ランペティア


「どうぞ、こちらになります。チトマス先生」


 尼園あまぞの女子高等学校の教頭先生が私をクラスまで案内してくれている。年齢は40代後半といったところか。紺の地味なジャケットにパンツスタイルの女教頭はあくまで穏やかな口調だ。それでも眼鏡のレンズから透けて見える眼光が時折鋭い何かを放ち、毛の生えた我が心臓を安物の簾のようにザワつかせる。


 至って普通な学校の外観や建物自体は思ったより綺麗で拍子抜けしたが、さすが女子校と褒められるべきでもないようだ。掃除係の元B級奴隷の面々が、とてつもなく努力した結果なんだと認識できたからだ。


「先生は今日が初出勤となるのね。オホホホ……緊張などなさらずに頑張って下さい。え~、担当するクラスは3年B組となるのかしら」


「いきなり進学を控えた3年生なのですか?!」


 これしか持っていないとはいえ男物の細身のスーツ姿だった私は、この格好で大丈夫なのかと内心ハラハラしていたが、意外と服装に関しては何のコメントもなかった。その代わり衝撃的な言葉の細波が内耳の奥に届くと同時に、柔な鼓膜を不安に振動させる。


「担当してもらうクラスの前担任であるマルファン先生は現在、病院に入院中なので代わりに……」


「入院? どこか体の具合でも悪くしたのですか?」


「まあ、ご存じなかったのでしょうか。彼女は精神的な疾患を患って長期療養中なのですよ」


「…………」


 その時、長い廊下を自転車に乗った生徒が向こうから流れるように近付いてくる。よく見るとペダルをこぐ生徒は、食パンを咥えたままで『遅刻、遅刻~』と呻いているのが分かってきた。確かここは2階じゃなかったのか?! パッチリとした眼に、くりくりの髪と可愛らしい色使いの制服が何だかよく似合っている。


 そう認識した瞬間、教頭先生は手提げ鞄から出した水平2連タイプの散弾銃……ウッドストックと銃身をソウドオフした切り詰めカスタム銃を0.8秒で構えると、一切躊躇せず生徒に向かって発砲した。

 豚鼻みたいな銃身の片方から灰色のガスが吐き出されると、非致死性のゴム弾が廊下に向かって大量にバラまかれた。痛ましい音と衝撃は、ワイヤー入りの強化ガラスにまで蜘蛛の巣のようなヒビを与える。


「きゃああああぁ!」


 哀れな自転車娘は悲鳴と同時に転倒し、短いスカートから両脚の付け根を丸出しにしながら壁まで転がって、最後にぶつかった。


「シェッツさん! 廊下は走っちゃダメと、あれほど言ったでしょうに!」


 整えられた灰色の髪を微妙になびかせて、教頭先生は端的かつ冷淡に言い放ったのである。   

 私は一体何が起こったのか、すぐには飲み込めず硬直したまま呆然とするだけであったのだ。



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