3G.スタートアップ ザ・へヴィーウォーカー



 眼鏡にお下げ髪のエンジニアが、赤毛の全裸美少女を見つけて頭のネジが外れる少し前。

 惑星上からの攻撃により、衛星軌道上のプラントを偽装した研究施設が崩壊する、少し前の事になる。




 航行システムの破損した貨物船『パンナコッタ』を修理する為、エンジニアのエイミーと通信オペレーターのフィスは、鉱物精製プラント内の資材倉庫に来ていた。

 費用は後から請求するから、必要な物は勝手に持っていけと、プラントの管理部はこう言うのだ。

 通常、施設内でよそ者を勝手に動き回らせたりはしない。生命維持環境に細心の注意を払う宇宙空間なら、特にだ。

 保安上の問題があるし、何より自分たちの身を守る設備を破壊されるような事になれば、どうなるかは考えるまでもない。


 しかし、何か隠していると思われるプラントを探る分には、放っておかれる方が好都合なのも事実。

 願わくば、通信オペレーターやメカニックの姐御の取り越し苦労であるのを祈りたいエンジニアのメガネっ娘である。


「ねぇフィスのシンクロ値ってどれくらいだっけ? アンプとか必要?」

「んー……? オレのはー……10%超えてるから要らないんじゃねーの? エイムに乗るワケでもあるまいし」

「二桁行ってたんだ。結構高いんだね。レーダーアレイはこっちで代用できるとして……やっぱり都合よく型の合うネザーズサーキットなんて無いわね。誘導機で作らきゃ。どうしよう、機材借りられるかな?」

「ウチの船にねーの?」

「R・M・Mの誘導整形機材なんて高価で入れられないわよ。それより何か調べてたんでしょ? 何か分かった?」


 お下げ髪の少女が棚の資材をためつすがめつしている後ろで、紫髪の少女は壁に背を預けてボーっとしている、ように見える。

 実際は何をしているかというと、眼帯型の情報端末インフォギアを使い、後ろの壁にあるターミナルから情報収集の最中だった。

 通常は電力供給や施設内のネットワークに機材を接続する為の総合ターミナルだが、フィスのようなウェイブネット・レイダーなら逆にネットワーク内に侵入し、秘匿情報の取得やシステムの不正・・操作など様々な用途で利用できた。


「思った通り何かの研究機関だなー、ここ。マテリアルプラントなんて偽装だわ。まぁそりゃそうだ、T・F・Mより手っ取り早いったって、今時こんなプラントを使う意味がねぇし」

「そんな事もないんだけど。でもここ……やっぱり秘密研究機関? 政府のよね? それって危険なんじゃ…………」

「いや問題ない。プロテクションゆるゆるで、こんなの見つかりっこねーし。二重のシステムで多少は備えているけど、にしたって何十年前のだよ。逆にゲートウェイ入るのに苦労したわ」


 秘密の研究機関など、連邦にしても共和国にしても政府主体でやってるに決まってる。

 そんな場所を嗅ぎ回っていると知られたら自動的に極刑なので、お下げ髪の少女も自然と声を潜めていた。

 紫髪の強気娘は、逆に相手を舐めてふてぶてしいままだったが。


「メインフレームにアクセス、と。あん? 動いているプロジェクトはひとつだけか……。在庫リストがー? テロメア触媒、遺伝形質活性剤、RNAベクター、医療用ナノデバイスに分子工作機……生物兵器でも研究してんのかね? あー、でもネザーズ関連もやたら多いなー。スゲー無駄にしてんじゃん。アンプなんて戦艦に乗っけるみたいなの入れてるし。ワケわかんねぇ」


 眼帯の情報デバイスで、メインフレーム内のデーターベースを読み進めるオペレーター。

 予定表には、『素体』という単語に無数のシリアルナンバーと、その素体にどのような処置・・を施し、どのような効果を期待するかが記載されている。遺伝子操作、薬学的生体活性、耐久実験、洗脳実験、改造手術、廃棄処分、再利用、と内容を想像したくない記述ばかりだった。

 すぐに興味を無くして別のデータを漁るフィスだが、リストをスクロールさせているうち、その中のひとつに目が止まる。

 それは、『F・F 戦略兵器群、再起動計画』と名付けられた、単なるテキストデータだ。

 問題は作成された日付である。


(450年前!? コピーされた日付がか? 単なる同期のエラーか?)


 古くは連邦中央のメインフレームだって漁った事のあるオペ娘だが、それでもこれほど古いデータは見た事がなかったと思う。

 フィスはデータを展開しようとするが、閲覧制限と警報が仕掛けられているのに気付いて手を止めた。

 他のセキュリティがとことん甘いのに対し、そのデータだけは古臭いが面倒なプロテクトが掛けられている。

 どうするべきか、施設内の誰かからIDを拝借するか、データを封鎖した上で抉じ開けるか。

 悩むオペレーターだったが、そこでエンジニアの少女に声をかけられ考えるのを中断した。


「やめてよ? 夢中になって足が付くような事は……。それより問題無いなら放っておきなさいよ。わたし機材借りられないか聞いて来るから」


 自分達に害が無いなら放っておくべきだと言うエンジニア嬢。確かに、秘密の研究施設とはいえ、深入りしなければ拘束や口封じといった事をされる理由もないだろう。

 450年以上前に作成された、『F・F 戦略兵器群、再起動計画』というデータピース。

 それに好奇心を引かれながらも、フィスもエイミーを追い資材倉庫を出て行った。


                        ◇


 エンジニアのエイミーがプラントの管理部に問い合わせたところ、


『メンテナンスルートを開放するから、格納庫から必要な機材は持って行って良い。ただし勝手に他の区画に入ったら侵入者とみなす』


 という、またしても非常に雑な対応をしていただけた。

 お忙しいのかな? などとエイミーが思っていたならば、通信相手の背後からは、艶かしい女性の喘ぎ声が漏れ聞こえてくるという。

 ある意味、忙しいようである。

 メガネ型情報端末インフォギアのロケーターに目的地までの道順が表示され、封鎖されていたメンテナンス用区画の扉が開錠されていた。

 エンジニアとオペレーターの少女ふたりは、船着場ドックエリアからメンテナンスエリアに入り、倉庫を目指す事とする。

 メンテナンスエリアならエイミー同様のエンジニアだっているのが普通だが、相変わらずヒトの姿は見えない。

 その代わりに、施設メンテナンス用のヒト型ロボット、『ワーカーボット』は何体も動いているのを見かけた。


 ワーカーボットは、宇宙ステーションやコロニー、軌道上プラットフォーム、軌道エレベーター、そして大型宇宙船といった巨大構造体において、自動メンテナンスシステムとして欠かせない存在だ。

 巨大化、複雑化する一方の人工物は、とっくにヒトの手だけで保守できる限界を超えているのである。

 だが、施設の古さに対して、それらのワーカーボットは尽く真新しく見える。まるで常に入れ替えているようだ。

 しかもやたら数が多い。

 ワーカーボットに限らず、人工知能AIという物は能動的な行動力や柔軟性に欠け、常に人間が指示を与えなければ役に立たない道具・・だ。

 古来より全ての工程をAIに任せようという試みはあったが、概ね人間側が想定しない事象が発生し、暴走を招いている。それでAIの仕業のように言われても、AIの方もえらい濡れ衣だろう。

 命令を出す側の能力の問題だ。

 故に、現場監督となる人間がいるのが普通なのだが、ワーカーボットの数ばかり過剰で、指示を出す者の姿は見えなかった。


「イーストインディアの『ロボター』かよ……。最新型なんて何に使うんだ、ここで」

「いいなぁ……。一台もらえないかなー」


 オペレーターは呆れ顔で、エンジニアは指を咥えて、ワーカーボットの横を通り過ぎる。

 物にもよるが、ワーカーボットという物はそれなりに高価で、かつ数を揃えなければあまり意味が無い代物。

 貨物船パンナコッタにそんな予算は無く、またエンジニアとメカニックのふたりがいれば船のメンテは出来てしまうので、そんなに必要な物でもなかった。

 50メートルクラスの貨物船に最新型ワーカーボットなど宝の持ち腐れである。

 それでもエイミーが欲しがるのは、単純な趣味であった。


 工作機械のある倉庫は、プラントの奥まったところにある。

 具体的には、プラントに偽装されたエリアと隠匿された研究エリアの接続部に近い。

 オペレーターが作成した本当の・・・マップで見ると、この倉庫が両エリアで共用されているのが推察できた。


「わー……戦艦の装甲板だって作れそうな誘導機ー…………。こんなのどうやって持ち運ぶのよ」

「知らねーよ……」


 そして、エイミーとフィスは倉庫の中を見て絶句していた。

 プラントの規模からすれば、決して不思議ではない。

 不思議ではないが、巨大かつ一度も使った事がないかのような新品同様の作業機械が、中ではゴロゴロしていた。

 『R・M・M』、元素再構成素材を外からコントロールし、必要な組成に誘導する機械も置かれている。

 ただし、ヘッドの部分だけでエイミーとフィスふたりを重ねたよりも大きく、アームはパンナコッタの全高より高く、アームを操作する基部はちょっとした降下艇並のサイズがあった。

 持ち運ぶとかそれ以前の問題だ。


「これ……重力制御機くらい入ってんじゃね? こんだけデカけりゃジェネレーターだって積んでるだろ」

「えーと…………外部動力みたい」

「ふっざけんな!!」


 重力制御機能があれば楽々持ち運べるのに、と思ったオペレーターだったが、そんなに都合の良い話も無かった。思いのほか安物か。

 エンジニアも頬に手を当て首を傾げている。

 方法は分かっているのだ。

 このサイズの機材を動かそうと思えば、一度分解してパーツごとに移動し、使用する時に組み立てる他やり様もない。

 ただ、エンジニアとオペレーターの少女ふたりだけで、そんな重労働が出来るはずもなく。

 管理部の嫌がらせか、と一瞬思うが、どちらかと言うと先方も実態を分かっていない可能性の方が高かった。


「そんじゃ……どうするんだよ? ここでネザーズの接続部品なんか作れるのか?」

「うーん……干渉儀のレーダーアレイから繋げないとダメだから、ここで作っちゃうとパンナコッタにピッタリくるか分からないし。ハマらなかったらまた持ってきて微調整して船と繋げてみて合わなかったらまた干渉儀から外してまた調整してって…………」

「めんどくせぇ…………。道具は自由に使って良いんだろ? ダナも呼んでここにある機械持って行けねーか」

「そうねぇ……あ、ワーカーボットも使って良いのかな!?」


 しばし悩んでいたふたりの理系乙女だが、ここでエンジニアの方が閃く。

 プラントの管理部は、『機材は自由に使って良い』と言っていた。

 ならば、やたら数の多い作業用ロボットも自由に使っていいのでは。


「あなた達! ユーザーの使用制限はどうなってる? 現在の最優先命令は?」

『当該機、EIR-653V、現在ノ命令ハ、えりあV03ノしすてむ点検、及ビ保守、デス。ゆーざーノ優先命令権限ハ設定サレテオリマセン』

「うわぁ……これ初期設定のまま使ってるぅ…………」

「一体くらい持って行っても分からないんじゃねーの?」


 手近なヒト型作業機械ワーカーボットを捕まえたエンジニアは、権限設定のステータスを確認して脱力した。

 現状、この最新型ワーカーボット達は、命令されれば誰の命令でも聞くように設定されていた。より正確に言うと、何も設定されていなかった。

 施設のメインフレームと連動していれば、基本的な保守作業くらいは問題無く出来るのだろうが。

 なお、基本的に民生品のAIはハードウェア単位で対人非殺傷を組み込まれているので、うっかり攻撃されたりする事もないと思われる。


「それじゃ…………利用可能なワーカーボットは集合。このR・M・M誘導機をユニットごとに分解して、ドックエリアに停泊している船籍名パンナコッタの前まで持って行って組み立てて」

『らーじゃ。EIR-001CヨリEIR-833Uヲ当該作業ニ割リ当テマス』

「多!!?」


 なんにしても運が良かった(?)と自分を納得させたエンジニアは、早速ロボットに命令を出す。

 が、作業区画設定も最優先効率設定も何もされていないらしく、ワーカーボットEIR-653Vはネットワーク上の全ての同型機に動員を呼びかけてしまった。

 20体もいれば良いだろう、とは思ったが、もはやエンジニアの少女も命令を修正する気になれず。

 直近のワーカーボット数体が誘導整形機に取り付くと、腕に収納されていたツールを使って分解を始めていた。

 人工知能AIへの命令コマンドは正確にするのが求められるが、それなりに曖昧な部分を残す指示でも、学習機能により人間並みに判断する事が出来る。

 能動的機能こそ持っていないが、この時代の人工知能は技術相応に進歩をしていた。


「これなら早く片が付きそう。いいなぁやっぱり……。なんか可愛いよね、ワーカーボットって」

「ホントに持って帰んなよ…………」


 機械の事となると目の色が変る船の仲間に、オペレーターはクリーチャーでも見るような目を向けていた。

 とはいえ、同じ型のワーカーボットが無駄口を叩かずキビキビと動いているのを見るのは、実際のところ小気味良い。

 なるほど面白いもんだなと、4機がかりで重いヘッド部分を持っていくロボットをボンヤリ眺めながら、そんな事を思うオペレーターの少女だったが、



 ボバンッッ!! と、



 そのワーカーボット4体が誘導整形機のヘッドごと光の柱に飲み込まれ、衝撃と爆風により少女たちまで吹っ飛ばされた。


「おごぁあああああ!!?」

「キャァアアア!?」


 広いと言えども密閉の空間に、レーザーの熱が荒れ狂う。

 しかし、ある程度距離があったのが幸いし、エイミーとフィスは熱風で焼け爛れずにすんだ。

 すぐに施設内の防火システムが動き出し、隔壁が閉鎖されて消火ガスが吹きかけられる。

 サイレンと共に非常事態がアナウンスされ、情報機器も避難誘導情報一色になった。


『当ブロックに低圧低酸素警報が発令されました。当ブロックに火災警報が発令されました。直ちに当ブロックより退避してください。移動が困難な場合は最寄りのシェルターに避難してください。当ブロックに低圧低酸素警報が発令されました。――――――――――』


 騒音で叩き起されるオペレーターは、霞む目で周囲の惨状を確認。

 すぐさま隣で失神しているエンジニアを引っ張り起こすと、自分たちの船へ逃げ帰ろうとした。

 ところが、謎のレーザーにより撃ち抜かれたのは、まさにその帰り道。

 しかも謎の攻撃は立て続けに行なわれており、プラントの被害マップは急速に拡大していた。

 これでは、ドックにいる船の安全すら怪しい。


「ヤベェ……パンナコッタ! そっちは大丈夫か!? 何が起こったんだよ!!?」

『フィスか!? そっちは無事か!? エイミーは!!?』


 急いで船に通信を繋ぐと、返信して来た相手はメカニックの姐御だ。

 とりあえず船は無事のようだが、ドックの方も重力下方向から艦砲クラスのレーザーに大穴を空けられ大騒ぎだった・・・らしい。


『このままだと閉じ込められかねないから船は外に出したぞ! そっちは脱出ポッドなり救命艇でそこから出ろ!』

「マジかよ…………」


 船は無事だったが、既にドックにはいなかった。安心したやら尻に火が付くやらのオペレーターである。


 慌てるフィスは、まだ目を回しているエイミーを強制ビンタで覚醒させると、恨み事を言われながら逃げ道を探す。

 そこから暫く、ふたりしてプラントの中を右往左往し脱出ポッドを探していたが、どれも使用済みか動作不良を起こしているという有様だった。

 その為、他のドックに船が残っているのを祈り、最短ルートとなる中央の秘密研究区画に乗り込んで行ったというワケである。


 そこで、全裸の赤毛娘と運命の出会いをするとは、思いもしなかった。


 あと、同じ船に乗る真面目くさったインテリ系エンジニアが壊れるとも思わなかったオペ娘である。





 至る、現在。





 オペレーターのフィスとエンジニアのエイミー、それにもうひとりは、プラント中央の秘密研究区画を抜け、通常区画へ出て来ていた。

 東エリアから中央エリア、そこから西エリアへと移動して来た事になる。

 ほぼ無人だった東や中央と違って、西側では走り回るヒトの姿が何人も見られた。

 その連中が喚いている内容から察するに、フィスやエイミーと同様、プラントからの脱出手段を探しているらしい。

 プラント内の警報は、避難から緊急退避の命令へと切り替わっていた。

 爆発の衝撃は止む事なく、次々と隔壁も封鎖され逃げる人間の選択肢を奪う。


『まだ脱出できないのかフィス!? プラントが惑星側に加速しているぞ! 大気圏に入ったらウチの船じゃ回収できない! 分かってるな!?』

「何で加速すんだよこっちは低軌道だぞ逆向きに加速しろ!!」

「フィスこっちこっち!!」


 船からの通信に怒鳴り返すオペレーターは、エンジニアと共に西エリアのドックに到着。

 しかし、やはりと言うべきか既に船は残らず出てしまっていた。小型艇すら無い。

 この際宇宙に出られて気密さえしっかりしていれば、コンテナでも何でもいい。いやいっそ船外活動EVAスーツのまま外に出ようか。うっかりレーザーが掠ろうものなら死体も残らないだろうが。

 そんな事を考えていた時、エンジニアの娘がドックに併設された格納庫の存在に気が付く。


「あそこなら船が残ってるかも!?」

「な……なんでもいいからおまえ、これ・・代われ! クソッ! 何でまだ重力制御生きてんだよ!?」


 素っ裸の少女を背負うオペレーターは、もはや体力が限界に近かった。

 『持って帰る』、とか言い出した張本人のもやしっ子エンジニアは早々にギブアップしたので、仕方なくオペ娘が持って行く事になったのだ。

 フィスとて、間も無く崩壊しようとするプラントに、生存者を見捨てて行くのは忍びないとは思う。

 思うが、重いモノは重いのだ。身体機能に関しても、オペ娘はエンジニアと大差ないというのに。

 確かに捨てて行くには勿体ない美少女だとは思うが。


 だが、謎の少女を助ける以前に、自分たちが助かるかも怪しい状況だった。

 格納庫の中も見たが、船やボートの類はひとつも残されていない。

 しかし、爆発の衝撃は引っ切り無しに足元を揺さぶり、警報は最早ひとつひとつが識別できないほどだ。

 黙っていても、最後の時は近づいて来る。

 これはいよいよEVAスーツだけで飛び出さねばなるまいか。

 身体ひとつで広大な無重力空間に漂うのを想像し、恐ろしさに青ざめるオペ娘だったが、


「フィス! アレ見て!!」


 エンジニアの少女が大声で指差した物を見て、今度は別の意味で顔色を変えた。

 ガラス越しに見えたのは、格納庫エリアの片隅で忘れ去られたように佇んでいる、全長約15メートルの機械の巨人だ。

 正式名称、アドバンスドAdvancedマシンMachneヘッドHeadフレームFrame

 通称『アームドフレーム』、またの名を『エイム』。

 この時代、作業機、または戦闘兵器として広く用いられる


「アレなら船まで飛べるわ!」

「おまッ――――――――!? エイムなんて動かせるのかよ!!? シャトルとか小型ボート動かすのとはワケが違うんだぞ!!!?」

「動かすだけならわたしにだって出来るわよ専門なんだから!」


 言うまでもなく、戦闘兵器の扱いは訓練を要する為に、素人がいきなり乗って動かせるという物でもない。

 エンジニアの少女が言う通り動かすだけなら不可能ではないが、それでもエイムは乗り手に高い負荷をかける兵器だった。


 『ネザーズ』というインターフェイスはヒトと機械を同調させるが、それだけのシステムではない。

 同時に、それはヒトに機械の性能を付加し、生物としての限界を超えさせる。

 リミッタを設けて使用者への過負荷を押さえる仕組みもあるが、人命よりも勝利を求められる戦闘兵器は、その辺が緩かった。

 具体的に言うと、ネザーインターフェイスと同調する才能・・の無い人間だと、システムからのフィードバックノイズが多く失神する。

 だとしても、ネザーコントロールというインターフェイスは、既に人類に無くてはならないシステムと化していた。

 ヒトが機械の性能に付いて行けなくなって久しい。

 それを乗り越える為のシステムであるにもかかわらず、ネザーズは明確にヒトと機械の違いを浮き彫りにして見せていた。


 しかし、今は利用すべき便利な道具に負担を強いられざるを得ない人類の悲哀を謳っている場合ではない。

 ドタバタと大騒ぎしながら、フィスとエイミー他一名は格納庫へと雪崩れ込む。

 気圧調整室エアロックにはEVAスーツすら残っていなかったが、格納庫の気密が生きていたので、そのままキャットウォークを駐機されているエイムまで走った。

 メンテナンスステーションに固定されたエイムは、コクピットや装甲の一部が解放されており、整備中だという事が分かる。

 その兵器として洗練された威容を見上げ、勝気なオペ子も思わず溜息を漏らしていた。


「おお……スゲ、連邦軍の『プロミネンス』じゃん。てか民間のプラントに軍のエイムなんか置いてやがるし。隠す気あんのか」

「これは『スーパープロミネンスMk.53』、3つくらい古いモデルだけどね。予備機かしら? フィス、手伝って! システム確認するから!」

「お? ああ、でもコイツは!?」


 多少バラしてあっても、この場には情報システムと機械工学の専門家がいるのだ。稼動状態まで持っていくのは難しくない。

 難しくないのだが、それは背中に真っ裸の赤毛娘を背負ってなければの話。

 このままでは作業の邪魔だが、どうしたものか。

 傷ひとつ無い綺麗な肌で、その辺に転がしておくのも如何なものかとエンジニアのメガネ少女は悩んでいたが、すぐ目の前に丁度イスがあるのに気が付く。


「フィス、そこに座らせておいて」

「あ? あ、ああ、そうか」


 エイミーが目で示す先を見て、フィスも何を言っているのかすぐに理解した。

 ひとまず、素っ裸の少女をエイムのオペレーターシートに座らせておこうというのだ。

 ただ、エイムの座席はその性質上、脱力した人間を固定しておける様な作りになっていない。


 基本的に、エイムオペレーターは頭と四肢をフル活用して、15メートルものヒト型機動兵器を操縦していた。

 小さな座面は乗り降り時にしか使わず、オペレーターはコクピット内で自立する様な姿勢を取る。

 そのオペレーターの姿勢や挙動、手足の動きが操縦席のインバース・キネマティクスI・Kアームを通して、実際にエイムに反映されるのである。


 なので、エンジニアとオペレーターのふたりは、赤毛の全裸娘を押し込むのに四苦八苦する事になる、と。

 太股を抱え上げてフットアームに乗せたり、たわわな胸の膨らみを鷲掴みにして支えたりと、全身くまなく見たり触ったりで大変気恥ずかしい思いをさせられた。


「…………この爆乳、マリーン姉さんとタメはるか?」

「あそこまでお化けじゃないよ……。そ、それは良いから管制室行ってよ!」


 少しの間、ふたりして諸手に残る感触を反芻してしまったが、それを振り払うとお互いの仕事へと散る。

 オペレーターのフィスは格納庫とドックに跨る管制室に。エンジニアのエイミーはエイムの後ろに回り、解放された装甲の中を調べはじめた。


『エイミー、ログではそのエイム、全バラシって事になってる。ID消されてるぞ。リモートアクセス出来ないから隔壁解放はこっちでやらねーと』

『ジェネレーターを外す直前だったみたいね。サブのラインが切られているけどメインは繋がってるわ。これならすぐに動かせる』


 管制室でオペ娘は格納庫の解放を準備。広い空間から空気を抜くのは時間がかかるし、どうせ崩壊するプラントなので、減圧はせず空気が充填されている状態のまま解放する事とした。恐らく中は大変な事になるが。

 エンジニアのメガネ少女は、コクピットに取って返し機体の状態を確認。

 全裸少女の横から手動のコンソールパネルを操作し、主機を起動し動力を全体に伝え、システムを立ち上げると発進準備を整えていく。


「えーと、ジェネレータ、コンデンサは良し。駆動系の作動圧正常。重力制御正常、酸素循環、生命維持系正常。推進系は……ブースターの燃焼剤抜いてない、けど使わないからどうでも良い。慣性推進も大丈夫。環境センサー、導波干渉儀も正常。通信、火気管制スタンバイ、ネザーコントロール……は100%!? システムエラー? 切断してあるせいかな…………?」


 ひとつひとつ手早くチェックするエイミーだが、その目がある項目を見て丸くなった。

 機体を操縦するインターフェイスとの同調率が、ありえない数値で固定されているのだ。

 ネザーインターフェイスとの同調率は、二桁あれば恵まれているとされる。一桁でも日常生活に影響は無いが、軍のエイムオペレーターになると、アンプリファイアを使って30%台に持って行こうと無理をする者も多い。

 100%という数値は、これはもう何かのエラーとしか考えられなかった。

 システムの不調なら、機体を操るのにネザーズは使わない方が良いかも、とエイミーは考える。

 ネザーコントロールが使えなくても、手動だけで動かすことは可能だ。

 と言うより、普通はネザーズと手動マニュアルを併用する。思考速度を手足の反射が上回る場合がある為だ。訓練を重ねる人間の能力は、未だに高い。


 また、ネザーインターフェイスは機体と同調して直感的な操作を可能とするだけではなく、機体からもリアルタイムに信号をフィードバックする、双方向のシステムだ。

 機体のセンサー、制御システム、攻撃指揮システムから脳に直接送られてくる情報は、エイムオペレーターに多くの恩恵をもたらしてくれる。

 宇宙という超広域、超高速の世界で0.3秒毎の認知速度しか持たない人間が戦闘に耐える理由が、ここにあった。

 機体を己の手足とし、逆に機体の機能を人間に増設する『ネザーズ』というシステム。

 それ無しでエイムを動かす事になり、運動ベタなエイミーの頭に不安がよぎるが、



 格納庫の天井が爆発で吹っ飛び、そんな事を言っている場合ではなくなってしまった。



「ひゃぁあ――――――――――!?」

『エイミー!!?』


 爆風と熱風が格納庫内に吹き荒れる、と思ったのは一瞬。すぐさま吹き返し、中の物が空気ごと宇宙へと吸い出されはじめた。

 管制室のオペ娘が叫ぶも、衝撃波で目を回したエンジニアの少女は、激しい空気の流れに煽られてしまう。

 真空中へ空気を吐き出す力は圧倒的だ。巻き込まれれば、ちっぽけな人間など放り出されて宇宙に消えるか、その前にデブリか何かに激突して死ぬだろう。

 そんな気圧差の生む力が、一切の抵抗を許さず1Gの重力を振り切り、エンジニアのメガネ少女を持ち上げた。


「あ――――――――――――」


 縋る物も無く、エイミーは呆気に取られた顔で宙を舞う。

 ゆっくりと、視界の中で足元から遠退いて行く世界。

 そのまま気圧ゼロ、摂氏マイナス270度の空間に、エンジニアの眼鏡少女は放り出されようとした。


 だが、その直前。



 機械の巨人が手を伸ばし、エイミーを空中で掬い上げると、解放された胸部のコクピットから中へ押し込んだ。



 もう全てが突然で、何が何やらと混乱する運動神経の無いメガネ娘。

 軽くパニックなエイミーは、無意識に何かに掴まろうと手を伸ばす。すると、手の平がムニッと柔らかくて暖かい物に触れた。

 ごく最近に覚えのある感触である。

 見ると、自分が触っているのは肌も露な太モモであり、更に見上げれば、そこにはエイミーを見下ろす全裸の少女がいた。


 そして再び、インテリメガネ娘は思考停止に陥る。

 初めて見せる赤毛の少女の瞳は、吸い込まれそうに錯覚するほど、深い深い青だった。


『エイミー無事か!? おいどうなってるんだよ!!? 返事しろ!』

「は……? あ! フィス!!」


 魂を抜かれていたエイミーだが、コクピット内に響く仲間の声で現実に戻って来る。

 コクピットのドーム状モニターディスプレイには、通信元である管制室と、その窓から見えるオペレーターの少女が映っていた。

 エイム内で異常が起こっていると考えたオペ娘は、エンジニアからの返事も待たず、EVAスーツのヘルメットを下ろして管制室から飛び出してしまう。

 大分空気が薄くなったとはいえ、未だに格納庫内は気流が荒れていた。

 しかも、キャットウォークを進んでいる最中に、遂にプラント内の重力制御が停止する。


『おわぁッ!? わ!? ちょッ! おい!!』

「フィス!!?」


 重力の縛りも無くなり、オペ娘の身体がキャットウォークの上で泳いだ。

 その瞬間、エイミーの乗っていたエイムがメンテ用の足場を突き飛ばし、歩きはじめる。

 真っ裸の赤毛娘が、メガネ少女の様子を見て、そちらも助けた方が良いと判断した為だ。

 正直、赤毛の娘はエイミーよりも遥かに混乱していたが、身体は自然と動いてくれる。

 それに、赤毛娘と完全に100%同調している、ヒト型機動兵器もだ。


「フィス! こっち!!」

『エイミー! はァッ!? ちょ、おいそいつ!!?』


 機体を近づけると、エンジニアがオペレーターに手を伸ばしてコクピットの中に引っ張り込む。

 オペレーターの娘もまた、全裸娘が目を覚まし、その上エイムを動かしているのに仰天していた。

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