唯理も機械には強いつもりだったが、無念な事に何がなんだかさっぱり分からない。

 2,500年以上の技術格差と記憶喪失というハンデがあるので仕方がないが。


「そいつは使えるぜ。共和国のカンパニー本社製さ。エイムのサブジェネレーターに使っても良いし小型ボートに積んでも良い。掘り出し物だよ!」


 なので、何となく金属パーツの塊を見ていたら、一戦終えたばかりのオヤジに勝負を挑まれた。商売人の根性はいつの時代も据わっているらしい。


「ちょっとちょっと、カンパニー本社製なんて大嘘だし。て言うかなんで『ビーアクター』がジェネレーターなんて出しているのよ? あそこってEVAスーツのメーカー…………わ!? これスーツ用のジェネレータだ」

「EVAスーツのジェネレーターって何だエグゾスーツ用のじゃないのか」

「ううん違うよダナさん、これ間違いなくEVAスーツ用だ……。バイタルスーツって商品専用のジェネレーターみたい…………」

「アダプター噛ませれば汎用ジェネレーターとして使えるんだよ、アダプターおまけしとくよ!」

「いらないわよ!!」


 どこからか詳細を確認していたエンジニアによると、何やらえらいニッチな商品だったようだ。

 問題にならないうちに、唯理は持っていた金属の塊をそっと降ろす。

 むしろ気になったのは、店のジャンクではなくエイミーが身に着けているメガネの方だった。

 一見するとただのメガネだが、唯理が持っていた鉄の塊を見た際にツルの部分を弄っており、何かしらのツールであるのが窺える。


「エイミーさんのそれって、なに?」

「ん? あ、これ? インフォギアになってるの」

「『インフォギア』? じゃ視覚矯正用のメガネじゃないんですね」

「そういう物もあるが、趣味的な物だな。あまり実用的ではない」


 エイミーがメガネを取って見せるが、ダナも言う通り、それは普通のメガネではなかった。

 『インフォギア』というのは、この時代で多くの人間が当たり前に持ってる情報ツールの総称だ。携帯電話スマートフォンの進化版と思って良い。

 それはメガネに限らず様々な形で普及しており、例えばオペ娘のフィスは眼帯型、操舵手のスノーはヘッドホン型、メカニックのダナはチョーカー型のインフォギアを常時身に着けている。

 中には、衣服に内蔵されている物もあるのだとか。ウェアラブルの極みである。


 本当に知らないんだな、とメカニックの姐御は呆れを通り越したような溜息を吐いていた。

 そこはちょっとカチンと来るが、それより唯理には気になる事が。


「ダナさんのインフォギアって、それ情報を見たりするにはどうするんです?」


 メカニックのツナギの間から見えるチョーカーを指差し、唯理は言う。

 エイミーのメガネ、フィスの眼帯は分かるが、スノーのヘッドホンやダナのチョーカーは目で見て情報を確認するなど出来ないように思える。

 しかし、ここにも21センチュリーガールの知らない常識があるのだろう。未来人のふたりは、困ったように顔を見合わせていた。すいませんね情弱で。


「インフォギアはよほど安物でない限り『ネザーインターフェイス』対応だからな。データは頭に直接フィードバックされるから、画面を見る必要ないだろう」

「わたしなんかはネザーインターフェイスのシンクロ数値が低いから、直接目で見る画面があるのは都合良いんだけどね。アンプリファイアも嫌いだし」


 インフォギアに組み込まれているテクノロジー、『ネザーインターフェイス・コントロール』。

 これは、人間と機械を一体化させるシステムだ。

 ネザーインターフェイス、ネザーコントロール、ネザーズ。

 これらはインフォギアに限らず、宇宙船の操舵や施設のコントロール、ある種のシステムにアクセスするのに用いられる、これまたこの時代では当たり前に人々が使っている物だった。

 エイムのコントロールにも、当然使われている。

 だが、ネザーインターフェイスの同調率には個人差があり、エイムのような高度なシステムのオペレーターには、高い同調率の人間が求められていた。

 21世紀でも鼻の形が悪いと戦闘機のパイロットになれないのと同じだ。

 そして唯理は、既にこのエイムを本職のオペレーター顔負けの機動で乗り回し、単独でメナスを4機撃破というスコアを叩き出している。

 それでどうしていまさらネザーインターフェイスの説明などしなければならないのか、とメカニックの姐御は思うが。


「……し、仕方ないわよね? 大昔の地球? から来たんだし」

「そうだな、フードディスペンサーもインフォギアもネザーズも無い星なんて、どうやって生活しているのか想像も出来ないが」


 暗に原生生物と変らないと言われてる赤毛の少女だが、別段怒ったり気分を害したりはしていない。

 そんな事とは無関係に、唯理は大きな瞳を更に見開き、エンジニアとメカニックのふたりを凝視していた。


 ネザーインターフェイス・コントロール。


 その名称は、思い出せる。

 それに関連付けられているかのように、心のもっと奥底から次々と蘇る記憶があった。

 『ソリッド・マテリアライザー』、『メタロジカル・フィードバック・ジェネレーター』、『R・M・M装甲』、『スクワッシュ・ドライブ』、


 そして、全てのオリジナルたる、『フォースフレーム統合戦術兵装』。


 自分は、それを知っている。

 知っていて当然。

 何故ならそれは――――――――――――。


「ユイリ!?」

「ッ…………フ!?」


 そこでエイミーに呼び戻され、気が付けば唯理は抱き留められていた。


 頭が酷く熱い。視界がチカチカ明滅している。

 どうやら唯理は倒れかけ、そこをエイミーが支えてくれたらしい。

 今何か、物凄く重要な事を思い出しかけた。それは唯理も覚えている。

 だというのに、またしても記憶は砂に染み入るようにして消えてしまった。


「どうする、エイミーとふたりで先に船に戻るか? やっぱりうろつくほどの体力は戻ってないんだろう」

「…………ごめんなさい、ちょっと立ち眩みを起こしただけです」

「だ、大丈夫よ少しくらいこのままでも!!」


 フワフワの女の子に抱き付かれてエンジニアの娘は大喜びだが、残念な事にそれも長くは続かない。

 すぐに自分の足で立つ唯理は、頭を振って意味不明のホワイトノイズを追い出しにかかった。

 名残惜しそうなエイミーに対して、ダナは冷静に唯理の様子を見る。


 船長や船医同様、パンナコッタの柱であるこの姐御も、唯理を完全に信用してはいない。

 特に、唯理が倒れそうになった直前、全く違う人間のように見えたのだから、尚更だった。


「そうだ、ユイリはインフォギア持ってないもんね。ひとつくらいは持ってた方がいいし、とりあえず間に合わせでもいいから、ここにないかな?」

「ん? そうだな……エイムに乗れたんだから持っていて損はないだろうな」


 そんなメカニックの険呑な目付きを知ってか知らずか、エンジニアの少女が場の空気を変えようと別の話題を持ち出す。

 ここでしばらく休憩する為の口実でもあった。


 宇宙を行く者なら、当たり前に持っている情報ツール。

 同時にそれは、個人の趣味や個性を出す重要なポイントだったりする。

 この赤毛の少女に何を合わせるかを考えると、エイミーにも気合が入った。

 とはいえ、飽くまでも間に合わせ。いずれもっと高品質で趣味の良い物を持たせるつもりだとか。


「インフォギアなら高性能なのが揃ってるよ! アンプリファイア内蔵でターミナルを通さなくても直接ウェイブネットワークにアクセスできる優れ物だ!」

「そんなエイムの頭みたいなの着けられないわよ!」

「これなんかは珍しいインプラントタイプのネザーインターフェイスだ! 共和国のカンパニーが試作して皇国軍に卸した流出品のひとつさ!」

「それはオペレーターに異常が出て廃棄処分になったヤツだろうが。分かって売ってるなら真空宙に放り出すぞ」

「通だなぁ姐さんら! それならこの性感補正機能も持つソフトインプラント型――――――――――――」

「それ出したら船のレーザーで灰にするからね!!」


 そこで口を挟んできたジャンク屋のオヤジだが、勧めてくるのは揃ってろくな物ではなく、技術系のふたりと交戦再開。このオヤジ、まさにジャンクでしかない物を売りつける気満々だ。

 唯理の方はオヤジの注意が逸れた事で一息吐き、離れた所からふたりの遣り様を眺めているしかなかった。




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