エリザベータ


 ヒコヤンは外套を翻すと、左手のナイフをクルリと回して鞘に、右手の銃を腰のホルスターにしまって言った。


「教祖様! カルキノスを支配下に収めようなど、それこそ神の使いの怒りに触れるのでは?!」


「黙れ! 黙れッ! 黙れェ! 貴様など骨まで食われてしまうがいい!」


 口中の水分をすっかり失ったような呪いの言葉を背に、ヒコヤンは窓から屋根に飛び移ると、そのまま瓦を踏み伝い、玄関先にまで滑り降りて前転着地を華麗に決めた。


「せいっ!」


 入口の格子戸を渾身の肩口による体当たりで破壊した彼は、玄関先の小銃とチェンソードに手を伸ばした。その時、暗闇から制止するかのごとく影が飛びついてきた。戸惑いの表情を覗かせる巫女姿のニーナである。


「おい! 君も一緒に行くか?」


 返事の代わりにヘルメットが手渡された。ヒコヤンのトレードマークとも言える赤い強化ヘルである。


「廃屋に隠した車まで走れ! 俺はカルキノスを倒す!」


 チェンソードを背中に H&K G3SG/1を抱えたヒコヤンは、こちらに迫り来るケプラーノコギリガザミに立ち向かおうとする。


「だめ! ヒコヤン様。ゾエアに手出ししないで!」


「ゾエア? ゾエアというのは、あのカルキノスの事なのか?」


「そうよ。私が幼い頃、湖で拾ってから今まで大切に育ててきたの。お願い! あの子を殺さないで!」


 カルキノスが、いつの間にか屋敷まで到達し、甲羅の全自重をのしかけて玄関を倒壊させた。立派な人工木材製の2階部分も歩脚とハサミの一撃により、呆気なく半壊して柱を軋ませる。どこからかカピタン鈴木の断末魔のような悲鳴が聞こえてくるも、破壊音に掻き乱されて行方知れずとなった。


「ゾエア! 一緒に逃げましょう! ……きゃあああ!」


 埃と破片舞う天井に大穴が開くと、カルキノスの恐ろしく巨大な爪が差し入れられた。ニーナはまるで自ら飛び込んでいくようにケプラーノコギリガザミのハサミに挟まれ、空中に掴み上げられる。


「ニーナ! くそ、ニーナを放せ!」


 ヒコヤンがとっさに小銃を構えるとカルキノスはニーナを盾にするかのように前面に掲げた。


「何だと! 人と共に暮らして知性インテリジェンスを大幅にアップさせた個体なのか?!」


 じりじりと家屋から離れたカルキノスは一気にスピードを上げ、元来た湖に戻ろうとリズミカルに歩脚を地面にめり込ませる。

 ヒコヤンはすでに小銃の異常に気付いていた。マガジンから弾薬がそっくり抜かれていたのだ。しかし武器を丸ごと奴らに処分されなかっただけ、まだツキに見放されていない。


 彼がいつも胸のポケットに、お守り代わりに入れている7.62mm弾1発をH&K G3SG/1の薬室に込めた。二脚を崩れかけた土塀の上に設置して、闇の中スコープを覗く。


「逃がすか、化物め!」


 甲羅の継ぎ目を狙った即射は、吸い込まれるように命中したが、角度がまずかったのか装甲殻を貫通する前に弾かれた。



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